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第210話

「あんたにしては、随分素直に引き下がったわね」


 秋代にとっては意外だった。


「なんか、あいつ異世界の移動法も知ってるみたいだったし、あんた的に、このまま放っとくのはマズいんじゃないの?」


 いつもの永遠長ならば殺すか、最低でも異世界に関する記憶を消しているはずだった。


「何を他人事のように言っている」


 永遠長は秋代を一瞥した。


「そもそも、この一件は自分たち地球担当の案件だと、主導権を主張したのはおまえだろうが」

「う……」

「第一、俺が引き下がったからといって、おまえたちまで引き返してくる必要などなかったはずだ。それを何も考えず、ノコノコ人の後について来ておいて、何を勝手なことをほざいている」

「ぐ……」

「おまえたちに調のような力がない以上、奴の嘘を見抜けとは言わんがな。だとすれば、せめて奴が本当にモンスターファームを作ろうとしているのか、調査してから判断すべきだった」

「う……」

「もっとも、この場で奴の言葉の裏を取る能力がありながら、バカ面さらして、ただ突っ立っていただけの奴もいたがな」


 永遠長は花宮を一瞥した。


「どれだけ力があろうと、肝心なときに役立たんなら、そんなものクソの価値もない」


 永遠長は吐き捨てた。


「3大ギルドのときといい、モスの皇帝のときといい。正義の味方を自称しておきながら、肝心なときに役に立った試しがない。そんなだから、周りから口先だけのお笑い戦隊と呼ばれるんだ」

「誰が、お笑い戦隊なのです!」


 沙門の口から火が吹いた。


「マリーたちは「異世界戦隊」なのです! ていうか、最後の「い」しか合ってないのです!」


 沙門が激昂する横で、その奇抜なネーミングに、


 それも悪くねえな。


 九重は密かに興味を示していた。


「正義の味方を気取っておきながら、相手の善悪を確かめず、人質の安否すらもお構いなしに、ただ闇雲に突撃あるのみ。かと思えば、相手が少しばかり口が立つ奴だと、その言葉を真に受けて思考停止に陥るような残念なオツムしかない奴が、我武者羅に力を振りかざすなど害悪でしかない。正義の味方は悪を倒す以前に、窮地にいる者を助けられてこその正義だ。ただただ正義、正義と喚き散らし、力をひけらかして自己満足に浸りたいだけならば、地球で戦隊ヒーローごっこでもやっていろ」


 永遠長の容赦ないダメ出しに、沙門からの反論はなかった。

 永遠長の言っていることが正論だから、返す言葉がなかったわけではない。いまだかつて受けたことのない質量の罵倒を浴びて、頭がオーバーヒートしてしまったのだった。


 沙門は地球棋大会前から、周囲からバカにされていた。が、それは嘘つきというレッテルに過ぎなかったし、大会後は、なんだかんだ言いながら皆、沙門の行動を温かく見守ってくれていた。そのため、ここまで面と向かって自分の正義そのものを完全否定されたことが、沙門にはなかったのだった。


 過呼吸に陥っている沙門に気づき、


「大丈夫、マリーちゃん」


 花宮があわてて介抱する。それを横目に、


「なんか、いつもより当たりが強いわね」


 秋代が眉をひそめた。


「やっぱ、あの王静て奴に言われっぱなしで引き下がらざる得なかったのが、相当ムカついてるみたいね」

「それよりも、いいように踊らされたことが、ね」


 天国が秋代の推測を修正した。


「踊らされた? て、誰に?」

「そこにいる、二木さんに」


 天国は二木を指さし、


「え?」


 全員の目が二木に集中する。


「どういうことよ、天国?」

「つまり、今日のことは、全部この人の掌の上だったってこと」

「え?」

「それって、もしかして、この人があの王静て人に異世界の移動法を教えたってこと?」


 小鳥遊が天国が言わんとするところの要点をかいつまみ、


「な!?」


 秋代たちの驚きが一段アップする。


「いいえ。それは他の人」

「そうなの?」

「ええ。じゃないと、この人は流輝君の前に現れてない。だって、そんな真似したって万が一にも流輝君にバレたら、その瞬間に殺されちゃうから」

「それもそうね」


 わざわざ、そんなリスクを冒してまで永遠長と接触しなくても、それとなく気づくように仕向ければ済む話だった。


「だから、今回この人が行ったのは、あくまでも他の誰かに教わった異世界の移動法を利用して、王静さんがエルギアで乱獲を行っている。という事実を、流輝君に教えただけ」


 その場合、二木の言っていることに嘘はないため、二木の安全は事件が解決するまでは保障されることになる。


「そして、流輝君が王静さんとぶつかることで、流輝君が王静さんだけでなく中国人すべてを敵認定することを期待した」


 あのギルド戦におけるアメリカ人のように。


「そうでなくても、流輝君が王静さんを潰せば、王静さんから召喚獣を買っているセレブたちは、それを邪魔した流輝君を恨むことになる」


 そうなれば、永遠長は地球にいるセレブたちと敵対関係になり、うまくすれば永遠長の手で地球人を殲滅させられるかもしれない。


「つまり、この人は王静さんに異世界の移動法を教えた犯人と仲間ってわけじゃないけど、地球人を全滅させるっていう利害は一致したから、流輝君を誘い出す役だけ引き受けたってわけ」


