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第211話

 一夜明けた朝食の席で、


「で? 何か具体案は思いついたのか?」


 永遠長は先に来ていた秋代に言った。


「ま、まだよ」


 秋代の顔が強張る。


「てか、昨日の今日で思いつくわけないでしょうが」

「だろうな。昨日はグッスリ眠ったようだしな」


 永遠長の皮肉に、


「く……」


 秋代が鼻白む。実際、秋代の顔色は健康そのもので、寝不足の兆候は微塵も見られなかった。もっとも、それは他のメンバーも同様で、例外は小鳥遊と土門ぐらいのものだった。


「どうせ何も考えず、さっさと寝たんだろう。こういうことは、きっと小鳥遊辺りが考えてくれると、都合よく丸投げして」

「ぐ……」


 事実だけに返す言葉がなかった。そこへ、


「なんの話をしてるんだい?」


 明峰と、


「なんの話をしてるでござる?」


 南武が話に加わってきた。


 あんたたちには関係ない。と秋代が言う前に、


「実はじゃな」


 木葉が昨夜の経緯を話し始めてしまった。そして、


「へえ、それはうまい商売を考えたね」


 話を聞き終えた明峰は感心し、


「それで、おめおめ逃げ帰ってきたというのか!?」


 南武は憤慨した。


「じゃあ、どうすりゃよかったってのよ?」


 秋代は冷ややかに言い返した。


「決まっているだろう! そんな不埒者は成敗して、2度と異世界に来れなくしてやるのだ!」

「だから、どうやってって聞いてるのよ?」


 移動法が異世界ナビしかない状況なら、その使用を差し止めればいい。しかし、王静が他の移動法を確立している以上、異世界ギルドに打てる手はないのだった。


「それとも、その中国人を殺せとでも言うわけ?」

「そ、そんなことは言っておらん。ただ、少し痛い目に遭わせて懲らしめてやればよかったのだ」

「それで止めなきゃどうすんのよ?」


 その場合、王静は秋代たちを召喚獣の窃盗犯として訴えるだろう。そうなれば、悪認定されるのは秋代たちのほうなのだった。

 むろん、他に手がなければ強硬手段もやむ無し、と秋代も思ってはいる。しかし、それはあくまでも最終手段であり、今はその最悪の展開を避けるための方法を模索している最中なのだった。


「むうう」


 南武も渋面を作るだけで、これという打開策は見出せないようだった。そこへ、尾瀬が現れた。そして秋代と目が合うと、


「フッ」


 鼻で嘲ったのだった。


 こんの、クソチビがあ!


 秋代の怒りは怒髪天を衝いたが、それが外面を突き破ることはなかった。今対処すべきは王静であり、尾瀬ではない。それに何か言えば「無様をさらした上に、八つ当たりですの? まったくみっともないこと、この上ありませんわね。さすが庶民」的な切り替えしが来るのが目に見えていた。


 もっとも、秋代とて何も考えていないわけではなかった。昨夜、何気なく永遠長に言ったように「改変」で王静の記憶から異世界の存在を消せば、とりあえず解決する。問題は、その機を完全に逸してしまったことだった。昨夜、永遠長につられて、何も考えずに引き返してしまったせいで。

 そして王静も、今後は当然「改変」を警戒してくるだろう。エルギアでの狩猟は手駒に任せ、自身は地球での業務に専念されたら、こちらとしては近づく術がないのだった。


 暴力はダメ。記憶操作もダメ。八方手詰まりのまま、時間だけが無為に過ぎていった。


 そんな状況に変化が起きたのは、5日後のことだった。

 と言っても、秋代たちが名案を思いついたわけではない。

 問題の渦中にある王静が「商談がある」と、永遠長にアポイントメントを求めてきたのだった。

 そして、これを永遠長も承諾したが、天国以外の同席は却下されてしまった。


「ずらずらと雁首並べて、相手を威圧するような形で相対するのは性に合わん」


 それが永遠長の言い分であり、やむなく秋代たちは天国の携帯電話を通して、別室で話を聞くことで手を打った。そして、その別室には当事者である秋代たちの他、明峰や南武たちも押しかけていた。


「まずは商談に応じてくれたことに感謝する」


 席に着いた王静は、笑顔で礼を言った。


「礼には及びません。それに社交辞令も無用です。あれだけの論戦を交わした後で、今さら上辺だけ取り繕ろっても意味がない。そうでしょう?」


 天国も笑顔を返す。


「なるほど。確かに、その通りだな」


 王静は苦笑すると、


「では、単刀直入に言おう。永遠長君、君の持っている暗黒竜を私に譲ってもらいたい」


 商談内容を端的に告げた。


「暗黒竜を?」


 聞き返したのは天国で、持ち主である永遠長はわずかに眉をひそめただけだった。


「そうだ。私の顧客の中に、暗黒竜を所望されている方がいてね。その方の話によると、暗黒竜は今や絶滅危惧種で、入手が極めて困難だという。そこで、我が社にお声がけくださったわけだ」


 商いとして召喚獣を扱うことにした王静の会社であれば、貴重な暗黒竜も取り扱っているのではないか? と。


「が、さすが貴重種。八方手を尽くして探したが、実物はおろか痕跡すら発見できず、あきらめかけていたところで君のことを思い出した」


 王静は永遠長を見た。


「君のプロフィールを見直してみたところ、確かに君は暗黒竜を所有しているとあった。そして思い返してみると、あのとき君が装備していた鎧は、黒い竜をモチーフにしているように見えた。そこで君自身に確認を取り、事実であった場合、買い取りたいと思ってまかりこしたという次第だ。どうなんだ? 君は本当に暗黒竜をゲットしているのか?」

「確かに、俺の召喚獣の中に暗黒竜はいる」


 永遠長は淡々と応じた。


「だが、誰にもくれてやるつもりはない」

「むろん、ただで譲ってくれとは言わない。最初に言った通り、これは商談だ。当然、当方としてもそれ相応の対価を払う用意がある」

「金の問題じゃない。あいつは俺にとって、子であり相棒だ。それを売り渡すことなど、天地がひっくり返ろうともあり得ない話だ」

「なるほど。だがこちらとしても、それで「はいそうですか」と引き下がったのでは商売にならない。そこで、どうかな? 君の暗黒竜を賭けて、私と勝負しないか?」

「勝負?」

「そうだ。モンスターバトルでな」

「ほう」


 永遠長の眉が興味を示した。


「エルギアでは召喚武装の他に、テレビゲームのようにモンスター同士を戦わせる勝負もあると聞いている。それで決着をつけようというわけだ。聞いたところによると、君は以前「異世界ギルド」の運営権を賭けて、尾瀬社長の御息女たちと勝負をしたそうじゃないか。それを、今度は暗黒竜を賭けて行おうというわけだ。むろん、そちらにだけ一方的なデメリットを強いるつもりはない。先のギルド戦同様、もし当方が勝負に負けた場合、我が社は異世界から一切手を引こうじゃないか。どうだ? これならば、君たちにも十分受ける価値があるだろう? 止めたかったんだろう? 我が社によるエルギアでのモンスターの乱獲を?」


