第41話
次に目を覚ましたとき、土門の手足は鎖で壁に繋がれていた。そして、その土門の隣には、
「目が覚めたみたいね」
やはり鎖で繋がれた禿がいた。
「水穂さんも捕まってしまったんだね」
せめて禿だけでも逃げ延びてくれれば。
そう思っていたため、つい出た言葉だった。だが禿は、そう受け取らなかった。
「何よ、その言い方?」
禿は、ムッとなって言い返した。
「悪かったわね。あっさり捕まっちゃって」
禿は露骨にふてくされた。
「い、いや、そんなつもりで言ったんじゃなくて……」
本当に悪気のなかった土門は、あわてて言葉を継ぎ足した。
「じゃあ、どういうつもりで言ったって言うの?」
「だ、だから、せ、せめて、君だけでも逃げ延びててくれたらいいな、と思ってたから」
「仕方ないでしょ。火をつけたところで、突然後ろから襲われたんだもの」
「うん。だから、責めてるわけじゃなくて」
「もし真っ向から来てたら、ヤラれてなかったわよ」
禿はムキになって言い返した。不意を突かれて気絶させられたことが、相当頭にきているようだった。
「うん。わかった。わかったから。ごめんなさい。ボクが悪かったから、もう許して」
土門は平謝りするしかなかった。
「……まあ、いいわ。捕まってしまったのは事実だし。それより問題は、これからどうするかよ」
禿は気持ちを切り替えた。怒りを発散するだけ発散したことで、気分がスッキリしたようだった。
「それも、ごめん。ボクが坂越君の頼みを聞こうなんて言ったばっかりに……」
土門としては悔やんでも悔やみきれなかった。
「別に、土門君が謝ることじゃないわ。あのチョロ面と、ブレバンとかいう奴のせいなんだから」
チョロ面て、坂越君のことかな? どういう意味なんだろ? と土門は思ったが、怖いので口には出さなかった。
「あと、この国の王と医者。ここから出たら絶対に仕返ししてやるんだから」
禿も誰かから真相を聞かされたらしく、その目は復讐心で燃え上がっていた。
「……こんなことになるんなら、あのとき王様の申し出を受けておけばよかったかな」
土門は、そう思った。しかし、この国の王は好戦的なことで有名な人物だった。
その王に仕えれば、軍医として戦場に駆り出されるのは目に見えていた。たとえ、それが味方の治療であろうと、戦争に加担することなど、土門にはどうしてもできなかったのだった。
「そんな訳ないでしょ」
土門の後悔を禿は一蹴した。
「だいたい、こんな真似する王に使えたところで、それこそ散々いいように利用された挙げ句、用済みになったら切り捨てられるのが関の山よ。断って正解よ」
「でも……」
「そんなことより、今考えるべきは、ここをどうやって脱出するかよ」
禿が鼻息を荒らげたところで、
「勇ましいな、姉ちゃん」
ブレバンの手下が扉の前に現れた。
「それだけ威勢がいいと、こっちも調教しがいがあるってもんだ」
リーダーらしき赤毛の男は、禿を見て舌なめずりした。そして扉の鍵を開けると、土門たちへと歩み寄ってきた。
「オレの名は、カトルド・グレイク。グレイク様と呼べ。これから、おまえたちには奴隷のなんたるかを、オレ様が直々に叩き込んでやるぜ」
グレイクは手前勝手な自己紹介を終えると、禿に歩み寄った。
「水穂さんに、何をする気だ?」
土門はグレイクを睨みつけた。すると、
「あー?」
グレイクは足を止めた。そして振り向きざま、土門の腹に拳を叩き込んだ。
「誰に向かって口聞いてんだ、てめえは。ああ?」
グレイクは土門の首を締め上げた。
「てめえ、まーだ、自分の立場がわかってねえようだな。ええ、おい」
グレイクがそう言った直後、土門の首から激しい電流が流れた。
「痛えか? てめえらがしてる首輪は、奴隷用の魔具でな。この指輪を使って、いつでも電撃を食らわせることができるんだよ」
グレイクは、右手の中指にはめた金の指輪を土門に見せた。しかし、すでに土門は電撃によって意識を失ってしまっていた。
「なんでえ、あれっぽっちで、もう気絶しちまいやがったのか」
グレイクが土門の顔に唾を吐きかけると、再び禿に向き直った。
「さーてと、そんじゃ、さっさと済ませちまうか」
「な、何する気よ?」
