第4話
翌朝、宿屋に戻った永遠長を、小鳥遊、木葉、秋代が出迎えた。というか、待ち構えていた。
「聞いたわよ、永遠長」
永遠長の顔を見るなり、秋代は非難口調で切り出した。
「なんの話だ?」
「この世界に来たことがあるのは、本当は小鳥遊さんじゃなくて、あんただそうじゃない」
「話したのか」
永遠長の眼光が小鳥遊を射抜く。
「ご、ごめんなさい」
小鳥遊は身をすくめた。この世界がどうなってるのか? いつからこの世界のことを知ってたのか? など色々聞かれる内に、段々答えられなくなってきて、つい本当のことを話してしまったのだった。
「……まあいい。小鳥遊に手を貸すことにした時点で、ある程度の情報流出は覚悟していたからな」
「安心していいわよ。誰にも話す気はないから」
「で? その文句を言うために、わざわざ待っていたわけか?」
「違うわよ。どんな形であれ、助けられたことに変わりはないんだから。で、そのとき聞いたんだけど、あんた、魔神を倒すって本気なわけ?」
「だったら、なんだ?」
「決まっとるじゃろ! その魔神退治、わしらも混ぜてくれ!」
これこそ、まさに木葉の待ち望んでいた展開だった。
異世界といえば、勇者召喚。そして魔王退治がお約束。だというのに、実際には来る日も来る日も小石探しの毎日に、木葉は飽き飽きしていたのだった。
「それで待っていたというわけか。それで? 他の3人も同じ考えなのか?」
「あの3人なら、もうこの街を出たわよ。魔神退治なんて冗談じゃないし、こんなところにはもう1秒だっていたくないって言ってね」
「賢明な判断だ。もし残っていれば、石化して沈められていたところだからな」
「は? 何言ってんの、あんた?」
「当然の判断だろう。もし、あの3人が殺されたら、おまえたちも死ぬことになるし、そうなったらそれまでの努力が水の泡になる。それを回避するためには、石化して水底に沈めておくのが最良の方法だからな」
「あんたね」
「本来であれば、なんの危害も加えられていない相手に手を出すのは、俺の流儀に反する。が、今回の場合、あの商人を撃退した時点で、奴隷だったおまえたちの所有権は小鳥遊に移っている。つまり、生かすも殺すも小鳥遊の勝手。どう扱おうと、文句を言われる筋合いはないからな」
永遠長の目は本気だった。
「まあいい。連中に何かあって困るのは、あくまでもおまえたちだ。他人のトバッチリを食らって死んでもいいと言うなら、好きにすればいい。おまえたちがどうなろうと、俺にはなんの関係もない話だ」
永遠長は言い捨てた。
「それはつまり、魔神退治の特訓に、あたしたちも参加OKってことでいいわけね」
「そういうことだ」
永遠長の了承を得たところで、
「じゃ、今後の詳しい話については、朝食を食べながらってことで」
4人は食堂へと向かった。そして食堂で給仕にモーニングセットを4人分注文した後、改めて今後の方針についての話し合うこととなった。
「てーか、小鳥遊さんの話だと、あんた、朝霞と片瀬も石化したそうだけど、あんたが存在感なく高校を卒業する、とかいう変なことにこだわってなきゃ、そんなことする必要なかったんじゃないの?」
秋代は正直な感想をぶつけた。
「むしろ、陰キャが実は凄いチートで、そのチート能力を発揮して、周囲の評価を逆転させてハーレム展開ってのが、ラノベ辺りのお約束でしょうに」
「そんな約束をした覚えはないし、ハーレム展開もいらん。というか、あんな奴ら、好意はおろか好感もいらん」
「あっそ」
「そんなことより、特訓を始める前に、いくつか確認しておくことがある」
永遠長は話を正道に戻した。
「まずはクオリティだ。現時点で、どれぐらい使いこなせるようになっている?」
「正直、全然使ってないから、よくわかんないのよね。石ころ集めにも、役立ちそうになかったし」
秋代のクオリティは「付与」だが、何をどうすれば付与できるのか、未だ理解できずにいるのだった。
