第162話
赴任初日の授業終了後、
「寺林、話がある」
職員室に戻った永遠長は寺林に声をかけた。
「愛の告白かい?」
茶化す寺林にかまわず、
「異世界ギルドに関することだ」
永遠長は要件を切り出した。
「ここでしていい話なのかい?」
「かまわん。ここにいる連中は、どうせ教師とは名ばかりの、お飾り人形に過ぎん。何を言おうと聞かれようと、気にするに値しない」
永遠長は冷ややかに言い捨て、周囲の不快指数が爆上がりする。もっとも新任の挨拶時に、
「おまえたちに話すことなどないし、その価値もない。せいぜい自分の子供のような年の連中に媚を売って、老後の蓄えを増やしていろ」
と言い放ったときから、教師陣の永遠長に対する評価は底値なのだが。
「てゆーか、もう私は異世界ストアの運営じゃないんだけど」
「異世界ギルド以外の仕事を増やしたのは、おまえだろう。なんなら、今からでも依頼をキャンセルしてもいいんだぞ」
「わかった、わかった。ホント、君ってば、うちの副社長より人使いが荒いんだから」
寺林は肩をすくめた。
「で? 話ってのは?」
「おまえから依頼を受ける前に、契約したテナントがある。おまえには、そこで開業する霊能探偵事務所の探偵として、依頼人の応対をしてもらいたい」
「霊能探偵事務所?」
寺林の声に興味が帯びる。
「そうだ。幽霊、妖怪、超能力、その他あらゆる超常現象を専門に扱う探偵事務所だ」
「ほう?」
「最初は俺が対応するつもりだったが、ここに張り付かなければならなくなってしまったからな。その点、おまえは新年度になれば暇になるだろうし、客としても未成年の俺が応対するより、おまえのほうが説得力があるだろう」
「確かにね」
探偵免許は未成年でも取得できるが、依頼主が中年と未成年のどちらを信用するかは言うまでもないことだった。
「応対するだけのパートを雇ってもよかったが、どうせ最初は客など来ない。雇うだけ金の無駄、と調が言うんでな」
「尻に敷かれてるねえ」
「だから違うと言っている。そして、その点おまえならば飛び込みの客が来たらわかるだろうし、すぐに駆けつけられるだろう」
「まあね」
「後は電話の応対だが、電話は携帯のみにするとして、授業中にかかってくる可能性もあるから、なんなら電話応対だけは調にさせてもいいが」
「大丈夫、大丈夫。それは、こっちで対処するよ。あの子はあの子で忙しいだろうからねえ」
寺林は、永遠長から探偵事務所用の携帯電話を受け取った。リャンにとっても、いい暇つぶしになるというものだった。
「まあ、一応社長の許可を取ってから、ということになるけど、たぶん反対しないと思うよ」
それどころか、自分が探偵事務所の所長をやると言い出しかねなかった。面白ければ、後のことはどうでもいい。それが寺林の上司のモットーだから。
「けど」
「なんだ?」
「どういう風の吹き回しだい? 教師になって学生に霊力の使い方を教えたり、探偵事務所を開業して困っている地球人を助けようとするなんて、今までの君では考えられないことだろ。突然、人類愛にでも目覚めたのかい?」
「そんなものに目覚めた覚えはない」
永遠長は言い捨てた。
「じゃ、なんだい?」
「おまえには関係ない話だ。が、理由を1つ上げるとすると、調が異世界に行く前に、新婚旅行を兼ねて世界1周旅行がしたいと言うからだ」
そのため、少なくとも新婚旅行が終わるまで、地球人には滅亡されては困るのだった。
「本当に尻に」
「だから違うと言っている」
「はいはい。とにかく話はわかったよ」
寺林はそう言ってから、社長からの頼まれ事を思い出した。
「あ、そうだ。そう言えば私のほうでも、君に話があるんだった」
「なんだ」
「いや、ディサースのジョブシステムのことなんだけどね。少し仕様を変更したいらしいんだよ」
「仕様を変更?」
「ああ。君も今使ってる「カオスロード」をシークレットにしたいそうなんだよ」
「カオスロードをシークレットに?」
