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第50話

 土門たちが地下牢で目覚めて1時間ほど経ったところで、


「出てください」


 国分が再び土門たちの前に現れた。そして、その隣には土門に当身を食らわせた男の姿もあった。どちらも以前の黒装束ではなく、白い鎧を身に着けていた。


「皇帝陛下が、あなたがたに用があるそうです」

「……嫌だって言ったら?」


 禿は敵意を剥き出した。国分の隣にいる本郷とかいう男に、禿も気絶させられてしまったのだった。もっとも禿が腹を立てているのは、そのこと自体ではなく、そのせいで柏川を仕留め損ねてしまった。こいつさえ邪魔しなければ、あいつの息の根を止められたのに。という、間接的な怒りであったが。


「ダメだよ、ミッちゃん」


 土門は禿に耳打ちした。


「さっき決めたじゃないか。とりあえず様子を見ようって」

「……そ、そうだったわね」


 禿は肩の力を抜いた。

 幸いだったのは、あの柏川とかいう奴がいないことだった。もし、あの男が今この場にいれば、禿は問答無用で吹っ飛ばしている自信があった。


 大人しく引き下がった禿に、土門は安堵の息をついた。


 土門たちは牢から出ると、


「では、ついてきてください」


 国分の後について歩き出した。


「君たちは、自分たちがしていることがどういうことか、わかっているのかい?」


 土門は国分たちに尋ねた。


「もちろんです」


 国分は即答した。


「人を殺しているんだよ?」

「それが何か?」


 国分は軽く返した。


「すべては生きていくためです。あなたたちだって、生きていくために毎日食事をしているでしょう? 生きるために、他の生物の命を奪っているという点では、どちらも同じことです」


 国分は冷ややかに言い切った。


「それとも、どこぞの団体のように、知能の高い生物は殺してはいけないが、知能の低い生物は殺してもいいとでも言うつもりですか? あなたがどう思おうと勝手ですが、私にとって命を奪うことに善悪の基準があるとすれば、自分が生きるために本当に必要かそうでないか。その1点だけです」


 国分の主張に、土門は鼻白んだ。


「そして私は生きていく上で最適な働き場所を見つけ、給与に見合う仕事をしているだけです。それを悪と言うのなら、それこそ軍人は、すべからく悪と言うことになりますよ。あなた、仮に日本が他国と戦争になったとして、自衛隊の人に、いえ自衛隊でなくとも戦争経験のある人を前にして「この人殺し!」と、真っ向から非難できるんですか?」


 国分の皮肉まじりの切り返しに、土門は絶句した。


「もしそれが言えるとしたら、それはあなたが恵まれた環境にいるからに過ぎません。日本人が、よく言われる「平和ボケ」と言うやつです。誰も彼もが、あなたと同じ力があるわけじゃない。それとも、あなたのように日常で役に立つ力を持たない者は、黙って死ねとでも言うのですか?」


 国分は肩をすくめた。


「もっとも、柏川君は別です。擁護のしようがない。ま、するつもりもありませんがね。彼は、あくまで同じ職場で働いている同僚でしかありませんから。あなたも、そうでしょう? それともあなたは同じ日本人と言うだけで、赤の他人が犯した罪を被って刑務所に入りますか? 入らないでしょう? それと同じことです」

