第212話
大会当日。
イベントの開催地であるエルギア行きチケットの売り上げは、軽く万を超えていた。
その要因は、この勝負に異世界ギルドの運営権がかかっていることもあるが、それ以上に勝敗を賭けの対象にしたことが大きかった。その意味で、運営権とギャンブルにより客を呼び込むという、常盤と永遠長の目論見は成功したと言えた。
もっとも、初の試みということもあり、賭けに付き物の予想屋など、ギャンブル場特有の熱狂的な空気はなく、会場への入場も騒動なく行われていた。
その会場は前回のギルド戦同様、寺林が建設したものであり、直径200メートルの中央広場の周囲には、これもギルド戦と同じく観客に被害を出さないための防御結界が施されていた。
そして、その中央広場には長方形のバトルフィールドが、その両端にはコマンダーエリア、左右にはリタイアエリア、入り口付近には待機エリアが設置されていた。
本来のエルギアにおけるモンスターバトルでは、試合中にモンスターが致命傷を負った場合、そのまま死亡する。だが、この試合では先のギルド戦同様、致命傷を与えられた場合、リタイアエリアで復活する仕様となっているのだった。
開始時間が近づくにつれ、観客席が埋まっていく中、出場者たちは各陣営の控え室で戦いの時を待っていた。
その陣営の一方、異世界ギルドの控え室に、見知らぬ人物が現れたのは、試合開始20分前のことだった。そして、その人物は永遠長を見つけると近づいてきた。
「失礼。少し、お時間をいただいてもよろしいでしょうか? 大切な試合の前であることは重々承知しているのですが、その試合に関してお話して、いえ、お詫びをしなければならないことがありますので」
「てか、あんた、誰よ?」
秋代が露骨に不審感をあらわにし、
「これは失礼しました」
秋代たちと同年代の少年は頭を下げた。
「申し遅れました。私はギルド「ザナドゥ」のギルドマスターで、袁軍と申します」
「ザナドゥ?」
秋代は初めて聞くギルド名だった。
「中国でNo.1のギルドだよ」
小鳥遊が説明し、
「そして、世界でもアメリカの「SSS」に次ぐNo.2のギルド」
天国が情報を補足した。
「中国人のギルドなのに、ギルド名は英語なわけ?」
中国人のギルドというからには、てっきりギルド名も解読不能な小難しい漢字を並べたものだとばかり思っていたのだった。
「それを言うなら、私たちだって、日本人なのにギルド名は英語でしょ」
天国はそう切り返すと、
「それに、ザナドゥには理想郷という英単語の他に、中国の「上都」のこともザナドゥと呼ぶから、あながち中国人と無関係と言うわけでもないし。最近では、中国の企業も英語名の名前にしているところが結構あるから、別に特別珍しいというわけじゃないの」
そう付け加えた。
「そうなの?」
これも秋代は初耳だった。
「ええ。彼が、どちらの意味のザナドゥにしたかは不明だけれど」
「ふーん。で? その中国No.1ギルドのギルドマスター様が、一体なんの用なわけ? さっき、なんか、お詫びがどうとか言ってたけど」
「はい。お手間を取らせるのもなんですので、単刀直入に申し上げますと、今回のトラブルの発端となった暗黒竜の捜索。あれを王静氏に依頼したのは、他ならぬ私なのです」
「え!?」
「ですが、誤解しないでください。私は、確かに王静氏に暗黒竜の捜索を依頼しましたが、それはあくまでも野生の暗黒竜のことであって、すでに他人の持ち物となっている暗黒竜を奪ってまで手に入れようなどという気は、まったくなかったのです」
袁軍は申し訳なさそうに目を伏せた。
「ですが、結果論とは言え、私が王静氏に依頼したことが原因で、あなたがたに迷惑をかけてしまったことに変わりはないわけで、そのことを1言お詫び申し上げたいと思い、まかりこしたしだいでして。謝って済むことではありませんが、申し訳ありませんでした」
袁軍は深々と頭を下げた。
「てーか、そう思うなら、今からでも依頼をキャンセルすりゃいいじゃない。そうすりゃ、あいつも戦う理由がなくなんでしょ?」
秋代の指摘に、
「私も、それは考えましたが」
袁軍は言い淀んだ。
「私がこのことを知ったとき、すでに事は暗黒竜だけに留まらず、異世界ギルドの運営権も対象に含まれてしまっておりました。王静氏にしてみれば、たとえ暗黒竜の依頼がキャンセルされようとも、勝負に勝てば異世界ギルドの運営権が手に入る以上、止めるとは考えにくかったですし、王静氏が私のために暗黒竜を手に入れるために尽力してくださったことに変わりはありません。それを、この状況でキャンセルするのは、自分が助かるためにハシゴを外すようで、王静氏に悪いというか気が引けてしまって」
「そういやそうね」
すべては、あのチャラ男のせいだった。
「ホント、ろくなことしないわね、あのチャラ男は」
秋代はフンと鼻を鳴らした。
「話はわかった」
永遠長は淡々と言った。
「安心しろ。今回の件で、おまえたちに累が及ぶことはない」
「それを聞いて安心」
「ただし、あくまでも今回の件に関しては、の話だ。今回はうまくいったからといって、この先も同じように事が運ぶとは思わないことだ」
「肝に銘じておきます」
袁軍は神妙な顔でうなずくと、
「では、私はこれで失礼させていただきます」
一礼して永遠長たちの前から去っていったのだった。
そして同時刻、決戦の場となるバトルフィールドでは、前回のギルド戦同様、会場の最上階に陣取った放送席で常盤と寺林が実況中継を始めていた。
「さあ、間もなく始まります。異世界ギルドの運営権と暗黒竜を賭けた、異世界ギルドと王静グループのモンスターバトル」
放送する常盤の声は、ギルド戦同様生き生きとしていた。
「試合開始前に、改めてルールの説明をしておきましょう」
常盤はそう前置きすると、この試合における独自ルールを読み上げた。
この試合は5対5の点取り形式であること。
使用するモンスターは、共に同じモンスターであること。
出場するモンスターへの魔法及びクオリティでの干渉は行わないこと。
各試合で3対3となった場合には、引き分けとして延長戦は行わないこと。
ただし、大将戦を終えた段階で引き分けだった場合に限り、双方の代表者による最終決定戦を行うこと。
各試合は1対1。地水火風光闇。6属性1体ずつで行うが、先鋒戦のみ双方3人ずつ出場すること。
審判は、寺林の推薦によりリャンが行うこと。
この試合でモンスターが死亡した場合には負けとなるが、死亡したモンスターはリタイアエリア外で復活すること。
ひと通りのルール説明を終えた後、
「ずばり、今回の見どころはどこと思われますか、寺林さん」
常盤は寺林に話を振った。
「そうですね。注目すべきは、やはり先鋒から中堅までの3戦でしょう。ハッキリいって、副将と大将戦は天国君と永遠長君の勝ちで確定と言っていいと思います。そうなると、勝敗の行方は残る3戦しだい。特に次鋒と中堅の力量に、勝負の行方がかかっていると言って差し支えないと思います」
「なるほど。確かに賭けのオッズも、次鋒戦と中堅戦だけ拮抗していますものね」
ちなみに先鋒戦は、木葉と秋代のオッズが高く、小鳥遊は拮抗していた。つまりプレイヤーは、大半が木葉と秋代は負けると思っているということだった。
「はい。ですが、それも致し方ないと思われます。対戦するプレイヤーのプロフィールに記されている通り、木葉君と秋代君は今回の勝負が決まるまで、1度しかエルギアを訪れていません。そうなると、手持ちのモンスターのレベルも推して知るべしですから」
今回の試合は賭け試合であるため、その判断材料となるように、モンスターの所持数等、出場者の異世界での活動歴が公表されているのだった。
「では、先鋒戦が小鳥遊、木葉、秋代の3選手という変則的なチーム編成となっているのも、その辺に理由があるのでしょうか? 素人考えですが、それほど勝ち目がないのであれば、最初から小鳥遊選手1人が全属性で出場したほうが勝算が高いように思うのですが?」
「確かに、その通りですが、この勝負には異世界ギルドの運営権がかかっている上、今回の事案は秋代君曰く「地球方面の担当事案」だそうですので、地球方面の担当者である秋代君たちとしては、たとえ負けるとわかっていても、傍観しているわけにはいかなかったのでしょう」
「なるほど。ですが、負けるとわかっている選手をあえて出場させる辺り、異世界ギルドチームからは余裕が感じ取れますね」
「それだけ残る4人への信頼が厚いということなのでしょう。永遠長君としては、あの3人を先鋒戦に出すことで、いくらかでも相手チームの手の内を暴ければ上首尾、というところなのだと思います」