 王静の目は自信に満ちていた。永遠長が、この勝負に絶対に応じることを。そして、その勝負で自分が絶対に勝利することを。


「ずいぶんと気前のいいことだな。俺にとってはともかく、おまえにとって暗黒竜は、しょせん1顧客の注文品に過ぎないだろうに。それと、これから莫大な収益が望める独占事業を秤にかけたのでは、割が合わないんじゃないのか?」

「それだけ、今回の取引相手が大物だと言うことだ。エルギアでの事業を天秤にかけてでも、と思わせるほどのな」


 王静は不敵に笑った。


「それに、私が勝てば済む話だ。なんの問題もない」

「いいだろう。その勝負受けてやる」


 まんまと餌に釣られた永遠長を見て、


「そう言ってくれると思っていたよ」


 王静は満面の笑みを浮かべた。


「で、肝心の勝負法だが、勝負するモンスターは互いに同じモンスターにする、というのはどうかな?」

「ほう」

「子供の頃、ゲームでモンスターバトルを見ていて思っていたんだよ。本当に、どちらが優れたモンスターを育てたのか白黒ハッキリつけたいのであれば、同じモンスター同士でバトルをすればいいだろうに、と」


 むろん、複数体のモンスターを状況に応じて戦わせるほうが戦略の幅は広がるし、変化も楽しめる。だが、本当に自分のモンスターが相手よりも優れていると証明したいのであれば、同じモンスター同士で戦うほうが、運要素が入り込む余地がない分、プレイヤーの純粋な育成能力が勝負の鍵を握ることになる、と。


「どうかな? どうせ戦うのであれば、このほうがどちらにとっても納得のいく勝負になるんじゃないか?」

「……悪くない。だが、その勝負法には1つ問題がある」

「何かな?」

「その場合、勝負モンスターは、俺の手持ちのモンスターになるということだ。おまえの出場モンスターに合わせて、こちらがわざわざ手間暇かけて、新しい召喚獣をゲットして勝負に挑んでやる義理などないのだからな」

「そんなことか。それならば、むろん勝負モンスターは君の手持ちモンスターでいい」


 王静は二つ返事でOKした。


「ただし、こちらからの条件として、勝負モンスターは地水火風光闇、各属性から1体ずつにしてもらいたい。といっても、これも別に深い意味があるわけじゃなく、特定の属性ではなく、全属性を満遍なく育てられる者のほうが、より優れたプレイヤーである、と私が思っているだけなんだがね」


 この王静の申し出を永遠長も了承し、2人の勝負モンスターは、


 地、メタルスパイダー。

 水、サファイアタートル。

 火、ファイアーバード。

 風、ストームエレファント。

 光、ボルテックパンサー。

 闇、メタルスコーピオンとなった。


 最後に勝負の日時を日本時間で3日後の日曜日、午後4時とし、王静があらかじめ用意していた契約書に署名し、商談は終了した。


 王静が満足顔で応接室から去った後、


「アレでよかったわけ? なんか、あいつの言い分を丸呑みする形になってたけど」


 応接室に入ってきた秋代が懸念を口にした。そして、それは2人の商談を聞いていた大半の者が感じていたものだった。


「あれ、絶対何か企んでるわよ?」


 秋代としては、永遠長が勝って王静が異世界から手を引くことになればめっけ物。労せずして問題が解決することになる。だが、エルギアでの王静の言動から考えて、そう都合よく事が運ぶとは思えなかった。そして、その思いは、


「でしょうね」


 天国も同じだった。


「ここに来たとき、あの人の考えを探ろうとしたけど、できなかったから。おそらく、なんらかの力で、私に考えを読まれないようにしてたんだと思う」

「それって、何か悪巧みしてるって言ってるようなもんじゃない」


 呆れる秋代に、


「そんなことは、あの男自身が言っていたことだし、当たり前のことだろうが。どこの世界に、戦う前に自分の手の内を明かすバカがいる」


 永遠長は淡々と言った。


「まあ、それはそうなんだけど」


 秋代としては、王静の掌の上で踊らされているようで気分が悪いのだった。


「てーか、そんな奴相手に勝つ自信あるわけ?」

「そんなことは、やってみなければわからん」

「つまり特訓じゃな!?」


 木葉の闘志に火が付く。


「特訓してモンスターをレベルアップさせて、そんでもってドラゴンをゲットするんじゃあ!」

「どうして、そこでドラゴンが出てくるのよ? むしろ、あいつにドラゴンをゲットさせないために戦うんでしょうが」

「何を言うとるんじゃ、春夏。エルギアで特訓するんじゃろうが? で、モンスターの特訓ちゅうたら、バトルじゃろうが。で、バトルっちゅうたら強いモンスターと戦うのが1番じゃろうが。で、強いモンスター言うたら、ドラゴンに決まっとるじゃろうが!」

「で?」

「じゃから、まずわしがドラゴンをゲットして、そのドラゴンと永遠のモンスターを戦わせて強くするんじゃ」

「それなら、わざわざゲットしなくても、天国のドラゴンがいるでしょうが」

「何を言うとるんじゃ? それだと、わしがドラゴンをゲットできんじゃろうが」

「要するに、あんた自分がドラゴン、ゲットしたいだけなんじゃない」

「そーじゃ!」


 ドラゴンゲットは木葉の悲願であり、永遠長と王静の話を聞いているうちに、木葉の中のドラゴン熱が再燃してきたのだった。


「ドラゴンをゲットしたければ勝手にしろ。だが、別に特訓などしない」


 永遠長は言い捨てた。


「なんでじゃ?」

「決まっている。まだ召喚獣問題が解決していないからだ」

「それは、天国に任せれば済む話なんじゃないの?」

「おまえが他力本願で生きていくのは勝手だが、俺までおまえと同レベルに引きずり降ろされる筋合いはない」

「ぐ……」

「そもそも、これはおまえたちの担当案件なんだろう。だったら今おまえが考えるべきは、俺が奴にどうやって勝つかではなく、もし俺が負けた場合どうやって奴を止めるか、だろうが。他人のことをグダグダぬかす前に、自分のやるべきことをやれ」

