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第54話

 女神の大迷宮。


 かつて女神が築いたとされる、この難攻不落の地下迷宮は、モスに生きる者にとって現在では不可能と同義語となっていた。


 この地下迷宮は最北の地に位置し、これを攻略せんと欲する者には、まず吹き荒れる豪雪を乗り越える耐久力が求められる。そして、その試練を克服することのできた一握りの者のみが、迷宮に挑戦する資格を与えられる。

 もっとも、これは一昔前の話。今では、なんらかの転移アイテムによって、一足飛びに女神の大迷宮の入り口へと到着するのがリベレイターの常識となっている。

 そして、それは土門たちも例外ではなく、彼らもハリクの呼びかけに応じたリベレイターの力を借りて、女神の大迷宮にたどり着いたのだった。


「……これが、女神の大迷宮」


 土門は、最北の地にそびえ立つ建造物を見上げて息を呑んだ。その造形は、迷宮というより神殿のようだった。


「じゃ、行きましょ」


 ロセは土門と腕を組んだ。それを見て、


「ちょっと、どさくさ紛れに腕組んでんじゃないわよ!」


 禿から怒声が飛ぶが、


「いいでしょ、別に」


 ロセは涼しい顔で、さらに土門に寄り添う。


 ロセが土門にアプローチをかけるようになったのは、2日前に起きた、ある事件が原因だった。


 女神の大迷宮に挑むためには、案内人の助けがいる。そこで土門たちは案内人がいるクナイという街に向かうことになったのだが、その道中で隊商が盗賊に襲われている場面に遭遇したのだった。


 盗賊は20人といったところか。


 ロセは即座に状況を分析した。


 対して護衛隊の数は10人ほど、しかも半数は負傷している。加勢するにしても、土門たちは当てにならず、実質戦力は自分だけ。しかも今は重要な任務の途中。


 可愛そうだけど、ここはやり過ごすのが最適解ね。


 ロセは、そう即決した。


 この世は欺瞞に満ちている。

 理想は、しょせん理想でしかない。

 綺麗事など、現実を直視できない弱者の逃げ口上でしかない。

 力のない平和主義者の主張など、戯言でしかない。

 戦争のない世界など、幻想に過ぎない。

 生き残るためには、自分が強くなるしかない。

 

 それがロセの信条なのだった。

 そしてロセは盗賊たちに気づかれないように、土門たちに注意を促そうとした。しかし、


「え?」


 そのとき、すでに土門は盗賊たちへと突っ込んでしまっていた。しかも、


「止めろお!」


 これ以上ない、大声を張り上げて。

 そして、そんな土門を、


「まったく、もう。ホント、後先、考えないんだから」


 禿が不平を言いながら追いかける。


「待……」


 ロセは呼び止めようとしたが、すでに手遅れだった。


 土門に気づいた盗賊たちが、わざわざ自分から飛び込んできたバカな獲物に牙をむく。が、その攻撃は、すべて見えない壁に跳ね返されてしまった。そして、その隙を突き、


「回帰!」


 土門が盗賊たちへと「回帰」の力を叩き込んでいく。


 回帰の力は、土門の意思によって、指、腕、頭、全身と、特定範囲に絞って治療することができる。そして、それは裏を返せば、土門には相手がどんな防具を身に着けていようとも、防具越しに相手の時間を巻き戻せる、ということなのだった。


「ぎゃああ!」


 土門の攻撃を受けた盗賊たちの体から、次々と血が吹き出す。


「な、なんだ、こいつら?」


 自分たちの攻撃は跳ね返され、相手の攻撃は防具があるのに肉が削がれる。

 その不気味さは、盗賊たちの戦意を挫くに十分だった。


「ば、化け物だ!」


 我先にと逃げだす盗賊たち。そして、何事もなかったかのように怪我人を治療する土門の姿は、ロセにとって、ただただ衝撃だった。


 ロセの土門に対する第1印象は「噂に聞く日本人が具現化した男」だった。そして、それは話してみても変わらなかった。


 愛想笑うしか能がなく、平和ボケしていて、自分の意見もハッキリ言えず、女の尻に敷かれている、事なかれ主義者。


 それが、ロセの土門に対する認識だった。


 ハリクに「女神の大迷宮」に挑むと言ったときは驚いたが、それも現実を知らないがゆえ。実際に「女神の大迷宮」に踏み込めば、すぐに音を上げると思っていたのだった。


 ところが、現実には自分ですら尻込みする盗賊団相手に、ためらうことなく立ち向かい、見事撃退してしまった。しかも、その後は当たり前のように怪我人たちを治療していく。

 その勇敢で颯爽とした姿は、ロセの土門に対する評価を反転させることになった。いわゆる、ギャップ萌えというやつであり、以後ロセは土門に対して積極的にアプローチをかけるようになったのだった。


