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第5話

 室伏高校1年2組の生徒が、異世界に強制転移されてから半月。


 川辺での朝食後、


「へえ、みんな、がんばってるわね」


 秋代は異世界ナビで現在の各チームのポイント数を確認していた。


 異世界ナビには、各チームの現在のポイント数の他に、1日に1回限定ながら、生徒全員の現在位置も確認できる機能がついていた。これは、おそらく魔神が生徒同士の潰し合いを促すため、というのが永遠長の考察だったが、少なくとも現時点で生徒間の潰し合いが起きている気配はなかった。


「1位なんて、ここまで2000個近く集めてるわよ。今日で15日だから、1日に100個以上、あのちゃっちゃい石を探しまくったのね。ご苦労様だわ」


 各チームのポイント数を眺めながら、秋代は感嘆の声を漏らした。


「……けど、このままだと上位3チーム以外は、脱落が決定することになるよね」


 自分も異世界ナビを見ながら、小鳥遊が言った。そうなった場合、小鳥遊には危惧していることがあった。

 それは、下位チームが生き残るために強硬手段に出ることだった。

 最悪、他のチームが集めた魔石を奪い取れば、自分たちは生き残ることができる。そして追い詰められた下位が、その暴挙に出ないという保証は、どこにもないのだった。


「まあ、なるようにしかならないわよ。あたしたちは、あたしたちにできることをやるまでよ」


 秋代は小鳥遊の不安を軽く受け流し、


「そうじゃぞ、小鳥遊。他の奴らが何をしようと、わしらが魔神を退治すれば、それで全部解決なんじゃからな」


 木葉は脳天気に言った。


「そして、わしらは魔神を倒した勇者になるんじゃ」


 その日が今から楽しみだった。


「あんた、ホントそればっかね」


 わかっていたことだが、まったく呆れる単細胞だった。


「当然じゃ。そのために、この1週間鍛えてきたんじゃからな」

「まーね」


 この1週間は、戦いに次ぐ戦いの毎日だった。おかげで今なら、たとえどんな過酷な環境でも生きていける自信があった。


 おしゃべりに興じている秋代たちに、


「そろそろ行くぞ」


 永遠長が言った。


「そういえば、今日はクエストの日だったわね。ま、ダンジョンでモンスター相手にしてるより、まだマシってもんよ」


 秋代は腰を上げた。


 ゲームであれば、モンスターを倒して、ひたすらレベルを上げていけばいい。だが、現実はそうはいかない。

 時間が経てば腹が減るし、戦えば武器は痛むし、服も汚れる。そして、それらを補充するためには当然ながら資金が必要となる。


 ダンジョン内で財宝や装備が手に入ればいいが、この世界ではゲームと違って、いくらモンスターを倒しても金は手に入らない。そして、すでに何百、何千という冒険者が踏み込んだダンジョンにも、その手の財宝が残っている可能性は、ほとんどない。

 だから資金を稼ぐためには、どうしても冒険者ギルドで、ある程度のクエストをこなさなければならないのだった。

 もっとも、そのクエストもモンスター退治がメインのため、秋代たちにとっては、特訓の一環と言えなくもなかった。実際、永遠長が選ぶクエストは、毎回どれも容赦ない高レベルモンスターの討伐ばかりだった。


「今日は別件だ。が、その前に1つ試したいことがある」


 永遠長は振り返ると、


「ちょっといいか?」


 秋代の右手首を掴んだ。


「何する気よ?」

「すぐに済む」


 永遠長はそう言うと、


「火炎付与」


 右手に持つ小石を燃え上がらせた。


「な?」


 呆気に取られる秋代たちをよそに、


「手間を取らせた」


 永遠長は1人その結果に満足していた。


「て、ちょっと待てい!」


 秋代は柳眉を吊り上げた。


「なんだ?」

「それは、こっちのセリフよ! 何よ、今のは? 今のって、あたしの力でしょ? それを、なんであんたが使ってんのよ? まさか人の能力パクッたんじゃないでしょうね?」


 秋代はクオリティを試してみた。すると、一応いつも通りに発動した。


「とりあえず問題なく使えるみたいね」


 秋代は安堵の息をついた。


「当たり前だ。クオリティは、そいつの魂の力だ。それをコピ-するならともかく、奪うことなどできるわけがない。それは相手の魂を奪うのと同義なのだからな」

「じゃあ、あんたはなんで使えたのよ?」

「魔神と戦うに際して、可能な限りのパワーアップ方法を考えた。今のは、その1つだ。元々「連結」には、ラーグニーの魔法も使える力がある。ならば同じ要領で他人に連結すれば、そいつの力も使えるのではないか? と考えた。そして試してみたらできた。ただ、それだけの話だ」


