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第37話

 街門を通り抜けたところで、


「や、やっと着いた」


 土門は安堵の息をついた。なんとか街には辿り着けたものの、土門の疲労はピークに達していた。

 それでなくとも、土門は引きこもり生活でスタミナはないに等しい。そこへ持ってきての、異世界への置き去り、巨鳥の襲撃、1時間以上の強行軍のトリプルコンボで、土門は心身ともに疲れ切っていた。


「じゃあ、まずは冒険者ギルドの登録手続きね。で、その後は装備を整えて」


 禿は淡々と言った。土門と同じか、それ以上に過酷な体験をしたはずなのだが、禿の顔には疲れの色は微塵もなかった。


「ま、待って。その前に、どこかで休ませて。ほら、もうお昼だし、先にどこかでお昼ごはんにしようよ、ね」


 土門は必死に訴えた。


「仕方ないわね。じゃあ、先にお昼にしましょ」


 禿は渋々承諾すると、2人は手頃な食堂に入った。食事代はポイントを換金して支払い、ようやく土門はひと息つくことができたのだった。


「他の人たちは大丈夫かな」


 一休みしたことで、土門にも他のツアー客のことを心配できる余裕が戻っていた。


「そんなこと、今考えても始まらないわ」


 禿は、つれなく言い捨てた。


「それじゃ、エネルギー補給も済んだことだし、冒険者ギルドに向かいましょ。あの人たちも、この街を目指していたはずだから、もしかしたらギルドに行けば会えるかもしれないし」


 禿はそう言うと、さっさと席を立ってしまった。


「そ、そうだね」


 土門としては、もう少し休みたいところだったが、仕方なく禿に従った。


 そして街を散策し、冒険者ギルドを見つけた2人は、受付で冒険者登録を行った。その間、土門は他のツアー客たちの姿を探したが、それらしき姿は見当たらなかった。

 ともあれ、無事に冒険者登録を済ませた二人は、その後冒険に必要な物を買い揃えた。そして、最後に手頃な宿屋で二人部屋を手配し、今日の活動を終了したのだった。

 ちなみに、二人部屋を提案したのは、禿のほうからだった。これは、少しでも支出を減らすためであり、もちろん土門に釘を刺すことを忘れなかった。


 もし、私に指一本でも触れたら、即見捨てる、と。


 もっとも、そんな恐ろしい釘を刺されなくても、ヘタレの土門に、禿に手を出す度胸などあるはずもなかった。それどころか、女子と同じ部屋に泊まるというシチュエーションだけで、すでに昇天しかけていた。

 ベッドに入っても、興奮と緊張で全然寝付けず、仕方なく土門は今日知り得た情報をおさらいしていた。


 まず第1に、この世界には魔法がないということ。

 詳しい話は不明だが、なんでも昔、この世界の人間が魔法で好き勝手し過ぎたせいで、神様に魔法を取り上げられてしまったらしかった。


 そして第2に、魔法の代用品としてマジックアイテムが使われていること。

 ただし、このマジックアイテムには使用制限があり、強力なものほど、特定の条件を満たさなければ使用できない仕様になっているらしかった。


 そして第3に、この世界の冒険者は「マイスター」と呼ばれ、そのマイスターも、その目的によって「バスター」「キャプター」「リベレイター」の3タイプに分類されること。


 基本的に、この世界において、地上に生息しているモンスターは、大型鳥獣類しか存在しない。そのため、これら大型鳥獣類の捕獲もしくは討伐が、この世界の冒険者に求められる仕事なのだった。

 そこでマイスターとなった者は、その目的によって討伐者はバスター、捕獲者はキャプターと呼ばれ、それぞれに異なる力が習得していくことになる。大別すると、バスターは獲物を仕留める殺傷力を。キャプターは、獲物を生け捕りにするために必要な罠や鎖などの捕縛術の技量を磨くことになる。


 そして、最後のリベレイター。これは、女神の大迷宮の攻略に挑む者のことを指している。

 この世界の魔法は、人間の愚行に憤った神によって取り上げられた。しかし、神は完全に人間を見放したわけではなかった。その1つが魔具と呼ばれるマジックアイテムの存在であり、もう1つが女神の大迷宮と呼ばれる地下ダンジョンの存在だった。


 この世界の言い伝えによると、そのダンジョンはこの世界の神によって建造されたものであり、もし誰か1人でも、そのダンジョンの攻略に成功した場合、女神はその怒りを解き、この世界に魔法を復活させるといわれている。


 そのため、これまで多くの屈強な戦士たちが、大迷宮の攻略に名乗りを上げた。しかし、そのことごとくが返り討ちにあってしまった。

 しかし、それでも今なお女神の大迷宮に挑まんとする者は跡を絶たず、それらの者たちは攻略者、リベレイターと呼ばれているのだった。


 そして、これらのマイスターたちはレベルアップにより、初級を意味するホワイトから階級が上がるごとに、ハイ→オーバー→グランド→レジェンドと名称を変えていくことになる。

