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第184話

 放課後になった。


 教室では、白河が1人で清掃中だ。


 元々、白河は掃除当番ではなかったのだが、今日は「なぜか」クラスの人間が次々と早退してしまったため、白河にお鉢が回ってきてしまったのだ。というか、押し付けられたと言うほうが正しい。


 そして、それを担任も黙認した。


 一応、白河の他にも掃除当番はいるが、そいつらは何もせず、高みの見物を決め込んでいる。いや、それどころか、


「おい、グズ。ここがまだ汚れてるぞ」


 イボガエルは床にガムを吐き捨てた。


「ここにもゴミが落ちてるぞ」


 ロバは丸めたノートの切れ端を投げ捨てた。ちなみに、破ったノートは白河のものだ。


「早くやれよ。オレたちが帰れないだろ」


 ダックスフンドが机の上で短い足をバタつかせた。


 さて、そろそろ開廷するか。有罪にできるだけの証拠は、もう十分すぎるほど揃ったことだし。


「ほんとにグズだな、こいつ。こりゃ、罰が必要だな」


 イボガエルがハサミを取り出した。どうやら、こいつはカエルではなくカニだったらしい。さしずめ、セコガニってとこか。


「どうするんだ?」


 ロバが聞いた。


「髪を切るんだよ」


 なに?


「そりゃいい」


 ダックスフントが、机から降りた。


「じゃあ、オレたちが押さえといてやるよ」


 ロバはダックスフンドとともに、白河を強引に取り押さえた。


 こいつら、どこまでも調子に乗りやがって。しかし、4人いっぺんに魂を抜き取ったら、さすがに不審に思われるだろうし、どうしたもんか。


 ここを切り抜ける方法はあるにはあるが、あれは本当に最終手段だし。何より、気が進まん。


 とはいえ、他に方法が……。


 くそ、仕方ない。気は進まんが、やってやる。


 俺は床から白河の体に入り込んだ。

 直後、俺の視界が白河のそれと同化する。手足も動く。これなら、やれそうだ。


 では、開廷する。


 起訴内容、傷害。

 罪状認否、現行犯により不要。

 判決、被告人を極刑に処す!


「へへ、丸坊主にしてやる」


 セコガニがハサミをカチカチ動かした。


 俺は左右に視線を走らせた。すでに白河の体は、ロバとダックスフンドに掴まれている。

 とはいえ、相手が女と油断しているのだろう。ホウキを取り上げ、肩を押さえ付けているだけだ。

 これなら十分脱出できる。


 俺は、まずダックスフンドの短い足を踏み付けた。


「ぎゃ!」


 思わぬ反撃に、ダックスフンドの手が緩んだ。俺は、すかさずその手を払うと、振り返りざまロバの股間に膝蹴りを食らわせた。


「おぶ……」


 ロバは股間を押さえてうずくまった。


「な?」


 動揺するセコガニを横目に、俺は素早く床のホウキを拾い上げた。


 死ね!


 俺はホウキで、ダックスフンドの鼻面を殴り飛ばした。


「ぎゃ!」


 仰向けに倒れたダックスフンドの股間に、さらにホウキの柄先で追撃をかける。


「あう……」


 悶絶するダックスフンドの頭に、俺はとどめのホウキを振り下ろした。


「こいつ!」


 セコガニがハサミで襲いかかってきた。

 俺はセコガニに椅子を投げ付けた。


「うわ!」


 泡を吹いたセコガニの顔面を、俺はホウキで張り倒した。


「お、おまえ、こんなことして、た、ただで済むと思ってんのか?」


 ロバが震えながらイキがった。


 うるせえよ。


 俺が椅子を投げ付けようとすると、ロバは一目散で逃げ出した。


 あいつは後だ。とにかく今は、このセコガニの調理が先だ。


 俺は、セコガニの右腕に包丁を落とした。やっぱカニを食うなら鍋だろ。そのためにも、まずは下ごしらえだ。


「いぎ! やめ、ぐあ! ひいい!」


 セコガニは小さく丸まった。


 あらま、カニがヤドカリになっちまった。これじゃ、煮ても焼いても食えそうにない。


「やめなさい!」


 突然、制止の声が飛んできた。誰かと思えば、担任のクラゲだ。

 本名は倉部だが、ただ教室に漂ってるだけなので、生徒の間ではクラゲと呼ばれているのだ。そして、そのクラゲの後ろにはロバがいる。おそらく、ロバがクラゲに告げ口したのだろう。

