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第216話

 どうして、こんなことに……。


 理不尽にも程があった。だが、過ぎたことを嘆いていても状況は何も改善しない。それどころか、こうしている間にもタイムリミットは刻一刻と迫っているのだった。


 残された時間は30日。その間になんとかして、あのヴィラという女を見つけ出して呪いを解かなければならないのだった。


 でも、どうやって探し出す?

 ディサースは広い。なんの手がかりもなく、ただ闇雲に探したところで見つかるとは思えない。


 どうする? どうする? どうする? どうする? どうする?


 いくら考えても答えは出ない。


 あー、なんで俺がこんな目にいいい!


 頭を抱える音和の腹に、


「へぼ!?」


 ハクが右掌底を叩き込んだ。何度呼びかけても無視され続けたので、実力行使に出たのだった。


「痛、何するんだよ、ハク!?」


 涙目で文句を言う音和を、


「カッ!」


 ハクは右前脚でクイクイと手招きした後、西を指し示した。


「え?」


 意味がわからず小首を傾げる音和に、ハクはもう一度同じ動作を繰り返した。


「手招きってことは、来いってこと? で、その後アッチを指したのは、アッチに行けってこと?」


 音和の推察に、ハクはうなずいた。


「え? それってもしかして、あのヴィラって女がアッチにいるってこと? え? もしかしてハク、あの女の居場所がわかるの?」


 音和の問いに、ハクは再びうなずいた。


「ハクー!」


 音和は潤んだ目でハクを抱きしめた。

 ハクが本当にヴィラの居場所がわかるなら、まだ希望はある。


「今から急いで追いかければ追いつける!?」


 音和の問いに、ハクは首を横に振った。


「そっか」


 音和は肩を落としたが、面持ちはさっきより明るかった。


 とにかくハクがいれば、あの女を見つけられる。


 そこで、音和の表情が強ばった。


 見つけ出して、殺すのか? あの女を?


 いや、だって、そうしないと俺が死んじゃうわけだし。


 で、でも、だからって人を殺すなんて。


 あ、でも、あの女が地球人だったら、別に殺しても問題ないのか。


 で、でも、もしディサース人だったら……。


 そこで音和は考えるのを止めた。


 今ここで、いくら考えても始まらない。そんなことはヴィラを見つけ出してからでいい。

 もしかしたら、殺さなくても呪いを解く方法があるかもしれないし。あの女の嘘だって可能性だってあるわけだし。うんうん。


 音和は、お得意の現実逃避、もとい持ち前のポジティブさを発揮すると眠りについた。

 今日のことが、すべて夢でありますように、と切に願いながら。


 一方、村から撤退した襲撃者たちは、山1つ離れた川辺でヴィラの軽挙を非難していた。


 殺そうと思えば殺せたのに、あえてそうしなかった。


 アベルダから事情を聞いたザハリンは、


「どういうつもりだ?」


 ヴィラに詰め寄った。


「だって、すぐに殺したらつまらないじゃない」


 ヴィラは、あっけらかんと答えた。


「遊びでやってるんじゃないんだぞ」


 ザハリンの目に殺気が宿る。


「そう? 人生なんて、楽しんだ者勝ちでしょ。どうせ人間なんて、いつ死ぬかわからないんだから、生きてるうちにやりたいことやらないと」

「なら、今死ね」

「おー、怖。殺り合うなら相手をしてあげてもいいけど、わたしだって、まったく考えなしでやったわけでもないのよ」


 ヴィラがそう弁明したところで、


「どういうことだ?」


 治療を終えたヴァレルが加わった。


「トワナガには追跡能力があると聞く。生かしておけば、必ず我々を追ってくるぞ。そうなれば」


 計画に支障を来すことは明白。だからこそ、ここで災いの芽を絶とうとしたのだった。


「あら、そうなの? その力は失ったって聞いたんだけれど」


 ヴィラは口の端を曲げた。


「でも、それならそれで好都合じゃない」

「どういうことだ?」

「このままでは、後1カ月で彼は死ぬ。そして、それを避けるためには、わたしを殺すしかない。なら、彼はわたしを追ってこざるを得ない。たとえ、わたしがどこにいようと、何を差し置いてもね」

「……貴公が囮になって、トワナガを引きつけようと言うのか」

「そういうこと。それに、あそこで彼を殺しても、なんらかの方法で生き返らないとも限らない。ならいっそのこと、タイムリミットぎりぎりまで彼の注意をわたしに向けさせておけば、その間あなたたちは自由に動けるし、彼を誘導してどんな罠でも仕掛けることができる。このほうが、ただ殺すよりも何倍も効率的だと思わない?」

「…………」

「異論はないようね。なら、これからの作戦は、わたし抜きで行ってね。その間、わたしはトワナガの注意を引きつけておくから」

「どうするつもりだ?」

「そうね。差し当たっては、適当な村をわたし流にアレンジして、丁重におもてなしさせてもらおうかしら。アレの実験にも、おあつらえ向きだし」

「わかった」

「じゃあね。あなたたちはあなたたちで、お仕事がんばってねー」


 ヴィラは笑顔で手を振ると、その場から消えた。


 そして翌朝、


「…………」


 夢破れた音和は重い足取りで村を後にした。

 本来なら、まずクエストを達成したことを冒険者ギルドに報告すべきだが、冒険者ギルドに戻れば、その分だけタイムロスとなる。そのせいで、ギリギリのところでタイムアップにでもなったら、それこそ目も当てられない。

 そこで音和は冒険者ギルドへの報告は後回しにして、西へと進路を取ったのだった。ハクという、昨日会ったばかりの1匹の狐の追跡能力を信じて。


 そして1山登り、谷越えて、昼食を挟んで林道を歩いていると、前方から誰かが走って来た。

 見ると、それは音和と同年代の少女だった。身なりは肩当てと胸当てという軽装な上、背中に弓を背負っているところを見ると、どうやらアーチャーらしかった。


 あんなに必死に走って。何か、よっぽど急ぎの用があるんだな。


 少女を見た音和の認識は、その程度だったのだが、


「そこにいたら危ないよー」


 すれ違いざま、そう少女に忠告された音和は、


「へ?」


 間もなく少女が全力疾走している理由を知ることになった。

 前方から、全長30メートルを超える、巨大なモンスターが出現したのだった。

 それは一見ワームのようだったが、長い胴体には触手のような手足が生え、花弁のような頭の中心に開かれた口には無数の牙が生えていた。


「ぎゃああああ!」


 音和は総毛立つと、来た道を全力で逆走した。


「な!? な!? な!? 何アレ!?」


 少女に追いついた音和は少女に尋ねた。


「アレはジャイアント・プランナーだよ」

「何それ!?」

「食虫植物っているだろ? あれのデッカイ版だよ」

「植物って、動いてるじゃん!?」


 それも滅茶苦茶。


「この世界の植物系、プラントモンスターには自立歩行できるヤツがいるんだよ。アレは、そのデッカイ版。だからプラントにランナーをくっつけて、ジャイアント・プランナーって呼ばれてるんだよ」