「そう。最初に「ジョブシステム」を作ったとき、社長は単純にカオス=闇って定義したみたいなんだけど、後でカオスって光も闇もないまぜにした状態だって気づいたみたいでね。じゃーカオスで闇系はダメじゃんてことで、変更したくなったみたいなんだよ」
「なるほど」
「そこで、闇の騎士職はカオスロードをダークロードに、後ついでにイービルコマンダーをブラックパラディンに変えて、アークナイト→ブラックナイト→ダークシュヴァリエ→ブラックパラディン→ダークロードにしたいそうなんだ」
幸い、今現在カオスロードを使ってるのは、永遠長1人と言っていいため、影響は最小限に抑えられることも決断を後押しした要因だった。
「いいだろう。好きにするがいい」
「後、カオスロードも少し弱体化させて、絶対恭順の効果時間を1時間から30秒に減らしたいそうなんだ。社長、カオス=最凶最悪ってことで、後先考えずに効果時間を1時間にしちゃったけど、後々考えると強力過ぎたって反省したみたいなんだよ。まあ、わかるけどね。他の精神操作系は、シークレットでもせいぜい1、2分なのに、ノーマルジョブが1時間なんて、バランスが悪すぎるから」
「かまわんが、それだと芸がない。レベル1では10秒にして、レベルが1または10上がるごとに1秒または10秒増える。そのほうが他とのバランスも取れるだろう」
「いいね。それでいこう」
「残るはレベルだが、どうする気だ? シークレットへの変更に伴って、リセットするのか?」
「うーん。そうだね。君だけなら、そのまんまでもいいんだけど、他にもいることはいるからね。そのまんま繰り上げたら、いくらなんでも他とのバランスが狂い過ぎてしまう」
「なら、10分の1にでもすればいい。カオスロードなら高くてレベル150から200ぐらいだろう。その10分の1なら妥当なところだろう」
「なるほど。その線で社長に話してみるよ」
寺林は席を立ち、永遠長も異世界ギルドの業務に移行した。
永遠長と寺林にとって、このやり取りは業務上の軽い打ち合わせに過ぎなかった。
しかし、その軽い打ち合わせが、後に1人の少年の運命を翻弄することになるのだが、このときの永遠長たちは知る由もなかったのだった。
もっとも、知っていても屁とも思わなかったかもしれないが。
そして同時刻、秋代たちは別館へと足を運んでいた。理由は、
「あ、そういえば、昨日言い忘れてたけど、異世界ギルドの支部が別館にあるから、興味があるなら行ってみるといいよ」
と、授業後のホームルームで寺林に言われたからだった。
「たく、あのチャラ男だけは」
寺林に言われた3階に上がると、右奥の室名札に「異世界ギルド常盤学園支部」と書かれていた。そして秋代たちが部屋に入ると、室内には会議用の長机と、その周りに12脚の椅子が設置され、
「ようこそ、異世界ギルド常盤学園支部へ」
上座に天国が座っていた。
「あんただけ? 永遠長は?」
「流輝君? 流輝君なら、いつも通りモスに直行」
「で? あんたは何してるわけ?」
秋代は改めて天国を見た。すると、天国は机にノートパソコンを置き、何かの作業中だった。
「ホームページ作りよ。異世界ギルドのね」
「異世界ギルドの!?」
秋代たちは顔を見合わせた。
「正確には、その先駆けになる「永遠長霊能探偵事務所」の、なんだけど」
「永遠長霊能探偵事務所!?」
秋代たちは再び顔を見合わせた。
「そう。今この世界の魔物は結界で封じられてるけど、1部はすでに復活してるって話は、あなたたちも羽続さんから聞いたでしょ」
「え? ええ」
「そして、実際被害も出てるけど、現状どの国も魔物の存在を認めていない。つまり、今現在魔物たちは野放し状態になってしまっている」
国民も、たとえ被害にあっても、まさか魔物の仕業とは思わないし、言っても信じてもらえないため、泣き寝入りしているのが実情なのだった。
「各国でも対策は考えてるようだし、日本でも災害対策課で退魔課を設立しようって動きがあるみたいだけど、まだ正式決定はしてないみたいだし」
