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第53話

「凄い。本当に、誰にも気づかれずに脱出できた」


 城を振り返り、土門は感嘆の声を漏らした。

 部屋の見張りを始め、部屋を出てから城壁をロープで降下するまで、土門たちは何人かの兵士たちと遭遇していた。しかし、その全員が、まるで土門たちが見えていないかのように、まったく反応を示さなかったのだった。


 そして、その秘密はロセのクオリティにあった。

 本人の説明によると、ロセのクオリティは「幻影」で、その力によって兵士たちの目を欺いたらしかった。


「で? これから、どこへ行くの?」


 禿がロセにささやいた。


「ワタシたちのアジトよ。そこで、あなたたちには解放軍のリーダーに会ってもらうわ」


 そう言って、ロセが向かったのは地下水道だった。


「ま、レジスタンスのアジトとしては定番ね」


 大都市ほど、地下水道は複雑に入り組んでいて、迷路のようになっていく。そのため、表立って活動できない組織のアジトに選ばれやすいのだった。


 そして地下水道を歩くこと20分。

 土門たちは地下水道の空洞に作られた、レジスタンスのアジトに到着した。


「よく来てくれた。私はジョバン・ハリク。一応、解放軍のリーダーを任されているものだ」


 そう言って土門たちを出迎えたのは、30代前半の男だった。元は戦士なのか、筋骨隆々で腕周りなどは土門の倍近い太さがあった。


「君がリク・ツチカド君だね。君の噂は、私の耳にも届いていたよ。ラザレームに、どんな病でも一瞬で治してしまう医神と呼ばれる名医がいるとね」

「い、医神?」


 土門は目を丸くした。先生と呼ばれるのでさえ抵抗があったというのに、医神などおこがましいにも程があった。


「ていうか、そんな話、初耳なんですけど?」

「そうか? まあ、噂には尾ひれがつくものだからな。気にするな」


 ハリクは気さくに笑い飛ばした。


「それに実際、君にはそう呼ばれるだけの力がある。そうだろう? あの皇帝が君を手に入れるために兵を動かしたのが、その何よりの証だ」


 ハリクの顔から笑みが消えた。


「もう、ロセ君から聞いていると思うが、皇帝が君の身柄を確保したのは君の力を我が物とするためだ。我々としては、できれば君が皇帝と接触する前に助け出したかったんだが、後手に回ってしまった。奴に、君の力が渡ってしまったのは痛いが、こうして君を助け出せたことで、最悪の事態は回避できたから、とりあえず今はそれでよしとしておくさ」

「土、リッ君の力が渡った? て、どういうこと?」


 禿は話が見えず、眉をひそめた。


「まだ話してなかったのか?」


 ハリクはロセを見た。


「何分、時間がありませんでしたから」

「その割には、ずいぶん無駄口叩いてたと思うけど?」


 禿はロセを皮肉った。


「あれは、あなたたちの察しが悪いからであって、ワタシのせいじゃないわ」


 ロセは冷ややかな目を禿に向けた。


「ケンカ売ってるなら、買ってあげるわよ?」

「ふざけないで。喧嘩を売ってるのは、あなたのほうでしょ? この野蛮人」


 言い争う禿とロセを見て、


「……短い間に、ずいぶんと親交を深めたようだな」


 ハリクは口元をほころばせた。が、


「どこが!」

「誰がよ!」


 即座にロセと禿から異論が飛んできた。しかし、それがさらにハリクの笑いを誘った。

 解放軍に加わってから今日まで、ロセは感情を表に出すことがほとんどなかった。仲間を目の前で殺されたことが原因のようだったが、そこには一種の危うさがあった。それだけに年相応の振る舞いを見せるロセの姿は、ハリクの目には微笑ましく映っていたのだった。


「まあ、それはそれとしてだ。これは君たちのほうが詳しいと思うが、この世界に来た異世界人には我々にはない不思議な力がある。そして、どうやらあの皇帝には、そんな君たちの力を自分も使えるようにする力があるようなんだ」

「私たちの力を? つまり、あの皇帝にはコピー能力があるってこと?」


 禿が驚きの声を上げ、


「だから、そう言ってるでしょう」


 ロセが冷ややかにツッコミを入れた。


「ていうか、だとしたら、リッ君を連れ戻しても意味ないってことになるんじゃないの?」

「いや、どうやらツチカド君の力は、自分に対しては使えないようなんだ」

「使えない?」


 禿は眉をしかめた。


「城にいる同志からの報告によると、ツチカド君の力は、自分に使おうとすると、発動そのものがなかったことになってしまうらしい。皇帝は、こう言っていたそうだ。ツチカド君の力を自分に使おうとすることは、自分で自分の体を持ち上げようとするようなものだ、とね」