「く……」

「話は以上だ」


 永遠長は言い捨てると、さっさと応接室を出て行ってしまった。


 そして翌日、永遠長が職員室に入ると、


「聞いたよ、永遠長君、また何か面白いことになってるみたいだね」


 寺林が接触してきた。


「何が聞いただ。どうせ、どこぞからすべて見ていたんだろうが」

「それでさ、社長に話してみたところ、ぜひ今回も実況中継したいとおっしゃられてるんだけど」

「別に構わんが、実況中継するほど客が集まるとは思えんぞ」


 前回のギルド戦と違い、今回かかっているのは、永遠長の暗黒竜と王静の異世界での商業権でしかない。はっきり言って、どちらが勝とうが、他人にはなんの関係もない話なのだった。


「うん。そこでイベントとして、モンスターバトル大会を同時開催してはどうか、というのが社長の意見なんだ」


 実際には、静火の意見なのだが。


「そして、そのラストで君たちが戦う。そうすれば、君たちの戦いはエキジビションマッチってことで、いつもの大会とは一味違う、盛り上がる要素になるだろうってね」

「それは俺も考えたが、諸々の事情から不採用とした」

「なんだい? 諸々の事情って?」

「言わなきゃわからんのか? そもそもの原因を作ったのは、おまえたちだろうが」

「私たち?」


 寺林は小首を傾げた。


「前回のギルド戦で、地球の状況をペラペラしゃべったろうが」

「あー、あれね」

「あれがなければ、手持ちに指定モンスターのないプレイヤーは、普通なら「ああ、その召喚獣、持ってないから今回はパスしよう」でスルーする可能性が高かった。だが、あの話を聞いた以上、たとえどんなに可能性が低くても上位入賞が狙える可能性があるなら、参加しようと考えるプレイヤーが大量に発生する可能性がある」


 上位入賞者には、異世界ナビ購入権が与えられるから。


「本来であれば、異世界ナビ購入権など、オマケ程度のものでしかなかったから、誰もそれ目当てでイベントに参加しようとは思わなかった」


 だが、今は違う。異世界ナビ購入権は、人1人の命と等価なのだった。


「その場合、下手をすると全プレイヤーが大会に参加するために、指定モンスターのゲットに動く可能性がある」


 現在の総プレイヤー数は20万人を超える。それらが同種モンスターをゲットするために動いた場合、イベントを開催した異世界ギルドが、生態系の破壊を誘発してしまうことになる。


「なるほどね。乱獲を防ぐための勝負をしようとしている君たちが、その乱獲を推進するようなイベントを開いたら、それこそ本末転倒ってことか」

「そういうことだ」

「なるほど。でも、その考えからすると、大会を開くこと自体が、乱獲を誘発することになってしまうんじゃないかい?」

「確かに、その可能性はある」


 だが、特定のモンスターバトルと違い、通常のモンスターバトルの場合、現地での経験が物を言う。中には、王静のように金に物を言わせて強力なモンスターを揃えてくる人間もいるだろう。しかし、それはそれで、そのプレイヤーが大金が出せるだけの活動をエルギアでしていたということであり、それに運営が口を出すのはお門違いというものだった。


「なるほど。資産運用もプレイの内ってわけだね」

「それと、もう1つ。運営上の問題もある」

「運営上?」

「今言ったように、イベントとして大会を開いた場合、20万人が申し込んで来る可能性がある。そして、その場合、全試合を1つの会場で行った場合、どれだけの日数がかかるかわからんということだ」


 もし本当に全プレイヤーが参加した場合、1回戦だけで10万回試合をしなければならないことになる。仮に1試合に5分かかったとして50万分。時間にすると8333時間。1日辺りに10時間試合を行えるとして、1回戦だけで800日以上かかってしまうのだった。


「1回戦だけで、これだ。決勝までやると、それこそ何年かかるかわからなくなる」

「なるほど。君がギルド戦で言ってた、緊急避難の問題点と同じってわけだね」

「そういうことだ。これを解決するためには、1000以上の会場で同時開催する必要があるが、それだけの人員が今の運営にはない」


 永遠長と天国の分身を使えば、とりあえず数だけは揃えることができる。だが、永遠長が分身を動かす仕組みは、言わば警備員が無数の監視カメラを常時チェックし、どこかのモニターに異常が発生した場合に、その都度対処しているようなもの。100以上の情報を常時管理しつつ、あまつさえ各分身をバラバラにコントロールするのは、さすがに無理がある。ちなみに、モスでの皇帝戦で分身が戦えたのは、全員が視界に収まる範囲にいたうえ、適当に暴れさせても問題がなかったからなのだった。


「それとも、おまえが神の力と人脈を使って、1000の会場と人員を用意するか? それなら、やってもかまわんぞ」

「いやー、さすがに、それは、ちょーと無理があるね」


 というか、面倒臭くてやってられない、というのが寺林の本音だった。副社長に言えば、平気でやれと言うだろうが。


「でも、それだとこれから先は、その手のイベントはすべてできないことになるんじゃないのかい?」

「そうでもない。地球でオリンピックやワールドカップの代表を各国が選定しているのと、同じ方法を取ればいいだけだ」

「オリンピック?」

「そうだ。まず大会の出場者をアメリカならアメリカ人、中国なら中国人と、各国に限定して参加者を募る。そして各国での上位入賞者3人ぐらいで、年に1度の世界大会を開く。そうすれば、1大会辺りの出場者はかなり限定されることになるから、試合もスムーズに運べるはずだ」

「なるほど。つまり本戦前に、各国で予選会を開くわけだね」

「そういうことだ。だがこの場合、予選会での入賞者には、それなりの報酬を出さなければならなくなる。そして本戦でも、その上位入賞者だけがさらに恩恵を受けることになる」


 実際のところは、1つの大会の参加者が多すぎるため、まず各国でふるいにかけているだけなのだが、参加者たちはそうは考えないだろう。かと言って、報酬を本戦での上位入賞者だけに限定した場合、割に合わないとプレイヤーからソッポを向かれかねない。


「そこで、各国から勝ち上がった出場者を対象に賭けを行う。敗者を含めた全プレイヤーに、自分のポイントを賭け金として上位入賞者を予想させ、的中させた場合には賭け金に応じてポイントを進呈する」