「退魔課? そんなのがあるわけ?」
「ええ。でもそのためには、この世界に魔物がいることを国民に公表する必要があるから、まだ表立っては行動できないみたいなんだけど」
「そこで、魔物退治専門の探偵事務所を作ろうってわけ?」
「ええ、そうなんだけど……」
天国は立ち上がると、ドアに歩み寄った。そして、
「詳しい話は」
ドアの取っ手に手を伸ばすと、
「彼女たちにも中に入ってもらってからってことで」
ドアを開いた。すると、沙門たち「マジカリオン」がドアの向こうで聞き耳を立てていた。
「あんたたち」
秋代の眉が、わずかにひそまる。非難しているというよりも、呆れの感情のほうが大きかった。そして、それは盗聴していた側も同じだった。
「あ、あの、こ、これは、違うんです」
六堂が狼狽する横で、
「ほら見ろ。言わんこっちゃねえ」
九重が冷ややかに言い、十六夜と花宮も苦笑していた。しかし、当の沙門は悪びれることなく、
「何を言っているのです。正義の味方が悪の動向を探るのは、当然のことなのです。水戸黄門を始めとする時代劇で、いつも被害を最小限に抑えられているのは、悪人の動向を密かに探っていればこそなのです」
堂々と持論を述べた。
「そりゃあ、見つからなけりゃの話だろ」
九重が容赦なくツッコミを入れるが、
「過ぎたことを、今さらグダグダ言っても始まらないのです」
沙門は鼻息で吹き飛ばしてしまった。
「入れと言うなら入るのです。そして、あなたたちが悪事を企てているようなら、マリーが成敗してくれるのです」
沙門は胸を張って部屋に踏み込み、
「それじゃ、ボクたちもお邪魔させてもらおうかな」
十六夜たちも彼女に続いた。
「全員が座るには椅子が足りないから」
天国は床の1部を「改変」で長椅子に変えた。そして沙門たちが長椅子に腰を落ち着かせたところで、天国は説明を再開した。
「で、話を戻すけど、魔物退治専門の霊能探偵事務所を作って、それが軌道に乗りだしたら本格的に対処する人材を募集する。わかりやすく噛み砕いて言うと、要するに流輝君は地球に冒険者ギルドを作ろうとしてるってわけ」
天国の説明を聞き、
「地球に冒険者ギルドを!?」
秋代たちの顔に驚きが浮かぶ。
「そんなに驚くことじゃないと思うけど。漫画なんかだと、よくある設定なわけだし。ほら、ゴーストスイーパー協会とかヒーロー協会とか」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
「アレだって、言ってしまえば、どこかの誰かが最初に考えたからできたわけだろうし、要するに流輝君は、その最初の誰かになろうとしてるだけなんだから」
「それも、そうなんだけど」
「もっとも、あの手の協会は根本的な疑問がついて回るんだけど」
「何よ? 根本的な疑問って?」
「もし、そんな魔物や悪人がいるなら、民間人が協会を作る前に、国がそういった類のものを取り締まる専門部署を作るんじゃないかってこと」
警察や自衛隊のように。
「言われて見れば、そうね」
「まあ、それを言ったら物語が始まらないし、現実でも警察があっても民間のセキュリティ会社やボディーガードは存在してるんだから、あり得ない話ではないんだけど、今みたいに魔物や能力者の存在を公にできない状況では、民間でそれに対処する組織を作るしかないってこと。これ以上の被害を出さないためにね」
まず東京で「永遠長霊能探偵事務所」の知名度を高めた後で、北海道、東北、関西、九州、四国に支部を作る。そして支部ごとに支部長を専任して、各々担当区内の処理に当たらせる。
それが永遠長の構想だった。
「で、この場合、問題となるのは、これを実現するための人材がいないってこと。特に、各支部を統括運営できる支部長がね」
「もしかして永遠長の奴、その戦力を養成するために、この学園の教師になったわけ?」
