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第191話

 僕と美和みわ姉弟は幼馴染だった。


 そのうえ母親同士も幼馴染で住んでるマンションも隣だったため、僕と美和姉弟は自然と親しくなっていった。

 さらに、僕たちが幼稚園のときに美和家の父親が他界し、うちの母親が美和姉弟の面倒を見るようになってからは、僕と美和姉弟の仲は一層深まることになった。


 だが、この姉弟が最悪だった。いや正確に言うと、姉の神楽かぐらの性格が、だ。


 弟の祝詞のりとが、穏やかで誠実で親切な性格だったのに対して、姉の神楽はわがままで嘘つきでイタズラ好きで、特に僕をからかうことを生き甲斐とするという、実に困った人間だった。

 そのせいで僕に残っている幼少期の記憶は、この5つ年上の魔女におちょくられ、その嘘に振り回されたことで埋め尽くされることになってしまった。


 だが、それでも僕にとっては、かけがえのないお幼なじみであり、その関係はずっと続いていくものだと思っていた。そう、あの日までは……。


 その日も、僕はいつものように目を覚ました。すると、


「お、は、よ、う、来世」


 神楽の顔が、ドアップで飛び込んできた。どうやら、また僕が寝てる間にベッドに潜り込んできたらしい。しかも下着姿で。


「……おはよう、神姉」


 僕は、努めて冷ややかに応じた。

 最初の頃は驚いたけど、さすがに1年も続けば耐性がつく。何より驚いたり騒いだりするのは、この魔女を喜ばすことになるだけだ。


「もう、来世ったら、他人行儀なんだから。昨日は、あんなに激しく愛し合ったっていうのに」


 魔女は頬を赤らめた。いや、愛し合ってないし。


「てゆーか、早く服着たら? いくら夏でも、いつまでもそんな恰好でいたら風邪引くよ」

「じゃあ、来世が着せて」

「やだ。てゆーか、いい加減、僕のベッドに忍び込むの、やめてほしいんだけど」


 そろそろ飽きても、いい頃だと思うんだけどなあ。


「あら? 夫婦が一緒のベッドで寝て、なんの不思議があるのかしら?」

「夫婦じゃないし。あくまでも婚約者だし」


 その婚約も、幼稚園のときに、この魔女の口車に乗せられて、ついうっかりOKしちゃっただけだし。


「そんなの、同じようなものじゃない」


 いや、全然違うから。


「ところで、今何時? 僕、ちゃんと目覚ましかけておいたはずなんだけど」


 見ると、枕元の目覚ましの針は七時半を指していた。しかも、アラ-ムはスイッチがオフになっていた。昨日、確かにオンにして寝たはずなんだけどなあ。


「神姉」


 本当に困った姉ちゃんだ。


「嫌だわ、来世。わたしがそんなことするはずないでしょ。きっと、寝惚けて自分で押しちゃったのよ」

「へえ、じゃあ、念のために机の上に置いておいた、もうひとつの目覚ましまでオフになってるのは、どうしてなんだろうね。それも、僕が寝惚けて押したとでも?」


 ちなみに僕の部屋は洋室で、ベッドと机までは1メ-トル以上離れている。


「じゃあ、それも無意識に止めちゃったのね。夢遊病の気があるんじゃないかしら。妻として心配だわ。1度、病院で見てもらったほうがいいかしら」


 魔女は、またもぬけぬけと言った。


「というか、毎度思うんだけど、神姉、どうやって僕の部屋に入ってくるの? 僕、毎晩寝るときに、しっかり鍵をかけてるんだけど」


 元々、僕の部屋には鍵などついていなかった。けれど約1名、平気で他人の部屋に忍び込んでくる輩がいるので、用心のために後からつけたのだ。


「あら、そうだったの? でも、わたしが開けたときにはかかってなかったわよ。きっと来世がトイレにでも行った後、鍵をかけ忘れたんじゃないかしら」