 そうすれば、観客側にもイベントで恩恵を受ける機会が与えられることになり、大会に興味を持たせることができる。


「自分が賭けた選手が勝てば、それだけポイントが稼げるわけだからな」


 そしてポイントでの交換アイテムの中に「異世界ナビ購入権」を入れておく。


「1億ポイントで1つぐらいが、ちょうどいいだろう」


 問題は、この仕組みにすると、八百長でポイントを稼ごうとする輩が現れることだが、そこは「共有」なりで出場前の選手を調べることで防げるはずだった。


「以上の点を考慮して、今回は全員参加型のイベントとしては行わないこととした。むろん、これに代わる案があるというなら採用する用意はある。おまえの社長とやらに、そう言っておけ」


 この永遠長の考えに寺林も納得し、イベントは予定通り、永遠長VS王静のモンスターバトルのみ、となるはずだったのだが……。


 翌日、


「どういうつもりだ?」


 永遠長は職員室にいた寺林に詰め寄った。その原因は、昨晩異世界ギルドから告知されたイベントにあった。


 イベントの告知自体、永遠長の預かり知らぬことだったが、問題はイベントの内容が大きく変わっていたことだった。

 変更されていた点は、大きく4つ。

 王静との勝負が翌週の日曜日に延長されていたこと。

 もし永遠長が王静に負けた場合、暗黒竜だけでなく「異世界ギルドの運営権」も王静に譲渡されること。

 全プレイヤーが異世界ギルド公認のギャンブルとして、勝敗を賭けの対象にできること。

 そして、その勝負が永遠長と王静の個人戦ではなく、5対5の団体戦で行われることだった。


「いやー、それがさあ、やっぱりかかってるのが暗黒竜と王静社の事業権だけじゃ引きが弱いんじゃないかって話になってね」


 寺林は頭をかいた。


「じゃあ、こっちも異世界ギルドの運営権を賭ければいいじゃんと。前回のギルド戦も、それで成功したから。まあ、早い話が前回で味をしめて、柳の下に2匹目のドジョウを狙ったってわけさ」


 寺林は、あっけらかんと言った。


「団体戦にしたのも同じ。やっぱ君だちの一騎打ちだけじゃ引きが弱いし、賭けも成立しない可能性が高いと判断したんだよ。君と、どこの誰とも知らないおじさんが戦うことになったらさあ、なんだかんだ言って、みんな君に賭けるに決まってるからねえ。それじゃ、賭けになんないだろ? 3対3でも同じ。その場所、君と天国君が勝てば、残りの1人は数合わせで済むからね。その点、5対5の団体戦なら、君と天国君の勝ちは鉄板だとしても、残り3人の人選次第で王静側にも勝ち目が出てくる。やっぱ、バトルって、どっちが勝つかわからないから面白いんだよ」

「ふざけるな。なぜ、おまえたちの都合に俺が振り回されねばならんのだ」

「まあまあ、そう怒らないで。君と社長の板挟みで、私も苦労してるんだから」

「知ったことか」

「それに訂正しようにも、もう手遅れだしね。昨日のうちに、向こうとの話は済ませて、再契約もしてきてしまったからね。こちらの意向を伝えたら、向こうさん二つ返事でOKしてくれたよ」

「当たり前だろうが」


 王静にしてみれば、なんのデメリットもないどころか、勝てば望外の報酬が転がり込んでくるのだから。


「まあまあ、もう公表もしちゃったんだし、ここで文句を言ってる暇があったら、残りの候補を探したほうが、よほど建設的なんじゃないかい?」


 事実だが勝手極まる寺林の言い草に、


「次はないぞ」


 警告を残して永遠長は引き下がった。実際、異世界ギルドとして告知してしまった以上、今さら撤回したのでは企業の信用に関わるし、モラルも問われかねない。

 永遠長としては、不本意極まりなかったが、条件を飲まざるを得なかったのだった。


「つまり、わしの出番と言うわけじゃな」


 昼食の席で、天国から事情を聞かされた木葉は身を乗り出した。


「何が「わしの出番」よ。モンスター1匹しか持ってないくせに」


 秋代は一刀のもとに切って捨てた。


「これからゲットすればええことじゃろうが」

「そんなモンスターで勝てるわけないでしょうが」

「そんなことは、やってみんとわからんじゃろうが」

「そんな行き当たりばったりで、出場させられるわけないでしょうが。異世界ギルドの運営権をかかってんのよ。それで負けたら、どう責任取る気よ、あんた?」


 秋代は冷ややかにダメ出ししてから、


「で、実際のところ、どうする気なわけ?」


 改めて永遠長に尋ねた。


「1人は決まっている」

「誰よ?」

「あの爺だ」

「爺って、あのナメクジ事件の犯人の?」

「そうだ。そもそも、あの中国人の話を持ってきたのは、あの爺だからな」


 二木が、もし本当に王静の乱獲を止めさせたいと思っているなら、喜んで協力するはずだった。


「それで、もしあの爺さんが負けたら、どうするわけ?」

「そうなったら、そのときの話だ」

「あっそ。で、残り2人はどうするわけ?」

「左にやらせる」

「左?」


 秋代は初めて聞く名前だった。


左秀麗ひだりしゅうれいさん。ほら、前に言ったでしょ。最古の11人の1人に、錬金術師がいるって」


 天国が補足した。


「それは聞いたけど、勝てるっていうか、その前に引き受けてくれるわけ?」

「あいつには貸しがあるからな」

「貸し?」

「今、左さんはディサースでポーションの研究をしてるんだけど、そのための資金を流輝君が出してるの。つまり、パトロンてわけ」

「パトロン? 永遠長が?」

「ええ。それに、左さんが「アルカナシーカー」になるために協力、というか、お膳立てをしたのも流輝君だから」

「そうなの?」

「ええ。冒険中に「アルカナシーカー」の石板を見つけて、左さんの研究に役立ちそうなジョブだから、メールで連絡したの。そしたら「研究で忙しいから、代わりにゲットしといて」って、異世界ナビを渡されて。仕方なく、流輝君は自分で石板をサーチして、必要アイテムも全部集めたってわけ」

「よく、そこまでしてやったわね?」


 普段の永遠長なら「甘えるな」と切り捨てそうなものだったが。


「あいつの「ポーションがないなら自力で作る」という考え自体は面白いからな」


 ディサースに限らず、異世界ナビで移動できる異世界には、1箇所としてファンタジーの定番であるポーションが実用化されていない。左は、それを自力で作ろうと研究を続けているのだった。


