第220話
ヴィラの命の火が消えると同時に、斥候らしき気配も消えた。その動きにハクは気づいていたが、
「…………」
追いかけることなく音和に歩み寄った。すると、音和はスヤスヤ眠っていた。しかし、これは音和が呑気なのではなく、ハクの魔法によるものだった。ヴィラとの戦闘中に、もし音和が目を覚ますと面倒だと。
だが、それも終わった。
ハクは音和たちにかけた魔法を解除すると、音和の顔を軽く押した。すると、
「ん……」
音和は目を覚ましかけたが、また寝入ってしまった。2度、3度と繰り返すも結果は変わらず、
「…………」
面倒になったハクは音和の横っ腹を蹴り飛ばした。自分で眠らせておいて理不尽極まりなかったが、
「ふげ!?」
民家まで蹴り転がされた音和は、壁に激突した衝撃で目を覚ました。
「なななな!?」
音和は何事かと周囲を見回してから、
「そうだ!」
自分の身に起きたことを思い出した。
「みんなは!?」
音和は多知川たちの姿を探した。すると、倒れている多知川と咲来に続き、
「あ……」
ヴィラの首を発見した。
「……君が倒してくれたの?」
音和が尋ねると、ハクはうなずいた。
「そうか。ありがとう。結局、また君に頼っちゃったね」
音和は苦笑した。それは何もできなかった、無力な自分への自虐だったが、
「て」
今はそんな悠長なことを考えている場合ではなかった。
音和は急いで多知川と咲来の様子を確かめた。見ると、2人とも眠っているだけで、ナイフで刺された傷も消えていた。
「そういえば……」
自分もヴィラに首を切られたはず。
音和は自分の首を触ってみた。すると、やはり傷はおろか傷跡さえ残っていなかった。
「これも君が?」
音和がハクに尋ねると、ハクはヴィラの首を指差した。これは事実ではなかったが、真っ赤な嘘というわけでもなかった。というのも、音和たちが倒れた後、ハクはヴィラのジョブスキルである「アンデッド化」を音和たちにかけていたからだった。
デスマスターの「アンデッド化」にはアンデッド化を解除した後、自身についていた傷を全回復させる能力がある。ハクは、この効果を利用して音和たちを助けたのだった。
「……そうか」
音和は、あっさり納得した。自分が気絶している間に何があったのか。本当のところはわからない。だが、何もできず、ただ気を失ってしまった自分に、あれこれハクを詮索する資格はないと思ったのだった。
「ふあ」
そこで多知川が目覚め、
「う…ん…」
数秒遅れで咲来も目を覚ました。
「よかった。2人とも目を覚ましたんだね」
音和が声を掛けると、
「あの女は!?」
多知川は周囲に視線を走らせた。
「死んだよ」
音和はヴィラの首に視線を向けた。
「……君が殺ったのかい?」
尋ねる多知川に、音和は静かに首を横に振った。
「そうか。じゃあ」
多知川はハクを一瞥した後、
「できればボクの手で息の根を止めてやりたかったんだけど、まあ結果オーライってことで良しとしておこう」
未練を吹っ切った。
「いやいやいや」
音和は思わずツッコんだ。
「そこは、死んでしまった彼女の死を悼み、冥福を祈るとこだろ」
「はあ? 何言ってるのさ、君は? こいつは人違いで君を呪い殺そうとしたうえ、人違いだってわかった後も謝罪1つすることもなく、口封じしようとしたんだよ? 死んでザマーと思いこそすれ、気に病む必要がどこにあってのさ?」
「い、いや、まあ、そうなんだけど」
ミもフタもなかった。
「いいかい、音和君。人間てやつはね。怒るべきときに怒らないと、相手を付け上がらせるだけなんだよ。付け上がって何様かと勘違いした人間がどうなるかは、平家や大日本帝国を見ればわかるだろ」
多知川に言わせれば、調子こいてる人間に身の程を思い知らせるのは、むしろ相手のためなのだった。
「確かに一理あるけど、それで殺しちゃったら元も子もないよね?」
死んでしまったら、反省もくそもない。
多知川はフーと息を吐いた後、ヤレヤレというように首を横に振った。
「君にいいことを教えてあげるよ、音和君」
多知川は音和を指差した。
「それはそれ。これはこれ。それを実践するのが大人というものなんだ。よく覚えておくんだね」
心底そう思っているらしき多知川に、
「それって、単なるご都合主義だよね?」
マジでタチが悪い。
音和は改めて思った。
「てか、そんなくだらない感傷に浸ってる暇があったら、他にやることがあるんじゃないのかい?」
「他に?」
「そうだよ。十倉さんたちが閉じ込められた例の棺桶。アレを破壊するほうが先だろ」
多知川は教会へと踏み込み、
「あ、そうだった」
音和と咲来も多知川に続いた。そして教会の奥に2つの棺桶を見つけた多知川が、棺桶をマジックケースに収納する。
「壊すんじゃないの、それ?」
音和が尋ねると、
「壊すよ。この村を出てからね」
多知川は淡々と答えた。
「じゃ、用も済んだし、さっさと村を出るよ」
多知川は足早に歩き出した。
「え!? でも、まだ、この村の人たちが」
