第2話
翌日、夕方まで魔石探索を続けた4人は、
「もう遅いし、今日はここで野宿にしましょうよ」
「そうね」
片瀬の提案に朝霞が乗る形で、湖のほとりで野宿することとなった。
「じゃあ、最初の見張りはあたしがするから、3人は先に休んでいいわよ」
いつになく上機嫌な片瀬に、
「それじゃ、先に休ませてもらうね」
小鳥遊と永遠長は横になった。そして2人が眠りについたところで朝霞が起き上がり、片瀬とともに眠りの呪文を唱えていく。
「後は縛り上げるだけね」
片瀬は荷物の中からロープを取り出そうとして、
「あれ……」
強烈な眠気に片膝をついた。
「え?」
見ると、朝霞が再び眠りの呪文を唱えていた。
「な、なんで?」
困惑する片瀬に、
「なんでって、決まってるじゃない。2人より3人売ったほうが、それだけ多く雇えるからよ」
朝霞は冷ややかに言った。
「な!?」
片瀬は気色ばんだ。
「あんたがいて、一体なんの意味があるってのよ? ただ、うるさいだけの役立たずのあんたが」
朝霞が片瀬を誘ったのは、あくまでも保険でしかなかったのだった。
もし作戦が失敗した場合、スケープ・ゴートとして、すべての罪を被せるための。
「朝霞、あんた……」
「安心して。この勝負に勝ったら、ちゃんと買い戻してあげるから。だから、決して死のうとなんてしないでよね。たとえ奴隷になってる間に、どんな目に遭ったとしても」
「ふざ…け……」
その言葉を最後に、片瀬のまぶたと唇が閉じる。
眠りに落ちた片瀬を見下ろし、
「悪く思わないでね」
朝霞が謝罪の言葉を口にする。
「わたしは死ぬわけにはいかないの。どんな手を使っても」
朝霞の脳裏に、幼い弟の顔がよぎる。
自分が死ねば、弟はあの両親の下に1人残されることになってしまう。それだけは、なんとしても避けなければならないのだった。たとえ、悪魔に魂を売り渡そうとも。
片瀬が動かなくなったところで、朝霞は荷物袋を開いた。そのとたん、
「え!?」
今度は朝霞が動けなくなってしまった。
「な!?」
困惑する朝霞の前で、小鳥遊が起き上がる。
「た!?」
鼻白む朝霞に、
「永遠長君の言ってたことは、本当だったんだね」
小鳥遊は悲痛な顔で声をかけた。
「永遠長?」
朝霞は永遠長に視線を走らせた。すると小鳥遊同様、永遠長も身を起こしていた。
「私たちを奴隷商人に売り飛ばそうとしてるって」
昨日、朝霞と片瀬が今後の方針で合意した直後、小鳥遊の宿部屋に永遠長が訪れたのだった。
そして部屋に招き入れた小鳥遊に、
「おまえに話がある」
そう切り出すと永遠長は朝霞たちの企みを小鳥遊に伝えた。
「そんな……」
そのショッキングな内容に戸惑う小鳥遊に、
「今、おまえには5つの選択肢がある」
永遠長は現実を突きつけた。
「1つは奴らの計画通り、黙って奴隷商人に売られること」
この場合、確かに奴隷になるが、奴らが今後うまく立ち回れば最終的に生き残れる可能性はある、と。
「2つ目は、奴らの計画を逆手に取って逆に奴らを売り飛ばす」
朝霞の言う通り、確かに高レベルの魔術師を複数人雇うことができれば、この劣勢を挽回することも不可能ではない、と。
「そして3つ目は、このまま奴らから逃げること」
だが、その場合、奴隷として売られる危険はなくなるが、この勝負での勝ち目はほとんどなくなるし、追いかけてきた奴らに捕まる危険が常に付きまとうことになる。
「そして4つ目は、奴らを始末して、おまえだけで魔石を探すことだ」
「おまえだけでって、それじゃ永遠長君はどうするの?」
「魔神を始末する。そのために強くなる。俺には、これ以上魔神とやらが勝手に決めたゲームに付き合う気は微塵もないんでな」
「し、始末するって、そんなことできるわけ」
「おまえの意見は聞いていない。俺は殺る。ただ、それだけの話だ」
「それだけって……」
「そして、それが最後の選択肢だ。もし、おまえに魔神を倒す意志があるのならば、できる限りのサポートをする用意がある」
「サポート?」
「おまえたちには言っていなかったが、俺はこの世界に来たことがある」
「え?」
「そして異世界ストアを利用している者には、周年特典として経験値アップチケットが配布される。これは配布された個人だけでなく、ギルドメンバー全員に適用があるため、その気があるなら通常よりも効率的にレベリングすることができる。しかし、だからと言って必ず勝てるという保証があるわけじゃない。このまま魔石探しを続けて、1位を取れる自信があるか。あるいは無駄な努力などしたくない、というのであれば好きにすればいい。どうするも、おまえの自由だ」