「アレが植物!?」


 音和は後ろをチラ見した。言われてみると、頭が花で、胴体が茎。手足は枝に見えなくもなかった。


 植物なら、そんなに強くないかも? という思いが、一瞬音和の頭をよぎった。

 しかし、無数の枝葉を手足のように動かし、這いずりながら突き進んでくる姿は、ある意味ドラゴンよりも凶悪でおぞましかった。


「無理無理無理無理無理い!」


 音和は持てる力を逃走に全振りした。


「でも、こうしてても埒が明かないし」


 少女は左右に目を配ると、


「運試しといこっか」


 突然右に方向転換した。すると、ジャイアント・プランナーは右に曲がった少女には目もくれず、


「ぎゃあああ!」


 真っすぐ音和を追いかけて来たのだった。

 結果として、音和は少女に身代わりにされた形となり、


「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬう!」


 1人半べそをかきながら逃げ続ける羽目となってしまった。

 とはいえ、逃げるにも限界がある。かと言って、ジャイアント・プランナーの追跡を振り切れるような遮蔽物もない。


 こうなったら、一か八か、俺も横に飛び退いて。


 アレだけの巨体であれば、すぐには方向転換できないはず。


 うまくすれば、そのまま逃げ切れるかもしれなかった。


 よ、よし。


 音和が右に飛び退こうとしたとき、


「げ!?」


 前方に荷馬車が見えた。


 自分が逃げれば、あの荷馬車がジャイアント・プランナーに襲われてしまう。


「くそ!」


 音和は足を止めると、


「カオスブレイド!」


 振り向き様、漆黒の刃を撃ち放った。そして漆黒の刃は、ジャイアント・プランナーの花弁の一部を切り裂いた。が、ジャイアント・プランナーは止まらなかった。


 くそ!


 今の手応えから見て、このモンスターを倒すには、後5、6発は撃ち込む必要がある。だが、その前にジャイアント・プランナーと荷馬車がエンカウントしてしまう。


 間に合わない!


 一か八か、音和が「カオスガード」でジャイアント・プランナーの動きを止めようとしたとき、


「カッ!」


 ハクの口から炎が吹き出た。そして炎を浴びたジャイアント・プランナーはのた打ち回り、無軌道に振り回された蔓の1本が馬車へと伸びる。


 駄目だ! ぶつかる!


 蔓が馬車を打ち付けようとしたとき、


「マジックバインド!」


 地面から出現した黒い網が蔓を受け止めた。


「え!?」


 見ると、声の主はさっきのアーチャーだった。


「今のうちに」


 アーチャーに促され、


「あ、そっか」


 音和はジャイアント・プランナーに向き直ると、


「カオスブレイド!」


 漆黒の刃を撃ち放った。そして、さらに5発撃ち込んだところで、ジャイアント・プランナーは動かなくなった。


「はあー、なんとか倒せた」


 音和は、その場にへたり込んだ。


「てゆか、ハクって火が吐けたんだね。てか、火が吐けるんなら、もっと早く使ってくれればよかったのに」


 音和は、ついボヤいた。すると、ハクはフンと鼻を鳴らした後、まずジャイアント・プランナーを指差すと、


「あのモンスター? が、どうかしたの?」


 次に音和を指差し、


「俺?」


 最後に地面を踏みつけた。


「モンスター? 俺? で、踏む? 潰す?」


 音和は少し考えた後、


「もしかして、あの程度のモンスター、自分で倒せって言いたいの?」


 ハクの考えを推測すると、ハクはうなずいた。


 スパルタ!


 情け容赦ないハクに、


「厳しいよー、ハク。俺、1度でも死んだら本当に死んじゃうんだよー。少しぐらい優しくしてくれたっていいじゃんかさー。それでなくても、俺1年半のブランクが明けたばっかりなんだからさー」


 音和が涙目で訴えると、


「カッ!」


 ハクは甘えるなと言わんばかりに威嚇した。それを見て、


「アハハハハハ!」


 アーチャーの口から笑いが飛び出した。


「面白いね、君。自分の従魔に説教されてる冒険者なんて、初めて見たよ」

「ハクは従魔じゃないよ。相棒、というか、命綱?」

「なんだい、それ?」

「てか、人を身代わりにしといて、他に言うことがあるんじゃないの?」


 音和はアーチャーに白眼を向けた。


「身代わりなんて人聞きが悪い。あれは作戦だよ、作戦」


 アーチャーは、あっけらかんと言った。


「あのまま2人そろって逃げててもジリ貧だったろ。なら二手に分かれてフリーになったほうが、あいつに攻撃するって作戦だったんだよ」


 うわー。嘘くさい。


 音和はそう思ったが、アーチャーがジャイアント・プランナーから荷馬車を守ったのは事実であり、何より音和の直感が告げていたのだった。こいつは深く関わったらダメなタイプだと。


 しかし荷馬車の主が、


「助かったよ、兄ちゃんたち。よかったら、次の街まで乗ってくかい?」


 そう申し出てくれたため、不本意ながら次の街まで多知川と同道することになったのだった。


「そういえば、自己紹介がまだだったね。ボクは多知川琉生たちかわるい。レジェンドハンターだ」


 馬車に乗った後、アーチャーは名乗った。


「俺は、お、と、わ、な、お、と。カオスロードだ」


 名前を区切り区切り名乗ったのは、先日のトラウマを引きずっているからだった。


「音和君ね。でも、どうして、そんな区切り区切りなのさ」


 多知川が不審がると、


「聞いてくれる?」


 音和は涙ぐんだ。

 多知川が、関わってはいけない危険人物だという認識は今も変わらない。だが、それ以上に自分の身に起きた、あまりにも理不尽な今の状況を誰でもいいから話したい、という思いが上回ってしまったのだった。