 前々から、その可能性には気づいていたのだが、試す相手がいなかったので、ずっと保留にしていたのだった。


「それだけの話って……」


 秋代はそこまで言って、


「ラーグニー?」


 初めて聞く固有名詞に眉をひそめた。


「そういえば、おまえたちには言っていなかったな。異世界ストアで行ける世界は現時点で4つ。以前閉鎖された世界を含めれば7つある。ラーグニーは、その内の1つだ」

「7つもあるんか!?」


 木葉は目を輝かせた。


「実際に見せたほうが早い」


 永遠長は異世界ナビの電源を入れると「移動可能な世界」の項目に切り替えた。するとそこには、


 第1世界ディサース「剣と魔法の世界」

 第2世界ラーグニー「魔銃の世界」

 第3世界モス「魔具の世界」

 第4世界エルギア「召喚獣の世界」


 と表示されていた。


「あたしのには、そんなの表示されてないわね」


 秋代は自分の異世界ナビで確認した。


「そのナビは魔神とやらが用意したものだからな。勝負に必要ない機能は、最初からつけていないか凍結しているんだろう」

「7つあるっちゅうことは、他に3つあるってことじゃな? どんな世界なんじゃ?」


 木葉は興味津々だった。


「最初に閉鎖されたサクサルリスは、浮遊大陸の世界だ。そこは有翼人の世界で、プレイヤーも全員、背中に翼が生えて自由に空を飛ぶことができた」

「自由に空を飛べたんか! ええの!」

「なのに閉鎖されたって、なんで?」


 秋代は腑に落ちなかった。


「そんなことは運営にしかわからん。が、問題があったとすればクエストの達成方法だな」

「どういうこと?」

「サクサルリスのクエストは、大半が飛行モンスターの討伐もしくは捕獲だった。怪鳥とか翼竜とかのな。そして、それらのモンスターを討伐するためには、こちらも飛んで近づくことになる。しかし足元に陸地がない場合、モンスターに翼を傷つけられたプレイヤーは、真っ逆さまに海に墜落することになる」


 それだけ他の世界よりも、死亡率が高かったのだった。


 通常の場合、死亡しても「復活チケット」さえ購入していれば、無傷で地球に戻れるようになっている。とはいえ、クエストの度に死んでいたら、出費はかなりのものとなってしまう。加えて、落下による痛みまでゼロにできるわけではないため、死ぬたびに激痛と1万円が飛んでいくことになるのだった。


「そこまでして、わざわざサクサルリスに行こうという奴は、そうそういなかったということだろう。空を飛ぶのも最初こそ楽しいが、やってる内に段々疲れてくるからな。地上で言えば移動している間中、両腕を羽ばたかせ続けているようなもので、しまいにはウンザリしてくる」

「なるほどね」

「じゃあ、残り2つはどうなんじゃ?」

「次に閉鎖されたハーリオンは獣人の世界だったが、特に女子に不人気だったから、おそらくそれが原因だろう」

「なんでじゃ?」

「あそこに行ったプレイヤーは獣人になる仕様になっていたが、その獣の種類がランダムで、しかも変更不可だったからだ。だから自分の意に沿わない動物、たとえばブタだった場合でも、ハーリオンで活動している限り、ずっとブタでい続けていなければならなかった。おまえなら、そんな姿でわざわざ人前に出たいと思うか?」


 永遠長は秋代を見た。


「思わないわね。てか、死んでも出ないわね」


 秋代は即答した。


「ええじゃろうが。ブタだろうとカバだろうと面白ければ」


 木葉の言葉は本心だったが、


「あんただけよ」


 秋代は聞く耳を持たなかった。


「そして最後のブルーノだが、使える魔法がショボかったのと、戦う相手が悪霊しかいなかったから単につまらなかったんだろう。どうせ悪霊と戦うなら「ジョブシステム」があるディサースで戦ったほうが面白いからな」