「…………」

「だから皇帝が自分の延命を図るためには、どうしても君の存在が必要なようなんだ。これが、さっき私が言った、最悪の事態は回避できた、という意味なんだ。そして、もしまた君が奴らに囚われるようなことになれば、それこそ終わりだ。そうなれば、奴らは君が2度と逃げ出さないように洗脳するだろうからね。この国の皇族たちに、そうしたように」

「洗脳? そんなスキルまで持ってるの、あの皇帝?」


 禿が嫌悪感を露にした。


「この国を支配する前に、使えそうなプレイヤーのスキルは片っ端からコピーしてきたみたいだから、地水火風といった精霊力や、サイコキネシスのような超能力系は、あらかた持ってると考えたほうがいいわ」


 ロセが、いまいましそうに答えた。


「厄介ね」

「ああ。だからこそ不老不死の力だけは、なんとしてもあの皇帝に渡すわけにはいかないんだよ。そんなことになれば、それこそこの国は、いやこの世界は終わりだからな」


 ハリクは、そこで肩の力を抜いた。


「と、大口を叩いたものの、正直なところ、今の俺たちに君を守り切る力はない。そこで君には、できれば皇帝の手の届かない、どこか遠くの国に逃げてもらおうと考えている。むろん、そこまでの護衛はつけるし、その隠れ家にも護衛をつけさせてもらう。ロセ君辺りが適任だろう。彼女には敵の目を欺ける幻影があるし、どうやら君たちとも仲良くなったようだからね」

「だから!」


 ロセと禿の声が重なり、またハリクの笑いを誘った。


「解放軍は、今そんなに劣勢なんですか?」


 土門が尋ねた。


「苦しいな。奴らは、だいなまいと、だったか? 君たちの世界の兵器を使う上、皇帝の側近たちは君たちと同じような力を持っている。しかも、その全員が王器の使い手ときている。それに比べて、こちらは大半が戦いには不慣れなうえ、手持ちの武器は人器のみだ。せめて、神器の1つでもあればと思うが、ないものねだりしても始まらないからな」


 ハリクは頭をかいた。


「神器って、永遠長さんが持ってたやつのことだよね」


 土門は、ラザレームでの永遠長の奮戦を思い出していた。そして、


「確かに、あれは凄かったものね」


 禿もラザレームでの永遠長の蛮行を思い出していた。そんな二人の何気ない会話に、


「トワナガ?」


 ロセが食いついた。


「トワナガって、あのトワナガのこと?」

「あのって言われてもわからないけど、たぶんそのトワナガのことなんじゃないの? トワナガなんて名字、珍しいし。でも、それがどうかしたの?」

「決まってるじゃない。もし本当に、あのトワナガがこの世界に来ているなら、探し出してワタシたちに力を貸してもらうのよ。最古の11人のなかでも、最強と言われる男が協力してくれれば、あの皇帝を倒すことも夢じゃないもの」


 ロセは希望に瞳を輝かせた。


「……無理だと思うけど」


 禿はボソリと言った。土門も口にこそ出さなかったが、思いは同じだった。


「そんなことはないわ。「ハイトクのボッチート」のことは噂でしか知らないけど、その武勇伝だけは伝わってきているもの。ディサースでは、スキルを悪用して好き放題していた3つのギルドを叩き潰し、エルギアでは暗黒竜の討伐隊を全滅させ、この世界ではミルボン王国のセレスティーナ王女を守って、彼女を排斥しようとした伯父一派を、逆に国から追い出したって」


 ロセは永遠長の武勇伝を熱く語ったが、土門たちの目は冷え切っていた。


 きっと、全部売られた喧嘩を買っただけなんだろうなあ。


 図らずも、土門と禿は同じことを思っていた。

 永遠長に会ったのは1度だけだが、その行動原理は土門たちの心に深く深く刻み込まれていたのだった。


「そうです!」


 ロセに同調する声を上げたのは、お茶を運んできてくれたアルメという少女だった。


「あの方は凄い方なんです! あの方が力を貸してくれれば、きっと、いいえ、絶対あの皇帝にも勝てるはずです!」


 アルメは力強く言った。奴隷商人に捕まっていたところを永遠長に助け出されたアルメは、それ以後「白銀の解放者」の絶対的な信奉者になっていたのだった。


「…………」


 この2人とは根本的に論点がずれている。

 土門と禿はそう思ったが、あえて言及しなかった。


 夢見る少女の儚い想いを、あえて壊すことはないという、ささやかな思いやりだった。


 だが、確かにロセたちの主張には一理あった。あの皇帝が地球人狩りをしている以上、いつかは永遠長と事を構えることになる。そして永遠長なら、本当に皇帝たちに勝てるかもしれなかった。