 魔女は、もっともらしい答えを返してきた。


「今度は、もっと頑丈な鍵に変えないと」


 でも本当に、どうやって部屋に侵入してるんだろう? 教室の鍵と同じで、内側からしか開閉できないはずなんだけど……。


「あんまりだわ。せっかく、わざわざ起こしにきてあげたっていうのに」


 魔女は、顔を背けて口元を押さえた。うわあ、嘘臭い。


「そもそも、こんなに奇麗でスタイルもいい美女と、密室で2人っきりだっていうのに、出てくる言葉が、どうしてそうも殺伐としたものばかりなのかしら? 理解に苦しむわ」


 美女とか、自分で言うな。まあ、確かに美人だとは思うけど。顔だけは。


「普通、その年頃の男の子だったら、わたしみたいないい女、手を出さずにはいられないはずなのに」


 その年頃って、僕まだ小学生なんだけど……。


「出すわけないだろ。そんなことしたら神姉、それを口実に、それこそ僕の行動を24時間支配しかねないもん」

「やだわ、来世、いくらわたしでも、さすがにそこまではしないわよ。寝てる間ぐらい、自由に夢を見させてあげるわよ」


 やっぱりか。


「なんて、嘘、嘘」


 魔女は軽やかに笑った。その笑顔に、今まで何度だまされたことか。


「……まったく、その笑顔を、僕以外の人にも見せてあげればいいのに」


 現在、神姉は学校に行っていない。いわゆる引きこもりというやつだ。


 原因は同級生とのケンカらしい。


 聞いた話では、ある女子グル-プが神姉を敵対視し、ヤキを入れようとしたのだそうだ。

 けど返り討ちに合ってしまい、そのうちの1人は階段から突き落とされてしまった。もっとも神姉に言わせると「その女子は、仲間がやられたことにビビッて逃げ出したあげく、勝手に階段から転げ落ちただけ」なのだそうだ。


 ともかく、その1件で完全に学校に嫌気が差した姉ちゃんは、そのまま学校に行かなくなってしまったのだった。もっとも本人は「どうせ、わたしは来世と結婚して家庭に入るんだから、学歴なんて関係ない」と平然としている。


 自分の将来を小学生を依存する高校生って、どうなの?


 とも思うけど、それが神姉という人間だからしょうがない。


「嫌よ、そんな媚を売るみたいなこと」


 案の定、神姉は不機嫌になった。


「自分を殺して好かれるよりも、自分らしく生きて嫌われる方がいいわ。嫌われたところで、別になんにも困らないし。来世以外はね」


 昔から、神姉は僕を愛していると言い続けているが、その本心は今もって謎だ。


 自分で言うのもなんだけど、僕は平凡過ぎるほどに平凡な男だ。他人に自慢できるような長所なんて、ひとつもない。


 身長、体格、学力、どれをとっても平均点。運動神経に至っては、平均点を割り込んでいる。

 これといった趣味もなく、学校が終われば家でゴロゴロしているだけ。その一方で、神姉はスタイルよし、頭よしの才女だ。なので、たとえ神姉が本当に真性の変態ショタコン性悪女だとしても、どんな男の子でも選び放題のはずで、少なくとも僕を選ぶ理由なんて何もないはずだった。


 なので、それらから導き出した僕の結論は、


「この魔女は僕をからかって楽しんでいるだけだから、まともに相手にするだけ無駄」だった。


「それに、わたしの笑顔は、来世のためだけにあるんだから」


 神姉は天使の笑みを浮かべた。本当に、コロコロ表情が変わる。まるで気紛れな猫だ。


「そんなこと言ってるから、あんな事件起こしちゃったんだろ」

「あれは、わたしも反省してるわ」

「反省?」


 珍しいな。


「ええ、いつ誰が襲ってくるかわからなかったんだから、それこそ護身用にナイフの1本も所持しておくべきだったのよ。そうすれば正当防衛で、あの連中を殺れたのに。本当に失敗したわ」