「それは、おまえがバカだからだ」
永遠長は容赦なく切り捨てた。
「なんですって!?」
「力を付与できるということは、それこそチームメイト全員に探知能力を付与することができたかもしれんし、奴隷商人に捕まったときも手錠や檻に解錠を付与すれば、逃げられたかもしれんのだからな」
永遠長の指摘に、
「ぐ……」
秋代が鼻白む。
「おまえも同じか?」
永遠長は木葉に視線をスライドさせた。
「おう。さっぱりわからん」
木葉はあっけらかんと答えた。
「なら、まずは全員クオリティの把握からだな。レベリングは、それからだ」
予測していたことなのか。永遠長の顔や態度には、表面上さした変化は見られなかった。
「次はジョブだ。今おまえたちのジョブが何なのかは知らんが、アイテム探しと戦闘では、当然必要な能力も変わってくる。魔神を倒すに当たって、どんなジョブが自分に最適か。もう1度、よく考えることだ」
「確かに。盗賊のスキルをいくら上げたって、魔神退治の役に立つとは思えないもんね」
現在の秋代のジョブは魔術師だが、これはあくまでも魔石を探すために取得したに過ぎないのだった。
「1度決めたジョブを変更することは、時間の無駄でしかない。本格的な訓練は午後からになるから、2人とも、それまでに自分に最適なジョブを考えておくことだ」
「なら、わしは魔法戦士じゃな」
木葉が即答した。
「なんで魔法戦士なのよ? あんたは戦士か闘士にしときなさいよ。どうせ呪文とか覚えられないんだから、魔法戦士にしたところで宝の持ち腐れでしかないでしょうが」
容赦なくダメ出しする秋代に「相変わらず容赦ないなあ」と、小鳥遊は思ったが口には出さなかった。
「嫌じゃ」
「なんで、そんなに魔法戦士にこだわんのよ?」
「決まっとるじゃろうが。ファンタジーにおける勇者と言えば、剣も魔法も使える魔法戦士と昔から決まっとるからじゃ」
「また、あんたはそんな安直な考えで決めて」
「ええじゃろうが。永遠長じゃって、自分の好きでええって言うとるんじゃから。そうじゃろ、永遠長」
「ああ」
「ほれみい」
「だが、魔法戦士になるならなるで、着地点も考えておけ」
「着地点?」
「ラストジョブのことだ。おまえたちもジョブを選んだのなら、もうわかっているだろうが、各々のジョブには最初に選択できる形態があって、1度選択すると後で修正できない仕様になっている」
「そうなんか?」
最初に問答無用で盗賊にさせられた木葉は、その辺の詳しい事情はスルーしていたのだった。読んでも、よくわからなかったし。
「異世界ナビにある「ジョブシステム」の項目をタップしてみろ。戦士や魔術師の項目が出てくるから、そこにある魔法戦士の項目をタップしろ。そうすれば、次に魔法戦士の種類が表示される」
「そうなんか?」
木葉は、さっそく試してみた。すると、本当に複数の魔法戦士の名称が表示された。
「ちゅうか、なんなんじゃ? この「トランスウォ-リア-」とか「エレメントウォ-リア-」ちゅうのは?」
木葉は永遠長に尋ねた。
「そこに書いてある通りだ。魔法戦士がクラスアップする場合、それぞれの系統ごとにジョブを選択する」
「系統って、このトランスとかマインドのことか?」
「そうだ。そこに書いてある通り、トランスは変身、エレメントは元素、マインドは精神、ブ-ストは強化、クリエイトは創造、バスタ-は破壊に重点を置いたジョブになっている」
「ほうほう」
「そして、その次のランクでは、それぞれの系統の力を、さらに細分化させたジョブになっている」
「細分化?」
「試しに、トランスウォ-リア-のクラスアップ先を見てみろ。バードウォーリアーやリザードウォ-リア-に分岐してるだろう」
「あ、ホントじゃ」
「つまり、たとえばドラゴンウォ-リア-になりたければ、まず変身系のトランスを選び、次に変身する対象としてリザードを選ぶ必要がある。そしてリザードウォ-リア-としてレベルを上げ、特定の条件を達成することで、ようやく本命のドラゴンウォ-リア-になることができるというわけだ」