 自分たちのしたことを、棚に上げて。


 俺はクラゲを無視して、セコガニの調理を続けた。


「やめろと言っているのが聞こえんのか!」


 クラゲは毒針をちらつかせた。


「やかましいわ! 引っ込んでろ、ボケ! てめえも一緒に料理されたいか!」


 食材の分際で、料理人に指図するな。てめえがクラスの連中とグルだってことは、とっくの昔にわかってんだ。中立者面して、しゃしゃり出てくんじゃねえ、クソカスが。


「ど、どうしたんだ、白河? そ、そんな大声を出して? お、おまえらしくないぞ」


 クラゲは一転して、猫なで声で話しかけてきた。

 強者が相手だと、すぐ弱腰になる。調子こきの典型だ。


 俺は、かまわずセコガニの調理を続けた。


「な、なあ、お、落ち着いて、よく話し合おうじゃないか。な、何があったか、先生に話してくれないか?」


 クラゲの腰は完全に引けている。もし他の生徒が見てなければ、とっくの昔に逃げ出しているに違いなかった。


 俺はホウキを手放した。だが、別にクラゲの説得を聞き入れたわけじゃない。セコガニの調理が完成したからだ。


「わかってくれたか」


 クラゲは目を潤ませた。


 どこまでも、おめでたい奴だ。

 いや、ちょっと待て。おもしろい。今までは白河が黙っているから、このクラゲも見て見ぬフリができたんだろう。だったら、ここで俺が本当のことをブチまけたら、どういう反応示すか試してやろう。


「何があったんだ、白河?」


 クラゲの口調が、再び横柄になった。おいしいときだけ、熱血教師を気取るつもりでいるらしい。


「こいつらが、お、わたし1人に掃除を押し付けたうえ、髪の毛を切ろうとしたんです」


 俺はセコガニの頭を踏み付けた。


「それだけじゃありません。わたしの教科書に落書きしたり、足を引っかけたりしてきたんです」


 俺はクラゲの後ろにいるロバを指さした。


「そ、そうか、それは酷いな。せ、先生からも、後でよく注意しておこう」


 クラゲは、ぬけぬけとほざいた。


 こいつの教科書に落書きしてあるのは、てめえも知ってるはずなんだけどなあ。


「で、でもだぞ。だからと言って、こんなことをしていい理由にはならないぞ? に、人間、話し合えばわかり合えるんだ。自分の考えを通すために、暴力に訴えるなんて、人間として最低の恥ずべき行為だ。わかるな?」


 おいおいおいおいおい。


 だめだ、こりゃ。

 話にならん。わかっちゃいたが、事なかれ主義も極まれりだ。


 今の教師は、素手で猛獣の檻のなかに放り込まれているようなもんだ。鞭もなく調教を行うには、餌付けするしか手がないのはわかる。こういうイジメ問題でも、教師の両手両足縛っておいて、なんとかしろって方が酷だってことも。


 だがな、そういう事情を差し引いても、てめえは腕が悪すぎるんだよ。


「ええ、だから、わたしがイジメられてることを、見て見ぬふりするクラゲ先生が、どうしょうもないクソ野郎だってことも、十分わかってるんですよお」


 俺が笑顔で皮肉ると、クラゲの顔から愛想笑いが消えた。


「なんの足しにもならないくせに、こういうときだけしゃしゃり出て来て、安い説教かまして教師気分を満喫されてるんですよねえ? 普段クラスに浮いてるだけの薄っぺらいクラゲの分際でも、わたしにだったら教師面して、権威を振りかざせると勘違いしちゃいましたかあ、ペラペラ野郎?」


 クラゲの顔が真っ赤になった。どうやら、突然海に赤潮が発生したらしい。


「ど、どうやら、おまえとは、ご家族の方を呼んで、よーく話し合う必要がありそうだな」


 自分の手に負えなきゃ、保護者任せか。そう言えば、今までは黙って泣き寝入りしてきたのか? 


 だがな、もうその手は通用しねえんだよ。


「呼びたきゃ呼べ」


 もういい。こういう手合いは、相手にするだけ時間の無駄だ。だったら、後は俺の流儀でやるまでだ。


「白河、説明は後でするから、とりあえず今はおとなしくしててくれ」


 俺はそう釘を刺すと、白河の体から抜け出した。すると、白河は立ち尽くしたまま、動く気配を見せなかった。

 俺の言葉を聞き入れたのか、状況に頭が追い付いていないのか。どちらにせよ、とりあえず1番の問題はクリアした。後は、海辺を荒らすクラゲを駆除するだけだ。


 俺は、海に浮かぶ毒クラゲを掴み上げた。


『ハロー、クラゲ先生』


 浮足立つクラゲに、俺は爽やかに笑いかけた。






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― 新着の感想 ―
[一言] ゲートキーパーズとピースメーカーを間違えているところが多数あります
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