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第55話

「永遠長さん?」


 一瞬、見間違いかとも思った。しかし身につけている白銀の鎧といい、憮然とした面立ちといい、それは間違いなく、かつて衝撃とともに目に焼き付いている、永遠長流輝その人だった。


「とわなが? て、ことは、こいつも日本人かよ」


 柏川は改めて永遠長を見た。自分で切ったと思われる黒い散切り頭に、刺々しい黒目。白銀の鎧にばかり目がいっていたが、その男の風貌は確かに日本人のものだった。


「おい、おまえ、スキルはなんだよ?」


 柏川は永遠長に尋ねた。しかし永遠長は答えることなく、周囲に視線を走らせるのみだった。


「教えろよ。オレたちは上から地球人を殺すように言われてんだけどよ。あるスキルを持ってる奴だけは、殺さず連れて来るよう言われてんだよ。だから、もしおまえの持ってるスキルがそのスキルなら、とりあえずこの場で殺すのだけは勘弁してやるからよ」


 饒舌に語る柏川を、国分は冷ややかに見ていた。


 初対面の相手に初手から高圧的に迫れば、警戒されるに決まっている。そのうえ、殺害までちらつかすなど、敵認定してくれと言っているようなものだった。相手の力量もわからないうちに、わざわざ敵対関係を構築するなど、バカ以外の何物でもなかった。


「聞いてんのか、コラ! オレはな! その気になったら、てめえなんて一瞬で消し炭にできるんだぞ!」


 だんまりを決め込む永遠長に、柏川は語気を強めた。そして、わざわざ自分から手の内を明かす柏川に、国分の目が絶対零度まで低下する。


「わかったら、さっさと教えやがれ!」


 柏川は永遠長に最後通牒を突きつけた。しかし、


「…………」


 永遠長は柏川に目もくれず、奥の扉へと歩きだしてしまった。


 こ、こ、この野郎おおおお!


「無視してんじゃねええええ!」


 我慢の限界に達した柏川は、


「オレは無視されるのが、この世で1番ムカつくんだああああ!」


 永遠長の足元から炎を吹き上がらせた。


「永遠長さん!」


 土門は自分の迂闊さを悔いた。驚いている暇があったら、さっさと柏川の力を教えるべきだった、と。


「ざまあみやがれ! オレを無視する奴は全員こうなるんだよ!」


 柏川は、いつもより入念に燃え上がらせた後、火柱を消した。そして、いつものように獲物の仕上がり具合を確かめようとした。ところが、


「は?」


 そこで柏川が目にしたのは、無傷で佇む永遠長の姿だった。


「ふ、ふざけんな!」


 柏川は再び永遠長の足元から炎を吹き上がらせた。しかし結果は同じだった。


「ど、どうなってやがる?」


 柏川は3度目の攻撃を仕掛けようとした。と、そのとき、永遠長が柏川へと足を踏み出した。


「うっ」


 押し寄せる無言の圧力に、柏川は思わず後ずさった。


「く、来るなあ!」


 柏川は全力の炎を永遠長に食らわせた。


「ど、どうだ。これなら」


 今度こそ、くたばりやがっただろ。


 柏川がそう思った直後、炎の中から右鉄拳が飛び出してきた。そして、


「ぶえ!」


 顔面を殴り飛ばされた柏川に、永遠長が追い打ちをかける。


「いぎ! ぐえ! やめ! 助! げべ! うげ!」


 永遠長の蹴りの雨が、容赦なく柏川に降り注がれる。 


「お、おまえら、見てないで助けろ!」


 柏川は国分と本郷に助けを求めた。しかし2人は柏川を助けることなく、姿を消してしまった。


「あ、あいつら……」

 

