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第182話

 翌日、朝食を取った白羽は、清川中学へと向かった。


 清川中学は俺たちの母校であり、白羽の教育実習先でもあった。

 俺も知らなかったのだが、基本教育実習生は実習先を自分で探さなければならないのだそうだ。

 そのため、ほとんどの教育実習生は、自分の母校を選ぶらしかった。自分の母校であれば頼みやすいし、学校側としても断りにくいためだ。

 そもそも義務でもない教育実習生を受け入れたところで、学校側にはなんのメリットもないのだから、当然の流れだ。

 そして白羽も例に漏れず、自分の母校を頼ったというわけだ。

 ちなみに、本来教育実習は行事のない5、6月に行うのが一般的なのだが、今年は世界的な感染流行があったため、9月に先送りされてしまったのだった。


 期間は3週間。これも平均的な日数だ。ちなみに教科が英語なのは、俺が薦めたからだ。

 他の教科であれば、クビになったら潰しがきかないが、英語であれば英会話の講師や通訳という道も残されていると。だから、その意味でも俺は白羽の人生に責任があるのだった。


 そして清川中学についた白羽は、担当教師と打ち合わせを行なった。

 担当教師は倉部という40代半ばの英語教師だったが、見るからにやる気のなさそうな中年オヤジだった。

 白羽のことも、押しつけられたから仕方なく面倒を見ているのが、傍からも露骨に見て取れた。


 ともあれ、打ち合わせを終えた白羽たちは、担当する倉部のクラスへと向かった。

 倉部の担当クラスは1年2組で、白羽は自己紹介など、生徒とのファーストコンタクトを無難にこなした。までは、よかったのだが……。


 問題が起きたのは、白羽の実習生活3日目のことだった。


 担当教師の授業を見学していた白羽は、1人の女子生徒の教科書に落書きがされているのを見つけてしまったのだ。それも、明らかに悪意の込められたものを。

 そして、白羽はそのことを授業が終わった後に、担当教師に報告した。


 イジメの可能性があるから、本人を呼んで確認するべきだと。


 しかし担当教師から返ってきたのは、案の定煮え切らない答えだった。


 生徒が教科書に落書きするのは、よくあること。本人が訴えてきているわけでもない状況で、教師が口を出すべきじゃない。


 それが担当教師の見解だった。


 それでも白羽が食い下がろうとすると、


「君は、ただの教育実習生なんだから、教育実習生としての仕事さえしていればいいんだ。単位が欲しいんだろう? だったら、どうすべきかはわかるだろう。君も、もう大人なんだから」


 そう半ば脅しをかけて、話を打ち切ってしまったのだった。


 この担当教師の対応は、確かにムカつくものがあった。しかし、ここで問題を起こしたくないのは俺も同じだった。

 なにしろ、ここで騒ぎを起こしたら、白羽の名は学校関係者のブラックリストに載ってしまいかねないからだ。

 もし、そんなことになったら仮に教員免許を取れたとしても、どこの学校でも雇ってもらえなくなる可能性がある。

 そんなリスクを冒してまで、白羽が赤の他人のために動く義理も責任もない。


 白羽には、ぜひこのまま見て見ぬふりをしてほしい。


 俺は、そう思っていたのだが、


「このまま黙っているわけにはいかないわ」


 家に帰り着くと、案の定、白羽は開口一番そう言った。


「と言ってもな。実際問題、できることはないだろ」


 俺は白羽を諫めた。


「本人に訊いても、たぶん話さないだろうし、話したら話したで、チクったと思われて、さらにイジメが酷くなるだけだろうからな」


 そもそも、そんな気があるなら、とっくの昔に話しているはずだ。もっとも、あの担任の場合、話してもスルーしてそうだけど。


「でも、だからって、このまま黙ってるわけにはいかないわ」


 白羽は繰り返した。まったく、言い出したら聞かねえからな、こいつは。


「そもそも、本当にイジメだったとして、どうするってんだ? そいつらを呼び出して注意でもするのか? もうやっちゃいけませんよ、め! て感じで? それでやめるような奴らなら、最初からしちゃいねえと思うがな」


 そういう手合いを、ナメちゃいかんぜよ。


「それこそ、そんな真似したら余計悪化するのが関の山だ。しかも、おまえはあの担当の言う通り、後2週間足らずでいなくなる身なんだ。半端なお節介を焼いたあげく、それが原因で自殺でもされたら、後悔してもしたりないことになるぞ」


 俺がそう忠告すると、白羽の顔が憂いを帯びた。


 ヤバい。言い過ぎたか。


 俺がそう思ったとき、


「あ、そうだ。だったら、あれをすればいいのよ」


 白羽の表情が晴れた。ヤバい。これは、何かロクでもないこと考えついたときの顔だ。


 俺はそう直感した。そして、その直感は正しかった。


「ほら、翔君が前に話してくれたことがあったでしょ。これが、1番現実的な学校問題の解決方法だって」

「学園裁判所のことか?」

「そう、それよ。その学園裁判所を、あの学校に導入するのよ。そうすれば、きっとあの子のイジメをやめさせられるはずだわ」


 また、バカがバカなことを言い出した。


「できるわけねえだろうが、そんなこと」


 まったく、バカも休み休み言え。


「どうして? あれが導入されれば」


 だーかーらー。


「さっきから言ってるだろうが。1教育実習生のおまえが何を言おうと、学校が動くわけがないって」

「でも、このままじゃ」


 白羽の顔が、また曇った。ああ、もう仕方ない。


「わかった。あいつのことは俺がなんとかする。だから、そんな顔するな」

「翔君が?」


 なんだ、その疑いの眼差しは。


「要するに、あいつをイジメてる奴らに、イジメをやめさせりゃあいいんだろ」

「それはそうだけど、あのときみたいな暴力はダメよ」


 いちいち、うるさい奴だ。


「わかっている。暴力沙汰を起こしたら、おまえの評価に影響が出かねないからな」


 それじゃ本末転倒になっちまう。


「そういうことじゃなくて」

「とにかく、あいつのことは俺に任せて、おまえは教育実習に集中しろ」

「わかったわ」

「それじゃ、今日はもう休め。明日も早いんだからな」


 俺はそう言うと、白羽の部屋を後にした。


 あー、また面倒なことを引き受けてしまった。


 白羽が無茶振りして、それを俺がなんだかんだ言いながら解決する。昔っから、このパターンだ。


 ほんと、困った奴だ。






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