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第29話

 永遠長たちが転移した先は、捨てられて久しい廃村だった。

 そして目的の人物は、その廃村の外れに生えた巨木に背もたれていた。


「こんばんは。おそろいで、ようこそ」


 寺林は、漂々とした態度で右手を振った。


「こいつが黒幕」


 秋代は男を観察した。年は30前後で、紺色のビジネスス-ツを着込んだ姿は、一見どこにでもいるサラリ-マンという感じだった。


「……黒幕、ね。さしずめ、私は世界を裏で操る悪い魔王で、君たちはその魔王を退治しにきた勇者様というところか。お子様らしい、実に単純な発想だ」


 寺林は苦笑した。


「その通りじゃろうが」

「それともまさか、あんた自分が勇者だとでも言うつもり? ここまで散々、好き放題さらしといて」

「まさか。私は、う-ん、どうしようか……」


 寺林は少し考え込んだ。


「まあ、いいか。ここまで来た、ご褒美だ。君たちには、特別に異世界ストアの真実を話してあげよう」

「異世界ストアの真実?」

「そう、真実。そもそも君たち、異世界ストアがなんのために存在してると思ってる?」

「なんのためって」


 秋代が寺林の意図を掴みかねていると、


「そりゃ、あんたの金儲けのためだろ」


 朝霞がミもフタもなく言い切った。


「残念、外れ。ストアが利用者から金を取ってるのは、あくまでも必要経費を捻出するためと、ストア利用者を安心させるために過ぎないからね。こんなご時世だ。タダでナビを与えるだけだと「何か裏があるんじゃないか?」と、むしろ疑われかねない。その点、金を取れば利用する側も安心してストアを利用するからね」

「お金のためじゃないってんなら、なんのためだってのよ?」


 秋代には寺林の真意が読めなかった。


「人類を救済するためさ」

「人類を救済?」


 秋代は眉をひそめた。


「正確には、地球人の救済だがね」

「は? なんでストアができて人類が救われるのよ? むしろ誘拐されたり賞金首にされたりして、迷惑こうむってるだけじゃない」

「それは君たちに限った話だ」

「じゃあ、他の人間にはストアが何かの救済になってるっての?」

「実戦訓練だよ。地球にモンスタ-が復活するときに備えてのね」

「はい?」


 秋代は思わず間の抜けた返事をしてしまった。


他の面々も、予想もしなかった寺林の言葉に、二の句を告げずにいた。


「驚くのも無理はないが、太古の昔、地球には本当に魔物がいたんだよ。君たちも鬼や妖怪の名前を1つや2つは知ってるだろう? それらの魔物は、日本で言えば平安時代末期に、いったん地球規模で封印されたんだが、その封印にガタがきてるんだ。ほら、ファンタジ-によくあるだろう? 人間の負のエネルギ-が光の封印を弱めた結果、魔物が復活したって展開。まさに、あれが地で起きてるんだよ。我々の計算によると、地球の封印は後長くて100年、短ければ10年以内に解けることになる。そして、そうなればおそらく億単位の人間が復活した魔物の餌食になることだろう」


 寺林の言う地獄絵図が目に浮かび、秋代たちは鼻白んだ。


「つまりストアの目的は、あたしたちに実地訓練させることで、地球に魔物が復活したときの被害を少しでも減らさせることだってわけ?」


 秋代は、尾瀬明理が前に言っていたことを思い出していた。


「そういうこと」


 寺林はウインクした。


「だったら、軍人とか警察官に訓練させればよかったじゃない。なんで、あたしたちみたいな素人にやらせようとしてんのよ?」

「それは、それが王道ファンタジ-だから」

「は?」

「いや、マジでそうなんだよ。それに結果論になるが、それで正解だったんだ」

「どういうことよ?」

「設立当初、ストアの存在は国連にも秘匿にしてたんだけど、1年も経った頃には各国要人の知るところとなっていてね。それを知った連中は、そこを単なる兵士育成のための訓練場とは見なさず、万一の場合の避難先、はっきり言うと植民地にしようと考えたんだよ。誰も手をつけていない異世界は、先進国にとっては資源の宝庫だからね。そこを植民地化できれば、人口問題、環境問題、食糧問題など、様々な問題が一気に解決することになる。まさに開拓期の再来というわけさ」


 寺林は肩をすくめた。


「だが異世界人にしてみれば、そんなものは侵略以外の何物でもない。魔物に脅かされた人類が、その被害から逃れるために別の世界の人間の平和を脅かそうというのだから、地球人というのは、まったくもって度し難い限りだ」