禿は気色ばんだ。その禿の反応を見て、グレイクはため息をついた。
「今のを見て、まーだ、そんな口きくとは。バカなの? おまえら、バカなんですか?」
グレイクは禿の頬を鷲掴みにした。
「が、オレは女には優しい男なんだ。今回だけは許してやる」
グレイクは禿から手を離した。
「さーて、それじゃ、気を取り直して、身体検査といくか。処女だったら、楽しみが増えるんだけど、それは開けてみてのお楽しみってことで」
グレイクの意図を察して、禿は眉をひそめた。
「前の女は処女じゃなかったからなあ。そのくせ、大げさに泣きわめきやがって。ま、あれはあれで、そそるものがあったけど。ホント、大将も、もったいないことするよなあ。バラすぐらいなら、オレらにくれりゃよかったのによ」
グレイクはボヤいた。
「それって、まさか……」
禿は鼻白んだ。
「ああ、あのサコシとかいうやつの仲間だった女だよ。おまえらが来るまで暇だったし、みんなで姦して遊んでたんだよ」
「……このゲスが」
禿は吐き捨てた。
「さっき、2度目はねえって言ったよな?」
グレイクは腰からナイフを引き抜いた。
「なーに、殺しゃしねえ。ちょっとばかり、そのきれいなお顔に泣きべそ刻んでやるだけだから、安心しな」
グレイクはナイフを禿の顔へと近づけた。瞬間、禿は反射を発動させて、グレイクを吹き飛ばした。
「こ、このアマ!」
グレイクは再び首輪の力を発動させた。そして、
「キャアアアア!」
全身に電撃を浴びた禿は、そのまま意識を失ってしまった。
「こっちも一発で気絶しちまいやがった」
グレイクは舌打ちした。
「おら、起きろ。気絶してる女ヤッても、つまんねえだろが」
グレイクはバケツに入れた水を、禿に数回浴びせかけた。しかし、やはり禿が目を覚ます気配はなかった。
「大将から、王に献上するんだから、商品価値を下げるような怪我はさせるなって言われてるしな。しゃーねえ。今回は、あきらめるか」
グレイクは地下牢を後にすると、気分直しで酒場に向かった。そして2階席で仲間と酒盛りに興じていると、1人の男が酒場に入ってきた。
その男は白銀の鎧で身を包み、腰には豪奢な鞘に納められた剣を帯びていた。
その派手な出で立ちは、酒場に居合わせた客たちの耳目を集めることになり、それは2階で昼食を取っていたグレイクも例外ではなかった。
「おい、見ろよ、あいつの剣と鎧。ありゃあ、相当な値打ちモンだぞ。王器、下手すりゃ神器かもしれねえ」
グレイクは一緒に来ていた仲間にささやいた。
「あれ、いただいちまおうぜ」
あの剣と鎧が本当に神器なら、売れば一生遊んで暮らせる金が手に入る。こんな美味しいチャンスを逃す手はなかった。
「いただくって、バカ、おまえ。もし、あれが本当に神器なら、それを持ってる野郎は、その使い手ってことになるじゃねえか。そんな奴相手じゃ、オレたちが束になってかかったところで敵うわけねえよ」
「バカは、てめえだよ。オレがいつ、真正面から戦り合うっつったよ」
「なんか、考えでもあるってのか?」
「寝込みを襲うんだよ。見たとこ、奴は今日この街に来たばかりみてえだ。て、ことは、きっと今夜は、この街の宿に泊まるはずだ。そいつを突き止めて、夜になって奴が寝入ったところで仕留めんだよ。そうすりゃ、たとえ奴が神器の使い手だろうが関係ねえだろ」
「そう、うまくいくか?」
「失敗したら、そんときは逃げりゃいい。で、そのまま役所に駆け込んで、奴に襲われたって役人に言やあ、奴は監獄行きだ。で、その後で、あの剣と鎧は、元々オレたちのもんだったって主張すりゃあ、どっちにしろ、あの剣と鎧はオレたちの手元に転がり込んで来るって寸法だ」
この街の役人は、ほとんどがブレバンに買収されている。自分たちが所有権を主張したうえで、分け前の2、3割もくれてやれば、間違いなくなびいてくるはずだった。
「そ、そうだな」
グレイクの口車に乗せられて、仲間たちもその気になる。
「よし、そうと決まれば、デナンド、てめーは残って、野郎のヤサを突き止めろ。残りは帰って夜襲の準備だ。今夜は忙しくなるぜ」
グレイクたちは、さっそく行動を開始した。
そのことが、自分たちにどんな災厄をもたらすことになるかも知らずに……。
 




