第209話
風花を元凶とする騒動は、一応の解決を見た。しかし当然のことながら、それで世界に忍び寄る悪意が、すべて払拭できたわけではなかった。そして、その内の1つである召喚獣問題は、払拭どころか拡大の一途を辿っていた。
月が変わった2月最初の土曜日。
秋代たち異世界ギルドのメンバーは、エルギアにある古代都市の跡地にいた。
理由は、先日発覚した召喚獣問題解決のためだった。
小鳥遊が音頭を取り、異世界ギルドは全プレイヤーに召喚獣問題を知らせるとともに、エルギアでの身体検査を呼びかけた。しかし全プレイヤーに招集をかけるからには、それだけの人数を収容でき、かつ人目につかない拠点が必要となる。そこで小鳥遊は遺跡としては有名で、かつ人気自体はあまりない古代遺跡を集合場所に選んだのだった。
昨日までに、異世界ギルドの招集に応じて集まったプレイヤーの数は、およそ5000人。
その人員整理は秋代たちが行い、プレイヤーの検査及び召喚獣の分離は、永遠長と天国が担当した。実際のところ、体内に召喚獣を埋め込まれていたプレイヤーの数は、昨日までの4日間で41人と、割合としては全体の1%に過ぎない。それでも、もしその1%が地球で覚醒していれば、どれだけの被害が出たかと考えると恐ろしい限りだった。
そして5日目の検査も終わりに近づいた夕暮れ時、
「よう。久しぶりじゃのう」
思わぬ人物が検査場に姿を現した。
「ちゅうても、あれからまだ1週間ほどしか経っておらんがのう」
それは召喚獣事件の重要参考人である、二木星海だった。もっとも、今回はローブは着込んでおらず、年相応の緑で統一されたTシャツとスカート姿だったが。
「わざわざ自分から現れるとは、いい度胸だ」
永遠長は腰の剣を引き抜いた。
「わあ! 待て待て!」
二木は、あわてて永遠長を押し止めた。
「今日は戦いに来たんじゃあらせん。おまえさんに話があって来たんじゃ」
「俺には、おまえと話すことなどない」
「それが、召喚獣の密売についてでもかの?」
二木の言葉に、永遠長の動きが止まる。
「召喚獣の密売?」
秋代と小鳥遊は顔を見合わせた。
「それも地球人の手による、地球へののう」
「……いいだろう。話だけは聞いてやる」
永遠長は剣を収めた。
「話が早くて助かる。じゃが立ち話もなんじゃ。どこか、座ってゆっくり話せる場所で」
「さっさと言え」
永遠長が再び剣を引き抜きにかかる。
「わかった、わかった。相変わらず、せっかちな奴じゃて」
二木は、永遠長の隣にいる天国を見た。
「こんなのが旦那で、おまえさんも苦労するの。特に夜の」
「どうあっても切られたいらしいな」
「わーかった、わかった。軽い冗談じゃろうが。冗談」
ほんにもう。と、二木はため息をついた。
「てゆーか、誰なの、この女? なんか永遠長の知り合いみたいだけど?」
少なくとも、秋代には見覚えのない顔だった。
「この人は二木星海さん。今回の、というか、あのナメクジ事件の犯人さん」
天国の説明を聞き、
「ええ!?」
秋代たちは二木から飛び離れた。
「な、なんで、そんな奴がここに!?」
身構える秋代たちだったが、
「そう身構えなさんな。言うたじゃろう。今日は戦いに来たわけじゃないと」
二木は完全に楽隠居モードに入っていた。
「戦いに来たわけじゃないって。じゃあ、何しに来たってのよ?」
「言うたじゃろ。地球人が召喚獣の密売をやっとると」
「そういえば」
「わしは、それを止めさせたいんじゃよ」
二木はそう言うと、事のあらましを説明していった。
召喚獣の密売を行っているのは、王静という中国人ブローカーであること。
王静は、異世界ナビを所有し、エルギアと地球を自由に行き来できること。
それだけでなく、王静には異世界ナビ以外にも異世界を移動できる方法があるらしく、その方法によりエルギアの召喚獣を地球に持ち帰っていること。
そして持ち帰った召喚獣を、富裕層に売りさばいていることを。
「うまく飼いならすことができれば、召喚獣は召喚武装もできる、これ以上ない番犬になるからのう。地球に危機が迫っておることを知っとるセレブどもにとっては、それこそ喉から手が出るほど欲しい代物というわけじゃて」
それを見越して、王静は召喚獣の売買で大儲けしようと企んでいるのだった。
