第213話
本人としては、とっさの機転。端から見ればゴネ得で時間稼ぎに成功した王静は、さっそくその時間を有効活用していた。
細やかな計算違いから大将戦にまでもつれ込んでしまったが、おかげで永遠長と天国の手の内はわかった。後は、次の対戦までに永遠長たちと同じ戦法をマスターしさえすれば、霊薬のアドバンテージがある自分が勝てる! はずだったのだが……。
試合翌日、
「なぜだ!? なぜできんのだ!?」
前日とは打って変わり、王静の顔は焦燥感に占拠されていた。
前日の対戦で、永遠長たちは事もなげにモンスターを武器化していた。そのため王静は、モンスターの武器化程度、教えればすぐに実行できると高をくくっていたのだった。しかし実際やってみると、いくら言っても武器化の命令は無視。召喚武装した後で、モンスターだけ召喚士から引き離そうとしても離れない。超能力などで無理やり引き離そうとしても、本人ごと転移してしまうといった具合で、まったく思い通りにいかないのだった。
このままでは負けは必至。袁軍が審判役を引き受けたことで、どんなイカサマも仕放題になったとはいえ、仕込むタネがなければ意味がないのだった。
「何か、奴らだけが知る、特殊な方法でもあるのか?」
だとすれば、それを探り当てる必要があった。
その手の工作員を常盤学園に忍び込ませるか? それとも、テレパシストに奴らの頭を調べさせるか?
何にせよ、早急に手を打つ必要がある。王静が、そう考えた矢先、
「苦戦しているようだな」
背後から声がした。
「貴様!」
振り返ると、そこには黒い仮面をつけた男が立っていた。背格好と声から若い男性であることは推察できたが、それ以外で王静が知っているのは、本人が名乗ったマグドラという名前だけだった。
「よくも、ぬけぬけとオレの前に顔を出せたな!」
王静は怒りをあらわにした。異世界ナビと、それに頼らない異世界の転移法。そして霊薬は、このマグドラから提供されたものであり、王静は「この霊薬を使えば、絶対に勝てる」というマグドラの言葉を信じて、永遠長に勝負を挑んだのだった。
「その件に関しては、我も申し訳なく思っている。まさか、奴らにあんな奥の手があったとは、我も思いもよらなかった。奴らの力は十二分に知っていたつもりだったが、まだ侮っていたようだ」
「何を悠長なことを!」
このままでは、せっかくできた袁家とのパイプが断ち切れてしまう。王静としては、みすみす手放すには惜し過ぎるラインなのだった。
「そう声を荒げるな。悪いと思えばこそ、こうして再び足を運んだのだ」
「何か、いい手があるのか!?」
「1つは、左が行ったという霊薬を少しずつ体になじませる強化法」
「それなら、すでに取り掛かっている。もっと別の、奴らと同じか、それを確実に上回る方法を聞いてるんだ!」
「あ奴らと同じ真似はできん。少なくとも汝の手駒に、それを可能とする者は皆無だ」
モンスターの武器化は、天国の「共感」があってこそのもの。本来、武器化という概念を持たないモンスターに「共感」によって言葉ではなく感覚で理解させることで、天国はモンスターを武器化させることに成功したのだった。そして、それは永遠長も同じこと。「移動」の力を持つ永遠長だからこそ、召喚武装したモンスターだけをバトルフィールドに移動させることができたのだった。
「では、どうするというんだ!?」
「せっかちな男よ。よいか……」
マグドラの口から出た方法を聞き、
「……そんなことが可能なのか?」
王静はけげんそうに聞き返した。
「可能だ」
「面白い」
王静の顔に、1日ぶりに笑みが戻った。
「なら、さっそく根回しを」
マグドラの方法を使うには、袁軍とコンタクトを取り了承を得る必要がある。
「それは、こちらで手を打っておく。ここで下手に汝が審判と接触すれば、またあらぬ疑いをかけられる恐れがあるからな」
「あらぬ疑いか。確かにな」
王静は苦笑すると、マグドラの指示の下、彼の提案に取り掛かった。
今度こそ、あのクソ生意気な小僧に完全勝利するために。
一方、永遠長陣営はというと、普段と変わらない生活を送っていた。
ただ1つ変化があったとすれば、再試合を明日に控えた昼食の席で、
「あ、そうだ、秋代さん、それと尾瀬さんも、言っておかなくちゃならないことがあったんだった」
天国が先日判明した事実を伝えたことぐらいだった。
「何?」
「創造主化のことなんだけど、この先は、よっぽどのことがない限り、創造主化はしないほうがいいって」
「そんなこと言われるまでもなく、誰も好き好んでやりゃしないわよ」
「それはそうなんだけど、そういうことじゃなくて、どうも創造主化すると、した人の寿命が減っちゃうみたいなの」
天国の説明を聞き、
「は!?」
秋代は鼻白み、尾瀬も一瞬動きが止まった。
「ほら、この前の試合で、霊薬を使うと体に負担がかかって寿命が減るって話が出たでしょ」
「え、ええ」
「あれを聞いて、なら同じく体に負担をかける創造主化も、もしかしたら寿命が減るんじゃないか? と流輝君は考えたわけ。で、左さんのところのマウスで試してみたら、案の定、創造主化を繰り返したマウスは早死にしてしまったってわけ」
「じゅ、寿命が縮むって、具体的にどのぐらい縮むわけ?」
秋代は強ばった顔で息を呑んだ。
「流輝君の計算だと、流輝君と寺林さんとの戦いレベルだと10年。秋代さんと尾瀬さんの戦いレベルだと20年から30年ぐらいだろうって」
「さ……」
秋代は絶句した。
「秋代さんたちの場合、リタイアするぐらいまで力を使い切ったでしょ。だから、その分、体への負担も大きかったってわけ」
「じゃ、じゃあ、もしかして沢渡のときも」
あのとき秋代は、沢渡に首を切り落とされたうえ、尾瀬戦と同レベルぐらいまで力を使い切っていた。
「1度、殺されたわけだし、20年は確実に」
天国は沈痛な面持ちで、秋代に引導を渡した。
「な……」
全部で50年も?
