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第178話

 1月28日正午。

 沢渡率いる魔法少女と契約者たちは、予定通り常盤学園への襲撃作戦を決行した。

 異空間から常盤学園の運動場へと転移した沢渡は、


「ゴーレム、校舎に攻撃」


 挨拶代わりに命令した。するとゴーレムたちは、各々に内蔵された魂の力を校舎へと放出する。しかし、その攻撃はすべて校舎に張られた結界に防がれてしまった。


「何よ。校舎にもバリアがあんの? メンドっちいわね」


 沢渡は舌打ちした。


「まあいいわ。ゴーレムの力試しにちょうどいいし」


 沢渡はゴーレムに、直接攻撃による結界の破壊を命じた。そしてゴーレムたちが結界に十数回の衝撃を与えたところで、


「調子に乗るのも、そこまでよ、沢渡」


 校舎から秋代たちが出てきた。しかし、その姿は普段の学生服ではなく、兜や鎧といった防具、手には剣や盾を装備していた。

 これらはすべてディサースの武器であり、異世界ギルドの交換システムを利用してディサースから地球へと持ち込んだのだった。


 以前、秋代が愚痴っていたように、モスの魔具やラーグニーの魔銃の交換レートは非常に高額に設定されている。しかし、それはあくまでもモスやラーグニーの話。元々地球人の戦闘訓練用に創られたディサースの武器に関しては、常識的な交換レートが設定されているのだった。

 ノーマルの武具なら10万から。魔法を帯びた武具でも、1000万から5000万ポイントで地球に持ち込めるように。

 ちなみに、永遠長が寺林に聞いた魔物が地球に出現した場合、ディサースの武器が地球にいるプレイヤーの手元に運ばれてくるのか? という問いに対する常盤の答えはNOだった。


 ポイントの使用方法は人それぞれであり、地球人用に造られたディサースの武具だからといって、無条件で地球に転送されるようにはできていない。必要と思うのなら、ポイントを貯めて自力で手に入れたまえ、と。

 そこで秋代たちは、手元のポイントを使い、ディサースで使用していた武具を地球に持ち込んだのだった。近い内に起こるであろう沢渡との戦いに備えて。


 そして、それは秋代たちだけではなかった。


「これ以上の暴挙は、マリーたちが許さないのです!」


 沙門たち「マジカリオン」や「ノブレス・オブリージュ」「大和」「ダイバーシティ」など、主だったギルドメンバーもディサースの武具を装備して、続々とグラウンドに姿を見せる。そして、その中には「百花繚乱」のギルドマスターにして生徒会長である近衛の姿もあった。


 先週の週末戦後、1度は実家に帰った近衛だったが、事情を知った父親から「1度任された役目を途中で投げ出して来るとは何事か!」と怒られ、常盤学園に戻るように命じられてしまったのだった。そして常盤学園に戻った近衛たちは自分たちの行いを学生たちに素直に謝罪。生徒会を始めとする学生たちも彼女たちの謝罪を受け入れたのだった。もっとも学生たちの心境としては「今は、そんなことはどうでもいい」というのが大きかったのだが。


「なるほど。そっちも戦る気満々だったってわけね」


 非力の身で、少しでも強くなろうと涙ぐましい努力の後が垣間見える秋代たちに、沢渡の口から失笑がこぼれた。


「天国と永遠長かっさらったの、あんたでしょ? あんな真似されたら、誰だって警戒するに決まってんでしょうが」

「それもそうね」


 沢渡は、しれっと答えた。実際のところは、秋代たちに迎撃準備を整えさせるために、あえて曜日を跨いだのだが。1人でも多く、契約者側から死者を出すために。


「戦る前に1つ聞くけど、土門君と禿さんは今どこ? ちゃんと無事でいるんでしょうね?」

「土門? ああ、あの2人なら今頃お空を漂ってんじゃない?」


 沢渡は空を指差した。


「どういう意味よ? あんた、まさか……」


 秋代の表情が険しさを増す。


「そのまんまの意味よ。あの2人は石化したあと宇宙に連れてって、粉々にしちゃった」

「な……」

「当然でしょ。だって、ただ殺しただけじゃ天国が生き返らせちゃうもの。あ、でも、その天国ももういないんだから、そこまでしなくてもよかったんだっけ。あ、でも順番が逆だから、やっぱりやっといて正解だったってことか」