音和としては、せめて埋葬ぐらいしてあげようと思っていたのだった。
「そんな暇ないよ。君たちも見たろ。今、この村にはペスト菌がウジャウジャいるんだ。そして、もしかしたら今ボクたちが吸っている空気の中にもね」
「ええ!?」
音和と咲来は思わず口を手で押さえた。
「ペストをナメちゃダメだよ。外国じゃ、ペストで死んだ人間の埋葬中に、その墓堀人がペストで死んだ。なんていう逸話まであるぐらいなんだからね」
空気感染する肺ペストの場合、感染から2、3日後に発病するのが通例だが、12時間から15時間で発病する例もある。そして治療をしなければ24時間以内に死亡してしまうのだった。
「わかったら、さっさと村を出るよ」
コクコク。
音和と咲来は口を手で押さえたまま、多知川とともに村を離れた。
「ふう、ここまでくれば大丈夫かな」
村から2キロほど離れたところで、多知川は足を止めた。
「君たち、替えの服は持ってるよね?」
「も、持ってるけど?」
「わたしもです」
「だったら、今すぐ服を脱いで着替え、いや、その前に地球に戻って、お風呂で体を洗い流すんだ」
「ええ!? ここで!?」
音和と咲来が同時に赤面する。
「何考えてんだよ。当然、離れた場所でだよ。そして脱いだ服は、その場で焼却するんだ。服にもペスト菌に感染したノミがついてるかもしれないから」
「わ、わかった」
「わかりました」
音和と咲来は神妙な顔でうなずくと、多知川の指示に従った。そして地球に帰還した音和たちは、シャワーで全身の汚れを落としながらヴィラとの戦いを振り返っていた。
もっとも、その感想は三者三様で、
音和は、
そういえば、俺もう呪い解けたんだよね?
だから、もう戦う理由はないわけで……。
元々俺は永遠長と間違われて、巻き込まれただけなんだし。
けど、このまま放っとくのも……。
でも、それで死んだらバカだし。
あ、でも呪いは解けたんだから、もうマジで死ぬ心配はないのか。
いや、あの棺桶、はともかく、ナイフがあるから一緒か。
もしかしたら、他にも同じようなアイテムがあるかもしれないし。
それに、今回はハクが助けてくれたけど、もしまた同じようなことになったら、俺は……。
答えのない迷路を彷徨い、
咲来は、
ペストをバラまくなんて許せない。
絶対に止めないと。
でも、何もできなかった。
そんなわたしが、このままついて行っていいのかな。
また足手まといになったら。
わたしのクオリティが、せめてもう少し戦闘向きだったらなあ。
正義感と無力感の間を彷徨い、
多知川は、
何が真っ平らだ。
これでもBはあるんだ。
マジでムカつく。
あー、ボクの手で殺りたかった。
せめて頭だけでも蹴飛ばしてくるんだった。
でも、ますます面白くなってきたねえ。
この情報、トラキルに売ったらいくらになるかな?
いっそ、近隣諸国全部に教えて回ったら。
いや、ダメか。そんなことしたら、下手をするとメフリスと同じ真似をしようって国が出かねない。中世レベルの王侯貴族は、ペストのヤバさなんて理解してないだろうし。
下手をすると、大陸全土を巻き込んだパンデミックに発展しかねない。
そんなことになったら、商売あがったりだ。
くそ。これが、やられてるのが地球人側だったら、喜んで高みの見物を決め込んでるんだけど。
無念と私欲の間を彷徨っていた。
そして30分後、再びディサースに舞い戻った音和たちは、まず棺桶の破壊に取り掛かった。しかし、棺桶は叩こうと蹴ろうと燃やそうとビクともせず、
「カオスブレイド!」
最後は漆黒の刃を1台に5発ほど撃ち込んで、なんとか、かろうじて、やっとのことでバラバラにしたのだった。
「あー、疲れた」
音和は、その場にへたり込んだ。
「頑丈だったねえ。ま、君の攻撃がヘタレってのもあるけど」
多知川が皮肉り、
「へーへー、どうせ俺はヘタレですよ」
音和は疲れた息を吐いた。
「ま、冗談はともかく、そんなに簡単に壊れたんじゃ意味がないってことなんだろうね」
破壊しやすいということは、それだけ復活しやすいということでもある。木ぐらいの強度なら、造るのは簡単だが壊すことも容易い。その場合、もし閉じ込められたのが屈強な戦士系なら、死ぬ前に棺桶を破壊される可能性も出てくる。この頑丈さは、棺桶の製作者の有能さの証明であるとともに「閉じ込めた者を2度とディサースに来させない」という強固な意思の表れでもあった。
「ま、とりあえず壊せたし、もう2人を呼んでも大丈夫そうだね」
「さっそくメールします」
咲来は十倉と安住に、異世界ナビからメールを送った。すると間もなく、
「ふっかーつ!」
「カンバックなの、デス」
安住と十倉が棺桶の上に出現した。
「里帆ちゃん! 澄香ちゃん! よかったー!」
「おお、美海、世話かけたな」
「お手数をおかけしたの、デス」
「ガールズマジシャン」の3人が再会を喜ぶ横で、
「どゆこと?」
音和は小首を傾げていた。音和は、てっきり安住と十倉は殺されたダンジョンで復活するものとばかり思っていたのだった。