 そして、音和から一連の事情を聞き終えた多知川は、


「アハハハハハ!」


 笑い転げた。


「いやー、最近で1番のヒットだよ。君、絶対笑いの神様が降りてきてるよ」


 多知川は吹き出しながら、音和の背をポンポンと叩いた。


「た、他人事だと思って」

「てかさ、そういうことなら、運営にメールすれば」


 多知川は軽い調子で助言した。


「自分と間違えられて呪いをかけられたって言えば、永遠長君がなんとかしてくれるんじゃない?」

「え? 運営にメールして、どうして永遠長がなんとかしてくれんの?」

「ああ、君は知らないんだっけ。今の異世界ギルドは永遠長君が運営してるんだよ」

「はい?」

「少し前に、異世界ストアが異世界ギルドに名称変更するって告知があっただろ。あれ、永遠長君が運営になったから変わったんだよ」

「そういえば、そんなお知らせもあったような……」

「だから運営として、自分のせいでプレイヤーが被害を受けたって知れば、助けてくれると思うよ」

「そ、そうかな? ぎゃ、逆に、自分の名前を騙ったおまえが悪い。とか言われて、ヤキ入れられたりしないかな?」

「あー、確かに、その可能性もなきにしもあらず、だね。実際、3大ギルドぶっ潰した後、自分の名を騙って好き放題してた偽者を、公衆の面前で公開処刑したし」

「こ、公開処刑ー!?」


 音和の顔から血の気が引く。


「それ以外でも、異世界ギルドの運営権を奪おうとしたアメリカ人を、チェーンソーで八つ裂きにしたり」

「八つ裂きー!?」

「噂だけど、常盤学園の生徒たちを片っ端から血祭りに上げた上」

「血祭りー!?」

「自分を殺そうとした同級生に、死んだほうがマシって思えるほどの拷問を加えた上で、力と記憶を奪ったって話だよ」

「拷問ー!?」


 震え上がる音和を見て、多知川の目と口に笑いが込み上げる。


「まあまあ、これはあくまでも特殊なケースだから。ボクも直接永遠長君に会ったことがあるけど、彼こっちから手を出さない限り基本無害だから」


 多知川は、そうフォローした。が、もはや音和の中で、永遠長に助けを求めるという選択肢は完全にあり得ないものとなっていた。


「まあ、いいんじゃない。それは、あくまで最後の手段ってことでさ。要は永遠長君に頼らなくても、そのヴィラって女を自力で見つけ出して始末しちゃえばいいんだから」


 多知川は、そこで話を切り替えた。


「で、そのヴィラって女だけど、君の話し通りだとすると「デスマスター」の可能性が高いね」

「デ、デスマスター?」


 名前からして物騒だった。


「魔術師系のシークレットの1種だよ。ネクロマンサーの死霊を操る能力と、シャーマンの死者とコンタクトを取る能力。それに魔術師や陰陽師の人を呪い殺す能力。そういった、とにかく人を殺すことに特化したスキルを持ったジョブだよ」


 怖すぎだった。


「そして、もし本当にデスマスターなら、確かに君に1カ月で死ぬ呪いをかけることも可能だろうね。ある意味、呪いのエキスパートだから。てゆーか、もし本当にデスマスターなら、その場で殺すこともできただろうに、1カ月の猶予を与えるなんて、よっぽど気に入られたみたいだね、君」


 嬉しくなかった。


「てかさ、そういうことなら、そのヴィラって女探し、ボクも手伝ってあげるよ。助けてもらった借りもあるしね」

「え? いいよ。そこまでしてくれなくても。実際、助けたのはハクだし」

「いいから、いいから。こんな面白そう、じゃない、困ってる人を見捨てたら寝覚めが悪いからね」


 絶対、面白がってる。


 音和は断固拒否しようとしたが、


「それに、ボクが一緒にいたほうが何かと便利だよ。何しろ、こう見えてボク「最古の11人」の1人だからね」

「最古の11人?」


 音和は聞いたことがなかった。


「ああ、君は知らないんだっけ? 永遠長君が3大ギルドをブッ潰した後、残った最古参の11人が、そう呼ばれるようになったんだよ。3大ギルドほどじゃなくても、異世界人にはないクオリティや復活チケットがあるのをいいことに、調子に乗ってた最古参連中が、3大ギルドが潰されるのを見て、みんな雲隠れしちゃったから」


 結果として、消去法で残った11人が、そう呼ばれることになったのだった。


「なるほど。てか、3大ギルドをブッ潰したって、マジ?」


 カオスロード狩りが終わったと聞いた音和は、永遠長の敗北で決着がついたものだとばかり思っていたのだった。何しろ、相手の3大ギルドは総勢3000を超える大軍勢だったのだから。


「大マジだよ。だから、今のプレイヤーは大人しいもんさ。まあ、その後の「異世界選手権」や「ギルド戦」で、永遠長君が歯向かってきた敵を公開処刑したり、ゾンビ化して共食いさせたってのも効いてるけどね」

「ゾンビ化!?」

「そう。ギルド戦で「グランドマスターズ」の連中が、永遠長君の地雷踏んじゃってね。アメリカを滅ぼす予行練習だって言って、ギルド戦に出場していた連合チームのメンバーをゾンビ化して、味方同士で潰し合わせたんだよ。いやー、あれは面白かったー。君も見れば絶対興奮したよ。なまじのホラー映画見るより、ずっと面白かったからね、アレ」


 多知川は無邪気に笑い、


 こいつ、マジやばい奴だ。


 音和は確信を深めていた。


「で、話を戻すと、そんな訳で最古参のボクは知名度があるうえ、手広く商いもしてるから顔も広い。連れて行って損はないと思うよ」

「商い?」

「うん。ボクはアッチコッチ旅して、そこでゲットした珍しい物を好事家に売ってるんだ。あ、あと、シークレットジョブも扱ってるかな」

「シークレットジョブ?」

「そう。シークレットジョブの石板が世界各地に点在してることは、君も知ってるだろ。そして強力なジョブほど、簡単には見つけ出せない場所にある。そこでボクは珍しいアイテムを探すついでに、隠されたシークレットジョブの石版を見つけ出して、その情報を欲しがってる人に売ってるってわけさ」

「そ、そんなのが商売になるんだ?」


 音和に言わせれば、凄いシークレットジョブを自分で探しだすことが、ディサースでの最大の醍醐味だと思うのだが。


「なるよ。どこにでも、楽して強くなりたい人間はいるからね。特に、今はね」

「今は?」

「ああ、これも知らないんだっけ。嘘かホントか。元異世界ストアの運営やってた人によると、近い内に地球にモンスターが復活するそうなんだよ」

「はい?」


 モンスター?