突きつけられた残酷な事実に、秋代は目の前が暗くなった。
「あ、でも、これはあくまでも生物学上の寿命で、人間は生物としては140年から50年ぐらいは生きられるみたいだから、これ以上使いさえしなければ、今の平均寿命ぐらいまでは生きられるから、そう心配することはないと思う」
天国の言葉も、今の秋代には気休めでしかなかった。
「ただ、これ以上使い続けたら、それだけ寿命が縮むうえ、これはあくまでも可能性だけど、寿命が尽きたらある日コロリと死ぬわけじゃなくて、急激に老化が進んで20歳でしわくちゃのおばあちゃんになって御臨終ってことになっちゃうかもしれないの。だから、この先はよほどのことがない限り、創造主化は使わないほうがいいってこと」
「……20歳でババア」
嫌すぎた。
「……つまり、あたしの寿命はクソチビと、沢渡のドクソカスのせいで縮んじゃったってこと?」
そう思うと、腸が煮えくり返る思いだった。
「やっぱり、あそこで息の根止めとくべきだったわね」
「まあ、早く気づけてよかったってことで。それと、これは流輝君の考えだけど、敵に最大級の創造主化を付与したら、激痛を与えたうえ敵の寿命を尽きさせる事ができるから、切り札の1つになるんじゃないかって」
「あんたらしい、壮絶外道な考えね」
秋代は永遠長に白眼を向けた。
「使いたくなければ使わなければいい。どうするも、おまえの自由だ」
永遠長は淡々と言った。
「使わんわあ! てゆーか、創造主化自体、2度と使わんわー!」
秋代の目が血走る。
こうして、極1部の人間が予期せぬダメージを受けたことを除き、永遠長陣営は何事もないまま再試合の日を迎えたのだった。
そして迎えた再試合当日。
分厚い雲が天地を分断するなか、天下分け目の決戦を見届けるべく、今日も今日とて合戦場には前回に引けを取らぬ数のプレイヤーが集っていた。
大半の人間が永遠長の勝利を確信しつつ、それでもわざわざ会場まで足を運んだのは、武装化したモンスターだけを戦わせるという永遠長の戦法が、どの程度の強さなのか。自分の目で確かめたいと思ったからだった。
そして試合開始5分前になったところで、
「さあ、やって参りました。異世界ギルドと王静グループの、異世界の覇権を賭けた最終決戦。果たして勝利の女神は、どちらに微笑むのでありましょうか」
放送席の常盤が、いつも通りのハイテンションで実況を始めた。
「この試合により異世界ギルドの運営権と暗黒竜の所有者が決定するわけですが、ポイントはどこになると思われますか、寺林さん?」
常盤は解説の寺林に振った。
「そうですね。ポイントは、今回も使ってくるであろう永遠長君の新戦法が、どれほどの力があるのか? 仮に本来の召喚武装と同等の力があるとして、王静君が対抗策を練ることができたのか? できたとして、果たして本当に永遠長君に通じるのかが鍵となると思います」
「なりほど」
常盤がうなずいたところで、ほぼ同時に永遠長と王静が広場に姿を現した。しかし、その付添人の中に左と二木の姿はなかった。
そして観衆の視線が集まるなか、
「化現、スパイリー」
永遠長は召喚したメタルスパイダーを召喚武装すると、
「移動」
前回同様、鎧化したメタルスパイダーをバトルフィールドに移動させた。これに対して、王静は普通にモンスターを召喚しただけだったが、
「!?」
召喚されたモンスターは普通ではなかった。
基本ベースこそメタルスパイダーぽかったが、足にはサソリのようなハサミやカマキリのような鎌があり、胴体部分には鳥のような翼が生えていた。
「なんだあ!? 王静選手、これは一体どういうつもりなのでしょうか!?」
このバトルは、あくまでも同じモンスターによる勝負。そこに、違うモンスターを連れてくるのは、明らかなルール違反だった。
観客もざわめくが、王静本人は平然としていた。この種のクレームは想定の範囲内であり、当然それに対する答えも用意してあった。
「確かに、外見は多少変わっているが、それはメタルスパイダーを強化するために他のモンスターの力を足しただけで、基本ベースはメタルスパイダーであることに間違いはない」
王静は悪びれることなく答えると、永遠長を見た。
「それに、そこにいる永遠長君も、前回言っていたじゃないか。霊薬は実質2匹のモンスターで戦うようなもので、それを自分は不問に付すと」
王静は不敵に笑った。
「ならば、これも当然OKのはず。違うかな、永遠長君?」
これも霊薬と同じように、他のモンスターの力を掛け合わせたに過ぎないのだから。
屁理屈にも程がある王静の言い草に、秋代たちが怒りを通り越して感心していると、
「別にかまわん」
永遠長が横目で袁軍を見た。
