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第16話

 放課後「ロード・リベリオン」のメンバーは、エルギアの地で再集結した。が、そこに永遠長の姿はなかった。


 永遠長に特段の用事があったわけではない。それでも永遠長が同行しなかったのは、本人曰く「俺はエルギアのギルドで出禁を食らっているから同行しないほうがいい」ということらしかった。


 永遠長の説明によると、永遠長はかつてエルギアの召喚士ギルドのギルドマスターとひと悶着あり、そのときギルドマスターを再起不能にしてしまったのだという。そして、そのことが原因で召喚士ギルドから出禁を食らうことになり、もしそんな自分と一緒にギルドに行けば小鳥遊たちも門前払いを食らう可能性が高い、と。

 そこで、やむなく小鳥遊たちは永遠長抜きでエルギアにやって来たのだった。


「おー、ここがエルギアか。風景的にはディサースと変わらんのう」


 木葉は荒野にそびえ立つ城塞都市と、四方に垣間見える緑を眺めながら言った。


「ラーグニーみたいなクッソ暑い砂漠でなきゃ、他はどーだっていいわよ」


 ラーグニーの灼熱地獄を思い出して、秋代はげんなりした。


「んなことより、さっさと行くわよ」


 秋代は城塞都市へと歩き出し、


「おう」


 木葉たちも続く。

 そして城塞都市に入った3人は、異世界ナビのマップを頼りに、モンスターショップへと直行した。すると店内には、大小様々なモンスターが檻に入れられて展示されていた。


「こういうところは、地球のペットショップと変わらないのね」


 秋代が召喚獣を見回しながら感想を漏らしたところで、


「いらっしゃいませえ!」


 四十代半ばの店主から威勢の良い声が上がった。


「どんなモンスターをお探しで? うちには、活きの良いのが揃ってますぜ」

 

 店主は愛想笑いを浮かべながら近づいてきた。


「わしはドラゴンが欲しいんじゃが、どこじゃ?」


 木葉はキョロキョロと周囲を見回した。


「て、あんた、ドラゴンは高いし育成が難しいって言われたでしょうが」


 秋代は木葉に詰め寄った。


「ええんじゃ。やっぱ、わしは誰がなんと言おうと、ドラゴンがええんじゃ」


 木葉の意志は固かった。しかし、


「あー、悪いね、お客さん。あいにくドラゴンは切らしてるんだわ」


 店主は申し訳なさそうに頭をかいた。


「というか、そもそもドラゴンはモンスターの中でもレアだからな。そうそう入荷しないんだよ。特に光竜はオークションでも、滅多にお目にかかれねえほどの、レア中のレアだからな」

「暗黒竜もそうなんか?」


 木葉が何気なく尋ねると、


「暗黒竜?」


 店主は鼻白んだ。


「冗談じゃねえ。あんなもん、そもそも売り物になんねえよ」

「そうなんか?」

「そうなんかって、暗黒竜と言えば不吉の象徴。災いを呼ぶ邪悪の化身じゃねえか。だから、当然ながら見つけたら即討伐。その場で退治されるから、光竜とは別の意味で市場には出回らねえのさ。ま、あんな災いを呼ぶだけの災厄と、契約したがる物好きもいねえだろうけどな」

「そうなんか? じゃが、永遠の奴は普通に召喚武装しとったぞ?」

「トワ!?」


 店主の目に嫌悪が帯びる。


「トワってまさか、あのトワナガか? おまえさんら、あいつの仲間か何かか?」


 いぶかしむ店主に「そうじゃ」と答えようとした木葉の口を、秋代があわててふさいだ。


「ち、違うわよ。ただ、前にちょっと、永遠長が暗黒竜を召喚武装してるところに出くわしたってだけで」

「そうか。ならいいが」


 店主は肩の力を抜いた後、


「ここいらで、その名はあまり口にしないほうがいいぜ。奴はこの街、いやどの国でも不吉をもたらす疫病神として忌み嫌われてるからな」

「疫病神?」

「おうよ。ここのギルドマスターを半殺しにした後、野郎は暗黒竜の引き渡しを求めた討伐部隊を返り討ち。その後も差し向けられた討伐隊を片っ端から返り討ちにして、とうとう討伐隊を全滅させちまいやがったんだからな」

