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第181話

「さあ、説明して、翔君」


 自宅に帰宅したとたん、白羽が説明を求めてきた。


 もうじき1時になろうとしているのに、白羽は元気一杯だ。それどころか、必要以上に険しい顔付きで、無駄にシリアス度を増している。とっくに睡魔が襲いかかってきているだろうに、その目は毅然と俺を見据えたまま閉じる気配がない。


 だから、なんでそんなに緊迫感漂わせてるんだよ? いつもみたいに、フワーとしてろよ、フワーと。


「だからだなあ」


 俺は頭をかいた。どうせ言っても信じないだろうに。でも、説明するまでテコでも動きそうにないし、仕方ないか。こいつが信じようが信じまいが、俺にとってはどっちでもいい話だし。


「昨日ネット見てたら、突然「世界救済計画」て画面が出てな。で、面白半分に読んでみたら、今この世界に、かつてない脅威が迫ってるそうなんだよ」

「かつてない脅威?」

「ああ、それを書いた「クリエイター」とかいう奴の話だと、今でこそ魔物はフィクションになってるが、大昔には実在してたんだそうだ。ほら、日本でも平安京や平城京の時代に、鬼だの妖怪だのがいたって記述が残ってるだろ。けど、そいつの話だと1000年ぐらい前、この世界に強力な結界を張られて、世界中の魔物は闇に封印されたんだとよ。で、そのおかげで人類は魔物の脅威から解放され、現在の繁栄を手に入れることができたんだそうだ」


 御伽噺なら、ここでハッピーエンドなんだが、そうならないのが現実の厳しさだ。


「だが、その結界にそろそろガタがきてるらしいんだよ。長年に渡り垂れ流された、人間の闇に蝕まれてな。あんな寄生虫どもが湧き出したのも、それが原因てわけだ。結界が弱まったことで、チンケな魔物は、その結界を通り抜けられるようになったんだよ。網で例えれば、最初はどんな魚も逃げられないぐらい物凄く目が細かかった網が、時間の経過にともなって目が広がって、今にも千切れようとしてるって感じだな。だから、まだクジラやサメみたいな巨大な魚は網から出られないが、小魚は出入りできるってわけだ」

「その、結界の崩壊を止めることはできないの?」

「無理だな。結界を維持するためには、これ以上の闇の拡大を阻止しなきゃならんが、そのためには人類が負の感情を捨て去る必要がある。そんなことが可能だと思うか?」


 できるわけがない。


「結界を張り直せればいいんだろうが、その方法自体がわからんらしい。それに、仮に結界を再設置できたとしても、10年もたずに消滅しちまうらしい。なにしろ、人口が昔とは比べ物にならんぐらい増えてるからな。その分、人類の負のエネルギーも増大してるってわけだ」


 まあ、当然だ。日本だけでも、自殺者は毎年数万人。それに加えてニートや引きこもり、リストラや生活保護の数を加えれば、それこそ何十万て数になる。仮に、そいつらをなんとかできても、世界には戦争や経済による欲望や憎悪が渦巻いている。そして人間が生きている限り、その手の感情は決してなくなりはしないのだ。


「じゃあ、どうすれば……」

「それを、そいつも最後に聞いてきたよ。この状況を、あなたならどう解決するか? てな」

「それで、翔君はなんて答えたの?」

「何もしない」

「え?」

「だから、何もしないって答えたんだよ。考えてもみろ。仮に、そいつの言うことが正しいとしたら、今その状況に陥ってるのは、言わば全人類が千年の間にしでかして来た悪行のツケなんだ。それを、なんで1個人の俺がなんとかしなきゃならねえんだ?」


 そんな義理が、どこにある?


「それに実際問題、化物が復活したほうが、地球にとってはプラスだしな」

「どういうこと?」

「どうも何も、そのまんまの意味だよ。原発1つとっても、そうだろ。魔物が復活すれば廃棄せざるを得なくなる。なにしろ原発を稼働してるということは、核爆弾を野ざらしにしてるようなもんだからな。いつ魔物に襲われるかわからん状況下で、稼働し続けるのはリスクが高すぎる。それに、人類にとって共通の敵が現れれば、人類間で争っている場合でもなくなるから、国家間の戦争も減る可能性が高い」


 いいこと尽くめだ。


「問題は、もし化物が復活して、それが即人類の滅亡に直結してしまう場合だが、実際のところ、そうはならんだろうしな」


 でなければ、大昔に魔物が封印される前に、人類は絶滅しているはずだ。封印される前は、それこそ好き勝手に暴れてたんだろうから。


「だから、俺はそう書いたんだよ。で、その状況で、もし俺がやるべきこと、やりたいことがあるとしたら、それは「人類が滅びず、だが魔物の脅威も去らないよう、人類と魔物の力のバランスを維持すること」だってな」


