第18話
武闘大会は王の開会宣言の後、さっそく1回戦が始まった。
今回の総出場者数は352名。順当に行けば、決勝まで8回闘う計算となる。そのため大会のスケジュ-ルでは、今日と明日で準々決勝まで進め、3日後に準決勝と決勝戦という日程となっていた。
幸い「ロ-ド・リベリオン」の面々は1回戦で鉢合わせすることなく、先陣は永遠長が切ることになった。そして、その対戦相手は先程尾瀬に紹介された赤木寿也だった。
「いやあ、まさか、こんなに早くジャイアントキリングの機会が巡ってくるとは。マジラッキーっスわ」
赤木の拳が嬉しさに震える。そして審判の試合開始のアイズとともに、
「ドラゴンモード!」
赤木は切り札を発動させた。相手は「最古の11人」の1人にして、最強最悪の呼び声高い、背徳のボッチート。出し惜しみなく、全力でぶつかるのみだった。
「はあああ!」
赤木の意志に呼応して肌が赤く染まり、頭と四肢がドラゴンのそれへと変化していく。
赤木のジョブは、闘士(ファイタ-)の上級職であるドラゴンファイターであり、竜人化することで身体能力を飛躍的に向上させることができるのだった。
「それじゃ、行くっスよ!」
真紅の竜人と化した赤木は、永遠長へと殴りかかった。
猛然と攻めかかる赤木を前に、遠長は防戦一方だった。
「どうしたんスか、背徳さん! あんたの力はそんなもんスか!」
赤木は口から炎を吐き出した。
「ドラゴンファイターか」
永遠長は大きく飛びのくと、
「なら、1つ試してみるとしよう」
右手を握りしめた。
「上等っス。どんな攻撃だろうと、このドラゴンの力で叩き潰してや4うっスよ」
「こんな感じか」
永遠長は右手に意識を集中させた。すると、彼の右手が淡い光を放った。
「な?」
赤木は一瞬自分の目を疑った。しかし、いくら否定しようと永遠長が放つ光が闘気であることを、ファイターである赤木自身が誰よりも理解していた。
だが、それでも信じられなかった。闘気術はファイタ-の専売特許。それをカオスロ-ドの永遠長が使えることなど、ありえないことなのだった。
「落ち着け、赤木! どうせハッタリだ!」
動揺する新藤に、宝生の激が飛んできた。
「宝生の言う通りだ。それに、たとえ本物だとしても、ファイタ-の君に勝てるわけがない!」
小山内たちの声援を受け、
「確かに、その通りっスね」
赤木は深呼吸すると、
「よし!」
右手を握り締めた。もし本当に永遠長が闘気弾を撃てるとしても、竜人化している自分が負けるはずがない。
「見せてやる! 本物のドラゴンファイタ-の力ってやつを!」
赤木は右拳に全身の闘気を集中させた。竜人化したうえでの闘気の放出。これはカオスロ-ドの永遠長には、決して真似できない技のはずだった。
「食らえ! ドラゴンブラスタ-!」
先手必勝。赤木は右手から闘気弾を撃ち放った。それに対して、
「こんな感じか」
永遠長は右手から放出した闘気の盾で、赤木の闘気弾を防いだのだった。
「な?」
あぜんとする赤木をよそに、
「なるほど」
永遠長は1人満足していた。そして、
「なら、次は」
今度は闘気で巨大な右手を作り上げると、
「こんな感じか?」
赤木に殴りかかった。
「う、うわああああ!」
赤木は飛び上がり、その一撃をかわした。と、思った直後、
「が!」
赤木の体を衝撃波が襲った。
永遠長は赤木が攻撃をかわすことをことを見越して、あらかじめ次の一手を用意していたのだった。闘気術と並ぶ、ファイタ-のジョブスキルである「波動」を。
「勝者、トワナガ!」
赤木が気絶しているのを確認し、審判が永遠長の勝利を宣言する。
「赤木!」
仲間たちが赤木の身を案じて駆け寄るなか、永遠長は淡々と闘技広場を後にする。
「明理様、今のは……」
轟は鼻白んだ顔を尾瀬に向け、
「ええ。間違いなく赤木さんの力ですわね」
尾瀬は赤木に「治癒」を施しながら答えた。
「おそらく、他人の力を我が物として使える、なんらかの手段を手に入れたのでしょう」
「しかし、そんな情報は」
轟の元には入っていなかった。
「驚くには値しませんわ。なにしろ、あの男は「背徳のボッチート」なのですから」
自分と同じ「最古の11人」の1人である以上、むしろこれぐらいしてもらわねば困るというものだった。そして東側の入場口でも、
「相っ変わらず、デタラメチ-トね、あんたは」
待ち構えていた秋代が永遠長の非常識ぶりを皮肉っていた。
「だから、俺はチ-トじゃないと言っている」
「はいはい。どうせ、できるからやった。それだけの話だって言うんでしょ」
秋代は肩をすくめた。その直後、
