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第46話

「待って! 待ってください!」


 土門は永遠長を追いかけた。


「あの、さっきは、どうもありがとうございました」


 土門は永遠長の正面に回り込むと、頭を下げた。経緯はどうあれ、自分たちが永遠長に助けられたことに変わりはない。土門としては、一言、その礼を言っておきたかったのだった。


「なんの話だ? 俺は、おまえに礼を言われる覚えなどない」


 永遠長にとっては、絡んできた害虫を駆除しただけのこと。土門たちを助けたつもりなど、さらさらないのだった。


「あなたにとってはそうでも、ボクたちがあなたのおかげで助かったことは事実ですから。あ、ボクは土門陸って言います。そして、この人は禿水穂さんです」

「興味ない」


 永遠長は言い捨てると、土門を迂回して前進する。


「あ、あなたも日本人ですよね? なら、あなたも異世界ツアーに参加して、この世界に来たんですか?」


 土門はツアーメンバー全員の顔を覚えていた。しかし、その中に永遠長の顔はなかったのだった。


「ツアー?」


 永遠長の足が止まった。


「違うんですか? ボクたちは異世界ストアが主催したツアーに参加して、この世界に置いてきぼりにされたんですけど」

「違う。俺は異世界チケットで、この世界に来た」

「異世界チケット?」


 土門と禿は顔を見合わせた。


「異世界ストアで販売している、異世界を行き来できるチケットのことだ」

「え? じゃあ、そのチケットを買えば元の世界に帰れるの?」

「帰れる。が、今は帰れん」

「どっちなの?」


 禿は眉をひそめた。


「現在、チケットの効力は無効化されている。だから帰れない」


 運営にも問い合わせたが、未だ返信がないため、原因はわからない。だが、同時期に別の異世界の力も使えなくなったことを考え合わせると、何らかの力で周囲の世界から隔絶された可能性が高かった。問題は、それを誰が、どんな方法で行ったのか、ということだった。


「誰の仕業だろうが、この落とし前は必ず取らせてやる」


 永遠長は再び歩き出し、


「あの、館に捕まっている人たちを助けに行くんですよね? だったら、ボクたちも手伝います」


 土門たちも永遠長に続いた。


「誰が、そんなことを言った?」


 永遠長は不本意そうに言い返した。


「え? 違うんですか? でも、さっき王様たちが、あなたは色んなところで奴隷を解放してるって」

「解放などしていない。邪魔だから追い払った。ただ、それだけの話だ」

「じゃあ、奴隷を助けて回ってたわけじゃないんですか?」

「当たり前だ。そんなボランティア活動をして回るほど、俺は暇じゃない」


 永遠長にとっては、降りかかる火の粉を払っただけの話。ちまたで呼ばれている「白銀の解放者」という二つ名も、永遠長にしてみれば、手前勝手な理想を押し付ける民衆のエゴが具現化したものに過ぎなかった。


「と、とにかく、あそこにいる人たちは、出してあげるんですよね? だったら、やっぱり一緒に行きます」

「好きにしろ」


 土門たちが奴隷を解放すれば、その分だけ手間が省ける。タダ働きがしたいというのであれば、やらせるだけの話だった。

 そして館が見えてきたところで、


「捕まっている奴らを解放する前に、屋敷から金目の物を集めてこい」


 永遠長は土門たちに言った。


「え?」


 永遠長の意図がわからず、土門と禿は顔を見合わせた。


「あの、それってどういう?」

「要するに、おまえたちは捕まってる奴らを助けたいんだろう。だが一文無しの状態で解放されても、どうにもならんだろう。故郷に帰るにせよ、この街で再起するにせよ、先立つものがなければ話にならん」