「やるのう」


 木葉が感心する一方、


「それだけやってりゃ、そりゃ出禁にもなるわね」


 秋代は納得していた。


「だから、おまえさんらも、どっかで奴を見かけても近づかんほうが身のためだぜ。どんなトバッチリを食らうか、知れたもんじゃないからな」

「ご親切にどうも」


 秋代は軽く受け流すと、ケージ内の召喚獣たちを見て回った。


「なかなか、コレは! てのはいないわね。まあ、ゲームなんかでも、スタート地点で手に入るモンスターは、みんなそこそこ止まりなわけだし、当然ちゃ当然なんだけど」


 そこで、秋代の目が1匹のモンスターに止まった。それは全身水色をした猫のようなモンスターだった。


「全身水色の猫って、珍しいわね」

「気に入ったかい? そいつは毛並みもいいし、最近扱ったエアキャットの中じゃ、ピカイチレベルの上物だぜ」

「エアキャット?」

「知らねえのかい。エアキャットは空を飛べる上、風系統の攻撃もこなす、まさに風属性のエキスパートよ」

「へえ、なんかいいわね。よし、これに決めたわ」


 秋代が最初の召喚獣を決めたところで、


「わしも、これに決めたぞ!」


 木葉の召喚獣も決定した。


「なんにしたわけ?」


 秋代が選んだケージを覗き込むと、そこには銀色のハリネズミが入っていた。


「て、ハリネズミじゃない」


 見るからに痛そーなモンスターを見て、秋代の腰が引ける。


「そーじゃ。カッコええじゃろ。こいつで召喚武装したら、きっと全身から刃が飛び出した鎧になるぞ」

「……まあ、あんたがそれでいいなら、あたしが言うことは何もないけど」


 秋代は最後に残った小鳥遊見た。すると、小鳥遊は店の隅に座り込み、1番奥に置かれていたケージをジッと眺めていた。


「小鳥遊さんも決めたの?」


 秋代は小鳥遊の視線を追った。すると、ケージの中にはウサギのような召喚獣が、ぐったりと横になっていた。


「ああ、そいつかい」


 2人に気づいた店主も、ウサギに目を向けた。


「そいつは、もうだめだ。ここに来たときから元気がなかったが、昨日からこの調子でな。もう売り物になんねえから運び出すところだったんだ」

「売り物になんねえって、じゃあ、この子どうするわけ?」

「そりゃ、おめえ、処理するに決まってんだろ。ただ、病気持ちのエレキラビットじゃ、食用としても売れねえ可能性もあるけどな。ま、これもこの商売やってりゃ、避けられねえ必要経費ってもんよ」


 店主はウサギの入ったケージを手に取った。


「待ってください」


 小鳥遊は店主を制した。


「だったら、私が買います。その子を私に売ってください」

「そりゃ構わねえが、死にかけだぜ?」

「構いません。それに買い叩こうとも思いません。値段は通常の値段で結構です」

「そ、そうかい? そりゃ、うちとしては引き取ってくれるってんなら、断る理由はねえけど、本当にいいのかい?」

「はい」


 小鳥遊は迷わずうなずいた。


「わかった。じゃあ、ここを出たら右に10軒ほど先にある獣医のところに行ってみな。うちじゃ割が合わねえから、わざわざ治療費を払ってまで治療する気はなかったが、お客さんが採算度外視でそいつを助けてえってんなら、もしかしたらもしかするかもしんねえからよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 モンスターショップを後にした小鳥遊は、その足で獣医師の元を尋ねた。すると、


「300万!?」


 それが獣医師から告げられた、ウサギの治療費だった。


「ちょっと、いくらなんでもウサギ1匹にボリ過ぎなんじゃないの!」


 秋代は憤慨したが、


「嫌なら結構。他を当たるんだな」


 獣医師は取り付く島がなかった。召喚獣が生活の一部と化しているエルギアでは、獣医師の存在価値は高い。そのためエルギアの獣医師は、程度の差こそあれ、皆傲慢で金に汚いのだった。