「で? その柏川って奴は、今どこにいるの?」


 禿が尋ねた。


「謹慎中です。今回の件は、皇帝もやり過ぎだと思ったんでしょう。私たちが皇帝から命じられたのは、あくまでも王都の制圧であって、殲滅ではないのですから」


 国分は肩をすくめた。


「そのうえ、連れてくるように命じられていた君を殺そうとしたのですから、謹慎では甘いぐらいです」

「どうしてボクを?」

「さあ? 言ったでしょう。私たちは仕事をしているだけだと。理由が知りたければ、直接皇帝に聞いてください」


 そう言って、国分が土門たちを案内した先は食堂だった。


 皇帝との対面は、謁見の間で行うもの。

 そう思い込んでいた土門は、肩透かしを食らうことになった。


「陛下、お2人をお連れいたしました」


 食堂に入った国分は、上座に座っている金髪碧眼の男性に恭しく頭を下げた。


「ご苦労。君たちは下がっていいぞ」


 皇帝と思われる二十代後半の男性は、席を立つと土門たちに歩み寄った。


「やあ、よく来てくれたね。ワタシがこの国の皇帝、ビルヘルムだ」


 アーリア帝国の皇帝は、笑顔で土門たちに握手を求めた。そのフレンドリーな対応は、土門たちを困惑させることになった。近隣諸国に戦争を仕掛け、戦乱を引き起こした人物というからには、もっと強面で、いかめしい人物を想像していたのだった。


「話の前に、とりあえずコレを返しておこう」


 そう言って、ビルヘルムが土門たちに差し出したのは、2人の異世界ナビだった。


「失礼ながら、それの中身は確認させてもらった。すべての攻撃を跳ね返す「反射」に、対象をリセットすることのできる「回帰」。どちらも素晴らしいクオリティだ」


 ビルヘルムは意味ありげに、ほくそ笑んだ。しかし土門が気にかかったのは、別のことだった。


「あなたは地球人なんですか?」


 異世界人の言葉は、異世界ナビを所持していなければ理解できず、異世界ナビは登録した本人にしか使用できない仕様になっている。だとすれば皇帝との間で会話が成立する理由は、それしか考えられなかった。


「その通り。ワタシも君たちと同じ転移者だ」

「地球の人が、どうして異世界の皇帝になってるんですか?」

「この世界のためさ」

「この世界の?」


 土門と禿は顔を見合わせた。


「まあ、立ち話もなんだ。話は、食事を取りながらしようじゃないか。君たちも、昨夜から何も食べていないのだろう?」


 ビルヘルムは上座に戻り、土門たちも用意されていた席に着いた。そして、改めてテーブルに着いている面子を見回すと、全員がビルヘルムと同年代の、しかも金髪碧眼の白人ばかりだった。


 皇帝の紹介によると、彼の隣に座っているのは皇妃のソフィア(愛称ソフィー)。そして左から順に、宰相のロバート(ボブ)。将軍のエドワード(エド)と、その妹のベロニカ(ロニー)、マーガレット(マギー)、クリストファー(クリス)という名前で、全員がビルヘルムと同じ転移者ということだった。


「さっきの話ですけど、この世界のためって、どういうことですか?」


 食事が済んだところで、土門は改めて皇帝に尋ねた。


「君たちも、この世界に1月以上いるのなら、この世界の現状はよくわかっているだろう。この世界は、それこそ地球で言えば原始時代だ。恐竜のようなモンスターが当たり前のように跋扈し、人はソレらの驚異に怯えながら、壁のなかで息を潜めて生きているというのが実状だ」


 皇帝は嘆息した。


「そして現状、これらのモンスターに対抗する手段は、魔具と呼ばれるマジックアイテムしかない。しかし、この魔具は強力なものになるほど、その使用者が限定されてしまう。結果、この世界の人間は長きに渡り、モンスターに怯える日々を余儀なくされてきた。ワタシは、この状況を変えたいのだ」

「モンスターに襲われない生活を送ることと、周辺諸国に戦争を仕掛けることに、なんの関係があるんですか?」


 禿が胡散臭そうに尋ねた。自分の父親のこともあって、禿は綺麗事を並べる人間を信用できないのだった。


「この世界の人間が、一丸となるためだよ。この世界からモンスターを完全に排除するためには、それこそ世界中の国々が一致団結して、事に当たる必要がある。だが君たちも知っての通り、この世界の支配者層は民のことなどお構いなしに、領土争いに明け暮れるばかりだ。そんな連中に、モンスターの掃討を持ちかけたところで応じるわけがない。そう思わないかね?」