 確かに、その通りだった。


「だから、あの屋敷から金目の物をかき集めて、捕まっている連中に渡すんだ。当座の資金としてな」

「な、なるほど」


 土門は素直に感心した。彼自身は、閉じ込められている人々を解放することだけで一杯一杯で、そこまで頭が回っていなかったのだった。


「永遠長さんて、優しいんですね」


 土門は永遠長を見直していた。最初は無茶苦茶な人だと思ったが、やはり永遠長にも人並みの思いやりはあったのだと。しかし、


「そんなんじゃない」


 永遠長に全否定されてしまった。


「え? だって、そんなに他人のことを親身になって考えて」

「他人のことなど考えていない。金を渡すのは、あくまで俺のためだ」

「え? それって、どういう……」


 土門は小首を傾げ、


「……もしかして、金をあげるんじゃなくて、貸す形にして後で利息をふんだくろうって魂胆なの?」


 禿は眉をひそめた。この男なら十分ありえる話だった。


「え? そうなんですか?」


 もしそれが本当なら、そんな人の弱みにつけ込むような真似、土門にはできなかった。


「誰がそんなことを言った?」

「え? 違うの?」


 禿は意外そうに聞き返した。


「違う。俺が、こうして冒険者をしていられるのは、今もどこかで誰かが食料を作り、誰かが服を作り、誰かが道具を作っているからだ」


 永遠長は淡々と答えた。


「地球では、いつしか金自体が価値を持ち、裏付けとなる資源を置き去りにして独り歩きを始めてしまった。しかし本来金は、食料その他の資源を円滑に循環させるために生まれた約束手形に過ぎん。極論すれば、この世界から食料や生活用品がなくなれば、金などタダの紙や金属の塊に過ぎんのだ」

「…………」

「そして、それはこれから先も変わることはない。だからこそ、この世界の人間には、これからも生産活動を継続させなければならんのだ。俺が、これから先も冒険活動を続けるために」


 永遠長は悪びれることなく言い切った。


「館に捕まっているという連中も、その意味では大事な労働力だ。はした金を惜しんで野垂れ死にさせるよりも、当座の資金を渡して労働力として再活用するほうが、長い目で見れば俺のプラスになる。だから金を渡す。ただ、それだけの話だ」


 だからこそ、いずれ離れるつもりでいる地球人のことは、永遠長にとって「俺には、なんの関係もない話」なのだった。


「だから、もし捕まっている連中のなかに身寄りのない子供がいれば、1箇所にまとめておけ。後で、俺の村に連れて行く。今は役に立たなくても、10年もすれば、それなりの労働力になるだろうからな」


 永遠長の言っていることは、要するに「人は生きていくためには助け合わなければならない」という、当たり前のことに過ぎなかった。なのに、その主張が身勝手に感じるのは、永遠長の言動の中に他人を思いやる気持ちが欠片もないからだった。

 その清々しいまでの自分本位さに、土門は呆れを通り越して感服していた。


 そしてブレバンの館に戻ったところで、


「じゃ、じゃあ、ボクたちは地下室から捕まっている人たちを助け出してきます」


 土門と禿は実験に取り掛かる永遠長を残して、邸内に踏み込んだ。そして屋敷内を物色すると同時に、坂越たちの亡骸を探した。埋葬のため、ではなく、蘇生させるために。


 坂越は、確かに土門の目の前で死んだ。しかし、自分なら生き返らせることができるかもしれない。

 坂越が殺されたときから、土門はずっとそう考えていたのだった。以前、禿を生き返らせたように。


 もちろん、あのときとは状況が違うことも十分承知していた。


 禿のときは死んだ直後だったうえ、出血もしていなかった。しかし坂越は死亡してから、すでに半日以上経っているうえ、かなり失血してしまっている。

 たとえ回帰の力を使ったとしても、体外に流れ出てしまった血まで復活する可能性は低かった。それに、もし本当に魂が存在するのだとすれば、すでに坂越の魂は肉体を離れ、あの世に逝っている可能性もあった。しかし、それでも何もせずにあきらめることなど土門にはできなかったのだった。