「地球人が召喚獣という強大な力を手に入れることも問題じゃが、もっと問題なのは、そのやり口じゃ。奴らのアレは狩りは狩りでも乱獲じゃ。今現在、召喚獣市場は言わば王静の独占事業じゃからの。奴は、他の商家が市場に参入して来ん今のうちに、穫れるだけ穫ってしまおうと思っとるんじゃ」
それこそ、かつて地球人が象牙や角のために、象やサイを狩りまくったように。
「つまり、その王静て人は、異世界には規制がないのをいいことに、この世界で乱獲し続けてるってことですか? 生態系が壊れることなんて、お構いなしで?」
小鳥遊は不快感を露わにした。そんな地球人の欲望のせいで、いったいどれだけの動植物が絶滅の憂き目を見たことか。その過ちを、あろうことか異世界で繰り返そうなど、到底許せることではなかった。
「それは今も変わらんよ。現に地球の海では、魚が数がどんどん減り続けとるにも関わらず、地球人どもは平気で乱獲を続けておる。要するに、今さえよければそれでいい。それが地球人なんじゃよ」
「特に中国人はな」
永遠長は吐き捨てるように付け加えた。
「まったくじゃて」
二木は力強く同意した。自分の中にも中国人の血が流れていることは、どこかに置き忘れてきたようだった。
「で、ここからが本題なんじゃが、奴らは捕まえた召喚獣をその場では地球には連れ帰らず、ひとまず根城に連れ帰っておるんじゃが、奴らの本拠地だけあって警備が厳重でのう。わしだけでは手に余りそうなんじゃ。そこで、おまえさんの手を借りられんかと思って、やって来たという次第じゃ。どうじゃ? 手を貸してくれんか?」
「いいだろう」
永遠長は、あっさり了承した。もし本当にそんな地球人がいるのなら、異世界ギルドのトップとして放置しておくわけにはいかなかった。
「いよっしゃあ! 悪人退治じゃ! 腕が鳴るのう!」
木葉は鼻息を荒げた。この前の決戦でもたいして戦えなかったため、ずっと欲求不満がたまっていたのだった。
「……おまえたちも来る気か?」
永遠長は嫌そうに眉をひそめた。
「当然でしょ。地球人が絡んでる以上、あたしたち地球担当が対処すべき案件なんだから」
それは以前、秋代が天国にやり込められた論法であり、
「……好きにしろ」
永遠長は渋々ながら了承した。
「じゃが、その前に晩飯が先じゃろ」
木葉の意見に異論は出ず、夕食後に再合流することにして、一同はいったん地球へと引き返した。
そして、その足で食堂に駆け込み、大急ぎで夕食をかっ食らう木葉を、
「あんた、そんなにがっついてると、後で腹痛起こすわよ。肝心なときに、トイレ行きたくなってもしんないからね」
秋代が注意する。実際、木葉は女神の大迷宮での戦闘中に「ヤバい。糞が出そうじゃ」と、家に帰ってしまった前科があるのだった。
「何を言うとるんじゃ。腹が減っては戦はできぬ。誰でも知っとる常識じゃろうが」
「それは補給が大事ってことで、戦う直前にドカ食いしろってことじゃないわよ」
秋代は無駄と知りつつ言い足した。
「この前は、おまえと永遠にイイトコ全部持ってかれてしもうたからのう。今度という今度こそ、わしの手で悪人どもをブッ倒して、召喚獣たちを救い出してやるんじゃ」
木葉の口から出た「悪人」というワードに、
「悪人?」
食堂に居合わせた沙門が反応し、
「召喚獣を救い出す?」
というワードに万丈が反応した。
「今のは、なんの話なのです!?」
まず沙門が木葉に詰め寄ると、
「詳しく聞かせてもらおうか」
万丈も乗り出してきた。
「おう。さっき、二木っちゅう、ナメクジ事件の犯人に会うての」
「なんですと!?」
「そいつが言うには、なんでもワンジンちゅう中国人が、エルギアで召喚獣を狩りまくって、地球で売り飛ばそうとしとるそうなんじゃ。それで絶滅しようが、お構いなしでの」
「なんだと?」
「だから、わしらはこの後その中国人のアジトに乗り込んで、そいつらをブッ飛ばして捕まっとる召喚獣たちを逃してやるんじゃ」
木葉の説明が終わったところで、
「なんだか面白そうな話をしてるね」
藤間が話の輪に入ってきた。
「その話、俺たちも混ぜてくれよ」
藤間がそう申し出ると、弟が飲んでいた水を吹き出した。
「おい。その俺「たち」っていうのは、オレも入ってるんじゃねえだろうな?」