「じゃあ、もしかして、毎晩永遠長君が宿屋から姿を消してたのは、魔神を倒すための特訓をしてたからなの?」
「あれは、放っておくと被害が大きくなりそうなクエストをこなすためだ。どうやら魔神とやらは、この勝負の間、他のプレイヤー、地球人を、この世界から締め出しているようでな。人手が急激に減って、冒険者ギルドの依頼が滞ってしまっていたからな」
「……最後に1つ聞いていい?」
「なんだ?」
「この世界に来たことがあるってこと。どうして私たちに黙ってたの?」
もし最初から知っていれば、もしかしたら他の選択肢もあったかもしれないのだった。
「俺の人生設計のためだ」
「人生設計?」
「言った通り、俺は何度もこの世界に来ている。そして、いずれはこの世界に移住しようと考えている」
「い、移住? この世界に?」
「そうだ。だが、そのためには地球と異世界を自由に移動できるようにならなければならない。そうでないと、またいつ望みもしない世界に足止めされたり、地球に強制送還されるか知れたものじゃないからだ」
この夏休みのように。
「高校に進んだのも、そのためだ。本来ならば中学を卒業した時点で、異世界に行ってもよかったんだが、この世界から後腐れなく去るためには、高校を卒業してからのほうが都合がよかったんでな」
「都合?」
「立つ鳥後を濁さずと言うだろう。もし中学や高校に通っている間に俺がいなくなれば、教師なり生徒なりに俺の存在が無駄に印象付けられることになる。それは俺の本位ではない。俺が異世界に旅立つときは、誰の記憶に残ることもなく、なんの痕跡を残すこともなく、後腐れなく旅立つ。そう決めているんだ」
そのための最善の方法は、目立たないまま高校生活を終えた後、大学受験に失敗する。そして予備校に通うという名目で他人との関係を完全に断ち切ったところで、異世界に旅立つことなのだった。
「そうすれば、俺のことを認識する人間は地球上からいなくなる。いたとしても、せいぜい同窓会でもあったときに「そういや、永遠長とかいう陰キャがいたな」と話題に出るぐらいのものだろう」
そして、それもすぐに忘れ去られる。
「だから、おまえたちにも異世界のことは話さなかった。そんな真似をすれば、どういう形にしろ、おまえたちの記憶に俺のことが無駄に残る可能性があったからだ」
「じゃあ、どうして今話してくれたの?」
「決まっている。あの2人が、俺を奴隷として売り飛ばそうとしているからだ。多少、調子に乗る程度であれば見逃したが、俺に直接危害を加えてくるというなら話は違ってくる。そして、どういう形であれ、奴らを始末すればおまえには俺の存在が無駄に印象付けられることになる。ならば、話しても問題ないと判断した。加えて、おまえには借りがあるしな」
「借り?」
そんな覚えは、小鳥遊にはなかった。
「夏休み明けに、休んでいた間のノートを見せてもらった」
「あのコピーのこと? でも、あれは」
「おまえにとっては、クラス委員としての役目の一環に過ぎなかったんだろうが、借りは借りだ。だから話した。ただ、それだけの話だ」
「…………」
「それで、どうする? このまま奴らに食い物にされるも、自分で道を切り開くも、おまえの自由だ。好きにするがいい」
「私は……」
迷った末、小鳥遊は結論を出した。
もし本当に朝霞たちが行動を起こした場合、永遠長と行動を共にする、と。
結論を先延ばしにしたのは、永遠長の話が信じられなかった。信じたくなかったと言うこともある。しかし1番の理由は、実行する段になったら、朝霞たちが思い直してくれるかも? と期待したからだった。
しかし、その期待は裏切られた。
朝霞と片瀬は迷いなく、平然と、自分たちを眠らせて奴隷商人に売り飛ばそうとしたのだった。
自分たちだけが助かるために。
小鳥遊の説明を聞き、
「なるほど。あれを聞かれてたわけね」
朝霞にとっては痛恨のミスだった。周りへの警戒が甘かったことを。なにより、取引を持ちかける相手を間違えたことを。永遠長が見た目と異なり、油断ならない奴であることは、十二分にわかっていたというのに。
「でも、どういうこと? これって魔法よね?」
