第21話
迷宮から消えた加山は、気がつくと樹木に囲まれた泉のほとりにいた。
「こ、ここは? オレ、いったい?」
加山は回りを見回した。すると、すぐ側に見知った顔があった。
「あ、朝霞? どうして、おまえがここに?」
加山には、訳がわからなかった。自分は、ついさっきまで遺跡で永遠長たちと対峙していたはずだった。
それが、気がつくと見知らぬ泉に移動していて、しかも本来この世界にいるはずのない、中学時代のクラスメイトが立っている。
わからないことだらけだった。
「あら、ご挨拶ね。せっかく助けてあげたっていうのに」
そう言う朝霞は、白いマントに身を包み、右手には銀の杖を持っていた。
「助けた? おまえがオレを?」
「そうよ。あのままあそこにいたら、あなたもこうなってたのよ」
朝霞は、銀の杖で泉を指し示した。すると泉に、騎士団員たちを実験材料にしている永遠長の姿が映し出された。
「くそ! くそ! 永遠長の野郎!」
加山は地面を何度も蹴りつけた。
「ちょっと強いからって、調子に乗りやがって! オレだって、もっと強いスキルだったら、あんな奴にでかい面させとかねえのに!」
加山が、リアライズして得たクオリティは「改変」だった。
しかし「改変」と言っても、よく漫画やアニメなどにある世界や歴史の改変ができるわけでなく、戦いでも何の役にも立たなかった。そのため騎士団内では「名ばかりスキル」とバカにされ、底辺から這い上がれずにいたのだった。
「その気持ちは、よくわかるわ。わたしも永遠長には酷い目に遭わされたから」
朝霞はチーム戦でのことを思い出していた。計画を邪魔され、あまつさえ石化された屈辱と絶望感。それを思い出すだけで、永遠長への怒りが全身をかけ巡るのだった。
「そこでなんだけど、どう? わたしと組んで、永遠長の奴にリベンジしない?」
「リ、リベンジ?」
「そう、わたしもあいつにコケにされたままじゃ気が済まないのよ。あんただって、そうでしょ?」
「そ、そりゃ……。でも、どうするんだよ? あいつの強さは、おまえも知ってるだろ? あんな奴に、どうやって勝つってんだよ?」
「バカね。何もバトって痛めつけることだけが復讐ってわけじゃないでしょ」
「ど、どういうことだよ?」
「あんた、聞いたところによると、いいスキルを持ってるそうじゃない」
「いいスキル?」
「ええ「改変」のスキルを」
「どうして、それを?」
「聞いたって言ったでしょ。ま、そんなこと今はどうでもいいわ。とにかく、そのスキルとわたしのスキルがあれば、永遠長の奴にリベンジすることができるのよ」
「こんな全然使えねえスキルで、どうやって?」
「それは、あんたがバカ、じゃなかった、有効な使い道に気づいてないってだけよ」
「ゆ、有効な使い道?」
「そう、あなたの力は、とても素晴らしい力よ。その正しい使い方を、わたしが教えてあげるわ」
「どう使うってんだよ?」
「あるでしょ。改変と言ったら、すぐに思いつくものが」
「思いつくもの?」
「記憶よ」
「き、記憶?」
「そ、あんたも聞いたことぐらいあるでしょ。記憶を改変するって」
「き、記憶の改変?」
「そんなに驚くことじゃないでしょ。スキルとしては、割とポピュラ-なほうじゃない。記憶操作って」
「き、記憶操作?」
加山にとっては、考えもよらない活用法だった。
「そ、そんなことできるのかよ?」
「できるわ。ただあなたが、これまでその可能性に気付かなかっただけで。疑うなら、そこらの人間で試してみればいいわ。きっと、あなたの思い通りに記憶を書き替えることができるはずだから」
朝霞は事もなげに言った。
「ただ、永遠長は無理。あいつは常に結界を張って、自分へのあらゆる攻撃に備えてるから。もし改変しようとしたら、即座に反撃を食らうことになる」