 置き去りにされた柏川を、


「ぶえ!」


 永遠長が情け容赦なく蹴りつける。


「も、もう、やめてください!」


 見るに見かね、土門が永遠長を止めに入る。


「それ以上やったら、彼が死んでしまう」

「先に手を出したのは、こいつだ。よって、その時点で正当防衛は成立している。ゆえに、たとえ殺したとしても誰にも文句を言われる筋合いはない」


 そう自分の正当性を主張する永遠長に、


「ふ、ふざけんな!」


 柏川が異を唱えた。


「先にって言うなら、先にオレの言うことを無視したのは、てめえだろうが!」

「……俺は、おまえに恩もなければ借りもない」


 永遠長は柏川に詰め寄った。


「そのおまえが何かを言ったからといって、なぜ俺が答えなければならない。そんな理由がどこにある」

「こ、こっちは、親切で言ってやったんだぞ! それを」

「親切? あれの? どこが?」


 禿は眉をひそめた。


「てゆーか、どんな理由があろうと、殺そうとした時点で、何を言ったところで、説得力なんてないっての」

「死ななかったんだから、いいだろうが!」


 柏川は真顔で言い切った。


「じゃあ、ロセさんたちのことは?」


 土門は尋ねた。柏川の理屈なら、ロセたちのことは正当化できないと思ったのだった。しかし、


「あいつらには、復活チケットってのがあるんだろ? こっちで死んだって、元の世界で復活するんなら、なんの問題もねえだろうが」


 地球人は、この世界で死んでも「復活チケット」で生き返ることができる。柏川たちは、ビルヘルムにそう教えられていたのだった。


「じゃあ、この世界の人たちは? 復活チケットなんてない、この世界の人間は死んだら2度と生き返れないんだよ?」

「なに、マジになってんだよ。バカじゃねえのか? ここは異世界なんだ。そんな世界の連中がどれだけ死んだところで、それがなんだってんだよ? 関係ねえだろ、おまえらには」

「関係あるなしの問題じゃない!」


 土門は語気を強めた。


「どの世界の人間だって、みんな精一杯生きてるんだ! それを踏みつけにする権利なんて誰にもない!」

「なに、熱く語っちゃてんだよ。バカじゃねーの?」


 柏川は小指で耳をほじった。その不遜な態度を目の当たりにして、我慢の限界を超えた禿が無言で剣を引き抜く。


「駄目だよ、リッちゃん! そんなことしたら、リッちゃんまで彼の同類になっちゃうよ」


 土門は後ろから禿を抑えつけた。


「なに言ってるの? 害虫を駆除したからって、害虫になるわけじゃないでしょ。それと同じことよ」


 禿の目は本気だった。


「とにかく駄目だったら!」


 土門は禿の両脇を抱えたまま、柏川から引き離した。


「バカ女が」


 禿の醜態を柏川が笑い飛ばす。


「だいたい、あれは戦争なんだよ。戦争で兵士が敵を殺すのは、当たり前のことだろうがよ」


 柏川はフンと鼻を鳴らした。


「戦争中に人を殺したからって、殺人罪に問われる奴がいるか? いねえだろ。それって、要するに戦争で人を殺すのは当たり前だからだろ。それを、イチイチ咎め立てしてたらキリがねえからよ」

「……なるほど。よくわかった。そういうことなら、俺もおまえの流儀に従ってやろう」


 永遠長は、おもむろにうなずいた。そして永遠長の発した「流儀」という言葉に、禿たちの動きが止まる。しかし、その場に漂う不穏な空気を読めない柏川は、永遠長の言葉を自分の都合のいいように解釈した。


「なんだ、話がわかるじゃねえか。どうだ? さっきのことが水に流してやるから、オレと組まねえか? オレの力は、おまえも見たろ。おまえとオレが手を組めば、向かうところ敵なしだ。な、悪い話じゃねえだろ?」


 誘いをかける柏川に、永遠長は右手を差し出した。それをOKのサインと受け取った柏川は、喜んで右手を差し出した。しかし永遠長が掴んだのは、柏川の右手ではなく、右手首だった。そして、いぶかしむ柏川の右腕を一気にねじりあげる。


「ぎゃあああああ!」


 肩関節を強引に外され、柏川の顔が苦痛に歪む。しかし永遠長は気にする素振りもなく、脱臼した柏川の肩を入れ直す。そして、また外し、それをまた入れ直す。


「な、何してるんですか、永遠長さん?」


 いつものことながら、土門には永遠長の意図が理解できなかった。


「さっき言っただろう。こいつの流儀に従ってるんだ」

「え?」

「こいつは、さっき言っていただろう。殺そうとしたが、死ななかったんだから、それでいいだろう、と。それはつまり「最終的に原型を留めてさえいれば、その過程において何をしても問題ない」ということだ」