 ともあれ、ロセに連れられて土門が神殿に踏み込むと、無数の柱が打ち立てられた広間の奥に、人の2倍ほどある両開きの扉が設置されていた。


「あそこが入口みたいね」

「ていうか、いつまでくっついてんのよ!」


 禿はロセを土門から引き離した。


「相変わらず、乱暴だこと。それと女の嫉妬は、みっともないわよ」


 ロセは余裕の笑みを浮かべた。


「あんたに言われる筋合いはないわよ! この泥棒猫が!」

「よく言うわ。ただのビジネスパートナーのくせに」


 昨日、我慢の限界に達した禿は、ロセに「リッ君は私と病院を一緒にする約束をした仲」と、土門との絆の深さを突きつけたのだが、ロセに「それって、ただのビジネスパートナーでしょ」と、あっさり切り捨てられてしまったのだった。


「そういうあんたは、それこそ赤の他人じゃないの!」

「もう違うわ。昨日だって……」


 思わせぶりな態度を取るロセに、


「昨日? 昨日がどうしたっていうのよ?」


 禿の怒りがヒートアップする。その直後、


「え?」


 ロセの足元から炎が噴き上がった。そして、それは土門たちに同行してくれた6人の戦士たちも同様だった。


「サプライズ、大成功」


 柱の陰から飛び出した柏川漣は、満面の笑みを浮かべた。そして、その側には国分と本郷の姿もあった。


「ロセさん!」


 土門はロセに駆け寄ろうとした。しかし、


「させません」


 国分は「凍結」の力でロセたちを凍りつかせると、跡形残さず霧散させてしまった。


「あなたは焼死した人間は復活させられないということですが、万が一にも復活させられたら面倒ですからね」

「……どうして君たちが、ここに?」

「まだ、わかんねえのかよ。おまえらはなあ、泳がされてたんだよ」


 柏川は土門たちを指さした。


「泳がされてた?」

「そうだよ。陛下はよ、スパイの存在をとっくに知ってたんだよ。知ったうえで、そのスパイを逆に利用してたんだ。そうとも知らず、あの女はノコノコやって来て、反乱軍のアジトまで案内してくれたってわけだ」


 柏川は笑い飛ばした。


「あそこにいた反乱分子どもは、すでに全員とっ捕まえて牢屋ん中だ。で、おまえらが戻ったところで、公開処刑ってわけよ」


 反乱軍のリーダーを公開処刑することで、反乱軍の心を折る。もしくは、その延命と引き換えに、土門たちに忠誠を誓わせる。それがビルヘルムの狙いだった。


「つーわけで、後はおまえらを連れ戻せば、万事めでたしめでたしってわけだ」

「……そう、うまくいくと思ってんの?」


 禿の目が殺気で底光る。


 この前は仕留め損なったけど、今度は殺す。絶対殺す。死んでも殺す。何が何でも殺す。


 禿の心の中は、柏川への殺意で溢れていた。


「そのご様子だと、素直に応じてくれるつもりはなさそうですね。まったく、どうして世の中、こうも血の気の多い人が多いのか」


 国分は嘆息した。


「あの皇帝に命令されて、地球人を片っ端から殺してる奴が、どの口でほざいてんのよ」


 禿は国分を睨みつけた。


「ああ、あれはいいんですよ。あれは、あくまで仕事ですから」


 国分は平然と言い切った。


「仕事仕事って、いいように利用されてるだけだって、わからないのか? 用済みになれば、君たちだって殺されるかもしれないんだぞ?」


 土門には国分の考えが理解できなかった。


「そのときは、そのときです。というか、人の心配をしてる場合じゃないと思うんですけど」


 国分は「凍結」の力で、土門の足元を凍りつかせたが、


「回帰」


 土門によって瞬時に消滅させられてしまった。


「なるほど。それが、あなたの力ですか。確かに厄介そうな力ですね」


 国分と対峙しつつ、土門は本郷の動きにも注意を払っていた。

 本郷の力は、今持って謎のまま。ラザレームの二の舞いにならないためにも、本郷をノーマークにしておくわけにはいかなかったのだった。


「よそ見とは余裕ですね」


 国分から放出された氷塊が、津波と化して土門に押し寄せる。

 足元が駄目なら、全身を凍りつかせるまでのこと。氷漬けにして意識を奪えば、回帰の力も意味をなさないはずだった。


「く……」


 土門は、とっさに飛び退き、かろうじて氷の津波をやり過ごした。しかし、このままではジリ貧だった。いくら国分の攻撃をかわしたところで、さらに新たな氷を生み出されるだけ。最悪、この広間全体を氷で埋め尽くされたら、かわしようがないのだった。


 これを避けるには、戦いの舞台を神殿の外に移すことで、そうすれば炎を操る柏川の力を半減させることもできる。もっとも、その一方で「凍結」の力を持つ国分は、吹雪の中ではパワーアップしてしまう可能性もある。だから、これは一種の賭けとなるが、それでも試してみるだけの価値はあった。


 土門は神殿の出入り口を一瞥した。すると、いつの間にか本郷が入り口の前に陣取っていた。土門たちを逃さないためなのだろうが、こうなると、外に出るためには本郷を倒すか、強行突破するしかない。しかし本郷の力がわからない今の状況では、どちらもリスクの高い選択だった。


 どうする?


