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第56話

 炎が柏川の体を焼き尽くした後、


「回帰」


 土門は柏川の復活を試みた。しかし、やはり柏川が生き返ることはなかった。


「くそ、やっぱり生き返らない」


 禿の火傷は、多少傷が残ったものの治すことができたのに、焼死した柏川を生き返らせることはできない。その理由が土門はわからなかった。

 そんな土門を横目に、


「それはそうだろう」


 永遠長は事もなげに断言した。


「ど、どういうことですか?」

「どうもこうも、そういうことだ。回帰と言うことは、おまえは触れたものの時間を巻き戻すことができるんだろう?」

「え? はい、たぶん」

「そして、それは触れた対象に特定されるか、あるいは特定の範囲に限定されている」

「た、たぶん」

「そして人が燃えれば、体組織や血液成分などは燃焼により大気中に放出される。つまり焼け死んだ人間を復活させようと思うならば、焼け残った本体だけでなく、燃焼により空気中に放出された体組織を含めて、戻す必要があるということだ」

「放出された組織を含めて……」


 土門は、それを意識して、もう1度柏川に回帰を施してみた。だが、やはり柏川が生き返ることはなかった。


「ダメだ。生き返らない」

「だとすれば、おまえの力が、まだそのレベルにまで達していないということだ。見たところ、おまえの力の効果範囲は、せいぜい直径2メートルといったところだが、ここはその10倍以上の広さがある。つまり今のおまえでは、そいつを生き返らせることはできないということだ」


 永遠長は冷厳に言い捨てると、奥の扉へと歩き出した。


「ま、待ってください!」


 土門は、あわてて永遠長を呼び止めた。


「ここにいるということは、あなたもこの迷宮を攻略しに来たんですよね? だったら、ボクたちも一緒に連れて行ってください」

「断る。俺は誰ともツルむつもりはない」

「……そ、そうですか」

「……だが、おまえたちが俺の後について来る分には、俺の預かり知るところではない」


 永遠長は、そう言い捨てると歩みを再開させる。そして土門と禿はうなずきあうと、永遠長を追いかけた。


「……ここが大迷宮」


 開かれた扉の向こうには、綺麗に舗装された通路が続いていた。その幅は土門たち3人が並んで歩けるぐらいの広さがあり、高さも土門の身長の3倍ほどあった。


 土門たちは用意しておいた松明に火を付けると、大迷宮へと踏み込んだ。


「あの、ひとつ訊いていい、ですか?」


 禿は前を行く永遠長に尋ねた。語尾を敬語調にしたのは、自分は永遠長のような野蛮人とは違うという、さりげないアピールだった。


「なんだ?」

「さっき、あいつの炎食ら、受けたのに、どうして無傷だったの? ですか?」


 そのことは禿だけでなく、土門も気になっていたことだった。


「アルカミナの力で、電磁バリアを張った。ただ、それだけの話だ」


 永遠長は事もなげに答え、


「電磁バリア?」


 土門と禿は顔を見合わせた。


「あ、あの、ボクもひとついいですか?」

「なんだ?」

「さっきから普通に歩いてますけど、道に迷わないようにマップを作ったりとか、しないんですか?」


 土門たちは死んだ案内役から、マップ作成は必須作業と言われていたのだった。巷には、大迷宮の地図が数多く出回っているが、本物であるという保証がないため、自分で地図を作成したほうが間違いがないと。


「必要ない。ここには、前に1度来たことがある」


 永遠長は淡々と答えた。


「え? そうなんですか?」

「そうだ。攻略不可能と言われている「女神の大迷宮」とやらが、一体どれほどのものなのか。直接、この目で確かめたくてな」

「じゃあ、今回は前回失敗したリベンジなの? ですか?」


 禿が尋ねた。


「失敗などしていない」

「え? それって、この大迷宮を攻略したってことですか?」

「そうだ」

「でも、だったら、どうして魔法が復活してないの? ですか?」

「ゴール手前で引き返したからだ」

「引き返した?」


 土門と禿は再び顔を見合わせた。


「さっき言ったはずだ。俺の目的は、あくまでも攻略不可能と言われている「女神の大迷宮」に興味があったからだと。そしてゴール地点まで行くことで、どんなものかは理解した。だから引き返した。ただ、それだけの話だ」

「ど、どうして引き返したんですか? 確か、女神の大迷宮をクリアした者には、莫大な報奨金が出るって聞きましたよ。それに噂だと、女神様がなんでも願いを叶えてくれるって。それなのに」


 永遠長が嘘をつくとは思えなかったが、土門には信じられなかった。


「決まっている。もったいないからだ」

「もったいない?」

「そうだ。そんな真似をしたら、この世界の持ち味が失われることになる」

「持ち味?」

「そうだ。この世界の売りは「魔法のない世界で、どうやって魔具のみでモンスターと渡り合うか」ということにある。だが魔法が復活してしまえば、そのオリジナルティーは失われ、ディサースの劣化版に成り下がることになる。この世界には、ジョブシステムがないからな」