「なるほど。そのためにタイプの違う3人を先鋒にした、というわけですね。3人寄れば文殊の知恵と言いますし」
「はい。先鋒の3人が戦闘中に、どれだけ王静陣営の手の内を暴けるか。それが先鋒戦の見どころになると思います」
寺林がそう言ったところで開始時刻となり、両チームのメンバーが中央広場に姿を現した。
「おや? まだ先鋒戦だというのに、両チームとも出場メンバー全員が出てきているようですが」
「この勝負は、地球における団体戦のように、出場メンバー全員が試合場の周囲に控えている必要はないのですが、この会場の控え室には、モニターが設置されておりませんからね。少しでも多く間近で試合を見ることで、相手の手の内を探ろうという考えなのでしょう」
「なるほど。ん? 永遠長選手、誰かの襟首を掴んでいるようですが」
「左君ですね。おそらく、また寝ているのでしょう。昨日も遅くまで研究していたようですから。寝てられる間は少しでも寝ていよう、ということなのだと思います」
「なるほど。ここからも異世界ギルド陣営の余裕が伺えま、あ、永遠長選手、左選手の背中を踏みつけました」
「おそらく、いくら言っても起きようとしないので実力行使に出たのでしょうが、永遠長君にしては珍しいですね。基本、彼は相手が手を出さない限り、暴力には訴えないのですが」
「それだけ仲がいいということでしょうか?」
「気が合うことは確かだと思います。どちらも知的好奇心が旺盛ですから。ともあれ、マッドサイエンティストの異名を持つ左君が、どんな試合展開を見せてくれるか。楽しみです」
そこで、異世界ギルド陣営からは木葉が、王静チームからは李静という20代半ばの中国人男性がバトルフィールドに進み出てきた。そして双方とも高台となっているコマンダーエリアに上がると、異世界ナビでハリネズミを召喚した。が、同じモンスターでも、その体長は倍近く王静陣営のハリネズミが上回っていた。しかし木葉は臆することなく、というか考えなしに、
「行けえ、ハリセン! ローリングハリセンボンじゃ!」
ハリネズミに体当たりを命じた。すると、木葉のハリネズミは身を丸めたまま、王静のハリネズミへと猛スピードで突進して行った。しかし、
バシ!
王静のハリネズミに張り飛ばされた上、
ドスン!
ボディスラムを食らい、あえなくリタイアエリア送りになってしまった。
そして第2戦。水属性として小鳥遊が選んだのは、全身が蒼白な海馬、シーホースだった。
「寺林さん、シーホースと言うと、地球ではタツノオトシゴ。神話では馬の上半身に魚の下半身をしたモンスターなのですが、あのモンスターには、そう言った特徴は見られませんね」
常盤は寺林に解説を求めた。
「はい。この世界のシーホースは、名前こそ地球のシーホースと同じですが、まったくの別物です。特徴としてはシーホースよりも、ケルピーに近いと思います」
「ケルピーというと、スコットランド地方の水辺に住み、人間をおびき寄せては水底に引きずり込んで喰らうという、あのケルピーですか?」
「はい。そのケルピーです。もっとも、ケルピーの姿にも諸説あり、正確なところはわかりませんし、この世界のシーホースは、ケルピーと違って人間を水底に引きずり込んで食べるような真似はしません。それどころか主に海中で生活しているため、めったに人前には現れず、かなりレアなモンスターとして知られています。この次に出てくるフレイムシーザーといい、小鳥遊君はこの短期間に、よくあれだけレアなモンスターをゲットできたものだと感服します」
「なるほど。確かにプロフィールによると、小鳥遊君が初めて異世界に来たのは去年の9月。エルギアに至っては10月となってますものね。それでシーホースやフレイムシーザーのようなレアモンスターを含め、100以上のモンスターをゲットしているのは凄いですね」
「はい。それも異世界ギルドの業務をこなしている合間に、ですから、ある意味驚異的な数字と言っていいでしょう。もしかしたら小鳥遊君には、エルギアのモンスターに愛される体質か、才能があるのかもしれません」
「なるほど。それもあり、小鳥遊選手はこの試合に選ばれた、ということですね」
「そこまでは私にはわかりませんが、少なくとも一方的な試合にはならないと思います」
「なるほど。そして、その異世界ギルドの期待のホープに対するのは、張秀英選手ですが、彼について1言お願いします」
「はい。張秀英君は、王静グループの一員ではなく、バイトで雇われた、言わば傭兵です。当初、王静君は彼からシーホースを買い取ろうとしたのですが、張秀英君が頑として拒否したため、やむなく彼を雇う形で小鳥遊君にぶつけてきたというわけです。先程も申し上げた通り、シーホースは珍しいモンスターですからね。張秀英君としても、いくら金を積まれようとも手放す気にはなれなかったのでしょう」
「なるほど。その経緯からも、シーホースの貴重さがわかりますね」
常盤がそう言ったところで、フィールドに水が流れ込んできた。やっぱり、水属性モンスター同士が戦う
以上、水がなければダメだろう、という常盤の意向によるもので、コマンダーエリアが高台になっているのも、水属性対決の際、足元が濡れないようにという常盤の配慮だった。
そして、フィールドに30センチほど水がたまったところで、
「始め」
2戦目が始まった。
「シホ、ウォーターギャロップ!」
開始早々、小鳥遊がシーホースに水上での全力疾走を命じると、
「こっちもウォーターギャロップだ、バリアント!」
張秀英も同じ命令を愛馬に出した。そして両馬が水面を駆け回りながら、主からの次の指示を待つ。
「シホ、アクアウェイブ!」
小鳥遊の指示を受け、シーホースは前脚で水面を踏みつけた。すると、水面が波打ち、津波となって張秀英のシーホースへと押し寄せていった。
「バリアント、ジャンプしてかわせ!」
張秀英のシーホースは10メートルほどジャンプして津波をかわすと、
「バリアント、水弾!」
口から水球を撃ち出した。
「かわして、シホ!」
小鳥遊のシーホースは前進して水弾をかわすも、
「逃がすか!」
着地した張秀英のシーホースは、さらに水球を放出する。だが、このときの張秀英は敵を仕留めることに気を取られて、気づいていなかったのだった。小鳥遊のシーホースが、自分のシーホースを取り囲むように全力疾走していることに。
「チョロチョロしやがって。バリアント、ホースバインドだ!」
張秀英は水の蔓で小鳥遊のシーホースの動きを止めようとした。が、その前に張秀英のシーホースのほうが、足元に発生した渦巻きにより身動きを封じられてしまった。
「しまっ」
張秀英も、ここでようやく小鳥遊の思惑に気づいた。が、手遅れだった。
「シホ、ホーストルネード!」
小鳥遊が命じた直後、渦を巻いていた水が竜巻と化し、
「バリアント!」
張秀英のシーホースを空へと舞い上げると、弧を描いて張秀英のシーホースをフィールドに叩きつけた。
直後、張秀英のシーホースは、リタイアエリアへと転送され、小鳥遊の勝利が確定したのだった。
続く火属性対決。小鳥遊の相手は、やはりレアモンスターのため売却を渋った林俊宇という同年代の中国人だったが、
「フィア、フレイムキャノン!」
小鳥遊は苦戦しつつも、この対決も制したのだった。
そして、2勝1敗で迎えた風属性戦。
王静チームの出場者は再び李静に戻り、異世界ギルドチームは小鳥遊から秋代に交代した。
勝てないまでも、できるだけ粘って連中の手の内を少しでも暴いてやる。
そう意気込んで戦いに臨んだ秋代だったが、地力の差は如何ともしがたく、空中戦に持ち込み、ある程度粘ったものの、
「勝者、李静選手」
最後は風刃の直撃を受けて敗れてしまった。
「ごめんなさい、小鳥遊さん」
引き上げてきた秋代は、小鳥遊に詫びた。これでも、この数日できる限りレベルアップに努めたのだが、やはり付け焼き刃で勝てるほど甘くなかったのだった。
「ううん。そんなことないよ。それに」
秋代が粘ってくれたおかげで、わかったこともあった。いや、正確には感じ取れたのだった。
しかし、確信があるわけでもないため口には出さなかった。
「それに?」
「ううん。とにかく、まだ落ち込むのは早いよ。後、2戦のうちどちらかでも勝てば、引き分けには持ち込めるんだから」
小鳥遊はバトルフィールドに立つと、最初のパートナーであるエレキラビットを召喚した。そして2体のエレキラビットがフィールドに出揃ったところで、
「始め!」
リャンが声を上げた。
大きいな。
李静のエレキラビットは、小鳥遊のエレキラビットの倍近い体格がある。当然、それだけパワーもあるということであり、真っ向勝負では勝ち目は薄そうだった。
なら!