「わかりました。お支払いしますから、どうか治療してください」


 小鳥遊に、やはり迷いはなかった。


「ちょ、ちょっと待って、小鳥遊さん。300万よ、300万。もらったポイントの10分の1よ? 言っちゃなんだけど、そこまでして助ける義理はないと思うんだけど?」

「お金は稼げば、また貯まる。でも、この子は今助けないと助からない。だったら迷う理由なんてない」

「あ、そうだ。永遠長、永遠長がいたじゃない。あいつに頼めば、きっとウサギの1匹や2匹チョチョイと治してくれるわよ。ね、そうしましょ」


 秋代は「邪魔したわね」と、獣医師に捨て台詞を残すと、小鳥遊を病院から連れ出した。そして病院を出たところで、異世界ナビで永遠長にメールを送った。

 当初、内容は「弱っているエレキウサギを助けてほしい」というものだったが、小鳥遊の考えで「助けるという依頼を受けてほしい」に変更された。

 理由は、ただ助けてほしいとメールした場合、永遠長が断わる可能性が高いと思ったからだった。


「今も地球では、毎日万を超える動物が殺処分されている。それを知りながら放置しておきながら、異世界で死にかけた動物を見つけたとたん、大騒ぎか。そんな偽善者のために動かなければならない理由など俺にはない」


 普通に助けを求めたら、こんな感じのメールが返ってくるに違いない、と。


「あー、確かに、めっちゃ言いそう」


 と、秋代も納得して「お願い」から「依頼」に変更したのだった。

 そしてメールを送ってから1分後、永遠長から了承した旨の返事がきた。

 そこで小鳥遊たちは、待ち合わせ場所として指定した城門前へと移動。すでに到着していた永遠長と合流した後、永遠長の魔法で川辺へと転移した。


「ここに、腕の良い獣医師がいるわけ?」


 周囲を見回しながら秋代は尋ねた。


「こんな森の中に医者がいるわけなかろう」


 永遠長は淡々と答えた。


「じゃあ、あんたが回復魔法で治すってわけね」

「治癒魔法で治るのは、あくまでも外傷だけだ。外科手術や投薬治療が必要な疾患の場合は、治癒魔法をかけても治らん」

「そうなの? て、じゃあ、なんでこんなとこに連れてきたのよ!? 早く、腕のいい獣医に」

「うるさい奴だ。それに、この世界に腕のいい獣医師などいない。おまえが以前言った通り、ラーグニー以外の医学知識など中世ヨーロッパレベルだからな」

「じゃあ、どうすんのよ?」

「俺が治療する」

「あんたが? できんの?」

「少なくとも、この世界の獣医よりはな」


 永遠長はそう言うと、治療に取り掛かった。


 永遠長は、まず魔法でウサギの全身を光らせると、荷袋から水晶球を取り出した。次いで永遠長は別の呪文を唱えると、しばらく水晶球を凝視していた。そして自分の診断に確信を得たところで、3度目の呪文を唱えた。すると、ウサギの側に茶色い塊が出現した。


「何これ?」


 秋代は茶色い物体をマジマジと見やった。


「そのウサギの糞だ」

「糞!?」


 秋代は、あわてて物体から遠ざかった。


「正確には、そのウサギの毛が腹の中で固まった物だ」


 永遠長の説明を聞き、


「あ……」


 小鳥遊の頭に、ある病名が浮かんだ。


毛球症もうきゅうしょう

「もう、何?」


 秋代は初めて聞く病名だった。


「毛球症っていうのは、ウサギや猫みたいに毛繕いする動物がかかりやすい病気で、簡単に言うと毛繕いのとき、口から入った毛玉がお腹の中で固まって、胃や腸に詰まってしまう病気なの。特にウサギは毛繕いのときに毛を飲み込んでも、吐き出すことができないから罹りやすいの」