「それに、実際できるかどうか興味もあった。だから少しだけ手を貸すことにした。ただ、それだけの話だ」


 左をアルカナシーカーにジョブチェンジさせたのも同じこと。アルカナシーカーには異世界モノには定番である、いくらでもアイテムを収容できる「マジックボックス」の特殊能力が備わっていて、研究に役立ちそうだから協力したに過ぎないのだった。


「じゃあ、4人目はその人でいいとして、5人目はどうするわけ?」

「よかったらだけど、小鳥遊さん、やってみない?」


 天国に話を振られた小鳥遊は、


「え!?」


 突然の指名に困惑した。


「今日まで毎日エルギアに通い続けて、出場できるだけのモンスターをゲットしてるでしょ」

「そうなの、小鳥遊さん?」

「う、うん。でも、私のモンスターたちは、そんなに強いモンスターじゃないし」


 小鳥遊がゲットしたモンスターは、最初のエレキラビット同様、ケガをしているところを助けた結果、懐いたモンスターばかりなのだった。


「普通のバトルなら、そう。だけど、今回のバトルは同じモンスター同士で戦う形式だから。それに今も思ってるんでしょ」


 たとえ力に訴えても、エルギアのモンスターたちを助けたいと。


「うん。そう思ってる。でも、かかってるのは永遠君のモンスターだし……」


 小鳥遊は永遠長を見た。


「俺は別にかまわん」

「決まりね」


 天国が締め、話が終わりかけたところで、


「待つのです!」


 沙門が待ったをかけた。


「その人選には異議があるのです!」


 沙門は席を立つと、永遠長に詰め寄った。


「他の人はいいのです! でも、あの二木という人は除外するべきなのです!」


 沙門は鼻息を荒げた。


「あの人の目的は、あなたをけしかけて中国人を皆殺しにさせることなのです! なら、あの中国人が運営権を手に入れるように、わざと負けるに決まっているのです!」


 そうすれば、王静の暴走を止めるために、永遠長が動かざるを得なくなる。つまり、この勝負に永遠長が負ければ、永遠長と中国人を敵対させるという、二木の当初の目的は達成されることになるのだった。


「この勝負には、エルギアのみならず、全世界の命運がかかっているのです。その勝負に八百長を持ち込む可能性がある人間を出場させるわけにはいかないのです。そのぐらいならマリーが出場するのです。そして、マリーたちが役立たずではないことを証明してやるのです」


 沙門が名乗りを上げた直後、


「待てーい!」


 今度は門倉が立ち上がった。


「そういうことなら、5人目はオレ様しかいないだろうが! 全世界の、命運がかかった戦いで勝利して、全プレイヤーに「門倉ここにあり!」と知らしめてやる!」


 完全勝利して、プレイヤーから脚光を浴びる自分を想像して、門倉はほくそ笑んだ。


「ふざけるな! 貴様のような不埒者に、世界の命運を賭けた試合に出る資格などない! 貴様に出場させるぐらいなら、それがしが出る!」


 南武も名乗りを上げ、


 「それ、僕も立候補者していいかな?」


 明峰も名乗り出た。こんな面白そうなこと、参加しない手はなかった。


「何を言うとるんじゃ! あいつが出んなら、出るのはわしじゃろうが!」


 木葉も出場権を主張し、


「マリーが出るのです!」

「オレ様が出る!」

「いや、出るのはそれがしだ!」

「盛り上がってきたねえ」

「わし以外おらんじゃろうが!」


 全員が一歩も引かないなか、


「じゃあ、こうしたらどう?」


 天国が口を開いた。


「各属性に1人ずつ出場させるっていうのは?」

「どういうことです?」


 沙門のみならず、南武たちも天国の真意が掴みきれずにいた。


「この勝負、出場者は6人ってことになってるけど、バトル自体は1人6属性で戦うわけでしょ。だから、各属性、たとえば炎属性は沙門さん、土属性は南武君という形で分担して戦えば、1人分の勝負で6人が戦えるってこと」


 天国の説明に、


「各属性で?」

「1人ずつ?」


 沙門たちは顔を見合わせた。


「そう。これは元々、今後の大会用に考えたことなんだけど、この場を治めるのにちょうどいいかなって」

「今後?」


 秋代が尋ねた。


「そう。永遠長君の言う通り、この状況下で普通に大会を開くと出場者が殺到して、大会が終了するまで1年かかることになりかねない」


 そこで、出場者を絞る方策を色々と考えた。これは、その1つなのだった。


「今後のイベントでは、出場できるのは1ギルドで1人、もしくは1チームのみとする」


 今回のようなモンスターバトルの場合、出場できる人数は戦わせるモンスターと同数とする。またギルドに入っていないソロプレイヤーの場合、ソロ同士でチームを組めば出場できるようにする。


「そうすれば、これだけでかなり出場者を絞れるでしょ?」


 そして上位入賞チームには、順位により「異世界ナビ購入権」を授与する。また、下位チームにもポイントを進呈し、ポイントで入手できる景品に「異世界ナビ購入権」を用意する。そうすれば、優勝できる実力のないプレイヤーも参加しようという気になる。


「でも、それだと人数の多いギルドは不利になるんじゃない?」


 秋代が懸念を示した。数の多いギルドは、それだけ出場者が制限されることになり、入賞賞品をゲットできる機会を喪失することになってしまうのだった。


「そう? 自分たちの中で、1番強い人を出場させられるんだから、ソロプレイヤーに比べても、十分過ぎるぐらい恵まれてると思うけど?」

「つまり、まずギルド内で予選を行わせることで、時間を節約させようっていうのね」


 小鳥遊が天国の意図を読み解いた。


「そういうこと」

「でも、それだとギルド内で強い奴がいつも出場して、いつも賞品をゲットすることになって、揉める原因になるんじゃない?」


 秋代が再び懸念を示した。


「そこはギルドマスターの出番でしょ。手に入れた報酬をどう分配するか。ギルマスの腕の見せ所ね」


 天国は平然と言ってのけた。


「ただ1つ言えることは、数を集めて幅を利かせさえすれば、すべて自分の思い通りになるほど、世の中甘くないってこと」


 天国はニッコリ微笑み、強豪ギルドのギルドマスターである南武たちを鼻白ませた。


「でも、これを実行したら、確かに秋代さんが言ってるような苦情が来るかもしれないし、実際うまく機能するかもわからないから、とりあえずテストプレイとして、今回やってみようってわけ」

