表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/223

第44話

「いい格好だな、ツチカドよ」


 謁見の間に連行されてきた土門を、アンセム王は玉座から冷ややかに見下ろした。

 今年で50を数えるアンセム王だったが、その外見は日頃の鍛錬によって、30代の頑強さを維持していた。


「あのとき素直に余の誘いに応じておれば、このような形で再会することもなかったものを」


 アンセム王は頬杖をついたまま、フンと鼻を鳴らした。


「これより貴様らには宮廷医として、わしの元で働いてもらう。わかっておろうが、貴様らに選択権はない。何しろ今や貴様らは、そこにいるブレバンの館に押し入った賊、犯罪者なのだからな」


 この国にも、裁判制度は存在する。だが、それは建前に過ぎず、最終的な決定権は支配者にあった。そして、この世界では犯罪者は市民権を剥奪された上で、奴隷として特定の労働を強要することも、当たり前の刑罰として執行されていたのだった。


「だが、わしとて、できれば貴様らには自ら望んで仕えてもらいたいと思っておる。貴様のことは、娘も気に入っておるしな」


 アンセムは、右隣に座る娘を横目に見た。今年で18歳となるリアヌは、先月まで寝たきりの生活を強いられていた。

 落馬した際の首へのダメージによるものであり、幸い命は取り留めたものの、宮廷医からは2度と自力では歩けないと宣告されてしまった。


 当然、リアヌは悲しみに打ちひしがれ、父であるアンセム王は優秀な医師を探し回った。しかし、どんな名医に見せても、リアヌの体を元に戻すことはできなかった。

 そんなとき、王の耳に若き名医の噂が入ってきた。そして呼び寄せた若い医師は、それまでどんな名医も治せなかったリアヌの体を一瞬で治してしまったのだった。


 リアヌは土門に感謝した。そして、この日以後、リアヌにとって土門は特別な存在となったのだった。それこそ、自分の夫として迎え入れたいほどに。

 そしてアンセム王も、そんな娘の気持ちに気づいていた。そこでアンセムは土門を宮廷医として迎え入れることで、娘の想いを遂げる手助けをしてやろうと考えたのだった。


「牢のなかで、今後のことをよく考えることだ。もっとも、考えるまでもなく答えは決まっておろうがな。連れて行け」


 アンセムは兵たちに命じた。そのとき、


「その前に、おまえに聞きたいことがある」


 永遠長が口を開いた。


「貴様! なんだ、その口の聞き方は!」


 近衛隊長が永遠長を一喝した。


「よい。わしは今すこぶる気分がいい。羽虫の、多少の戯言ぐらい許してやる。かまわぬ。申してみよ」

「こいつは、おまえに奴隷を売買する権利を与えられたと言っていたが、それは本当か?」


 永遠長はブレバンを指差した。


「ふむ、この国では、わしの許可なく商業を営むことはできん。それを権利というのであれば、確かにその通りだな」


 アンセム王は深く考えずに答えた。


「そして、こうも言った。自分は、この国の王と親交がある。もし自分に危害を加えれば、そのときはおまえが黙っていないと」

「ふむ、こうして、その2人を得ることができたのは、確かにブレバンの功績によるもの。その功績は余も高く評価しておる。それに、この国の市民に危害を加える者がいれば、王として取り締まるのは当然であるな」


 アンセム王の言葉は、あくまでも一般論を述べたに過ぎなかった。しかし永遠長にとっては、


「そうか。ならば、おまえもここで始末する」


 災厄の幕を開けるに十分な答えだった。


「な?」


 その言葉に、1番驚いたのはブレバンだった。


「き、貴様、血迷ったか? そんなことをしたら士官の話が」


 もし永遠長がアンセム王を害すようなことでもあれば、もう永遠長の売り買いどころの話ではない。下手をすれば、永遠長を王宮に連れてきた自分も連帯責任を問わてしまうのだった。


「誰がそんなことを言った?」

「な、なに?」

「俺は、この国に士官したいなどと1度も言った覚えはない」


 永遠長は言い捨てた。


「言ったはずだ。俺がおまえについてきたのは、おまえの言ったことの真偽を、王に直接確かめるためだと。本当だった場合に、まとめて始末するためにな」


 永遠長の真意を知り、ブレバンは色を失った。

 ブレバンは、永遠長が城までついて来たのは「この国に士官させてやる」という自分の嘘話を信じたから。そう思い込んでいたのだった。


「へ、陛下!」


 ブレバンは永遠長から飛び離れた。


「こ、この男は暗殺者です! この男は陛下を亡き者とするために、私を脅して、ここまで連れて来させたのです!」


 暗殺者を王宮に連れて来たとなれば、ブレバンもタダでは済まない。だが、このまま永遠長の共謀者と思われるよりはマシだった。なにより、この男は危険過ぎる。絶対に、ここで消しておかねばならなかった。