「その人が言うには、なんでも大昔に魔物を封じた結界が、もうすぐ解けちゃうんだってさ」

「へ?」

「で、異世界ストアは、こっちの世界で地球人にモンスターとの戦いを経験させることで、いずれ地球で復活する魔物を撃退させるために創られたものなんだってさ」

「え?」

「だから、今みんな少しでも強いジョブを手に入れようと必死になってるんだよ。地球にモンスターが復活すると同時に、地球でもディサースのジョブシステムが機能するそうだから」

「その話、マジなの? マジマジのマジなの?」

「マジマジのマジさ。だから、強いジョブの情報は高く売れるし、いざというとき避難所として異世界を利用するため、異世界ナビの購入権も高値で取引されてるんだよ」

「た、高いって、どれくらい?」


 音和は息を呑んだ。


「えーと、今は、だいたい1億ぐらいかな」

「1億!?」


 音和の心臓は早鳴った。異世界ナビ購入権はイベントの上位報酬としてもらえる他に、周年特典として1年毎に1つもらえることになっている。なので、異世界ストアを利用して5年となる音和は、現在4個分の異世界ナビ購入権があり、


「全部売れば4億!?」


 音和の懐に転がり込むのだった。


「そういうことになるね。でも、売るならよく考えてからにしたほうがいいよ」

「え?」

「売れば確かに大金持ちになれるけど、それも地球がモンスターに滅ぼされたら、ただの紙切れになっちゃうってことさ」


 貨幣は、それ自体には何の価値もない。世界経済が安定し、商取引の対価として万人が認めているからこそ価値がある。そうでなければ貨幣など、ただの紙と金属の塊でしかないのだった。


「それに、今はいないとしても、もしこの先君に大事な人ができた時、取り返しがつかないことになる。金は稼げば手に入るけど、1度手放した異世界ナビの購入権は、2度と戻らないからね。そのせいで大事な人を異世界に逃がせず、死なせちゃうようなことがあったら後悔してもしきれないだろ」


 だからこそ、プレイヤーも異世界ナビ購入権を欲しがりこそすれ、売る人間はそうそういないのだった。


「それはそれとして、君カオスロードって言ってたけど」


 多知川は話題を転じた。


「なんだったら、他のシークレットジョブの情報教えてあげようか? 騎士系のシークレットジョブなら、今いいのが2、3個あるからさ」

「え? でも、俺もうシークレットのカオスロードで」

「でも、それってさ。要するに、ノーマルのラストジョブだったカオスロードを、そのままシークレットにランクアップしただけだろ」

「そりゃ、まあ」

「つまり、それってさ。シークレットになるための2000足らずの素材を集める手間がかからないってだけで、他人が普通にシークレットにクラスアップしたときに得られる恩恵を捨てちゃってるってことだろ」


 通常、プレイヤーがノーマルジョブからシークレットジョブにクラスアップする場合、シークレットジョブとなって覚えるスキルの他に、ノーマルにおいて覚えていたスキルも継続して使用できる仕組みとなっている。


「ボクの場合は「ロックアーチャー」から「レジェンドハンター」にクラスアップしたから、さっき見せた「レジェンドハンター」のジョブスキルの他に「ロックアーチャー」のジョブスキルである「ロックオン」が使えるし、それが同じ「レジェンドハンター」でもボクの個性になってるってわけさ」


 だが、ノーマルジョブの「カオスロード」から、そのままシークレットになった場合、その恩恵がない。


「確かに何千個もの素材を集めるのは手間だけどさ。後々のことを考えたら、ちょっとの手間を惜しんで、得られるスキルをみすみす手放すのはもったいないと思うんだよね。素材探しなんて、ぶっちゃけ時間さえあれば誰でも達成できるんだし。今なら、お安くしとくよ」

「やっぱ売るんかい!」

「冗談だよ、冗談。助けてもらった借りがあるからね。ただでいいよ」


 多知川の言葉に嘘はなかったが、


「いや、やっぱ、いいや」


 それでも音和の考えは変わらなかった。


「いいのかい?」

「ああ、今はシークレットの石板や素材集めなんてしてる余裕はないし」


 ノーマルのカオスロードからシークレットに変更する場合の救済措置として、新しいジョブスキルがいくつか増えている。何よりも、


「俺はカオスロードが気に入ってるからね」


 プチ引退するまでの3年半、コツコツコツコツ、カオスロードになるためだけにがんばってきたのだ。そのカオスロードがシークレットになったのは、あの村長じゃないが天啓というものだろう。


「ま、君がいいなら、それでいいけど。気が変わったら、いつでも言ってよ」

「ありがとう」


 音和は素直に礼を言った。が、それはすなわち多知川の同行を認めるということであり、このときの音和はスッカリ忘れていたのだった。自分が多知川のことを近寄ってはならない、超危険人物だと認識していたことを。