「まさか、永遠君たちも……」


 小鳥遊は鼻白んだ。


「殺しちゃいないわよ。もっとも、それも時間の問題だろうけど」

「どういうこと?」

「知りたい? いいわ。教えてあげる。あいつらはイグザムって世界に送り込んだんだけど、その世界は今氷河期真っ盛りなの。しかも人類はとうに絶滅した後だから街もなく、当然店もホテルもない。それに食料にできる動植物もそうそういないから、今頃飢えと寒さで死んじゃってるかもしれないってこと。他の世界からは隔離しちゃったから、地球はおろか別の異世界にも移動できないし、他人の力も使えなくなっちゃってるから」


 寒さに震える永遠長たちの姿を思い浮かべて、沢渡は含み笑った。


「あ、でも、子供を50人ばかし一緒に送っといたから、まだ生きてるかも。50人の子供を2人で食べたら、半年ぐらいは生きられるだろうから」


 沢渡は吹き出した。


「永遠長の奴なら、マジやりそー。後で見に行ってみよっと」


 沢渡は軽い調子で言ってから、


「それにしても」


 ため息をついた。


「あんなカスにまで助け船を出しちゃうなんて、ホント自分の優しさが嫌になるわ。あんたたちも、そう思うでしょ」

「……あんた、自分が何してるか、わかってんの?」


 秋代は嫌悪感を噛み殺しながら聞き返した。


「何って決まってるじゃない。世のため人のため、人類を正しい道に導いてあげるのよ。女神としてね」


 そうすれば人類間での愚かな戦争もなくなり、この世界に永遠の平和が訪れる。


「どう? 素晴らしいと思わない?」

「まったく思わないわね」

「あっそう。ま、あんたたちならそう言うと思ったから、真っ先に潰すことにしたんだけど」

「できるものなら、やってみなさいよ」


 秋代は剣を身構えた。


「大口叩いてるけど、本当は不安なんでしょ? 何しろ、いつもはおんぶにだっこの永遠長と天国がいないうえ、リセットボタンまで壊れて使えなくなっちゃったんだもの。しかも」


 沢渡の持つ杖が光った直後、秋代の頭が地面に転げ落ちた。


「これで、もう創造主化もできなくなった」


 沢渡は空へと舞い上がった。


「後は、あんたたちだけで十分でしょ。さっさとやっちゃって」


 沢渡は魔法少女たちをけしかけた。


「自分は不意打ちだけかまして、後は他人任せってわけ?」


 秋代の口が動いた。


「何驚いてんのよ?」


 秋代の胴体は頭を手に取ると、首をつなげ直した。


「あんたが次に警戒してるのは、あたしだってことぐらい、とうに承知だっての。なら、それに備えて対策を講じとくのは当たり前でしょうが」

「……出てくる前に、創造主化を済ませてたってわけ?」

「そういうことよ」

「てことはー、創造主化してから、もう随分経ってるってことよね」


 それはそれで、沢渡にとっては好都合だった。


「創造主化って、けっこう体に堪えるんでしょ? タイムリミットまで、後何分かしら? 5分? 10分?」

「あんたを倒すぐらい、余裕で持つわよ」


 秋代は空へと飛び上がり、


「じゃ、試してみましょうか」


 沢渡は秋代の追撃を振り切ろうと空を駆け回る。


「ホラホラ、鬼さん、こちら」

「何調子こいてんのよ。あたしが創造主化してることにすら気付けなかったくせに」


 秋代は毒づいた。


「あんた、あの女の力を奪って強くなった気でいるみたいだけど、ぶっちゃけ、その力使いこなせてないんじゃない?」

 