「今この男は武器を所持しておりません! 早く切り捨ててください!」


 永遠長は謁見の間に入る際、衛兵に武器を取り上げられていた。たとえ獣人化できようと、今なら簡単に斬り伏せられるはずだった。


 衛兵が周囲を取り囲むなか、永遠長は右手を上げると、


「来い! アルカミナ!」


 神器を呼び寄せた。


「ア、アルカミナだと?」


 ブレバンは青ざめた。

 アルカミナと言えば、一撃で万の兵を屠るという最上級の神器。しかし、その強力さゆえに最後の所有者によって封印されたとされる、まさに伝説の神剣だった。


「顕現!」


 永遠長は頭上に出現した剣の柄を握ると、


「紫電一閃!」


 衛兵たちへと剣を一閃。剣先から迸り出た雷撃によって、


「ぐああああ!」


 衛兵たちを一掃した。


「陛下!」


 騒ぎを聞きつけ、謁見の間に新たな兵士たちが駆けつける。それを見て取った永遠長は、


「顕現!」


 剣先を床に突き立てると、


驚浪雷奔けいろうらいほん!」


 魔剣から大量の雷を津波のように放出させた。そして雷の津波は兵士たちを飲み込むと、その後も勢力を衰えさせることなく、宮廷内を隈なく駆け巡ったのだった。


「これで静かになった」


 兵士を全滅させたところで、永遠長はアンセム王に向き直った。


「な、なんなんだ、貴様は?」


 これまでアンセム王は、数多の戦場を駆け巡ってきた。だが、ここまで圧倒的な力を持ち、そして得体の知れない男は見たことがなかった。


「俺か? 俺は永遠長流輝。ただの冒険者だ」


 永遠長は淡々と名乗った。


「ト、トワナガだと?」


 アンセム王は、その名前に聞き覚えがあった。


「で、では、貴様が「白銀の解放者」か?」


 アンセム王は、周辺諸国の情報収集にも余念がなかった。そして、その報告のなかには「白銀の解放者」に関する情報も含まれていたのだった。


「は、白銀の解放者だと!」


 ブレバンも、その名は耳にしていた。


 各地において奴隷商人を襲撃する、まさに奴隷商人にとって天敵のような男がいると。

 その被害にあった奴隷商人の数は、この1年で10を超え、一時期は1億の懸賞金がかけられるほどだった。しかし、その男は賞金首になったことなど意に介さず、逆に賞金をかけた商業ギルドを壊滅させてしまったのだという。


 その型破りの無法っぷりと痛快さから、民衆たちの間では「白銀の解放者」と呼ばれ、奴隷たちの間では「自由の象徴」として、英雄視している者さえいるという。


「そ、そうか、それで次のターゲットに、私を選んだわけか」


 ブレバンは合点がいった。


「誰が、そんなことを言った? おまえの館に乗り込んだのは、おまえの手下が俺に絡んできたからだ」


 永遠長はブレバンを見た。


「て、手下?」

「そうだ」


 昼食後、自分を尾行している人間に気づいた永遠長は、その人物を路地裏へと誘い込んだのだった。そしてグレイクの指示で尾行していたことを白状させた後で、いったん解放した。すると、男は「覚えてやがれ!」と捨て台詞を吐いて逃げ去った。そこで永遠長は男を追跡し、男が根城に帰りついたところで殴り込みをかけたのだった。後腐れがないよう、まとめて始末するために。

 

「そして、いよいよおまえを残すのみとなったところで、今度はおまえが王との関係をチラつかせてきた。そこで仕方なく、ここまで来たというわけだ。もし本当だった場合、一緒に始末するためにな」


 これまでも、そうだった。

 永遠長は、確かに各地で奴隷商人を始末してきた。しかし、それは奴隷商人のほうが、永遠長に絡んできたからなのだった。


 永遠長の所持する魔剣は、最上級の神器。それに気づいた奴隷商人たちは、グレイクと同じように強奪しようとしたのだった。しかし、そのことごとくが返り討ちに遭い、逆に全財産を永遠長に奪われるハメになってしまった。ただ、それだけの話なのだった。


 だから、巷で言われている「白銀の解放者」という異名も、永遠長にとっては不本意なものでしかなかった。なにしろ、本人にしてみれば、奴隷解放などという安っぽい正義を遂行している気などさらさらなく、ただ単に放り出しただけなのだから。


