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第165話

 その夜、男子寮の一室では、


「フザケやがって、あいつら」


 万丈が永遠長と藤間への怒りを募らせていた。


 来週の月曜日に自分が永遠長と戦うことは、藤間も知っているはず。

 にも関わらず、あの2人は来週の金曜日に戦う約束を取り付けた。ということは、藤間も永遠長が万丈に負けるとは微塵も思っていない、ということなのだった。そして、それは他の学生も同様で、口に登るのは藤間と永遠長の勝負のみ。月曜日の万丈戦は、完全にスルーされていたのだった。


「ぜってー、あの野郎をブッ殺して、オレをナメたことを後悔させてやる」


 固く心に誓う万丈だったが、


「無理だな」


 ルームメイトの佐木篤さきあつしに一蹴されてしまった。


「あんだと、コラ! もういっぺん言ってみやがれ!」


 万丈は二段ベッドから跳ね起きると、下のベッドで横になっている佐木を睨みつけた。そんな短慮な友人のご要望に応え、


「無理だな」


 佐木は繰り返した。


「……こんの野郎」


 万丈は怒りに肩を震わせた。顔色1つ変えることなく本当に繰り返されたことが、怒りに拍車をかけていた。


「このままサシで戦っても、おまえが勝てる確率は限りなくゼロに等しい」


 それが佐木の結論だった。


「おまえも本当はわかってるんだろう? このまま戦り合っても勝ち目はないと」

「なんだ、そりゃ? まさか闇討ちでもしろってんじゃねえだろうな?」


 万丈の顔に不快感が滲む。


「そんな真似して勝ったところで、そんな勝利になんの意味があるってんだ? そんな真似した時点で、オレは野郎に実力じゃ勝てねえって認めたようなもんじゃねえか。たとえ数じゃ劣っても、個々の潜在能力じゃオレたちが上。それが獣人オレたちの矜持だろうが」


 万丈は拳を握りしめた。それで本当に勝てたとしても、


「どうせ、おまえたちにできることは、その程度のものだ。このチンカスどもが」


 と吐き捨てる永遠長の顔が目に浮かぶようだった。


「普段スカしてやがるくせしやがって、そんなこともわかんねえのか、てめえは!?」

「わかってるさ。この戦いが、すでに獣人すべての尊厳に関わることだってこともな」

「だったら!」

「だからこそ、戦いました。負けました。じゃ済まないんだよ」

「じゃあ、どうするってんだ?」


 獣人のプライドにかけて、卑怯な手段は取れない。かと言って、永遠長を攻略できるような奇策もない。   

 現状、八方塞がりなのだった。


「おまえの前に俺たちが戦う」


 それが佐木の導き出した答えだった。


「は? 俺たちって、おまえやまことがってことか? バカか!? 勝てるわけねえだろ!?」

「そもそも、こんな事態になったのは誰のせいだ? おまえが意味なく! 無駄に! 考えなしに! あの男にからんだことが、そもそもの発端だろうが。他人のことをとやかく言う前に反省しろ、この脳筋が」


 永遠長が獣人組に関心がないなら、こちらも無視すればよかっただけのこと。わざわざ事を荒立てる必要などなかったのだった。


「シ、シカトされたらされたで、ムカつくだろうが」


 万丈は気圧されつつ言い返したが、


「おまえだけだ」


 佐木に捨て置かれてしまった。


「とにかく、おまえの前に俺たちが戦い、奴の力を少しでも削ぐ。奴も連戦すれば、それだけ疲れるだろうし、俺や犬山のスキルで奴を弱体化できれば勝ち目も出てくる。実際、冬休みに行われた勝負じゃ、その戦法を使って惜しいところまでいったって話だからな」

「そりゃあ、相手の力を封じりゃ勝てるだろうがよ。だが、そんな勝利が本当の勝利って言えるかよ」


 獣人が普通の人間より優れている。

 これは、それを証明するための勝負なのだった。


「そもそもが、数に任せて相手をフルボッコって、タイマン勝負じゃノーマルに勝てねえって認めるようなもんじゃねえか。そんなんで勝ったところで嬉しかねえんだよ、こちとらあよ」