「なるほどね」


 秋代は納得し、南武たちは毒気が抜けた顔で押し黙っていた。


「今あなたたちは、木葉君も入れて5人。それに二木さんも入れれば6人になって、ちょうど6属性に1人ずつ割り振れる。後は、誰がどの属性に出場させるかだけど、そこは立候補制にして、もし重なった場合にはバトルして決めるってことで。みんな、なんだんだ言いながら流輝君の暗黒竜のように、このモンスターだけは誰にも負けない。自分にとっての相棒的なモンスターがいるでしょうから」


 天国にそう言われた沙門たちの眉間にシワが寄る。


「当然なのです。マリーのファイアーバードは無敵なのです」

「ふざけるな! 最強はオレ様のファイアードラゴンだ!」

「何をぬかすか! 最強は、それがしのファイアードラゴンだ!」

「みんな大人げないね。僕の虹孔雀以上のモンスターなんて、いるはずないっていうのに」

「わしもドラゴン欲しー!」


 1名を除いて自分のモンスターを誇る出場予定者たちを、


「え? この勝負、ドラゴンは禁止だったはずなんじゃ?」


 小鳥遊が現実に引き戻した。


「そ、そういえば」


 南武もすっかり忘れていたが、最初に永遠長と王静が対戦を決めた際、王静からの要請でドラゴンは使用禁止となったのだった。


 ドラゴンが可となれば、互いに全属性でドラゴンが出てくることになりかねない。それでは面白くない。


 それが王静のドラゴンを不可とする理由だった。


 それが真意であるかは不明だが、この提案を永遠長も了承したのだった。


「し、仕方ない。そういうことなら、それがしはエレコングで出陣しよう」

「なら、オレ様はブラックライオンだ」


 渋々といった顔で、南武と門倉は2番手モンスターで妥協した。


「あ、あの……」


 小鳥遊が遠慮がちに声を上げた。


「そういうことなら、いっそのこと、私と左さんて人も含めて1人2体で出場するってことで、どうかな?」


 小鳥遊の提案に、南武たちは顔を見合わせた。


「別に自分の責任を軽くしたい、て気持ちがないわけじゃないけど、それ以上に二木さんだって、たった1戦するためだけに呼び出されたんじゃ面白くないだろうし、ここにいる人たちも出場するとして、もし1戦だけの場合、負けたまま引き下がらなきゃならなくなるでしょ? それじゃ悔しいだろうし、せめてリベンジできるチャンスがあったほうがいいと思うから」


 1匹目で負けても2匹目で勝てれば、実質的には引き分けということになるのだった。


「でも、それだと人数的に中途半端ね」


 天国の言う通り、小鳥遊を含めて出場予定者は8人。それで2戦ずつすると、1人分足りないのだった。


「なら、秋代が入ればいい」


 永遠長が淡々と言い、


「え!?」


 完全に他人事モードに入っていた秋代は目を見張った。


「て、待ちなさいよ。あたしには試合に出れるようなモンスターなんて」


 それ以前に、まだエアキャット1匹しかゲットしていないのだった。


「いないなら1匹だけで出ればいい。おまえと木葉と小鳥遊で組み、もしおまえと木葉が試合までにロクなモンスターをゲットできなければ、小鳥遊が4試合出る。それでいい話だ。一試合だけ出て、あっさり負けたら小鳥遊の言う通り「何しに出てきたんだ?」と、大衆の面前で恥をさらすことになるが、それも止むなしだろう。王静の1件は、本来おまえたちの担当なのだからな」

「くっ」


 秋代は苦虫を噛み潰した。


「上等よ。出てやろうじゃない」


 秋代は覚悟を決めた。勝てる可能性は限りなく低いが、こうなったらやれるところまでやるしかなかった。


 もっとも、これはすべて二木と左が申し出を断った場合の話であり、2人の返事待ちということで、この場は収束した。


 そして放課後、永遠長と天国は、まず埼玉県川口市へと「移動」した。

 そこの駅近くのマンションが二木の自宅だからであり、2人がマンションに到着して数分後、学生服を着た二木が歩いてきた。


「こんにちは、二木さん」


 天国は笑顔で挨拶したが、


「こんなところまで来おるとは。まったく無粋な奴らじゃ」


 返ってきたのは、二木の渋面だった。


「自宅に押しかけるのは反則じゃろ。プライバシーの侵害もいいところじゃ」


 二木はため息をついた。


「まあええ。こんなところで立ち話もなんじゃ。中に入れ。茶ぐらい出してやる」

「いらん。すぐに済む」


 永遠長は言い捨てた。


「今度、俺が王静と闘うことは、おまえもすでに知っているだろう。ここに来たのは、そのメンバーとして、おまえに出場を依頼するためだ」

「わしに?」

「元々、乱獲の話を持ってきたのはおまえだ。加えて、奴は自分が負ければ異世界から手を引くと言っている。奴の乱獲を止めさせたがっていたおまえとしては、進んで協力を申し出こそすれ、断る理由などないはずだ。あのときの、おまえの話が本当であれば、な」

「……なるほど。確かに、そうなるの」


 二木は顎を撫でた。


「じゃが、わしに頼みに来るとは、おまえさん、本当に友達がおらんのじゃな。もうちょっと生活態度を改めんと、老後寂しいぞ」


 二木はしみじみ言った。


「大きなお世話だ」

「で? 出場せんと、わしの私生活がどうなっても知らんぞ、と言うわけか?」


 二木の目が鋭さを増した。


「ここで待っておったのは、そういうことじゃろ?」


 自分たちは、いつでもおまえの生活を崩壊させることができると、脅しをかけるために。


「誰が、そんなことを言った?」

「違うと言うのか?」

「当然だ。おまえが負けても、それでこちらの敗北が確定するわけじゃない。それに、おまえが負けたら負けたでかまわんし、別に無理やり引き受けてもらおうとも思っていない」


 永遠長は飄々と言った。


「ほう?」

「そもそも、もしおまえに脅しをかけるなら、ここでの生活ではなく、オリジナルのディサースに乗り込んで、そこに住んでいる人間を皆殺しにすると脅している。おまえにとっては、そのほうがよほど効果があるだろうからな」

「人の心がないんか、お主?」

「おまえに言われる筋合いはない」

「つまり、本当に断りたければ断ってええ、ということか?」

「そういうことだ。なぜなら、この申し出を断るということは、おまえは同じ召喚獣同士の戦いでは勝てない程度の召喚獣しか持っていないということであり、ひいては、その程度の召喚獣で行う召喚武装も、しょせんその程度のものでしかない。ということを、おまえ自身が認めた。ということだからな」


