第171話
学生にとって、最後の牙城であった生徒会は、永遠長と天国の前に崩壊した。
しかし、学生たちに取り立てて落胆の色は見えなかった。
生徒会が永遠長に勝てるわけがない。
これまでの戦いから、学生の大多数がそう思っていたということもある。が、それ以上に自分たちも洗脳されていたという事実と、何よりナメクジのインパクトが強すぎて、週末戦の勝敗は早々に頭の隅に追いやられてしまったのだった。
そして、その当事者である会田はというと、生徒会戦後、保健室で秋代から自分の身に起きたことを聞かされていた。
「ナ、ナメクジ?」
話を聞き終えた会田は色を失った。しかし、それは自分がナメクジに変身したことにではなく、その姿を学生、特に女子に見られてしまったことに対してのものだった。
戦いの後、やけに周囲の目が冷たいことは、会田自身も実感していた。しかし、それはただ単に自分が永遠長に負けてしまったからだと思っていたのだが……。
このままだと怪奇ナメクジ男として、この学園はおろか世界中の女子から汚物扱いされかねない。
それだけは、なんとしても回避しなければならなかった。
こ、こうなったら、今日のことを、この学園中の人間の記憶から消すしかない。
それが会田の出した解決方法だった。
秋代の話通りだと、自分がナメクジ化したことは、まだこの学園の人間しか知らない。ならば「忘却」のスキル持ちに「同調」して、この学園中の人間の記憶から今日の出来事を消去してしまえば……。
よし! これでいこう!
会田は、さっそく計画を実行に移そうとした。しかし、
「何、勝手なこと言ってんのよ、あんた」
秋代に機先を制されてしまった。動揺していた会田は、我知らず考えが口から出てしまっていたのだった。
「だいたい、あたしたちの記憶を消したところで、あんたの中からナメクジがいなくなるわけじゃないでしょうが」
秋代は冷ややかに言った。
「その状態であたしたちの記憶を消して、もしまたナメクジ化したらどうする気なわけ、あんた?」
その場合、ナメクジ共々駆除されかねない。
最悪の事態を突きつけられ、会田は鼻白んだ。
「それに、わかってんの? その場合、永遠長の記憶も消さなきゃなんないのよ? あんた、もう1度あいつにチョッカイ出す根性あんの?」
「う……」
あんなターミネーターの相手など、2度とごめんだった。
「ま、好きにすりゃいいけど、こっちの質問に答えてからにしてよね」
「て、言われても、マジで何も知らないんだよね、僕」
自分の中にナメクジの召喚獣がいると言われても、そんな実感ないし、そんな真似をいつどこで誰にされたかも、まったくわからないのだった。
「ということは、召喚獣を体に入れられたときに、記憶操作もされたということね」
花宮が言った。ちなみに、今保健室には秋代たち異世界ギルドメンバーの他に「マジカリオン」「ピースメーカー」「ダイバーシティ」「大和」「ヘブンズ・ドア」の主要メンバーも集まっていた。
「ふ、ふざけやがって」
会田は怒りに震えた。勝手に召喚獣を体に埋め込まれたうえ、記憶までイジられていたとは。それも、よりによってナメクジを。
「となると、今のところ手がかりは、このナメクジ男の中にいるナメクジだけってことになるわね」
秋代は考え込んだ。
「てか、ナメクジ、ナメクジいうの、やめてくんない」
「じゃあ、ナメ男」
「余計悪いだろ! いろんな意味で!」
「楽して儲けられると安直に生徒会長の話に乗って、永遠長と同じ力さえあれば勝てるとナメてかかった挙句、無様に返り討ちにあったんだから、十分ナメ男でしょうが。実際、生徒会長の話に乗りさえしなければ、ナメクジが体にいることもバレずに済んだかもしれないわけだし。要するに、世の中ナメ過ぎなのよ、あんたは」
秋代的には、この手の調子こきは嫌いなのだった。寺林の顔がチラつくから。
「うう……」
会田は肩を落とした。
「まあ、あんたの中にいるナメクジは、後で永遠長に取り出してもらうとして、これからどうするかね。犯人を探すって言っても、エルギアは広いし」
犯人がエルギアの召喚獣を利用して何かを企んでいるとしても、常にエルギアにいるとは限らない。全世界の中から犯人、もしくはその組織を探し出すのは、それこそ雲を掴むような話だった。
「それなら大丈夫じゃないかな」
小鳥遊が言った。
「どうして?」
「ほら、あの後すぐ永遠君いなくなったでしょ。あれは、きっと犯人の居場所がわかったから捕まえに行ったんだよ」
「え?」
秋代は周囲を見回した。
「そういや、いないわね、あいつ」
気づいてなかったんだ。と、小鳥遊は思ったが、口には出さなかった。