「それでも負けるよりマシだ」


 佐木は鋭く言い放った。


「それに、奴と戦うことは大神おおがみたちの意思でもある。あれだけ散々コキ下ろされてムカついてるのは、おまえだけじゃないんだよ」

「…………」

「とにかく、俺たちが奴と戦うことは俺たち自身が決めたことだ。たとえ、おまえであろうと、それに口出しする権利はない」

「……勝手にしやがれ」


 万丈はゴロリと横になった。


「俺たちで奴の手の内をできるだけ引き出し、スタミナを消耗させる」


 幸い、永遠長は他人の力は使わないと宣言している。少ない手札を暴いた上で、消耗戦に持ち込めば十分勝ち目はあるはずだった。


「後は、おまえ次第だ」

「フン……」


 万丈は毛布を頭から被ると、目を閉じた。


 そして週が開けた月曜日。

 満月と照明に照らし出された運動場は、再び悪の大魔王の支配下に置かれていた。

 そして今宵、大魔王の手から世界を取り戻すべく立ち上がりし勇者は、月の女神の恩寵を受け、真なる力を解放させし獣戦士たちであった。


「正式に申し込んだ以上、人選はこちらで決める。文句はないな?」


 そう永遠長に断りを入れる佐木の姿は、満月の影響により大熊に変わっていた。


「ない。出場人数、順番は、おまえたちが勝手に決めるがいい」

「では」


 佐木たちは運動場を離れ、中央に残ったのは永遠長と、先鋒として選ばれた3人の猫の獣人だけとなった。


「あんたは行かなくていいわけ?」


 秋代は天国に尋ねた。

 もし複数人が相手のときは自分も参戦する。

 始業式のとき、天国はそう公言していたはずだった。


「ええ。だって、あれだけ大口叩いておいて、3人程度相手に私の手を借りなきゃ勝てないってなったら、格好がつかないもの。3人のうち、2人は女の子なわけだし」

「だからこそ、あんたが行くべきなんじゃないの? あいつ、相手が女子供だろうと、絶対手加減しないわよ」


 秋代が懸念を示すなか、獣人戦の初戦が始まった。


「最初は猫型3人か。なら」


 永遠長は内なる力の解放にかかった。


「変現、半獣白狐」


 その声に呼応するように、永遠長の髪が白く変色していく。


「それがどうした!」


 3人中唯一の男子である弓大地が、永遠長に飛びかかった。しかし、これを永遠長は軽々回避する。とはいえ、捉えきれない速さでもない。3人で連携すれば、十分仕留められる範疇だった。


「なるほど。なら」


 三方から一斉に襲ってくる3人を見て、


「体現、月下闘印」


 永遠長は次なる手札を切った。


「これで終わりだ!」


 この間合いなら、絶対に仕留められる。


 弓がそう確信した瞬間、


「!?」


 永遠長の姿が3人の視界から消えた。と、思った直後、


「が!?」


 弓は永遠長に殴り飛ばされていた。そして残る2人も、


「え?」

「な?」


 何が起きたのかわからない内に瞬殺されてしまった。


 周囲が唖然とするなか、


「次は誰だ」


 永遠長の目が残る獲物を射すくめる。


「どこまでもナメやがって」


 次鋒として進み出たのは、夏目樹と阿部聖子。共に狐の獣人だった。


「次は狐か。なら」


 永遠長は獣人化を1段階進め、


「変現、人獣白狐」


 完全な獣人へと変身した。


「びゃ、白狐?」


 動揺する阿部を、


「落ち着け。あんなもの、ただの虚仮威しだ」


 パートナーの夏目が静める。


「作戦通り行くぞ」

「ええ」


 2人は左右に飛び離れた。白狐とはいえ狐は狐。ならば2人いる分、自分たちが有利なはずだった。


「それに!」


 夏目は両手の上に、青白い炎を出現させた。そして、それはパートナーの阿部も同じだった。


「狐火か。なら」


 永遠長は両手を広げると、


「変現、巨獣白狐」


 巨大化させた両手を夏目と阿部へと伸ばした。


「な!?」


 2人は地を蹴り、永遠長の魔手から逃れようとした。が、永遠長の腕は2人を捕えるべく、際限なく伸び続ける。


「この!」


 夏目は生み出した狐火を、永遠長の右手へと投げつけた。だが永遠長の右手は苦も無く狐火を握り潰しただけでなく、次に開かれた永遠長の右手の掌には巨大な口が開いていた。そして次の瞬間、