「最初は、そのつもりだったみたいだけど、今はそこまでは期待してないみたい。ここの生徒は無駄にエリート意識が高いだけで、戦力としては使い物にならなさそうだって」
天国の言葉に、
「そんなことはないのです!」
沙門が怒りの声を上げた。
「撤回を要求するのです! マリーたちは、決して役立たずなどではないのです!」
「そうね。でも、この場合必要なのは、力じゃなくて思いだから」
「思い、ですと?」
「そう。魔物との戦いに身を投じるには、能力以上に他人を、世界を守るって思いが強くなければならない。だけど、ここの学生たちにはそれがない。その証拠に、今日流輝君は嫌がらせをしてきた生徒に報復しまくったけれど、クラスメイトは誰も助けようとはしなかった。つまり、自分より弱い相手は攻撃できても、相手が少しでも自分より強いと思ったら途端に逃げ腰になって、クラスメイトすら助けようとしない。そんな性根の人間を、いくら鍛えたところで、誰かのために戦うことなんてしないだろうって」
「むう、なのです」
「まあ、それでも自分を守るためだけにでも戦えば、その分だけ他の誰かの被害が減るわけだから、それはそれでよし、と割り切ってるみたいだけど」
天国は苦笑した。
「そういうわけで、私は今、霊能探偵事務所のホームページの作成に勤しんでいるというわけ。わかった?」
「わかったけど、どういう心境の変化なわけ? この前まで、隙あらば地球人は皆殺しにしてやるって、殺人鬼モード全開だったくせに。あんたとヨリを戻したから、地球での生活に未練でもわいてきたわけ?」
「未練というか、私が異世界に旅立つ前に、新婚旅行を兼ねて地球を見て回ろうって言ったから、その前に滅びたら困るってこともあるけど、大部分は楽楽ちゃんのためね」
天国から出た固有名詞に、沙門の眉が反応した。
「楽楽っていうと、永遠長と同化してる?」
「そう。寺林さんを倒した後で、流輝君は賭けをしたの。まず、自分が高校を卒業するまでに子供が生まれるかどうか。そして生まれれば、その子が10歳になるまでは地球で育てて、10歳になったら地球と異世界、どちらの世界で生きたいかを選ばせるって。そして、もしその子が地球で生きることを選んだならば、地球を守るために全力を尽くす。そういう賭けを」
「てーか、賭けの内容うんぬん以前に、子供を賭けの材料にするなってーのよ。そんなんだから「背徳」呼ばわりされるんでしょうに」
「まあ、それが流輝君だし」
天国は苦笑した。
「それに、賭けっていうから変な感じがするけど、言い方を変えれば、子供が生まれたら、その子の気持ちを最優先に考えて今後の身の振り方を決めるってことで、親として当たり前のことを言ってるだけだし」
「言い方を変えればそうだけど、あいつは絶対そんなふうには考えてないわよ。あくまでも賭けの対象としてしか、自分の子供を考えてないわよ」
命を賭けてもよかった。
「で? あの楽楽って子にパパって呼ばれて、本人もその気になってきたから、あの子が10歳になるまで、とりあえず地球存続のために動くことにしたってわけ?」
「ええ。楽楽ちゃんは今年小学生になるから、10歳まで後4年。きりが良いところで小学校を卒業するか、長ければ中学卒業までね」
「問題は、あの状態で小学校に行けるかどうか、ね。とりあえず永遠長の中から出てこないことには、話になんないでしょ」
「大丈夫。それについては、流輝君に考えがあるみたいだから。というか、そんなことより今のあなたたちには、他に考えるべきことがあると思うんだけど」
「他って何よ?」
秋代には思い当たる節がなかった。
「イベント。異世界ギルドが次に行う、ね」
「て、確か次は、春休みにラーグニーでラリー戦をやるんじゃなかったっけ?」
確か、前に永遠長がそう言っていたはずだった。
「ええ、春休みはね。じゃあ、次のゴールデンウイークは?」
「え?」
「それとも、また「あ、そう言えば、そろそろゴールデンウイークだけど、イベントなんにするわけ?」って、流輝君に丸投げするつもりでいた?」
