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第169話

 迎えた3学期3度目の金曜日。


 学生たちが見守るなか、生徒会の切り札として現れたのは、


「うわー、こんなギャラリーの中で戦うなんて、緊張するなあ」


 会田実あいだみのるという1年の男子だった。


「あれが、対永遠長決戦兵器? どこにでもいる、普通の奴って感じなんだけど」


 ヘラヘラ笑いながら周囲に愛想を振りまく会田に、秋代は眉をひそめた。永遠長に対する切り札というから、万丈や立浪のような偉丈夫を想像していたのだが、肩透かしもいいところだった。もっとも、沖田のような例もあるため、普通といえども油断はできなかったが。


「あのー、この人、メッチャ、ボクのこと睨んでるんですけど」


 グラウンドの中央まで来た会田は、近衛の背中から永遠長を恐る恐る覗き見た。


「これから戦うのですから、当然ですわ。あなたも睨み返すぐらい、なさい」


 近衛は会田に発破をかけた。


「いやいやいや。ボク、そういうキャラじゃないんで」


 会田は右手を忙しく振った。


「君も、ずーっと、そんな顔してて疲れない? ほら、もっとこうリラックスして、口もニッコリ持ち上げて、自然体が1番、ね?」


 会田は、唇の両端を指で持ち上げて見せた。


「これが俺の自然体だ」


 永遠長は淡々と答えた。


「あー、さいですか。それは失礼をば」


 会田が永遠長に答えてから、


「大丈夫なんですか、近衛さん?」


 近衛に耳打ちした。


「なんか、この人見てると、突然ルールもへったくれもなくなって、キラーマシン化しそうなんですけど?」


 この戦いで、永遠長は他人の力を使わない。近衛がそう言うから、この依頼を引き受けたのだった。


「その心配はありませんわ。彼は公言したことを覆すことは、絶対にありませんから。そうですわよね、永遠長先生?」

「ああ。この戦いで他人の力を使うことはない」

「ということですわ」

「なら、いいですけど」

「では、これでわたくしどもは下がらせていただきますわ」


 近衛たち生徒会の面々は、中央舞台から退場した。そして2人きりになったところで、


「にしても、君も変わってるよね」


 会田は、やはり軽い調子で切り出した。


「この前のギルド戦も見てたけど、自分からKYな発言連発してさ。異世界ギルドの運営権、だっけ? あれだって、それを持ってるせいで周りからハブられて、あんな不利な勝負をする羽目になっちゃったんだろ? ボクだったら、そんなメンドーなもの、さっさと売っぱらっちゃうけどね。そのほうが、よっぽど穏やかで楽しい人生を送れる。そう思わない?」

「思わん」

「あっそ」


 会田は肩をすくめた。


「誰ともブツからず、みんなと仲良くするほうが、嫌われながら生きるより、よっぽどいいと思うんだけど」


 会田は頭をかいた。


「異世界に避難する話だって、そうだよね。確かに、全人類を避難させるのは不可能かもしれないけどさ。今からでも始めれば、それだけ多くの人を助けられるわけじゃない。なら、やらないよりやったほうがいいに決まってんじゃん。そうすれば、助かった人たちは君に感謝するだろうし、それこそ人類を救った救世主として歴史に名前が残っちゃうかもだし」