「ラビ、ラビットフット!」
こちらは身軽さを活かしたスピードで勝負するのが最善手だった。そして主の指示を受けて、小鳥遊のエレキラビットが李静のエレキラビットの周りを旋回する。一見、シーホース戦と同じ展開であったが、1つ違うのは今回李静側が、まったく動じていないことだった。
「エレキラビット、全方位に電撃だ」
李静の指示を受け、エレキラビットからバトルフィールド全体へと雷撃が放出される。そして、それは高速移動していた小鳥遊のエレキラビットも例外ではなかった。
「とどめだ、エレキラビット」
李静の冷徹な命令を、彼のエレキラビットが忠実に実行する。
小鳥遊のエレキラビットがリタイアエリアに転移したのを見て、
「勝者、李静」
リャンが李静の勝利を告げる。結果だけを見れば小鳥遊の完敗だった。しかし、この1戦で小鳥遊の違和感は確信に変わっていた。
「あなた、その子に何をしたの?」
小鳥遊は険しい顔つきで李静に問い詰めた。しかし李静は無言のまま、最終戦用のサイコバットをフィールドに召喚した。
やむなく小鳥遊もサイコバットを召喚したが、やはり李静のサイコバットは前のエレキラビットと同じ症状が現れていた。
「やっぱり」
この子も苦しんでる。
小鳥遊には、サイコバットの苦しみが伝わっていた。しかし今の小鳥遊には、どうすることもできなかった。そして最終戦となる闇属性対決も、
「勝者、李静」
李静のサイコバッドが圧倒的な強さで勝利し、先鋒戦は王静チームの勝利で終わったのだった。
「先鋒戦は、寺林さんの予想通り王静チームが取りましたが、先鋒戦を振り返って、何かお気づきになったことはありましたでしょうか?」
先鋒戦が終わっていたところで、常盤は寺林にここまでの総括を求めた。
「そうですね。1言で言えば、異世界ギルドチームは健闘したと言えるでしょう。特に第2戦と第3戦、レベルが上のモンスターを相手に白星を挙げた小鳥遊君は、殊勲賞に値すると思います。ただ……」
寺林は言い澱んだ。
「ただ、なんでしょうか?」
「いえ、おそらく余りにレベル差があり過ぎるために、いつも以上に李静君のモンスターが強く感じただけなのだと思います」
寺林は言葉を濁した。
「なるほど。そして1敗のアドバンテージで迎えた次鋒戦、異世界ギルドチームから出場するのは二木星海選手ということですが、寺林さんは、この二木選手のこと、何か情報をお持ちでしょうか? プロフィールには、日本人と中国人のハーフとしか書かれていないのですが」
「私も詳しいことは存じませんが、永遠長君から得た情報によりますと、彼女は近頃世間を騒がせているプレイヤーに召喚獣を寄生させる、いわゆる召喚獣事件の犯人らしいです」
寺林の声がスピーカーから発せられた直後、会場がざわめいた。
「それだけでなく、二木君はディサース人の生まれ変わりらしく、今回の召喚獣事件も地球人が異世界に害をなした場合、召喚獣に地球人を襲わせるつもりで寄生させていたようです」
寺林の説明を聞き、二木を見る観客の目が怒りを帯びる。と、同時に二木は気づいたのだった。これも、永遠長が自分を今回の試合に引き込んだ目的の1つだったことを。
二木が召喚獣事件の犯人であることは、まだほとんどのプレイヤーに知られていない。そこで、この試合を口実に二木を大衆の面前に引っ張り出すことで、プレイヤーに注意を促すとともに、二木の動きも牽制しようと考えたのだと。
「まあええ。どうせ写真の1枚も取られて、それを広められれば同じことじゃて」
二木は自分に言い聞かせるように言ったが、肝はそこではなかった。問題は、この程度のことに今の今まで頭が回らなかったこと。そして、それもこれも、永遠長に虫をバカにされたことが原因なのだった。
「ここまで計算しておったのだとすれば、まったくもって憎ったらしい小童よ」
二木は永遠長を睨みつけたが、永遠長の鉄面皮は微動だにしなかった。
「まあええ、どうせ召喚獣を使っての悪さは、ここらが潮時じゃと思うとったからの」
下手に続けて、本当に永遠長に故郷を蹂躙されたら、それこそシャレにならない。そして永遠長なら、それぐらいのこと本当にやりかねないのだった。それに何より今の二木には、
「虫たちの力を小童どもに思い知らせる」
という最優先の命題があった。
あの小童どもの反応を見るに、今の童子どもが虫を軽んじていることは火を見るより明らかだった。
人々から疎まれるハエやゴキブリとて、この世界にとってはなくてはならない生物なのだ。もし、これらの虫が絶滅してしまえば、死骸や糞などは腐ることなく残り続けることになるし、ハエやゴキブリを食べるクモやトカゲも生存できず、土も枯れ果て、結果的に生態系は大きく狂うことになる。つまり、今人間がのうのうと生きていられるのは、虫たちがいるからなのだ。というのに。
「最近の小童どもは、虫へのリスペクトがなさすぎる」
虫の力を小童どもに再認識させるためにも、ここは虫の持てるポテンシャルを余すことなく発揮し、小童どもに見せつけてやらなければならないのだった。
対する王静チームの2番手は、陳張偉という、20代の中国人だった。
「確か、王静とこの社員じゃったな」
二木としては、もう少し骨のある相手と戦いたかったところなのだが、
「まあええ」
誰が相手であろうと、虫の強さを観衆の目に焼き付けられればいいのだった。
そして1戦目。地属性のモンスターとして、二木が選んだ虫は、
「出番じゃ、デリドル!」
全長5メートルを超える巨大カブトムシだった。
虫の王様と言えばカブトムシ。そのカブトムシを初戦に登場させ、その力をいかんなく発揮させることで、小童どもに虫の力を思い知らせようと考えたのだった。
「行けい、デリドル! ビートルショックじゃ!」
二木は初っ端から大技を命じ、アイアンビートルは角からエネルギー弾を打ち出した。これに対して、
「こっちもビートルショックだ」
陳張偉も同じ指示を出し、両者のエネルギー弾がフィールドの中欧で激突した。結果、押し勝ったのは、
「なにい!?」
陳張偉のアイアンビートルだった。そしてダメージを負った二木のアイアンビートルに、
「体当たりだ、アイアンビートル」
陳張偉のアイアンビートルが追い打ちをかける。これを、
「なめるでないわ、小童が!」
二木も真っ向から迎え撃つが、
「なんじゃと!?」
押し負けたのは、やはり二木のアイアンビートルだった。そして、ひっくり返った二木のアイアンビートルに、
「アイアンビートル、もう1度ビートルショックだ」
陳張偉のアイアンビートルがトドメの一撃を叩き込み、
「勝者、陳張偉」
リャンが陳張偉の勝利を告げる。
初戦から黒星を喫してしまった二木だったが、その顔に敗戦の屈辱はなく、
「もしや、と思うておったが、やはり、そういうことじゃったか」
あるのは王静への嫌悪感だった。
「審判の嬢ちゃん」
二木はリャンを見た。
「はい。なんでしょうか?」
「棄権する」
「え?」
「棄権すると言うたんじゃ。この試合、わしの負けでええ」
二木の口から出た突然の敗北宣言に、
「おーと! なんと、ここで二木選手、突然のリタイア宣言です!」
常盤のテンションが爆上がりし、会場がざわめく。
「やっぱりなのです!」
客席にいた沙門が怒りの声を上げた。
「マリーが懸念した通り、運営権をあの中国人に渡すために、わざと負けたのです! だからマリーを出場させておけばよかったのです!」
沙門の憶測を聞き、さらに観客がざわめく。
「どうやら二木選手は、本当にリタイアするつもりのようです。ここにきての突然のリタイア。これは、一体どういうことなのでしょうか、寺林さん?」
常盤は寺林に意見を求めた。
「わかりません。ですが、先程も申し上げたように、二木君の目的は異世界からの地球人の排除です。そのために、あえてリタイアした可能性はあります」