 問題は、永遠長が、いつ皇帝と相対するかということだった。このままいけば、確かにいつかは永遠長も皇帝と戦り合うことになるかもしれない。しかし、それが解放軍が壊滅した後では意味がないのだった。

 かと言って、どこにいるかもわからない人間を、手がかりなしに探すのは無理がある。

 だとすれば、今考えるべきは、もっと現実的な打開策だった。


 土門は、しばし考えた末、あることを思いついた。


「……ハリクさんたちが苦戦しているのは、相手に強力な兵器があるからなんですよね?」

「ああ、そうだが、それがどうかしたか?」

「だったら、それと同等の力をハリクさんたちも手に入れられれば、この劣勢を挽回することもできるってことですよね?」

「そう、だな……」


 ハリクは、あごを右手で押さえた。


「アーリア帝国内のレジスタンスに、征服された周辺諸国の抵抗勢力を合わせれば、数的には、まだこちらに部があるからな。本当に、そんなものがあれば十分巻き返しは図れるだろうが、そんなものが一体どこにあるというんだ?」

「あるじゃないですか。この世界だからこそ使えて、しかもダイナマイトを超える力を秘めたものが」


 土門の意図するところに、


「それって、もしかして……」


 真っ先に気づいたのは禿だった。


「そう、魔法だよ」


 土門は力強く頷いた。


「確か、この世界の魔法は女神様によって封印されているんでしたよね?」


 土門はハリクを見た。


「あ、ああ」

「そして、その封印は「女神の大迷宮」を攻略しさえすれば解ける。そうですよね?」

「た、確かにそうだが、あの迷宮は、この300年、誰の挑戦も跳ねのけ続けてきた魔の迷宮だ。とてもじゃないが攻略なんて」


 何を隠そう、ハリクも返り討ちにあった1人なのだった。


「そんなの、やってみなくっちゃ、わからないじゃないの」


 禿が持ち前の負けん気を発揮した。


「無茶なのは、わかってます。でも、もし迷宮を攻略して魔法が復活すれば、解放軍はダイナマイトに匹敵する力を手に入れることになる。そして、そのことを皇帝軍が知らないうちに反撃に出れば、そのタイムラグを利用して、皇帝軍と互角以上の戦いができるんじゃないですか?」

「た、確かに、それができれば兵器の差は埋めることができるかもしれないが……」


 問題は、誰がどうやって「女神の大迷宮」を攻略するか、ということだった。そして、そのことを、この場にいる全員が察していた。そのなかで、


「ボクが行きます」


 土門が名乗りを上げた。


「君が? しかし君は……」

「むしろ、好都合だと思いますけど。もし、ボクが女神の大迷宮を攻略できずに死んだら、そのときはそのときで、皇帝は若返ることができなくなってしまうんですから」

「そ、それはそうだが……」

「勝算もなく言ってるわけじゃありません。知っての通り、ボクには「回帰」の力がある。ダンジョンを攻略する上で、この力はかなり有効だと思うんです。怪我をしてもすぐに治せるし、それこそ1日分巻き戻せば、体力も全回復させられるんですから」

「な、なるほど。確かに……」


 ハリクは考え込んだ。


「よ、よし、そういうことなら、俺も同行しよう。君の言うとおり、もし本当に魔法を復活させることができれば、突破口になるかもしれん」


 ハリクのなかで戦士の血が疼いていた。


「何言ってるんです。ハリクさんはダメですよ」


 ロセがダメ出しした。


「ハリクさんには解放軍をまとめるっていう、大事な仕事があるじゃないですか。今、要のハリクさんがいなくなったら、それこそ解放軍は瓦解してしまいますよ」

「そ、それは、確かにそうだな」


 ハリクはガックリと肩を落とした。


「だから、ここはワタシが行きます」

 

 ロセはポンと胸を叩いた。


「君が?」

「ええ、ここから「女神の大迷宮」までは、馬で飛ばしても5日はかかるわ。その間に皇帝たちも追手をかけるだろうし、連中の目を欺くためにも、ワタシが同行したほうがいいでしょうし」

「なるほど。確かに、君の言うとおりだな」


 ハリクも深くうなずいた。


「よし、こちらからもミラに連絡して、腕利きの戦士を集めておいてもらうとしよう。ここにいる者を同行させてもいいんだが、現地で集めたほうが人目につかないだろうからな」


 ハリクは即断すると、さっそく行動を開始した。


 こうして土門たちは、解放軍の起死回生の一手として、女神の大迷宮に挑むことになったのだった。



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