 それでは、つまらないのだった。


「武器が自ら使用者を選ぶシステムがあるから、完全な劣化版にはならないだろうが、それも魔法が復活すれば、どうなるかわからん。このシステムは、あくまでも女神が人間の暴走を防ぐために設けた、セーフティーのようなものだからな」


 永遠長がそう言ったところで、前方から死霊が現れた。


「どちらにせよ」


 永遠長は死霊を一刀両断すると、


「そうなったら、この世界の持ち味が大きく損なわれることだけは間違いない」


 何事もなかったように話を続けた。


「それでも、いつかはこの迷宮も攻略され、魔法が復活する日が来るかもしれない。しかし、それはあくまでもこの世界の人間の手によって成されるべきであり、部外者が異質の力をもって成すべきことではない。この世界の行く末を決めるのは、あくまでもこの世界の人間であるべきだ」

「で、でも……」


 永遠長の言うことは正しい。しかし、


「それで、この世界の人たちの生活がよくなれば、それはそれでいいことなんじゃないですか?」


 それでも土門は言わずにはいられなかった。


「誰でも魔法が使えるようになれば、その分モンスターに脅かされるリスクも減るでしょうし、回復魔法や解毒魔法を使えるようになれば、不慮の事故で死ぬ人間を減らすこともできる。魔法が復活することによって助かる人間が増えるなら、誰が復活させたかなんて、どうでもいいことなんじゃないですか?」


 土門は自分の思いを率直にぶつけた。


「アーリア帝国の皇帝になった、ビルヘルムって人は、この世界に火薬の技術を持ち込んで他国を侵略してます」


 土門の言葉に、永遠長の眉が、かすかに揺れた。


「そのこと自体は、間違っているとボクも思います。でも、日本でなら死ななくても済む人間を死なさずに済むように、この世界を変えたいと思うこと自体は間違ってないと思うんです」


 土門は真摯に訴えた。永遠長なら、ずっと迷いの中にいる自分に光を指し示してくれるのではないか。

 土門は、そう思ったのだった。


「それは、あくまでも地球の進歩が正しければの話だ」

「え?」

「確かに、お前の言うとおり、今の地球人は自らが生み出した科学技術によって快適な生活を手に入れることができた。だが、その代償として多くの動植物が絶滅し、処分できない産廃や放射能廃棄物を生み出すこととなった」


 永遠長がそう言ったところで、今度はリザードマンの群れが現れた。


「人の手により空気は汚れ、水は濁り、大地は枯れる。今の地球が本当に素晴らしい世界だと、おまえは胸を張って異世界人に言えるのか?」


 永遠長は襲い来る一体のリザードマンを一刀両断すると、


「確かに、地球の科学技術を異世界人たちが知れば喜んで取り入れるだろうし、人々の生活は格段によくなるだろう。だが、それが本当の意味で異世界人を救うことになるとは限らない」


 返す刀で、もう一体のリザードマンの胴を薙ぎ払い、


「この世界の文化は、地球人から見れば確かに遅れているかもしれん。だが、この世界は原始的であるがゆえ、この先、千年二千年後も、このままの世界であり続けるかもしれない」


 3体目のリザードマンの首を剣先で貫いた。


「返り見て、地球はどうだ? 今の世界情勢を鑑みて、千年、二千年後も人類は生存していると、おまえは確信を持って言い切れるのか?」

「そ、それは……」

「この世界が破滅の危機に瀕しているならばともかく、自らが生み出した文明に溺れて、千年どころか百年先すら危うい世界の人間に、異世界の文化に口を出す資格などない」


 永遠長は残る1体の首を切り飛ばした。


「地球の文化を異世界に持ち込むということは、同時に、今地球が抱えている様々な問題をも異世界に持ち込むということだ。貧富の差の拡大。大量殺戮兵器の脅威。廃棄物の処理場不足。それら、今地球で物議を醸している問題が、もし異世界でも発生した場合、おまえはどう責任を取るつもりだ」


 永遠長はリザードマンを全滅させると、何事もなかったように歩みを再開させた。すると、今度はワーウルフが現れた。


「確かに、おまえの言うこともわからなくはない。人が理不尽なことで死ぬことは誰でも悲しく、なんとか回避する方法を模索するのは自然なことだろう。しかし、人に限らず生物の最終的な目的は種の繁栄であり、己の血を後世に残すことだ。すべての生物は、そのために生きている」