「う……」
「自分では何も考えず、肝心なところは流輝君頼み。それじゃ、流輝君に「同僚が聞いて呆れる」と言われても、仕方ないと思うんだけど?」
「く……」
「そもそも、地球人に関するイベントは、地球人を育成することを目的としている、あなたたち地球担当の仕事のはず。それを、流輝君が異世界選手権をやると言い出したときから、その後のイベントも流輝君が考えるのが当たり前のように思ってる。筋から言えば、地球人に関するイベントは、自分たちの担当なんだから口を出すなって、流輝君の提案を突っぱねなきゃならなかったのに。本当に、あなたたちに異世界ギルドの地球担当としての自覚と責任感があるのならば、ね」
「ぐ……」
「あ、それと異世界選手権の話が出たついでに言っておくと、あのとき秋代さんは教会の親玉を暗殺したのは流輝君だって決めつけてたけど、アレ本当に流輝君の仕業じゃないから」
「え?」
「少し考えればわかるでしょ」
あのときの永遠長の目的は、ゲーム感覚で好き勝手やってる地球人にお灸をすえること。ならば、教皇を暗殺して教会を沈静化させるよりも、好き勝手にやらせて地球人と殺し合わせたほうが、地球人の反省材料にできたはずなのだった。自分たちが、こんなにまでモス人から憎まれているのだと。
「まあ、真境君の「境界」で、モスのリセットが可能になったから取れた方法ではあるんだけど」
「てことは、何? あのとき教会の親玉殺した奴は、本当に別にいるってこと? あんた、それが誰かも知ってるわけ?」
「いいえ。でも、目的は察しがつく。おそらく犯人は教会、ひいてはモス人に、いらぬ犠牲を出したくないと考えたんでしょうね。確かに、あのまま教会と地球人がぶつかり合っていたら、モス人にも多大な被害が出ていたでしょうから。あの時点では、まさか流輝君がモスをリセットしようとしてるとは、夢にも思わなかったでしょうし」
「そりゃ、そうでしょうよ」
星と「連結」することで、星1つを丸ごと「回帰」するエネルギーを確保するなど、普通の人間は想像すらしないだろう。
「ま、それは置いておくとして、新イベントだけど「料理大会」と「音楽コンクール」と「ゴーレム戦」はボツだから。それ以外で考えて」
「なんでボツなわけ?」
「今の3つは、流輝君が1度は考えて、結局採用しなかったものだから」
「なんで採用しなかったんじゃ?」
「ゴーレム戦は純粋に需要不足。ゴーレムは魔術師系でなければ作れないけど、作るには魔術師としてのレベルが相当高くないと無理な上に、手間とお金がかかる。しかも壊し合うこと前提で作ることになるから、上位入賞者には相当美味しい報酬を用意しないと、そもそも誰も参加しない。結果として、参加人数が極少数になることがあらかじめ推測されて盛り上がりに欠けることが予想されたから、ボツにしたってわけ」
「じゃあ、永遠が作っとるロボットでバトルするってのは、どうじゃ?」
「それも無理。1体造るのに1年以上かかるロボットを、出場希望者全員分造るとなったら、どれだけ時間がかかるかわからないもの。まあ、加山君の「改変」で、その場しのぎで頭数を揃えればできないこともないだろうけど、そうなったらそうなったで、自分の機体はこういう感じにしろみたいな要望が出てくるでしょうし、そうなったら「だったら自分で造れ」と、まず間違いなく流輝君がキレる」
「でしょうね」
秋代は、ギルマスたちをラーグニーに連れて行ったときのことを思い返していた。
「あと料理大会と音楽コンクールだけど、この2つがボツになった理由は簡単明瞭。どっちも審査員を引き受けられるだけの専門家がいないから。地球でも、そうでしょ? 料理にしろ音楽にしろ、審査を行うに足ると認められた人が審査をするから、どんな結果であろうと受け入れられるのであって、音楽や料理のことを良く知りもしない人に採点つけられても、誰も納得しない」
「まあ、確かに、そうかも」
