第22話
翌朝、加山は十字路から小鳥遊の家を見張っていた。
もし自分のしたことがバレたら、今度こそ小鳥遊に嫌われてしまう。そう思うと心配で矢も盾もたまらず、小鳥遊の家まで様子を見に来たのだった。
そして8時が過ぎたとき、小鳥遊が家から出てきた。
来、来た。
加山は息を呑むと、できるだけ平静を装い、小鳥遊に近づいていった。
「お、おはよう、小鳥遊」
加山は、ぎこちなく小鳥遊に声をかけた。すると、
「おはよう、加山君」
小鳥遊から、今まで見たことのない笑顔が返ってきた。しかも、
「そうだ。今度の日曜のことなんだけど」
と、小鳥遊のほうからデ-トの話さえ飛び出してきたのだった。
もちろん、すべて「改変」による効果であり、加山は改めて自分の力に驚きつつ、学校までの一時、小鳥遊と至福の時間を満喫することになった。
他方、この計画の首謀者である朝霞は、爽やかな朝を迎えていた。
昨夜、一仕事終えた朝霞は、帰宅すると朝まで熟睡した。そして翌朝、登校した朝霞は、
「おはよう、永遠長君」
笑顔で永遠長に声をかけた。
昨夜、朝霞は加山に永遠長の記憶を改変させたとき、合わせて「自分と永遠長が付き合っている」ことにさせたのだった。
永遠長は性格こそアレだが、強いし金もありそうだ。自分と付き合っていると思い込ませれば、色々と利用できる。そして利用価値がなくなったら使い捨てる。そうしてこそ真のリベンジが完成する、と考えたのだった。
それに、これまで誰も飼い慣らせなかった永遠長を手懐けられれば、クラスでの注目度も上がる。クラスでマウントを取る意味でも、永遠長は格好の餌になるはずだった。しかし、
「…………」
永遠長は朝霞の挨拶に無反応のまま、黙々とスマホを眺め続けていた。
あれ?
朝霞にとっては計算外の事態だった。
読書に夢中で聞こえなかったのか?
そう思った朝霞は、
「おはよう、永遠長君」
改めて永遠長に声をかけた。
しかし無視。
この野郎おおおお!
こうなると朝霞も意地だった。無視されようと、永遠長に声をかけ続けた。すると5回目にして、ようやくと永遠長が反応した。しかし、それは朝霞が想像したものとは、まるで違うものだった。
「何度も言わなくても、わかっている」
永遠長は、ぶっきらぼうに言い捨てた。
だったら返事しろや、この野郎。
朝霞はムカつきつつも、
「ああ、そうなんだ」
表面上は笑顔で受け流した。
「でも、だったら、どうして返事してくれなかったの?」
「挨拶されたからと言って、どうしてし返さなければならない?」
永遠長は不愉快そうに答えた。
「自分が勝手にしたことに対して、相手に見返りを求めるな」
永遠長はそう突き放すと、またスマホに注意を戻してしまった。
あれ?
朝霞にとって、この永遠長の反応は完全に想定外のものだった。これでは、自分は1人で道化芝居を演じただけの、ただの痛い奴でしかない。
加山ああああ!
朝霞は隣の教室に向かうと、
「加山君」
加山をロックオンした。
「話があるから、ちょっと来てくれるかな?」
朝霞に笑顔で「お願い」された加山に拒否権はなかった。
そして2人で校舎裏へと移動したところで、
「どうなってんだ、この野郎!」
朝霞は、これまでの欝憤を加山にぶつけた。
「永遠長の野郎、何も変わってねえじゃねえか! てめえ、本当に改変したんだろうな?」
「し、したよ」
朝霞の気迫に気圧されながらも、加山は断言した。
「げ、現に、小鳥遊は、オレと付き合ってると、思い込んでるし」
「じゃあ、なんで永遠長の野郎は、いつもと変わんねえんだよ!」
「し、知らねえよ。あいつにとっては、それが普通なんじゃねえのか?」
「あん?」
「きっと誰に対しても、あいつはそうなんだよ。たとえ、それが付き合ってる彼女であっても」
「んなわけ……」
その可能性は大いにあった。
「あいつは信じられねえぐらい、性根がネジ曲がってやがるからな」
朝霞は舌打ちした。
それ、おまえが言うか?
加山はそう思ったが、恐いので黙っていた。
「くそ、仕方ねえ。そういうことなら、もう少し様子を見るか」
朝霞は気を落ち着かせると教室に戻った。そして、その後も永遠長へのアプロ-チを続けたが、永遠長の態度は変わらなかった。
声をかけても無視。デ-トに誘っても断られる。話しかけても、
「1人で行け」
「知るか」
「今忙しい」
と、取り付く島がなかった。
そして放課後、朝霞は帰宅したところで加山に連絡を取った。
「予定変更だ!」
朝霞は携帯に向かって怒鳴った。
「加山、あいつを、もう1度改変しろ! で、今度はあいつに、わたしを命の恩人てことにするんだ!」
「い、命の恩人?」
加山は面食らった。
「そうだ。あのクソ野郎も、さすがに命の恩人が相手なら、あんなナメた態度は取れねえだろうからな」
「どうやってだよ? おまえがあいつを助けるなんて、普通に考えてありえねえだろ。いくら改変できるって言っても、あまりに説得力がないシチュエ-ションだと、さすがにおかしいと思われるんじゃねえか? バレたら元も子もねえだろ」
加山としては、それだけはなんとしても避けたかった。
「……異世界で、後ろから刺されたってことにすんのよ。あいつ異世界でも恨み買いまくってるみたいだから、十分ありえる話でしょ。で、そこに偶然居合わせたわたしが助けた。どう? これなら信憑性があるし、日本じゃないから裏づけを取りようもないでしょ」
「……おまえ、そういう悪どいこと、よくポンポン思いつくな」
女言葉で穏やかに言うところが、いっそう不気味だった。
「うっせえよ! とにかく今晩もう1度やるから、バックレんじゃねえぞ。もしバックレたら、小鳥遊に全部ブチまけてやるからな」
「わ、わかったよ」
加山は朝霞に言われるがまま、夜を待って、もう1度永遠長に改変の力を使った。
そして一夜が明け、登校した朝霞は、
「おはよう、永遠長君」
再び永遠長に声をかけた。すると、
「おはよう」
ぶっきらぼうながら永遠長が挨拶を返してきた。
静まり返る教室を眺めながら、朝霞は満面の笑みを浮かべた。
 