「そのことは、事前にそいつから話を聞いていたからな」
永遠長の言葉に王静は一瞬鼻白んだが、今重要なのは許可という事実のみ。勝てさえすれば、その過程など二の次だった。
そして計画通り、キメラ獣でのバトルに持ち込めた王静は、すでに勝利を確信していた。
キメラ化したモンスターの強さは、霊薬による効果を含めて、通常の10倍近い。いかに召喚武装状態とはいえ、たった1匹のモンスターが勝てるわけがない。キメラ獣での参戦を勝ち取った時点で、すでに勝負はついていたのだった。
「始め!」
袁軍が試合開始を告げると、
「行け! メタルスパイダー!」
王静は速攻で勝負を決めにかかった。勝敗の見えた戦いに、これ以上無駄な時間を費やす気はなかったのだった。
そして主の命令を受けたキメラ獣が、永遠長のメタルスパイダーに襲いかかる。それに対し、永遠長のメタルスパイダーは飛び退きざま、右腕から蜘蛛の糸を放出。キメラ獣の目をすべて覆い隠すと、さらに蜘蛛の糸を放出。視界を奪われたキメラ獣の後ろ足に付着させると、ハンマー投げの要領でキメラ獣を投げ飛ばした。そして壁に激突し、仰向けになったキメラ獣を剣化した右腕で真っ二つにしたのだった。
キメラ獣がリタイアエリアに移動するのを確認した後、
「勝者、永遠長」
袁軍が永遠長の勝ちを宣言する。その圧倒的な強さに、
「圧勝ー! 前回の天国選手同様、永遠長選手、息をもつかせぬ連続攻撃で、格上のはずの合成獣を瞬殺してしまったあ!」
放送席の常盤を始め、観客たちが沸き立つなか、
「な!?」
王静だけは血の気が引いていた。
「いやー、それにしても見事な速攻でしたね」
常盤は寺林に解説を求めた。
「はい。速さもさることながら、実に無駄のない、効率的な戦い方でした」
「と言いますと?」
「相手は複数のモンスターを融合させたキメラ。まともにぶつかっても、パワーでは絶対に勝てません。そこで永遠長君のモンスターは、まず糸で視界を奪うことで相手の動きを封じた上で、同じく糸により上空へと投げ飛ばした。どんな強力なモンスターであろうとも、投げ飛ばされる際は、本体の自重以上のパワーは出せない。つまり、相手の体重を投げ飛ばせるパワーがありさえすればいいわけです。そして仰向けにしたところで、相手の弱点を的確に突いた」
蜘蛛の体は頭胸部と腹部からなり、この2つは細い腹柄によって繋がっている。永遠長のメタルスパイダーは、その腹柄をピンポイントで切り裂いたのだった。
「しかも驚くべきは、これらの攻撃に永遠長君の指示が一切なかったことです。おそらく召喚武装している間に、永遠長君の戦いぶりから学習したのでしょうが、まさに永遠長君が乗り移ったような、合理的で、それでいて容赦のない、まさに鬼神の如き戦いっぷりでした」
寺林は褒め称えた。
「なるほど。パワー不足を経験で補ったということですね」
常盤がそう言ったところで、永遠長と王静が次鋒戦のモンスターであるサファイアタートルを召喚した。
何が経験だ。たまたま最初の目潰しが命中したから、勝てただけだろうが。姑息な真似しやがって。
王静は内心で吐き捨てた。
しかし、次はそうはいかない。このサファイアタートルには、アイスフロッグ、エレキサーペント、キングオクトパスが合成されている。その名の通りサファイアの防御力に加え、カエルと電気ウナギ、そしてタコの特性を得たサファイアタートルには、目潰しなどという姑息な手段は通用しないのだった。
今度は、こっちが速攻で片付けてやる。
王静はサファイアタートルに電撃攻撃を命じた。次鋒戦は、バトルフィールド全体が水に浸かっている。そこで電撃を使えば、逃げ場のない永遠長のサファイアタートルはリタイア必至と考えたのだった。それを察したのか、永遠長のサファイアタートルが大きく飛び上がる。が、伸びてきた合成獣の舌に右足を絡め取られてしまった。
「さっきのお返しだ! サファイアタートル! そいつを振り回しながら電撃を食らわせてやれ!」
王静の命令を受け、再び合成獣が電撃を放つ。そして合成獣の電撃を受けたうえ、水面に叩きつけられたところで、
「リタイアする」
永遠長が負けを宣言した。
永遠長の予想外の敗北に観客がどよめき、王静の顔に会心の笑みが浮かぶ。
そして続く第3戦。
勢いに乗る王静が火属性モンスターとして繰り出したのは、サンダーバードとソニックバードを合成したファイアーバードだった。
「始め!」
袁軍の掛け声とともに、
「行け、ファイアーバード! ソニックブームだ!」
王静が仕掛けた。火喰い鳥であるファイアーバードに、炎攻撃は効果が薄い。そこでサンダーバードとソニックバードを掛け合わせることで、炎以外のダメージ方法を用意したのだった。