 そして、体よく音和を丸め込み、まんまと同行することに成功した多知川は、


「で、これからどうするんだい?」


 今後の方針に話を移した。


「とりあえず旅支度かな」


 日帰りするつもりでいたので、ロクな準備をしてこなかったのだった。


「それと、鎧も新調しないと」


 音和は胸に手を当てた。昨日は興奮していて気づかなかったが、段々と鎧の窮屈さが気になってきたのだった。


「ま、あれから1年半経ってるわけだし、当然と言えば当然なんだけど」


 問題は、新しい鎧を新調するだけの資金が手元にないことだった。


「資金が足りないなら、ボクがいくらか融通してあげるよ。いくら必要なんだい?」


 そう申し出る多知川の瞳は、金キラ金に輝いていた。


「いえ、結構です」


 多知川に金を借りたら、いくら利息を取られるか知れたものではない。そのぐらいなら多少窮屈でも、今の鎧を着ていたほうがマシだった。


「じゃあ、どうするんだい?」

「それは……」


 口ごもる音和を見て、


「フッ」


 ハクは音和のリュックをポンポンと叩いた。


「え? なに、ハク?」


 リュックに目を落とした音和は、


「あ、そうか」


 ハクの言わんとしていることを理解した。


「ワイバーンを売ればいいんだ」


 ワイバーンは強力なモンスターであるため、希少価値も高い。それが6匹となれば、カオスアーマーを新調するぐらいの金は手に入るはずだった。


 街に着いた音和は、さっそく冒険者ギルドに向かった。そしてギルド内にある素材買い取り窓口を見つけると、


「あのー、モンスターを買い取ってもらいたいんですけど」


 受付嬢に申し出た。


「はい。なんの素材でしょう?」

「えーと、ワイバーンなんですけど」


 音和は6つのマジックケースを窓口に置いた。


「これ、全部ワイバーンなんですか?」


 驚く受付嬢に、


「そうですけど」


 音和が答えると、


「確認してまいりますので、少々お待ちを」


 受付嬢はマジックケースを持って奥に引っ込んだ。そして、間もなく戻ってきた受付嬢が、


「確認してまいりました。確かにワイバーン6匹でした」


 音和の言っていることが事実と認めると、ギルド内がざわめいた。が、その反応は音和にとって複雑だった。

 なにしろ、ワイバーンは確かに強敵だが、それはあくまで一般人レベルの話。S級以上のプレイヤーなら、難なく倒せる程度のモンスターに過ぎないのだった。


 つまり、よっぽど俺が弱そーに見えたんだな。ドラゴンどころかワイバーンすら倒せないぐらい。


 事実なので、別に腹は立たなかったが。


「失礼ですが、アレを全部お1人で倒されたのですか?」


 未だ疑心暗鬼っぽい受付嬢を、


「え? いえ、運よくワイバーンに雷が落ちる現場に出くわして、俺はそれを持ってきただけなんですよ」


 音和は軽く受け流した。強さを誇張したところで意味はない。むしろ強いと思われたら、どんな無理難題を押し付けられるか知れたものではないのだった。

 音和の目的は、あくまでも程々のランクで、程々のモンスターを倒し、程々に異世界ライフを堪能すること。身の丈を超えた厄介事に巻き込まれても、いいことなど1つもない。それに、どうせ倒したと言ったところで信じてもらえないだろう。ならば、ただの幸運ということにしたほうが面倒がないのだった。


「そうだったんですか。それは幸運でしたね」


 案の定、受付嬢もあっさり信用し、


「では、これが代金となります」


 音和は金貨500枚を受け取って、冒険者ギルドを後にしたのだった。


「王都でも思ったけど、プレイヤーの数少なくない?」


 昔は、もっと同年代がいたのだが。


「これって、やっぱ「カオスロード狩り」が影響してんの?」

「それもないことはないけど」


 実際、あの事件以後、3大ギルドは元より古参として好き放題していたプレイヤーは、ディサースから足が遠のいていた。が、今この世界にプレイヤーが少ない理由は別にあった。


「もうすぐラーグニーでラリー戦があるから、そっちに人が集まってるんだと思うよ」

「ああ、そういえばラーグニーで新しいイベントやるんだっけ」


 ただし参加資格に「自分で車を用意すること」とあったため、音和の頭からは早々に消えていたのだった。


「そ。上位入賞者には、賞品として異世界ナビが進呈されるからね。欲しい連中は、みんなラーグニーで車探しや最終調整、作戦会議の真っ最中ってわけさ」

「君は参加しなかったの?」

「ボクの活動拠点はディサースだからね。ラーグニーで車を買えるほどの資金はないし、ツテもない。何より「異世界ナビ購入権」さえ賞品にすれば、いいように踊らせられると思ってる性根が気に入らない。目の前でニンジンぶら下げれば、誰も彼もが目の色変えて食いついてくると思ったら大間違いなんだよ」


 多知川はフンと鼻を鳴らした。


「まあ、こんなこと言ってるから、ボクのクオリティは「反逆」なんだろうけどさ」

「どゆこと?」

「ああ、これも知らないんだっけ。ボクたちの固有スキルである「クオリティ」は、早い話が本人の特性を表してるんだって」

「特性?」

「そ。簡単に言うと、強くなることを1番に考えてたら「強化」に。誰よりも速く走ることを考えていたら「加速」になるって感じだね」

「へ、へえ、そうなんだ」


 音和は平然を装っていたが、その目は泳いでいた。そして、その反応を多知川は見逃さなかった。


「ちなみに、君のクオリティはなんなのかな? ボクは教えたんだから、当然君も教えてくれるよねえ」


 多知川に圧をかけられた音和が、


「む、無理」


 渋々答えると、


「キャハハハハハ!」


 案の定、多知川は大笑いした。


「はいはい。どうせ俺はヘタレですよ。ほっといてくれ」

「拗ねない拗ねない。でも、君、ホント笑いの神様に愛されてるね」


 嬉しくなかった。


「それを言うなら疫病神だろ」


 昔からツイてなかったが、異世界に来てからは、それが顕著なのだった。


「へえ、たとえば?」

「今回のこともそうだけど、ハーリオンに行ったら、なぜか水の中にいて、結局そのままチケットの効力が切れるまで水の中。どういうことか異世界ナビで確認してみたら、ハーリオンで変身する動物が「白鯨」だったんだよ。水の中でしか動けないクジラに変身して、俺にどうしろってんだよ!? どー、考えてもおかしいだろ!?」


 しかも無駄にした異世界チケットの代金も返ってこず、丸1日帰って来なかったことで、親にボロクソ怒られてしまった。


「サクサルリスじゃ、いつもいつも鳥や飛竜が大量に襲いかかってきてすぐ落とされるし、モスはモスで「神器」はおろか「王器」も見つかんないし、エルギアはエルギアで出くわすのは強力なモンスターばっかり」