「どういうことでしょうか? 異世界ギルドチームの敗北が、どうして地球人を異世界から排除することになるのです? むしろ永遠長選手が運営する今のほうが、地球人の脅威を異世界から排除するという点ではプラスだと思うのですが?」
「はい。それは確かにそうです。しかし二木君が考えているのは、完全なる地球人の排除です。そして先のギルド戦を観ていた方ならおわかりでしょうが、その気になれば永遠長君は地球を滅ぼせる力を持っています。その状況で、もし運営権が他人の手に渡り、なおかつその人物が異世界への過度の干渉を行った場合、どうなると思います? その場合、まず間違いなく永遠長君は新しい運営と、それに便乗して異世界の利権を狙う勢力を叩き潰しにかかります」
かつて寺林の暴走を止めたように。
「あのギルド戦においても、その可能性はありましたが、あのときの永遠長君には、まだ自力で異世界に行く力はなかった。なので、もしあの時点で運営権を失っていた場合、永遠長君には異世界の状況を把握する術はなく、進出した勢力を止める術もなかった」
その前に、地球人を皆殺しにしていたかもしれないが。
「なるほど。つまり二木選手はわざと負けることで、運営権を手に入れた王静選手を、ひいては彼が属する中国人を永遠長選手に潰させようと考えたということですね。ギルド戦の延長で、永遠長選手がアメリカ人を皆殺しにしようとしたように」
「そういうことです。これは、もしギルド戦で連合チームが勝利した場合にも起こり得たことなのですが、あのときは、どんなに強いと言っても、まさか本当に地球を滅ぼせるほどの力が永遠長君にあるとは、尾瀬君も考えていなかったのでしょう」
寺林の推測を聞いた観客はどよめき、二木へのブーイングが起こる。
「フン、なんとでも言うがええ。とにかく、わしはこれ以上この戦いを続ける気はない」
二木はバトルフィールドに背を向けると、待機エリアへと引き上げていった。そして永遠長と目が合うと、
「自分のほうが上だと言いたければ言うがええ。なんと言われようと、わしは前言を撤回する気はないでな」
そう言い捨て、控室へと引き上げようとした。
「誰が、そんなことを言った?」
永遠長は憮然と言い返した。
「言ったはずだ。おまえが勝とうと負けようと気にしないとな」
「ほう? では、お咎めなし。このまま無罪放免で、ええというんじゃな?」
「かまわん。が、どうせなら、最後まで見ていけ。俺が運営権を失うかどうかで、おまえのこれからの方針も変わるだろうからな」
「勝ち目があると思うとるのか?」
「気になるなら、自分の目で確かめることだ」
「ええじゃろう」
二木は足を止めると、バトルフィールドに向き直った。
「てーか、なんでいきなりリタイアしたわけ? あんだけ戦る気満々だったくせに」
あれが全部芝居だったとは、秋代には思えなかった。
「わしの口からは、まだ言えん。憶測の域を出んからの。もっとも、そやつらは当たりがついておるようじゃがの」
二木につられ、秋代は永遠長と天国、そして左に視線を走らせた。すると、永遠長と天国に取り立てて変化はなかったが、左は妙に活き活きとしていた。さっきまで寝ぼけ眼で、生ける屍と化していたというのに。
そして異世界ギルドチーム2連敗という展開に、実況中継もヒートアップしていた。
「さあ、予想外の二木選手の棄権により、2連敗と後がなくなってしまった異世界ギルドチームですが、ここから巻き返しを図れるのでしょうか!」
「まずは、左選手のお手並み拝見、というところですね」
「その左選手ですが「最古の11人」という以外、くわしく知らないのですが、エルギアでの召喚士としての腕前のほどは、いかほどなのでしょうか?」
エルギアでの活動歴1年、ゲットしたモンスター数155匹という以外、プロフィールにも詳しい経歴は一切記載されていないのだった。
「異世界ギルドチームが助っ人として選ぶぐらいですから、相当の実力者であろうことは推察できるのですが」
「その辺の事情は、私にもわかりません。左君は現在ポーションの開発研究に取り組んでいるのですが、それ以前の活動は、私もほとんど注目していませんでしたから」
寺林が左に興味を持ったのは、永遠長と関わってからなのだった。
「ですが、155というモンスター数を見る限り、それなりの実力はあると考えていいと思います」
「なるほど。では、寺林さんですら未知数という左選手のテイマーとしての腕前が、この試合の見どころということですね」
観衆の注目が集まるなか、左は司令台に上がった。
対する王静チームからは、社員の周星宇が登壇し、最初のモンスターであるストーンリノサロスを召喚した。
「第1戦目、土属性のモンスターは、ストーンリノサロスとのことですが、このモンスターの説明をお願いします」
常盤は寺林に振った。
「はい。ストーンリノサロスはサイに似たモンスターで、これといった特技はないのですが、全身が岩石のように硬いため、生半可な攻撃はすべて防がれてしまいます。そのストーンリノサロス同士の戦いとなると、肉弾戦意外ありませんので、どちらがより強固でパワーがあるか。どちらが、よりモンスターを強力に育てているか。これまで以上に、王静君の言うところの育成力が勝敗の鍵を握ることになると思います」
寺林が解説を終えたところで、
「始め!」
中堅戦が始まった。そして両者の戦いを見守る王静は、この戦いでも勝利を確信していた。
その根拠は、自分のモンスターの強さに絶対の自信がある、ということもあった。が、それ以前に、すでに左とは取引が成立していたからだった。
左が中堅戦で、わざと敗北することを。
団体戦でのリストが提出された後、王静は極秘裏に左と接触。彼女に取引を持ちかけたのだった。
今度の試合で、もし君が負けてくれれば、我が社は全力で君をサポートする。最高の施設を用意し、必要な人材、素材、その他あらゆる助力を惜しまない、と。
そして左も王静の申し出を快諾し、正式に契約書も取り交わした。
そうとも知らず、永遠長は今も左を信じ、応援している。そう思うと、笑いを堪えるのが大変だった。
これが大人の戦い方というものだ。世間知らずの青二才には、いい勉強になったろう。
子供1人を手玉に取るだけで、袁家とのパイプだけでなく異世界ギルドの運営権まで手に入った。
王静にとっては、実にボロい商売だった。
そして王静の思惑通り、
「イプシロン、突進30」
左のストーンリノサロスは当たり負けしてリタイアエリア送りとなり、
「ラムダ、突進40」
次のジャイアントヒポポタマス対決も左の玉砕で終わった。
「これで左選手は2連敗! 後2敗で異世界ギルドチームの敗北が決定してしまいます! 果たして左選手、ここから巻き返せるのか!? それとも、天国、永遠長両選手の出番がないまま、王静チームの勝利が決まってしまうのかあ!?」
常盤の実況を小耳に挟みながら、
確定するんだよ。
王静は鼻で笑った。
そして勝敗を左右する第3戦、
「イスナーン、突進50」
やはり左は、これまで同様フレイムスコーピオンに突撃を命じた。それを見て、
終わったな。
王静は今後の取引に頭を切り替えた。しかし、
「なに!?」
今回当たり負けしたのは周星宇のフレイムスコーピオンだった。さらに、
「イスナーン、ハンマーシザーズ」
左のフレイムスコーピオンは右のハサミで周星宇のフレイムスコーピオンの頭を叩き潰すと、
「挟んでぶん投げなさい」
壁めがけて投げ飛ばした。
周星宇のフレイムスコーピオンは、そのままリタイアエリア送りとなり、
「勝者、左選手」
第3戦は左の勝利で終わったのだった。
まあ、1勝ぐらいしないと、八百長を疑われるからな。
王静は逸る気持ちを抑えた。しかし続くストームバッファー戦でも、
「ティーン、突進、45」
左は勝利すると、
「イレブン、突進、もう1度40」
5戦目のエレキリン戦も電磁波からの体当たりで、周星宇のエレキリンをリタイアエリア送りにしてしまったのだった。
「左選手、これで怒涛の3連勝だあ!」