 永遠長の言葉に、二木の頬が強張った。


「負けた場合でも同じことだ。同属性対決で負ける程度の召喚獣など、召喚武装したところでタカが知れている。ダブルアムドだなんだと大仰なことを言ったところで、同じ召喚獣に負ける程度の召喚獣での召喚武装など、しょせんその程度のものでしかないということだ」


 少なくとも、今後2度とファイブサモンズアーマーより上だ、などという世迷言はほざけなくなるし、ほざいたところで聞く耳を持つ必要もないのだった。


「……若いのう。その程度の挑発に、このわしが乗ると思うたか?」


 二木は鼻で笑ったが、眉と頬は小刻みに揺れていた。


「だから出たくなければ出なくていいし、負けても文句は言わんと言っている。というか、むしろ負けたほうがスッキリする。そもそもが、カブト虫とクワガタの召喚武装ごときが、ファイブサモンズアーマーと張り合おうというのが、そもそもおこがましいのだからな。いや、クワガタじゃなくカマキリだったか? まあ、どっちでもいい。どうせ、たいして変わらん。虫は虫だ」

「……どうやら、おまえさんとは1度きっちりケリをつけねばならんようじゃな」


 二木は荒ぶりかけた気持ちを、息を吐いて落ち着かせた。


「まあええ。確かに王静のことを、おまえさんのところに持ち込んだのはわしじゃからのう。ええじゃろう。出場してやるわい」

「いいのか? 出て負けても言い訳は聞かんぞ? 後から、あのときは王静に運営権を渡すためにわざと負けたとか言っても、聞く耳は」

「やかましいわ!」


 二木は一喝した。


「どこまでも虫を舐めおって! ええか! 虫はな! 人類が誕生するはるか以前から存在しておる、ある意味世界の王者なのじゃ! そして、おそらくは人類が滅亡した後も存在しておる、紛うことなき星の支配者にして勝ち組なのじゃ! その力、わしが万人に知らしめてくれるわ!」

「人類が滅亡する前に、絶滅させられなければな」


 永遠長は言い捨てると、6時にエルギアに来るように告げた後、天国とともに今度はディサースへと移動した。

 そしてディサースに着いた永遠長たちは、左の研究所へと「移動」した。左の研究所は、アムサロの北西部に生い茂る森の外れにある一軒家であり、これも永遠長が用意したものだった。その玄関先に「移動」した永遠長は、無言のままドアノブに手をかけた。


「ダメよ。ちゃんとノックしないと」


 天国はドアをノックした。しかし反応はなく、


「左さん」


 呼びかけても結果は同じだった。


「無駄だ。あいつがまともに対応するわけがない」

「わかってるけど、順序というか、最低限の礼儀ってものがあるでしょ」

「あいつに、そんな気遣いは無用だ」


 永遠長は「移動」で玄関の錠を開けると、中へと踏み込んだ。そして迷いのない足取りで左の研究室へと向かうと、


「入るぞ」


 相手の返事も待たずにドアを開けた。すると、いつも通り白衣を着た左が窓際の机上で作業中だった。


 永遠長が覗き込むと、机の上には拘束されたネズミがいた。そして左は右手に持つアイスピックを振り上げると、


「大丈夫よ。今度こそ成功するからね」


 ネズミの腹を刺し貫いた。


「大丈夫よ。すぐ治るからね」


 左は横に置いていたビーカーを手に取ると、中に入っていた青色の液体をネズミにかけた。


「今度こそ大丈夫。今度こそ大丈夫」


 左は液体のかかったネズミを注視しながら、呪文のようにつぶやいていた。しかし、いくら待ってもネズミの傷口が塞がることはなく、ついには動かなくなってしまった。


「なんでよー! 今度こそ、いけると思ったのにい!」


 左は頭を掻きむしった。


「まあいいわ。失敗は成功のもと。次よ。次こそ成功させてやるから、見てらっしゃい」


 めげることなく次なる実験に取り掛かろうとする左に、


「左」


 永遠長が声をかけた。しかし、


「なに? 今忙しいから後にしてちょうだい」


 左は目もくれなかった。自分しかいないはずの家に他人がいること自体、気にしていない様子だった。


「話がある」


 永遠長がめげずに話しかけるも、


「私にはないわ」


 やはり門前払いを食ってしまった。


「話があると言っている」


 永遠長は左の首に手を伸ばすと、長く伸びた後ろ髪ごと左の首を掴み上げた。


「痛い。痛い。痛い」


 足をバタつかせる左を、永遠長は椅子に座り直させた。


「なんだ? 誰かと思ったら、永遠長君じゃない」


 左はズレたメガネをかけ直した。


「あ、でもちょうどよかったわ。欲しいものがあったから、ちょうどあなたに連絡しようと思っていたところだったのよ」

「欲しいもの?」

「そう。あなたの精液」


 真顔で言う左に、


「……一応聞くが、そんなものどうする気だ?」


 永遠長は尋ねた。


「決まってるじゃない。ポーションの材料として使うのよ」


 やはり左の目は真剣そのものだった。


「精液には、精子の運動に必要な栄養素を補給したり、精子の運動を高める役割があることは、あなたも知ってるでしょう? そして、精子とは文字通り人間であり、精子は精液の中で元気に泳いでいる。つまり精液には、人体を活性化させる作用があるということなのよ」


 精液は、3割程度が前立腺の分泌液、残り7割が精嚢からの分泌物からなり、1パーセントほど尿道球腺液が含まれている、とされているが、


「そんなわけあるか。細胞内に栄養源を持たない精子は、精液内では鞭毛運動を起こすが、それは精液の中の成分に精嚢からの分泌物があり、その中に含まれている果糖をエネルギー源としているからに過ぎん」


 アメリカ人の研究で、精液の成分は8割が水で、残りはタンパク質とアミノ酸、それと果糖とブドウ糖、亜鉛、カルシウム、ビタミンCなどの栄養素からなる、という結果が出ているのだった。


「だから何!? そんなの、やってみなくちゃわからないでしょうが!」


 左の目が血走る。


「百歩譲って、もし本当に精液を入れることでポーションが完成したとして、誰がそんな物を飲むと思うんだ? そのまま死ぬか。他人の精液を飲んで生き残るかなど、ある意味人生における究極の選択だろうが」

「精液ごときで、何大げさなこと言ってるのよ」

「仮に、それでポーションが完成したとしてだ。成分は企業秘密ということで販売したとして、もし後でバレたら、それこそ精神的苦痛を受けたとして、損害賠償を請求されまくることになる」