そして合成獣が王静の命令を実行しようとしたとき、永遠長のファイアーバードが地を蹴った。直後、王静の合成獣の喉元には、永遠長のファイアーバードの手刀が深々と突き刺さっていた。
「勝者、永遠長」
王静の合成獣がバトルフィールドから消失すると同時に、袁軍が永遠長の勝利を宣言した。
そして続く第4戦。
王静が召喚したのは、フレイムドッグ、ガイアベア、エレキラビットを合成したストームエレファントだった。
ストームエレファントはパワーはあるが、その巨体ゆえ敏捷性は低い。そのため、人型である永遠長のモンスターには翻弄される恐れがある。そこで、ガイアベアを掛け合わせて防御を向上させた上で、残るモンスターの特殊能力で勝負に出ることにしたのだった。
そして、その狙いは当たり、
「リタイアする」
炎と電撃攻撃に耐えかねた永遠長のモンスターをリタイアに追い込むことに成功したのだった。
次の光対決に勝てば負けはなくなる。
王静が繰り出した5番手は、アイアンバッファロー、フレアコング、ソニックバードを合成したボルテックパンサーだった。
そして審判の開始の掛け声と同時に、
「行け、ボルテック」
王静はボルテックパンサーに速攻を命じようとした。が、
「!?」
その命令を発しきる前に、王静の合成獣は永遠長のボルテックパンサーによって、頭から尻尾まで瞬断されていた。
「あ、そういうことか」
またも瞬殺で終わった第5戦を見終えたところで、寺林は永遠長の意図に気づいた。
「どういうことですか、寺林さん?」
「おそらくですが、永遠長君はここまでの試合、わざと負けてたんです」
「わざと、ですか? しかし、なんのために?」
「これもあくまで推測ですが、おそらく王静君のモンスターを全部見たかったんだと思います」
モンスターのキメラ化は、永遠長にとっても未知の存在。王静が、それを実現したというなら、どんなモンスターを合成して、そのモンスターがどんな力を発揮するか。永遠長は興味があった。
「1戦目は指示を出す間もなく、モンスターが独自の判断で瞬殺してしまったため見れませんでしたし、3戦目は完全な鳥タイプなうえ、全身から微弱な電波を発しながらソニックブームを撃とうとしていたので、あらかた予想がついたんでしょう」
「で、瞬殺したと?」
「そういうことです。そして何を合成したのかわからないモンスターは、とりあえず相手に攻めさせて、その力を確かめたところでリタイアしたといいわけです。一方的に勝ち続けてしまうと、4戦目で終わってしまって、光と闇のモンスターがどんなものか見れなくなってしまいますから。もったいないと思ったんでしょう」
寺林の推測に、もっとも激しく反応したのは王静だった。
「もったいないだと!?」
王静の全身が怒りに震える。
「どこまでもナメ腐りやがって、このガキが! 余裕こいたことを後悔させてやる!」
王静は最終戦のモンスターを召喚した。しかし、そのモンスターは取り決めていたメタルスコーピオンではなく、どう見てもフレアコングだった。
観衆のざわめきを、王静は鼻で一蹴した。
「誰がなんと言おうと、これは正真正銘メタルスコーピオンだ。確かに、形は少しばかりフレアコング寄りになってしまったが、それはあくまでも合成中の事故によるもので、基本ベースは間違いなくメタルスコーピオンだ。ほら、腕と尻尾に、メタルスコーピオンの特徴が出ているだろう」
王静の指摘通り、フレアコングの両手は鋏状になっていて、尻尾の先にもサソリの毒針がついていた。
闇のモンスターまで投入するということは、それだけ勝負が拮抗しているということ。そこで念のために、ルール度返しで最強のモンスターを作っておいたのだった。
そして熟慮の結果、人型のフレアコングにメタルスコーピオンのハサミと尻尾。サンダーバードの翼とアイアンバッファローの鋼鉄の外皮を重ね合わせたのだった。
観衆からブーイングが飛ぶなか、
「別にかまわん」
やはり永遠長はあっさり了承し,
「始め!」
袁軍の掛け声の下、最終戦が開始された。
「今度こそ終わりだ」
フレアコングとアイアンバッファローを合成した合成獣の体格は、永遠長のメタルスコーピオンの10倍以上。それに加えて、フレアコングの炎とサンダーバードの電撃と、メタルスコーピオンのハサミと毒針と、攻撃手段も豊富にある。この合成獣が鎧化しているとは言え、たった1匹の、それもサソリごときに負けるなど天地がひっくり返ってもありえなかった。
「行け、メタルスコーピオン、そいつを叩き潰してしまえ!」