「棺桶の中で死んだ者は、棺桶の中で復活するって言ってたろ。それって、つまり棺桶が破壊されるまで、プレイヤーの死亡地点は「棺桶がある場所」と異世界ナビには認識されてたってことだろ」
そして、その棺桶が破壊された時点で、死亡地点は棺桶が破壊された場所と異世界ナビに認識された。
「つまり、この棺桶には破壊された後も「ここが棺桶内で死亡した人間が復活する場所」と異世界ナビに認識させる、なんらかの力が働いてるってことか。でも、それって次に死んだときも、ここで復活するってことなんじゃない?」
それだけならまだしも、もし多知川の仮説が正しい場合、棺桶の残骸を埋めたり海に捨てた場合、土の中や海底で復活してしまうことになる。
「それは、あくまでも棺桶の中で死んだ場合の話だろ。まあ、棺桶の仕組みが解明できてない以上、断言はできないけど」
試しに別の場所で死んでみればハッキリするが、そのために死ねと言うわけにもいかない。とりあえず下手なところに捨てられないように、マジックケースに入れておくのが無難だった。
「これが、どういう仕組みでできてるか、調べる必要もあるしね」
多知川は棺桶の残骸をマジックケースに収納した。
「まさか調べた後、それを量産して売り出そうとか考えてないよね?」
音和の不安を、
「そんなわけないだろ」
多知川は一蹴した。こんなものが出回ったら、それこそ街もオチオチ歩けなくなる。
「誰が造ったか知らないけど、制作者が製造を止めればよし。もし、そうじゃなければ、その制作者を棺桶に叩き込んで、2度とディサースに来れなくしてやるつもりだよ」
本当にやりそうだから始末が悪かった。
「なんにせよ、合流する手間が省けたんだから結構なことだよ」
感動の再会を咲来たちが済ませたところで、多知川は今日起きたことを十倉と安住に説明した。
「フザケやがって!」
「外道、許すまじ! デス!」
事の顛末を聞き、安住と十倉は憤慨した。
「で、これからのことなんだけど」
多知川は話を今後の方針に移した。
「今ボクたちの取れる方法は4つある」
1つは、このことを異世界ギルドにメールして、後は運営に任せる。
2つ目は、このことをトラキルに知らせて対処させる。
3つ目は、自分たちがメフリスに向かい、自分たちの手で解決する。
4つ目は、これ以上、この件には関わらず、見て見ぬふりをする。
「てか、もう異世界ギルドには知らせちゃったから、正確には異世界ギルドに知らせた上で、自分たちも動く、だね」
多知川が補足したところで、
「知らせたの!?」
音和が思わず声を上げた。
「ま、まさか、俺のことも」
「言ってないよ。メールしたのは、あくまでもメフリスが地球人と結託してトラキルにペストをバラまこうとしてるってことだけさ」
それさえも必要なかったかもしれないけどね。
多知川はハクを一瞥した。
「よかった」
音和は、ホッと胸を撫で下ろした。
「君たちに相談してから、とも思ったんだけど、ペストとなると、事はもうボクたちだけの問題じゃないからね」
事が事だけに、影響はディサース全土、下手をすると地球にまで及ぶ危険性さえあるのだった。
「それに、あの村についても処置は早いほうがいいしね」
「処置?」
「ペストって、北米とかには根強く残ってるんだけど、アレってさ、人間以外のリスやプレイリードッグにも感染しちゃったことが原因なんだよ」
広大な森や山にいるリスやプレイリードッグを、1匹残らず駆除することなど不可能だから。
「そして、それはこの村でも言える。あの女がペスト菌をバラまいたのが君と会った後だとすると、約3週間。その間、この村は他との交流を絶たれていたし、この周辺の動物たちの活動範囲も、この周辺に限られるはず。つまり、今のうちにリセットすれば、根絶できる可能性が高いんだよ」
「リセット?」
「ほら、ちょっと前にモスをリセットするって、お知らせがあったろ」
「そういえば……」
「あれは、バカなアメリカ人がモスにチョッカイ出したからで、その意味で今回も同じと言える。だから、あの村のことを知らせれば、早急に永遠長君が対処してくれると踏んだんだよ」
「それって、うまくすると、あの村の人たちが生き返るってこと?」
そしてヴィラも。
「そういうこと。永遠長君の婚約者のジョブは「アバタール」で「アバタール」には人間を生き返らせるジョブスキルがあるらしいしね」
「アバタールって、あのスペシャルシークレットジョブって言われてる? マジであったんだ、アレ」
「そうみたいだよ。もっとも、スペシャルシークレットジョブになるには、素材が10万個必要だって話だけど」
「10万個!?」
音和と「ガールズマジシャン」の声が重なる。
「そんな数、どうやって集めたんだ?」
1日に100個集めたとしても3年近くかかる計算になる。
「さあ、実際「アバタール」になったんだから、なんとかして集めたんだろ。永遠長君は永遠長君で「オーバーロード」をゲットしてて、嘘かホントか、その力で四大天使に勝ったそうだし」
「四大天使!?」
それは咲来たちも知らない情報だった。