常盤の声にも熱が入り、
「この1勝は大きいですね。これで、もし左選手が最終戦を落としても、引き分けで次の天国君にバトンを繋ぐことができる」
寺林も称賛したところで、
「ふざけるな!」
王静が声を張り上げた。
「どういうつもりだ、左秀麗!」
王静は左を睨みつけた。
「あら? なんのことかしら?」
左は軽く小首を傾げた。
「ふざけるな! 貴様、確かに」
王静は、あふれ出そうになる怒気を飲み込んだ。思わず怒鳴ってしまったが、ここで左を責めれば自分から裏取引の存在をバラすことになってしまう。
「ああ、もしかして、この試合で八百長をするように、私に持ちかけてきた件についてかしら?」
左の告発を聞き、会場がざわめく。
「それなら、別に忘れてたわけじゃないわ。だって私、ちゃんと手を抜いて戦ったもの」
左は悪びれた様子もなく、あっけらかんとしていた。
「ただ、こっちが思ってたより、そっちのモンスターが弱すぎたせいで勝っちゃただけで」
「な!?」
「だって、普通思わないでしょ? 霊薬を使ったモンスターが、あの程度の力しかないなんて」
左の告発に、再び会場がざわめく。
「霊薬を使って、この程度の力しかないなんて、よっぽど元がダメダメーなモンスターを使ったか。。でなければ、よっぽど使った霊薬の質が悪かったか。あるいは、最初から偽物を掴まされたか」
左の推測に、王静は鼻白んだ。
「寺林さん、先ほどから左選手の言っている霊薬とは、なんのことでしょうか?」
常盤は寺林に尋ねた。
「おそらくですが、左君の言っている霊薬とは、この世界特有のドーピング薬のことだと思います」
「ドーピングというと、地球なら興奮剤や麻薬などのことですが、王静選手は、これらの薬物をモンスターに投与したということなのでしょうか?」
「いえ。正確には違います。副作用があるという点では、地球のドーピング薬と同じですが、この世界でいう霊薬は化学薬品ではなく、簡単に言うと、モンスターを薬剤化したものです」
「モンスターを薬剤化ですか?」
「はい。この世界で召喚武装できるのは、この世界のモンスターが霊体に近い存在だからです。そして、その点に着目した過去のエルギア人は、モンスターを強化する方法の1つとして、モンスターを完全な霊体、つまりエネルギーに変える技術を発明し、それを他のモンスターに投与することで、そのモンスターの力を底上げすることに成功したのです」
「なるほど。なんらかの技術によってモンスターを凝縮し、高密度なエネルギー体としたものが霊薬ということですね」
「はい。ただし、この場合投与するのは、霊薬化したモンスターと同種のモンスターでなければなりません。そうでなければ、ただ餌を与えたのと同じ効果しか得られないだけでなく、下手をすると拒絶反応が出て死んでしまうことになる」
「なるほど、人間でいう輸血と同じというわけですね」
「はい。ただし、先程も申し上げたように、この霊薬にも副作用があります」
「それは地球のドーピング薬同様、身体に悪影響を及ぼすということでしょうか?」
「はい。この方法は、要するに人間で言えば、あらかじめ自分から摂取した血液を無理やり注入するようなものです」
地球においても同様の方法でのドーピング法があるが、1度に大量の投与をすれば当然人体に悪影響が出るし、血管の破裂を招く恐れがある。
「膨らませ続けた風船が爆発するように、一時的なパワーアップの代償として、投与されたモンスターの体は急速に損壊し、運よく死ななかったとしても確実に寿命を減らします。そして寿命は、体を酷使するほどの減っていくことになる」
「つまり、戦えば戦うほど寿命が減るということですね?」
「はい。思い返してみると、先の先鋒戦と次鋒戦でも、王静側のモンスターの強さは異常でした。おそらく王静君は、出場するすべてのモンスターに霊薬を投与したのではないでしょうか。先鋒戦で小鳥遊君だけが勝てたのも、貴重なレアモンスターだったため霊薬を使用できなかったか、それらに霊薬を投与しなくても残りのモンスターで勝てると踏んだからでしょう」
王静が、この試合でドラゴンの出場に難色を示したのも同じ理由からだった。
「雑魚モンスターならばともかく、貴重なドラゴンを霊薬として使い捨てるのは、もったいないと考えたのでしょう」
「そういえば、今回の同種対決、王静選手からということでしたが、それも」
「はい。それも、おそらく霊薬という切り札があったからでしょう。同じモンスター同士での戦いであれば、多少のレベル差があろうと霊薬でひっくり返せますから」
「なるほど。ランダムの勝負であれば、相性や運によってどうなるかわかりませんが、同じモンスター同士であれば、霊薬を使う自分が必ず勝てると踏んだわけですね」
「そういうことだと思います」
「お話はわかりましたが、寺林さん。この場合、その霊薬は違反行為となるのではありませんか?」
地球でドーピングが発覚すれば失格となるように。
「いえ、この試合におけるルールでは、クオリティや超能力、魔法の使用は禁止されていますが、薬物類についての規制は設けられていません。この世界に、その手の薬品は存在しませんし、霊薬に関しても非効率なため、すでに絶えて久しい技術でしたので」
「なるほど」
「おそらく、次鋒戦で二木選手がリタイアしたのも、それまでの試合を見てモンスターに霊薬が投与されていることに気づいたからではないでしょうか。あのまま戦い続ければ、それだけモンスターの寿命を減らすことになってしまいますから」
それを避けるために。
「なるほど。ですが、そうなると1つ疑問が出てきますね」
「なんでしょうか?」
「その霊薬を投与されたモンスターに、どうして左選手は勝てたのでしょうか?」
寺林の解説通りだとすれば、普通のモンスターでは絶対に王静側のモンスターには勝てないはずなのだった。
「そうですね。単純に考えるなら、左君のモンスターが霊薬を投与したモンスターより強かった、ということでしょう。霊薬でパワーアップできるといっても、やはり限界がありますから」
「確かに」
「あるいは、左君の言葉を信じるならば、八百長を持ちかけられた際、王静君にも手加減するよう持ちかけていたか。激しい戦いで、自分のモンスターを無駄に傷つけたくない、とでも言えば、王静君も了承したでしょうから」
「なるほど」
「ですが、本当のところは当事者である左君たちにしかわかりません。1つだけ言えることは、これで王静君の勝ち目は、限りなくゼロになったということです」
この後の副将戦と大将戦に控えている、天国と永遠長の前では。
「ふ、ふざけやがって」
王静は歯噛みした。
「こっちを油断させるために、話に乗ったフリをしてやがったのか」
「失礼ね」
左は王静の怒りを跳ね返すように、眼鏡をかけ直した。
「それじゃ、まるで私が勝ちを掠め取ったみたいじゃない。言ったはずよ。私が強かったんじゃなく、あなたのモンスターが弱かっただけだって」
「ふざけるな!」
「疑うんだったら、もう1度やってみる? 私は一向にかまわないわよ?」
左は鼻で笑った。
「もっとも、ピークを過ぎたあなたのモンスターたちに、まだ戦う力が残っていれば、の話だけれど」
「き、貴様……」
「それにしても、期待外れもいいところだわ。どんな凄い方法でモンスターをパワーアップさせたのかワクワクしてたのに、蓋を開けてみれば、使い古された霊薬でしかなかったなんて」
左は嘆息した。
「もし、何か霊薬を超える新薬でも開発したんだとしたら、私のモンスターもさらに強くできたでしょうし、ポーションのヒントになるかもって期待してたのに」
「さらに?」
王静は眉をひそめた。
「まさか、貴様も自分のモンスターに霊薬を!?」
「当然でしょ? そこに未知の技術があるとわかってて、研究しない科学者がどこにいるっていうの?」
「それでか」
同じ霊薬を使ったモンスター同士であれば、レベルが高いほうが勝つ。