 寺林は苦笑した。


「だったら」


 そこで土門が詰め寄った。


「どうして、モスに侵攻した皇帝に力を貸したんですか? そのせいで、どれだけの人が苦しんだか」

「手は貸してない。あれは、ビルヘルムが独断で行なったことだ。彼は異世界ストアの企画スタッフの1人だったんだけど「模倣」の力を得たことで、支配欲が抑え切れなくなったんだろうね。特殊な結界を張って、誰もモスに出入りできなくしてしまったんだよ」


 寺林は頭をかいた。


「本当は企画スタッフとか、いらなかったんだけどね。あの方は、そういうところ無駄にこだわるから。人類の未来は、人類が切り開かなければならないのだよって感じで」

「……まるで、自分は人間じゃないみたいな言い方ね」


 秋代は不愉快そうに指摘した。


「その通り。私は人間じゃない」

「え?」

「まあ、戸惑うのも無理はないさ。あの方は地球、特に日本びいきだからね。御自分の回りにいる者にも地球人の格好をさせて、日本語で話すことを望まれるんだよ」

「あの方?」

「神だよ」

「神?」

「正確には、その神をお創りになられた方。つまり創造主様さ」

「創造主?」

「そう。そして私も、その神のはしくれでね。この寺林という名前は、あくまでも仮初の名に過ぎないんだよ。あ、ちなみに、この寺林というのはスト-リ-テラ-をもじったもので」

「超どうでもいいわ、そんなこと」

「つれないねえ」


 寺林は肩をすくめた。


「そんなことより創造主って、マジで言ってんの、あんた?」

「もちろんだよ。そもそも、今君たちがいるこの世界だって、その創造主様が君たちのトレ-ニングのためだけに、お創りになられた世界なんだよ」

「え? ここが?」

「そうさ。ここに来て思わなかったかい? まるでゲ-ムのようだと」

「それは……」


 秋代も思ってはいた。しかし異世界だし、これが普通なんだとスル-していたのだった。


「ここだけの話、創造主様は重度のオタでね。こういう世界を考えたり、創ったりするのが大好きなんだよ」

「オタ?」

「そう、オタ。アニメ、マンガ、ゲ-ム、その他、オタク文化はなんでもござれのね。創造主様が地球人の存続に固執しておられるのも、それが理由さ。もし人類が滅亡したら、この先マンガもアニメも見れなくなるし、ゲ-ムもプレイできなくなってしまうからね。ま、気持ちはよくわかるよ。絶対者なんて、なってみると退屈なものだからね。常に刺激に飢えているんだよ」

「……で? その神様が、なんで朝霞たちを唆したり、あたしたちを賞金首にしたりしたわけ?」

「それは君たちが邪魔だから」


 寺林は、あっさり言った。


「もっと正確に言うなら、君たちが一緒にいると、永遠長君の持ち味が殺されてしまうからだよ」

「永遠長の持ち味?」

「そう。永遠長君は、実に希有な存在なんだ。強く、万人を助けられる力を持ちながら、人助けには微塵も興味がない。しかも、そのことを公然と言い放ってはばからない。普通の人間ならば、他人に嫌われることを恐れて体面だけでも取り繕うものなのにね。あの同調圧力が支配する日本にあっては、もはや天然記念物レベルの人間なんだよ、永遠長君は」


 寺林の永遠長に対する人物評価に、


「確かに」


 その場にいた全員が深く納得した。


「そして、そんな永遠長君だからこそ、彼と関わった者は痛烈に実感することになるんだよ。ああ、この世界には勇者も英雄もいないんだ。自分の大切なものを守るためには、自分が強くならなければならないんだ、とね。君も、そうだろう、秋代君? だからこそ、なんだかんだ言いながら、クラブを辞めてまで異世界で強くなることを選んだんじゃないのかい? 異世界転移したとき、もし永遠長君があっさり君たち全員を助けてしまっていたら、果たして君は今のような気持ちになっていたかな?」


 寺林の言う通りだった。2度と、あんな思いはしたくない。それが秋代を異世界に通わせ続けた、最大の理由だったのだから。


「つまり永遠長君は、他人に強くなることの必要性を実感させるという点において、これ以上ない適任者なんだよ。現に彼のクラスメイトは、あの事件の後、全員が異世界で強くなることを希望した。君たちは知らなかったろうがね」