「で、そのドラゴンウォ-リア-ちゅうのになったら、ドラゴンに変身できるようになるんか?」
「違う。それができるのは、戦士系の「ドラゴンソルジャ-」だ」
「どう違うんじゃ?」
木葉は小首をかしげた。
「簡単に言えば、戦士系のメタモルソルジャ-は、ドラゴンそのものに変身できるようになるジョブ。対して魔法戦士のトランスウォ-リア-は、ドラゴンの特性を自身に取り入れるジョブということだ」
「よう、わからん。もっと簡単に説明してくれ」
「要するに、ドラゴンウォ-リア-になったら、あんた自身が空を飛んだり、火を吐けるようになるってことよ」
秋代が要約した。
「マジでか! 凄いの、ドラゴンウォ-リア-! よおおし! わしはドラゴンウォ-リア-に決めたぞ!」
「また安直に決めて。簡単に言うけど、レベルいくつ必要だかわかってんの? 100よ、100。しかも、ランクアップするには、好きな特性を持った、たとえば火を出したければファイア-ドラゴン、雷を出したければサンダ-ドラゴンの鱗が必要なのよ? どれだけの難易度か、わかってんの? ドラゴンよ、ドラゴン」
「おう、要するにドラゴンに、ちょっと鱗をわけてもらえばええんじゃろ。楽勝じゃ、楽勝」
どこまでも脳天気な木葉だった。
「で、そういう春夏は何にするんじゃ?」
「ま、魔法戦士よ」
「なんじゃ? おまえも、わしと同じにしたんじゃないか」
「うっさいわね。別に、あんたの真似したわけじゃないわよ」
「じゃあ、なんでじゃ?」
「ま、魔法と剣の両方が使えたら、なにかと応用が利くからよ。それと今ちょっと見たら、魔法戦士のランクアップ先に、フェニックスウォ-リア-っていうのがあって、ちょっといいかなって思ったからよ」
フェニックスウォ-リア-は自己治癒能力がある上、たとえ死んでも1日に1度だけなら無傷で復活できるのだった。
「ちゅうか、フェニックスウォ-リア-も、なるには不死鳥の羽が必要って書いてあるぞ。難易度で言うたら、こっちのほうが上じゃろ」
「そうなのよね。ま、ランクアップできるレベルになるのは、まだ当分先のことだから、ゆっくり考えることにするわよ」
「そう言えば、おんしらのジョブはなんなんじゃ?」
木葉は永遠長と小鳥遊に尋ねた。
「俺は騎士職のカオスロードだ」
「えっと、私はその、魔法戦士で」
小鳥遊は遠慮がちに答えた。
「おう。じゃあ、わしらと同じじゃな」
「そう、なんだけど、やっぱりヒーラーに戻そうかなって。パーティーに回復役が1人もいないのは不便だと思うし」
小鳥遊は、たどたどしく言った。
「おまえがそれでいいならいいが、こいつらのことを気にしてのことなら止めておけ。自己中どもの顔色を伺ったところで、増長させるだけで誰のためにもなりはしない」
永遠長は言い捨てた。
「ちょっと、聞き捨てならないわね。誰が自己中ですって?」
秋代が聞きとがめた。
「おまえたち以外に誰がいる」
永遠長は冷ややかに答えた。
「あたしらの、どこが自己中だってのよ?」
「4人パ-ティ-で、2人が魔法戦士を希望してる時点で、バランスが悪いことは明白だろう。にもかかわらず、おまえたちはどっちも魔法戦士を辞めようとは微塵も思っていない。自分の希望が最優先で、周囲のことなどおかまいなし。これが自己中でなくて、なんだというんだ?」
「うっ」
秋代は鼻白んだ。
「だから、おまえも自分の好きなジョブでやればいい。ここは日本じゃない。他人の顔色を伺わないと吊るし上げを食らうこともなければ、うっとうしい同調圧力もない。やりたいことを、やりたいようにやればいい」
「で、でも、魔法戦士が3人になったら、さすがにバランスが」
「関係ない。言ったはずだ。誰が、どんなジョブを選ぼうが本人の自由だと。特に今回のように誰か1人でも死ねば、その時点でゲームオーバーになるようなシステムの場合、ヒーラーよりも魔法戦士のほうが生き残る確率は高くなる。その点でも、魔法戦士のほうがマシだ」