「お久しぶりです、永遠長さん」
1組の男女が、永遠長に近づいてきた。2人とも永遠長と同年齢で、どちらも戦士風の出で立ちをしていた。
「ト-ナメント表にトワナガって名前があったから、もしかしたらと思ったんですけど、やっぱり永遠長さんだったんですね」
少年は嬉しそうに微笑んだ。
「お久しぶりです。永遠長さん。その節は、お世話になりました」
少女は深々と頭を下げた。
「ほら、リッ君も」
少女に促され、
「そ、そうだった。あのときは本当にありがとうございました」
少年もあわてて頭を下げた。
「あの後、ずっとお礼が言えなくて、今度会えたら絶対お礼を言おうと、2人で話してたんです」
「なんの話だ? 俺には、おまえたちに礼を言われるような真似をした覚えはない」
永遠長は、ぶっきらぼうに言い捨てた。
「あの、話が全然見えないんだけど? あたしたちにも、わかるように話してくれない」
秋代が遠い目で言い、木葉もウンウンとうなずいた。
「あ、すいません、つい。あ、自己紹介が遅れました。ボクは土門陸といいます。そして、こちらが」
「禿水穂です」
土門と禿は、ペコリと頭を下げた。
「あたしは秋代春夏。で、こっちは木葉正宗。で、彼女が小鳥遊広海さん。永遠長とは、同じギルドでパ-ティ-を組んでるわ。てか永遠長、あんたボッチ-トって呼ばれてるって言ってたわりに、けっこう同年代に知り合いいるんじゃない。あたしはまた、異世界でも全員から総スカン食らってるもんだとばかり思ってたわ」
秋代は皮肉でなく本気で驚いていた。
酷いな、と小鳥遊は思ったが口には出さなかった。
「前に話しただろう。この世界を救った勇者のことを。こいつらが、その勇者たちだ」
永遠長は土門たちを指差した。
「え? そうなの?」
秋代は改めて2人を見た。どちらも、いかにもな草食系で、どう見ても勇者とは程遠そうな人種だった。
「ゆ、勇者だなんて、そんな……。ボクたちは、ただあの人を止めたかっただけで」
「リッ君の言う通りです。だいたい永遠長さんがいなければ、私たち今でも奴隷のままだったかもしれないんですから」
「……て言ってるけど、実際のところはどうなわけ?」
秋代は、うさん臭そうに永遠長を見た。
「結果的に、そうなったというに過ぎない。ある街で俺を尾行している奴に気づいたから締め上げたら、そいつは奴隷商人の子分だった。で、そいつらが俺の神器を狙ってると言うんで、後腐れがないように親玉の奴隷商人ごと叩き潰すことにしたら、そこにこいつらがいた。ただ、それだけの話だ」
「でも、助けてもらったことには変わりありませんから」
禿は苦笑した。
「ミッちゃんの言う通りです。それに皇帝を倒したのも、あの女神の大迷宮を攻略したのも、ほとんど永遠長さんみたいなもんですから」
「女神の大迷宮?」
「モスの女神テネステア様が、お造りになられた迷宮です。その昔、女神様は人間の身勝手さに失望し、人間から魔法を取り上げてしまったんです。でも、1つだけ希望を残してくれた。それが女神の迷宮だったんです。女神様は、こうおっしゃったそうです。もし誰かがこの迷宮を抜け、女神の神殿までたどり着くことができたら、そのときは魔法を復活させると」
「おお、まさにダンジョン攻略の醍醐味じゃのう」
木葉は武者震いした。
「で、その迷宮はどこにあるんじゃ? わしもチャレンジしたい」
「残念ながら、もうありません。攻略してしまいましたから」
「なんじゃ、つまらんのう」
木葉は肩を落とした。
「当たり前でしょうが。攻略してなかったら、モスに魔法は戻ってないんだから」
秋代は、あきれ顔でツッコんだ。
「でも1つ疑問があるんだけど、その女神の迷宮の攻略が、どうして皇帝の打倒になるわけ? 魔法が復活したからって、それで皇帝が倒せるってわけでもないでしょ? 復活した魔法を自分たちだけが使えるならともかく、相手も使えるようになるわけだから、条件は同じなわけで」
「そうですね。皇帝にも、同じこと言われちゃいました。でも皇帝軍が強かったのは、魔法がない状況で自分たちだけがクオリティを使っているうえに、モスにはなかった火薬を戦争に利用したからなんです。だから誰でも魔法を使えるようになれば、活路が開けるんじゃないかと思ったんです。数的には、モス人のほうが圧倒的に多いわけですから」
「なるほどね」
「でも実際には、みんなが魔法を使えるようになる前に、迷宮まで出向いてきた皇帝を永遠長さんが倒してしまったから、ほとんど意味はなかったんですけど」
土門は苦笑した。
