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第203話

 秋も深まった10月下旬、清川中学は本格的に文化祭の準備に入った。


 生徒たちは各々イベント活動に精を出し、白河も嫌々ながら活動に参加している。


 学園裁判所の存在は、学生の間では、すでに過去のものになっているようで、この頃はそのことを口にする者さえいなくなっていた。


 俺としても問題がすべて解決し、万事めでたしめでたし。と、言いたいところだったが、まだひとつ、どうしても解けない問題が残っていた。


「どうしてもわからん」


 月曜日の夕方、日差しの遮られた白羽の部屋で、俺は頭をフル回転させていた。


「何がわからないの、翔君?」


 俺のつぶやきを聞きとがめ、白羽が訊いてきた。


「美和神楽が、どうやって入れ替え殺人を成功させたか、だ」


 それだけが、どうしてもわからんのだ。


「美和神楽って、確か例の殺人事件の、え? でも入れ替え殺人って? 確か、あの事件は犯人が自分の弟をイジメていた子を殺した後、自殺したんじゃ」

「世間的には、そうなってるけどな。俺は違うと思ってる」


 でないと、筋が通らん。


「どういうこと?」

「確かに、美和神楽は香山信也を殺した後、焼身自殺をしたことになっている。だが、まずそこが腑に落ちん」

「それの、どこが腑に落ちないの?」

「どうして美和神楽は、香山信也しか殺さなかったのか、ということだ」

「どういうこと?」

「だからだな、美和神楽の弟はイジメグループのイジメにあって自殺したんだろう? だったら美和神楽にとっては、そのイジメグループの全員が復讐対象のはずなんだ。だったら、1人殺しただけで満足するはずがない。それこそ捕まるまで殺せるだけ、1人でも多く殺すはずだ」


 これが、犯行がバレて警察に追い詰められた末でのことなら理解もできる。だが、そうじゃない。だとすれば、どうして美和神楽は、そんな中途半端な真似をしたのか。そこが、まず不自然なんだ。


「そりゃ、あんたがそういう陰湿な性格だってだけの話でしょ。あんた、自分が世界の標準基準だとでも思ってんの? むしろ、あんたみたいな奴は特殊、いえ異常者の部類なのよ、異常者」


 クソ狐が呆れ顔で茶々を入れてきた。


「それは、いざ1人目を殺してみたら、やっぱり良心の呵責に耐えられなかったんじゃないかしら? 美和神楽さんが、いくら気が強かったと言っても、やっぱり18歳の女の子なんだし」


 白羽が白羽らしい、お花畑の答えを返してきた。


「その可能性もあるけどな。だとしたら1人目を殺す前に、久世に遺書を残すわけがない」

「そ、それは香山って子を殺した後で、遺書を書いたって可能性もあるわけで」

「確かに、その可能性はある。だが俺が考えているのは、もうひとつの可能性だ」

「それが、さっき言った入れ替え殺人?」

「そうだ。確かに、最初から自殺するつもりでいたんだとしたら、美和神楽の行動は不可解だ。しかし、もし美和神楽が自殺する気がなかったとしたら? 主犯である香山を殺した上で、自分が捕まらない方法を考えついていたとしたら、美和神楽の行動にも納得がいくんだよ。わざわざ焼死を選んだのも同じだ。全身黒焦げになったら、顔も指紋もわからなくなるからな」


 だいたい、自殺するにしても、死に方なんていくらでもあるのに、よりによって1番惨たらしい焼死を女子が選んだこと自体、不自然だ。


「でも、待って。仮に誰か同年代の、自分に似た背格好の女の子を身代わりにしたとしても、DNA鑑定をしたら、すぐにバレてしまうはずだわ」

「そうそう、それに複顔て検査方法も警察にはあるはずだし」


 クソ狐がツッコミを入れてきた。ケダモノの分際で、なんでそんなことを知っている?


「そんなものは、本物の美和神楽が、事前に替え玉そっくりに顔を整形して、写真の1枚も撮っておけば済む話だ。そうすれば複顔したところで、誰も不審には思わない。整形手術には元々保険適用はないしな。金と時間さえあれば、怪しまれることなく手術が可能だったはずだ。特に当時の美和神楽はひきこもりで、ほとんど外には出ていなかったから、顔を変えても誰にも気づかれなかった。ただ1人、ずっと傍にいた久世を除いてな」

「それって、その久世って子も、美和さんが香山君を殺したことを知っているってこと?」

「俺の推測が正しければ、そういうことになる」

「待ちなさいよ。その前に、さっきの白羽の指摘に答えなさいよ」

「さっきの? ああ、DNAのことか」

「そうよ。警察は顔うんぬんの前に、DNA鑑定で、その焼死体が美和神楽だと確定したんでしょ? 確かに、あんたの言うように顔は変えられたとしても、DNAを変えるなんて誰にもできやしないんだから。入れ替え殺人だって言うなら、まずそこを説明しなさいよ」