「もちろん、入ってるとも」
兄は弟に笑顔で答えた。
「ふざけんな! なんで、オレがそんなことしなきゃなんねえんだ!?」
激昂する弟に、
「そりゃあ、もちろん面白そうだからに決まってるじゃないか」
兄は微妙にピント外れの答えを返した。
「ね、いいだろ、永遠長先生」
藤間は永遠長に笑いかけた。
「……あれだけ痛い目に遭っておきながら、敬遠するどころか自分から近づいてくるとは、マゾなのか?」
永遠長は嫌そうに眉をひそめた。
「ハッハッハ。そうかも」
藤間は、あっけらかんと言った。
「何しろ、あれだけ容赦なく徹底的に痛めつけられたのは、生まれて初めてだったからね。良くも悪くも、俺にとって人生の転機になる、生涯忘れられない経験になったことだけは間違いないね。というわけで」
藤間は永遠長に顔を近づけると、
「これからも付きまとわせてもらうから、よろしく」
満面の笑みを浮かべたのだった。
「んなこたあ、どうだっていいんだよ!」
万丈は藤間を押しのけた。
「そんなことより今の話からすると、その中国人ってのは、その召喚獣ってのを乱獲して、勝手に地球に連れ帰った挙げ句、金持ちどもに売り飛ばしてやがるってことか!?」
万丈も、仕事としての狩猟を否定する気はない。しかし乱獲の結果、地球の動植物がどうなったかを知る身としては、同じ愚行を地球人が、それも異世界で行おうとしていることが我慢ならないのだった。
「そうじゃ」
木葉が即答すると、
「ならオレも行くぜ。同じ地球人として、異世界に行ってまでフザけた真似してやがる奴を許すわけにはいかねえからな」
万丈も密猟者退治に名乗りを上げた。
「もちろん、マリーたちも行くのです!」
沙門たち「マジカリオン」も、2人に負けじと声を上げる。そして、
「勝手にしろ」
これを永遠長も了承した。
とはいえ「マジカリオン」以外は、これまでエルギアを訪れたことがない初心者揃い。そこで、エルギア初心者組は天国がスタート地点まで迎えに行き「マジカリオン」を含めた3組が別々のルートで王静のアジトに向かい、現地で合流することとなった。
そして30分後、一同は予定通り王静のアジトで合流を果たした。
王静のアジトはリムール王国の北、主要都市ザウスにほど近い廃鉱にあった。が、その廃鉱は秋代たちが想像していたような岩山の坑道ではなく、露天掘り形式のものだった。
露天掘りの鉱山とは、巨大な鉱脈が地面に埋まっていると判明した場合に、直接地面を掘り返す形で鉱石を発掘していくものをいう。
この場合、当然掘り返された場所は大きな穴が開くことになり、鉱夫などが住む人家は発掘現場の周囲に建てられることになる。そして鉱石が掘り尽くされた鉱山は廃鉱となり、当然需要のなくなった人家は放置される。
王静は、その露天掘り形式の廃鉱を、アジトとして再利用したのだった。
「確かに、警備は100人近くいるわね」
花宮が第三の目で知り得た情報を伝えた。その花宮以下、召喚武装できるものは、すでに全員武装を完了させていた。
そして各々が、この状況での召喚武装として選んだ召喚獣は、永遠長が暗黒竜。天国は光龍。秋代はエアキャット。木葉はハリネズミ。小鳥遊はサンダーラビット。そして「マジカリオン」は、沙門がファイアーバード。十六夜がサンダードラゴン。花宮がアイスバード。九重がウイングタイガー。六堂がガイアドラゴンと、この状況で最大のパフォーマンスを発揮できると考えたものだった。
「わかってるでしょうけど、殺しちゃだめだからね」
坑道が見えるところまで近づいたところで、秋代は最後の念押しをした。主に、特定の1名に対して。
「言われるまでもないのです!」
まず沙門が飛び出すと、
「ああ! ズッコいぞ!」
木葉が一瞬遅れて続き、
「俺たちも行こう。健二」
藤間の体が地を離れ、
「全員、ブッ飛ばしてやる!」
万丈も負けじと巨体を突き動かす。それを見て、
「たく、毎度毎度、考えなしで突っ込みやがって」
九重はため息混じりに、
「それがマリーちゃんだから」
「そういうことだね」
花宮と十六夜は苦笑しつつ、
「ま、待ってください。マリーさん」
六堂はあわてふためき、
「1人で突っ込んでんじゃないわよ、バカ正宗」
秋代は柳眉を逆立て、