「……自分だけが霊薬の存在を知っていると思い込んでいた、俺のミスということか」
「一緒にしないでほしいわね」
左は不愉快そうに言い捨てた。
「確かに私は霊薬をモンスターに投与したけど、科学的根拠に基づいて、ちゃんとモンスターの健康も考慮した上で実験を行ったんだから」
「実験?」
「そうよ。あなたも知っているように、霊薬をモンスターに投与すると、モンスターの体に負荷がかかって肉体の崩壊を招いて死亡する。でも、それは1度に大量の霊気を投与するからでしょ。なら、少しずつ投与して、徐々に体に慣れさせていけばいいだけのこと。中国にもあるでしょ。毒手拳だっけ? 弱い毒から徐々に体に慣れさせていけば、やがてそれに体が順応して腕が毒に染まるし、摂取し続ければ毒が効かない体になるって」
それと同じ要領で、左は少しずつ霊薬をモンスターに投与し続けたのだった。何ヵ月にも渡って、毎日毎日。
「おかげで、私のモンスターはコレこの通り、普通に霊薬を投与されたモンスターより遥かに強くなった上に、霊薬による副作用もなく、投薬から数年経った今もピンピンしてる。おわかり? 考えなしにモンスターを使い潰して良しとしているあなたとは、ここの出来が違うのよ」
左は自分の頭を指さした。
「だから、霊薬のことも知ってたってわけね。でも、じゃあ、あの50だの40だの言ってたやつは?」
秋代が尋ねた。
「あれは、私のモンスターに30パーセントや40パーセントの力で戦わせることで、相手のデータを取ってたのよ。で、50パーセントで戦ったら勝てちゃったってわけ」
その後も、少しずつ力を抑えて戦ったのだが、やはり勝ってしまったのだった。
「じゃ、そういうことで、バイバーイ」
左は王静に背を向けると、ひらひらと右手を振った。そのまま引き上げようとする左に、
「どうしてだ!?」
王静は尋ねた。
「あの条件は、貴様にとって悪いものではなかったはずだ!? なのに、なぜだ!?」
「簡単な話よ。私のクオリティが、あなたの言っていることが、すべて嘘だと告げていたから」
「ク、クオリティだと!?」
「そう。私のクオリティである「分析」は、物質の構成要素は元より、生物の声や仕草、表情から、相手の本心を暴き出すことができるのよ。精神鑑定なんかで、容疑者相手に専門家がよくやってるでしょ。あれと同じ」
「な……」
「どんなに取り繕おうと、内に秘めた思いってのは、行動の端々に出るものなのよ。実際、あなた私の研究をサポートするって言ったけど、アレ口先だけでしょ。私が負けて異世界ギルドの運営側とやらを手に入れたら、知らぬ存ぜぬで突っぱねようと思ってたのよね」
「そ、そんなことはない。現に、契約書も作成して」
「ディサースでね。で、もし契約を違えたとして、私はどこに訴えればよかったのかしら? 今住んでる国の領主? それとも国王?」
左の問いに、王静は絶句した。
「あれが、もし地球で作成されていたものなら、少しは信じてもよかったんだけど、あなたそんな素振り少しも見せなかったし。大方、実験ばかりしてる変わり者の子供なら、チョロく騙せると思ってたんでしょうけど、お生憎だったわね」
左の失笑に、王静は鼻白んだ。
「それに、どんなに金を積まれようと、永遠長君ほど有能な助手は見つからないだろうし」
左は永遠長を一瞥し、
「だから、助手になった覚えはないと言っている」
永遠長から憮然とした顔を引き出した。
「何より、私、中国人て嫌いなのよね。あんたたちのせいで、不愉快な思いをし続けてきたから」
左のフルネームである左秀麗は、左を「さ」と読むと、名前の秀麗と相まって中国人のような印象を与える。そのため幼少期、特に日本と中国が険悪な関係になっているときには「中国人は日本から出て行け!」というような、いわれのない罵倒を同級生から受けてきたのだった。
そのため左は日本人と中国人に、いい感情を持っていない。だが、そのことは王静が手に入れた左のデータには記載されていなかったのだった。本人が、それらの同級生を完全にシカトしていたため事件にもならず、中学以降は異世界に引きこもってしまったから。
「しかし、寺林さん。もし左選手の言っていることが本当だとすると、王静側の反則負けということになるのではありませんか?」
その場合、おそらく左の手元には王静と交わした契約書があるはずであり、そうなれば王静も言い逃れはできないはずだった。
「そうですね。それも今回のルールに明確な記載があるわけではありませんが、普通に考えれば反則負けの事案だと思います。ただ……」
「ただ、なんでしょうか?」
「異世界ギルド側に、そんな気は微塵もなさそうだということです」
寺林の視線の先では、副将である天国がバトルフィールドに進み出ていた。
「おおっと、異世界ギルド陣営、副将の天国選手が今コマンダーエリアに立ちました。これは寺林さんの言う通り、王静陣営の買収行為を提訴することなく、このまま試合を続行するという意思表示なのでしょうか?」
「おそらく、そうだと思います」
「それはつまり、それだけ残る2戦に絶対的な自信があるということですね?」
「そういうことだと思います」
試合の継続が決まっても、王静に異世界ギルド陣営への感謝の念はなかった。仮に異世界ギルド陣営がルール違反を訴えてきても、逃げ切る自信があったからであり、むしろ抗議もしないまま試合を続行する永遠長の甘さを内心で嘲笑してさえいた。
左の裏切りは想定外だったが、まだ2戦残っている。
そして異世界ギルド陣営が、この試合で勝つためには2連勝。仮に延長戦に持ち込むとしても、1試合は引き分けに持ち込まなければならない。後1勝すればいいだけの王静陣営にアドバンテージがあるという状況は、何も変わっていないのだった。
加えて、副将は天国調。
プロフィールによると、異世界での活動歴は長いが、イベントでの上位入賞歴はなし。
先のギルド戦では「ゲートキーパーズ」を倒したそうだが、それも不意打ちと運営特権を利用して勝っただけらしかった。
これらの情報から王静の出した結論は「天国調は永遠長の婚約者という立場を利用して、異世界ギルドの経営陣に潜り込んだだけの雑魚」だった。そして副将である李偉には、油断だけはするなと言い含めてある。
この状況で、負ける要素を探すほうが難しかった。
「始め!」
リャンの合図で、副将戦第1試合が始まった。
初戦の土属性モンスターとして、天国が選んだのはロックベアだったが、
「悪いけど、速攻で終わらせる」
天国は実況がロックベアの説明をするより早く、
「ロムルス、化現、サモンソード」
ロックベアを剣に変身させると、
「ストライクフィニッシュ!」
李偉のロックベアの胸板を突き貫ぬかせたのだった。
その余りの速攻に客席が静まり返るなか、
「勝者、天国」
リャンが天国の勝利を告げると、会場から歓声が上がった。
「瞬さーつ! 天国選手、まさかの1撃で、李偉選手のロックベアを瞬殺してしまいましたー!」
常盤のテンションも爆上がりし、
「いったい何が起こったのかあ!? 寺林さん、今の1戦の解説をお願いします!」
寺林に説明を求めた。
「はい。おそらく天国君は、相手のモンスターのダメージを最小限に抑えるために、あのような手段を取ったのでしょう」
長期戦は、それだけ王静側のモンスターの苦しみを長引かせ、寿命も減らすことになってしまうから。
「そこで天国君は自分のモンスターを剣化して、相手のモンスターを瞬殺したわけです。モンスターを剣に変えたのは、召喚武装の応用ですね。召喚武装でモンスターを鎧化できるのなら、同じ要領で武器にも変えられると考えたのでしょう。実際、通常の召喚武装でもモンスターによっては鉤爪や鎌、刺という形状が見られますから、それを特化させた、と考えれば、そう驚くことでもありません」
実際、寺林に驚きはなかった。が、それはあくまでも先の沢渡戦で、天国が召喚獣を剣に変えるところを見ていたからだった。
