第192話
「来世君、明日空いてる?」
祝兄から電話がかかってきたのは、その日の夜のことだった。
「開いてるけど、どうかしたの?」
夜わざわざ電話してくるってことは、神姉のことだな、きっと。
「ほら、もうすぐ姉さんの誕生日だろ。そこでさ、その、一緒にプレゼント買いに行かないかなってさ」
「いいけど、どうしたの、突然?」
いつもは別々に用意してるのに。
「だってさ、姉さんってば君からのプレゼントは大事にするけど、ボクからのプレゼントは、いっつもほったらかしなんだもの」
あの魔女なら、確かにやりそうだ。
「だからさ、ボクと来世君からの共同プレゼントってことにすれば、ボクも贈り甲斐があるし、その分プレゼントも豪華にできると思うんだ」
なるほど。確かに祝兄の言う通りだ。誰だって、送ったプレゼントは大事にしてほしいに決まっている。
たとえ、その相手が、あの魔女だとしても。
「うん、わかった。そういうことなら、一緒に行こ」
「ありがとう。ただし、出かけるのは別々にしよう。一緒に出かけたら、間違いなく姉さんもついて来るだろうから。それぞれ用事があるって時間差で出かけて、デパ-トの入り口で落ち合おう」
さすが、祝兄。あの魔女のこと、よくわかってる。
「わかった。それじゃ、11時に山陽デパ-トの入り口で落ち合うことにしよ」
「了解。じゃ、おやすみ、来世君」
「うん、おやすみ、祝詞兄ちゃん」
僕は電話を切った。
そして翌日、僕は予定通り魔女の監視下から抜け出すと、山陽デパ-トで祝兄と合流した。
「何にするかな? 何か、いいアイディアある、兄ちゃん?」
デパ-トをブラつきながら、僕は祝兄に尋ねた。
「そうだね。できれば、ずっと色あせない物がいいな。ネックレスとか指輪とか。ハンカチや洋服だと、色あせたり擦り切れたら捨てるしかないからね。せっかく2人でプレゼントするんだし、ずっと持っておけるものにしたいんだ」
「そういうことなら、アクセサリ-がいいんじゃないかな。シャ-ペンとかでもいいけど、神姉の場合、下手すると武器として使いかねないから」
「いや、いくら姉さんでも、さすがに来世君からのプレゼントで、人を刺したりはしないと思うよ」
「甘いよ、祝兄。神姉は普通じゃないんだから。ペンを武器にすると言った後で、そのペンをプレゼントしたら「来世も、やっとわたしの考えをわかってくれたのね」って、自分に都合のいいように解釈するに決まってるんだから」
「ありえない、と言い切れないところが恐いね」
祝兄は苦笑した。
「そうだ、いっそ婚約指輪にするっていうのはどうかな?」
「そんな真似したら、それこそ今後一切、他の女子とは会話もできなくなるよ」
考えただけで怖い。
「確かにそうかもね。でも今の話を聞いて思ったけど、やっぱり来世君は本当に誰よりも姉さんのことを理解してるよね」
「好きで理解したわけじゃないんだけど」
あれだけ四六時中一緒にいれば、嫌でも理解する。と言うか、させられる。
「でも結婚したら、いい奥さんになると思うよ」
「でも、ご近所トラブル連発するんじゃないかな。ママ友なんかとも衝突しそうだし」
それ以前に関わらないか。でも、その場合はその場合で愛想がないと思われて、子供が攻撃されることに。て、どうして小学生の僕が、こんな所帯染みたことで思い悩まなきゃいけないんだ。
「まあ、それも人生の醍醐味ってことで」
祝兄は笑顔でウインクした。神姉が魔女なら、祝兄は小悪魔だ。
「でも、なんだかんだ言って、来世君が姉さんとの婚約を解消しないのって、それでも姉さんのことが好きだからだよね」
「ち、違うよ。そんなことしたら、ますます神姉を面白がらせるだけだからだよ。神姉、僕をからかうことに命かけてるから」
それに、どうせ言っても聞かないし。
「……ご愁傷様」
祝兄は僕に向かって手を合わせた。
「せめて、神姉が僕に向ける興味の1万分の1でも、他の人に向けてくれればなあ」
無理な注文だって、わかってるけど。
「そうだね。でもボクは来世君が姉さんの側にいてくれるから、何も心配してないよ。たとえ姉さんがどんなとんでもないことをしたとしても、君がきっとなんとかしてくれると信じてるからね」
凄い無茶ぶりだ。
「小学5年生に、何言ってんだよ、祝兄。神姉が本当の犯罪者になったら、困るのは祝兄なんだよ。わかってんの?」
「そうだね。でもボクが何を言ったところで、姉さんが聞く耳なんて持つわけないし。結局、ボクは姉さんの好きにさせておくことしかできないからね」
「それを言ったら、僕だって同じだよ。とゆーか、神姉に言うこと聞かせられる人間なんて、この世に存在しないよ」
「そうでもないさ。もし君が、言うこときかなきゃ婚約解消するって言ったら、きっと姉さんはおとなしく従うと思うよ」
「……だといいけど」
「絶対だよ。だから、できれば君にはずっと姉さんの傍にいて、味方でい続けてほしいな」
「そ、それだったら大丈夫だよ。僕は、いつだって神姉の味方だから」
これで僕まで味方でなくなったら、神姉は本当に1人ぼっちになっちゃうもん。
「それで十分だよ」
祝兄は目を細めた。
「ふつつかな姉ですが、末長くよろしくお願いします。お義兄さん」
祝兄は深々と頭を下げた。
その後、僕たちは神姉へのプレゼントとしてブレスレットを買った。そして2人で昼食を取った後、僕は祝兄と別れて帰宅した。
そして、この笑顔が、僕が祝兄を見た最後の姿となった。
この夜、祝兄は学校の屋上から飛び降りたのだ。