「なるほどね。で? あんたは、それらの世界の魔法を「連結」の力で全部使えるってわけね」

「正確には、ラーグニーとエルギアだけだ。他の世界の力は、その世界に1度でも行ったことのあるプレイヤーならば、全員使うことができるからな。しかもラーグニーの魔法はディサースと被っているところが多々あるため、取り立てて有効と言えるのは回復魔法しかない」

「それで、あんた騎士職なのに回復魔法が使えたってわけ? てか、異世界の力全部使える上、他人の力まで使えるとか、チートにもほどがあるでしょうが」

「俺は俺の力を最大限に活用している。ただ、それだけの話だ。誰に文句を言われる筋合いもない」

「別に文句はないわよ。魔神を倒すのに、味方は強いに越したことないんだから」


 ただ、なんとなく言わずにはいられなかったのだった。


「で、それはそれとして」


 秋代は気持ちを切り替えた。いくつ異世界があろうと、今の秋代たちにとっての異世界は、このディサースだけなのだから。


「なんか、さっき別件がどうこう言ってた気がしたけど」

「今日はアムサロに行く」


 永遠長は改めて言った。


「アムサロ? て、隣の国のことよね? 何しに行くわけ?」


 秋代は小首を傾げた。


「おまえがクラスアップするためのアイテムを見つけにだ」

「クラスアップ?」

「自分で言っていただろう。フェニックスウォーリアーになるには、不死鳥の羽が必要だと」

「ああ」


 すっかり忘れていた秋代だった。


「明日行われるアムサロでのオークションに、不死鳥の羽が出品されるという情報が入ったんでな。先に、それをゲットしに行く。ドラゴンの鱗や隕石と違って、簡単に手に入る代物じゃない以上、ゲットできるときにゲットしておいたほうがいいからな」

「ドラゴンの鱗や隕石は、簡単に手に入るってこと?」

「そうだ。ドラゴンは、それぞれの属性のドラゴンが、常に同じ場所を寝床にしているから、そこに行けば必ずいるし、道具屋でも売っている。あと隕石も道具屋に行けば、たいがい置いている」

「マジで?」

「ああ、魔術師になる奴はレベルが上がると、ほぼ必ず隕石落としを試すからな。それに、野外の戦闘でも何かというと使いたがるから、激しい戦闘があった場所に行けば、たいがい落ちている」


 永遠長の説明を聞き、秋代たちも納得した。隕石落としは、それぐらい魔術師になったら1度は使ってみたい魔法なのだった。


「で、不死鳥の羽だけは、そこらの道具屋じゃ売ってないから、アムサロまで行くってわけね?」

「今の段階では、あくまでも噂レベルだがな。それに、もし出品されるとしても、あれだけの貴重品だ。落札価格は、おそらく金貨1万枚はくだらんだろう」

「1万枚……」


 秋代たちの手持ちは、全員分合わせても金貨100枚が精々だった。


「じゃ、ダメじゃん」


 秋代は肩を落とした。


「とりあえず10万までなら、なんとかなる」

「え!? マジで!? そんな大金、どこにあるっての!?」

「俺が、これまでの冒険で手に入れた金だ。もしもの場合に備えて、見つかりそうにない場所に、いくらかずつ分けて隠してある」

「でも、いいの、永遠長君? せっかく稼いだお金なのに」


 奴隷商人の件もあり、小鳥遊は申し訳なさそうに言った。


「かまわん。毒を食らわば皿までだ」

「それって、あたしたちが毒ってことよね」

「他に誰がいる」


 永遠長から返ってきた案の定の答えに、


「この……」


 秋代の頭は瞬間沸騰したが、


「まあいいわ。んじゃ、とっとと行って、とっととゲットするとしましょ」


 すぐに冷めた。この1週間で、永遠長には何を言っても無駄、ということが骨身に染みていたのだった。

 そして、アムサロ共和国へと永遠長の魔法で転移した秋代たちは、不死鳥の羽根を求めてオークション会場へと向かった。


 アムサロ共和国は、このブロイグル大陸では珍しく、王政を敷いていない大国であり、大陸の中央という利点を活かした各国との交易で、一大商業国家として長くその地位を保ってきていた。