 今思うと、我ならが、よくあんなアホな質問に、まじめに答えたもんだ。白羽と音信不通になって、暇だったからできたことだな。


「で、そうしたら、すぐに向こうから「おめでとうございます。あなたは「救済者」に選ばれました」て返信があってな。なんのこっちゃ? と思ってたら、また画面が切り替わって「つきましては、あなたがあなたの考える世界の救済を実行するために、わたくしどもも、ささやかながらご助力させていただきます。どうぞ下記のなかから、ご自分の考える救済計画を行うために最適と考えるキャラとスキルをお選びください」て、表示されたんだよ。で、そのキャラのなかには定番の戦士や魔術師だけじゃなく、吸血鬼や狼男みたいなモンスター系もあって、俺はそのなかから「シェイド」と「物質を影化する力」を選んだってわけだ」


 正確には少し違うんだが、まあいい。本当のことを言うと、面倒臭いことになりそうだし。


「それ以外にも、定番の地水火風の力や超能力系とか色々あったが、この能力が1番気に入ったんでな」


 シェイドになったら不老不死だし。まあ「吸血鬼」+「光耐性」の組み合わせも面白そうだったが、他人に寄生しないと生きられないのは、俺の主義に反するから止めたのだ。


「で、最後にリアライズってのをやって、俺は「分離」のクオリティを手に入れた後、シェイドになったことを、一応おまえに伝えておこうと思って、おまえん家に行った。そうしたら、ちょうどおまえが出てくるところで、後はおまえも知ってのとおりってわけだ」

「……そのこと、おばさんたちは知ってるの?」

「一応メールは送っといたぞ。俺はこの度、人間をやめることにしたのであしからず、てな。その後返信もなかったし、了承したってことだろ」

「……それは、冗談だと思っただけだと思うわ。20歳過ぎた、いい大人が、影人間になっちゃうなんて誰も思わないもの」

「いい大人が、とか言うな」


 まるで俺が、とんでもなくバカなことしたみたいだろうが。


 今、なんでこんなに世間で転生モノが流行ってると思ってるんだ。誰もが今の人生に不満を持っていて、今とは違う別の自分になりたいと思ってるからだろうが。その変身願望を、俺は現実化したんだ。羨望の眼差しを向けられこそすれ、非難の眼差しを向けられる理由などない。


「それに、この2年間で、俺が育つまでにかかっただろう1000万円は、株で稼いで返済したしな。たとえ親であろうと、もはや俺に指図することなどできんのだ」

「その、影人間から生身の人間に戻る方法はないの?」

「……再選択は不可だそうだ」

「じゃあ、本当に……」


 白羽の表情が沈んだ。だーかーらー、


「その「やっちゃったよ、こいつ」って空気、やめい!」


 ムカムカするんだよ、その無駄な悲壮感。なんか、俺がとんでもなくバカなことしたみたいだろうが。


「言っとくがな、俺はシェイドになったことを、これっぽっちも後悔しちゃいないんだ。なにしろシェイドは不老不死のうえ病気にもならず、食事の必要もなく、好きなことだけして暮らしていくことができるんだからな」

「それって、ただのニート」

「違うわ!」


 くそ! こういうこと言われると思ったから、こいつに話すのは嫌だったんだ。


 俺から独り立ちした今なら、俺が何しようとスルーすると思って、軽い気持ちで挨拶に寄っただけだったのに。まさか俺と音信不通になった理由が、寄生虫に取り憑かれたからだったとは……。


「……それで、翔君は、これからどうするつもりなの?」

「そうだな。最初の予定では、とりあえず地球中を見て回るつもりだったんだが、とりあえずは様子見だ。おまえに取り憑いてた寄生虫どもが仕返しに来ないとも限らんし、あんな連中がのさばってるってことは、この世界の破局は俺の予想よりずっと早いのかもしれんからな」


 俺の1言に、また白羽の表情が曇った。しまった。また余計なことを。


「し、心配するな。この先何があろうと、おまえとおまえの大事な人間は俺が守ってやるから」

「他の人たちは?」

「知らん」


 俺の手は、そこまで広くない。


「それに、そう心配する必要もないかもしれんしな」

「どういうこと?」

「考えてもみろ。俺みたいな奴のところにも「クリエイター」とかいう奴からの接触があったんだぞ。て、ことは、それこそ世界の主要人物とかは、とっくにその状況を認識してると考えるのが普通だろうが」