 土門が逡巡しているうちに、


「アイスウォール!」


 国分が広間を分断する形で氷の壁を作り上げた。土門の注意が出口に向いているのを見て、先手を打ったのだった。加えて、氷の壁を作れば、その氷が溶けるまでは柏川に邪魔されることもなく、土門と禿の合流を防ぐこともできる。まさに一石三鳥の手だっだ。しかし、そんな国分の思惑などお構いなしに、


「オラオラオラ! どうした、どうした? オレを殺すんじゃなかったのか?」


 柏川は炎を生み出し続けている。その気になれば、一瞬で禿を倒せるだろうに、わざといたぶって優越感に浸っているのだった。


 まったく、うっとうしい。


 柏川を横目に、国分は内心で毒づいた。


 国分と柏川は、性格が正反対なら力も正反対。なのに、名前は同じレン。

 そのせいで、仲間からは常に柏川とワンセットで見られる始末。

 国分にとって柏川は、まったくもっていい迷惑であり、実に不愉快極まりない存在なのだった。


 まあいい。あれのバカは今に始まったことじゃありませんし。


 国分は気持ちを切り替えた。

 この勝負は、すでに詰みの段階に入っている。土門を捕えさえすれば、それで仕事は完了。とりあえず、これ以上バカに煩わされることもなく、ゆっくり休めるのだった。


 対する土門は、この状況を打開する方法を考えていた。

 氷の壁に回帰を施せば、氷は消える。だが、その場合、すぐまた新しい壁が作られるだけで、イタチゴッコになるだけなのは目に見えていた。


 どうすれば……。


 思案する土門の耳に、


「きゃあ!」


 禿の悲鳴が飛び込んでてきた。


「ミッちゃん?」


 見ると、禿は右足に火傷を負っていた。だが、その目からは未だ闘志は消えておらず、それどころか怒りの炎は増々燃え盛っていた。


 ヤバい。あれは自分がどうなろうと、絶対相手をブッ殺すと思ってる顔だ。


 土門はそう直感した。次の瞬間、


「が!」


 土門の両足に痛みが走った。見ると、両足の太ももに氷の矢が刺さっていた。土門の注意が禿に逸れた隙を、国分は見逃さなかったのだった。


「なるほど。陛下が言っていた通り、自分の傷は治せないようですね。ならば、死なない程度にダメージを与えて、動けなくなってもらうとしましょう」


 国分は、再び氷の矢を放った。


「く……」


 土門は足の痛みをこらえつつ、かろうじて矢を回避する。


「この後に及んで、往生際の悪い」


 国分は嘆息した。


「私たちは、あなたがたを殺したいわけではありません。それどころか、陛下は最高の待遇をもって、あなた方を迎えようとしてくれているのですよ? それの、一体何が不満なのですか?」

「何千、何万という人の苦しみと引き換えに、か?」

「それが世の中というものです。あなただって格差社会と言われて久しい日本で、貧困にあえぐ人々を尻目に今までのうのうと生きてきたのでしょう? それと同じことです」

「そんな理屈」

「あー、もう結構です。この話題で、いくらあなたと議論しても平行線のようですから。あなたが何を言おうが私の考えは変わりませんし、あなたもそのようだ。ならば、私は私のノルマを果たすまでです」


 国分は、とどめの矢を放とうとした。そのとき、外から人の気配がした。


「面倒ですね」


 おそらくは女神の大迷宮に挑戦しようとするリベレイターなのだろうが、後一歩で任務完了というところでの第三者の介入は避けたいところだった。


「仕方ありません」


 国分は神殿の入り口を氷で塞いだ。こうすれば、数分は時間が稼げる。そして、それだけあれば土門を捕縛して、この場から退散するには十分だった。


「では邪魔が入る前に、さっさと仕事を片付けるとしましょうか」


 国分は、土門に止めとなる一撃をお見舞いしようとした。そのとき、神殿の入り口を塞いでいた氷塊が粉々に吹き飛んだ。

 そして砕かれた氷壁の向こうから、1人の男が姿を見せる。


「あ……」


 その顔に土門は見覚えがあった。


 忘れようにも忘れられない。


 白銀の鎧に身を包み、憮然と佇むその容姿は、間違いなく「白銀の解放者」永遠長流輝だった。





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