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第17話

 事の始まりは、異世界ストアが告知した新しいイベント情報だった。


 昼休みに、いつものように屋上で昼食を済ませたところで、


「お、見てみい、みんな」


 木葉が異世界ナビを指し示した。


「どうやら1週間後に、ディサースのラグナルっちゅう国で、武闘大会をやるみたいじゃぞ」

「武闘大会?」


 秋代も自分のナビで確認してみた。すると、大会の優勝者には1年間の無料チケットと100万ポイントを。準優勝でも、半年間の無料チケットと50万ポイントを配布する。ただし、この大会の出場資格はノーマルジョブのみとする。と書いてあった。


「へえ、いいじゃない。報酬もおいしいけど、ぶっちゃけ今どれぐらい強いのか試してみたいと思ってたとこなのよね。いい機会だから、全員で出ましょうよ」


 秋代もノリノリだった。


「私も、みんなが出るって言うなら」


 小鳥遊も消極的ながら賛成し、残るは永遠長だけとなった。


「最初から、そのつもりだ。ポイントは、いくらあっても足りんからな」

「足りんて。あんた5億持ってて、まだ足りないっての? 高校卒業したら異世界に行くつもりなら、日本の金なんて持ってても、しょうがないでしょうに。それとも気でも変わったわけ?」

「金など、どうでもいい。俺がポイントを集めているのは、それで交換したいものがあるからだ」

「交換したいもの?」

「モスにある俺の魔剣だ。その剣を手元に置くためには、1000億必要なんでな」

「1000億!」


 秋代と木葉の声が重なった。


「て、1000億する魔剣って、どんな剣よ?」

「アルカミナという、雷の力を宿した剣だ。モスでは武器が持ち手を選び、その武器に選ばれた者だけが、その武器の力を引き出せるようになっている。つまり特注品のようなものだから、その分レ-トも高く設定されているんだ」

「あんたを選ぶなんて、その剣も相当なヒネくれモンね」

「余計なお世話だ」

「じゃあ、全員参加っちゅうことで、大会までの1週間、特訓じゃ!」


 木葉の考えに秋代たちも異存はなく、それからの1週間、木葉たちは空いている時間を再びダンジョンでのレベリングに費やすこととなった。


 そして、迎えたイベント当日。

 武闘大会の開催国であるラグナル王国の王都ネネスは、3年に1度の祭典の日を迎え、大いに賑わっていた。


 闘いの舞台となる闘技場の周辺には露店が立ち並び、店主たちは最大の書き入れ時に、少しでも儲けを出そうと汗を流していた。


「うおお、どこも人でいっぱいじゃ。お、あの出店のやつも、うまそうじゃ」


 木葉は香ばしい匂いに誘われるたび、次々と出店に誘い込まれていた。


「あんた、そんなに食べて大丈夫なの? この後、試合があるのよ?」


 秋代の忠告にも、


「心配無用じゃ。腹が減っては、戦はできんと言うじゃろ」


 木葉は泰然としていた。


 そして、そんな木葉たちが試合会場に着いたとき、


「あら、誰かと思えば、ボッチ-トの永遠長さんじゃありませんの」


 白いロ-ブをまとった小柄な少女が、永遠長に話しかけてきた。


「あなたも出場なさいますの?」

「そのつもりだ」

「そうですの。相変わらず、弱い者イジメがお好きですこと」


 少女は口元を押さえて微笑した。


「出場資格があるから出場する。ただ、それだけの話だ。誰に文句を言われる筋合いもない」

「文句ではなく、ただの感想ですわ。最古参が未だにノーマルなのをいいことに、新人戦にしゃしゃり出て、まったくもって、みっともなくて浅ましいと」


 永遠長たちと同年齢の少女は、そう一気に言い募った。


「何コレ? あんたの知り合い?」


 秋代は少女を指さした。そのとたん、


「無礼者!」


 少女の傍に控えていた、女戦士の叱咤が飛んできた。


「この方を誰だと思っている! この方こそ、かの尾瀬グル-プの御令嬢、尾瀬明理おぜあかり様! 本来であれば、貴様のような庶民は、口を利くことすらはばかられる御方なのだぞ!」