 永遠長は淡々と言った。


「そして1度外した肩も、こうして入れ直せば元に戻る。ならば、何度肩を外しても問題ないということだ」

「ふ、ふ、ざ、け、るな」


 柏川は息も絶え絶えのなかで言い返した。


「ふざけてなどいない。言ったはずだ。俺は、おまえの流儀に従うと。そして今俺は、それを実行している。ただ、それだけの話だ」


 永遠長はそう言うと、再び柏川の肩を脱臼させた。そして、その行為を5回繰り返したところで、いったん手を止めた。


「……あと5回か」


 永遠長はボソリとつぶやいた。


「あの、それって、どういう?」

「以前読んだ本に、中世ヨーロッパの拷問法があったんだが、その1つに片手をロープで縛った上で、高い場所から落とすというものがあった。その本によると、落下する力と上に引っ張ろうとするロープの力によって肩が外れ、それを10回も繰り返すと、あまりの激痛に悶絶死するのだそうだ。だから、本当に死ぬのかどうか、いつか試してみたいと思っていたんだ」


 永遠長の声は、心なしか弾んでいるように土門は感じた。


「ふ、ふざ、ふざ、けるな」


 柏川は左手で永遠長に殴りかかろうとしたが、


「ぎゃああああ!」


 永遠長に左手をねじりあげられてしまった。


「ふざけてなどいないと言っている。これも、おまえが言ったんだ。異世界人は、自分とは無関係の存在。だから、どれだけ殺しても問題はないと。それはつまり、無関係である異世界人になら、おまえは殺されても文句はない。そういうことだろう」

「な……」


 柏川の顔から、冷たい汗が流れ落ちる。


 柏川は、心のどこかで信じ込んでいたのだった。他人の善良さを。

 たとえ自分は法を無視しようとも、他人は法を破らないと。

 自分は他人を気遣わずとも、他人は自分に気を使うのが当たり前だと。


 そんな都合のいい世界など、この世のどこにも存在しないというのに。


「そして俺も、すでに半分以上、異世界の住人となっている。なにしろ、この5年、生活の半分は異世界で送り、高校を卒業したら異世界で暮らすことにしているからな。つまり、おまえの流儀に従えば、異世界人である俺は地球人であるおまえを殺しても、なんら問題はないことになる」

「ふ、ふざけるな! そんなもん屁理屈だろうが! てめえがどういうつもりだろうが、てめえが日本人なのは事実だろうが!」

「そして、こうも言っていた。戦争だから、敵国の人間を殺しても罪には問われないと。ならば、逆に殺されたとしても罪には問えないし、問わないということだ。なにしろ、戦争なのだからな」

「ふ、ふざけるな! だいたい、ここは戦場じゃねえだろうがよ!」

「いや、戦場だ。戦争とは、兵士が自分の意志とは関係なく、上官の命令に従い、人同士が殺し合いをする場所のことだ。そして、さっき、おまえは上の命令で動いていると言った。そして俺を殺そうとした。ならば、おまえにとって、ここはすでに戦場ということになる。そして戦場である以上、たとえ俺がおまえを殺しても罪に問われることはない、ということだ。おまえの流儀に従えばな」

「ふ、ふざけんな! オレは、そんなこと一言も言ってねえだろうが!」

「このバカには、これ以上何を言っても無駄よ」


 禿が容赦なく切り捨てた。


「自分は他人を殴っても、他人は自分を殴らない。殴られない。そんな甘ったれた虫のいい考えで、ここまでのうのうと生きてきたんでしょうから」

「う、うるせえ! うるせえ! うるせえ! とにかく、クソどもは黙ってオレの言うことを聞いてりゃいいんだよおおお!」


 柏川の体が燃え上がった。


 他人の説教などクソ食らえ。ましてや、永遠長のモルモットになるぐらいなら死んだほうがマシ。


 そう思った柏川が最後の気力を振り絞って、自分自身に火をつけたのだった。


「ザマア見やがれ! 誰が、てめえの思い通りになんかなるかってんだ!」


 柏川は高笑った。


 そして柏川は永遠長に一矢報いたことに満足しながら、自らが生み出した炎のなかで息絶えたのだった。







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