「!?」


 右手の口から真っ赤な炎が吐き出された。


「うわああああ!」


 炎の直撃を受けた夏目は火だるまとなって地を転げ回り、数秒遅れで阿部も同じ運命を辿ることとなった。


「夏目! 阿部!」


 あわてて2人に駆け寄る獣人組を横目に、


「回帰」


 永遠長は2人の傷を瞬時に完治させた。


「次は誰だ?」


 尋常ならざる永遠長の力に周囲が息を呑むなか、


「つ、次は、オレたちだ」


 3番手として名乗りを上げたのは、8人の狼の獣人だった。


「次は8人か。なら」


 永遠長は両腕を広げると、


「変現、双獣白狐」


 2体の分身を生み出した。


「ぶ、分身、だと?」


 鼻白む狼たちを、


「どうした? 8対1が8対3になったら、もうお手上げか?」


 永遠長は皮肉った。


「フ、フザけるなあ!」


 8人の狼男は、3人の永遠長へと襲いかかった。


「そういや、分身できたんだったわね、あいつ」


 秋代が淡々と言った。周囲が永遠長の強さに動揺するなか、


「うおお!? 分身の術なのであります!」


 黒洲と木葉を除く異世界ギルドの面々は至って冷静だった。


「さっき腕が伸びたのも、その応用ってわけね」


 体を分身させられるなら、同じ要領で腕だけを増やすこともできるはずだし、掌に口を作ることもできるはず。言われてみれば納得だし、さして驚くことでもない。だが、それを思いつき、なおかつ実行に移してしまうところが、永遠長をデタラメチートたらしめている根源なのだった。

 もっとも、今の秋代にとって重要なのは、


「分身じゃー! 腕が伸びたー! 手から火が出たー!」


 再加熱した木葉の獣人化の欲求を、どう鎮めるかだった。


 そんな秋代たちが見つめるなか、再び伸びた永遠長の右手が狼男の1人によって「分断」された。


「おお!」


 獣人組による、初のダメージらしいダメージに周囲から歓声が上がる。が、それも刹那の出来事であり、次の瞬間には切り離された右腕は元に戻ってしまった。


「そりゃ、魔力で作った腕なんだから、いくらでも増やせるし、くっつけられるっての」


 周囲が動揺するなか、やはり秋代は冷ややかだった。


「その通り。なんだけど、今腕がくっついたのは獣人の力じゃないから」


 天国は秋代の考え違いを訂正した。


「どういうこと?」

「ほら、寺林さんとの戦いで、流輝君、両手足ブッた斬られちゃって、文字通り手も足も出なくされちゃったでしょ?」

「え? ええ」

「あのときは創造主化して難を逃れたけど、創造主化は体への負担が大きすぎるし、いつも同じ手が使えるとは限らない」

「そ、そうね」


 秋代の脳裏に、創造主化したときの激痛がフィードバックしていた。ぶっちゃけ、あんな思いは2度とごめんだった。


「そこで、同じような状況になった場合の対処法を考えた」


 「連結」は、物と物を繋げる力。ならば切り離された手足も「連結」の力を使えば、繋げることができるのではないか? と。


「そして試してみたらできた」

「て、試したの、あいつ?」


 秋代にとっては、そっちのほうが問題だった。


「ええ、自分で左手を切り落として。ダメならダメで「回帰」で元に戻せば済む話なわけだし」

「そういう問題じゃないでしょうが」


 秋代は眉をしかめた。想像しただけで、腕に痛みが走る。


「やっぱ、頭のネジが5、6本吹っ飛んでるわね、あいつ」

「まあ、それが流輝君だから」


 天国は苦笑した。


「それで済ます、あんたもたいがいよ」


 そう秋代はツッコミを入れようとしたが、その前に永遠長と狼男たちの戦いに動きがあった。永遠長が伸ばした右腕から、さらに6本の腕が左右に飛び出したのだった。そして、その内の4本が2人の狼男を掴まえた直後、残る2本の腕が炎を浴びせかける。


「吹雪!」

ひかる!」


 残る6人から仲間を気遣う声が飛ぶ。が、その隙を突かれ、


「ぐあああああ!」


 さらに2人が永遠長の巨腕に握り潰されてしまった。


「やってることが、完全に敵キャラムーブね」


 秋代がしみじみ言い、


「まあ、それが流輝君だから」


 天国が苦笑を返す。そして秋代曰く、敵キャラムーブの極めつけとして、3人の永遠長は伸ばした両腕を繋ぎ合わせて残る4人を包囲すると、腕から無数の頭を生え伸ばした。


「ヤマタノオロチならぬ、ヤマタノキツネね」


 秋代が感想を言い終えた直後、無数の狐面から炎が吐き出された。


「次は誰だ?」


 6人の狼男を火刑に処した後、永遠長は再び獣人組を射竦めた。


「化け物め」


 佐木にとっては、完全な計算違いだった。異世界組から永遠長の強さを聞いてはいたが、まさかここまでの化け物だったとは……。


 佐木は周囲に目を向けた。すると、ほとんどの獣人から戦意が喪失していた。当初の予定では、少人数ずつ参戦させて永遠長の疲弊を誘うつもりだったが、この状態では難しそうだった。なにより、ここまで3戦して、あれだけの力を使ったにも関わらず、永遠長に疲労の色は微塵も見られない。そして、それはこの先何戦しようと同じと思われた。