 初期に手に入る弱小モンスター1匹で、どうやってそんなモンスターをゲットしろというのか。


「しょうがないから、ディサースでコツコツモンスター倒して、ようやくカオスロードになれて、いざこれからってときに「カオスロード狩り」が始まるし」

「ああ、それでビビッて異世界に来なくなったわけか」


 多知川はニヤけたが、


「違いますー」


 音和は動じることなく、


「ここに来なくなったのは、あくまでも受験のためですー」


 あらかじめ用意しておいた理論武装で完全防御した。


「だいたい、もし「カオスロード狩り」にビビッただけなら、ディサースに行かなきゃいいだけだろ。他の世界じゃ、誰がなんのジョブかなんてわかんないんだから」

「言い訳としては、まあまあだね」


 多知川は苦笑した。


「さてと」


 多知川を撃破したところで音和は早々に撤退、もとい不毛な会話を打ち切った。


「それじゃ次は買い出し、あ、その前に鎧を新調するかな」

「じゃあ、その間にボクは商業ギルドに行ってくるから、後でここで合流しよう」

「オーケー」


 音和は多知川と別れると武器屋に向かった。そして、サイズのあったカオスアーマーと、ついでに予備の剣と盾を購入すると、マジックケースに収納した。

 それから服屋でサイズのあった服を、雑貨屋でロープや水筒などを購入した後、合流場所である冒険者ギルドへと引き返した。すると、すでに多知川が戻って来ていた。まではよかったのだが。


「商人の護衛?」


 多知川は音和がいない間に、勝手に仕事を引き受けてしまっていたのだった。


「そ、とりあえず次のサイホウ領までのね」


 多知川はあっけらかんと言った。


「いやいやいや」


 音和は右手を振った。


「言ったよね、俺。今、それどころじゃないって」

「聞いたよ。だから、この依頼を受けたんだよ」

「どゆこと?」

「簡単な話だよ。この依頼の目的地であるサイホウ領オリハトは西。そして、デスマスターがいるのも西。つまり、この依頼を受けようと受けまいと、これからのボクたちの行動は変わらない。なら、お金をもらって、しかも馬車で移動できるほうが良いに決まってるだろ」


 そう言われると、確かに渡りに船の依頼と思えてきた。


「てか、よくそんな都合のいい仕事があったね」

「商業ギルドで聞いた話じゃ、最近この辺りに盗賊が頻発してるらしくてさ」

「盗賊?」

「護衛の仕事が増えてるみたいなんだよね」

「それって、つまり商人と一緒に移動したら」

「うん。それだけ盗賊に狙われやすいってことだね」

「じゃ、そういうことで」


 回れ右してバックレようとする音和を、


「待った」


 多知川は右手から射出したマジックロープで絡め取った。


「はーなーせー! 誰が、そんなクエスト受けるか! コンチクショー!」

「まあ、落ち着きなって」


 多知川はイモ虫と化した音和の肩に手を置いた。


「商人の護衛だからって、必ず襲撃を受けると決まったわけじゃないし、逆にボクたちだけで行動したとしても、襲われるときは襲われる」


 だとすれば馬車に乗れた上、報酬ももらえるほうがリスクヘッジの点から考えても得なのだった。


「しかも、今回の護衛は5組の商人が集団で移動する、いわゆる隊商だからね。それだけ護衛の数も増やせるから、ソロよりも安全なんだよ」

「どゆこと?」

「ほら、よくラノベなんかじゃさ、1商人に1パーティが護衛についてたりするだろ? でもアレってさ、現実で考えると説得力が乏しいんだよ」


 1人の商人が1台の荷馬車で運べる量には限度がある。そして貴金属や高級生地など、よほどの品でなければ売買によって得られる収入などしれている。


「仮に荷馬車に積んだ荷が食料だった場合、それを売って得られる対価なんて、せいぜい日本円で10万がいいとこだろ。そして、君も冒険者ならわかるだろうけど、護衛の仕事は命懸けだ。その命懸けの仕事を、日給1000円や2000円で引き受けるかい?」


 まして復活チケットのない現地人なら、なおさらだろう。


「それだけ危険のある仕事なら、最低でも1日1万円は欲しいところだ。しかも盗賊相手となると、1人じゃ話にならない。それこそ、4、5人はいないと太刀打ちできない」


 S級以上なら、また話は変わってくるだろうが、そのときはそのときで相場が上がることになる。


「しかも1日で済めばいいけど、もし1週間や10日かかったら35万から50万かかることになる」


 それだけの報酬を払っていたら、よほどの貴重品か大量の物資を取り扱わない限り、採算が取れないのだった。


「だから普通は、一か八か単独で行商に出るんだけど、今だとリスクが高すぎる。そこで個人経営の商人たちは商業ギルドを介して、同じ方角に向かう商人たちで隊商を組んで移動することにしたんだよ」


 そうすれば、仮に1人の商人が1人の護衛を雇ったとしても、商人が5人いれば1パーティ分の護衛を雇える。


「な、なるほど」

「そして今回の場合、5人の商人が、それぞれ2人ずつ護衛を雇うことで話がまとまったから、全部で10人の護衛がつくってわけさ。どうだい? これなら普通に2人旅をするより、よっぽど安全てもんだろ?」

「た、確かに」


 それなら、よほど強力な盗賊でなければ負けることはないはずだった。たとえ、自分と多知川が役に立たなくても。


「じゃ、納得したところで行こうか」


 多知川に誘導されるまま、音和は雇い主の待つ広場へと向かった。すると、雇い主である5人の商人と7台の荷馬車、そして護衛として雇われたのであろう8人の冒険者たちが、すでに揃っていた。


「おいおい、またガキかよ」


 護衛のうち剣士らしき中年男が、音和と多知川を見て不平を鳴らした。


「また?」


 音和は護衛のメンバーを見回した。すると、その中に同年代らしき3人の女子がいた。


 てゆうか、王都じゃ俺たちの年代の方が独自スキルがある分、並の冒険者より強いって認識のはずなんだけど。あの冒険者ギルドでの反応といい、ここじゃ違うのか?


 音和は内心で小首を傾げたが、口には出さなかった。ここで自分の強さを誇示したところで、なんの得もない。むしろ、そんな真似をして強者認定でもされた日には、強敵の相手を押し付けられかねないのだった。


 触らぬ神に祟りなし。


 音和が黙ってやり過ごそうとしたとき、


「あまり、ナメないで欲しいね」


 多知川が威勢良く啖呵を切った。


「君が、どれだけ強いか知らないけどね。ここにいる音和君は、1人でワイバーン6体とドラゴンゾンビを倒した凄腕の猛者なんだよ」


 多知川の説明を聞き、


「ワ、ワイバーン6匹だと!?」


 中年剣士は鼻白んだが、


 何言ってんのおおお!?