王静の命令を受け、合成獣が永遠長のメタルスコーピオンへと右腕を振り下ろす。だが永遠長のメタルスコーピオンは逃げる素振りもなく、合成獣の右腕を無造作に左腕で振り払うと、そのまま合成獣の腹に飛び蹴りを食らわせたのだった。そして、倒れた合成獣の右足を掴んで投げ飛ばすと、結界に打ち付けられ、うつ伏せに倒れた合成獣の翼を両翼とも切り落としてしまった。
「バカな!?」
考えられる限りの強化を施した、この合成獣の強さは、一般のメタルスコーピオンの20倍を優に超えている。いかに永遠長のメタルスコーピオンが召喚武装状態にあるとはいえ、ここまで圧倒的な差がつくなど、ありえない話だった。だとすれば、考えられることは1つしかなかった。
「そうか。貴様も自分のメタルスコーピオンに、別のモンスターを合成したんだな」
霊薬がそうであったように、モンスターの合成方法を永遠長が知っていても、なんら不思議はない。そして、自分の合成獣と同様の処置が施してあるのだとすれば、この圧倒的な強さも合点がいくというものだった。しかし、
「おまえと一緒にするな」
永遠長は不愉快そうに一蹴した。
「おまえの召喚獣が力負けしたのは、単におまえの召喚獣が俺のメタルスコーピオンより弱かったからに過ぎん」
「ふ、ふざけるな!」
王静は気色ばんだ。
「このモンスターは、メタルスコーピオンにフレアコングとサンダーバード、それにアイアンバッファローを掛け合わせて作ったんだぞ! その強さは、通常のメタルスコーピオンの20倍以上! それが、ただのメタルスコーピオンに負けるわけないだろうが!」
「それは、あくまでも同じレベルのメタルスコーピオンであれば、の話だろう」
永遠長は、すげもなく言い捨てた。
「これまでの戦いを見るに、おまえの召喚獣は霊薬や合成による強化はなされているが、肝心の召喚獣そのもののレベルは、どれもたかが知れていた。大方、霊薬があれば楽勝と高をくくって、ロクに鍛えてこなかったんだろう」
永遠長の指摘に、王静は鼻白んだ。
「そして霊薬や合成による強化には、当然ながら限界がある。俺の召喚獣の強さが、その限界で得られる強さを超えていた。ただ、それだけの話だ」
「ふ、ふざけるな」
「なんの努力もせず、他力本願で得た強さで勝てるほど、ここまで共に戦ってきた俺の召喚獣は甘くなかった。ただ、」
「ほざけえ!」
王静は合成獣に攻撃を命じた。しかし翼をもがれ、
「くそ!」
力でも負けている合成獣にできることは、
「くそ!」
最後の頼みの綱である防御力で、
「くそ!」
ただただ永遠長のメタルスコーピオンの猛攻を耐え凌ぐことだけだった。しかし、その最後の綱も、永遠長のメタルスコーピオンの毒針が、合成獣の右耳から左耳へと突き抜けた瞬間、
「くっそオオオ!」
断ち切れた。そして王静の合成獣は倒れ込む前にリタイアエリア送りとなったのを確認した袁軍によって、
「勝者、永遠長!」
王静の敗北が確定したのだった。
「勝ー利! 異世界ギルドの運営権と暗黒竜を賭けたモンスターバトル対決。制したのは、永遠長選手! 度重なる王静選手の悪辣な策謀を真っ向から粉砕した、まさに完全勝利!」
常盤の声が興奮に弾み、
「全身は、メタルスコーピオンとアイアンバッファローの強固な外皮に覆われていても、耳の穴には鼓膜しかない。その生物の当たり前過ぎる性質を突いた、見事な勝利でした。この試合、付け加えることがあるとすれば、それだけです」
寺林も永遠長に惜しみない拍手を送る。
会場が永遠長の新戦法に盛り上がるなか、
「負けたよ、永遠長君、私の完敗だ」
王静が笑顔で永遠長に握手を求めてきた。その握手に永遠長が無言で応じたところで、
「じゃあ、これで異世界からは完全に手を引くわけね?」
秋代は、王静に改めて確認した。これまでの経緯から、秋代の王静に対する信用度はゼロどころかマイナスに突き抜けているのだった。
「もちろん、契約は遵守する。私も信用第1の商人だ。金輪際、我が社は異世界には関与しないことを約束する」
王静は神妙な顔で断言した。
そんな王静を横目に、役目を終えた袁軍も会場を後にした。すると、
『どういうつもりだ?』
袁軍の頭に、マグドラの思念が届いた。
おいおい、こんなところでテレパシー飛ばしてくるとか、考えなさ過ぎだろ。
袁軍は内心でつぶやいた。
『問題ない。実際、メレクと接触したときも、奴らに気づかれることはなかった』
「あっそ」
『次は、こちらの疑問に答えてもらおう。なぜ、キメラのことを奴に話した?』
もし、袁軍が永遠長に話さなければ、王静が勝っていたかもしれないのだった。
『なぜ、わざわざこちらの手の内を明かした? 我々を裏切る気か?』
マグドラの声に不穏な空気が帯びる。
「おいおい、本気で言ってんのか? 手の内を明かさなければ、王静先生が「背徳」に勝てたって」