 だが、今の土門にとってレベルアップ云々は遠い世界の話だった。

 とにかく、今はどんな些細なクエストであろうと成功させる。それが、今の土門にとっては最優先事項なのだった。

 なにしろ収入を得られなければ、元の世界に帰るどころか、半月もしないうちに餓死してしまうのだから。


 あっちにいた頃は、こんなこと考えたこともなかったんだけどな。


 土門が、そんなことを考えていると、


「お母さん」


 禿がポツリとつぶやいた。それが寝言なのか、思わずこぼれた独り言なのか、土門には判断がつかなかった。しかし、その一言で土門の熱は急速に冷めた。


 水穂さんには死んでほしくない。


 出会ったばかりだが、土門は心からそう思っていた。そして、そのためにできることは、なんでもするつもりだった。


 とにかく、今できることは早く寝て、体力を取り戻すこと。


 土門は自分にそう言い聞かせると、まぶたを閉じた。すると、疲れきっていた土門の意識は、間もなく深い眠りへと落ちていったのだった。


 翌日、土門たちは手頃なクエストを探すため、再び冒険者ギルドを訪れた。すると、


「あれは……」


 ロビーに見覚えのある顔があった。1度見ただけだったが、それは間違いなくツアーメンバーの1人だった。


「よかった。無事だったんだね」


 ツアーメンバーは4人連れで、いずれも土門たち同様、武器と防具を装備していた。


「だ、誰?」


 土門たちのことを覚えていなかったらしく、紅一点の少女が連れの少年にささやいた。


「ほら、昨日、鳥に連れ去られた奴だよ」

「ああ、あのときの。生きてたんだ。てっきりあのまま、鳥の餌になったと思ってたわ」


 ささやき合う2人の声が漏れ聞こえ、土門は笑うしかなかった。


「悪い。でも、マジで、よくあの状況で助かったな」


 坂越浩司さこしこうじと名乗ったリーダー格らしき少年は、正直な思いを口にした。


「水穂さんのおかげだよ。君たちのほうこそ、無事でよかったよ。それはそうと、他の人たちは今どこにいるの? まさか、他の人は全員……」

「他にも助かった奴はいるよ。もっとも、そのうちの5人は昨日のうちに死んじまったけどな」

「え?」

「自殺だよ。腕を食いちぎられたり片目を潰されたりで、この先この世界でやっていく自信がなかったんだろうな。ま、気持ちはわからないでもないけどな。後、最初から自殺目的で来た奴もいたみたいだ。部屋に遺書が残ってた」


 水穂さんと同じこと考えてた人もいたんだな。


 土門は恐る恐る禿を見た。すると案の定、禿は憮然としていた。


 せっかく、異世界での自殺者第1号になろうとしたのに、他人に先を越されたもんで、面白くないんだろうな。


 禿の表情から土門はそう思い、事実その通りだった。


「そうか。でも半数以上の人は助かったんなら、よかったよ。で、他の人たちはどこにいるの? 一緒じゃないのかい?」


 土門は、あたりを見回した。しかし、それらしい同年代の少年少女は見当たらなかった。


「生き残った奴のうち7人は、朝起きたらいなくなってたよ。大方、つるんで自分たちだけでポイント稼ぐつもりなんだろ。いなくなった奴らは、みんな強そうな能力持った奴ばっかだったからな。自分たちだけで行動したほうが、効率がいいと思ったんだろうよ」


 坂越は不愉快そうに言い捨てた。


「そうだ。よかったら、おまえらも」


 坂越がそう言いかけたところで、紅一点の畑恵はたけめぐみが、坂越の腕を引き寄せた。


「何すんだよ、畑?」

「何じゃないわよ。今あんたも言ってたじゃん。弱い奴は足手まといになるだけだって」


 畑は坂越にささやいた。


「見てみなよ、あの2人。どうやって、あの状況から助かったのか知んないけどさ、あんな見るからに弱っちそーな奴らが加わったところで、足手まといにしかなんないっしょ」


 畑の声は土門の耳にまで届いていたが、本当のことだけに土門は笑うしかなかった。


「ちなみに、君たち能力はなんなんだい?」


 ささやき合う坂越たちを横目に、このままでは埒が明かないと思ったのか、連れの三戸廉也みとれんやが土門たちに訪ねた。


「えーと、彼女は反射で、ボクは回帰、なんだけど……」


 土門は言葉を濁した。


「カイキ? カイキって、あの原点回帰の回帰かい?」


 だとすれば、どんな重傷を負っても、一瞬で治せることになる。本当なら、とんだ拾い物だった。


「う、うん。一応」

「凄いね。やって見せてよ」

「そ、それが、まだボクにも、よくやり方がわからなくて……」


 土門は頭をかいた。


「あ、ああ、そうなんだ」


 土門の答えを聞いて、それまで友好的だった三戸の態度が、あからさまによそよそしくなった。


「ほら、言わんこっちゃない。そんな奴、仲間にしたところで、足手まといになるだけじゃん。それに、もう1人のほうだって、うちにはもう「障壁」が使える荒木がいるんだし、入れるメリットないじゃん」


 畑の考えに坂越も同意だった。


「そ、それじゃ、オレたち、もう行くわ。おまえらもがんばれよ」


 坂越たちはそう言うと、そそくさと歩き去ってしまった。


「完全に、足手まといだと思われちゃったみたいだね」


 土門は苦笑した。


「仕方ないわ。実際、その通りなんだもの」


 禿が容赦なく追い打ちをかける。


「それはそうと、あなたの力って、本当に回帰なの?」

「う、うん。だけど、どうすればいいか、本当にわからないんだよね」


 土門は頬をかいた。試しに「回帰!」と叫んでみたりもしたのだが、何も起こらなかったのだった。


「ふうん。まあ、いいわ。そのうち、できるようになるかもしれないし。とにかく私がいれば、やられることはないんだし。それよりクエストを探しましょ」

「そ、そうだね」


 初級冒険者が受けることのできるクエストなど、タカが知れている。しかし、塵も積もれば山となる。何事も、まず一歩を踏み出さないと始まらないのだった。

 たとえ、その一歩目が、庭掃除や迷い猫探しだとしても。






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