 それもあり、永遠長は王静に手出ししないまま引き下がったのだった。


「そんな安い手に乗ってやるほど、俺はお人好しじゃない。ただ、それだけの話だ」


 永遠長は言い捨てたが、その目は普段より2割ほど不快指数がアップしていた。


「さて、なんの話かの?」


 二木は、わざとらしく小首を傾げた。


「わしは、ただエルギアで召喚獣を乱獲しとる地球人を見つけたから、止めようと思っただけじゃよ。それとも、わしが王静に異世界の移動法を教えた犯人と手を組んどるという、何か証拠でもあるのかの?」

「御託はいらん。さっさと失せろ」


 永遠長は王静を射すくめた。


「始末するつもりなら、とうにしている。だが、調から聞いたおまえのクオリティは、色々と便利そうだからな。今日のところは見逃してやる」


 永遠長の理由を聞き、二木は天国に視線を移した。


「あのときも思うたが、見かけより、ずっと恐ろしい女子じゃのう、おまえさん。ちゅうか……」


 二木は一同を見回した。


「おまえさんの周りには、怖い女子しかおらんようじゃのう。ほんに、不憫なことじゃて」


 二木は、しみじみため息をついた。


「まあええ。そういうことなら、遠慮なく暇乞いさせてもらうかの。夜更かしは、乙女の肌の大敵じゃからのう」


 二木はそう言い残し、永遠長たちの前から姿を消した。


「どこまでも食えない爺だ」


 永遠長は軽く息をついた。前回もそうだが、二木と関わると無駄に疲れるのだった。


「ジジイ?」


 永遠長の言い回しに、秋代は眉をひそめた。


「ああ、あの二木って人、前世はディサース人みたいなの。それも、コピーされたほうじゃなくて、オリジナルのほうのね」


 天国が情報を補完し、


「え!?」


 秋代たちを3度驚かせた。


「それも、おじいさんだった前世の記憶を持ったまま。だから流輝君は爺って言ったわけ」


 天国が説明し終えた後、


「そんなことより」


 永遠長は秋代たちに視線を走らせた。


「これからどうするかを考えろ。爺はともかく、あの王静とかいう奴のことは、何も解決していないんだ。これが自分たちの案件だと言うなら、解決策も自分たちで見つけてみせろ」

「じゃ、それが永遠長先生からの皆さんへの宿題ってことで」


 天国が笑顔で締めくくり、一同は地球へと帰還した。まではよかったのだが。


「どふぁごおおおお!」


 自分の部屋に戻るなり、沙門は床を転げ回っていた。それは、ぶつけどころのない怒りの発散場所を探し求めているようだった。


「ふごー! うごー! がああああああ!」


 怒号を上げながら転げ回る沙門を見ながら、


 どう見ても、女の子の悔しがり方じゃないわね。


 同室の花宮は思ったが、取りあえず怒りが収まるまで好きにさせておいた。そして十分ほど暴れ回ったところで、取りあえず沙門の動きが止まった。


「気が済んだ? なら永遠長君の言う通り、何か方法を考えないとね」


 王静の乱獲を止める方法を。


「むうう、なのです」


 沙門は目を閉じ、頭をフル回転させた。が、10秒でオーバーヒートしてしまった。


「こうなったら切り札を出すしかないのです!」

「切り札?」

「そうなのです!」


 沙門は携帯電話を手に取ると、


「参謀長に相談するのです!」


 七星に電話をかけた。

 現在、七星は十六夜姉とともに、アメリカに留学している。が、アドバイスをもらうだけなら、なんの支障もないのだった。


「でも、今回ばかりは七星さんでも難しいと思うけど」


 言い方こそアレだったが、王静の主張は筋が通っていた。本人の言う通り、法的になんの規制もない以上、1民間人に過ぎない自分たちに、王静の行為を止める権利はないのだった。そして案の定、沙門の最後の頼みの綱も「ねーな」の1言だけで電話を切られてしまった。そして、沙門ほどではないにしろ、今日の1件に関わった者は、皆鬱屈した思いを抱えていた。