袁軍は鼻で笑った。
「自分自身が思ってもいないことで他人を非難する前に、自分の詰めの甘さを反省したらどうなんだ?」
『反省はしている。だが、それとこれとは』
「それに、裏切るってのも見当違いだろ。元々、俺がおまえたちと手を組んだのは利害が一致したからに過ぎないんだからな」
地球人を滅亡させるという点において。
「おまえにしてみれば、俺が黙って王静先生の反則を見過ごして、少しでも勝率が上がればよかったんだろうが、その場合俺はどうなる?」
まず間違いなく永遠長に、そして観客たちにも王静と結託していると思われるだろう。
「それでなくても、王静先生が大衆の前で「ザ・中国人」みたいな真似を散々披露してくれてるところへ、俺までがそんな真似してみろ」
それこそ、この先中国人プレイヤーは、全プレイヤーから白眼視されることになりかねない。
「これでも中国No.1ギルドのギルマスとして、500人からの人間をまとめてるんだ。そいつらに恥をかかせるような真似してまで、おまえに加担してやらなきゃならない理由なんて俺にはないんだよ」
まして負け戦が確定している勝負で。
「しかも、その場合「背徳」の不興を買うことになる。あんな化け物を敵に回してまで、おまえらに肩入れして、俺になんの得がある?」
袁軍の目的は、あくまでも自分の安全を確保した上で、中国社会を崩壊させることなのだった。
中国社会は、厳しい上下関係で成り立っていて、それは家族内でも変わりはない。
袁家という名家に生まれた袁軍は、世間から見れば勝ち組なのだろうが、それでも家長や古参の親類縁者、そして当然のことながら国家元首の意向に逆らうことはできない。もっとも、歳を重ねれば、少なくとも袁家の中では最高位に就くことはできるだろう。だが、それは何十年も先のことであり、袁家に言わせれば足腰が弱り、まともに動くこともできなくなってから頂点に立ったところで、なんの意味もないのだった。
つまり袁軍は、今このときを好きに生きるために「イレイズ」に参加したのであり、自分の命を懸けてまで、永遠長に地球を滅ぼしてもらおうとは、さらさら思っていないのだった。
「今回、おまえの話に乗ったのは、デメリットなしで中国を滅ぼせる上、暗黒竜が手に入るかもしれないと思ったからだ」
だからこそマグドラに言われるまま王静と接触して、暗黒竜を依頼したのだった。永遠長が持っていることを、それとなく匂わせながら。
袁軍にとっては、それだけで十分過ぎる協力であり、それ以上のリスクを負う義理などないのだった。まして、面と向かって永遠長と対立して、仮に命までは取られなくとも、もし異世界ナビを没収か使用禁止にでもされたら、それこそ目も当てられない。これまでの苦労が、すべて水泡に帰してしまうことになる。
「おまえにしてみれば、俺がどうなろうと地球を滅ぼせればそれでいいんだろうが、おまえのために捨て駒になる気なんて、俺にはさらさらないんだよ」
袁軍は言い捨てると、
「てゆーか、俺に逆ギレ気味の責任転嫁をしてる暇があったら、王静先生をマークしとけよ。俺の見たところ、あの男、まだ何か企んでるぜ」
『そのようだな』
その思念を最後に、マグドラが袁軍に話しかけることは2度となかった。
「あーあ、欲しかったなあ、暗黒竜」
袁軍肩を落とした。上手くすれば、と思えばこそ、控え室で永遠長と接触したときには、仮に王静が勝ったとしても暗黒竜を返還する、とは言わなかったのだった。
ともあれ、暗黒竜を巡る永遠長と王静のモンスターバトルは、永遠長の勝利で決着を見た。だが、袁軍の洞察通り、事はこれにて完全決着とはならなかったのだった。
試合の翌日、敗北したにも関わらず、王静は清々しい朝を迎えていた。
実際、王静にとって昨日の敗北は些事に過ぎなかった。
だが、その爽やかな朝は、社員からの一報によって一変することとなった。
この時間、よほどのことがない限り、携帯には連絡しないよう、社員には言い聞かせてある。それを承知でかけてきたということは、よほど火急の要件ということだった。
「私だ。いったい、なんだ?」
いぶかしみつつ電話に出た王静の顔が、直後に気色ばんだ。
「寝ぼけたことをぬかすな!」
怒鳴りつける王静に、
「ほ、本当なんです」
電話をかけてきた現地の社員は悲痛な声で答えた。
「本当に、檻に入れてあったモンスターが消えたんです。それも、すべての檻から」
「すべて!? すべてって、そこに捕まえてあった、すべてのモンスターということか!? 」
「ここだけじゃありません。別の倉庫に保管してあった分も含めて、すべてです」
「なんだと!?」
王静は鼻白んだ。