「ふ、ふざけるな! そ、そんなバカなことで、一国の王である、余を殺そうというのか!」


 理不尽にも程があった。


「おまえがどう思おうが、俺にはなんの関係もない話だ」


 永遠長はそう言い捨てると、神器を振り払った。そして、その剣先からほとばしり出た雷撃は、


「ぎゃああああ!」


 ブレバンに直撃した。形勢不利と見たブレバンは、永遠長の注意が王に向いているうちに、こっそり逃げ出そうとしたのだった。


「誰が帰っていいと言った?」


 永遠長はブレバンに歩み寄ると、脇腹を蹴り飛ばした。


「うげえ!」


 ブレバンは血反吐を吐きながら、のたうち回った。


「うるさい」


 永遠長はブレバンの頭を踏みつけた。


「待たせたな」


 永遠長はアンセム王を射すくめた。


「後は、おまえを始末すれば、それですべて終わる」


 永遠長の目は本気だった。


「バ、バカめ。終わりなのは貴様のほうだ。た、たとえ、今ここで余を殺せたとしても、余の息子たちが必ずや貴様を葬り去ってくれるわ」


 アンセム王の3人の息子たちは、いずれもアンセム王に負けず劣らずの屈強揃い。加えて、このラザレーム王国の全戦力は50万を超える。いかに「白銀の解放者」の力が強大であろうとも、しょせんは1人。息子たちが周辺諸侯の力を結集すれば、必ず倒せるはずだった。


「ほう。つまり、俺がこれから先も平穏に旅を続けるためには、おまえの血を引く人間を1人残らず始末しなければならない。そういうことだな」


 永遠長のセリフに、アンセム王は鼻白んだ。


「ならば、まずは、そこにいる女から始末するとしよう」


 永遠長はリアヌ王女を射すくめた。


「ひっ」


 リアヌ王女は青ざめた顔で後ずさった。


「や、やめろ! 娘に手を出すな!」


 アンセム王は決死の覚悟で、永遠長へと切りかかった。


「おまえの意思など聞いていない」


 永遠長はアンセム王の剣を弾き飛ばすと、次の一振りで王の右腕を切り飛ばした。


「ぐああああ!」


 アンセム王は激痛に顔を歪め、


「嫌あ! お父様!」


 リアヌ王女の悲痛な叫びが王宮に響く。しかし、そんな親子の悲哀などお構いなしに、永遠長はリアヌへと歩を進める。


「い、いや、来ないで」


 リアヌ王女は尻込みしたまま後ずさった。


「おまえの意思など聞いていない」


 永遠長はリアヌ王女の頭上に剣を振り上げた。


「いやああ! 助けて、お父様!」

「や、止めろお! 娘に手を出すな!」


 アンセム王は永遠長へと残った左腕を伸ばした。


「おまえは、まだ自分の立場がわかってないらしいな」


 永遠長は、アンセム王を冷ややかに見下ろした。


「今、おまえたちの生殺与奪の権限は俺が握っている。つまり、今おまえたちは俺の奴隷ということだ」


 永遠長は王女の金髪を掴むと、アンセム王に近づいた。


「そして奴隷になった以上、その持ち物は主の物。つまり、おまえの物は俺の物。俺の物を俺がどうしようと、おまえにとやかく言われる筋合いはない」


 永遠長の言葉に、アンセム王は絶句した。


「この城も、この城にある財産も、土地も、そして、おまえの娘もだ」

「ふ、ふざけるな」

「別に、ふざけてなどいない。俺は、おまえたちの流儀に従っているに過ぎない。力で手に入れたものは自分の物。それが、この世界の流儀なんだろう?」


 永遠長はリアヌ王女の髪を掴み上げた。


「だが、そんなに娘を死なせたくないというのであれば、殺すのはやめて売り飛ばすだけにしてやってもいい。仮にも一国の王女だ。敵国に売れば、高く買い取ってくれるだろう。いろいろと利用価値があるだろうからな。自分の血を引く子供を生ませて、この国を乗っ取る大義名分にするとか」

「いやああ! 助けて! お父様あ!」


 リアヌは泣きわめいた。


「おまえは、まだ自分の立場がわかっていないらしいな」


 永遠長は王女のドレスを引き裂いた。


「いやあああ!」


 王女は露になった胸元を押さえてうずくまった。


「や、やめろおお!」


 アンセム王の目から悲哀の涙がこぼれる。


「嫌! 嫌! 誰か! 誰か助けてえ!」


 リアヌ王女は、必死に助けを求めた。だが父親を初め、大広間に居合わす者は半死半生。王女の悲痛な叫びに応える者は誰もいなかった。唯一人、


「もう、やめてください!」


 土門を除いて。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