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第51話

 妻との夜の営みを終えた後、ビルヘルムは過去に思いを馳せていた。

 

 異世界ストアに務める以前、ビルヘルムは小説家だった。しかし、その生活は決して楽なものではなかった。執筆した小説は鳴かず飛ばず。まれに注目されたかと思えば、盗作疑惑で炎上していただけというオチだった。


 こんなハズはない。

 自分の作品が理解されないのは、周りの理解力が低いせいだ。

 優秀なアーリア人である自分が評価されないのは、世界が間違っているからだ。


 ビルヘルムの不満は、屈折した白人至上主義と相まって日増しに増大していった。


 ビルヘルムが異世界ストアの求人広告を目にしたのは、そんなときだった。

 そして、小説家として行き詰まっていたビルヘルムは、その会社の面接を受けることにした。

 面接官は寺林という東洋人だったが、この際、背に腹は代えられなかった。そして、なんとか企画部門の一員として採用されたビルヘルムだったが、その仕事内容は彼が想像していたものとは大きくかけ離れていた。


 本当に存在した異世界。そして地球に迫る危機。


 寺林から聞かされた真実に、ビルヘルムは驚愕するとともに胸踊らせた。


 ビルヘルムは未知への好奇心と世界を救うという使命感の下、仕事に打ち込んだ。しかし、その情熱はある日を境に、支配欲に取って代わることとなった。


 きっかけとなったのは、モスの地図上に「アーリア」の名を冠する国名を見つけたことだった。


 ビルヘルムは、その偶然を天啓と思った。神が、この世界をワタシが統べることを望んでいるのだと。


 しかし、ビルヘルムがアーリア帝国を治めるためには、クリアしなければならない問題があった。

 それは異世界ストアの全権を掌握している寺林と、異世界ストア利用者の存在だった。


 自分がモスの征服を企んでいると知れば、寺林は必ず阻止しにかかるだろう。それに、現代知識とクオリティを合わせ持っている地球人の存在は、モスを征服する上で必ず障害となる。

 しかし、だからといって全員を力尽くで排除するのは手間だし、リスクが高すぎる。


 そう考えたビルヘルムは、自主的に地球人たちがモスから離れるように仕向けることにした。そして、そのために企画したのが夏休みイベントだった。


 夏休み限定イベントとして、モスを除く、ディサース、ラーグニー、エルギアに特定のアイテムをバラ撒き、それをプレイヤーたちに探させる。そして、そのアイテムをより多くゲットした者ほど豪華賞品が手に入るようにする。

 こうすれば、単純なプレイヤーたちは目の色を変えてアイテムを探しまくるだろうから、必然的にモスから地球人を遠ざけることができる、と。

 

 だが、その場合1つ問題が生じる。それは「なぜモスだけイベント対象から排除するのか?」と、いうことだった。


 その疑問に明確な答えを出せない限り、この計画は成立しない。


 そこでビルヘルムが捻り出したのが、異世界ツアーだった。


「現在の先進国、特に日本は引きこもり天国となっている。これは人材の無駄でしかない。そして、そんな連中に自立を促すには荒療治が必要だ」


 ビルヘルムは、そう言って異世界ツアープロジェクトを寺林に提言したのだった。


 具体的には、異世界という突拍子もない話で引きこもりたちの興味を引き、とにかく外に引っ張り出す。そして異世界に置き去りにして、無理矢理サバイバル生活を送らせる、というものだった。


 むろん、こんなうさん臭いツアーには、誰も参加しない可能性もあった。しかし、その場合は異世界転移モノの定番である、強制転移に計画を変更するだけのこと。重要なのは、引きこもりたちを過酷な環境に置くことで、いかに自分たちの考えが甘いかを思い知らせることだと主張したのだった。そして、そのためにも引きこもりを送り込む先は、もっともサバイバル性が高いモスが適している、と。


 そうして、お膳立てが完了したところで、


「ツアー期間中、もしツアー客が他の地球人と接触した場合、危機感が薄れる可能性がある」


 という大義名分を掲げて、モスを除いた異世界での夏休みイベントを提案。これに寺林もゴーサインを出した。

 結果、案の定、プレイヤーたちの足はモスから遠ざかり、異世界ツアー決行直後に結界を張ることで、モスを外部世界から完全に隔離することに成功したのだった。


 そうして邪魔者を排除したビルヘルムは、同志たちとともにアーリア帝国の支配に乗り出した。皇位の譲渡は「洗脳」のクオリティにより淡々と執り行われ、ビルヘルムはアーリア帝国の皇帝に即位した。


 そして名実ともにアーリア帝国のトップに立ったビルヘルムは、次に世界征服に乗り出した。とはいえ、いかに大帝国とは言え、アーリア帝国の軍事力だけで世界征服は難しい。

 そこでビルヘルムが考えたのが、ダイナマイトの軍事利用だった。

 ダイナマイトは、もはや地球でこそ兵器として利用されないが、かつてのヨーロッパ同様、戦の主戦力が騎兵であるモスであれば、強力なイニシアチブが取れる。

 だが、当然のことながら、そのダイナマイトを製造するために必要なニトログリセリンはもとより、その原料となるグリセリン、硝酸、硫酸も、モスには存在しない。


 そこで、次にビルヘルムが考えたのが、硝酸や硫酸の原料となる硝石を入手することだった。

 地球において硝石の鉱床としては、インドネシアのチリ鉱山が有名だが、それと同じような硝石の鉱床がモスにも存在する可能性がある。そう考えたビルヘルムが「探知」のクオリティを使って調査した結果、硝石の鉱床がアーリア帝国内に存在することが判明したのだった。


 この奇跡を、やはり天啓と受け取ったビルヘルムは、密かに友人たちをモスに送り込んだ。そして友人たちの指示の下、現地人たちに採掘させた硝石から硝酸と硫酸を精製すると、そこに獣脂から採取したグリセリンと合わせることで、ニトログリセリンの製造に成功。さらに、そのニトログリセリンに、ニトロセルロース(綿を硝酸と硫酸の混酸で処理することで得られる発火物質)を混ぜ合わせることで、ダイナマイトを完成。その後、半年かけてダイナマイトを大量生産した。


 そして、このダイナマイトを活用したアーリア帝国は連勝連勝、すでに3つの国を統治下に置き、領土を5倍にまで拡大させていた。


 異世界ツアーと夏休みイベントの立案、実行。アーリア帝国の皇位簒奪。結界によるモスの孤立化。ダイナマイトの製造と、それを計算に入れた戦略と戦術による連戦連勝。

 ここまでは、すべてビルヘルムの思惑通りに事が運んでいた。あえて失敗を上げるなら、異世界ツアー参加者を、ツアー初日に全滅できなかったことぐらいだが、それも土門が「回帰」の力を持っていたことを考えると、結果オーライだった。


「こんなことなら、あそこでツアー客を襲わせるのではなかったな」


 土門の例もある。もしかしたら、あそこで死んだ者のなかに「不死」のクオリティを持つ者がいた可能性もあった。最終的に殺すにしても、どんな能力を持っているかを確認してからでも遅くはなかったのだった。


 地球人はモス征服の障害になる。

 その思いが強すぎたため、どうやら視野が狭くなっていたようだった。


 しかし紆余曲折を経て、不完全とはいえ「不老不死」は手に入れた。


 やはり神は、ワタシがこの世界を支配することをお望みになっている。


 ビルヘルムは、そのことを改めて確信すると、この世界の皇帝となった自分を夢想しながら眠りについたのだった。




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