「尾瀬? 尾瀬って、あのよくテレビのコマ-シャルに出てる?」

「そう、その尾瀬様だ」

「へえ、だから背丈のわりに偉そうなのね」


 秋代は、たっぷり嫌みを上乗せて言い返した。


「この!」


 女戦士は剣に手をかけた。


「おやめなさい、轟さん。公衆の面前で、はしたないですわ」


 尾瀬は轟の軽挙をたしなめた。


「も、申し訳ありません、明理様」


 轟は、あわてて剣から手を離した。


「かまいませんわ。それに、わたくしを思ってのことであることは、わかっておりますから」

「も、もったいないお言葉にございます、明理様」


 轟は尾瀬にかしずいた。そこで、


「てーか、尾瀬さん。オレらのことも紹介してくださいよ。そのために声かけたんしょ」


 尾瀬の後ろに控えていた同年代の少年が言った。


「ああ、そうでしたわね。紹介が遅れましたが、こちらは今度新しく、わたくしのギルドに入団した赤木寿也さん、宝生隆ほうじょうたかしさん、小山内和史おさないかずふみさんです。3人とも今日の大会に出場しますので、もし対戦の運びとなったときには、お手柔らかにお願いいたしますわ。最古参である「背徳のボッチート」に本気で挑まれたら、新人である彼らはひとたまりもございませんでしょうから」


 尾瀬は嫌味を交えて、新人たちを紹介した。すると、


「赤木っス。よろしくっス。あんたが永遠長さんスか? 噂は色々聞いてるっスよ。なんでも、ノーマルなのにスッゲー強えんスってね? 3大ギルドを1人でぶっ倒したっていう、その力。ぜひ直で戦り合って確かめたいって、ずっと思ってたんス。もし対戦することになったら、全力でぶつかっていきますんで、そっちも全力で来てほしいっス」


 赤木は興味津々の様子で永遠長に詰め寄ると、


「じゃねえと、本当の意味でのジャイアント・キリングになんねえっスから」


 不敵に笑った。


「やってみるがいい。できるものならな」


 永遠長は淡々と答えた。すると、


「俺も楽しみにしている」


 宝生が口を開いた。宝生は赤木より一回り体が大きく、重厚な鎧を身にまとった立ち姿は、どこから見ても戦士だった。


「ノーマルでありながら、並み居るシークレットを撃破したという「背徳のボッチート」の実力のほどを」


 宝生の全身から闘気がほとばしる。そんな2人を横目に、


「2人とも、そのぐらいにしておきたまえ」


 尾瀬に紹介された最後の1人、小山内は肩をすくめた。こちらは華美な装飾を施された銀の鎧に身を包み、いかにも華麗な騎士という感じだった。


「仮にも「ノブレス・オブリージュ」の名を冠するギルドの一員が、仮にも最古参である先輩に因縁をつけるかのごとく噛みつくなど。恥を知り給え」

「別に因縁なんかつけてねえっしょ」

「赤木の言う通りだ」


 赤木と宝生は不本意そうに反論したが、


「高峰さんや深見さんに、またお仕置きされてもいいというなら、これ以上は言わないがね」


 小山内にそう忠告されると、あわてて引き下がった。


「それにしても……」


 尾瀬は改めて秋代たちを見回した。


「ボッチ-トのあなたが、ギルドを結成したと風の噂で聞いてはおりましたけれど、ずいぶんと貧弱そうなメンバ-ですこと」


 尾瀬は含み笑った。


「このわたくしの、直々の誘いを断ったあなたが結成したというから、どれほどのものかと思っておりましたのに、期待外れもいいところですわね」

「いちいちムカつくわね、このチビッ子は」


 元々沸点の低い秋代は、すでに臨界点に達していた。が、不意にある違和感を覚えた。


「て-か、そんなお金持ちのお嬢様が、こんなところで何してんのよ? 普通、セレブの令嬢が暇な時間にすることっていったら、ピアノとか生け花みたいな習い事のはずでしょ?」