「そ。あの村の人たちを埋葬しなかったのも、感染する可能性があったってこともあったけど、もしリセットされたら埋葬し損だったからだよ」
「な、なるほど」
「まあ、それはそれとして、これからどうするかだけど」
多知川は話を本筋に戻した。
「3しかねえだろ」
安住が即決し、
「デス」
十倉も同意する。
「いいのかい? そんなに簡単に決めて。これ以上関わると、本当に死ぬかもしれないよ? 相手は、こっちを本当に殺せる手段を持ってるんだからね」
「死ぬのが怖くて生きてられるか!」
安住が勇ましく言い放ち、十倉も大きくうなずく。
「君たちはどうだい?」
多知川は音和と咲来を見た。
「君たち、ボクもだけど、ボクたちには別の意味でリスクがある」
「リスク?」
音和と咲来は顔を見合わせた。
「ペストの潜伏期間だよ」
ペストに感染した場合、最短12時間で死に至る。今症状が現れていなくても、感染した可能性がある以上、発症するリスクが常につきまとう。
「今すぐ病院に行って、然るべき処置を受ければ確実に助かる」
だが、その場合1週間の入院を要し、その間にペスト菌がバラまかれてしまう恐れがある。
「永遠長君に知らせた時点で、メフリスの計画は潰えたと言っていい。何も命を懸けてまで、ボクたちが動く必要なんてないんだよ」
それを承知で動いた挙げ句、ペストが発症して死んだら、それこそバカ以外の何物でもない。
「……確かに、永遠長さんに任せておけば大丈夫かもしれないし、わたしが行っても何もできないかもしれないけど」
咲来は両手を握りしめた。
「それが、わたしが何もしなくていい理由にはならないと思うから」
咲来が毅然と答え、
「…………」
皆の視線が最後の1人に集まる。
「も、もちろん、俺も行くよ」
音和は、ぎこちなく答えた。
「……いかにも仕方なくって感じだね」
多知川はジト目で聞き返した。咲来の決意を聞いた後だと、いっそう嘘臭く感じるのだった。
「そりゃ、何もせずに済めば、それに越したことはないよ。この年で死にたくないし」
しかし、できることをやらずに後で後悔するほうが、もっと嫌なのだった。
「それに、よその世界に迷惑をかけない。地球人の問題は地球人が解決する。それが異世界にお邪魔させてもらってる地球人の、最低限のマナーだろ」
3大ギルドが暴れているとき、できれば音和も止めたかった。だが、それができるだけの力も覚悟も、あのときの音和にはなかったのだった。
音和の意気に、
「はい!」
「おう!」
「デス!」
咲来、安住、十倉が賛同する。そんな4人を横目に、多知川は話を進める。
「じゃ、全員一致で計画阻止に動くとして、当面はメフリスの王都を目指すってことでいいかい? できればペストを量産している施設を叩きに行きたいんだけど、場所がわからないからね」
ペストの性質上、量産はペスト菌が拡散しても被害を最小限に抑えられる場所で造っている可能性が高い。そしてペストの知識を伝えた地球人も、そこにいるはずだった。ペストの知識に乏しい現地人を指揮し、パンデミックを引き起こさせないために。
「いいじゃねえか。戦じゃ、大将首を取ったモン勝ちって、昔から決まってんだからよ」
安住が右拳で左手を叩いた。今から腕が鳴るというものだった。
「まあ、そうなんだけど、今回の場合、その大将首がペストを教えた地球人なんだよ」
確かにメフリス王の首を取れば、メフリスの計画は阻止できるかもしれない。だが、その場合、黒幕である地球人は逃げおおせ、また別の国で同じことをする可能性がある。なので、この問題を根治するためには、黒幕である地球人の身柄を押さえるか。せめて、正体を突き止める必要があるのだった。
「そんなもん、王をフン捕まえて吐かせりゃいいだけじゃねえか」
「その黒幕が、王に本当のことを話していればね」
多知川が黒幕なら、まず話さない。話したところで、なんの得もないから。
「それに、ボクたちが王都に着いたときには、もう計画が始動している可能性もある。それを防ぐためにも、先に現物を抑えときたかったんだけどね」
「それなら問題ない。とは言えないけど、それ込みでも王都に向かって正解だと思うけど」
音和が何気なく言った。
「その心は?」
「メフリスの連中は、ペストをバラまこうとしてるんだろ? だったら、アレも当然用意してるはずだからだよ」
「アレ?」
「治療薬だよ」
ペスト菌は、それだけでは兵器たり得ない。
ペスト菌を兵器たらしめるためには、その治療薬も同時に生成しる必要がある。でなければ、万が一パンデミックが発生した場合、自分たちの身も危うくなる。それを避けるためには、万が一パンデミックが発生した場合でも沈静化できるだけの治療薬を生成し、それを保存しておく必要があるのだった。事実、さっきの戦いでも、ヴィラがそれらしき物の存在を口にしていた。
音和の指摘に、多知川は目を瞬かせた。音和に言われるまで、そのことを勘定に入れてなかったのだった。
「そして、この場合、作った治療薬をどこで管理するかといえば」