「まさか、そのためにあたしたちを異世界転移させたわけ?」

「そういうことさ。そして、それは君たちも同じだ」


 寺林は土門と禿を見た。


「引きこもりだった君たちが、他人の身を案じるまでに成長したのは、あのモスでの過酷な経験があったからだ。違うかい?」

「否定はしない。でも、それはボクたちが生き残ったから言えることだ」


 土門は毅然と言い返した。


「そうです。あのツア-に参加して、一体何人の人が死んだと思ってるんですか?」


 禿は寺林を睨んだ。


「21人だね」


 寺林は平然と答えた。


「だが、それは私のせいじゃない。君たちを含め、彼ら自身が異世界で人生をやり直すことを望んだ、う-ん、もう、この展開はいいかな。これ以上、引っ張ってもアレだし」


 寺林は頬をかいた。


「あのね、土門君、禿君。実を言うとね、異世界ナビを介して移動した異世界では、たとえ復活チケットがなくても死なないんだよ」

「え?」

「だから、ぶっちゃけると、君たちが死んだと思っている連中も、実は生きてるんだよ」

「え?」

「創造主様の意向でね。ただし復活チケットなしで死ぬと、本当に死にこそしないものの、それまでの異世界での記憶をすべて失い、力もすべてリセットされるんだ。リアライズも含めてね。だから、ある意味では死と言えなくもない。特に、永遠長君のように異世界での生活が長い者ほどダメ-ジが大きくなる。なにしろ、それまでの苦労がすべて水の泡になってしまうんだからね」

「どうして、そんな嘘を? ボクたちが、どんな思いで」


 土門は頬をかんだ。


「そりゃ、より緊張感を高めるためさ。殺されても、ただ記憶を失うだけだとわかったら、誰も本気で戦わないだろ。それじゃ意味がないんだよ」

「ふざけるな!」

「おお、恐い。でも、ま、確かに効率が悪かったことは認めざるを得ない。で、次の計画は、もう少し効率的にしたというわけさ」


 寺林は永遠長を見た。


「ただ、誤算もあった。なまじチーム戦にしたせいで、永遠長君が君たちとつるむようになってしまったことだ。これでは「背徳のボッチート」の持ち味が台無しになってしまう。で、これじゃいかんと思い立った私は、朝霞君に話を持ちかけ、君たちの関係をリセットさせたというわけだ。後は、頃合を見計らって、永遠長君と関係ないところで、秋代君たちを再び異世界に招き入れれば、すべては元の鞘に納まるはずだったんだけどね。これは土門君たちのせいで計算が狂ってしまった」


 寺林は土門を横目に見やった。


「じゃあ、あたしたちを賞金首にしたのは? あれは、どういう意図があったっての?」


 秋代は冷ややかに尋ねた。


「あれは、永遠長君に「やっぱり他人と一緒にいると、ロクなことにならない」と再認識してもらうためさ。ご理解いただけたかな?」

「ええ、よ-くわかったわ。あんたが独善で凝り固まった、クソ野郎だってことがね」

「それは、なにより」


 寺林は人を食った笑みを浮かべた。


「なら帰りなさい。心配いらない。君たちの手配は、タイムリミットが経過したことにして取り消しておく。それに、これ以上君たちには手を出さないことを、神の名にかけて約束しよう。というか、もう君たちにかまけている暇はないんだよ。そろそろ、計画を第2段階に移行するつもりなんでね」

「第2段階?」

「そう、あの異世界転移は、その前触れの意味もあったんだよ。インフルエンザと一緒さ。いきなりインフルエンザに羅かると重症化しやすいけど、あらかじめ弱いウイルスを投与しておけば、抗体ができて、本物のウイルスが入ってきても撃退できるだろ?」

「言い方が回りくどいのよ。もったいぶらずにハッキリ言いなさいよ」


 そう言いながら、秋代には悪い予感しかなかった。そして、


「なに、たいしたことじゃない。ちょっと地球にモンスターを出現させようと思っているだけさ」

「地球にモンスタ-を?」


 秋代たちは気色ばんだ。


「そ、そんなことしたら大騒ぎになるじゃない」

「だろうね。だからこそ各国の政府も、封印のことは国民に秘密にしてるわけだし」

「それがわかってて」

「だからこそ、だよ」

「え?」

「このまま黙っていても、いずれ魔物は復活する。だったら、今のうちに魔物の存在を全人類に認知させるべきだと思わないかい? そうすれば、皆これ以上マイナスのエネルギ-を発散しないよう心がけるかもしれないし、選択もできる。ただ黙って魔物に殺されるか、それとも自ら武器を持って立ち上がるか、をね」