「確かに、そうね」

「でなくとも、あれだけ大掛かりなことをする奴が、俺にだけ声をかけたとは思えんしな。俺がなんとかしなくても、俺と同じように「救済者」とやらに選ばれた奴が、きっとなんとかするだろうよ」


 たぶん。


「そうか。そうよね」

「ああ、そうだ」

「そうよ。翔君が、その「世界救済計画」っていうサイトで影人間になったのなら、同じように、わたしもそのサイトで、翔君を人間に戻す力を手に入れればいいんだわ」


 白羽は目を輝かせた。おい。


「待てい」


 おいおいおいおい、おーい。


「そうと決まれば、善は急げだわ」


 白羽はパソコンを起動させた。だから、待てと言ってるだろ。


「確か「世界救済計画」だったわよね」


 白羽は「世界救済計画」で検索をかけた。しかし、


「あれ? 変ね、出ないわ」


 画面に俺が見たサイトが出ることはなかった。


「じゃあ、今度は「救済者」で」


 白羽は再び検索した。しかし、結果は同じだった。


「どういうことなの?」

「さあな。俺のときにも、いきなり画面に現れただけだからな。もしかしたら、もう人員が定数に達したのかもしれんし、向こうからコンタクトしてきた場合しか、力は手に入らんのかもしれんな」


 下手に噂になって、何十万、下手すりゃ何億って数の人間が押し寄せてきたら、向こうも対処しきれないだろうし。

 それでなくとも、こんなことを世界中に人間が知ったら、パニック必至だ。


「じゃあ、やっぱり翔君は、ずっとこのまま……」


「だから、できるできない以前に、戻る気はないと言ってるだろうが!」


 ひとの話を聞け、おまえは。


「……そう、わかったわ。つまり、今わたしのすべきことは、さっさと休むことなのね」

「そういうことだ」


 やっと、わかったか。


「何しろ、明日からは翔君を人間に戻す力を持った「救済者」を捜して、走り回らなきゃならないんだから」

「は?」


 ちょっと待て。何をどうすれば、そういう結論になるんだ?


「なに言ってるんだ、おまえ?」


「何って、だって、そうでしょ。翔君が言ったように、その「世界救済計画」っていうのに参加して、力を得た人が他にもいるとしたら、もしかしたら、そのなかには影人間を元の人間に戻せる力を持った人もいるかもしれないじゃない」


 まあ、ないとは言い切れないな。


「だったら、その人を探し出せれば、羽続君を人間に戻すことだってできるってことでしょ」


 だーかーらー、


「俺は、人に戻る気はないと言ってるだろうが!」

「そうと決まれば、さっそく明日から行動開始ね」

「だから、ひとの話を聞け、おまえは」


 元に戻ったとたん、これだ。


「てか、それ以前に、おまえは今週から教育実習だろうが」


 それもあって、俺はシェイドになったんだ。

 おまえみたいな奴が、学級崩壊起してるようなクラスに配属されたら、どんな目に遭わされるかわかったもんじゃねえからな。もし、おまえが優しいのをいいことに調子に乗るガキがいたら、影からヤキを入れてやろうと思って。


「あ……」


 白羽は口に右手を当てた。


 さては忘れてたな、おまえ? まあ、このところ色々あったから、仕方ないが。  

 昔からの夢なんだろうが、教師になることが。


「とにかく、もう夜は遅いし、今日はもう休め。続きは夜が明けてからだ」

「そうね。でも、翔君はどうするの?」

「俺は別に睡眠はいらんから、とりあえず外で見張ってる。さっきの寄生虫どもが、いつ仕返しに来るかわからんからな」


 あそこで始末しておけば、後腐れなかったんだが仕方ない。


「だったら、何も外に出なくても、ここにいれば」

「バ、バカ言うな。人間じゃなくなったとはいえ、男と女が同じ部屋で一夜を過ごすなんて、できるわけないだろうが」


 万が一にも俺が変な気起こしたら、どうする気なんだ、こいつは。


「わたしは気にしないけど」

「俺が気にするんだよ」


 まったく、どこまでも能天気な奴だ。


「とにかく、おまえはもう休め」

「わかったわ。おやすみなさい、翔君」

「ああ、おやすみ、白羽」


 俺は壁から外に出た。


 やれやれ、どうにもおかしな展開になったもんだ。が、まあいい。


 どうせ、時間は無限にあるんだ。いい暇潰しができたと思えばいい。


 そう、俺はいつでも前向きなのだ。





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