「そして、もう1つは音楽にしろ料理にしろ、どうせ大会に出るなら異世界じゃなく、地球の大会に出場したほうが、よっぽどその人の将来のためだってこと」
「確かに」
「そりゃ、中には面白半分に異世界で吟遊詩人や料理人として、歌ったり料理してる人もいるけど、そういう人はそういう人で、やりたいからやってるだけで、順位とか気にしてないだろうし。時任君みたいにね」
「時任?」
「あ、時任君ていうのは最古の11人の1人で、吟遊詩人として異世界でアニソンを歌いまくってる人で」
「異世界でアニソン? そんなのが、永遠長と同じ最古の11人なわけ?」
秋代は、うさん臭そうに眉をひそめた。
「勘違いしてるみたいだけど、異世界に長くいること=最強ってわけじゃないから。実際、残る最古の11人も戦闘職じゃないし」
「そうなの?」
「ええ、残りは異世界の研究に没頭している錬金術師とか、世界中の書物集めを趣味にしているマジックライブラリアンとか、そんなのばかりで」
「マジックライブラリアン?」
「マジックライブラリアンていうのは、ディサースの英知を集めたとされる伝説の図書館の管理人で、要するに司書のこと。レベルに応じて、その図書館の魔導書の力を使えるから、そこら辺の魔術師より遥かに強いんだけど。まあ、それを言えば前の2人も、歌で万を越える軍隊を眠らせたり、自作の魔道兵器を暴発させて、研究所を木っ端微塵にしたりとかして、強力な力を持っていると言えば持ってるんだけど」
「要するに、最古の11人は変人揃いってことね」
「マリーたちは違うのです!」
「いや、あんたたちも十分、際どいところにいると思うわよ」
秋代の正直な感想だった。
「まあ、いいわ。とにかく、じゃあ、その2つ以外で何か新イベントを考えればいいわけね」
「別に新イベントじゃなくても構わないから、今後のスケジュール的なものを決めておくべきってこと。今までにもあったモンスターの盗伐数を競うイベントとか闘技大会も、プレイヤーを強くするために有用なイベントであることは確かなんだから。要は、いかにプレイヤーを飽きさせない構成にするか、が大事だってこと。もっとも、すでに全プレイヤーが地球の置かれた常況を知った今、運営側が無理にレベルアップを促さなくても、自分たちで強くなろうとするでしょうけど」
「その意味でも、永遠長がギルド戦でやったモンスター化は、効果があったってことね。あんなもんが地球で起きた日には、それこそシャレになんないから」
もし地球の封印が解ければ、あの悪夢が現実になりかねない。
結果的にだが、その恐怖を永遠長はギルド戦を通じて全プレイヤーに思い知らせたのだった。
新イベントに関する議論が始まろうとしたところで、
「みんな、帰るのです」
沙門が立ち上がった。
「これ以上、ここにいても時間の無駄なのです。マリーたちにはマリーたちのやるべきことがあるのです」
沙門は奮然とドアに向かい、
「だな」
九重たちも席を立つ。
「また、いつでもどうぞ。私たちは逃げも隠れもしないから」
天国は笑顔で沙門たちを見送り、
「お、お邪魔しました」
最後尾の六堂は一礼するとドアを閉めた。
「思ったより、ずっと真面目に運営してたね」
部屋を出たところで、十六夜が正直な感想を言った。
「お金をもらって仕事として行っている以上、当然のことなのです」
沙門はフンと鼻を鳴らすと、ドアの横に目を向けた。そこには1台の机が置かれ、その上には週末戦の参加申込書を投入する箱が設置されていた。
「何か悪巧みをしているようなら、マリーが引導を渡してやろうと思っていたのですが、もう少し様子を見るのです」
「でも、驚いたね。何かを企ててるとは思ってたけど、まさか地球に冒険者ギルドを作ろうと考えてたなんて」
地球の危機は、十六夜たちのほうが永遠長よりも早く認識していた。だが、魔物と対抗するために自分たちが強くなろうとしこそすれ、そのための組織を作ろうなどと考えたことはなかったのだった。
「本当にね」