 永遠長は剣を一閃させると、ワーウルフの胴を切り裂いた。


「クモやカマキリは出産する際、メスがオスを捕食することがある。それは一見酷いことのようだが、オスを捕食したメスは、捕食しなかったメスよりも数倍多くの卵を生む。それは、いわばクモたちが生存競争を勝ち抜くために導き出したシステムであり、それを可愛そうだからと言って、人間がオスを助けたら、メスは栄養を補えず、結果クモは増殖数が減らして最悪絶滅してしまうことになりかねない。おまえの考えは、それと同じだ。目先のことだけを考えて、大局を見ていない」


 永遠長はワーウルフの頭に剣を突き立てると、再び歩き出した。


「科学の進歩は、俺も否定するところではない。だが、それはあくまでも、その世界の人々の手によって成されるべきことだ。必要は発明の母というように、もし本当に異世界の人間が地球のような科学技術を必要だと考えれば、地球人が余計な世話を焼くまでもなく、いずれ自分たちの手で生み出すはずだ。おまえは、一見異世界人のことを考えているようでいて、その実、異世界人たちを見下しているんだ。ただの未開の蛮族だとな」

「そ、そんなことは……」

「だが、信じていないんだろう? この世界の人間たちが、自分たちに必要な物を自分たちで生み出す力があることを」


 永遠長の指摘に、土門は絶句した。


「それでも、どうしても異世界に干渉したいのであれば、まず地球を争いも汚染もない世界にしてからにしろ。自分の頭のハエも追えない奴が、他人様の世界にケチをつけるなど、おこがましいにも程がある」


 永遠長は言い捨てた。そして完全に撃沈してしまった土門に代わり、


「じゃあ、私たち、いつかこの世界で病院を開こうと思ってるんだけど、それも間違いだって言うの?」


 禿が主戦場に躍り出た。


「病院を作ること自体は問題ない。だが診察や治療のためには、どうしても専用の機材が必要になる」


 永遠長は禿を射すくめた。


「それを、どうやって調達するつもりだ? 言っておくが、異世界チケットで持ち込めるのは眼鏡のみ。それで、どうやって病院を経営するつもりだ?」


 永遠長がそう言ったところで、今度はトロールが現れた。


「菌の特定には、顕微鏡や染色液が必要となるし」


 永遠長は地を蹴ると、トロールの左足を切り払い、


「輸血の保存には冷凍庫が必要になるし、輸血用のパックやチューブも必要となる」


 次いでトロールの顎に剣を突き入れた。


「だがパックやチューブは、元を正せば石油だ。それを掘り出して、ナイロンやビニールに加工するのか? おまえたちがか?」


 ダメ押しされるまでもなく、禿たちにそんなことは不可能だった。


「もっとも、それらを調達できなくとも、回帰の力があれば、その辺のヤブ医者よりは多くの病人を救うことはできるだろうし、止めはしない。元々おまえたちが何をしようと、何になろうと、俺にはなんの関係もない話だからな」

「……話はわかったけど、じゃあ、どうしてあなたは、またここに来たの?」


 今までの話の流れからすると、永遠長には、もう1度「女神の大迷宮」に来る理由はないはずだった。


「……ある本を見つけたからだ」

「本?」

「しかし、その本は中身が白紙で、表紙のタイトルも読めなかった。鑑定人に聞いたところでは、現在すべての魔導書が、その状態にあると言う。そして、それらの魔導書を元に戻すためには、女神の大迷宮を攻略しなければならないとな」

「それで、またここに来たわけなの?」


 禿がそう言ったところで、今度はミノタウロスが現れた。


「そうだ。この魔導書からは、かなりの力を感じる」


 永遠長はミノタウロスの振り下ろした斧を弾き返すと、


「力を封じられた状態で、これだけの力を発揮できる代物なら、あるいは俺が探している「異世界間を自由に移動する方法」も記されている可能性がある」


 よろけたミノタウロスを壁まで蹴り飛ばし、


「この迷宮のゴールには、女神がいるのだろう。そして仮にも、この世界を統べる女神ならば、この魔導書がどんなものか、なんの魔法が記されているかも知っているはずだ。そして、現在どうして異世界ナビによる移動ができないのか。その理由も」


 ミノタウロスの口から後頭部を剣で貫いた。


「……でも前に1度来たからって、本当にマップなしでたどり着けるの? ですか?」

「問題ない。俺には「連結」のクオリティがあるからな」

「連結?」

「連結とは、繋がりのこと。そして攻略可能な迷宮である以上、入り口は必ず出口に繋がっている。ならば入り口で連結の力を使えば、出口までの道筋がわかるのではないか? と考えた。そして試してみたらできた。ただ、それだけの話だ」


 永遠長は事もなげに言い切ると、迷いのない足取りで前進を続けた。


 そして3日後、永遠長の言葉の正しさを、土門たちは身を持って知ることになったのだった。



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