「王都だね」
王自身が万が一にもペストで死なないために。
「そういうこと。だから、もし王都に着いたときに、もう計画が始まってたとしても、その治療薬をブン取って感染者に与える事ができれば被害は最小限に抑えることができるだろうし、治療薬がなくなれば、王だって死にたくないだろうから、新しい治療薬ができるまで計画を中止するはずだ」
ペスト菌の治療薬が、もし地球から搬入させているなら、またすぐ搬入し直せば済んでしまう。しかし今回の場合、ヴィラはあの村でペストの人体実験を行った。
「それって、その地球人には地球からディサースに来ることはできても、物資を輸送する方法は持ってなかったってことだろ。なら当然、ペストの治療薬も現地で調達しなきゃならなかったはずだから、もし俺たちでその治療薬を抑えることができたら、また治療薬ができるまで計画は中止しなきゃならないってことさ」
もっとも、これは安直な考えで、もしかすると地球のペスト菌はディサース人にも感染症を引き起こすのか。それを、地球から持ち込んだペスト菌で試してみただけなのかもしれない。だが、どちらにしろメフリスの王都に治療薬がある可能性は高く、それを入手できればメフリスに対する、ひいてはメフリスを裏で操る黒幕に対する牽制になるかもしれないのだった。
「なるほどね」
もし治療薬のストックがあるとしても、それには限度があるだろう。もし、こちらが治療薬を処分もしくは横取りし続ければ、支配階級はビビッて計画を中断する可能性も出てくるだろうし、少なくとも時間を稼ぐことはできる。
「でもその場合、最悪王都にいる全兵を相手取ることになるし、その中には当然あのデスマスターか、それ以上のクラスもいる。特にメフリス最強と謳われる将軍である「フレイムカイザー」のヴァレル・ファラディンと、その副官である「モンスターロード」のアベルダ・キノン。それと3巨将と呼ばれる「ミラーナイト」のプロペリアン・マルファ、「マジックナイト」のイアン・ランデール。それと「レジェンドナイト」のオーギスト・ベルナーダは強いって評判だから、肝に銘じておくんだね」
永遠長クラスとはいかなくても、せめて全員がシークレットであれば話も違ってくるのだが。
「フレイムカイザーって、確か「天」のギルマスが使ってたジョブだよね?」
3大ギルドのギルドマスターのジョブは、それぞれ「天」が炎のフレイムカイザー、「USA」が雷のライトニングエンペラー、「EUファミリア」が氷のブリザードキングと、全員なんらかの属性を帯びたジョブだったので、記憶に残っているのだった。
「そう。戦士系のフレイムソルジャーのように自身が炎化することこそできないけど、炎の中でもヘッチャラで、炎を自在に操れる上、フレイムカイザーが繰り出す青き炎は、使い手が敵と認識した者のみを滅するうえ、その中でならフレイムカイザーは転移仕放題っていう、対戦相手からしてみたら超メンド臭いジョブだよ。ま、どこでも雷の速さで移動できるライトニングエンペラーよりマシといえばマシだけどね」
「あと、モンスターロードって聞いたことないジョブなんだけど?」
「モンスターロードは召喚士の進化系だよ。できることは召喚士とほぼ同じだけど、モンスターロードの場合、召喚士のレベルに応じて召喚したモンスターをパワーアップできる上、特定の能力を付与することもできる。たとえば飛行能力とかね」
「なるほど」
「残る問題は移動法だけど、誰かメフリスまで転移できる人はいるかい?」
多知川の問いに、周囲の反応は鈍かった。転移するためには、その場所を明確に記憶していなければならない。だが音和も「ガールズマジシャン」も、メフリスに行ったことこそあれ、そこまでの交流はなかったのだった。
「じゃあ、仕方ないね。馬車、はペストが感染する可能性があるし、かといって歩いて行ったんじゃ時間がかかり過ぎる。時間を考えると、ここは飛んで行くしかないね」
幸い、自分も音和もサクサルリスの「翼」があるし、咲来たちは飛行魔法を使える。
「飛ぶ!? でも俺、鎧と服が」
「鎧はマジックケースに入れて、服に切れ目を入れれば翼は出せるだろ」
多知川は非常事態に備えて、すべての服の背中に切れ目を入れてあるのだった。
「な、なるほど」
音和はカオスアーマーを脱ぐと、マジックケースに収納した。次に上着を脱ぐと、翼が生えてくる背中部分にナイフで切り目を入れた。
「これでよし、と」
音和の上着を着直すと、背中から「翼」を出した。
「この前も思ったけど、いいですよね、それ」
咲来は羨望の眼差しを音和の翼に向けた。
「いや、そんないいもんじゃないよ、これ」
「えー、でも翼で自由に空を飛ぶってロマンじゃないですか」
「いや、重いし疲れるし。普通の服や鎧を着てたら、つっかえて出せないし」
「そうなんですか?」
「うん。この世界の「ウイングソルジャー」や「精霊王」なんかは、服の上から翼が出せるみたいだけど」
もっとも「精霊王」はスペシャルシークレットジョブのため、音和も見たことはないのだが。