花宮も素直に感心していた。
「まったく惜しいのです。あれで、もう少しアニメに関する見識が深ければ、マジカルブラックになれたものを、なのです」
沙門はしみじみ言った。永遠長が辞退する、という考えは、頭の片隅にもないようだった。
「ですが、過ぎたことをウジウジ考えていても仕方ないのです。そんなことよりも、このままではマリーたちは異世界ギルドに、背徳のボッチートにヤラれっぱなしなのです。それではいけないのです!」
沙門は、むふーと鼻息を荒げた。
「マリーたちも負けていられないのです。マリーたち地球防衛隊も、戦力増強を図らなければならないのです!」
「図るって具体的にどうすんだ? 人数増やすのか? でも、それだとそのうち色が足りなくなるぞ?」
九重が言った。戦隊モノの定番カラーとして残っているものといえば、後はグリーンとブラックぐらいなのだった。
「マジカリオンを増員するとは言っていないのです。増員するのは戦隊数なのです」
「戦隊数?」
「そーなのです。本物の戦隊も、数多く存在しているのです。だからマリーたちも新しい隊員をスカウトして、新しい戦隊を作るのです」
「新しい戦隊か。てことは、前はボツになったオレ様の「ファンタジスタ」も復活する可能性があるってことだな」
マジカリオン結成の際、戦隊名はそれぞれ考えたものを突き合わせ、最後は沙門と九重のジャンケン勝負となったのだった。
「それならそれで構わないのです。でも、その場合、最低あと2人はメンバーを連れてくるのです。話は、それからなのです」
戦隊は、最低3人揃って、初めて戦隊を名乗る資格があるのだった。
「こんなことなら、もう少し本腰を入れてメンバー集めすべきだったわね」
花宮は反省した。
「遊び半分で異世界に来ている人間など、いくら呼び集めても烏合の衆でしかないのです」
沙門はフンと鼻を鳴らした。
「でも天国さんの言う通り、もうみんな地球の状況は知ったわけだし、少しは危機感を持ってるでしょうし」
「むう、なのです」
沙門の脳裏に、天国の不敵な笑顔が浮かんだ。
「不覚なのです。まさか背徳のボッチートに、あんな隠し玉がいようとは」
「せっかくモスの王女との婚約が反故になって、チャンス到来と思ってたのにな」
九重が茶化した。
「そ、そんなんではないのです!」
沙門は真っ赤になって反論した。
ともあれ、沙門たちが退室した後も秋代たちの議論は続いた。が、結局何も決まらないまま、時間切れとなってしまった。
そして室内から人気が消えて間もなく、異世界ギルド支部に近づく4つの人影があった。
4人は全員1年の男子生徒で、1人の生徒を他の3人が取り囲む形で歩いてくると、異世界ギルド支部の前で立ち止まった。
「ほら、さっさと入れろよ」
取り囲む3人の内の1人が、週末戦の参加申込箱を指さした。箱は、投票箱と同じ作りになっていて、上部の細長い穴から申込書を挿入できる作りになっていた。
「あ、あの、ボク、やっぱり」
取り囲まれている生徒は、わずかに反抗の意思を見せたが、
「ああ!? オレたちの言うことが聞けねえってのか!?」
3人に凄まれると、即座に言葉を飲み込んだ。
「いいから、サッサと入れりゃいいんだよ」
「それとも、また痛い目に遭いたいのか、ああ!?」
「う、うう……」
少年は手に持つ申込書を、ゆっくりと申請箱に近づいていった。3人が「冗談だ。入れなくていい」と、考え直してくれることを期待しながら。しかし3人がその期待に応えることはなく、少年が手放した申込書は申請箱の中に吸い込まれていった。
「まったく、グズグズしやがって」
「ほんと、何やらせてのグズだな、おまえは」
「いや、むしろ見直したね、オレは」
「楽しみだな。あいつが、こいつをどうボコボコにするか」
「ああ、動画に撮って投稿したら、結構稼げんじゃねえか」
3人は怯える少年を囲んで、来た道を引き返していった。
そして常盤学園は、初の週末戦を迎えることになったのだった。