「そんなものに興味はないし、他人との馴れ合いは世界に歪みを生む苗床にしかならない」

「いやいや。ボクに言わせれば、歪んでるのは君自身なんだけど」


 会田の正直な感想に、ウンウンと、居合わせた学生たちは内心で深くうなずいていた。


「言いたいことはそれだけか? なら、そろそろ始めるぞ」

「論破されたからって、そういう態度はよくないと思うよ」

「まだ言いたいことがあるなら、聞いてやると言っている。もっとも、それで俺の気が変わることは絶対にないがな」

「あっそ」


 会田は嘆息した。


「じゃー、始めよっか。もー、なんかメンドクサくなってきちゃったし」


 会田は屈伸すると、


「チャッチャと戦って、チャッチャと終わらせることにするよ」


 永遠長との間合いを一気に詰めた。そして、


「はい、終わり」


 ダイヤモンド化した右手を永遠長へと突き出した。しかし永遠に飛び退かれ、


「あれま」


 空振りに終わってしまった。それでも、


「凄い、凄い。よくかわしたね。さすがは「背徳のボッチート」そこらの雑魚とは大違いだ」


 会田の顔には、まだまだ余裕があった。


「どうなってんの? なんなわけ、あれ?」


 秋代の目からも、会田の右手が変化しているのは見て取れた。


 地球において、普通の人間はクオリティしか使用することができない。だとすれば、アレは加山と同じ変化系か強化系による変化ということになるのだが。

 その秋代の疑問に、


「同調」


 天国が答えた。


「同調?」


 秋代の眉が嫌悪感から引き締まった。


「て、あのクソチビたちが使ってた?」

「そう。その「同調」を、今彼は流輝君に対して使ってるの」

「それって」


 ギルド戦終了後、天国が尾瀬に言っていたことだった。永遠長と「同調」すれば、どんな力も使い放題だったのに、と。


「そう。つまり今流輝君は、流輝君と同じ力を持つ人間と戦ってるってこと」


 そして、それこそが近衛の自信の根拠でもあった。


 余計なことを言ったと、後悔しても遅いですわよ。


 近衛は天国を見て、ほくそ笑んだ。この戦いは、いわば「背徳のボッチート」同士の戦いのようなもの。

 ならば、なんの制限もない「背徳のボッチート」が勝つのは当然だった。


 もっとも、この程度のこと、あなたがあそこでおっしゃらなくとも、わたくしはとっくに気づいておりましたけれども、ええ、本当に。


 近衛は会田の勝利を確信していた。ただ1つ懸念材料があるとすれば、


 なのに……。


 この期に及んで、天国が平然としていることだった。自分の言動が婚約者のピンチを招いた。と、第三者からは見えるにも関わらず。


 この状況でも、まだ勝てると思っているということですの? それとも、この戦いで負けたところで学園を出ていくだけのことだから、たいした問題ではないと、お考えなのかしら? だとしたら、大甘ですわ。


 近衛は、この戦いが始まる前に、会田に言い含めておいたのだった。


 戦闘中に永遠長を「洗脳」し、異世界ギルドの運営権を自分に献上させるように、と。


 そして、それが成れば、自分は名実ともに常盤学園の頂点に立つとともに、異世界ギルドの運営権も手中に収めることになる。


 そこで指を加えて見ているがいいですわ、尾瀬明里。あなたが手に入れそこねたものを、わたくしがわたくしのやり方で手に入れるところを。


 近衛は尾瀬を横目に、内心で高笑った。


「……と、近衛さんは思ってるみたい」


 天国は、近衛の胸の内を秋代たちに明かした。


「つまりドサクサ紛れに、異世界ギルドの運営権までかっさらおうと考えてたってわけ? あの、生徒会長」


 あきれた図々しさだった。


「でもこのままだと、それも妄想じゃなくなるんじゃない?」


 普段の永遠長であれば、相手が洗脳系の力を使ってきたとしても「遮断」なり「反射」なりで防ぐことができる。しかし「他人の力は使わない」という縛りがあるため、現状これらの防御法は使えないのだった。


