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第35話

 永遠長流輝は、物心ついたときから1人だった。


 ともに研究者だった両親は、永遠長の世話をベビーシッターに丸投げし、そのベビーシッターも5歳のときに、彼の前からいなくなった。

 そして幼かった永遠長は、それを当たり前のこととして受け入れていた。


 だが幼稚園に通うようになって、永遠長は自分の置かれた家庭環境が普通でないことを理解した。しかし、だからといって子供の永遠長に何ができるわけでもなく、これまで通りの生活を続けるのみだった。


 それに、元より両親の愛情を知らずに育った永遠長にとって、そんなことはどうでもよかった。そんなことよりも初めて接する同年代の人間の反応が面白く、熱心に観察した。

 だが、それも幼稚園を卒業するまでだった。幼稚園の間に、同級生を観察し尽くした永遠長は、小学生に上がる頃には他人への興味を失ってしまっていた。


 クラスでイジメが起きたのは、そんなときだった。

 初めて遭遇するイジメという行為に、永遠長は興味津々だった。そして「イジメられている人間を助けた者は、今度は自分がイジメられることになる。そして、そのときはイジメられていた子までが、イジメの加害者に加担する可能性がある」という、以前テレビで見た話が、本当に起きるのかどうか試してみたくなった。そして、イジメられていた朝霞力を助けた。すると、本当に自分がイジメのターゲットにされることになった。


 目的を果たした永遠長は、用のなくなったクラスメイトを処分した。すると、それまでイジメを見て見ぬ振りをしていた担任が、永遠長の母親を呼び出して永遠長の行いを一方的に責め立てた。

 すると母親は、永遠長の言い訳も聞かずに謝らせたうえで、


「あんたなんか、産まなきゃよかった。あの人が、どうしても子供が欲しいって言うから産んだのに、自分はほったらかしで、全部私に押し付けて」


 と、まるで自分は面倒を見てきたようなことを口にした。


 研究を中断させられたことか、相当ムカついたんだな。


 1ヶ月ぶりに会う母親が、目を血走らせて吐き捨てる姿を見て、永遠長は子供心にそう思い、悪いことをしたと反省した。

 と同時に、晴れ晴れとした気分になった。理由は、この母親という人間が、自分に何も期待していないことがわかったからだった。要するに、この人間は自分を煩わせさえしなければ、永遠長が何をしようと、どうでもいいのだと。


 ならば、この人間に迷惑さえかけなければ、何をしても自由ということだった。なにしろ、この人間にとって自分は必要のない人間なのだから。


 そして変化はもうひとつあった。

 それは、あの事件の後、誰も永遠長に近づいて来なくなったことだった。しかし、それも永遠長にとってはどうでもよかった。同級生の解析を済ませた以上、永遠長にとってクラスメイトは、もはやなんの価値もない存在だったのだから。


 しかし学年が上がると、また状況に変化があった。

 それまでは、ただ疎遠にしているだけだったクラスメイトたちが、永遠長にあからさまな嫌がらせを始めたのだった。

 きっかけは、2年生のときに処分した1人が、同級生の1人に永遠長が悪いように吹き込んだことだったが、そのことは永遠長に新たな発見をさせることになった。


 それは「学校では1人でいると周囲から侮蔑や中傷を受けやすくなる」ということだった。

 どうやら人間というのは、孤立している人間は、軽蔑や嘲笑の対象とすることが許されると思っている風潮があるらしかった。


 その集団心理現象に、永遠長は興味を持った。そのため、あえて反撃せず、同級生の生態を観察することにした。すると、永遠長をカモと思い込んだクラスメイトたちは、その行動をエスカレートさせていった。


 例を上げると、


 女子がティッシュを落としたので、拾ってやったら、そのままゴミ箱に捨てられた。


 すれ違ったときに手が触れた相手が「永遠長菌がついた!」とわめきちらして、大急ぎで洗い落としにいった。


 下駄箱にラブレターが入っていたので、指定された場所に行ったら嘘だった。


 自分がやった窓ガラスの破壊を永遠長のせいにして、それをクラス全員が肯定した。


 などというものだった。


 そして、それらの行為は、やがて教科書への落書きやノートを破り捨てるなど、物理的な攻撃へと転化していった。


 これらのことから永遠長が学んだことは、人間とは他人を貶めることに愉悦を感じる生物であるということ。そして調子に乗ると、どこまでも際限なく増長する、自制心を持たない生物であるということだった。


 以上のことを踏まえ、永遠長は人間への答えを出した。  


 関わる価値がない、と。


 そして結論を出した永遠長は、無用の長物を排除した。すると、永遠長の周囲は再び静かになった。

 だが、それは同時に、また変化のない退屈な日々に戻るということでもあった。


 そんな日々が1年ほど続いた小学生5年生の春、永遠長は学校帰りに見知らぬ男から1枚のチラシを受け取った。見ると、それは「異世界ストア」の広告だった。そして、その広告によると、異世界ナビというものを買うと、異世界に行けるらしかった。


 永遠長は即座に購入を決めた。たとえ詐欺であろうと、それはそれで構わなかった。とにかく、この退屈な日常から抜け出せる可能性が少しでもあるのなら、それでよかった。


 そして、この日から永遠長の生活は一変した。


 永遠長は、学校以外のすべての時間を異世界で過ごし、好奇心の趣くままに未知の世界を探求した。

 そして異世界で過ごすうちに、永遠長は異世界に移住することを考えるようになった。しかし、そのためには自力で異世界間を移動できるようになる必要があった。異世界ストア頼みだと、ストアが店じまいしてしまったら、それまでだから。


 そこで永遠長は、当初考えていた中卒での移住を取りやめ、公立高校へと進学することにした。高校に通っている3年の間に、自力で異世界間を移動する方法を見つけるために。


 そして夏休みを迎えた永遠長は、満を持して異世界へと赴いた。しかし、このときの永遠長は、まだ知らなかったのだった。この夏休みが、これまででもっとも長く、そして、もっとも不本意なものとなることを。

 




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