 確かに皇帝の言う通りだった。


「それと問題は、もう1つあった。モンスターを掃討するためには、魔具では非効率過ぎるということだ。そこでワタシが考えたのが、この世界での爆弾の製造だ。ダイナマイトであれば誰にでも扱えて、それでいて並の魔具以上の破壊力を有している。モンスターを駆除するに当たって、これ以上の武器はないだろう。だが、もしその存在を普通に諸国の支配者たちに教えれば、戦争にも活用しようとする可能性が高い。さっきも言ったように、ダイナマイトは誰にでも扱えて、それでいて並の魔具以上の破壊力があるからね。そしてそんなことになれば、それこそモンスターによる被害どころの騒ぎではない。何万、何十万という人間が、爆弾によって命を落とすことになってしまう。かつての地球人が、そうであったように」


 皇帝は痛ましそうに目を閉じた。


「それを避けるためには、いったんワタシがこの世界を完全に統治し、しかる後にモンスター退治に乗り出すしかなかったのだよ。モンスターを、この世界から完全に排除するために」


 皇帝は、まっすぐ土門を見つめた。


「それと、理由はもう1つある。それは、この世界の文化水準の低さだ。君たちも、この世界で医者をしていたのならわかっているだろうが、この世界では、それこそ地球であれば注射1本で治るような病気で、大勢の人間が死んでいく。ワタシは、この現状を変えたいのだ。そしてそのためには、この世界の仕組みそのものを変えなければならないのだ。すべてを神任せとして、それで良しとするこの世界の人間たちの目を覚まさせ、人間の運命を人間の手に取り戻す必要が。そして、そのためには絶対的な権威が必要だったのだ。神の権威の下、自分たちだけが利権を貪り、停滞を良しとする既得権益者たちを一掃するために!」


 皇帝は力強く拳を握りしめた。


「まあ、こんなことを言っても、すぐには信じられないだろう。ワタシとしては、君たちの安全を考えての処置だったのだが、君たちにしてみれば無理矢理ここに連れて来られたわけだからね。これからの君たちの身の振り方に関して、ワタシに口を差し挟む権利はないが、できれば君たちにはレン君たちと同じように、ワタシに力を貸してもらえれば、ありがたいと思っている。この世界を古き檻から開放し、この世界で暮らす人々が平和で豊かな生活を送れるようになるために」


 皇帝はそう締めくくり、夕食会は終了した。


 そして土門たちが食堂を去ったところで、


「名演説でしたわね」


 ソフィアが夫に言った。その声には、多分に皮肉が込められていた。


「悪い人。あんな純情そうな子を騙すなんて」


 ベロニカは微笑した。


「人聞きが悪いな、ロニー。ワタシが、いつあのボーイたちを騙したというんだい? ワタシたち崇高なるアーリア人が、この世界の野蛮な原始人たちを正しく導いてやろうとしているのは、本当のことじゃないか」