「それじゃ、お次は」


 会田は地面に右手をつくと、グラウンドの土を剣に変えた。


「どう? うまいもんだろ? この日のために練習したんだ、ボク」


 会田はニコリと笑った。


「にしても、便利だよね、この力。誰の力でも使い放題なんて、チートもいいとこだよ」

「俺はチートじゃない」

「いやいや、十分過ぎるほどチートでしょ。て、まあ、それはいいとして、まだ続ける?」


 会田は剣先を永遠長に向けた。


「この力の凄さは、持ち主である君が1番よくわかってると思うんだけど?」

「続けるに決まっている」

「あ、そ。それじゃ」


 会田は全身をダイヤモンド化すると、


「リフレクトドライバー、だっけ?」


 剣先にリフレクトドライバーを展開。さらに、


「ダブルブースター」


 「増幅」と「強化」で身体能力をアップさせると、永遠長に突撃した。

 これに対し、永遠長は電磁シールドを展開して、リフレクトドライバーを防いだ。しかし、


「封印」


 会田は邪魔な電磁シールドを「封印」で封じにかかった。が、できなかった。

 その理由はわからなかったものの、


「なら!」


 別の方法を切り替えればいい。そして、いくつかある選択肢の中から会田が選んだのは、


「回帰!」


 だった。


 時間を巻き戻す回帰であれば、どんな力でも無効化することができる。


 今度こそ永遠長の電磁シールドを破れる。


 会田がそう思った矢先、永遠長は空へと飛び上がった。


「逃さないよ!」


 会田は「反射」による無数の刃を上空に展開。いっせいに永遠長へと襲いかかった。それは、かつてギルド戦で禿が使っていた技だったが、やはり永遠長の周囲に張り巡らされた電磁バリアによって防がれてしまった。


「邪魔だなあ、そのバリア。封印も効かないし、なんなの、それ?」


 会田は、ふてくされ気味に唇を尖らせた。


「これか? これは、おまえが俺に勝てないという証拠だ」

「なに、それ? 何かの冗談?」

「冗談かどうかは、すぐにわかる」

「生憎だけど、ハッタリはボクには」

「顕現、疾風迅雷」


 永遠長は全身に雷をまとうと、


「変現、半獣白狐」


 会田の背後に光速移動した。そして、


「変現、巨獣白狐」


 右腕を巨大化させると、


「が!?」


 会田を、彼をガードしていた反射板ごと殴り飛ばしたのだった。


 「反射」による防御は、決して完全無欠ではない。土台となる使用者の足腰以上の負荷を受ければ、反射板ごと吹き飛ばされてしまう。

 そのことを会田は知らなかったのだった。そして殴り飛ばした会田に、永遠長の追撃の手が伸びる。


「う、うわああ!?」


 会田は、永遠長に向けて閃光を乱れ撃った。しかし永遠長は、これらも光速で回避すると、再び会田を反射板ごと殴り飛ばしたのだった。さらに、


「く……」


 会田が立ち上がった直後、足元の地面が槍のように突き出してきた。

 会田の「反射」によるガードは、足元には及んでいない。それを見抜いた永遠長は、魔法で会田の足元の地面を突出させたのだった。


「うわわわ!?」


 会田は、あわてて空へ逃げると、今度は周囲にくまなく「反射」を張り巡らせた。直後、


「え?」


 反射板が会田の周囲から消失した。


「な、なんで!?」


 戸惑う会田を、再び光速移動してきた永遠長が叩き落とす。


「今のなんで消えたわけ? 永遠長がなんかしたの?」


 秋代にも、会田の「反射」が消えた理由がわからなかった。


「それは、会田君が周り全部に「反射」を使ったから」


 天国が答えた。


「どういうこと?」

「禿さんの「反射」は、文字通りすべての力を跳ね返すものでしょ。それを周りすべてに張り巡らせたもんだから、彼が「同調」している流輝君の「連結」の力まで断ち切っちゃったってわけ」

「ああ」

「そうなれば当然、会田君への力の供給は絶たれることになり、結果「反射」も消失してしまったってわけ」


 この現象は、当然永遠長が使用した場合にも発生する。が、永遠長は故意に微小な穴を開けることで、この事態を防いでいるのだった。


「何をしているんですの! しっかりなさい!」


 やられっぱなしの会田に業を煮やし、近衛の叱咤が飛んだ。


「そ、そんなこと言われても、あんな速さ」


 捉えられるわけがない。話が違いすぎる。


 会田としては、もう帰りたい気分だった。


「ならば、あなたも同じことをすればいいんですわ。あの男と「同調」しているあなたであれば、あの力も使えるはずです」


 近衛のアドバイスを受け、


「け、顕現?」


 さっそく会田は行動に移した。


「疾風迅雷!」


 しかし、


「あ、あれ?」


 何も起きなかった。


「ど、どうして?」


 この会田の疑問は、


「なんで使えないわけ?」


 秋代の、そしてその場にいる大半の学生たちの疑問でもあった。


「なんでって、神器が選んだのは流輝君であって、会田君じゃないんだから。当然でしょ」


 天国は、あっけらかんと言った。


「神器が使い手として認めるのは、唯1人のみ。そして、その使い手と神器は魂で繋がっている。たとえ、その使い手と「連結」したところで他人は他人でしかないんだから、神器が応えるわけがない」