「ほら、無駄口叩いてないで、準備ができたなら行くよ」
多知川が促し、
「へいへい」
音和はハクを抱き上げた。そして音和と多知川は「翼」の力で、咲来たち「ガールズマジシャン」は飛翔魔法によって空へと飛び上がる。
「そういえば」
5分ほど飛んだところで、咲来はあることを思い出した。
「前に言ってたヤボ用は済んだわけだし、一緒にパーティを組むって話、オーケーってことでいいですか?」
「え? ああ、そういえば」
言われて音和も、保留にしていた約束を思い出した。
「いいよ。別にパーティを組んだからって、作戦に支障をきたすわけじゃないし」
音和に続き、
「ボクもかまわないよ」
多知川も了承する。
「そうなると、後はパーティ名ですね。音和さんがいるのに「ガールズマジシャン」じゃ変ですから」
「確かにね。こんなヘタレでも、一応男だし」
多知川が、さらっと毒を吐く。
「じゃあ、新しいパーティ名、皆で考えようぜ。どうせ飛んでる間、することなくて暇だしよ」
安住の考えに異論は出ず、皆で知恵を出し合うことになった。
「問題は、なんにするかだな」
安住は腕を組んで考え込んだ。
「そうなのデス。「ガールズマジシャン」のときも苦労したのデス」
「本当なら「マジックガールズ」にしたかったんだけど、もう使われちゃってたんだよね」
咲来は苦笑した。
ディサースの命運をかけた戦いに行こうってときに、考えることが新しいパーティ名って……。
音和は緊張感ないなあと思うとともに、
まあ、この娘たちらしいか。それに、無駄に悲壮感漂わせてても疲れるだけだしね。
これが、この娘たちの強さの秘訣なんだろうなと感心していた。
でも、これでパーティ名が決まったら、アレを手放さなきゃなんないんだよな。
そう思うと、名残惜しくもあった。
いっそ、俺は一緒に行動するだけでパーティには入らずに。て、わけにはいかないよね。まあ、いいか。どうせ、長らくボッチギルドの代名詞でしかなかったわけだし、アレも誰か他のパーティに使われたほうが、日の目を見られていいかもしれないし。
音和は未練を断ち切った。
「シンプルイズベストで、それでいて誰も考えつかないオンリーワンの名前がいいのデス」
「出たな、オンリーワン。でもよ、あるのかよ、そんなネーミング?」
現在、異世界ギルドのプレイヤー数は20万人を超えており、誰もが考えつくようなギルド名は粗方出尽くしているのだった。
「えーと」
「むー」
「うーん」
咲来たちが長考に入るのを見て、
「だったら、ボクにいいアイディアがあるよ」
多知川が笑顔で言ったが、
「へえ、どんな?」
音和は嫌な予感しかしなかった。
「そうだね。ストックしてたアイディアとしては「パンデモニウム」「天中殺」」
案の定、多知川の口から出てきたネーミングは不穏なものばかりだった。
「「夜露死苦」「支離滅裂」「弱肉強食」「因果応報」「不倶戴天」「活殺自在」「阿鼻叫喚の地獄絵図」」
「なんで、そんなオドロオドロシイものばかりなんだよ! そんなのにするなら、まだ俺のパーティ名のほうがマシだよ!」
音和は思わず叫んでから、
「あ……」
口に手を当てた。
「君のパーティ名?」
多知川の好奇心という名の触手がピクピクと動いた。
「どんなパーティ名なんだい? ぜひ聞きたいねえ」
多知川はニヤケ眼で音和に詰め寄った。
「てゆーか、君ずっとソロ活動してんだよね? なのにパーティ名を持ってるってことは、個人としてだけでなくパーティとしてもソロ活動してたってことかい? パーティ名を登録するだけ登録して、いつか誰かとパーティを組む日を夢見ながら、1人悲しくボッチ街道をひた走ってたわけだね」
多知川はしみじみと言い、わざとらしく涙を拭う仕草をした。
「くっ」
こういうツッコミを入れられるのが嫌だから、音和は黙っていたのだった。
「そ、そんなんじゃないよ。ただ、もし自分が誰かとパーティを組むとしたら、どんな名前にするかなーって考えた時期があって、そのとき「これだ!」って言うのを見つけたから登録しといたんだよ。さっき君たちが話してた通り、ここのパーティ名って早いモン勝ちで、登録しとかないと他の誰かに使われちゃうから」
「へえ。そう聞くと、ますます興味がわいてきたよ。そこまで言うからには、さぞいい名前なんだろうねえ。なんて名前なんだい?」
多知川が意地悪く問い詰める。
「ノー、ノーコメント」
名前を言って、またぞろ多知川にからかわれるのは真っ平ごめんだった。
「そんなこと言って、本当は中二病的なネーミングセンスでつけた、物凄く痛いネーミングなもんで、恥ずかしくて言えないんじゃないのかい?」
多知川はニヤケ眼でほくそ笑んだ。
マジでタチが悪い。
ますます黙秘権を行使する決意を固める音和に、
「フッフッフ」
多知川は異世界ナビを突きつけた。
「知ってるかい? コレのギルド欄にはね、ギルド名の検索機能の他に、個人名を書き込んだら、その人物が所属しているギルドを検索する機能もあるんだよ」
「ぐっ」