 ビルヘルムは、しれっと言ってのけ、


「違いない」


 仲間たちから笑いが漏れた。


「しかし、あの少女のほうは、いまだ半信半疑と言った様子でしたが」


 ロバートが無表情で懸念を口にした。冷徹なリアリストであるロバートとしては、わずかな綻びも見過ごせないのだった。


「そのようだな。が、まあ、いいじゃないか。そこは少しずつ信用を得ていけば」


 ビルヘルムは楽しそうに答えた。


「しかし、あんなイエローに、そこまでする必要があるのか? おまえなら、あんなイエローの1匹や2匹、操り人形にすることぐらい簡単だろうに。なぜ、そうしない?」


 クリストファーが憤然と言った。最上位種族のアーリア人である自分たちが、東洋の猿のご機嫌を伺うような真似をすることが、我慢ならないようだった。


「えー? そんなことしたら、つまんないじゃないか。最初嫌がっている娘が、ボクの手で少しずつ快楽に溺れていく。その過程が楽しいんだからさ」


 エドワードが異を唱えた。女は多少跳ねっ返りのほうが、落とし甲斐がある。洗脳された女と1夜を共にしたところで、楽しくもなんともないのだった。


「そうよ。あの純情な子を、素のままでヒーヒー言わせてこそ、最高のエクスタシーが得られるのよ」


 土門の顔が自分の手で泣き顔に変わるところを想像し、ロニーの目が恍惚に蕩けた。


「この変態兄妹が」


 クリストファーは吐き捨てた。


「そういうな、クリス。エドの言うことも、もっともだ」


 ビルヘルムは兄妹を擁護した。


「洗脳を使えば、確かに簡単だがね。そうすると、それこそ彼らはワタシに命じられたことしか実行しない人形でしかなくなってしまうからね。いよいよとなればそれもやむなしだが、できればあのイエローには、自分の意志でワタシに協力してもらいたいんだよ。なにしろ、あのイエローこそ我々が待ち望んだ力の持ち主なんだからね」

「不老不死、か」


 クリストファーが言った。


「そうだ。あのイエローの登場によって、我々は念願だった不老不死を手に入れたのだ。その恩恵の大きさに比べれば、ペットの機嫌を取るぐらい安いものだろう」


 ビルヘルムは満面の笑みを浮かべた。


「ペットね」


 ソフィアは苦笑した。


「そうか、ペットか。確かに、ペットは可愛がるものだな」


 クリストファーは巨体を揺らして大笑いした。


「問題は、その力で本当に我々が永遠に活動できるかどうか、ということですが」


 ロバートが問題を提起した。


「理論上は可能なはずだ。1日過ぎるごとに、回帰で我々の時間を1日戻す。そうすれば、今の若さを維持したまま、我々は半永久的に存在し続けることができるはずなのだ」


 難点は、時間を戻すことによって、その間の記憶も消えてしまうことだが、それは重要事項をメモに取っておけば済む話だった。それに、この先正真正銘の不老不死の力を持った者が現れる可能性もある。しょせん、あのイエローは本物の不老不死が手に入るまでの、間に合わせに過ぎないのだった。


「てゆーかさ、さっき握手したときに、あの子たちの力はコピーしたんでしょ? だったら、もう用済みなんじゃないの?」


 ベロニカが言った。

 ビルヘルムのクオリティは「模倣」であり、彼は対象者に触れることにより、そのクオリティをコピーすることができるのだった。


「ああ、手に入れたよ。だが、もしワタシの推測が正しければ、ワタシが不老不死を維持するためには、あのイエローが必要なのだ」

「どういうこと?」

「まだ憶測の域を出ないので、なんとも言えないが、おそらくワタシはワタシに回帰の力を使うことができない」

「できない? それって、あなたは不老不死にはなれないってこと?」


 ソフィアの表情が曇った。


「そうだ。回帰とは、言わば時間を巻き戻すことだ。が、自分で自分の時間を巻き戻そうとすれば、その力が発動した瞬間、その巻き戻すという意志そのものもなかったことになってしまう可能性が高いんだよ。つまり自分に回帰の力を使うということは、自分で自分の体を持ち上げようとするようなものなのだよ。だから、ワタシが不死でいるためには、あのイエローが必要なんだ。だが、それでも不老不死であることに違いはない。そして不死でありさえすれば、いつか本当の「不死」の力を持った者が、我らの前に現れるかもしれない。回帰などという、紛い物ではなくな」


 ビルヘルムはワイングラスを手に取った。


「乾杯しよう、諸君。我々アーリア人の輝かしい未来に」


 ビルヘルムが乾杯の音頭を取り、


「輝かしい未来に」


 7人のアーリア人たちは、改めて勝利の美酒に酔いしれたのだった。


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