ヒーラーは、レベルが上がれば結界魔法や拘束魔法を使えるようなる。だが、初級レベルである小鳥遊には、まだこの種の魔法は使えないはずなのだった。
「それは、俺のジョブが盗賊ではなく騎士だからだ」
永遠長は淡々と答えた。
「騎士? てことは、あんた、最初から私たちを騙してたの!?」
自分たちのことを棚に上げて、朝霞は永遠長に非難の眼差しを向けた。
「騙してなどいない。なぜなら俺は、盗賊になることを引き受けた覚えなどないからだ。すべて、おまえたちが勝手に話を進めたに過ぎん」
「……あんたのほうが、よっぽど悪党じゃない」
朝霞は笑い飛ばした。
「これ以上、おまえと話すことはない」
永遠長は言い捨てると、朝霞に右手を突きつけた。
「どうするっての?」
朝霞は小馬鹿にするように、フンと鼻を鳴らした。
自分を殺せば永遠長たちも死ぬことになる。そして殺せない以上、永遠長たちにできることは知れている。胸糞悪いルールだが、この縛りがある限り、身の安全は保証されているのだった。
「殺れるもんなら殺ってみなさいよ」
朝霞は、ふてぶてしく言ってのけた。
「わたしたちを殺したら、あんたたちも死ぬことになるのよ。それでもよければ、ね」
朝霞は鼻で笑い、
「確かに、その通りだな」
あくまでも、あの女の話通りだとするならば、の話ではあったが。
「わかったら、さっさと金縛りを解きなさいよ。確かに、あんたたちに黙って売ろうとしたのは悪かったけど、他に方法がなかったんだから仕方ないでしょう。奴隷になったからって、死ぬわけじゃなし。後で買い戻せば済む話でしょ。それとも、このまま何もせず、全員死ねばよかったとでも言うの?」
勝手極まる朝霞の言い草を、
「確かに、おまえの言うことにも一理ある」
永遠長はあっさり肯定した。そんな永遠長を見て、
なんだ。案外チョロいじゃない、こいつ。
朝霞は内心でほくそ笑んだ。
「わかったら、さっさと」
「ああ、さっさと始末するとしよう」
永遠長はそう言うと呪文の詠唱に入った。そして、
「え?」
呪文の完成とともに、朝霞と片瀬の体が石化し始めた。
「な!?」
緒方は永遠長を睨みつけた。
「ど、どういうつもりよ!? こんなことしたら、あんたたちも」
「おまえが言ったことだろう。おまえたちを殺せば俺も死ぬと。だから石化することにした。ただ、それだけの話だ」
石化は、あくまで対象の体を石に変えるに過ぎない。現に、解石の呪文を唱えれば元に戻る。つまり、邪魔者を殺さずに排除するには、もっとも有効な方法なのだった。
「フザけんな! 今すぐ元に戻せ!」
朝霞の顔が怒りに染まる。
「こんな真似して、タダで済むと思ってんのか、おまえ!」
喚き散らす朝霞に、
「安心しろ。事が済んだら元に戻してやる」
永遠長は淡々と言った。
「フザけんな!」
「何を言っている。おまえが言ったことだろう。奴隷になったからと言って死ぬわけじゃない。後で買い戻せば済む話だ、と。俺は、おまえの流儀に従ってやっているんだ。感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いはない」
「フ、フザけんなあ! てめえ、絶対許さねえからな! 覚えてやがれ!」
朝霞は喚き散らしたが、永遠長が動くことはなかった。そして間もなく、泉のほとりには、物言わぬ2体の石像ができあがった。
「こ、この後は、どうするの?」
石化された人間は、石化中に体の一部が欠損すると、2度と元に戻れない。というファンタジーの常識ぐらい、小鳥遊も知っていた。永遠長を止める力がない以上、せめて2人の安全を確保するのが、今の小鳥遊にできる精一杯だった。
「この泉に沈める」
永遠長は、あっさり言った。
「幸い、モンスターもいなさそうだし、人通りもあまりない。ここに沈めておけば1ヵ月ぐらい保つだろう」
永遠長が言うが早いか、念動魔法で2体の石像を泉の中央に沈めてしまった。
「安心しろ。あいつらにも言った通り、魔神を始末したら戻してやる。そのとき、あいつらが五体満足でいれば、の話だがな」
永遠長は事もなげに言うと、その場で横になった。
「そんなことより、今日はもう寝ろ。明日からは特訓だから、今日のうちにしっかり疲れを取っておけ」
「でも見張りが」
「いらん。この周辺には、すでに結界を張ってある。よほどのモンスターでない限り、ここには近づけん」
「そ、そうなんだ」
「そうだ。だから安心して寝ろ」
