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第177話

 週が明けた月曜日。

 召喚獣の出現、魔法少女の襲来と、立て続くトラブルに学園中が神経を尖らせるなか、永遠長の心だけは晴れ渡っていた。

 そして昼休みを迎え、永遠長が、


「おまえたちに言っておくことがある」


 その理由を秋代たちに告げようとしたとき、


「!?」


 永遠長と天国の姿が食堂から消えた。


「え!?」


 秋代たちは周囲を見回したが、2人の姿はどこにも見当たらなかった。

 いくら自分勝手な永遠長でも、話の途中で姿を消すわけがない。だとすれば、


「これって……」


 沢渡が2人を連れ去った可能性が高かった。自分にとって最大の脅威である、永遠長と天国を排除するために。

 そして、この秋代の推測通り、天国たちは一瞬で地球から遠く離れた地へと飛ばされていた。

 彼女たちを邪魔者と考える者の手によって。

 粉雪が舞い、凍てつく風が肌を刺す、一面白で彩られた銀世界へと。


「ここは……」


 天国は周囲を見回した。地理的には山岳地らしく、周囲に民家は1軒もなく、山々の起伏だけが世界に変化をもたらしていた。


『そこはイグザム』


 風雪の中、天国たちの頭に沢渡の思念が伝わってきた。


「やっぱり」


 天国の顔が、わずかに険しくなる。


『感謝してほしいわね。本当なら即座に木っ端微塵にしてやってるところを、あたしは優しいから、ここに連れて来るだけで勘弁してあげたんだから。それも2人一緒にね』


 本当に、自分の心の広さが嫌になる沢渡だった。


『そうそう、後2人だけじゃ寂しいだろうと思って、道連れも用意しておいてあげたから』

「道連れ?」

『聞こえない? 左から』

「左?」


 天国は耳を澄ました。すると、子供の泣き声らしきものが聞こえてきた。


「あなた……」


 怒りを飲み込み、天国は声の発生源へと駆け出した。すると、洞窟の奥で50人近い子供が恐怖と寒さに震えていた。皆、同じ幼稚園児らしく、全員同じ制服を着ていた。そして園児たちは天国に気づくと、


「うわあああん!」


 泣きながら天国に駆け寄ってきた。


「大丈夫。もう大丈夫だから」


 天国は、すがりつく園児たちを優しく抱きしめた。


『どう? あたしの置き土産は? 気に入ってもらえたかしら?』


 沢渡は、せせら笑った。


『永遠長、あんた今先生やってんだってねえ? だったら、その子たちの面倒も見てあげなさいよ。子供の面倒を見るのが、教師の仕事なんだからさあ』


 沢渡が園児たちを誘拐したのは、永遠長たちへの嫌がらせの意味もあるが、1番の目的は2人の足枷とするためだった。

 永遠長たちだけなら、あるいはこの過酷な環境でも生き延びるかもしれないし、下手をすれば地球に帰る方法も見つけてしまうかもしれない。だが50人からの足手まといを抱えていれば、その世話に追われて地球に帰る方法を探すどころではなくなるだろう、と。そして、そのために本当ならば即座に永遠長たちをイグザムに隔離したかったところを、幼稚園が始まる週明けまで待ったのだった。


『あ、そうそう、それとわかってると思うけど、今この世界には結界が張ってあって、異世界ナビや他人の力は使えないから、そのつもりでね』


 永遠長と天国のクオリティは確かにチートだが、それも活用できる能力者が側にいればこそ。隔離された世界では、その真価は発揮できないのだった。


『あ、でも、安心していいわよ。あたしは優しいから、少ししたら迎えに来てあげるから。え? どれくらいかって? そうね。100年くらいしたらかしら。だから、それまでせいぜい長生きしてね。じゃ、バイバーイ!』


 沢渡は一方的に話し終えると、イグザムの大気圏外から風花の作り上げた異空間へと転移した。そして転移した沢渡の前には、10メートルを超える鋼鉄の巨人が並び立っていた。


 この巨人は、風花が地球人の「敵」として建造したものだったが、一般的なゴーレムとは大きく異なる点があった。

 それは、普通のゴーレムが魔力によって動くのに対して、このゴーレムは人間の魂を動力源としている、ということだった。

 また普通のゴーレムは力技しか使えないのに対して、このゴーレムは動力源とした魂のクオリティを使うこよができる。

 何より優秀なのは、破壊されても動力源である魂は製造者の元に戻って来るため、元になるゴーレムさえあれば魔力いらずで活用できる、まさに不滅の兵士なのだった。

 とはいえ、問題がないわけではない。それは、動力源である魂が、そうそう手に入る代物ではない、ということだった。


 風花が悪魔王として契約した人間の魂は、契約により縛られているため、死ねば契約した者、今は沢渡の物となる。しかし契約者の大半は望みの中に不老不死が入っているため、簡単には手に入らない。