「う、うん。言われてみれば、確かにそうだね」
「そうじゃぞ、小鳥遊。せっかく異世界に来たんじゃ。やりたいことを、やりたいようにやるのが1番じゃ。な、春夏?」
「……ほんと、その脳天気な性格がうらやましいわ」
秋代は、こめかみを押さえた。
「何ムクれとるんじゃ、春夏?」
「何じゃないわよ。今の会話、聞いてなかったの? よりによって! よりによってよ! 傲岸不遜で自己中の塊のような男に、上から目線で自己中のレッテル貼られたのよ! これがムカつかなくて、何がムカつくってのよ!」
しかも反論できなかったことが、さらにムカつくのだった。
「そうか? 実際わしは自分のしたいようにしとるからのう。自己中と言われても別に気にせんぞ。本当のことじゃからな」
「え-え-、あんたはそうでしょうよ。そういう奴よ。昔っからね」
秋代は疲れた顔で肩を落とした。
「次に戦闘経験だ。ここに来て、どれぐらいモンスターと戦った?」
「戦闘は……したことないわね。モンスターが現れる気配を察知したら、全力で逃げてたし」
「わしは戦いたかったんじゃがのう」
木葉は心底残念そうだった。
「つまり、どちらもモンスターとの戦闘経験はゼロということだな」
「そういうことになるわね」
「わかった。なら最後の仕上げだ。2人とも異世界ナビを貸せ」
「最後の仕上げ?」
「そうだ。小鳥遊にはもう話したが、異世界ストアの利用者には周年記念として1年に1度、経験値を2倍に増やすチケットと、筋力や敏捷性といった各種ステータスを上げる能力倍増チケットが配布されることになっている。そして、その効果はパーティー全員に及ぶ。そこで、おまえたちを一時的に俺と同じパーティーメンバーとして登録する。そのための手続だ」
「異世界ストア?」
秋代たちは初めて聞く名称だった。
「異世界ストアというのは、異世界を行き来するために必要なアイテムを販売している店のことだ。地球人は、その異世界ストアで異世界チケットを購入することで、初めて異世界に行くことができるようになっている」
「そんなストアがあったなんて、全然知らなかったわ」
秋代は素直に驚いた。
「つまり、そのチケットを使えば、普通の何倍も早く強くなれるっちゅうことなんじゃな?」
木葉の目は闘志に燃えていた。
「そういうことだ」
小鳥遊が、奴隷商人の用心棒たちと渡り合うことができたのは、永遠長のサポートに加えて、これらの手続きを完了させていたからなのだった。
そして永遠長がギルドへの加入手続きを済ませた後、小鳥遊たちは武器屋に向かった。秋代と木葉の装備を新調するためであり、
「よっしゃあ! これで、わしらも本格的に冒険者の仲間入りというわけじゃな!」
鋼の剣と鎧を装備した木葉はご満悦だった。
「永遠長は買わんのか?」
木葉は永遠長に尋ねた。女子2人も可能な限りの重装備をしているなか、永遠長だけは皮の鎧しか身に着けていないことを不思議に思ったのだった。
「必要ない。俺の鎧は、すでにある」
「どこにあるんじゃ?」
「知らん。本来なら、ここに来た時点で装備しているんだが、されていなかったところを見ると、おそらく魔神とやらが、どこかに隠したんだろう」
「じゃあ、やっぱり新しいのが必要なんじゃないんか?」
「いらん。そのうち見つかるかもしれんし、そうなったら金の無駄使いになる。とりあえず、今はこれで十分だ」
永遠長はそう言うと、準備を終えた小鳥遊たちを連れて今度こそ王都を後にした。
「で、クオリティの把握って、具体的に何をするわけ?」
永遠長の先導に従い、北の森に足を踏み入ったところで、秋代は永遠長に尋ねた。
「てゆーか、前から思ってたんだけど、このクオリティって、どういう意味なわけ? 普通にスキルでいいでしょうに。それに説明自体が大雑把過ぎんのよ。ちゃんと説明しろっての」