「ふざけるな! あの中には李大人の予約分も入ってるんだぞ!」
李大人は黒社会にも顔が利く、中国経済界の重鎮。その李大人との取引が、もし反故になるようなことになれば、商人としての信用を失うどころか命が危うかった。
「探せ! なんとしても探し出すんだ!」
王静が声を荒げたところで、異世界ナビにメールが届いた。見ると、現地との連絡用にエルギアに置いてある異世界ナビからの送信であり、そこには地球と同じように、檻に収容していたモンスターが、すべて消えたと書かれていた。
「ふざけるな! 何匹いたと思ってるんだ!? だいたい、あれだけの数のモンスターを、誰にも気付かれず盗み出すなど……」
そこまで言ったところで、
「まさか……」
王静の脳裏に1人の男の顔が浮かんだ。
「あのガキ!」
王静は大急ぎで身支度を整えると、日本行きの航空チケットを手配した。そして日本に着いた王静は、その足で常盤学園に乗り込んだ。
「やってくれたな」
王静は、応接室に現れた永遠長を睨みつけた。
「なんの話だ?」
「惚けるな!」
王静は声を荒げた。
「私の用件は1つだけだ。盗んだモンスターを返せ。そうすれば、今回のことは不問に付してやる」
「だから、なんの話かと聞いている」
「あくまでも惚ける気か」
「おまえの口ぶりからすると、捕まえた召喚獣たちが盗まれたようだが、それを俺がやったという証拠でもあるのか?」
「貴様以外、誰がいる!」
王静は激昂した。
「貴様の力が「移動」だということは、すでに調べがついているんだ! 貴様は、その力を使って俺のモンスターを盗み出した! そうなんだろ!」
「なんだ。何かと思えば、状況証拠からの、ただの憶測か。話にならんな」
「ふざけるな!」
「ふざけているのは、おまえだろう。他人を泥棒呼ばわりするときは、それ相応の証拠を用意してからにしろ」
永遠長は王静の怒気を鉄仮面で跳ね返した。
「でなければ警察に駆け込め。異世界で捕まえたモンスターを盗まれた。犯人に心当たりがあるから取り調べてくれと。もっとも昨日は10時頃まで駅前にいて、あちこちの店に入ったからな。どこかの防犯カメラには映っているだろうし、ここに戻ったところも映像で残っている。そうなれば警察も、それ以上は追及できないだろう。それとも、おまえがモンスターを閉じ込めていた場所は、人が6時間足らずで行き来できる距離にあったのか?」
「貴様……」
王静の肩が怒りに震える。
「貴様は、今回のことで自分がどれだけの大物を敵に回したか、わかっていないようだな」
「何を言っている。もしそうなったとして、その大物とやらの怒りを買うのは、商品を用意できなかったおまえだろう」
永遠長の指摘に、王静は鼻白んだ。
「そもそも、昨日の勝負に負けた時点で、おまえは異世界から手を引くと約束したはずだ。仮に、本当に俺が召喚獣を逃がしたのだとしても、文句を言われる筋合いはない。それとも」
永遠長の眼光が鋭さを増す。
「契約を履行するというのは口だけで、実のところは系列会社に異世界事業を移譲することで、事業を継続しようとでも考えていたか?」
永遠長の推察に、王静の顔が強ばる。
「あの契約書には、確かにおまえのサインがしてあったが、それはあくまでも王静グループの代表取締役としてのサインだ。つまり、まったくの別会社を新たに作り、そこに異世界に関する権利を売却、もしくは新規に異世界での事業を開始した場合、あの契約書に違反することなく、おまえは異世界での事業を継続することができるというわけだ。世間知らずの高校生相手なら、それで十分だまくらかせると踏んだんだろうが、考えが浅過ぎたな」
いまいましげな王静の顔が、永遠長の推察の正しさを証明していた。
「それに、仮にその大物とやらの怒りが本当に俺に向いたとしても、それでおまえが商品を用意できなかったという事実が変わるわけじゃない」
永遠長に現実を突きつけられ、王静が絶句する。
「商人は信用が第1。その信用を裏切り、しかもそれが2度3度と続けば、セレブ連中は誰もおまえを相手にしなくなるだろう。そしておまえには、モンスターの捕獲や管理に要した費用と、契約不履行に伴う違約金だけが残ることになる。それで、どれだけ会社を維持できるか見ものだな」
永遠長は底意地悪く薄笑った。
「……常盤グループの御威光を傘にきて調子に乗っているようだが、今回のことは1グループで守れるレベルを超えている。常盤グループの傘下にいるから安泰だと高をくくっていると、後悔することになるぞ」
「寝言を言うな」
永遠長は不本意そうに言い捨てた。