 秋代はフンと鼻を鳴らした。


「天国のセリフじゃないけど、こっちはあんたがのうのうと女子高生やってる間も、命懸けで戦ってきたのよ。ただ他人の力を掠め取って神様気取りでいるあんたとは、くぐり抜けてきた修羅場の数が違うってのよ!」

「あっそ。じゃ、その修羅場の数とやらで、あたしを倒してみれば? ホラホラ、やってごらんなさいよ。さあ、早く」

「言われなくても!」


 沢渡に追いついた秋代は、沢渡の胸に剣を突き刺した。直後、


「ぐ!?」


 地上で契約者と戦っていた尾瀬が血を吐いた。


「明里様!?」


 轟が見ている限り、尾瀬が敵の攻撃を受けた気配はなかった。にも関わらず、倒れ込んだ尾瀬の胸は血で滲んでいた。


「問題ありません」


 尾瀬は「継承」した「回復」のクオリティで傷の治癒にかかる。


「それより」


 尾瀬は自分の考察を轟に話し、それを秋代に伝えるように指示する。


 他方、胸を剣で刺し貫かれたはずの沢渡は、傷一つなく平然としていた。


「あの女の力で、治癒力も大幅アップしてるってわけね。だったら」


 沢渡の治癒能力が追いつかないほどの、大ダメージを与えるだけだった。


 再度、攻撃を仕掛けようとした秋代を、


「待て、秋代!」


 轟が止めた。


「何、あたしなら、まだ戦れるわよ?」


 秋代は轟を見下ろした。


「その女を、むやみに攻撃するな!」

「はあ? 何言ってんの、あんた?」

「そいつは、自分が受けた攻撃を他人に転化することができるんだ!」

「は?」

「忘れたのか!? その女が、どうやって今の力を手に入れたのか!」

「え?」

「現に、その女がおまえに刺された直後、明里様は負傷し、その女は無傷のままピンピンしてるだろ!」

「まさか……」


 秋代は沢渡を睨んだ。


「あれ? もうバレちゃったの?」


 沢渡は、つまらなそうに嘆息した。尾瀬の推測通り、沢渡は自分が受けたダメージを「転換」により、尾瀬に移し替えていたのだった。

 正直、沢渡としては、あと小鳥遊辺りは同じ手口で潰しておきたかったのだが、


「ま、いっか。とりあえず、1番メンドーなのは潰せたみたいだし」


 尾瀬は、その気になれば「同調」により、秋代と同じく創造主化することができる。その尾瀬を消せただけで、よしとしておくべきだった。実際、秋代と尾瀬は事前の打ち合わせにより、まず秋代が創造主化して沢渡と戦い、状況を見て尾瀬とスイッチする予定でいた。もっちも、それなら2人同時に創造主化して沢渡に当たれば良さそうなものだが、その場合沢渡は即座に撤退しかねない。そこで、秋代と尾瀬が交互に戦うことにしたのだが、その隙を沢渡に突かれてしまったのだった。


「つまり、あんたを攻撃したら、他の誰かがダメージを受けるってこと?」

「そーゆーこと」


 沢渡は、ほくそ笑んだ。


「それでもよければ攻撃してきたら? ホラホラ」


 沢渡は突っ立ったまま両腕を広げた。


「この……」


 秋代が沢渡を攻めあぐねる中、地上では常盤学園勢と魔法少女&契約者たちの戦闘が始まっていた。


 その特性を活かし、空から攻撃を仕掛けようとする魔法少女たちを見て、


「させないのです!」


 沙門は迎撃すべく飛び上がった。が、この飛行能力はディサースのアイテムによる力ではなかった。


 地球棋大会後、過去にタイムリープする際、参加者たちは常盤から優勝賞品+迷惑料として、それぞれ贈り物を受け取った。そして、沙門が受け取ったのが「魔法少女スタイルへの変身」と「変身時の飛行能力」だった。