そのことは音和も知っていたが、あえて黙っていたのだった。
「つまり、これに君の名前を書き込んで検索すれば、どんなに君が拒もうと君のギルド名は白日のもとにさらされるというわけなのさ」
ドヤ顔で得意がる多知川に、音和は「タチが悪い。タチが悪い。タチが悪い」と内心で罵りつつ、
「わかった。言うよ」
あきらめの息をついた。
「最初から、素直にそう言えばいいんだよ」
多知川は勝ち誇りつつ、異世界ナビを懐にしまった。
誰のせいで言いたくないと思ってるんだ。
音和は憤りつつも、言うだけ無駄なので口には出さなかった。
「で? なんて名前なんだい?」
多知川が、変なネーミングだったら大笑いしてやろうと身構えるなか、
「パラダイムシフト」
音和は渋々口に出した。
「パラ、どういう意味だ?」
安住は小首を傾げた。
「パラダイムシフトとは、今までの概念から脱却して、物事を新しい次元へと移行する。里帆氏にわかりやすく言うと「革命」「改革」「レボリューション」のことデス」
十倉が説明すると、
「へえ、なんかいいじゃん、それ。チャレンジャーって感じでよ」
安住も食いつき、
「悪くないね」
「わたしも賛成!」
「まさにオンリーワンなのデス」
多知川たちも賛成した。
「じゃ、全員一致で、わたしたちの新しいパーティ名は「パラダイムシフト」で決定ってことでいいかな?」
咲来の最終確認に、
「おう!」
「異議なしデス」
「オーケー」
「君たちが、それでいいなら」
誰からも異論は出ず、咲来たちの新しいギルド名は「パラダイムシフト」に決定した。まではよかったのだが……。
「そうなると、後はギルドマスターですけど」
咲来は音和を見た。
「音和さんってことで、いいですよね?」
「はい?」
音和にとっては想定外の無茶振りだったが、
「だな」
「異議なしデス」
「当然だね」
またまた全会一致で了承されてしまった。
「いやいやいやいや」
音和は全力で否定した。
「人柄ってことなら咲来さん、判断力で選ぶなら500万歩譲って多知川さんが適任だろ」
カリスマ性で言えば咲来。実務能力なら多知川。
音和は、そう思っていたのだった。
「どうして500万歩も譲られなきゃならないのかは置いとくとして、そういう細かい作業は、むしろサブリーダーの仕事だと思うけどね」
「いや、まあ、それはそうかもしれないけど」
音和は口ごもった。音和としては、なんの責任もないモブとして、のほほーんとしているのが理想なのだった。
「そもそも君のギルドなんだし、男子は君しかいないんだから、君以上の適任者はいないだろ」
「そうですよ」
咲来も音和を推す。
「それとも何かい? 君、男のくせに女子を矢面に立たせようってのかい? 面倒事を女子に押し付けて?」
多知川に内心を見透かされ、
「う……」
音和は絶句した。
「わかった。やるよ。でも、やりたい人がいたら、いつでも言ってね。いつでも代わるから」
音和は覚悟を決めると、渋々と、本当に渋々ギルドマスターを引き受けたのだった。
そして5回ほどの休憩を挟み、夕方まで飛行を続けた音和たちは、
「今日はここまでだね」
山間に見つけた泉のほとりに降り立った。
「で、問題は、どうやって休むかなんだけど」
「え? ここで野宿するんじゃないんですか?」
咲来は、そのつもりでいたのだった。
「普通ならね。でも、ほら、今はいつ襲撃されるかわからないだろ」
ヴィラは倒したが、大元のメフリス王国が倒れたわけではない。もしメフリス王が今日のことを知って、音和たちを計画の障害になると判断した場合、刺客を差し向ける可能性がある。加えてペストに感染している可能性もあるため、人との接触は極力控えたほうがいい。ならば、夜の間だけ地球に戻ればいい。そうすれば襲撃やディサース人へのペストの感染リスクを回避することができる。
それが音和の考えだった。
「問題は、もし本当にペストに罹ってた場合、家の人に移すリスクがあるってこと」
そのため、もし万が一にも家族を感染させたくなければ、ここで野宿するほうが安全ではある。
「けど、地球で休んだ場合、ヤバいと思ったら、いつでも救急車を呼べるっていうメリットがある。だから俺としては、夜は地球に帰って、明日の朝集合するほうがデメリットが少ないと思ってる。でも万が一、君たちが家に帰ったせいで誰かに移してしまったとしても責任を取れない。だから、どうするか。最後は、君たち自身で決めてほしい」
「なら、わたしはここで野宿します」
咲来が即答し、
「あたしもだ」
「ワタシもデス」
安住と十倉も賛同した。
「ボクも残るよ。もしペストが発症したとしても、ここでなら復活チケットの力で完治するかもしれないからね」
この多知川の意見が決め手となり、今夜は野宿することで決定した。
見張り番はジャンケンの結果、最初が多知川、次に音和、咲来、十倉、安住が2時間交代で行う事となった。
そして、音和が多知川から見張りを引き継いだ直後、咲来が天幕から起き出してきた。
交代にはまだ早いし、トイレかな?