「俺は常盤グループの傘下になど入った覚えなどない。俺が今ここにいるのは、あくまでも受けた依頼を遂行するために過ぎん。そして、その依頼も間もなく終了し、そうなれば俺はここを出る」
「……つまり、貴様の身に何があろうと、常盤グループは関与しない。そういうことか?」
「そういうことだ」
「そうか。それはいいことを聞いた」
王静は口元を緩めると、応接室を後にした。そして入れ替わる形で、秋代たちが応接室に入ってきた。
「あの中国人、やっぱハナから約束守る気なんてなかったのね」
秋代は憤慨した。
「てか、それはそれとして、あいつ放っておいていいわけ? あの様子からすると、絶対またなんか企んでるわよ?」
「だろうな。おそらく、俺が学園を出たときを狙って暗殺でもするつもりだろう」
「で? そこを返り討ちにしようってわけ? 例によって、正当防衛の名の下に」
「そんな真似はしない。俺が手を下すまでもなく、このまま行けば自滅するのが目に見えているからな」
「あっそ。で、話は変わるけど、あんた、教師辞めるって本気なわけ?」
「当然だ。そのために週末戦なんていう激薬を用意したんだ。3学期中に依頼を終わらせるためにな」
「で、辞めてどうするわけ? 異世界ギルドの業務に専念するわけ?」
「小学校に行く」
「それって、今度は小学校の先生やるってこと?」
「違う。俺が小学校に通うんだ」
「意味分かんないんだけど?」
「簡単な話だ。楽楽は今年で小学1年生だが、俺の中から出ようとしない。だから、俺が楽楽の姿になって小学校に通う。そうすれば、少なくとも楽楽を不登校児にはしなくて済む」
「それが、前に言ってた対策ってわけ?」
「そういうことだ」
加えて、抑止力として週末戦のシステムは残しておく。そうすれば、永遠長が学園を去ったとしても、そうそう生徒たちも暴走しないはずだった。
「俺としても不本意であるが仕方ない。もし3学期いっぱいという縛りがなければ、それこそ課外授業の名目でラーグニー辺りに連れていって蟻地獄に叩き込むとか、おまえたちのときのようにディサースでイモ虫や巨大ムカデの巣に放り込むとか色々できたんだがな。後、ウジとか蜘蛛とか」
永遠長は残念そうに言い、居合わせた女子の顔が青ざめる。
「それ以外にも学園ごと異世界に送りこんだら、どうなるか。やってみたら面白いとも思ったが、時間がなかったから断念した」
「あんたね」
秋代は眉をひそめてから、ふと気がついた。
「ん? てことは何? もしかして、あんた小学校に行ったら女子のトイレに入って、着替えも女子と一緒にするわけ?」
「そうなるな」
「そうなるな。じゃないわよ。それ、完全に犯罪レベルの変態じゃない」
「誰が変態だ。そもそも女子のトイレは全部個室だし、小1などまだ父親とお風呂に入っている時期だろうが。見るも見られるもあるか」
「そういう問題じゃないでしょうが。プライバシーとエチケット、倫理観の問題よ」
「うるさい奴だ。なら、おまえが楽楽に1人で小学校に行くよう説得しろ」
「なんで、あたしが」
「だったら黙っていろ。責任を伴わない偽善者の綺麗事など、聞くに値せん」
永遠長は言い捨てると応接室を出て行った。
他方、永遠長との交渉が決裂に終わった王静は、宿泊するホテルに着いた直後、自身に起きた新たな異変に気付くことになった。
それは、マグドラから教わった異世界の移動方法を、綺麗サッパリ忘れているということだった。
確認するまでもなく、永遠長の仕業に違いなかった。
「あのガキがあ!」
最悪、今からでも捕まえ直せばいいと思っていた王静の思惑は、これで完全に潰えてしまったのだった。
残る頼みの綱はマグドラだが、いつも向こうが一方的に現れるため連絡を取る手段がない。
そうなると、もはや残る手段は1つしかなかった。
永遠長を力ずくで命令を聞かせる。そうして、あわよくば異世界ギルドの運営権を奪う。最悪、殺してしまったとしても、それはそれで異世界の移動法を思い出すかもしれない。どちらにしろ永遠長は殺すつもりだったのだから、王静にしてみれば遅いか早いかの違いでしかなかった。
問題は、どうやって永遠長をやるかだった。
常盤学園に直接乗り込めばセキュリティに引っかかるだろうし、常盤グループを敵に回すことになりかねない。永遠長は常盤グループとは無関係と言っていたが、自分が経営する学校に不法侵入されれば、当然黙っていないだろう。
これを避けるためには、なんとか永遠長を学園の外におびき出す必要があった。
だが、どうすれば……。
5分ほど思案したところで、王静はあることに気がついた。それは、永遠長が性根はともかく、社会的には未成年だということだった。
そして未成年が起こした問題は親が取る。
それが日本の風習であるはずだった。