 しかし、そのことを知った沙門は、当初この常盤からの贈り物を辞退しようとした。自分は、見返りを求めて、あの大会に出場したのではないと。

 それを受け取る気になったのは、再会した常盤から受けた、次の一言のよるものだった。


「今の君は、魔法少女ではなーい! なぜなら君は、一瞬で魔法少女スタイルに変身することも、空を飛ぶこともできないからだ!」


 この当たり前すぎる常盤の指摘に、当然ながら沙門は反論できなかった。そして苦悩の末、常盤からの贈り物を受け取り、正真正銘、本物の魔法少女となった沙門に、もはや恐れるものは何もない。ただ、ひたすらに己の正義を貫くのみ! だった。


「この人数相手に、たった1人で戦う気?」


 魔法少女たちは、無謀な沙門を見て失笑した。


「1人ではないのです」


 沙門に数秒遅れ、藤間を始めとする飛行可能な学生が飛び上がってくる。


「悪の手先と成り下がり、魔法少女の力を悪用するあなたたちは、紛い物の魔法少女なのです! そんなニセモノに、マリーは負けないのです!」


 沙門は魔法少女たちに杖を突きつけた。


「勝手なことを言うな!」


 1人の魔法少女の杖から沙門へと光線が放たれた。攻撃したのは魔光少女の百地愛ももちあいで、この攻撃を沙門は同じく杖から放出した光壁で防いだ。


「何も知らない奴が偉そうに!」


 百地も、最初は魔法少女の力を正義のために使おうと思っていた。いや、その気持ちは今も変わってはいばい。だが、「マジックアカデミー」の校則が、それを許さないのだった。


「誰が好き好んで、あんな奴らの言うことなんかきくもんか!」


 それ以前に、もし事前に「マジックアカデミー」の本性がわかっていれば、魔法少女になどならなかったのだった。


「事情なら知っているのです」


 沙門たちは秋代経由で、天国の身に起きたことを聞いていたのだった。


「だったら!」

「それでも!」


 沙門の声に覚悟が乗る。


「マリーなら跳ね除けたのです。たとえ、その結果、死の制裁が待っているとしても。なぜならば、魔法少女は常に正義と共にあらねばならないからなのです!」

「く、口だけなら、なんとでも」


 沙門の気迫に気圧されつつも、空挺部隊は総攻撃を開始する。そして地上でも、ゴーレムと契約者による進撃が始まっていた。


「とにかく、まず先にあのデケェのを止めねえとな」


 九重は腰から銀のナイフを引き抜くと、


「守霊解放、イベントス」


 ナイフの付喪神を巨大な騎士として具現化した。この付喪神の具現化は、九重が常盤からもらった迷惑料であり、地球、異世界を問わず、九重の意思で発動することをできるのだった。

 

「あのデカブツ共をぶっ壊せ、イベントス!」


 主の命を受け、銀騎士がゴーレムへと切り込む。それを見て、


「させん!」


 冴草が九重を潰しに動くが、


「それは、こっちのセリフだよ」


 十六夜が冴草の前に立ちはだかる。


「無駄だ」


 冴草は、自身のデビルアビリティを発動した。冴草の3つ目の願いは「存在を封印する力」であり、その力で冴草は自身の中に住む「殺人を好む、もう1人の自分」を封印したのだった。そして、その力は当然他人に対しても効力を発揮する。


「か、金縛り!?」

「オレに殺しの趣味はないが、今この力を奪われるわけにはいかないんでな」


 封印のデビルアビリティがなくなれば、またいつ第2の人格が顔を出すかわからない。しかも最近では主人格の自分よりも、ヤツのほうが肉体に留まる時間が長くなってきている。このままでは遠からず、この体はヤツの物となり、その行き着く先はおそらく死刑台となるだろう。それぐらいならば、自分の意思で手を汚し、自分のまま死んだほうがマシだった。


 冴草は十六夜の首へと剣を振り払った。しかし十六夜は寸前で霧化することで、冴草の剣をやり過ごした。冴草の封印は、相手の動きだけでなく特殊能力にも効果を発揮する。にも関わらず、十六夜がバンパイア化できたのは、ひとえに六堂の「遮断」のおかげだった。