「それも同じ理屈だ。美和神楽はひきこもりで、当時ほとんど外には出なかった。だから本人かどうか確認するために必要な毛根なりのDNAも、当然自宅から採取するしかない状況だった。そこで美和神楽は、その状況を利用したんだ。まず毛根や皮脂といった美和神楽だと特定できる可能性のある物をすべて始末し、その後で拉致した替え玉の毛根や血といったDNA鑑定が可能なものを、不自然にならない形で部屋に残した。そして美和神楽の読み通り、警察は美和神楽の痕跡が唯一残っている自宅を調べ、そこに残っていたDNAを鑑定し、焼死体が美和神楽であるとの結論に達した。顔の整形と同じく、美和神楽がひきこもりだったからこそできた、偽装工作だったわけだ」

「大胆な仮説だけれど、ひとつ問題があるわ。美和神楽って人は、確かに人殺しだし、その前から他人から良く見られてはいなかったって話だけれど、少なくとも自分の弟さんを理不尽なイジメによって失った人が、無関係の人を自分が助かるために利用するかしら?」


 確かに、白羽の言うことはもっともだ。しかし、


「無関係でなければ話は別だ」

「そんな人間」

「いるだろ。美和神楽を不登校に追い込んだ、当時の同級生たちだ」


 他にも、弟を死なせたイジメグループの身内という可能性もあるが、こちらの線は薄いだろう。そうそう都合よく、美和神楽と同年代の女子がいるとも思えんし。


「え? でも、そんな……」

「美和神楽にしてみれば、そいつらは弟を自殺に追い込んだ連中と同じだ。殺したところで、なんの罪悪感も感じなかっただろうよ。少なくとも、俺ならまったく感じん」

「だからあ、あんたの思考パターンは参考にならないと」


 うるさいクソ狐だ。


「根拠はある。それは、美和神楽が香山を殺したのが春だったことだ」

「は? どうして、それが根拠になんのよ?」

「春なら、自分の同級生たちは高校を卒業するからだ。高校を卒業した直後なら、少なくとも家族以外はごまかせる。だから美和神楽は、計画の実行を同級生が高校を卒業するまで待ったんだ」

「でもさ、肝心の家族はどうやってごまかすわけ? それこそ友達よりずっと身近な存在なんだから、ごまかせないと思うんだけど?」

「さあな。それは状況しだいだから、はっきりとは言えん。美和神楽がイジメグループのなかから家族と疎遠な奴を選んだのかもしれんし、大学か就職を機に1人暮らしする奴を選んだ可能性もある。そうすれば、バレる可能性はグッと減るからな」


 最悪の場合、事故に見せかけて家族を殺せば済む話だし。


「そして計画通りに、替え玉に選んだ同級生の拉致に成功した美和神楽は、香山殺しを実行に移した。そして2人を殺した後、久世は第三者を装い、美和神楽が遺書を残していなくなったと警察に通報した。死んだ2人が、香山信也と美和神楽だという先入観を、警察に植え付けるためにな」


 そうすれば、少なくとも俺が今してるような詮索は、誰もしないだろうからな。


「なるほどね。それなら、ありえない話じゃないかも。でも、それはあくまでも、あんたの推測でしょ? 今の話を立証するための証拠を、あんたひとつでも持ってるの?」


 クソ狐がドヤ顔で指摘してきた。


「そんなもんはない」

「ほら、やっぱり」

「つーか、そんなことはどうでもいいんだよ。入れ替え殺人の構想は、あくまでもおまえらが訊いてきたから答えただけで、ぶっちゃけ俺には死んだのが美和神楽だろうとなかろうと、そんなもんどっちでもいいんだよ」


 仮に俺の推察通り、美和神楽が入れ替え殺人を成功させていたとして、それがどうしたっていうんだ?