 当の本人が1番ビックリしていた。


「言ったよね、俺。ワイバーンが倒れた理由」


 音和は多知川にささやいた。


「いいんだよ。ナメられないためにも、最初にガツンと言っとくほうが」

「何言ってんの!? それで強者扱いされて、強い奴の相手させられたらどうすんだよ!?」


 ナメられようが死ぬことはないが、強い敵を押し付けられたら死んでしまうのだった。


「そのときは勝てばいいだけだろ。どうせ倒さない限り、こっちがやられちゃうんだからさ」

「そ、それはそうだけど」


 ささやき合う音和と多知川に、


「とにかく、足引っ張んじゃねえぞ、おまえら!」


 中年剣士はそう捨て台詞を残すと、仲間4人とともに自分の馬に騎乗した。


 その背中を眺めながら、


 あの5人は馬なのか。で、そのうちの2人は魔法使いっぽいし、パーティっぽいな。


 音和は状況を分析していた。


 てゆーか、ワイバーンぐらいで、あれだけビックリするなんて、あの人たちランク低いのかな? それとも、この街を拠点にしてる冒険者は、全体的にレベルが低いのか? 受け付けのお姉さんも、ワイバーン倒したって言ったらビックリしてたし。


 まっいっか。


 音和は気持ちを切り替えると、護衛用の荷馬車に乗り込んだ。そして隊商が出発して間もなく、


「あの」


 同乗した少女の1人が音和に声をかけてきた。


「はい?」

「さっきから気になってたんですけど、その狐、あなたのペットなんですか?」


 少女はハクを見た。


「ペットじゃないよ。ハクは俺の、命の恩人? 命綱? いや、師匠?」


 音和は小首を傾げた。


「アハハ! なんですか、それ!?」


 少女は無邪気に笑った。その明るく快活な笑顔は、


 ま、まぶしい。


 音和の荒んだ心には鮮烈過ぎた。


 このところ、汚い物ばかり見てたから。


 感涙にむせぶ音和に、


「あの、この子、名前はなんていうんですか?」


 少女は尋ねてから、


「あ、わたし、咲来美海〈さくらいみみ〉っていいます」


 そう名乗った。


「あ、えと、俺は音和七音で、この狐はハク」


 音和は毒気の抜けた顔で名乗った。


「ハクちゃんか。あの、ハクちゃんに触ってもいいですか?」

「い、いいかな、ハク?」


 音和が意向を伺うと、ハクは無言でうなずいた。


「い、いいって」

「凄い。人の言葉がわかるんですね、この子」

「そうみたい」


 それどころかワイバーンをワンパンするし、お説教さえするのだった。


「へえ、よろしくね、ハクちゃん」


 咲来はハクを撫でた。すると、


「ずるいぞ、美海。あたしにも撫でさせろ」

「ワタシもデス」


 残る2人の少女も乗り出してきた。口調からして、どうやら咲来の仲間らしかった。


 だ、大丈夫かな。


 音和は、いつハクが少女たちを張り倒さないかとハラハラしたが、少女たちが節度を持って接しているためか、されるがままになっていた。そして、ハクの毛並みを心ゆくまで堪能した後、


「ありがとうございました」


 咲来は笑顔で感謝した。


「改めて自己紹介させてもらいますね。わたしは、この「ガールズマジシャン」のリーダーで「アークウィザード」の咲来美海といいます。」


 まず咲来が改めて自己紹介すると、


「あたしは「ハイソーサラー」の安住里帆〈あずみりほ〉だ。よろしくな」


 1番長身の少女が名乗り、


「「ヒールマジシャン」の十倉澄香〈とくらすみか〉、デス」


 最後に1番小柄な少女が名乗った。


「パーティ全員が魔術師って、珍しいね。それとも、まだ他に仲間がいるの?」


 音和が尋ねると、


「いえ、わたしたちだけです」


 咲来が答えた。


「魔術師だけのパーティが、バランス悪いのはわかってますけど、やっぱり異世界に来たからには魔法を使いたいじゃないですか」


 咲来は目を輝かせた。


「確かに、そうだね」


 ぶっちゃけ言って、剣や格闘技は地球でもできる。なら、異世界にしかない魔法職を選ぶのは、地球人として当然の心理だった。


「俺は「カオスロード」の音和、七音」


 音和は、今度は苗字と名前の間をワンテンポ開けて名乗ると、


「そして、こちらが「レジェンドハンター」の「タチが悪い」さんです。どうぞ、よろしく」


 多知川も紹介したが、その目と声には多分の悪意がこもっていた。そして、


「ちょっと、今の発音変じゃなかったかい?」


 そのことに多知川も気づいていた。


「いーえ、まったく、そんなことはございません」


 空々しく惚ける音和に、


「それにボクの名前は、た、ち、か、わ。今、絶対「が」って言ったよね」


 多知川が食ってかかる。


「いーえ、まったく、そんなことはございません」


 音和は誠実さの欠片もない声で、さっきと同じ返事を繰り返した。


「ふーん、そういう態度に出るんだ。じゃあ、こっちにも考えがあるよ」


 多知川の目に悪意が宿る。


「聞いてよ、君たち。今、ボクたち西に向かってるんだけど、その理由がさあ」

「な!?」


 多知川の狙いに気づいた音和は、


「だああ!」


 あわてて多知川の口をふさいだ。


「ちょ、ちょっとしたヤボ用でね。この人、かなり可哀想な人だから、何言っても気にしないで」


 音和は、いぶかしむ咲来たちを笑顔でごまかした。そんな音和たちを見て、


「お2人は仲がいいんですね」


 咲来が素直な感想を口にしたが、


「いーえ、滅相もございません。というか、さっき会ったばかりの、ほぼほぼ赤の他人です」


 音和にとっては不本意の極みだった。


「そ、そんなことより、君たちプレイヤーだよね? ラリー戦のほうはいいの? 入賞すれば、異世界ナビが貰えるんだろ?」


 音和は、やや強引に話題を変えた。


「そうみたいですけど、わたしたち、まだコッチに来て1年足らずで、ラーグニーで車を買えるほど資金がないので」

「そうなの?」

「はい。あ、澄香ちゃんは違うけど。とにかく、それならコッチでレベリングしたほうがいいだろうってことになって」

「なるほど」

「だから、今わたしたちは親には中学の卒業旅行ってことにして、レベリングと自分に合ったシークレットジョブ探しを兼ねて、アッチコッチを回ってるんです」

「そういうことなら、いいネタがあるよ。お客さん」


 多知川の瞳が金ピカピーンに輝いた。


「いいネタ?」

「そう。こう見えて、ボクは商人でね。貴重なレアアイテムと同時に、未だ各地に眠る貴重なシークレットジョブの情報も多数取り扱ってるんだよ。当然、魔術師系のシークレットもね。どうだい、お客さん? 今なら安くしとくよ」