「なんでオレが、こんなこと」
藤間弟はボヤきながら、
「あの脳筋が」
佐木は毒づきながら、それぞれ連れを追いかける。
その中で永遠長だけは、その場に踏み止まっていた。
「行かないの、流輝君?」
天国は永遠長の顔を横から眺め見た。
「これは、あいつらの担当事案らしいからな」
永遠長は憮然と言った。
「もしかして、拗ねてる?」
秋代に言い返せなかったものだから。
「そんなんじゃない。地球担当が自分たちの担当事案として動いている以上、最高責任者としては任せるのが最良と判断した。ただ、それだけの話だ」
「ま、そういうことにしときましょ」
天国は永遠長と腕を組むと、
「じゃ、私たちはゆっくり行きましょ」
永遠長を引っ張る形で歩き出した。
一方、先陣きって突撃した沙門、木葉、万丈、藤間の4人は、
「成敗! なのです!」
「ふぬりゃ!」
「オラア!」
「悪いね」
見張りの密猟者たちを次々と撃破していた。密猟者たちも召喚獣で、あるいは召喚武装して迎え撃つが、4人はものともせず、密猟者たちを蹴散らしていく。そして密猟者たちを追い、教会まで来たところで一同の足が止まった。そこに密猟者の残党が集まっていたということもあるが、その中に首謀者の顔を見つけたからだった。
「王静」
二木の顔が辛味を帯びる。
「じゃあ、あいつが密猟者の親玉?」
秋代は改めて王静を見た。
王静は、秋代の見るところ20代後半で、180を超える身長ながら、やや細面の面立ちと相まって、精悍というより、痩せのひょろ長という印象だった。ただ、着込んでいる紺のダブルスーツが、その印象をかなり和らげていた。
王静は落ち着き払った態度で、襲撃者たちを見回した。
「襲撃を受けたというから来てみれば、子供ばかりじゃないか」
こんな年端もいかない連中に遅れを取るとは、人事を大幅に見直す必要がありそうだった。
「……その顔、見覚えがあるな」
王静は秋代の顔に目を止めると、記憶にある人物リストと照らし合わせた。
「そうか。どこかで見た顔だと思ったら、異世界ギルドのスタッフだな。確か、名前は秋代春夏だったかか」
「あたしのこと、知ってるの?」
秋代は意外そうに尋ねた。
「むろんだ。今の時代、情報は命だからな」
王静はフンと鼻を鳴らした。
「見たところ、どうやら全員常盤学園の学生のようだが、なぜこのような暴挙に出たか。きちんと、納得のいく説明をしてもらえるのだろうな?」
「決まっているのです!」
沙門は鼻息を荒げた。
「あなたの悪事を止めるためなのです!」
「悪事?」
「惚けても無駄なのです! あなたが召喚獣を乱獲して、地球に密輸していることは、すでに調べがついているのです!」
「なんだ。悪事というから何事かと思えば、そんなことか」
王静は一笑に付した。
「何がおかしいのです!?」
沙門の顔が怒りに赤まる。
「では聞くが、私のしていることの、どこが法に触れるんだ?」
「え!?」
「悪事と言うからには、犯罪と言うことだろう。そして犯罪とは、法に抵触する行いを指す。さて、その定義に当てはめた場合、一体私の行動の、どこがどの法に触れているというんだ? お教え願おうか」
「そ、それは、召喚獣を勝手に捕まえて」
「そんなことは、この世界の商人であれば、誰でも行っていることだ。それのみをもって犯罪者呼ばわりするのは、さすがに無理があるんじゃないか?」
「こ、この世界の人たちは、あなたのような乱獲はしていないのです! あなたをこのまま野放しにしておおくと、この世界の生態系が滅茶苦茶になってしまうのです!」
「だから、それのどこがどの法に触れるのかと聞いている」
攻勢を強める王静に、
「そ、それは…」
劣勢となった沙門に代わり、
「法には触れません。動物を乱獲した結果、地球の生態系がどうなったか知る身として、あなたのしていることを、このまま見過ごすことなんてできないということです。たとえ力に訴えてでも」
小鳥遊が言った。召喚獣の乱獲に関して、この中で1番怒りを覚えているのは小鳥遊なのだった。
「さっきから乱獲乱獲と言ってるが、私がいつそんな真似をした? 私はただ、この世界の人間が行っているのと同程度の範囲で、モンスターを捕獲しているに過ぎない」
「鳥にせよ、動物にせよ、至るところで群れを丸ごと捕獲しといて、どの口でほざいておる?」