 

 俺は警察でもなければ、殺された同級生の身内でもない。

 他人の人生踏みにじって調子こいてたゴミクソの1匹や2匹、本当に殺されていたとしても、そんなもん自業自得以外の何物でもない。


「じゃあ、何が問題だってのよ?」


 クソ狐が渋面を作った。


「問題は、最近は焼死体の身元は、歯形でも確認するってことだ。仮に、今の俺の仮説でDNA判定はゴマかせたとしても、歯形まではゴマかせねえんだよ」

「確かに、そうね」

「だから、美和神楽が入れ替え殺人を成立させるためには、どうにかして歯形という、最大の問題をクリアしなきゃならねえんだ。しかしその方法が、どれもハードルが高すぎてリアリティーに欠けるんだよ」

「それって、つまり手段さえ問わなきゃ方法はあるってこと? あるなら言ってみなさいよ。ホラホラ」


 クソ狐が調子に乗りやがって。


「まずひとつは、DNA鑑定を行う人間を買収して、虚偽の報告をさせることだ。しかし、誰がどこで鑑定を行うかわからないうえ、金持ちでもない美和神楽に、そんな真似ができたとは思えん」


 だからボツ。


「ふたつ目は、犯行前に替え玉が通っていた歯医者に自分も治療に行き、後で自分のレントゲン写真を、替え玉のレントゲン写真と入れ替えておくことだが、これもリスクが高い」


 そもそも歯医者なら、なんらかのセキュリティーを入れている可能性が高いだろう。

 そんなところに1女子高生が歯医者に忍び込むなど、ハードルが高すぎる。 

 それに、下手に自分や替え玉の歯に珍しい特徴があったら、医者に顔を覚えられている可能性もある。そうなったら、その時点で計画は破綻してしまう。


「美和神楽が、実は当時すでに「救済者」に選ばれていて、その力を利用して「替え玉の体を操って、自分の保険証を持たせて歯医者に行かせた」とか「DNA鑑定士を操って、嘘の報告者を書かせた」とかは、いくらなんでも非現実的過ぎるしな」


 だいたい、その場合そもそも替え玉殺人なんて回りくどい真似をする必要がない。

 もし本当に、美和神楽に「救済者」の力があったのなら、それこそ自殺に見せかけて殺せば済む話なのだ。


「だから、1番考えられる可能性としては、なんらかのトリックを使って、鉄骨か何かを替え玉の顔に落として、歯形が判定できないぐらい潰すことだが、その場合、さすがに警察も怪しいと思うはずだからな」


 犯行現場で犯人の顔が潰れて発見されるとか、ご都合主義にもほどがある。しかも、その火も犯人がつけたとなれば、トリックの証拠隠滅を図ったと自白してるようなもんだ。それに気づかんほど警察もバカじゃないだろう。たぶん。


「だったら、本人に直接確かめればいいじゃない」

「は?」


 どういうことだ、クソ狐?


「だからあ、その久世って子のところに行って、直接聞いてくればいいのよ」


 おまえは美和神楽と結託して、替え玉殺人を実行しましたか? と?


「アホか。そんなもん、まともに答えるわけねえだろうが」


 バカも休み休み言え。


「そりゃあ、そうでしょうよ。でも面と向かって聞けば、その反応から何かわかるかもしんないし、バレたと思ったその子が、あせって美和って娘に連絡を取るかもしれないでしょ? そうでなくても、こっそり家探しすれば、何か接点が見つかるかもしれないし」


 また、さらにバカなことを。


「それは、あくまでも久世が美和神楽の共犯だった場合だろうが。それに、俺はそこまでして、真相を明らかにしたいなんて思っちゃいねえんだ。だいたい下手にそんな真似して、もし本当に美和神楽が「救済者」で、なんらかの力で替え玉殺人を実行していたとしたら、どうする気だ? 下手すりゃ口封じのために、白羽の身にまで危険が及びかねねえ」


 そんなリスクを冒してまで、替え玉殺人の真相を知ろうとは、俺は思っちゃいないんだ。


 こんなものは、あくまでも暇つぶし。そんな方法、なんかあるかなーと、ちょっと頭の体操をしていたに過ぎんのだ。


「だいたい、今さら真相をほじくり返して、なんの意味がある? 仮に俺の推測が正しいとしても、久世も美和神楽も過去を断ち切って未来に生きようとしてるんだ。それを邪魔するほど、俺は野暮じゃねえんだよ」


 虫ケラ2匹殺したことで満足して、あいつらがこれから先の人生を幸せに暮らせるなら、それでいい話だろうが。

 俺は、そこらの名探偵みたいに過去の事件ほじくり返して、さらに不幸な人間増やして悦に浸るような、歪んだ性癖は持ち合わせちゃいないんだ。


 それこそ、もし美和神楽が、ほとぼりが冷めた頃に復讐でも再開したら話は別だが、さすがにそこまでバカじゃないだろうし。


「というわけで、この話はここまでだ」


 この事件は、もう終わったんだ。蒸し返したところで、誰の得にもなりはしない。


「そうよね。いつまでも過去に囚われていても、どうしようもないものね。未来に向かって生きないと」


 さすが白羽だ。能天気に、いいことを言う。


「だから、わたしも考えたの。でね、いいことを思いついたの。翔君が人間に戻れないのなら、わたしが影人間になろうって」

「は?」


 何言ってんだ、おまえ?