 しかし、その土門の思いはあえなく潰えることになった。

 残っていたブレバンの手下に尋ねたところ、坂越たちの死体は昨夜のうちに邸内から運び出され、森に破棄されていたのだった。魔獣が跋扈する森に、死体が一昼夜捨て置かれたらどうなるかは、土門にも容易に想像がついた。


 やむなく土門たちは、とりあえず金品だけ回収すると、解放した奴隷たちに分け与えていった。そして自由を取り戻した奴隷たちは、土門たちに感謝しつつ館を去っていったのだった。


 一方、永遠長は実験を続けるうちに、転移魔法の新たな可能性を見出していた。

 それは、もし転移の範囲を狭めて発動させることができれば、転移魔法は攻撃魔法としても使えるのではないか? というものだった。


「たとえば、頭のみを別の場所に転移できれば、それだけで致命傷となるし、他にも人の体内、たとえば心臓のみを転移させることができれば、誰にも気づかれることなく対象者を抹殺することも可能となる」


 できれば、今すぐ試してみたかった。が、正当防衛が成立するか怪しい今の状況では、人死を出しかねない実験はリスクが高すぎた。


「仕方ない。ならせめて、この杖で四肢を転移させられるかどうかだけでも、試しておくとしよう」


 永遠長は新たなモルモットを探した。しかし、気がつくと、あれだけいたブレバンの手下たちは1人もいなくなっていた。


「……そういえば、屋敷のなかに、まだ1人残っていたはずだな」


 グレイクの存在を思い出し、永遠長は玄関へと向かった。しかし玄関広間をいくら見回しても、グレイクの姿はなかった。


「ここに転がってた奴はどうした? どこかに運んだのか?」


 永遠長は土門たちに尋ねた。


「え? あ、そういえばいませんね」


 永遠長に言われるまで、土門もグレイクのことをスッカリ忘れていた。


「もしかしたら、仲間が病院に連れてったのかも。ここを出て行くとき、ピクリともしてなかったし。動ける奴がいれば、医者に診せようと思うはずだもの」


 禿の推測は十分ありえる話だった。


「まあいい」


 永遠長は気持ちを切り替えると、土門たちの側にいた5人の子供に目を向けた。


「子供は、そいつらで全部か?」

「え? あ、はい、そうです」

「そうか」


 永遠長は子どもたちに歩み寄った。


「いつもなら、ここで俺についてくるかどうか、こいつらに選ばせているところだが」

「いつも、そんなことさせてるの? そんな選択、こんな小さな子供たちにできるわけないじゃないの」


 禿が冷静なツッコミを入れた。


「そんなことはない。俺が、こいつらぐらいの歳には、もう自分のことは自分でしていた。親が雇っていたベビーシッターが、とてつもない怠け者だったからな」


 永遠長のベビーシッターは、いつも寝っ転がってテレビを見ながら菓子を食べていた。

 永遠長の食事も、コンビニでカップラーメンや菓子パンを買ってくるだけという手抜きぶり。

 永遠長の自立心は、その環境のなかで育まれたものであり、ある意味、今の永遠長があるのは、そのベビーシッターのおかげと言えた。


 要するに、人間、自力でなんとかしなければならない状況に置かれれば、嫌でもなんとかするようになる。


 それが、そのベビーシッターから得た永遠長の教訓だった。


「だが、今回は全員連れて行ったほうがよさそうだ。あの商人の残党が、どこに残っているかわからんからな」


 もし本当に、グレイクが病院に運ばれたのだとすれば、まだ数人はブレバンの手下が街に残っていることになる。そして、あの手の手合は、殴ったことは忘れても、殴られたことは決して忘れない。このまま、この子供たちを街に残しておくと、グレイクたちの八つ当たりの対象になる可能性があった。


「おまえたちも、さっさとこの国を去ることだ。いつ奴らが報復にくるかわからんし、ここも、いつ戦場になるかわからんからな」


 永遠長は、土門たちに手間賃代わりの助言を残すと、子供たちを連れて何処かへと瞬間移動していった。


 そして、この永遠長の忠告通り、数日後、王都は戦火に包まれることになったのだった。



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