二木は不愉快そうに指摘した。
「それぐらい、この世界の規模を考えれば微々たるものだし、この世界では普通に行われていることだ。そもそも乱獲が問題視されるのは、そのことにより種の絶滅が危惧されるからこそだ。しかし、私は捕獲したモンスターを殺すつもりなど毛頭ない。それどころか、私は豚や牛のように飼育することで、安定した出荷を可能にしようと考えているのだ。君たちが言う通り、考えなしの乱獲では、たとえ大儲けできたとしても、それは一時のことに過ぎない。それよりも家畜化して増やしたほうが、長い目で見れば、より多くの収益が見込める。そして、これは地球でも行われていることだ。それとも君たちは、地球での牧羊や養豚も、犯罪だ、悪だと言うのか?」
王静の主張に、小鳥遊は絶句した。
「そして増やしたモンスターを地球に輸入すれば、それだけ召喚武装できる人間が増えることになり、ひいては、いずれ復活するという魔物によって命を落とす人間を減らすことになる。どこに問題がある?」
王静は畳み掛けた。
「むしろ非難されるべきは、私の邪魔をしようとしている君たちのほうだろう。それとも何か? 異世界ナビを手に入れられない人間は、召喚獣を手に入れることもできないまま、黙って死ねとでも言うのか? それが、君たちの言う正義だと?」
王静の正論に一同が押し黙るなか、
「誰が、そんなことを言った?」
永遠長と天国が到着した。
「永遠長流輝君だったな」
王静は永遠長を値踏みするように見回した。
「君のことは、色々と情報が入っているよ。君が異世界に地球の文明を持ち込むことに、消極的だということを含めてな」
「消極的なんじゃない。する気もなければ、させる気もない。ただ、それだけの話だ」
「その辺のくだりは、尾瀬社長から聞いているよ。だが、私は地球の文明を異世界に持ち込もうとは考えていない。この世界で、我々の手で増やしたモンスターを地球に持ち帰ろうとしているだけだ」
「我々の手で増やした? 放っておけば勝手に増えるものを、召喚獣の自由を奪った上、ただ子供を産むだけの道具にして金儲けしようとしているだけの輩が、おこがましいにも程がある」
「当然だろう。たとえ、それが人類のためになろうとも、金を稼がなれば人は生きてはいけないのだからな」
永遠長の青臭さを内心で冷笑しつつ、王静は正論で応じた。
「確かに、その通りだ。しかし、それはあくまでも、おまえの言っていることが事実であれば、の話だ」
永遠長は冷ややかに言い捨てた。
「どういう意味だ? 私は、本当に人類のため」
「それも嘘臭いが、俺が言っているのは、もう1つのほうだ」
「もう1つ?」
「召喚獣の牧畜のことだ」
「それのどこが嘘臭いと言うんだ? 私は本当に」
「では聞くが、おまえが牧畜のために狩ったという召喚獣の群れは、今どこにいる?」
永遠長の問いかけに、
「も、もちろん、管理しているさ。こことは違う施設にな。何しろ数が多いから、1箇所には入り切らないのでな」
王静は答えたが、その言葉には先程までの力強さが欠けていた。
「王静さん」
天国は苦笑した。
「情報が命と言うなら、私の力のことも耳に入っているはずなんだけど?」
思わせぶりな天国に、
「どういうこと?」
秋代が尋ねた。
「王静さんは、口では召喚獣を飼育するようなことを言ってるけど、実際には、ここまで狩った召喚獣は、すべて売りさばいてるってこと」
「それって……」
「そう。召喚獣の牧畜なんて口だけで、本当のところ、そんな気は全然ないってこと。実際には狩れるだけ狩って、後はバックレる気だった。牧畜なんてのは、この場を切り抜けるための口からデマカセ、というか思いつきね」
もし本当に牧畜を事業展開するなら、場所や設備投資、人件費や餌代が必要になるし、時間もかかる。そして、そうこうしているうちに同業他社が台頭してきて、いつ市場を荒らされないとも限らない。それなら、今のうちに捕獲した端から売り飛ばすほうが、手間も費用もかからない分儲かるのだった。
「ち、違う! 私は本当に」
「じゃあ、どうして全部売り飛ばしちゃったわけ?」