「だって、そうでしょ? 翔君は人間に戻ることはできないけれど、人間を影人間にすることはできるんでしょ? だったら、翔君が人間に戻るんじゃなく、わたしが影人間になればよかったのよ。わたし、翔君を人間に戻すことばかり考えていたけれど、何もそんな必要はなかったんだわ」


 ヤバい。目がマジだ。


「ね、いい考えでしょ」


 白羽は満面の笑みを浮かべた。


「あのな……」


 俺は白羽を説得しようとして、やめた。こうなったら、もう何を言っても無駄だ。だとすれば、残された道はひとつしかない。


 仕方ない。


「まったく、バカな奴だ」


 俺は力を解除した。すると、俺の体が影から生身の人間へと変わり始めた。


「か、翔君、その体?」


 案の定、白羽は混乱している。


「どうして? 戻る方法はないって」

「あ? 誰がそんなこと言ったよ? 俺は「能力の再選択は不可」だと言っただけだ。1度として「戻れない」と言った覚えはない」


 おまえが勝手に勘違いしただけだ。


「ついでに言っとくと、どうもおまえは俺が物質を影化したら、2度と元には戻せないみたいに思ってたみたいだが、別にそんなわけじゃない。影化した物質は俺の意志次第で、いつでも元に戻せるんだ。形も自由に変えてな。たとえば、炭の塊をダイヤの剣にするって感じでな」

「え?」

「言っとくが、これも別に嘘をついたわけじゃないからな。実際、物質を影化することができる力であることは事実なんだ。ただ、影に変化させた物質を、元に戻せると言わなかっただけだ」


 あえて、能力を限定して言ったに過ぎん。元に戻せると聞いたら、その力で人間に戻れと言い出しかねなかったから。


「シェイド化にしてもそうだ。おまえはシェイドになることを選んだら、その後一生シェイドでいなきゃならないと思い込んでたみたいだが、別にそういうわけじゃねえ。シェイドを選んだとしても、普段は人間のままで、いつでも本人の意思でシェイドに変身できるというだけに過ぎねえんだよ」


 ずっと俺がシェイドでいたのは、ただ単に俺がそうしていたかったからに過ぎんのだ。


 だいたいモンスター化したまま元に戻れなかったら、能力として使い勝手が悪すぎるだろ。仮にも、世界を救うための力なんだから、このぐらい融通が利いて当たり前だ。


「酷いわ、翔君。わたし、本気で心配してたのに」

「だからだよ」


 戻る方法がないとわかったら、あきらめると思ったのに。まさか、あきらめるどころか自分もシェイドになると言い出すとは。


 本当に、こいつは俺の計算をどこまでも狂わせる奴だ。


「でも、どうして人間に戻ったの? 翔君、ずっとそんな気ないって」

「おまえが自分もシェイドになるなんて、バカなことを言うからだろうが」


 まったく、バカも休み休み言いやがれ。


「俺の勝手のために、おまえまで日陰者にするなんて、できるわけねえだろうが。おまえが人間やめるか、俺がシェイドやめるかの2択しかないなら、答えは決まっている」

「翔君……」

「言っとくがな。別に、おまえのためにやったわけじゃないからな。そこのところ、勘違いするなよ」


 て、ツンデレか、俺。


「つーか、別にシェイドとして生きることをあきらめたわけじゃねえからな。いつか、おまえが俺がいなくなっても平気で生きていけるようだったら、そのときは今度こそ本当に絶対に人間やめてやるんだからな」


 その日が今から楽しみだ。


「だったら、翔君は、ずっと人間でいることになるわね」

「なんでだよ?」

「だって、わたしの幸せには、翔君がずっと傍にいてくれることが絶対条件なんだもの」


 白羽は無邪気に笑った。


「おま、それ……」


 自分の言ってることの意味が、わかってんのか?


「なに、翔君?」


 白羽は小首を傾げた。無邪気な顔して、絶対確信犯だろ、おまえ。


「……本当に、バカな奴だ」


 俺は白羽の頬に触れた。クソ狐じゃないが、今のおまえなら、それこそ男なんて選り取り見取りだろうに。


「翔君も十分バカだから、お互い様ね。いえ、この場合、お似合いって言うべきかしら?」


 白羽は、俺に体を預けて来た。


 そして、俺も白羽の肩を抱いた。


「翔君」


 白羽は静かに目を閉じた。


「白羽……」


 そして俺は、唇を白羽のそれに重ねた。

 確かに、これはこれでハッピーエンドと言えるのかもしれない。


 ともあれ「世界救済委員会」に端を発生した事件は、これで今度こそ本当にすべて解決した。


 このときの俺は、そう思っていたのだった。



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