 いや、反省点はそこじゃないと思うんだけど。


「なに、バカなこと言ってんだよ。そんなことしたら正当防衛どころか、殺人罪で逮捕されちゃうだけだよ」

「そうかしら?」

「そうだよ」

「じゃあ、そうね、ペンならどう?」

「ペン?」

「そう、ペン。ほら、ワンタッチでボ-ルペンとシャ-ペンを切り替えられる、ステンレス製のやつがあるでしょ。あれならナイフと違って常時携帯していても不自然じゃないし、いざってときは十分致命傷を与えることもできる。ステンレス製だから、少しくらい乱暴に扱っても折れたりしないし、普段はペン先を引っ込めておけば、自分を傷つける心配もない。まさに理想的な携帯武器なのよ」


 真面目に聞いた僕がバカだった。


「は-あ、このことに、どうしてもっと早く気づかなかったのかしら。そうしたら、あのときも「とっさに、つい使ってしまった」とでも言えば、正当防衛で逃げ切れたのに」

「また、バカなことばっかり言って」


 本気で言ってるから余計にタチが悪い。


「何がバカよ? わたしの、どこがバカだって言うの?」


 魔女は小首を傾げた。


「……どうして、戦う前に仲良くすること考えないかな、神姉は」

「失礼ね。それじゃ、まるでわたしが手当り次第に他人を傷つける、超攻撃的な危険人物みたいじゃない」


 その通りじゃないか。


「わたしは平和主義者よ。誰とも争いなんて望んではいないわ」


 はい、嘘。


「けれど、なぜかケンカを吹っかけてくる人間が後を絶たないから、わたしは仕方なく応戦しているだけなのよ。ほんと、嫌になるわ。わたしは彼女たちのことなんて、心底まったく本当に、なんとも思ってないっていうのに」

「それ。それが問題なんだよ」

「それって?」

「だから、道端の石コロ扱いされて、面白い人間なんているわけないって話だよ」

「そんなことまで知ったことじゃないわよ。わたしが彼女たちに、何か直接危害を加えたならともかく、わたしが彼女たちをどう思おうが、わたしの勝手でしょ」

「上辺だけでも、適当に相手してあげればいいのに」

「どうして、そんなことしなきゃならないの? 来世だって、そこらに立っている電信柱に挨拶したり、道端に転がっている犬のフンに笑いかけたりしないでしょ? そんな真似したら、それこそただの変態だわ。それと同じことよ」


 犬のフンて……。


「そんな考えだから、敵ばっか作るんだよ、神姉は。せめて僕が同い年なら、フォローしてあげれたんだけど」


 言っても仕方ないことだけど。


「嬉しい。来世が、そんなにわたしと一緒にいたかったなんて」


 誰も言ってないからね、そんなこと。


「でも安心して、来世。この先は、もう何があっても、わたしは絶対あなたの側から離れたりしないから。これからは、ずっとどこまでもあなたと一緒よ」


 それ、完全にスト-カ-だよね。今さらツッコまないけど。


「オホン」


 そこで、わざとらしい咳が聞こえてきた。見ると、廊下に祝兄が立っていた。


 祝兄は、神姉とは2歳違いの弟だ。


 容姿や才能は姉に負けず劣らずのハイスペックだけど、姉と違い性格も温厚で善良。

 ただインドア派なので体の線が細く、運動面では姉に劣ることだけが欠点という、日の打ち所のない完璧人間なのだった。


「2人とも、朝からイチャつくのも程々にしとかないと、本当に遅刻しちゃうよ」


 祝兄は、冷ややかに言った。そうだった。魔女のペ-スにハマッて、すっかり忘れてた。


 僕は急いで部屋を飛び出すと、祝兄の用意してくれた朝食を平らげた。

 ちなみに、僕たちがひとつ屋根の下で朝食を食べているのは、3人で決めた約束事だ。

 お互いの親が朝いないのが当たり前のため、神姉の提案で、1年前から3人一緒に食べることにしたのだ。おかげで、僕は1人寂しく朝食を食べることも、寝坊で学校を遅刻する心配もなくなった。まあ、別の意味で危険は増えてしまったわけだけど。


 ともあれ、これが久世家の日常であり、僕にとって神楽と祝詞は、たとえ血はつながっていなくても、かけがえのない家族だった。





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