「知ったことじゃないわ。とにかく、私はポーションが作れれば、それでいいの! だいたい、飲むのが嫌なら、傷口にかければいいのよ。問題ないでしょ」

「あるに決まってるだろうが。他人の精液かけられて、喜ぶ奴がどこにいる」

「死ぬよりマシでしょ。それこそ男同士なら、立ちションしてて小便引っ掛けあったりしてるんでしょうし」

「どこから仕入れた情報だ?」

「もういいわ。あなたが嫌だって言うなら、他を当たるから。男娼にでも行けば、いくらでも収集できるでしょうし」


 左は何食わぬ顔で言ってから、他にも必要な物があったことを思い出した。


「あ、そうだ。他にも欲しいものが」

「その前に話がある」

「実はね」

「聞けと言っている」


 永遠長は左の頭を鷲掴みにした。


「聞くから止めて! メガネが壊れる! これ、お気に入りなのよ!」


 左から、とりあえず生産的な発言を引き出したところで、永遠長は手を離した。


「で? 話って何? 忙しいから、早くしてちょうだい」


 左は椅子の上でふんぞり返った。その態度は、とてもじゃないが資金を出してくれているパトロンに対するものではなかった。


「今度、エルギアでモンスターバトルがある。おまえには、その勝負に自分のモンスターで出場してもらいたい」

「嫌よ。どうして私が、そんな面倒なことしなくちゃならないのよ?」

「簡単な話だ。おまえには貸しがあるからだ。加えて、おまえが出場せず、俺が勝負に負けた場合、俺は異世界ギルドの運営権を失うことになり、これ以後、俺がおまえを援助することはなくなるからだ。資金調達どうこうじゃなく、普段はともかく、いざというとき借りすら返す気のない奴に援助し続けてやるほど、俺は暇でもお人好しでもないからな」

「…………」

「だが、それだけだと、おまえもやる気が出ないだろう。そこで、もしお前が試合に出て勝利した場合は、おまえを研究員として異世界ギルドで雇用する形にする。そうすれば、俺からの援助ではなく開発費として研究費用を捻出できるから、今よりも資金を気にせず研究に打ち込むことができる。給料も出るしな」


 永遠長の説明を聞き、左は少し考えた後、


「いいわ。その試合、出てあげる」


 決断した。


「今から新しいパトロン探すのも面倒だし、あなた以上に使える助手も、そうそう見つかりそうもないから」

「おまえの助手になった覚えはない」


 永遠長は憮然と言った後、


「じゃあ、今から出るぞ」

「えー? 今から? せっかく気分が乗ってきたところなのに」

「何が乗ってきただ。ネズミの腹に針を刺して、失敗作のポーションもどきをかけただけだろうが」

「失礼ね。それだと、まるで私がマッドサイエンティストみたいじゃない」

「まるでじゃなく、どこからどう見ても正真正銘のマッドサイエンティストだろうが」


 実際、左の二つ名は「マッドサイエンティスト」なのだった。


「私のどこがマッドサイエンティストだっていうのよ?」

「少なくとも精液をポーションの材料にしようと考えている時点で、今のおまえは頭のネジが2、3本腐り落ちている。今のおまえに必要なのは、休息を兼ねた気分転換だ。その目の下のクマからして、どうせロクに寝てないんだろう」

「そんなことないわよ。昨日はちゃんと、いえ一昨日だったかしら?」

「もういい。とにかく行くぞ。そろそろ行かんと、エルギアで検査待ちの列が出来てるだろうからな」


 永遠長は棚においてあった左の異世界ナビを手に取ると、勝手にエルギア行きのボタンを押してしまった。そして自分たちもエルギアに移動すると「共有」で捕捉していた左を、自分たちのところへと「移動」させた。しかし、左は文句を言うでもなく、


「じゃ、時間が来たら起こして」


 とだけ言い残し、マジックボックスから取り出した毛布にくるまってしまった。


 とにもかくにも、これで出場メンバーは確保できた。


 そう思ったのも束の間、早々に新たな問題が発生することになった。


 出場枠について、二木から待ったがかかったのだった。


「わざわざわしを呼びつけておいて、2試合しかさせんじゃと!?」


 告知では、勝負は5対5の団体戦となっており、当然二木も1人で6属性すべての試合に出るつもりでいたのだった。


「おまえは信用できないと、こいつらから待ったがかかってな」


 永遠長は呼んでおいた沙門たちを指さした。


「そうなのです。あなたにとっては「背徳のボッチート」が運営権を失うほうが好都合なのです。そんな人間に、異世界の命運がかかった試合を任せるわけにはいかないのです!」


 沙門は言い放った。


「安心せい。今回は、わしも本気じゃ。この若造めに、わしの虫たちの偉大さを見せつけてやらねばならんからの」


 二木は永遠長を憎々しげに睨みつけた。


「虫? そんなもので勝負する気なのです?」


 沙門がけげんな顔をし、


「虫ケラごときで試合に出るだと? ふざけてるのか、貴様!」


 南武は激昂し、


「話にならんな」


 門倉は鼻で笑い、


「他人のチョイスにケチはつけたくないけど、さすがに虫はないかな」


 明峰は苦笑した。


 沙門たちのあからさまにバカにした反応に、


「こんのクソ小童どもがあ!」


 二木がキレた。


「モンスターを出せい! 全員まとめて血祭りにあげてくれるわ!」

「上等なのです!」


 沙門が真っ先に応じ、


「返り討ちにしてくれるわ!」

「つまり、この勝負で勝ち残った者が代表ということだな」

「わかりやすくていいね」


 南武、門倉、明峰も異世界ナビを手に取った。


 そして始まった二木との一騎打ちだったが、


「く、悔しいのです」


 まず沙門が敗れると、


「バ、バカな……」


 続く南武も、


「オ、オレ様が虫ごときに」


 3番手の門倉も、


「こいつは、参ったな」


 どんじりの明峰も、ことごとくバカにしていた虫の前に敗れ去ってしまったのだった。


「ザマアみたか、小童どもめが!」


 浅薄な若造たちを散々に打ち負かし、二木は至極ご満悦だった。


 ともかくも負けた沙門たちは出場権を失い、対王静戦のメンバーは、


 先鋒 小鳥遊。木葉。秋代。

 次鋒 二木。

 中堅 左。

 副将 天国。

 大将 永遠長


 この7人で最終決定したのだった。











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