しかし観客の大半は初見であり、会場のざわめきが続くなか、
「ちょっと待て!」
王静が声を張り上げた。
「今のは明らかに反則だろう!」
王静は審判であるリャンに詰め寄った。
「どこがですか?」
リャンは王静の剣幕を軽く受け流した。
「見てわからなかったのか!? 今、奴はモンスターを剣に変えて、宙に浮かせて俺のモンスターを攻撃したんだ!」
王静は天国を指さした。
「ええ、見てましたけど、それが何か?」
「それが何か? だと!」
王静は眉を逆立てた。
「あんなこと、普通のモンスターにできるわけがない! つまり、あのモンスターがああなったのは、奴がなんらかの力を使ったからだ!」
この試合のルールでは、試合に出場させるモンスターへのクオリティ等の使用は禁止されている。
「それを使用した以上、奴の反則負けだろうが!」
猛抗議を続ける王静を見ながら、
「どうやら、王静選手は、先程の天国選手の攻撃を反則だと主張しているようですが、そこのところどうなのでしょうか?」
常盤は寺林に振った。
「はい。先程も申し上げた通り、モンスターが剣に変化したのは、あくまでも召喚武装の応用に過ぎません。通常の召喚武装が1度召喚者の体内に飛び込むのは、あくまでも長年の習慣のようなものであり、絶対に召喚者の体内からでなければ召喚武装できないというわけではありません」
「なるほど。確かに鎧化したモンスターを、イチイチ装着していたら不便ですものね」
「はい。そして王静選手が主張しているように、確かに飛行能力のないロックベアは、たとえ召喚武装しようとも空を飛ぶことはできません。しかし、1度でも召喚武装したことがある人ならばわかると思いますが、武装化したモンスターは、それまでは使用できなかった力を使うことができ、それはロックベアも例外ではありません。そして、その力をロックベアは己が飛行するための推進力として利用したのです。ロケットを想像すれば、分かりやすいですかね。ロックベアは、まず横噴射で相手に切っ先を移動させた後で、柄の部分から背後にエネルギーを噴射することで、一気に飛び上がったのです」
ロケットが地上から宇宙に飛び立つように。
「なるほど」
寺林の説明に常盤は納得し、
「くっ」
同様の説明をリャンから受けた王静も引き下がらざるを得なかった。
そして続く2戦目、水属性として天国が選んだのはブリザードマンモスだったが、
「グレイテル、化現、サモンアックス!」
今度は斧と化したブリザードマンモスによって、王静のブリザードマンモスは頭を真っ二つにされてしまった。
「またも1撃い! 天国選手の快進撃が続くう!」
バトルフィールドは、もはや天国の独壇場と化していた。
「しかし元は同じモンスターでありながら、召喚武装すると、こうも差が出るのはなぜなんでしょうか?」
常盤は寺林に尋ねた。
「武装化するということは、それだけエネルギーを凝縮するということです。密度が高くなれば、それだけ強度が上がるのは当然のことです。わかりやすい例だと、炭とダイヤモンドはどちらも同じ炭素ですが、ダイヤモンドのほうが硬い。モンスターも、それと同じということです」
「なるほど。よくわかりました。そして2戦目も敗北を喫した李偉選手は、果たしてここから巻き返せるのか。それとも、このまま天国選手の完勝を許してしまうのか。李偉選手、そして王静陣営は正念場を迎えております」
常盤に言われるまでもなく、そんなことは王静自身が1番わかっていた。このまま副将戦を落とせば2勝2敗で永遠長に回る。そして永遠長が天国よりも弱いということは、どう考えてもあり得なかった。そのため王静としては、なんとしてもこの副将戦で決着をつけておきたいところだった。
「李偉、なんとかしろ!」
王静の無茶振りに、
「そ、そんなこと言われても」
李偉の眉尻が下がる。
「おまえもモンスターを武器化しろ!」
「む、無理ですよ、そんなこと」
「無理でもやるんだ! クビになりたいか!」
王静のパワハラまがいの命令を受け、
「ファ、ファイアーバード、剣に変身しろ!」
李偉は3戦目用に召喚したファイアーバードに命令した。しかし、そんな経験もなく、訓練も受けていないファイアーバードが動くことはなく、
「エクスカリバー、ソードストライク!」
やはり剣化した天国のファイアーバードによって、リタイアエリア送りにされてしまった。そして4戦目も、
「キャロット、ソードストライク!」
剣化した天国のエアキャットに瞬殺され、
「クソがあ!」
王静陣営は2勝2敗に持ち込まれてしまったのだった。
そして迎えた大将戦、いよいよ永遠長と王静の直接対決が始まろうとしたとき、
「タイムだ!」
王静がトイレタイムを要求した。そして、その足で控え室に向かった王静は、荷物の中から霊薬入りの瓶を取り出した。不測の事態に備えて用意していたものであり、これを出場するモンスターに使えば、投与したモンスターのパワーを3倍まで引き上げることができる。ただし、その副作用として翌日には確実に死亡してしまうし、暴走する恐れがある。そのため、ここまでは使用してこなかったのだが、もはや背に腹は代えられなかった。
そして大将戦に出場するモンスターに、2度目の霊薬を投与した後、王静はバトルフィールドに戻った。
ガキどもが、大人をナメくさりやがって。そのすました顔を、すぐに泣き顔に変えてやる!
コマンダーエリアに立った王静は、初戦のモンスターであるメタルスパイダーを召喚した。
幸い、魔法陣から出現したモンスターに暴走の兆候はなく、王静は内心で胸をなでおろした。
対する永遠長もバトルフィールドにメタルスパイダーを召喚したが、永遠長の行動はそれで終わらなかった。
「化現、来い、スパイリー!」
永遠長はメタルスパイダーを召喚武装すると、鎧化したメタルスパイダーだけをバトルフィールドに「移動」させたのだった。
「こっちも準備OKだ」
何事もなかったように言う永遠長に、
「ちょっと待てえ!」
再び王静から抗議の声が上がった。
「なんだ、今のは!? 今のは、いくらなんでも反則だろうが!」
王静はリャンを見た。
「ほう。どこが反則だと言うんだ?」
永遠長は微動だにしなかった。
「ふざけるな! 貴様が今使ったのは、クオリティか魔法だろうが! この試合のルールでは、モンスターにクオリティや魔法を使うことは禁止されている! 明らかにルール違反だ!」
「何を言っている。この試合において、クオリティや魔法の使用が禁止されているのは、それらによるモンスターの強化だ。だが今俺が行ったのは、あくまでも召喚武装した召喚獣をフィールドに「移動」させただけであり、モンスター自体にはなんらの強化も施していない。よって、今おまえが言ったルールには何も抵触していない。違うか、審判?」
永遠長の言い分を、
「ええ、その通りです」
リャンもあっさり了承すると、
「ふざけるな!」
王静は再び声を張り上げた。
「さっきの判断といい、なんだ貴様は! さっきから、奴らに有利な判定ばかりしやがって!」
王静はリャンを睨みつけた。
「わかったぞ! さては貴様らグルなんだな! 自分の息のかかった人間を審判に起用して、自分たちに有利な判定をするよう申し合わせておいたんだろう! この卑怯者どもが!」
王静は怒鳴り散らした。
「やってられるか! こんな八百長試合、無効だ! 我々は双方が納得できる、本当に公平で信用できる審判での再試合を要求する!」
審判を変更しての再試合となれば、数日の猶予ができる。それだけあれば、天国が行ったモンスターの武器化を、こちらもマスターすることができる。そうすれば、今度こそ勝てるはずだった。
「なるほど。なんだかんだと難癖をつけて、時間稼ぎをしようというわけか。時間があれば、自分たちも調と同じ戦法が使えるようになる。そうなれば霊薬がある自分たちが勝てると」
永遠長の指摘は正鵠を射ていたが、それで引き下がる王静ではなかった。