音和がそう思っていると、咲来は音和に近づいてきた。
「どうしたの? まだ交代には早いと思うけど」
「その、眠れなくて」
「え? もしかして、体に何か?」
ペストが発症したのかと身構える音和に、
「い、いえ、そうじゃなくて」
紛らわしいことを言ってしまったことに気づいて、咲来は恥じ入った。
「目を閉じたら、今日のことが思い出されてきて、何もできなかった無力感が込み上げてきて、こんなわたしがこのまま音和さんたちについて行っていいのかな? また足手まといになるだけなんじゃって思ったら、眠れなくなっちゃって」
咲来は本音を吐露した。
「えー? それを言ったら君たちを巻き込んだうえ、殺すの殺さないのでウジウジ悩んだ挙げ句、返り討ちに遭っちゃった俺のほうが、よっぽど役立たずなだけじゃなくて、疫病神だと思うんだけど?」
音和の口から乾いた笑い声が漏れ出た。
「せっかく、せっせとレベルアップしたのに、全部無駄に終わったわけだし」
音和は言ってて悲しくなってきた。考えると挫けそうになるから、今までは考えないようにしていたのだった。
「そ、そんなことないですよ!」
咲来は思わず声を上げてから、真夜中であることを思い出して、あわてて口を手で押さえた。
「ありがと。でも、それを言うなら君だって同じだろ。そもそも君はまだノーマルなんだから、シークレットに敵わなくても当然なんだし」
同じシークレットの自分と違って。
「てか、それ以前に、そもそも役に立つ立たないって、パーティ組むのに、そんなに大事?」
「え?」
「本当の仕事じゃあるまいし、利用価値のあるなしで、つるむ人間を決めるなんて俺はごめんだね」
そんなのは社会に出てからで十分だった。
「何が楽しくて学生の身で、そんな打算で人と付き合わなくちゃなんないの? 使える奴だの使えない奴だの、別におまえに使ってもらおうなんて思ってないってーの」
そんな連中とつるむぐらいなら、1人でいたほうがマシだった。もっとも、そんな状況になったことは、これまで1度もないのだが。それ以前の問題で、最初から歯牙にもかけられずにきたから。
「クエストが失敗したとき、戦犯を吊し上げて追放するパーティより、失敗しちゃったねって笑い合いながら「次はがんばろー」って励ましあえるパーティのほうが、俺はいい。俺は、君たちはそっち側の人間だと思ってたんだけど、俺の勘違いだったのかな?」
音和がいたずらっぽく言うと、恥じらいからか、咲来の頬に赤みがさした。
「タチが悪いだって、そうだと思うよ。最古の11人だっけ? 最古参のタチが悪いなら、いくらだってパーティを組みたがる人はいるだろうに、俺たちといるのは損得勘定より、ただただ一緒にいたら面白いから、だろうし」
だから余計にタチが悪いのだが。
「君たちだって、そうだろ。3人とも魔術師なんて非効率だってわかってるけど、楽しさを優先させたからこそ、魔術師だけのパーティでここまで続けてきたんだろ」
「…………」
「俺も、君たちがそういう人たちだと思ったからこそ、一緒にパーティを組もうと思ったわけだし。それとも君は、俺やタチが悪いが役に立たないと思ったら「役立たずは出ていけ」ってパーティから追放しちゃうの?」
「そんなことしません!」
「だったら、君も気にする必要はないだろ。それに、君に悪気はないとしても、あまり弱い自分を卑下してばっかいると、周りの人にも弱い人間はこのパーティにいる資格はないって思わせちゃうよ。その思わせないためにも、むしろ君は「弱いけど、それがどうした?」って、笑い飛ばしてないと」
音和は、そこで1つ咳払いした。
「もっとも、君がそう思うこと自体は悪いことじゃない。それだけ君が真面目で、責任感が強いということだからね」
音和にとっては、ここからが話の核心だった。
「そして、そんな君こそ、このパーティのリーダーに相応しいと俺は思うんだ」
音和は力説した。
「だから俺に代わって、君がこのパーティのリーダーになってくれ!」
大真面目な顔で迫る音和に、咲来は何度か瞬きした後、
「それは、謹んで辞退させていただきます」
満面の笑顔で断った。
「……あ、そう」
ガックリと肩を落とす音和に、
「じゃあ、わたし、もう少し休んできますね」
咲来は苦笑しつつ天幕へと引き上げていった。そして、そんな2人を離れた木陰から見つめる2つの影があった。
「君が、音和君に肩入れするのは、彼のああいうところが気に入ったからなのかな?」
多知川は隣で身を潜めるハクに声をかけた。だが、ハクは答えることなく身を起こすと、そのまま闇の中へと消えていった。
「ま、いいんだけどね。ボクは面白ければ、それで」
果たして、どんなクライマックスを迎えるか。
今から楽しみだった。