「わあ! どんなのがあるんですか!? 聞かせてください!」

「おっと、ここから先は企業秘密だ。どんなシークレットがあるのかも、それはそれで貴重な情報だからねえ。この先を聞きたかったら、お銭を出していただかないと」

「わかりました。いくらですか?」

「そうだねえ。情報料として、1人銀貨5枚ってとこだね」

「高!」


 思わず音和の口から不満が飛び出た。


「どんなシークレットか聞くだけで、5000円は高すぎだろ。本当に、いいのがあるかもわかんないのに」

「嫌ならいいんだよ。お客さんは、他にも沢山いるからねえ」


 多知川はフフンと鼻を鳴らした。


 マジでタチが悪い。


 音和はそう思いつつ、


「だったら、さっき言ってた「カオスロードに代わるシークレット情報」の代わりに見せてやってよ。確か、さっきタダでいいって言ってたよね?」

「え? そんなの悪いですよ」


 咲来は遠慮したが、


「いいんだよ。どうせ俺はカオスロードを変える気ないから」


 それよりも、仮にも連れがアコギな商売をしているのを見過ごすほうが問題なのだった。


「でも、タダじゃ気が引けるって言うなら、そうだな、もしシークレットの情報を聞いて、いいのがあったらシークレット代を払う。なければ情報料として1000円ってことで、どうかな?」


 音和の提案を聞き、


「へえ」


 多知川は意外そうに目を細めた。音和が、この手の交渉を買って出る。いや、できるとは思っていなかったのだった。


「じゃ、それでいいよ。君には助けられた借りもあるしね。今回限りのお友達価格ってことで」


 恩着せがましい。と、音和は思ったが、多知川の機嫌を損ねるだけなので黙っていた。


「ありがとうございます! 多知川さん。音和さん」


 咲来は素直に礼を言うと、多知川に3人分の見物料として銀貨3枚を差し出した。


「確かに」


 多知川は銀貨の枚数を確認すると、リュックサックからシークレットジョブのリストを取り出した。


「言っとくけど、君はダメだからね。見たければ、ちゃんと料金を払ってから」


 多知川は音和を牽制した。


「み、見ないよ。言ったろ。俺はカオスロードが気に入ってるって」


 これは音和の本心だったが、実のところ3人に便乗して、どんなジョブがあるのか見れれば、と思っていたのだった。


「うわあ。ホントに色々ありますね」


 多知川から手渡されたリストには、魔術師系のシークレットジョブだけで10以上のジョブが記載されていた。


「有名どころだと「エンシェントマジックルーラー」や「ワイズマン」があるな」


 安住が特に気になったのは「エンシェントマジックルーラー」だった。


「それって、確か無詠唱で魔法が使えるジョブだよね」


 確か「最古の11人」の1人が使っていたはずだった。


「じゃあ、里帆氏は、それにするデスか?」


 十倉が尋ねた。


「うーん。無詠唱で魔法が使えるのは、確かに魅力的で強いんだろうけど……」


 安住は腕を組んで考え込んだ。


「やっぱ、ヤメとくわ。だってよ、無詠唱って確かに便利だけどさ。それって魔法ってーより、超能力じゃん」


 だったら最初から超能力系のジョブを選べばいいことで、


「やっぱ、魔術師は呪文を唱えた結果、こうバーンと魔法をブッ放せるのが面白えんだよ」


 エンシェントマジックルーラーは、その楽しみを自ら捨ててしまっているのだった。


「そういう澄香は、気に入ったのはあったのか?」


 安住は十倉に聞き返した。


「残念ながら、ないデス。ワタシが求めているのは、強くなくてもいい。唯一無二にしてオンリーワン。今まで誰も使っていない、見つけていないワタシだけのジョブなのデス。でも、この中に、そんなジョブはないのデス」

「まだ言ってんのかよ、オンリーワン。てかよ、そんなジョブ、ホントにあんのか? もう、なんだかんだでプレイヤーは20万以上いんだろ? それだけいたら、もうあらかた掘り尽くされてんじゃねえか?」


 可能性があるとすれば、それこそスペシャルシークレットジョブと呼ばれる特殊なジョブだけだったが、それはそれで誰も見つけた者のいない伝説級のジョブなのだった。


「でも可能性はあるのデス。実際、噂では「背徳のボッチート」と、その婚約者がスペシャルシークレットジョブをゲットしたという話デスし」

「それも怪情報レベルだろ」

「それでもいいのデス。ワタシはワタシだけの唯一無二のジョブを、いつか絶対見つけてみせるのデス!」


 十倉の目は燃えていた。


「そうだよ。澄香ちゃんなら、絶対見つけられるよ! 一緒にガンバろう!」


 つられて咲来の目も燃え上がる。


「というわけで、せっかくですけど止めときます」


 咲来はリストを多知川に返した。


「それは残念。でも、そういうことなら、もし超珍しい魔術師系のジョブを見つけたら、真っ先に君たちに連絡してあげるよ。もちろん、それなりのお代はいただくけどね」

「ありがとうございます」


 守銭奴に素直に感謝する咲来を見て、音和の心は再び浄化されていた。


 ああ、今のこの時が、いつまでも続けばいい。


 音和は、そう願わずにいられなかった。だが、そんな音和の願いも虚しく、彼の平穏は無粋な略奪者たちによって、間もなくかき乱されることになるのだった。
























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