「万丈、後は任せたぞ」


 佐木は大将にそう言い残すと、運動場へと進み出た。


「次は熊、いわゆる熊神というやつか。なら」


 永遠長は新たな、というか、たった今思いついたアイディアを実行に移した。


「変現、霊獣白狐」


 永遠長の意思に呼応して、永遠長の体が巨大化しながら獣へと変化し、1本だった尻尾が9本に増えていく。

 九尾の狐に変身した永遠長に周囲が動揺するなか、


「てか、尻尾9本に増やしただけじゃない」


 秋代だけは冷ややかに切り捨て、


「それが流輝君だから」


 天国が苦笑を返す。


「な……」


 佐木にとっては、またも誤算だった。熊の最大の利点は、その強靭な肉体から生まれる怪力とスタミナにある。だが、永遠長が佐木以上の巨体へと変貌したことで、彼の勝利の方程式は崩れてしまったのだった。


「今さらか」


 佐木は苦笑した。自分の成すべきことは全力で戦い、次の大将戦に少しでも活路を開くこと。今さら勝敗を気にしても仕方ないことだった。


「それに」


 まったく勝ち目がないというわけでもなかった。

 佐木のスキルは「制限」であり、大神の「制御」同様、相手を弱体化することができる。

 大神は永遠長の常識外れの戦法に翻弄され、スキルを使う前に敗退してしまったが、お陰で永遠長の力は十分理解できた。この先、永遠長がどんな攻撃を仕掛けてこようと冷静に対処し、自分のスキルを永遠長に食らわせることができれば、勝ち目も出てくるはずだった。


「行くぞ」


 佐木は意を決すると、四つ足で九尾の狐へと突撃した。だが、その意気込みも虚しく、


「変現」


 佐木の特攻は、


「巨碗白狐」


 さらに巨大化された永遠長の右前足によって、


「がは!」


 あえなく叩き潰されてしまったのだった。


「篤!」


 万丈は佐木に駆け寄った。すると、


「せ、成功だ」


 佐木は全身の骨を折る重傷ながら、かろうじて意識を保っていた。


「こ、これで奴の力は10分の1以下に」


 佐木は永遠長に1撃で敗れたが、その敗北と引き換えに、永遠長の力を「制限」することに成功していたのだった。


「お、俺の力が消えないうちに、早く」


 佐木の意識が途切れかけたとき、


「回帰」


 永遠長が佐木の体を回復させた。


「な!?」


 万丈は色を失った。回帰は、すべてを元に戻すことができる。その力で、自分にかけられた佐木の「制限」もなかったことにされてしまったと思ったのだった。


「安心しろ。俺にかけられた、そいつの「制限」は解除してない」


 永遠長は淡々と言った。


「ここで意識を失って「制限」が解除されては、わざとそいつのクオリティを食らった意味がなくなってしまうからな」


 そううそぶく永遠長の姿は、九尾の狐から元の人形に戻っていた。それが佐木の「制限」によるものかどうか、万丈には判断がつかなかった。が、唯1つ確かなことは、佐木が決死の覚悟で永遠長を倒す道筋を、自分に作ってくれたということだった。