「ありがとう。六堂さん」


 十六夜は、同じく九重のガードに回っている六堂に礼を言った。


「い、いえ、そ、それと任せてください。な、何度封印されても、す、すぐ、も、元に戻しますから」


 怯えながらも己の役割を全うせんとする六堂の背後に、


「ウザ」


 三雲が瞬間移動してきた。


「てか、キモいから死んで」


 三雲は六堂の首へとナイフを突き出すが、


「させない!」


 花宮に右腕ごと切り落とされてしまった。


「いっ!」


 三雲は大きく飛び退いた後、


「たーい! よくもやってくれたわね」


 切り落とされた右腕をサイコキネシスで引き寄せると、元通り繋げ直した。

 三雲のデビルアビリティは「超能力」であり、超能力と呼ばれる力は、たいがい使うことができる。

 これは1つの願いとしては虫が良く、本人もダメ元で頼んだのだが、その強欲さを面白がった風花がOKしたのだった。


「どう? 後ろから不意打ちするような卑怯者には、いい薬になったでしょ?」


 笑顔で皮肉る花宮を見て、三雲の不快指数がいや増す。


「決ーめた。あいつの前に、まずあんた殺す。あたしさー、嫌いなんだよねー。さも自分は優等生ですって面してるヤツってさー。虫唾が走るっていうか!」


 三雲はサイコキネシスを発動すると、全身に隠し持っていた十数本の刃物を花宮へと射出した。


「花宮さん!」


 六堂は、とっさに「遮断」で花宮の周囲をガードした。そして「遮断」された刃物は、花宮に届く前に弾き返された。しかしサイコキネシスで操作させれている刃物類は、それで止まることはなく、三雲の命じるままに何度でも花宮へと襲いかかっていく。

 そして「マジカリオン」同様、グラウンドの各地では、常盤学園の学生と沢渡の手駒たちが激突していた。


「行くぞ、者ども!」


 赤の鎧兜で身を固めた南部率いる「大和」が、先陣を切って契約者たちへと切り込んでいく。しかし、


「なに!?」


 その動きが突然鈍った。急にぬかるんだ地面に足を取られたせいであり、言うまでもなく敵による撹乱だったが、


「小賢しい!」


 南部は動じることなくクオリティを発動させた。すると、ぬかるんでいた地面が元に戻った。

 南部のクオリティは「保守」であり、彼はこのクオリティを発動することで、状態異常を解除し、元の状態へと戻すことができるのだった。そして、その効力は自身の体にも作用する。すなわち、