 万丈は部屋に戻ったところで、


「佐木よー」


 相棒に話しかけた。


「なんだ?」

「獣人の国を作るには、ああいう奴らと渡り合っていかなきゃなんねえんだな」


 万丈も王静には怒りを覚えていたが、今はそれに勝る思いが心を占めていた。


「今頃気付いたのか?」


 佐木から白々とした返事が返ってきた。


「おまえは、いちいち1言多いんだよ!」


 万丈はムキになって言い返してから「はあ」と、ため息をついた。


「ああ、そうだよ。今頃気づいたんだよ」


 以前永遠長に言われたことが、今になって身にしみていた。


 あの王静という中国人にしろ、二木という奴にしろ、腕力では負けない自信がある。

 だが乱獲について論戦となったときは、まったく議論に絡めなかった。それどころか王静の嘘を真に受け、実はいい奴じゃねえか、とすら思ってしまったのだった。

 そして今も、この状況をどう打開すればいいか。見当もつかない自分がいる。


 王静や二木のような、一癖も二癖もあるような人間は、世間に出ればゴロゴロいるのだろう。今のままでは、そいつらに打ち勝つどころか、互角に渡り合うことすらできない。今日の1件で、そのことを万丈は思い知らされたのだった。


 とはいえ、ああいう策謀を弄するほどの頭脳など、はっきり言って自分にはない。だとすれば、脳筋の自分にできることは、圧倒的な力で相手をねじ伏せるか。さもなければ、せめて相手に言い負けないために、少しでも引き出しを増やすしかなかった。そして、そのためには広く知識を吸収する必要があるのだった。


「マジで、今まで何してたんだろうな、オレ」


 後悔してもしきれなかった。


「それに、今気づけただけマシだろう」


 佐木は慰めの言葉をかけた後、


「あの男に感謝するんだな」


 と余計な1言を付け加え、


「それだけはねえ!」


 万丈の怒りを買うことになったのだった。そして獣人組トップ同様、エスパー組のトップも、自室で自分の無力さを噛み締めていた。


 王静が嘘を並べ立てているとき、自分は何も考えず、ただ王静の話に聞き入ってしまっていた。第三の目を持つ花宮同様、テレパスが使える自分なら、王静の嘘も見抜けたかもしれなかったというのに。

 二木のときも同じだった。エルギアの状況を何も知らなかったとはいえ、会ったばかりの二木を疑おうともせず、裏に何か別の思惑があるなどとは考えてすらいなかった。結果的に事なきを得たとはいえ、危うく藤間は二木にはいいように利用され、王静には丸め込まれていたところなのだった。


「ほんと、何が学園最強なんだか」


 藤間は自虐の笑みを浮かべた。

 天国の言う通り、自分はまだまだ道半ばであることを、藤間は改めて思い知らされていた。


 一方、自宅に戻った王静は、勝利の優越感に浸っていた。


 異世界進出における、最大の障害と考えていた異世界ギルドは、なす術もなく逃げ帰った。もはや、自分の行く手を阻む者は何もない。後はモンスター販売を継続しつつ、その取引で稼いだ資金を足がかりに、エルギアで販路を広げていく。文化的に未発達なエルギアで地球の物品を販売すれば、飛ぶように売れるはずだった。

 しかし、それは手始めに過ぎない。

 ゆくゆくは、すべての異世界と商取引を行い、全世界を繋ぐ1大マーケットを形成する腹積もりだった。そして、この計画が実現した暁には、その利益は国家予算に匹敵する、いや超えるほど莫大なものとなるだろう。

 そのためにも、青臭い正義を語る小石に蹴躓いてなどいられないのだった。


「生態系の破壊? それを防ぐためのモンスターの飼育? くだらん」


 王静は鼻で一蹴した。その場しのぎの嘘とはいえ、我ながらバカなことを言ったと笑ってしまう。


 宝の山が、そこかしこに転がっているのだ。それを持ち帰り、売りさばきさえすれば、いくらでも儲かるというのに、なぜわざわざ手間暇かけて、増産しなければならないのか。

 そうこうしているうちに同業他社が現れて、お宝を横からかっさらわれでもしたら、それこそ目も当てられない。そんな事態を招かないためにも、市場を独占できているうちに、稼げるだけ稼がなければならないのだった。

 仮に、もしそのせいで本当にエルギアの生態系が壊れたとしても、そのときはエルギアから手を引けばいいだけのこと。金蔓でしかない異世界がどうなろうと、王静の知ったことではないのだった。


「ケツの青いガキが、大人の商売に口を挟むこと自体が、大きな間違いなのだ」


 しかし、これで異世界ギルドの連中も、身の程というものを思い知っただろう。


 異世界の移動法は手に入れたとはいえ、異世界ギルドが持つ権益は捨てがたい。

 自分に論破され、意気消沈している今なら、青二才どもから異世界ギルドの経営権を巻き上げることぐらい造作もないことだった。

 そうなれば、それこそ異世界市場は自分の独占となる。


 王静は輝かしい未来を夢見ながら、安らかな眠りについたのだった。





次回より更新は毎月1回。1日の更新となります。

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