「そういや、天国もいないわね。もしかして、あいつら2人だけで犯人探しに行ったわけ?」
「たぶん、そうだと思う」
今回、会田の中に埋め込まれたナメクジは、犯人の召喚獣である可能性が高い。だとすれば会田の中にいる召喚獣と、そのマスターである犯人は契約により繋がっている。
「なら、そのナメ、召喚獣との繋がりを辿れば、犯人の居場所もわかるはずだから」
「試してみたらできた。ただ、それだけの話だってわけね」
「うん。だから、今頃もう犯人を見つけてるんじゃないかな」
「あいつに任せときゃいいってこと?」
それはそれで、秋代としては不安なのだった。なにしろ、何をするかわからない奴だから。最悪、いつでも地球を滅ぼせるよう、犯人を手助けする可能性すらあった。
「まあ、天国が一緒なら大丈夫だろうけど」
「うん。それに今の私たちじゃ役に立たないと思うし」
自虐的な小鳥遊の言葉を、
「そんな事はないわよ」
「そうじゃぞ。わしらも強うなったんじゃ」
秋代と木葉が否定する。
「あ、えと、その卑下してるとか、そういうんじゃなくて、その、あくまでもエルギアではってことで」
「どゆこと?」
「どうって、秋代さん、木葉君もだけど、あの後ろくにエルギアに行ってないでしょ」
「え?」
秋代と木葉は顔を見合わせた。
「言われてみれば……」
召喚獣をゲットするために行った以降、エルギアには1度も行っていなかったのだった。
「そんな状態でエルギアに行っても、たいして役に立たないと思うから」
「ぐっ」
「そういえば、あれ以来全然行っとらんかったの。あの召喚獣、今頃どうしとるかのう」
「て、そういえば、ゲットするだけして、餌とか全然あげてなかった!」
今頃飢え死にしてるんじゃ。
秋代にとっては痛恨の極みだった。散々、他のプレイヤーがゲーム気分でいることを腐しておいて、秋代自身、肝心なところでゲーム気分が抜けきれていなかったのだから。
「それは大丈夫だと思う」
小鳥遊がフォローした。
「そ、そう?」
「そうなんか?」
「うん。エルギアの召喚獣は、どちらかというと霊体に近い存在だから」
「そ、そう言えば、そんなこと言ってたわね」
「うん。だから召喚武装もできるわけだし。でなければ、普通モンスターが体の中に入ったり、鎧化したりできないでしょ?」
「た、確かに」
「そして霊体である召喚獣は、食事を与えられなくても、契約したマスターから生体エネルギーを吸収することで、最低限の生命活動を維持することができるから」
「そ、そうなんだ」
秋代は、ほっと胸をなでおろした。
「でも、だからと言って、ほったらかしにしていい理由にはならないから、これからは気をつけて」
小鳥遊は、どんなときでも朝晩欠かさず、召喚獣に会いに行っているのだった。
いつになく厳しい小鳥遊の声音に、
「そ、そうね。これからは気をつけるわ」
秋代はぎこちなくうなずいた。
「話はわかったのです。しかし、だからといってボッチートだけに任せてはおけないのです!」
沙門は奮然と鼻息を荒げた。そして、
「マリーたちはマリーたちで行動を開始するのです!」
勢い込んでエルギアに向かおうとする沙門を、
「待って」
小鳥遊が呼び止めた。
「その前にやること、というか、やらせることがあるんじゃないかな」
「やらせること、ですと?」
「もし、これが本当に誰かの仕業だとすると、召喚獣を体に入れられたのが会田君だけとは限らないってこと」
小鳥遊の言葉に、居合わせた全員の顔が険しさを増す。
「そして永遠君が犯人をすぐに取り押さえられてればいいけど、もしその前に犯人が召喚獣を目覚めさせたり、そうでなくても今回みたいに何かの弾みで表に出て来て、それが駅やショッピングモールみたいな人が大勢いる場所だったら」
それこそ大惨事は必至だった。
「それを避けるためにも、放送で今起きてることを説明して、異世界組の人たちをエルギアに誘導するのが先だと思う。それと、エスパー組や獣人組の人たちにも家族や知り合いに連絡を取ってもらって、できるだけ電車や高層ビルみたいな逃げ場がない場所には近づかないようにって」
復活した召喚獣の被害に巻き込まれないために。
「急いで放送室に向かうのです!」
沙門は放送室へと駆け出し、残る「マジカリオン」メンバーも沙門を追いかける。そして、
「それがしたちも」
「そうだね」
南武や明峰たちも保健室を後にし、残った小鳥遊たちは異世界ギルドの運営として、全プレイヤーに現状を伝えるべく、緊急告知メールの作成に取り掛かる。
これが地球を守るために、今自分たちにできる最善の方法だと信じて。