前々から溜まりに溜まっていた不満を、秋代は一気にブチまけた。
「いちいち、うるさい奴だ。その付与というところをタップしてみろ。そうすれば説明文が出てくる」
「それぐらい知ってるわよ。その説明がわからないって言ってんのよ」
説明文によると、秋代の力は「物体に任意の特性を付与できる能力」であるらしかった。
「その点、わしは「増幅」じゃから、わかりやすい。ゲ-ムで言うところの、攻撃力アップとかスピ-ドアップのことじゃろうからな」
木葉は、まずまずの能力に満足していた。
「小鳥遊は、なんなんじゃ?」
「私は「封印」だけど」
「封印?」
「説明には「任意の物体の力を封じる能力」って」
「まんまじゃな。要するに、ゲ-ムでいう敵の魔法を封じる呪文みたいなもんじゃな」
「そう、なのかな?」
小鳥遊は永遠長を伺い見た。
「それを確認するために、ここに来た」
永遠長は掌の上に、黒い球を作り上げた。
「小鳥遊、とりあえずこれを封印してみろ」
「え? し、してみろって、一体どうやって?」
またまた無茶振りされ、小鳥遊は戸惑った。
「それは、おまえが考えることだ」
「そんなこと言われても……」
「おまえの力なんだ。おまえが、やりやすいやり方を考えればいい。たとえば定番だと「触れた相手の能力を封じる」とかな。その場合、ありがちな訓練としては、自分の右手に魔法陣を浮かべるイメ-ジトレ-ニングだ。魔法陣はモンスタ-を封印する常套手段だからな」
「わ、わかった。やってみる」
小鳥遊は右手に意識を集中させた。すると、右手の掌の上に光の魔法陣が浮かび上がってきた。
「永遠長君、これ」
「じゃあ次は、その黒球で効果を試してみろ」
「試すって、どうやって?」
「定番だと、その魔法陣を黒玉に向けて吸い込むように封印するなり、触れて封印するといったところか。おまえの力なんだから、おまえがやりやすいようにすればいい」
「う、うん。それじゃ」
小鳥遊は右手を黒球に向けた。
「ふ、封印」
小鳥遊がそう言うと、黒球が光の魔法陣のなかに吸い込まれた。
「よし、じゃあ次は、その封印を解いてみろ。定番だと「解封」か「封印解除」と言いながら、黒玉を解き放とうと思えばできるはずだ」
「う、うん。か、解封」
小鳥遊がそう言うと、魔法陣のなかから黒球が出てきた。
「で、できたよ、永遠長君」
「なら、それを何度か繰り返して、慣れてきたら特定の条件をイメ-ジして発動させろ。たとえば、その魔法陣のなかにいる者は呪文を封じられる。その光を見た者は視力を封じられる、といった具合にな。そのほうが、より効果が顕著になる」
「わ、わかった」
「それと無理のない範囲で、回数も数えておけ。クオリティの力は無限じゃない。本人の努力しだいでレベルアップもするが、すぐには上がらない。おまえの力は、いざというとき切り札になる可能性がある。肝心なときにガス欠にならないよう、自分の限界を把握しておけ」
「うん。わかった」
「へ-、この力ってレベルアップすんのか。知らんかった」
黙々と練習する小鳥遊を見ながら、木葉が脳天気に言った。
「そうだ。小鳥遊の場合、今は掌サイズの封印だが、レベルアップしていけば、そのうち街ごと封印することもできるようになるかもしれん」
「おお、凄いな、それは」
「感心してないで、おまえたちもさっさと始めろ」
「どうやるんじゃ?」
「だから、自分で考えろと言っている」
「わかんないんだから、しょうがないでしょ」
秋代が逆ギレ気味に言った。
「漠然とし過ぎなのよ。何よ? 任意の物体に力を付与するって? 意味不明だっての」
「意味不も何も、そのままの意味だろうが。さぅきも言ったように、おまえのクオリティは物に力を与える能力なんだ。たとえば剣に炎の力を付与して炎の剣にする、とかな」
「え、そんなことできんの? マジで?」
「だから、それを試せと言っている。どうしていいかわからないなら、手始めに、そこにある小石に火の力でも付与してみろ」