「ぶった切れろ」


 敵から放たれた「切断」で、


「ぐう!」


 仮に胴から真っ二つに切り裂かれようとも、


「保守!」


 クオリティを発動できる余力がある限り、


「怯むな! それがしに続け!」


 何度でも復元できるということなのだった。

 とはいえ、南部のクオリティも完璧ではない。実際、ギルド戦において、南部は禿に不覚を取っている。

 つまり、南部が復活できるのは即死以外。あくまでもクオリティを発動できる余力がある場合に限られるのだった。


「あなたたちに恨みはないけど」


 魔銃少女の稲庭可憐いなばかれんは、後方の上空から南部に銃口を向けた。


「こっちも命がかかってんの」


 稲庭は南部の眉間に狙いを定めると、


「悪いけど死んでくれる」


 引き金に指をかける。しかし、


「ぐ!?」


 引き金を引こうとしたところで、左足に痛みが走った。見ると、左足の太ももに矢が刺さっていた。


「くっ」


 稲庭が矢を引き抜こうとしたとき、今度は右足に矢が突き刺さった。


「あいつか」


 稲庭は、敵陣の後方で矢を構えている明峰を見つけた。


「なに? 弓で銃に挑もうっての? 笑わせてくれる」


 稲庭は右に飛行しながら、今度は明峰に狙いを定める。


 古代兵器と近代兵器が張り合う下で、


「それがしに続け!」


 南部は前進し、それに他のギルドも続く。しかし戦いである以上、南部のような回復力を持つクオリティ持ちでもなければ負傷は避けられない。


「う!?」


 副会長の松永の首から、突然血が噴き出す。

 木下きのしたという「契約者」が「透明」のクオリティを使い、松永の首を切り裂いたのだった。


「すぐにディサースへ!」


 近衛たちが周囲を警護される中、松永は異世界ナビを手に取ると、ディサースへの移動ボタンを押した。そして、それは負傷した他の学生も同様で、


「ぎゃ!」

「うう……」

「くそ!」


 重症を負った学生たちは、次々とディサースへと転移していく。

 これは、それ以上の負傷を避けるという意味もあるが、ディサースに「ピースメーカー」を始めとする救護部隊が待機しているからだった。


 地球においては、クオリティ以外の治療法はない。だが、ディサースでは違う。

 そこで尾瀬の提案したのが、ディサースに救護部隊を用意しておくことだった。

 ディサースでは地球では不可能な、魔法による治療が行える。そして異世界ナビさえあれば、動かすことが困難な重傷者も搬送して、即座に治療に当たることができる。


 この尾瀬の案に、誰からも異論は出なかった。

 そこで戦闘に参加する者は、全員1度ディサースに赴き、指定された場所に集まってから地球に戻ったのだった。後は開戦時に救護部隊をディサースに待機させておけば、魔法で早期の治療が望めるうえ、最悪死んだとしても復活チケットによる蘇生が可能となる。


 しかし、それは敵も同じだった。

 特に契約者は、ほぼ全員が不死身の肉体を持っている。

 これは悪魔と契約する大半の者が、1つ目の願いで不老不死。2つ目の願いで富。3つ目の願いで人外の力を望むためだった。結果として、契約者を無力化する手段は、物理的な拘束、睡眠魔法や石化など、数が限られる。しかも常盤学園勢には地球での戦闘経験が乏しく、なにより復活チケットがない敵、特に魔法少女を攻撃することへのためらいがあった。そのためゴーレムや契約者はともかく、魔法少女には全力を出せず、契約者の体力が無尽蔵であるためこともあり、常盤学園勢は徐々に押され始めていた。


 その中にあって、気を吐いていたのは「学園裁判所」を統括本部とする「救済者」たちだった。

 元々「救済者」は地球での活動がメインであるため、他人を攻撃することへの抵抗感が少ない。特に愛希望は人間が相手でも自分の能力を遠慮なく、容赦なく、全力で使っていた。


「さあ、どうやって殺してやろうか」


 規約者の室井健は、愛希へと無造作に歩を進めた。

 室井のデビルアビリティは空間を切り裂く次元刀であり、彼がその気になれば、この場にいる全員を一瞬で殺せる力があった。では、なぜすぐ実行しないかというと、一瞬で皆殺しにしたのでは、つまらないからだった。

 どうせ全員殺すなら、1人ずつなぶり殺しにしたほうが楽しい。そして、その第1号に選んだのが愛希だった。室井は小さくて愛らしい者が大好きで、その愛らしい生き物が自分の手で切り刻むことを、何よりの喜びとしていたから。


「まずは、逃げられねえように足から」


 室井が愛希に右手を差し出した瞬間、


「ソウルチェンジ」


 愛希は広げた両手を胸の前で交差させた。すると、直後に室井が地面に這いつくばった。

 愛希が室井の魂を蟻と入れ替えたためであり、


「死ね」


 愛希は蟻となった室井を踏み潰さんと右足を上げる。


「駄目だよ、愛ちゃん!」


 英は愛希を後ろから抱き上げると、室井から引き離した。


「あんなヤツ、死んだほうが、世のため人のため」

「それでも駄目!」


 英はそう言い聞かせてから、


「だ、だいたい、どんどん来るんだから、いちいち潰してたらキリがないよ!」


 押し寄せてくる室井以外の「契約者」たちを指さした。


「なら、全部片付けてから潰す。それならいい?」


 そう尋ねる愛希に、


「ぜ、全員片付けたらね」


 英は、あらかじめ羽続から与えられていた答えを口にした。むろん、羽続は愛希の殺人を承認したわけではない。この場合の全員とは、ここに現れた敵全員のことであり、それを1人でも討ち漏らせば全員ではなくなる。そして戦況が不利になれば、当然逃げる者も現れるだろうから、その場合「全員」は片付けられなかったということで、愛希をあきらめさせる。