「じゃあ、ダメじゃん」
「そこで、わたしの出番てわけ」
「おまえの?」
「そう、わたしはあらゆる物を通り抜ける力を持ってるの。そしてその力は、わたし以外にも応用できる。つまり、わたしなら永遠長の防御壁を、いつでも無効化できるってことなのよ」
朝霞は加山の肩に触れた。
「そしてその後で、あんたがあいつの記憶を改変する。小鳥遊さんたちと異世界に行ってからのことを、なかったことにするのよ。そして、あいつの仲間からもね」
朝霞は、ほくそ笑んだ。
「そうすれば、あいつはリア充から、またボッチに逆戻りするってわけ。どう? 復讐としては、ただ痛めつけるより、こっちのほうがずっと面白いでしょ」
「お、おまえ……」
加山は、おぞましさに身震いした。
「そうして、あいつらを引き離した後で、あなたが小鳥遊さんとくっつけば、復讐は完成したうえ、あなたは小鳥遊さんを永遠長から奪うことができる。好きなんでしょ、小鳥遊さんのことが。永遠長に奪われたままでいいの?」
それは悪魔のささやきだった。
「くっつくって。そんな簡単にいけば苦労しねえよ」
「バカね。誰も正攻法でいけなんて言ってないでしょ」
「え?」
「あんたの力で小鳥遊さんの記憶を改変して、あんたと付き合ってることにするのよ。彼女に、あんたのことを好きだと思い込ませるのよ」
「そ……」
加山は絶句した。
「そんなこと、できるわけないだろ」
「なに、いい子ちゃんぶってんのよ? だいたい、そうでもしなきゃ、あんたみたいなチビでなんのとりえもないモブ男が、小鳥遊さんに振り向いてもらえるわけないでしょうが。現実を見ろっての」
朝霞は吐き捨てた。
「だ、だけど、いくらなんでも、そんなこと。もし、そんなことが後で小鳥遊にバレたら」
「バレなきゃいいのよ。それに、たとえバレたっていいじゃない。そのときは、また改変して忘れさせればいいだけなんだから」
「だけど、もしそんなことが、ここの運営にバレたら……。確か、力を悪用したら、その時点で記憶を消されるって」
「それも大丈夫よ。なにしろ、この件は運営公認だから」
「え?」
「あんたたちが永遠長の横暴にムカついたみたいに、運営もあいつの横暴が目に余ると思ってんのよ。でも、あいつは上客だから排除するのも惜しい。そこで今回のことの罰をかねて、あいつと仲間を引き離すことにしたのよ。あいつが暴走し始めたのは、小鳥遊さんたちと付き合い始めてから。だから小鳥遊さんたちと引き離しさえすれば、また無害なボッチキャラに逆戻りする。そう運営は踏んでるのよ。そのためなら、多少の力の悪用にも目をつぶるそうよ。だから、なんの心配もいらないわ」
「じゃあ、おまえにオレの力のことを教えたってのは」
「ま、そういうことよ。でも、これは他言無用よ。話したらマジで記憶消されるから」
「わ、わかった」
「で、どうすんの? やるの? やらないの?」
朝霞は改めて加山に迫った。
「え? い、いや、でも、そ、それとこれとは……」
それでも煮え切らない加山の態度に、
「ウダウダうっせえんだよ、このヘタレが!」
ついに朝霞がキレた。
「ハッキリしろや、このビビリが! そんなんだから、あのクソ永遠長の野郎に小鳥遊寝取られんだろうがよ!」
朝霞の怒号に加山は気色ばんだ。
「やらねえならやらねえで、はっきりそう言えや、ビチクソが! それならそれで他当たるだけなんだからよ! そんで、てめえは一生一人でシコッてやがれ! このクソ童貞が!」
朝霞は吐き捨てた。
「わ、わかった。やる。やるよ」
加山は朝霞に押し切られる形で決断した。
「そう? じゃあ、これで交渉成立ね」
朝霞は笑顔で加山と握手を交わすと、夜を待って計画を実行に移したのだった。
 