 そこで風花の打った手は、自滅と同士討ちだった。悪魔と契約した契約者たちを焚き付け、強敵と戦わせる。または、契約者同士をいがみ合わせ、同士討ちするよう仕向けることで、効率よく魂を集めようとしたのだった。異世界競技会のときの柏川のように。

 ちなみに、その柏川の魂は中央にそびえ立つ、50メートルを超える巨人の中に収められている。

 この巨人は、風花の建造した巨人の中でも特に強靭に造られており、風花が手に入れた魂のうち、特に強力な力を持つ魂は、すべてこの巨人に注ぎ込まれていた。今はまだ未完成だが、この巨人が完成した暁には、強力なクオリティを無尽蔵に発動できる、最強無敵の魔神が地球に降臨するはずだった。


 沢渡は再び転移した。すると、別の異空間内に千人を超える契約者と魔法少女が集まっていた。


「よく来てくれたわね、あなたたち」


 沢渡は笑顔で歓待した。


「何が「よく来てくれた」よ。無理やり、こんなところに連れてきといてさー。マジ信じらんないんだけどー」


 不平を述べたのは、以前柏川を殺した3人組の1人、三雲爽みくもさやかだった。

 三雲としては、沢渡からの呼び出しに応じる気などサラサラなかったのだが、沢渡に無理やり呼び寄せられてしまったのだった。契約の際に風花が施した「強制命令権」によって。


「ホントだよ。ボク、ゲームしてるとこだったのにさあ」


 同じく3人組の1人、那智秀なちしげるも不満を口にした。悪魔と契約したのは好き勝手に生きられるからであって、いいように使われるためではないのだった。


「まあまあ、すぐに済むから」


 沢渡は2人の苦情を軽く流してから、


「それに、これはあなたたちのためでもあるのよ」


 本題に入った。


「はあ? 意味わかんないんだけどお?」

「今日、あなたたちに集まってもらったのは、あなたたちに常盤学園を潰すのを手伝ってもらうためなんだから」


 沢渡の口から出た用件に、


「はー?」


 三雲の口から拒絶の意思が吐き出され、残る契約者と魔法少女の間にも動揺が走る。


「あんたバカー? なんでアタシたちが、そんなことしなくちゃなんないのよー」


 それは集まった契約者全員の心境だった。


「得ならあるわ。知ってる人は知ってるでしょうけど、常盤学園には日本中から能力者が集められてる。そして、その中には不老不死を無効化する力を持った人間もいる」


 沢渡の言葉に、再び場がざわめく。


「あんたたちの知り合いの中にもいるんじゃない? せっかく手に入れた力を奪われた人が」


 沢渡の指摘に、三雲たちは鼻白んだ。


「せっかく他人にはない力を手に入れて、これから面白おかしく生きようってときに、ハッキリ言って目障りなのよね。そういう正義の味方気取りの連中って。あんたたちも、そうなんじゃない?」

「だから、こちらから出向いて、やられる前にやってしまおうと言うわけか?」


 3人組の最後の1人、冴草努の目が鋭さを増した。


「そういうことよ」

「そんなリスクを犯す必要が、どこにある?」


 そもそも、仮に常盤学園の人間を皆殺しにできたところで、それで脅威がすべて取り除かれるわけではない。柏川のときは、奴を野放しにしておくと契約者全員が不利益を被ると判断したため、やむなく排除した。しかし、そんな特殊な事情でない限り、荒事は極力控えるほうが得策なのだった。


「むしろ、常盤学園を襲撃した犯罪者として、政府から追われる身になるだけだ」


 冴草の主張に、


「そーだ! そーだ!」

「オレたちゃ別に常盤学園なんて、どーでもいーんだよ!」

「そうだ! オレたちは、これから先も好きに生きてけりゃ、それでいーんだよ!」


 周囲からも同調の声が上がる。


「嫌なら嫌でいいわよ。ただし、その場合は与えた力を返してもらうことになるけど」


 沢渡の言葉に反対派の野次が止む。


「当たり前でしょ。使えない駒に用はないもの。そんな役立たずに力を分け与えておくより、あたしの言うことを聞く人間と新しく契約したほうが手っ取り早いし。だいたい、そんなに平穏が好きなら、悪魔と契約なんかしないで、普通の人生送ってろってーのよ。いわゆるスローライフってやつ?」