 そのため国の規模こそ、トラキル王国、ロストラル帝国、マルバルタル王国に次ぐ4番手に甘んじているものの、流通が物を言うオークションビジネスは、大陸中で一、二の規模を誇っているのだった。


「で、そのオークション会場っちゅうのは、どこにあるんじゃ?」


 観光気分で王都を見物しつつ、木葉は前を行く永遠長に尋ねた。


「もうすぐ着く」


 永遠長は端的に答え、事実それから5分もしないうちに、4人はオークション会場に到着した。


 オークション会場は美術館のような佇まいで、実際2階には絵画、彫像、宝石類など、貴重な品が数多く展示されていた。


「まるで美術館みたいね」


 秋代は展示品を見回した。永遠長によると、これらの品はすべて明日行われるオークションに出品される物らしかった。


 オークションに出品される品は、貴重品が多く高額で取引されるため、当然のことながら買い手は慎重になる。そこで、出品リストにある品が本物なのか。どれほどの値打ちがあるのかを見定めることが、コレクターの、そしてバイヤーの腕の見せ所となる。そのため、このオークション会場では、事前に客が品定めできるよう、前日まで出品物を館内に展示しているのだった。

 そして永遠長たちの求める品は、フロアの中央に展示されていた。


「ほー、これが不死鳥の羽か。綺麗じゃのう」


 金色の羽が保管されているガラスケースにへばりつく木葉を、


「何やってんのよ、あんたは。みっともない」


 秋代があわてて引きはがす。


「どうやら本物のようだな」


 確認の済んだ永遠長は踵を返した。


 後は明日のオークションで、あの不死鳥の羽を競り落とすだけ、のはずだった。

 しかし、翌日オークション会場に出向いた4人を待っていたのは、


「盗まれたあ!?」


 出品物が何者かに盗まれたという、係員の説明だった。


 係員によると、盗まれたのは昨日の深夜。侵入経路や手口は現在調査中で、犯人の行方も未だ掴めていないらしかった。


 これで不死鳥の羽が手に入る。


 そう思い込んでいただけに、秋代の落胆は大きかった。

 とはいえ、落ち込んでいても何も解決しない。

 憲兵隊が泥棒を捕まえる可能性もあるが、それを悠長に待っている時間は秋代たちにはないのだった。


「不死鳥の羽が、アレ1枚ってわけでもないんでしょうし、こうなったら他の方法を探すっきゃないわね」


 秋代は頭を切り替えた。


「永遠長、なんか他に心当たりはないわけ?」

「ない。が、可能性はまだある」


 永遠長は異世界ナビをイジりながら答えた。


「どっちなのよ?」

「他の心当たりはないが、あの羽は見つけられるかもしれん、ということだ」

「どういうこと?」

「見てみろ」


 永遠長が、そう言って差し出した異世界ナビには、全チームの位置情報が表示されていた。


「昨日確認したときには、この5つは、この街の上で点滅していた」

「え?」

「だが、今は国境付近の渓谷に移っている」

「それって……」

「唯の偶然かもしれん。だがタイミングが良すぎるのも事実だ。それにオークション会場は出品物を守るため、厳重な警備体制が敷かれている。もちろん、魔法によるガードもだ」


 そんなオークション会場で、並の盗賊が盗みを働ける可能性は低い。だが、この世界にはない「クオリティ」の能力を持っている人間であれば、話は違ってくる。


「それって、こいつらが犯人ってこと?」

「その可能性がある、ということだ」

「でも、なんのためによ?」


 他のチームの連中は、今このときも魔石集めに奔走しているはず。たとえ可能だとしても、泥棒などしている暇はないはずなのだった。


「知らんし興味ない」


 永遠長は言い捨てた。


「そもそも、こいつらが盗んだというのは、あくまでも俺の推測に過ぎん。本当のところは、単にこの街にあった魔石を昨日のうちに取り尽くして、別の場所に移ったのかもしれん」

「行ってみなきゃ、わかんないってことね」


 直接会って確かめる。それが1番手っ取り早い方法だった。


 秋代たちは、さっそく永遠長の転移魔法により5人の反応がある渓谷へと向かった。


 間違いならば、それでよし。

 だが、もし本当にクラスメイトが犯人ならば、出品物を取り戻し、クラスメイトには然るべき罰を受けさせる。


 それが、この世界の人たちに秋代たちができる、せめてものの罪滅ぼしだった。


 

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