「付与するって、具体的にどうすんのよ?」
「とりあえず、その石を持って「火炎付与」とでも言ってみろ。もちろん、石が燃え上がることをイメ-ジしてな」
「わかったわ」
秋代は永遠長の助言に従った。すると、本当に石が燃え上がった。
「凄、これ、ホントにあたしがやったの?」
「他に誰がいる」
「ねえねえ、じゃあさ、たとえば服に飛行能力を付与して、空を自由に飛べるようにする、とかも、できるわけ?」
「だから、そう思うならやってみろと言っている。何度同じことを言わせる」
「じゃあ、最後はわしじゃな。わしは、どうすりゃいいんじゃ?」
木葉が脳天気に言った。自分で考える気は、まったくないようだった。
「……おまえは、まず自分の今の身体能力を確認しろ」
「身体能力って、なんじゃ?」
「体力測定で、やっているようなことだ。あれを、前にやったときの数値と今の数値を比べるんだ。それによって、おまえの「増幅」の力が現在すでに発動しているかがわかる」
「どういうことじゃ?」
木葉は小首を傾げた。
「だから-、もしあんたが今まで1メ-トルしかジャンプできなかったのに、今2メ-トルジャンプできたら、あんたは「増幅」の力を、すでに2倍まで引き出してるってことなのよ」
見るに見かねて、秋代が口を挟んだ。
「おお、そういうことか」
「で、仮に今までと変わらなかった場合、まだ「増幅」の力は発動してないってことだから、イメ-ジトレ-ニングでその力を引き出す必要があるのよ。そういうことよね?」
秋代は永遠長を見た。
「そういうことだ」
「よっしゃあ!」
木葉は気合いとともに走り出した。そしてテストの結果、木葉の力はすでに発動していることが判明した。
「そういえば、あんたのスキルって、どんな能力なわけ?」
クオリティの練習をしながら、秋代は永遠長に尋ねた。
「俺か? 俺は「連結」だ」
「連結? どんな能力なわけ?」
「その名の通り「存在と存在を繋げる力」だ」
「ふーん。なんだかパッとしない能力ね」
「大きなお世話だ。他人の力を気にしている暇があったら、少しでも早く自分の力をマスターしろ」
「わかったわよ。まったく、自分だけ経験者だと思って……」
秋代は愚痴りながらも、再びクオリティの訓練に意識を戻した。
そして、各々なんらかの手応えを得て、午前中の訓練が終わりを迎えた昼食時。
「で? この後は、どうするわけ?」
秋代に今後の予定を聞かれた永遠長は、
「この後、おまえたちには本格的にダンジョンに入ってレベリングしてもらうつもりだが、その前に1つ工程をクリアしてもらう」
次の予定を発表した。
「工程?」
「おまえたちには、この後、あるクエストをこなしてもらう」
「クエスト?」
「簡単なクエストだ。おまえたちには、あるモンスターと戦ってもらう。誰でも初めてモンスターと遭遇すると、萎縮してしまう。そこで思わぬミスをしないためにも、まず弱いモンスターと戦って、モンスターとの戦闘自体に慣れておく必要がある。要するに、本格的な特訓を始める前の準備運動のようなものだ」
永遠長の説明に秋代たちも納得し、昼食後、4人は永遠長の転移魔法により、クエストの依頼があった小さな村に移動した。
「で、そのクエストってのは、何するわけ?」
永遠長の背中を追いながら、秋代が尋ねた。
「イモ虫退治だ」
「イモ虫?」
「最近、この村の作物がイモ虫に食い荒らされる被害が多発しているらしく、退治依頼がきていた」
「イモ虫ねえ。まあ、それぐらいなら戦闘初心者のあたしらでも、確かになんとかなりそうね」
どんな無茶ぶりをされるかと心配していただけに、秋代はホッと胸をなで下ろした。
「着いたぞ」
永遠長は、岩山に開いた大穴の前で立ち止まった。
「どうすんの? 入っていってやっつけるの?」
「俺が中に入って、イモ虫どもを追い出す。おまえたちは出てきたイモ虫を、片っ端から始末していけ」