「そ、それは、そう、牧畜を行うにも資金が必要だからだ。施設や人手、餌を買うのも金がいる。事業が軌道に乗れば、その金も捻出できるが、今はその資金がない。だから、今は当面の活動資金を捻出するために、捕まえたモンスターを売ることで、その資金を稼いでるんだ」
「地球で儲けたお金で、どうやって? もし本当に、エルギアの施設や餌を調達するつもりなら、捕まえた召喚獣はまずエルギアで売買しなければ、ここでの資金は手に入らないと思うんだけど?」
「し、飼育は地球で行うつもりだったんだ。地球のほうが最新設備が整っている分、モンスターの健康管理を含め、万全の体制で臨めるからな」
「苦しい言い訳ね。もし、そんな真似をすれば、すぐマスコミに嗅ぎつけられて、瞬く間に世間に広がっちゃうと思うんだけど? そうなれば、おそらく中国政府は、あなたに異世界の移動法に関する情報開示を求めてくるだろうし、他の企業も参入しようとスパイ活動を本格化させる。何より、異世界の存在が世界に広まれば、それを独り占めしているあなたは世界中からバッシングを受けることになる。そんなリスクを犯してまで、地球で召喚獣を飼育するほど、あなたはバカってこと?」
「そ、それは」
言い淀む王静を見て、
「答えが出たようだな」
永遠長が断を下す。
「……だとしたら、どうだと言うんだ?」
王静は開き直った。
「さっきも言ったように、モンスターを狩猟し、売り買いしているのは、この世界の人間たちも同じだ。武器として使用していることもな。そして私も彼ら同様、ここでモンスターを狩って売りさばいているに過ぎない。そのことを、誰に咎め立てされる筋合いもない。むしろ、この世界の法に則って行っている狩猟を、力付くで止めさせようとしている貴様らこそが、法に照らせば逮捕されるべき犯罪者だ!」
王静は本性を剥き出した。
「異世界で捕獲したモンスターを、地球に輸入することも然りだ。そのことを禁止する法律など、どこにもない。あるのは、貴様らが勝手に作った規約だけだ。異世界への移動法を、貴様らが独占していた時代であればいざ知らず。他の移動手段が見つかった今、貴様らは絶対者でもなんでもない。異世界をネタに商売する、ただの1事業者に過ぎんのだ! そんな奴らがどんなルールを作ろうが、そんなものが通用するのは、あくまでも異世界ギルドの利用者のみ! 部外者にとってはなんの法的拘束力もない、ただの戯言に過ぎんのだ!」
そもそも異世界ギルドでも、プレイヤーは普通にモンスターを狩り、ポイントさえ貯めれば、地球に持ち帰ることも許可されている。のみならず、永遠長は普通に地球で召喚獣を召喚している。それこそ、誰の許しを得ることもなく。
「俺は、貴様らがやっていることと、同じことをやっているに過ぎん」
それも法に触れない範囲内で。
「わかったら、失せろ、ガキども!」
王静は右手を振り払った。
「それとも私を殺すか? ガキどもが、自分勝手に作ったルールに反したという理由で?」
王静は笑い飛ばした。
「やれるものならやってみろ。だがその場合、明日から犯罪者となるのは貴様らのほうだがな」
王静は襲撃者たちを見回した後、
「いや、それ以前に」
永遠長に目を止めた。
「今の貴様に私が殺せるのか? 今の貴様には、もうないんだろう? この間行われたギルド戦で見せたという力は?」
永遠長が「連結」のクオリティを失ったという情報は、すでに王静の元にも届いていた。そして代わりに得た力が、ただ「移動」できるだけの代物でしかないことも。
「どうした? さっきまでの勢いは? ハッタリが通用しないとバレて、返す言葉もないか!?」
王静は嘲笑った。
「なるほど。おまえの言い分は、よくわかった」
永遠長は王静に背を向けた。
「ほう? 随分と聞き分けがいいじゃないか」
王静は口元を曲げた。
「どうだ? 聞き分けがいいついでに、私に貴様らが持つ異世界ギルドの権利を渡さないか? 私なら貴様らより、はるかにうまく活用して大儲けさせてみせるぞ。貴様らにも、今よりもっといい思いをさせてやる」
「いらんし興味ない」
永遠長は言い捨てると、出口へと歩き出した。
「そうか。それは残念だ。気が変わったら、いつでも来るがいい。もっとも、そのときには貴様らの持つ権益など、紙切れ同然となっているかもしれんがなあ!」
王静の勝ち誇った高笑いを背に受けながら。