「…………」

「いくら警察や軍隊が力を持とうが、全人類は守れない。自分の身は自分で守らなければ、誰も守ってはくれないんだよ。創造主様は、それを人類がパニックを起こさない範囲で実行なさろうとしておられるが、そんな必要がどこにある? 事前に魔物の存在を公にしておけば、パニックによる被害は避けられるはずだし、全人類が通力を覚醒させれば、たとえ魔物が復活しようと、被害は最小限に抑えられるはずなんだ」

「通力?」

「通力とは神通力、君たちが覚醒させた力のことだよ。それをクオリティと呼んでいるのは、創造主様がそう命名したからさ。さっきも言ったように、創造主様は重度のオタだからね。今まで誰もつけてなくて、それでいてそれっぽい名前を探した結果、クオリティに決定したというわけさ。実際、通力は己の魂の有り様が具現化したものだから、あながち的外れのネ-ミングというわけでもないしね」

「魂の有り様?」

「魂が欲し、追い求めているものということさ」

「てことは、なに?」


 朝霞は永遠長を指さした。


「こいつ、他人のことを散々必要ないみたいなこと言っといて、実は他人と繋がりたかったってこと? チョ-笑える!」


 朝霞は吹き出した。


「ちょっと違う。追い求めているということは、今までの人生で1番多く、そのことを意識し、考えてきたと言うことだ。永遠長君は他人のことを必要ないと考えている。だが、その結論に至るまでに、彼はずっと考え続けていたはずだ。人が繋がることの意味と必要性を。でなければ、たとえそれが否定であろうと、答えなど出せないだろう?」


 寺林は土門を見た。


「君たちだって同じことだ。土門君、君は自分の行動を振り返り、いつも後悔ばかりしてきたんだろう。あの日、あの時、あの場所に戻れれば、という悔恨の思い。それが「回帰」という力となって現れたんだ。そして禿君も、父親に反発し続けていたことが「反射」となって現れた」


 寺林は朝霞を見た。


「君だって、別に透明人間になりたいと思って、生きてきたわけじゃないだろう? 君の通力が「透過」な理由は、君自身が1番よくわかっているんじゃないのかい?」


 寺林にそう言われ、朝霞は口を引き結んだ。


「他の者も、心当たりがあるだろう? 要するに、クオリティとは君たちの心が生んだ力なんだよ」

「……話はわかったけど、全員が力を持ったらそれはそれで、それを悪用する人間が出てくるんじゃないの? そのせいで無用の犠牲が出たら、それこそ本末転倒じゃない」


 秋代が反論した。


「ああ、創造主様にも、そう言われたよ。それに魔物を野に放てば、無用の犠牲が出るからダメだともね。だが、大の虫を生かすためには、小の虫を殺すことを選ばなければならないときもあるんだ。今が、そのときなんだよ」

「それは、あなたの勝手な思い込みに過ぎない」


 土門は怒りを剥き出した。


「あなたの身勝手な独善のために、犠牲になっていい人間なんていない!」

「では、どうする? 私を殺すかい? やってみるがいい。ただし私に手を出せば、もっと大量の死人が出ることになるがね」

「え?」

「今、地球の主要都市の地下には、重力を自在に操るアイテムが埋められていてね」

「な?」

「そのことは各国首脳も、すでに承知している。だからこそ、どの国も私には手を出せないでいるんだよ。もっとも、凡百な人間が何人束になってかかってこようが、私の敵ではないけれどね」


 寺林は鼻で笑った。


「さあ、どうする? それでも私を攻撃するかい?」

「く……」

「フフッ、こういうとき、正義の味方はつらいね。他人の命がカセになって、身動きが取れなくなってしまう」

「この卑怯者が」


 秋代は吐き捨てた。


「卑怯者か。それは最高の誉め言葉だ。なにしろ、今の私は創造主様の意向に背いて、己の野望を成し遂げようとしている、邪悪な魔神なのだからね」


 寺林は不敵に笑った。


「では、これで私は失礼するが、君たちには期待しているよ。ぜひ、その正義感を持ち続けて、世界を守り続けてくれ。それが異世界ストアの、そして私の目的なのだからね」


 そう言って歩き去ろうとする寺林を、悔しいが、秋代たちは指を加えて見ていることしかできなかった。ただ1人、


「知らんし興味ない」


 永遠長を除いて。











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