永遠長は掌サイズの火炎球を作ると、洞窟に入っていった。そして待つこと1分少々。洞窟の奥から、成人ほどの大きさをした3匹のイモ虫が這い出てきた。
「よし、倒すわよ」
秋代は身構えたが、
「え?」
洞窟から這い出てきたイモ虫は、その3匹で終わらなかった。
イモ虫の数は芋づる式に増え続け、最終的に100匹近いイモ虫が、辺りを埋め尽くすことになったのだった。
「な、な、な……」
秋代は蠢くイモ虫群のおぞましさに総毛立った。
「アホかあ! こんなんと戦えるかあ!」
秋代は涙目で怒鳴った。見てるだけでも気持ち悪いのに、これと戦うなどありえなかった。
「秋代さん、あんまり大きな声を出したら気づかれちゃうよ」
小鳥遊に注意され、秋代はあわてて口を塞いだ。
「なに言うとるんじゃ、おまえら?」
木葉は地を蹴ると、
「向かって来てもらわんと、訓練にならんじゃろうが!」
先頭のイモ虫を切り裂いた。すると、いっせいにイモ虫たちが木葉たちのほうを向いた。
「いやああああ!」
押し寄せてきたイモ虫群に、秋代の顔から血の気が引く。
「よっしゃ! 来い! イモ虫ども!」
木葉は敢然とイモ虫群の前に立ち塞がった。しかし、
「ぬおお!」
押し寄せるイモ虫群に、あっけなく飲み込まれてしまった。
「アホオオ!」
秋代は足下の石を拾うと、火炎を付与して木葉めがけて投げつけた。するとイモ虫たちは炎から遠ざかり、その隙に、なんとか木葉を脱出させることに成功したのだった。
「助かったぞ、春夏。危うく、イモ虫に食われるところじゃった」
「うっさい、バカ! 考えなしも、たいがいにしとけ!」
「まあ、無事だったんじゃし、ええじゃろ」
「そういう問題じゃない! て、また来たあああ!」
火が消えて、再び押し寄せてきたイモ虫群から、秋代は血相変えて逃げだした。しかし、行く手を見えない壁に塞がれてしまった。
永遠長の仕業だった。
「逃げてどうする? そいつらを退治するのがクエストなんだぞ」
永遠長が結界の外から言った。秋代たちが逃げ出したのを見て、瞬間移動で先回りしたのだった。
「できるかあ! 何匹いると思ってんだ!」
「100匹といったところだな。安心しろ。そいつらにあるのは、せいぜい麻痺毒ぐらいだ。冷静に戦えば問題なく勝てる」
「できるかあ! さっさと、ここから出せ!」
秋代は、あらん限りの力で壁を打ち破ろうとした。しかし、いくら叩いても壁はビクともしなかった。
「それでは訓練にならんだろうが。なんのために、ここまで来たと思っている」
「知るかあ! いいから、さっさと出せ! この人でなし!」
「どんなにわめこうが、この結界を解く気はない。ここで1匹でも逃がすと、また面倒なことになるからな。小鳥遊はともかく、おまえたちが死んだところで、俺にはなんの関係もない。つまり、おまえに残された道は2つしかないということだ。そいつらを全滅させるか。それとも、そいつらに押し潰されて死ぬかのな」
「どっちも嫌あああ!」
秋代にとっては絶望しかない選択肢だった。
とはいえ、どんなに嫌がろうと、イモ虫たちは否応なしに押し寄せてくる。
泣く泣く秋代は、木葉たちと力を合わせ、なんとかイモ虫を撃退したのだった。
そしてイモ虫との激闘の末、
「ううう、なんであたしが、こんな目に……」
その身に浴びた大量のイモ虫の粘液を泉で洗い落としながら、秋代は涙ぐんだ。
「酷い目にあった。こんな酷い目にあったのは、生まれて始めてよ」
秋代は怒りに燃えていた。その怒りは、それこそ魔女や奴隷商人に対する比ではなかった。
「女子にイモ虫けしかけて、粘液まみれにすることを屁とも思ってないし、あいつ絶対ドSよ、ドS」
秋代は吐き捨てた。
「まったく、どういう人生送ってきたら、あそこまで性根がねじくれ曲がるのかしらね」
「……朝霞さんも、前に言ってた。永遠長君は他人のことをモルモットとしか思ってないって」
小鳥遊が言った。