 そのことは、以前永遠長が真境との戦いで実証済みだった。


「こうなったら、あれを使うしかありませんわ!」


 近衛が再び声を上げた。


「あ、あれ?」

「創造主化ですわ! あれを使えば、その男にも確実に勝てるはずですわ!」

「あれか」


 近衛に言われた会田は、自分の胸に手を当てた。このままでは、どうせ負ける。なら、イチかバチかやってみるまでだった。


「創造主化付与」


 会田は自分に創造主の力を付与した。直後、


「ぎゃああああ!」


 会田は苦痛に顔を歪めて、その場を転げ回った。


「痛い! 痛い! 痛い! 痛い! 痛あああい!」


 会田は泣きわめくと、大急ぎで創造主化を解除した。


「し、し、死ぬかと思った」


 会田は涙目で大きく息をついた。


「なんだと言うんですの?」


 いぶかしむ近衛に、


「当たり前だっての」


 秋代が冷ややかに言い捨てた。


「なんですって?」

「創造主の力を人間の体に取り込もうってんだから、それなりの負荷がかかるのは当たり前でしょうが。その負荷に、あんなチャラチャラした男が耐えられるかってーの」


 秋代がギルド戦で創造主化の負荷に耐えられたのは、尾瀬への対抗意識があればこそ。それ以外で創造主化など、2度と御免被るレベルの代物なのだった。


「そんなに凄いもんなんか? どんなもんか、わしも1度試してみたいぞ。やってみてくれ、春夏」


 好奇心を爆発させる木葉に、


「いいわよ」


 秋代は二つ返事で創造主化を付与した。すると、


「ぬおおおおおお!?」


 案の定、木葉は痛みで転げ回った。


「政宗「増幅」でパワーアップしたら、痛みが吹き飛ぶかもよ」


 秋代がアドバイスし、


「そうなんか?」


 木葉は「増幅」を発動した。とたん、


「ぎゃああああ!?」


 さらなる激痛が木葉を襲った。創造主化による負荷が「増幅」により倍化した結果であり、それと承知で秋代は木葉に勧めたのだった。


「これで、もう2度と「創造主化、創造主化」言わないでしょ」


 倒れたまま動かなくなった木葉から、秋代は創造主の力を取り除いた。


 酷い。


 小鳥遊を始め、周りの誰もがそう思ったが、誰も口には出さなかった。


 そして木葉同様、安易に力を求めた人物は、今まさに永遠長の手でトドメを刺されようとしていた。


「変現、砲口白狐」


 永遠長は会田に右腕を突き出すと、右手に本来の5倍近い狐の顔を出現させた。そして、大きく開け放った口に灼熱の炎を集約させていく。


「う、うわ! ま、待って、待って! 待って! 待ってえ!」


 死ぬ! 死ぬ! 死ぬ! あんなものを食らったら、マジで死んじゃう!


 会田の顔から血の気が引く。


 これ以上、付き合ってられるか!


「こ、降」


 会田が降参しようとしたとき、


 ドクン!


 会田の心臓が大きく高鳴った。そして心臓の鼓動は、その後も収まることなく高まり続け、


「う? うう……」


 会田の全身を再び激痛が襲った。直後、会田の衣服が破れた。


「な、何これ?」


 会田は自分の体をマジマジと見た。すると、体中の筋肉が肥大化していた。いや、正確には会田の体が巨大化しているのではなく、会田の体内から何かが溢れ出てきているという感じだった。そして、

 

「た、助けて……」


 その言葉を最後に、会田は自分の内から溢れ出てきたモノに、完全に飲み込まれてしまった。


「な……」


 学生たちが見つめるなか、会田の体内から溢れ出たモノは、なおも肥大化を続けながら、本来の姿を取り戻していく。そして間もなく、学生たちの前に現れたのは、


「ズジュ、ズジュ、ズジュ」


 20メートルを超える巨大なナメクジだった。





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