「私は事実を言っているだけだ!」
「だから、俺や調の行為の、どこが反則なのかと聞いている」
永遠長の圧が強まり、王静は一瞬言葉に詰まる。
「が、まあいい。審判の人選においては寺林に一任した、こちらにも不備があったのは事実だからな」
永遠長は軽く息をついた。
「いいだろう。再試合の要求を受けてやる。ただし、こちらの条件を飲むならば、の話だ」
「違反をしておいて、条件などおこがましい。と言いたいところだが、いいだろう。言ってみろ」
まんまと挑発に乗ってきた永遠長に内心でほくそ笑みながら、王静は表面上あくまでも尊大に応じた。
「まず再試合するのは、あくまでも俺だけだ。この試合は賭けの対象になっているからな」
ここで王静のゴリ押しを許して、今までの結果をなかったことにしたら、勝った連中が納得せず、苦情が殺到する可能性がある。
「別に問題なかろう。元々、この勝負は俺とおまえの一騎打ちだったものを、横槍が入って団体戦に変更したに過ぎんのだからな。そもそも、さっきから、おまえは調の戦法に難癖をつけているが、それを言うなら左の買収工作や霊薬のほうが反則だろう。あれは実質、2体のモンスターを相手にするのと同じことなのだからな」
「…………」
「それを不問に付してやったんだ。それでもなお、これ以上ガタガタぬかすなら、この話はここまでだ。そもそも俺には、おまえの取引に応じてやる理由などないということを忘れるな」
「……いいだろう」
「そして、もう1つは、この試合でおまえが使用した召喚獣を、ここですべて渡すことだ。おまえとしても、霊薬を投与して先のない召喚獣は、もはや無用の長物だろう」
「いいだろう」
永遠長の言う通り、今回霊薬を投与したモンスターは、どうせ次の試合では使い物にならない。ならば、ここで永遠長にくれてやっても痛くもかゆくもない。むしろ、処分する手間が省けるというものだった。
王静は今回使用したモンスターを、すべてバトルフィールドに召喚すると契約を解除した。
「これでいいかな?」
「ああ。それと、次の試合の審判だが」
永遠長は観客席を一瞥した。
「「ザナドゥ」のギルドマスターである、袁軍にやってもらう」
永遠長の意図を測りかね、王静の眉間にシワが寄る。
「奴ならば、おまえも文句はないだろう。何しろ、おまえの依頼主なんだからな」
「それがわかっていて選ぶとは、いい度胸だな」
「審判が難癖などつけようもない。完全無欠な勝ち方をすればいいだけの話だ」
「いいだろう。それでOKだ」
王静は口の片端を吊り上げた。
「時間が欲しいのだろうから、再試合は来週の日曜日にしてやる。それまでに、せいぜい自分のモンスターを強くしておくんだな」
「了解した。では、これで私は失礼させてもらうよ」
王静は永遠長に背を向けると、会場を後にした。
その一部始終を見届けた後、
『社長』
寺林は常盤に念で話しかけた。
『何かね、寺林君?』
『あの中国人、殺っちゃっていいっスか?』
王静と、この試合に関する打ち合わせをしたのは寺林であり、その際王静からリャンが審判をすることの了承も取り付けた。それに今になってケチをつけるということは、寺林の顔を潰し、リャンの仕事を全否定に他ならないのだった。
たかが人間ごときが。
『ダメ』
常盤は即答した。こんな面白い展開を、王静を殺して台無しにするなど、あり得なかった。
『じゃあ、試合が終わってから』
『それなら静火君の許可を得たら考えよう』
『それってダメと同じどころか、話したとたん、コキュートスに逆戻り確定じゃないっスか』
『そこは君の交渉力次第だろう』
寺林と常盤が密かに物騒なやり取りをしている間に、天国が王静のモンスターの治療に取りかかっていた。
天国は、まず「境界」で王静のモンスターを包みこむと、続けて「回帰」を発動した。すると、間もなくモンスターたちの身体から霊薬が抽出され、その霊薬もモンスターの体を取り戻していく。そしてすべてのモンスターを元に戻したところで、天国は「回帰」と「境界」を解除した。
「案の定、大将戦の召喚獣には、さらに霊薬が使われていたようだな」
永遠長は不愉快そうに言い捨てた。回帰をかけられたモンスターのうち、大将戦に出場予定だったモンスターからだけ、霊薬が2つ抽出されたのだった。
「暴走するリスクを冒しても、勝とうとしたんじゃな、あやつのやりそうなことじゃ」
二木の顔にも不快感が広がった。
「てか、再試合OKしちゃって、よかったわけ? あんなの難癖もいいとこなんだから、無視すりゃよかったのに。あのままゴネ続けるなら、それこそ試合放棄ってことにして」
ああいう駄々こねたモン勝ちと思ってる輩が、秋代は大嫌いなのだった。真面目に生きてる自分がバカみたいだから。
「仕方なかろう。こちらに不手際があったことは事実なんだからな」
永遠長は憮然と言った。
「それに、奴が今度はどんな手に出るか。見物だろう」
「あんた、完全に面白がってるわね」
秋代は永遠長に白け眼を向けた。
「このところ、マンネリが続いてるから」
天国が苦笑しつつ代弁した。
話が一段落したところで、
「では、わしはここらで失礼させてもらうとするかの」
二木が言った。
「モンスターどもの治療も無事終わったようだしの」
治療の完了したモンスターたちを見回した後、二木はバトルフィールドを後にした。そして通路を外へと歩いていると、
『よくやってくれた』
二木の頭に直接声が届いた。
『それで、この後のことだが』
「何か勘違いしておるようじゃが」
二木は念の声を遮った。
「わしは、お主らの仲間になった覚えはないし、ましてや手駒になった覚えなどない」
二木は不機嫌さを隠さず言い捨てた。
「お主らとは、あくまでも利害関係が一致しておったから、手を貸していただけに過ぎん。そして、その互恵関係も、これっきりじゃ。今後一切、お主らには手を貸さんから、そう思え」
『随分ご立腹のようだな』
「当然じゃ。あやつが使った霊薬。入れ知恵したのは、お主じゃろう」
二木の問いに、念の主は沈黙で肯定した。
「あれは、モンスターを使い捨てにする毒薬じゃ。そんなもんを持ち出しおって。虫をなんだと思っとるんじゃ」
『結果的に助かったのだから問題なかろう』
「あやつらの手でな」
『それも計算の内だ』
霊薬を使えば、王静でも永遠長に勝てる目が出てくる。加えて、二木が棄権する大義名分にもなる。そして、霊薬の存在を知った永遠長は、必ずモンスターたちを助けると。
『実際、汝はなんらのペナルティも受けることなく無罪放免となり、モンスターたちも奴らの手により回復した。どこに問題があるというのだ?』
唯一の誤算は、天国と永遠長の力を見誤ったことだった。
『まさか、あんな手でくるとはな』
「それだけでなかろう。アレを完成させるまでに、何匹殺した?」
方法を知っていることと、実際に精製することは似て非なるもの。
大昔の古文書から、まったく失敗することなく、いきなり霊薬が精製できると思うほど、二木は楽観主義者ではなかった。
『それを汝が言うのか? モンスターを手駒として利用していたのは、汝も同じであろう』
念に皮肉がこもる。
「一緒にするでないわ。あれは、あくまで保険じゃ。もし地球人が異世界に手を出さなんだら、あのままにしておくつもりじゃったし、いずれは回収するつもりでおった」
『目くそ鼻くその気がするが』
「じゃが、貴様らは、わざわざ平地に乱を起こそうとしておる。その時点で、わしとは相容れん立場におる」
二木はフンと鼻を鳴らした。
「やりたければ自分たちでやれ。わしは、これ以上お主らに手を貸すつもりもなければ、邪魔するつもりもないでな」
『そうか』
「ただし、虫たちを使い捨てにするような真似を今度してみい。わしの手で叩き潰してやるから、そう思っておれ」
『覚えておこう』
念は、その声を最後に途絶えた。そして二木も、闘技場を出たところでエルギアから姿を消したのだった。




