第25話
永遠長に命の恩人と思い込ませて以降、朝霞は永遠長と良好な関係を築いていた。
命の恩人ということで永遠長に用心棒兼パシリをさせ、彼から10万円も引き出した。
これは、永遠長に「朝霞に借金している」と思い込ませた結果だったが、この成功によって永遠長をマイATM化した朝霞は、今日まで悠々自適な女王様生活を満喫してきたのだった。
その永遠長が、今日学校を病欠した。しかもメールで、自分にプリント類を持ってきてほしいという。
これは、それだけ永遠長が朝霞に心を許しているという証であり、朝霞にとっては永遠長にさらなる恩を売る絶好のチャンスだった。
ここで一気に畳み掛け、弱っている永遠長を落とす。なんなら既成事実の1つも作ってやれば、弱みを握られた永遠長は自分に逆らえなくなる。
もうすぐ永遠長を永遠の下僕にできる。
そう思うと朝霞の胸は躍り、足も弾むのだった。
そして永遠長のマンションに着いた朝霞は、永遠長宅のインタ-ホンを鳴らした。すると、
「わざわざ、すまないな。鍵は開いてるから、玄関に置いておいてくれ」
インタ-ホン越しに、永遠長の声が返ってきた。
最初から家に上がり込む気満々だった朝霞にとって、これは願ってもない展開だった。
「わかったわ」
朝霞は、これ幸いとドアを開けた。すると、玄関に永遠長が立っていた。
「起きてきて大丈夫なの、永遠長君?」
朝霞は心配そうに声をかけた。
「問題ない。体調が悪かったのは、新しい力を使い過ぎただけだからな」
「新しい力?」
朝霞は敏感に反応した。永遠長を下僕にできれば、その力も自動的に自分のものになる。どんな力か、知りたい欲求を抑えきれなかった。
「興味があるのか?」
「そりゃもちろん。わたしの彼氏の力なんだから」
朝霞は臆面もなく言った。
「……そうか。なら、おまえにも協力してもらうとしよう」
永遠長は朝霞の手を取った。すると、朝霞の全身に微弱な電流が駆け抜けた。
「なに? これ?」
突然襲われた気怠さに、朝霞はその場にへたり込んだ。
「説明は俺の部屋でしてやる」
永遠長は朝霞の体を抱き上げると、2階にある自分の部屋へと運びこんだ。
その間、朝霞は嫌がることもなく、むしろ自分から永遠長に身を委ねていた。だが、それは打算や下心からではなく、ただただ永遠長に触れられることが心地よかったからだった。
そして自分の部屋についた永遠長は、朝霞をベッドに置いた。
「あ……」
永遠長の手が離れた瞬間、朝霞は追いすがる目で永遠長を見た。もっともっと、永遠長に体に触れていてほしい。その気持ちが、体の奥から込み上げていた。
とにかく体が熱かった。それこそ服を着ていることが、我慢できないほどに。
「なに、これ? 永遠長君、一体わたしに何をしたの?」
朝霞は永遠長に微睡む目を向けた。
「これが新しい力の使い方だ」
永遠長は右手で朝霞の頬に触れた。
「ひう」
朝霞は頬から伝わる甘美な感覚に、思わず身を震わせた。まるで、自分の体が自分の物でないようだった。
「連結の力を使えば、俺は他人の力も使える。つまり、それは俺が他人と連結できるということを意味している」
永遠長は右手で、朝霞の頬から肩を撫で擦った。
「はん」
朝霞の口から、再び甘い声が漏れた。
「そして他人と連結できるのであれば、神経にも連結できるのではないか? と考えた」
「し、神経?」
「そうだ。そして神経に連結できるのであれば、味覚、嗅覚、聴覚、触覚といった五感も、自由に操作できるのではないか? と考えた」