「どこまでもナメくさりやがって。力を半減させられたままでも、オレ相手なら余裕で勝てるってか?」


 万丈は「解放」のクオリティを発動し、自身の内に宿る虎の獣性を全開させた。


「後で後悔すんじゃねえぞ!」


 万丈は永遠長に突撃した。実際のところ、永遠長の力の低下度合いは万丈にはわからない。そしてわからない以上、全力でぶつかるのみだった。


「オラア!」


 万丈は渾身の力で、永遠長に殴りかかった。しかし、あっさり受け止められてしまった。


「まさか、今のが全力か? だとしたら、やはり放置という俺の判断は正解だったことになるな」


 永遠長は万丈の右腕を掴み上げると、そのまま無造作に投げ捨てた。


「そ、そんなわけねえだろ」


 万丈は立ち上がると、再び永遠長に殴りかかった。が、今度はかわされ、逆にボディブローを叩き込まれてしまった。


「万丈さん!」


 心配して駆け寄ろうとする仲間を、


「来るんじゃねえ!」


 万丈は一喝した。


「オレ様は獣人の国を作る男だぞ。こんなところで、こんな奴に負けてられるかってんだ」


 獣人が大手を振って暮らせる国。ノーマルに虐げられ、差別されることのない世界を。


「なんだ。そんなことか」


 永遠長は言い捨てた。


「て、てめえなんぞに、オレたちの気持ちがわかってたまるか!」

「勘違いするな。俺が言っているのは、そんなことなら何もしなくても、もうじき実現するという意味だ」

「なんだと?」

「魔物が復活すれば、一般人は必然的に獣人の存在も認識することになる。そして、そうなれば自分たちにとって直接的な脅威ではない獣人のことなど、気にしている場合ではなくなる。つまり魔物が復活すれば、おまえたちは誰の目を気にすることなく、大手を振って生きられるということだ」

「そ、そんなにうまくいくか。そうなったとき、ノーマルどもがオレたちを魔物扱いしねえって保証がどこにあるんだ!?」

「そこは政府が、獣人と魔物は違うことを公式に発表するしかない。そして、もしそれでも一般人が危害を加えてくるようなら、正当防衛で返り討ちにすればいい」

「そ、そんな真似したら、ますますオレたちが化け物扱いされるだけじゃねえか!」

「する奴にはさせておけばいい。どうせ、どういう状況になろうが、どんなに理解を求めようが、獣人を恐れて差別する人間は差別するのだからな。なぜならば」


 永遠長は周囲の学生たちに視線を走らせた。


「差別は世界にあるのではない。人間1人1人の魂に根付いているものだからだ」


 そして、その差別の対象は、人によってはデブであったり、頭の良し悪しであったり、障害のあるなしであったりする。獣人の存在が公になれば、そこに獣人が加わる。ただ、それだけの話なのだった。


「それを無理になくそうとしたところで、なくなりなどしない。人にはそれぞれ心があり、好き嫌いがある。それをなくすということは個性の消失であり、自分という存在の喪失に他ならない」


 ゴキブリが嫌いな人間に、いくらゴキブリを好きになれと言ったところで無理がある。永遠長に言わせれば、差別意識はそれと同じなのだった。


「だがそれは、己の持つ差別意識を無秩序に撒き散らかしていいということではない」


 永遠長の眼光が鋭さを増した。


「それがわからないというのであれば、それでいい。その場合、そいつが差別される側に立った場合、何をされても構わない。そういうことなのだろうからな。ならば、その信条に従ってやるまでの話だ。そいつが死ぬまでな」


 永遠長は万丈を指さした。


「そして、それはおまえたちも変わらない。もし、この世界に獣人だけしかいなければ、そのときは力の強い獣人が力の弱い獣人を見下し、別のヒエラルキーが構築されるだけの話。つまり根っこの部分では、おまえたちもおまえたちが憤っている人類と何も変わりはしないということだ」

「い、一緒にするんじゃねえ!」

「どこが違う? 現に、今おまえたちは普通の人間を劣等種扱いしているだろうが」

「フ、フザけんな! 差別してるのは、ノーマルどものほうだろうが! オレたちは、自分の身を守ってるだけだ!」

「本当に、自分たちの安全を確保したいなら、人類の半分も殺せばいい。そうすれば相手の方から握手を求めてくる。人とは、そういう生き物だ」


 自分が差別する側にいるときは笑って済ませておきながら、差別される側になったとたんに悲劇の主人公面をする。


「どうせ、この戦いが終わった後、ノーマル、特にエスパー組は獣人組を見下すんだろうが、せいぜい今のうちに優越感に浸っているがいい。自分たちが差別される側に立つ、そのときまでな」


 永遠長から発せられる禍々しい気に、居合わせた学生たちの顔が強張る。


「もっとも、それまで生きていられればの話だがな」


 永遠長は言い捨てると、万丈に視線を戻した。


「どうした? 攻めてこないのか? 俺ごときに勝てないようでは、おまえの夢とやらは成就しないんじゃなかったのか?」

「言、言われるまでもねえ」


 万丈は永遠長に挑発されるまま、攻撃を仕掛けようとした。そのとき、変化が起きた。


 万丈の姿が、突然虎から人間に戻ったのだった。見ると、他の獣人や永遠長も人間の姿に戻っていた。


「こ、これは?」


 このことから、考えられることは1つしかなかった。


 地球に施されている結界が、今このひとときだけ力を取り戻したのだった。















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