「ピアノ? 生け花? さすがは庶民。実に発想が貧困ですわ」


 尾瀬は鼻で笑った。


 マジで殺ったろか、このガキ。


 秋代は本気で殺意を覚えたが、かろうじて理性が押し止めた。


「あ-、おかし。これだから庶民は、どこまで行っても庶民なんですわ」

「どういう意味よ?」

「そういう意味ですわ。異世界ストアが、なんのために存在しているのかすら、ご存じないのですから」

「なぜ存在してるのか? て、なんか理由があるっての?」

「……おしゃべりが過ぎたようですわね。では、わたくしたちはこれで」


 尾瀬は踵を返した。


「ちょっと待ちなさいよ。話は、まだ」

「せいぜい、がんばってくださいまし。もし、まぐれででも優勝したら、わたくしのギルドに雑用係として入れて差し上げますから。では、ごきげんよう」


 尾瀬はそう言うと、悠然と歩き去った。


「誰が入るか!」


 秋代は吐き捨てた。


「てか、そ-よ。こういうときのための絶対恭順じゃない。永遠長、あんた今すぐ追いかけてって、あのチビクソから絶対恭順で、ストアの秘密ってのを聞き出してきなさいよ」

「ことわる。そんな理由は俺にはない」

「けど今の口振りからすると、あのチビクソ、ストアの内部事情にまで精通してるっぽいじゃない。てことは、もしかしたら、あんたが探してる異世界を自由に移動する方法だって、知ってるかもしれないわよ?」

「……どちらにしろ不可能だ」

「なんでよ?」

「言ったはずだ。絶対恭順は、クラスとレベルの低い相手にしか効果がないと。あいつのジョブは、魔術師のシ-クレットジョブである「エンシェントマジックル-ラ-」だからな。カオスロ-ドの絶対恭順はきかんのだ」

「シ-クレットって、あのチビ、そんなに強かったわけ?」

「あいつは「最古の11人」の1人だからな」

「最古の11人?」


 秋代は眉をひそめた。


「今いるストア利用者のなかで、もっとも古くからいる11人ということだ」

「で、当然、あんたもそのうちの1人ってわけね?」

「一応、そういうことになっている」

「ふ-ん。でも、前も思ったんだけど、あんたってシークレットじゃないのよね? あんたなら、なんだかんだで、とっくになっちゃってそうなのに」

「言ったはずだ。カオスロードは人よけに便利だと。それにシ-クレットを手に入れるために重要なのは、情報収集能力だからな。そして情報収集は、当然人手が多いほど集まりやすい。あいつは早々にギルドを結成して、リクル-トにも力を入れていたから、情報収集能力で俺の上を行くのは当たり前のことだ」

「それがわかってんなら、あんたも誰かとパ-ティー組めば…て、あ、そうか。天国って娘に捨てられたと思い込んで、ずっと不貞腐れてたんだっけ」

「……誰が、そんなことを言った?」


 永遠長は不愉快そうに言い返した。


「事実でしょ」

「違う。たた単に興味がなかっただけだ。そもそも、調とパーティーを組んだのも…もういい。おまえには、なんの関係もない話だ」

「はいはい」

「……それに、もし興味があったとしても、入ろうとは思わなかっただろう」

「なんでよ?」

「連結は、おまえも言っていたように、わかりにくいスキルだからな。まだ、連結の力を使いこなせていなかった頃の俺は、傍から見ればなんの能力もない、使えない雑魚でしかなかった。だからバカにする奴はいても、パーティーを組もうという奴は誰もいなかった」


 天国以外は。


「それを、俺が「連結」のクオリティを使いこなせるようになったら、とたんに手のひらを返して近寄ってきた。使えない奴だと思っていたが、今なら利用価値がありそうだから使ってやる。ありがたく思えというわけだ」


 永遠長の声は、いつも以上に凍てついていた。


「仲間とは、たとえ弱くとも、その弱さを互いに補い合いながら、ともに苦難を乗り越えて行く者たちのことを言うんだ。弱いうちは歯牙にもかけず、強くなったら擦り寄ってくる者など、ただの寄生虫でしかない。そんな奴らのために、なぜ俺が無駄な時間を使わなければならない。そんな理由など、この宇宙のどこにもない」

「単に、あんたの顔が怖いから近寄り難かっただけなんじゃないの?」


 秋代は皮肉った。


「だったら最後まで近づくな。いつ俺が、おまえたちとお近づきになりたいと言った?」


 永遠長は言い捨てた。


「別に、お近づきになりたいわけじゃないわよ。あんたは目を離すと何しでかすかわかんないから、野放しにしとけないってだけ」

「…………」

「とにかく! あんな奴らにナメられっぱなしじゃいられないのよ!」


 秋代は木葉の両肩に手を置いた。


「がんばんのよ、正宗。あんた、それしか取り柄がないんだから」

「おう! 絶対優勝して、チケットゲットじゃ!」


 木葉は闘志満々だった。


 自分が相当酷いこと言われてること、気づいてないんだろうな。


 小鳥遊は不憫に思ったが、口には出さなかった。


 そして場外乱闘の余韻冷めやらぬなか、闘いの火蓋は切って落とされたのだった。









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