「朝霞さんは、小学生のときに永遠長君と同じクラスになったことがあったそうなんだけど、そのときクラスでイジメがあって、永遠長君、そのイジメられてた子を助けたそうなの」
「え? あいつが? マジで?」
秋代は耳を疑った。
「うん。でも、そうしたら今度は永遠長君が、そのイジメっ子たちのタ-ゲットになってしまったらしくて。しかも助けようとした子まで、そのイジメっ子たちに加担して」
「……それで、あんなに性根が歪んだってわけ?」
「ううん。違うみたい。だって、その後そのイジメっ子たち、永遠長君が半殺しにしちゃったそうだから」
「え?」
「その後で永遠長君、こう言ったそうなの。実験は、これで終了だ。もう、おまえたちに用はないって」
「どういうこと?」
「よく言うでしょ。イジメられている子を助けたら、今度はその子がイジメられるって。しかも、そのイジメられてた子も、また自分がイジメられるのが嫌だから、イジメっ子グル-プに加わって、自分を助けた子をイジメるって」
「確かに聞くわね。実際に見たことないけど」
「永遠長君も、そうだったみたい。だから本当にそんなことが起こるのか、自分で確かめようとしたんだって」
「は? じゃあ、そのためにイジメられてた子を助けたっていうの?」
「朝霞さんは、そう言ってた。しかも、その後誰も永遠長君に近づかなくなったけど、本人はまったく気にしてなかったって。だから永遠長君には、どんな文句を言っても無駄だって。他人の声なんて雑音としか思ってないからって。むしろ友好的に振舞うほうが、永遠長君には嫌がらせになるぐらいだって、朝霞さんは言ってた」
「……なるほどね。それは、いいことを聞いたわ」
秋代は邪悪な笑みを浮かべた。
余計なこと言っちゃったかな?
小鳥遊は少し後悔したが、すでに手遅れだった。
ともあれ泉で身も心もスッキリした秋代たちは、永遠長の指導の下、本格的なレベルアップに取り掛かることになった。
「で、レベルアップってのは、どこでするわけ?」
秋代が尋ねた。
「経験値を稼ぐのに、手頃なダンジョンがある。おまえたちには、そこで戦ってもらう。寝る時と食事以外、すべてな」
永遠長は秋代たちを連れて古代遺跡へと転移すると、先頭に立って古代遺跡に侵入した。すると、さっそくスケルトンが現れた。が、小鳥遊たちは、これを軽がると撃破。その後もリザ-ドマン、グ-ルと、立て続けに撃退していった。
この快進撃は、木葉と秋代が剣道の有段者ということが最大の要因だったが、先のイモ虫戦の経験も大きかった。
どんなグロテスクなモンスタ-が現れても、あれよりはマシ。
その思いが3人、特に女子2人の心に余裕を持たせていたのだった。そして、それこそ永遠長がイモ虫と戦わせた理由だったのだが、感謝する気には到底なれなかった。
その後も、小鳥遊たちは快調にモンスタ-を撃破し続けた。しかし、その数が200を超えると、さすがに女子の動きが鈍くなってきた。
「もうダメ。限界」
秋代は、へたり込んだ。
「あんたねえ。いい加減、少し休ませなさいよ。こっちは戦闘初心者。それも、か弱い女の子なのよ」
「疲れているのは、気のせいに過ぎない。おまえたちのステータスは、レベルアップのたびに回復しているのだからな。だが、まあいい。それで気が済むなら回復魔法をかけてやる」
永遠は呪文を唱えた。すると、秋代たちの疲労感が徐々に薄れていった。
「あんた、回復魔法もできるの?」
「だから使っている」
「なんでもありね、あんた」
「そんなことより、さっさと立て。期限は3週間しかないんだ。それでなくとも、イモ虫で無駄な時間を使ってしまったからな。これ以上は、1秒も無駄にできん」
「わかってるわよ」
秋代が疲れた体を立ち上がらせた直後、新たなモンスタ-が近づいてきた。
「来たぞ。さっさと片づけてこい」
永遠長は1歩下がり、秋代たちを再び前線へと追いやる。
その後、秋代たちのダンジョンでの戦闘は夕方まで続いた。
そして初日のミッション終了後、女子2人は丸1日寝込むハメになったのだった。