「う、うん。わかった」
永遠長に促されるまま、小鳥遊も横になった。
朝霞と片瀬を排除して、永遠長とともに魔神を倒す。
この選択が本当に正しかったのか。
小鳥遊にも正直なところ、わからない。
だが、すでに賽は投げられてしまったのだ。ならば、今は自分の選択を信じて突き進むしかなかった。
たとえ、その道の先にどんな困難が待ち受けていようとも。
そして1夜明けた8日目の朝、
「とりあえず、1度トルキードに戻るぞ」
朝食を済ませたところで永遠長は小鳥遊に言った。
「トルキード?」
「最初に行った、この国の王都だ」
「ああ、あそこ」
「あそこには、俺の根城がある。そこに蓄えも置いてあるから、それを使えば当分食うには困らないし、装備も新調できる」
今の永遠長の装備は、盗賊ということでナイフしか持ち合わせていないのだった。
「それと、訓練を始めるまでに、自分のジョブを考えておけ」
「え?」
「おまえがヒーラーになったのは、おまえの本位ではなかろう。おまえの人生は、おまえのものなんだ。おまえが本当になりたいものになればいい。そのほうが力も最大限に発揮できるだろうしな」
永遠長はそう言うと、小鳥遊を連れて王都へと転移した。
「永遠長君、転移魔法も使えたの?」
見覚えのある街門を視界に収めながら、小鳥遊は永遠長に尋ねた。
「ファンタジーでいうところの一般的な魔法は、だいたい使える」
「そ、そうなんだ」
「そんなことより、さっさと行くぞ」
永遠長は歩き出し、
「あ、待って」
それに小鳥遊も続く。
「あ、あの」
小鳥遊は遠慮がちに尋ねた。
「なんだ?」
「本当に、なんのジョブでもいいの?」
「だから、そう言っている」
「でも、朝霞さんの言う通り、こういうのはバランスが」
「2人でバランスもクソもあるか。そういうのは、せめて4人ぐらいいて、初めて考慮するものだ」
「そ、それもそうだね」
「……その口ぶりからすると、お目当てのジョブは決まっているようだな」
永遠長に見透かされた小鳥遊は、
「あ、あの魔法戦士にしようと思ってるんだけど」
自分の望みを口に出した。
「おまえがいいならそれでいいが、魔法戦士にも色々ある。ゴールは見えているのか?」
魔法戦士にはエレメント系、トランス系、マインド系、クリエイト系、バスター系の5種類があり、同じ魔法戦士でも性能が異なるのだった。
「アストラルウォーリアーになろうと思ってるの。それも土系に」
アストラルウォーリアーの項目を調べたところ、土系のアストラルウォーリアーになれば、石化の効果を受けない、と書いてあったのだった。
「あ、別に、永遠長君に私まで石化されたら、たまったもんじゃないとか、そういうこと考えて選んだわけじゃなくて。昨日朝霞さんたちが石化されるのを見て思ったの。殺されなくても石化されたら、それはそれで終わりになっちゃうから、1人は絶対石化されない人間がいたほうがいいんじゃないかって」
小鳥遊は、もっともらしい理由を並べた。が、そういうセリフが口をついて出ること自体、選択の材料になったことを物語っていた。
「別に、どういう理由で何を選ぼうがかまわん。おまえが、本当に自分の意志で選んだものならばな」
「う、うん。ありがとう、永遠長君」
「着いた。おまえは、ここで待っていろ。すぐ済む」
永遠長は共同住宅らしき建物に入ると、1分もしないうちに戻ってきた。
「ここまで来たついでだ。冒険者ギルドにも寄って、おまえのジョブ変更も申請しておくとしよう」
永遠長はそう言うと、冒険者ギルドに向かった。そして2人が冒険者ギルドに入ると、冒険者たちの視線が永遠長に集まった。
「み、みんな、永遠長君を見てるみたいだけど?」
「気にするな。いつものことだ」
永遠長は事もなげに言った。
「いつもなの?」
「3大ギルドを叩き潰したときからな」
「3大ギルド? ここ以外にもギルドがあるの?」
「ここでいうギルドというのは、要するに地球人同士のパーティーのことだ。昔は普通にパーティーと呼んでいたんだが、運営が人数に制限をかけなかったから、どんどん人数が増えていって、1パーティーが100人以上というパーティーが量産されてしまった。運営としても、それをパーティーと呼ぶのはさすがに無理があると思ったんだろう。そこで3年目辺りに、パーティーからギルドに変更したんだ」
「そ、そうなんだ。ていうか、3年目って、永遠君、いつから異世界に来てたの?」