「へえ。詳しいのね、小鳥遊さん」

「え? あ、うん。私、できれば将来、獣医になりたいと思ってるから」

「へえ、凄いわね。さすが優等生」

「わしは親父と同じ警官じゃ」


 木葉が張り合うように将来の夢を語ったが、


「誰も聞いてないっての」


 秋代にスルーされてしまい、


「つまりは、そういうことだ」


 それは永遠長も同様だった。


「エルギアの召喚獣は、幽体に近いが実体は有しているし、肉体の構造も地球の動物に酷似している。つまり病気の原因と治療法も、地球の動物と同じということだ」

「ふーん。で?」

「そして見ての通り、こいつはウサギだ。そしてウサギの場合、もっとも考えられる病気としては、今小鳥遊が言った」

毛球症もうきゅうしょう不正咬合ふせいこうごうと尿路結石」


 小鳥遊が永遠長の言葉を継いだ。


「ふせいこうごう?」


 秋代にとっては、またまた聞き覚えのない病名だった。


「えーと、ウサギの歯は生きてる限り伸び続けるんだけど、普通は食事のときなんかに擦り減るから、伸びてきても問題ないの。でも、うまくすり減らないと歯が伸び過ぎて噛み合わせが悪くなってしまって、その症状を不正咬合っていうの」

「へえ、そうなんだ」


 これも秋代は初耳だった。


「おお、そういうんなら、わしも知っとるぞ。象やサメも何度も歯が生え変わるんじゃ」

「あんたの場合、漫画で読んだ知識でしょ」

「なんでもええじゃろが」

「てか、今はそんなこと、どうでもいいってのよ」


 秋代は言い捨てると、永遠長を見た。


「で、そのなんとかだと突き止めたあんたは、そのウサギのお腹の中に詰まっていた毛玉を転移魔法で取り出したってわけね」

「そういうことだ。ここにはレントゲンも内視鏡もないからな。まず光魔法でウサギを光らせた後、食道から腸にかけて遠見の魔法で確認した」


 遠見の魔法を使った場合、離れた家屋内にいる人間でも映し出すことができる。ならば光源さえあれば、人の体内も覗き見ることができるのではないか?      

 また、ホーリーライトのような人を包む光魔法をかけた場合、鼻や口といった外部器官と繋がっている内臓も、外皮と同じように光を帯びているのではないか? 

 永遠長はそう推測したのだった。そして試してみたらできた。ただ、それだけの話だった。


「もっとも、これはあくまでも外皮と地続きである胃や腸、肺だからできることであって、神経や血管のみでつながっている脳や四肢には使えんから、その点はレントゲンやCTに劣るが、要は科学技術がないならないで、治療法はあるということだ」

「それって、あのときあたしが言ったことへの当てつけ?」


 中世ヨーロッパレベルの医学知識しかない異世界に行ったら、まともな治療が受けられないから後悔することになる、と言ったことへの。


「単なる事実だ」

「あっそ」

「そんなことより」


 永遠長はウサギに改めて回復魔法をかけた。


「これで、後は餌と水をやって安静にさせてやれば明日には完治してるだろう。それと、もしまだ名前をつけていないなら、さっさと名前をつけてやれ。名前をつけて契約が成立すれば、主の生命力が自然と召喚獣に流れるようになるから、それだけ治りが早くなる」

「わかった。ありがとう。永遠長君」


 小鳥遊は深々と頭を下げた。


「俺は受けた依頼を遂行した。ただ、それだけの話だ」


 永遠長は淡々と答えた。


「うん。あの、それで依頼料だけど」

「金貨10枚だ」


 永遠長の請求額を聞き、小鳥遊は内心で胸をなでおろしていた。一体いくら請求されるか、実のところヒヤヒヤしていたのだった。


「へえ。随分良心的ね。あんたのことだから、金貨100枚ぐらい要求するかと思ってたわ」


 秋代は皮肉った。


「地球におけるウサギの手術費用は、だいたい平均で10万ぐらいらしいからな。俺も、それを踏襲しているだけの話だ」


 永遠長の答えを聞き、


「そうなの?」


 秋代は小鳥遊に尋ねた。


「う、うん。病院にもよるけど、平均で99000円だって」

「そうなんだ。てか、獣医師目指してる小鳥遊さんはともかく、あんたよく知ってたわね」


 秋代は永遠長の博識に感心したが、


「おまえが無知過ぎるだけだ」


 と切り替えされて、即座に評価を撤回した。


 ともあれ、ウサギを助けることができた小鳥遊は、その後ウサギに「ラビ」と名付け、秋代の「ニャーコ」木葉の「ハリセン」ともども契約を済ませ、この日の活動を終了したのだった。








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