「ん? じゃあ、モスを救った勇者は、あんたってことになるんじゃないの?」
秋代は永遠長を見た。
「ならない。なぜなら奴を倒すこと自体には、さしたる意味がなかったからだ。復活チケットがある限り、奴は何度でもモスに戻って来ることができるのだからな」
「ああ、確かにそうね」
秋代も後で知ったことだが、異世界ストアでは様々なチケットが販売されている。そして、その中でも復活チケットは、その名の通り購入しておけば、たとえ異世界で死んでも無傷で地球に戻ることができるという、異世界で冒険する上では欠かせない必須アイテムなのだった。
「そうならなかったのは、土門が回帰の力で皇帝を無力化したからだ。つまり、あの世界を救ったのは土門ということだ」
「回帰? て、どんな意味だっけ?」
「ひとまわりして、元の場所に戻ること。簡単に言えばリセットだ」
「リセット?」
「そうだ。そいつは自分の意志ひとつで、人や物の時間を巻き戻すことができるんだ。たとえば、おまえに回帰を使った場合、おまえはレベル1に戻された上、もう1度リアライズし直さなければならなくなる」
「げっ」
秋代は思わず、のけぞった。
「そ、それは、確かにヤバい能力ね」
もう1度あの1ヶ月をやり直すなど、秋代は考えたくもなかった。
「し、しませんよ。そんなこと」
土門は、あわてて首を振った。
「永遠長さんは、ボクたちの恩人なんです。その恩人に、そんな恩知らずな真似するわけないじゃないですか」
「人の意志など状況次第で変化する。そんなものに意味はない。俺にとって重要なのは、おまえには回帰の力があるという事実だけだ」
永遠長は言い捨てた。
「そんなことよりも、ここにいるということは、おまえたちもこの大会に出場するのか?」
「え? あ、はい。あの戦いで自分たちの無力さを改めて痛感して。少しでも強くなりたくて。今のボクたちじゃ、あの人を見つけても何もできないから」
「あの人?」
秋代が聞き返した。
「ボクたちを異世界ツアーと称してモスに連れてきて、そして置き去りにした人です。寺林という名前で、異世界ストアの運営を名乗ってました」
「異世界に置き去り?」
「はい。そのせいで、異世界ツアーに参加した人が何人も命を落としてしまいました。奴が、なんのためにそんなことをしたのかはわかりませんが、奴を野放しにしておいたら、また誰が被害に遭うかわからない。これ以上、ボクたちのような犠牲者を出さないためにも、ボクたちはあの人を止めたいんです」
土門と禿は、そのために今も寺林を探し続けているのだった。
なんだか危なっかしいわね。
土門たちは思いつめすぎている。
会って間もないが、秋代は土門たちの危うさを感じ取っていた。
「あ、そうだ。ねえ、土門君、禿さん。もしよかったら、うちのギルドに入らない?」
「え?」
「うちのギルド、結成したばっかだから、絶賛メンバ-募集中なのよ。それに異世界ナビには、ギルドチャットやメ-ル機能があるじゃない。あれを使えばリアルタイムで情報を共有できるし、何かあったときも、すぐに駆けつけられるでしょ。その寺林って奴を止めるにしても、2人で挑むより、あたしたちも一緒のほうが止められる確率も上がるでしょうし」
我ながらナイスアイディアだった。
「そんな、ボクたち2人の問題に無関係の人を巻き込むわけには」
「これは、あんたたちだけの問題じゃないわ。そんな奴を野放しにしておいたら、あたしたちだっていつどんな被害受けるか知れたもんじゃないんだもの。それに元々ギルドって、助け合うためにあるもんでしょ。だから、あたしたちが困ったときにも遠慮なく助けてもらうし、お互い様よ。まあ、勇者様が、あたしたちなんて足手まといだって言うなら仕方ないけどね」
「そんな、足手まといだなんて」
土門は禿と目線を交わすと、うなずきあった。
「わかりました。みなさんのギルドに、ボクたちも入れてください」
「いいわよね、みんな?」
秋代は小鳥遊たちを振り返った。
「うん」
まず小鳥遊がうなずくと、
「もちろんじゃ! そんで、次こそわしが魔王を退治して、勇者になるんじゃ!」
木葉が鼻息を荒げ、
「俺には、なんの関係もない話だ」
そう永遠長が締め括った。
「決まりね。これから、よろしくね。土門君、禿さん」
秋代は、土門に右手を差し出した。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
土門も右手を差し出し、2人は握手を交わした。
こうして土門と禿の2人が、新しくロ-ド・リベリオンに加わることになったのだった。
 