 沢渡は小馬鹿にしたように鼻で笑った。


「特に悪魔と契約した連中は、たいてい不老不死なんでしょうに、何ビビッてんのよ。たとえ永遠に生きられたとしても、他人の目を気にしてコソコソ生きてたんじゃ、なんも意味もないでしょうに。少なくとも、あたしはそんな人生ごめんよ」

「しかし潰すと簡単に言うが、勝てるのか? あの学園には例の裁判官がいるし、今はあの永遠長もいるんだろう?」


 冴草の口から永遠長の名前が出ると、場が再びざわめいた。


「それなら問題ないわ。今その裁判官は休みを取ってるし、永遠長はあたしが別の世界に隔離したから」

「隔離? あの男を?」

「ええ。つまり今が常盤学園を潰す、絶好の機会だってことなのよ」


 沢渡は、ざわめく契約者と魔法少女を見回した。


「このまま常盤学園の連中が力をつけて、本格的に契約者狩りを始めたら、それこそあんたたちは問答無用で力を奪われるか、最悪、悪魔と契約した異端者として処刑されかねないのよ。大昔の魔女狩りのようにね。それでもいいっての?」


 沢渡の問いに、一同は沈黙で答えた。


「わかってもらえたようね」


 沢渡は満面の笑みを浮かべた。


「決行は明日の正午。襲撃は分校を含めて3校同時に行うから、そのつもりでいて」

「3校同時だと?」


 冴草は眉をしかめた。各個撃破は戦略の基本であり、ここは総力を結集して、まず要である本校を落とすのは常道だった。まして、ここに集まった人間が全戦力だとすると、数は千人弱しかいないことになる。これを3手に分けて、千人以上いる常盤学園を落とせるとは思えなかった。


 そして、この冴草の懸念は沢渡にとって十分想定内だった。


「でも、1校ずつ襲撃したんじゃ、残る2校に迎え撃つ準備を与えることになっちゃうじゃない。それぐらいなら、戦力を3つに分けても1度に襲撃したほうが結果的に成功率が上がるってものでしょ」

「しかし」

「安心して。不老不死だからって、あなたたちだけを突っ込ませる気なんてないから」

「どういうことだ?」

「こっちには奥の手があるってこと」


 沢渡は風花の残したゴーレムの内の1体を、冴草たちの前に瞬間移動させた。


「これを各校に30体ずつ投入するわ。どう? これなら勝てそうでしょ?」


 沢渡が呼び出したゴーレムに、契約者たちの目は釘付けとなった。


 確かに、この兵器があれば、なんとかなるかも。

 永遠長も、あの裁判官もいないなら。


「それと契約者には大サービスで、魔法の武器と防具もプレゼントするわ」


 沢渡のプレゼンに、


「おお!」


 それまで襲撃に否定的だった空気は変わり始めていた。この計画に秘められた、沢渡のもう一つ目的も知らずに。


 そもそも、今の常盤学園を壊滅させるだけなら、沢渡1人の力で事足りる。そこを、あえて魔法少女と契約者を使ったのは、魔道兵器に必要な魂を集めるためなのだった。


 契約者と魔法少女たちが、常盤学園の連中を全滅させられればそれでよし。

 仮に失敗したとしても、そのときは契約者と魔法少女の中にも犠牲者が出るだろうから、それだけ魂が手に入る。

 いつ裏切るともわからない契約者よりも、自分の命令を従順にきくゴーレムのほうが、沢渡にとっては使い勝手がいい。そのためには、むしろ契約者にはさっさと死んでもらったほうがいいのだった。そして、たとえ永遠長や羽続が不在でも、常盤学園には他にも契約者の不死を無効化できる者がいる。そいつらに契約者をぶつければ、効率よく魂が手に入る。戦力を3手に分けるのも、実のところ、そのほうが契約者と魔法少女にも死人が出やすいと考えたからなのだった。

 加えて、ゴーレムを実戦投入することで、その性能を試すこともできる。

 

 どう転んでも、沢渡に損はないのだった。


 後は、あんたたちの実力次第よ。せいぜいがんばって、あたしの役に立ってちょうだい。


 契約者たちを眺めながら、沢渡は内心でほくそ笑んでいた。















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