永遠長は朝霞の背中を撫で擦った。
「あひいいい」
朝霞はベットにうつぶせると、襲い来る快感に身悶えた。
「そこで、おまえで試してみたというわけだ。その様子だと、うまくいったようだな」
永遠長は朝霞の尻を右手で撫でた。
「あん」
朝霞は自分から尻を突き出した。心とは裏腹に、朝霞の体は永遠長の手がもたらす快感を求めていた。
「もう、わかっているかも知れんが、今俺はおまえの触覚に干渉し、通常の何倍も敏感にしている」
永遠長は朝霞の尻を掴んだ。
「あひいいいい!」
朝霞は身をのけぞらせた。
「それこそ、全身が性感帯のようだろう」
永遠長は朝霞から手を離した。
「そ、そう、凄いわ、永遠長君」
永遠長の愛撫から解放された朝霞は、かろうじて残った理性で永遠長に微笑んだ。
「で、でも、それなら、もう十分でしょ。わたしを、元に戻して」
こんなことを続けられたら、身が持たない。そして永遠長は、彼女である自分の言葉を尊重してくれるはず。朝霞は、そう思っていた。しかし、
「何を言っている? 実験は、まだ始まったばかりだろうが」
永遠長は、朝霞の言葉など意に介さなかった。
「今のは、木葉の「増幅」の力で、触覚の感度を2倍に引き上げた程度だが」
永遠長の口から出た固有名詞に、
「え?」
朝霞は鼻白んだ。
「い、今、なんて?」
「感度を、さらに上げていけばどうなるか?」
永遠長は朝霞を無視して話を続けた。
「かといって、こんなことを赤の他人に頼むわけにはいかない」
永遠長は朝霞の頬を優しく撫でた。
「本当に、おまえがいてくれてよかった」
永遠長は朝霞に笑いかけた。それは、朝霞が今まで見たことのない、無機質で虚無な笑顔だった。
「ひ、ひい」
朝霞は、その場から逃げようとした。しかし永遠長の支配下にある朝霞の体は、彼女の意志に従わなかった。
「ま、待って。お願い」
朝霞は必死に懇願した。しかし永遠長は容赦なく、朝霞の首元を撫で擦った。
「だ、だめえええ!」
朝霞は身をのけぞらせ、そのままベッドに倒れ込んだ。
「だめ? 何が、だめなんだ?」
永遠長は小首を傾げた。
「何も問題はないだろう? なにしろ「俺たちは付き合っている」んだから」
永遠長はそう言うと、さらに朝霞の全身を撫で擦った。
「も、もう、やめて、お願い」
朝霞は涙ながらに訴えた。すると、
「そうだな、そろそろ終わりにしよう」
永遠長が言った。
「ほ、ほんと」
朝霞は喜びの涙を流した。
だが、その実、内心では、
甘い野郎だ。どうやって記憶を取り戻したか知らねえが、今度こそきっちり忘れさせてやる。あたしにこんな真似したこと、たっぷり後悔させてやるから覚えてやがれ。
と思っていたのだった。
しかし、そんな朝霞の淡い期待は、次の永遠長の一言で打ち砕かれることになった。
「ああ、それじゃ本番といこう」
「ほ、本番?」
朝霞は青ざめた。
「そうだ。神経の機能が倍加されているということは、他の感覚も同じだけ倍加されているということだ。たとえば痛覚、とかな」
「え?」
朝霞は一瞬思考停止した後、
「い、嫌、嫌、嫌」
必死に永遠長から遠ざかろうとした。
「嫌? 何を嫌がることがあるんだ? 何も問題はないだろう? なにしろ「俺たちは付き合っている」んだから」
永遠長の手が、再び朝霞へと伸びた。
「嫌、やめて、今そんなことされたら、わたし」
朝霞は、なんとか逃げようと足掻いたが、すべては無駄な努力だった。そして、
「い、嫌ああああ!」
永遠長の実験は朝霞が動かなくなるまで続いたのだった。