 それが、羽続の計略だった。


 そんなこととは、つゆ知らず。


「クロスチェンジ。クロスチェンジ。クロスチェンジ」


 愛希は、せっせと契約者と蟻の魂を入れ替え続け、


「無力!」


 他の「救済者」も、着実に「契約者」を無力化していく。


 そして、そんな「救済者」たちの活躍は、沢渡にとって計算外だった。特に、愛希の存在は。


「ちょっとお、やるならキッチリ殺りなさいよ。魂を蟻に移し替えただけじゃ、回収できないでしょうが」


 沢渡の勝手極まる言い草に、


「あんたねえ、いい加減にしなさいよ」


 秋代の顔が怒りに引きつる。


「何よ? 文句があるなら、かかってくれば? ま、できればだけど」


 沢渡はフフンと鼻を鳴らした。


「て、言ってる側から、またあ」


 沢渡は「ソウルチェンジ」を連発する愛希に業を煮やし、


「あー、もうメンド臭」


 キレた。


「もーいい。もー終わりにしてやる」


 この学園ごと、すべてを吹き飛ばすことで。


「朝霞だっけ? あいつも、そうすりゃよかったのよ。それを周りに被害を出さないように、チマチマチマチマしょっぼい攻撃ばっかしてたから負けたのよ」


 沢渡に言わせれば、この学園ごと消し飛ばすレベルの攻撃をしていたら、天国も逃げられなかったはずなのだった。


「……朝霞も性根が腐ってるけど、あんたほどじゃなかったってことよ」

「それで負けてりゃ世話ないってーの。少なくとも、あたしはそんなのごめんよ」


 沢渡は掲げた杖の先に直径50メートルを超える光球を作り出すと、


「避けたきゃ避ければ? ただし、この学園は吹っ飛んじゃうだろうけど、ね!」


 秋代めがけて撃ち放った。


「この!」


 秋代は両手を突き出し、光球を受け止めた。


「くっ」

「ホラホラ、もういっちょ行くわよ」


 沢渡は再び光球を作り上げると、秋代へと撃ち放った。そして次弾が初弾と接触した瞬間、2つの光球は大爆発を起こした。


「キャアアア!」


 爆発の衝撃をモロに受けた秋代は、そのまま地面に叩きつけられてしまった。


「ぐ……」


 秋代はかろうじて立ち上がったが、創造主化の副作用と合わせて、体は限界にきていた。


「もう死にかけって感じだけど、復活されたら面倒だし、トドメ刺してあげる」


 沢渡は、さらに巨大な光球を作り上げると、


「お友達も一緒に送ってあげるから、寂しくないわよね」


 常盤学園へと撃ち放った。


「バイバーイ」


 沢渡は笑顔で地上に向かって手を振った。


「ぐ……」


 もはや秋代に、そしてこの場にいる誰にも、その凶悪無慈悲な光球を弾き返す力は残っていなかった。


「はい、これでおしまいっと」


 沢渡が勝利を確信した瞬間、


「!?」


 彼女の眼前から光球が消えた。その直後、


「え?」


 沢渡の背後に光球が出現した。そして、


「ぶ!?」


 光球は沢渡に直撃すると、


「ああああああ!」


 沢渡を飲み込んで校外の森林に激突した。


「な……」


 爆発の余波が常盤学園を吹き抜ける中、


「これって……」


 秋代の脳裏に1人の男の顔が浮かぶ。


 神の力を持つ沢渡のエネルギー弾を転移させて、沢渡自身にぶつける。

 そんな真似ができる、いや思いつく人間は、秋代が知る限り1人しかいなかった。


 そして見上げた空の只中には、案の定見知った顔があった。


「随分と、もったいぶった登場ね」


 それは、沢渡によって異世界に隔離されたはずの永遠長の顔だった。




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