「小5からだから5年になる」
「小学生から来てたの?」
「チラシを見てな」
「チラシ?」
小鳥遊は当然ながら、そんなチラシなど見た覚えはなかった。
「そ、そうなんだ。じゃ、じゃあ、さっき言ってた3大ギルドっていうのは、地球人が組んでたパーティーのことなんだね」
「簡単に言えば、アメリカと中国とヨーロッパのギルドだ。そいつらが喧嘩を売ってきたから始末した。ただ、それだけの話だ」
「始末したって」
「そんなことより、さっさと行ってこい」
「う、うん」
小鳥遊は受付に向かうと、治癒術師から魔法戦士へのジョブ変更の手続きを行った。そして冒険者ギルドを出たところで、
「永遠長君が初日に仮面をつけてたのって、周りに騒がれないためだったんだね」
小鳥遊は永遠長に尋ねた。
「あそこで周りがざわつくと、おまえたちに俺の正体を勘ぐられる可能性があったからな」
次いで永遠長はアジトで回収した資金で、武器と防具を買い揃えた。そして装備を整えた永遠長たちが王都を出たところで、
「え?」
奴隷を乗せた荷馬車とすれ違った。
「今のって……」
小鳥遊は馬車を振り返った。
「秋代さん?」
荷馬車の檻に閉じ込められていたのは、間違いなくクラスメイトの秋代だった。それ以外にも、同じチームメイトの木葉たち4人の顔もあった。
「そのようだな。おそらく奴隷狩りにあったんだろう」
永遠長は淡々と言った。
「奴隷狩り? つまり秋代さんたちは、奴隷商人に捕まったってこと?」
「そういうことだ」
「だとしたら、なんとかして助けないと」
すぐにも荷馬車を追いかけようとする小鳥遊に、
「なぜ助けなければならない?」
永遠長が異を唱えた。
「なぜって、クラスメイトが奴隸として売られようとしてるんだよ? 放っておけないよ」
「ここは安全な日本じゃない。モンスターがいれば奴隷商人もいる。そして、だからこそクラスの連中は使えない奴を切り捨てて、最善のチームを組んだんだろう」
この危険な世界で、自分たちだけが生き残るために。
「そ、それはそうだけど……」
「であれば、奴隷商人に捕まったとしても、それは奴らの自己責任というものだ。なぜそんな奴らを助けるために、無駄な時間と労力を使わなければならない」
永遠長は言い捨てた。
「そもそも追いかけていって、どうするというんだ? この世界において、奴隷制度は国が認めた正当な制度だ。そして奴隷商人たちは、その国の定めた法に基づいて適正な商取引として人身売買を行っている。その邪魔をすれば、犯罪者として逮捕されるのは、むしろおまえのほうだ」
「そ、それは、そうかもだけど。このままじゃ秋代さんたちが……」
「知らんし関係ない。俺にとってクラスの連中は、たまたま同じ教室に振り分けられただけの、赤の他人に過ぎないのだからな」
永遠長は、どこまでも冷徹だった。
「そ、そんな言い方」
「なら聞くが、いたか?」
「え?」
「夏休み明け、俺が学校に来なかったとき、1人でも俺のことを気にかけた奴がだ」
「…………」
「おそらく全員、せいぜい「ふーん、あっそう」ぐらいで、そもそも気にすらしていなかった。違うか?」
図星だった。
「言っておくが、俺は非難しているわけでも、卑下しているわけでもない。そもそも俺が、そういう関係でしかないように行動してきたんだからな。要するに俺が言いたいのは、それが俺とおまえたちとの距離だと言うことだ」
「……確かに、そうかもしれない。でも、それでも、私は秋代さんたちを助けたい。それが人として当たり前の気持ちだと思うし、他人がそうだからって私まで同じになる必要はないと思うから」
「…………」
「それに、もしここで秋代さんたちを見捨てたら、それこそ私たちに人の心を捨てさせようとしている、魔神の思う壺なんじゃないかな?」
小鳥遊の「思う壺」という言葉に、永遠長の眉がかすかに反応する。
「……いいだろう。そこまで言うなら手を貸してやる」
「ホント、永遠長君?」
「だが、今回限りだ。そしておまえへの借りは、これで完済したものとする。それでいいなら手を貸してやる」
「……うん。ありがとう、永遠長君」
しかし助けるには具体案が必要となる。そして今の小鳥遊は、気持ちだけでノープランなのだった。
「方法はある」
永遠長が言った。
「どうするの?」
「簡単な話だ。奴らを奴隷商人から買えばいい」
永遠長は事もなげに答えた。