第159話
ギルド戦終了後、
「じゃ、この後はラーグニーに集合ってことで」
秋代たち異世界ギルドメンバーが今後の打ち合わせをしていると、
「木葉」
巫剣が声をかけてきた。
「なんじゃ?」
「決まっとろうが。オイとの勝負ぜよ。ギルド戦は終わったが、それはそれ、これはこれぜよ。きっちり白黒つけんと、スッキリせんからのう」
巫剣は木葉に挑戦状を叩きつけた。すると、
「待て、コラ!」
立浪が割って入った。
「オレ抜きで、勝手に話進めんじゃねえよ」
「何言うとるぜよ。これは、オイと木葉の問題ぜよ。ギルド戦が終わった以上、おんしにガタガタ言われる筋合いはないぜよ」
「あんだと、コラ! それを言うなら、てめえにも文句言われる筋合いはねえだろうが!」
巫剣と立浪が睨み合う横で、
「土門君、禿君」
明峰と南武が土門たちに声をかけた。
「負けたよ。僕たちの完敗だ」
「此度の戦、我らの完敗でござる」
大軍を率いてせめこんだ挙げ句、禿1人の前に敗北を喫してしまったのだ。もはや言い訳の余地はなかった。
「で、この前失礼なことを言ってしまったことを、謝ろうと思ってね」
「無礼の数々、重ねてお詫び申し上げる」
明峰と南部は頭を下げた。
「いえ、そんな、気にしてませんから」
土門が恐縮していると、
「悪いけど、どっちもお断りよ。あたしたちは、これから明日の準備があるから、あんたたちみたいな脳筋に付き合ってる暇はないのよ」
秋代の声が聞こえてきた。
「明日の準備? て、なんぜよ? まだ、なんかすることがあるかぜよ? ならオイも手伝うき、さっさと済ませて、その後勝負」
そう助力を申し出る巫剣に、
「おう、そうじゃった! 永遠がロボット持ってくるんじゃった!」
木葉が興奮気味に答えた。それを聞き、
「ロボット!?」
巫剣のみならず、立浪、明峰、南部の目の色も変わった。
「どういうことぜよ!?」
「くわしく教えてもらおうか」
巫剣と立浪が木葉に詰め寄り、
「僕も詳しく聞きたいね」
「それがしもでござる」
明峰と南武も土門に迫った。
「あんたはホント、毎度毎度、もうちょっと考えてからしゃべれっての」
非難の目を向ける秋代に、
「ええじゃろ、別に。明日になりゃ、みんなわかることなんじゃし」
木葉はあっけらかんと言った。
「たく、まあいいわ。あんたたちも興味があるんなら、この後ラーグニーに来なさいな。スルド王国の王都に来れば、どういうことか教えて上げるわよ」
秋代にそう言われたギルドマスターたちは、その言葉に従った。すると王都の側に、直径500メートルを超える巨大な天幕が張られていた。
「これは……」
こんな天幕など、少なくとも昨日まではなかったはずだった。見ると、天幕の入口付近に秋代たちの姿があった。
「あそこにロボットがあるんじゃな」
巫剣は天幕へと、いの一番で駆け出した。それに、
「あ、てめえ!」
「待てい! 抜け駆けは卑怯でござるぞ!」
「やれやれ」
立浪、南部、明峰が続く。
そして天幕に到着したギルドマスターたちを、
「来たわね」
秋代が天幕内へと招き入れた。すると、
「うお!?」
そこには全長300メートルを超える巨大な宇宙船が展示されていた。
「こ、れは、宇宙船、か?」
明峰は息を呑んだ。SFなどで知識としては知っていても、実物を見るのは明峰も初めてだった。そして宇宙船の横には、全身を黒で染め上げた人造の巨人がそびえ立っていた。
「うおおおお! ロボットぜよおお!」
巫剣はロボットの元へと、一目散にスッ飛んでいった。するとロボットの足元には、
「本当にロボットじゃあ!」
興奮している木葉と、その木葉を冷ややかに見ている永遠長がいた。そして永遠長は巫剣たちの存在を目視すると、
「なぜ、そいつらがここにいる?」
秋代たちに眼光を向けたが、
「文句なら政宗に言うのね。そのバカが例によって例のごとく、口を滑らせやがったのよ」
軽く受け流されてしまった。
「忙しいところ悪いと思ったんだけど、つい子供心をくすぐられてしまってね」
明峰は苦笑った後、
「それはそれとして、もしかして、これが君たちが言っていた「ラーグニーが2度と地球を襲わない証拠」なのかい?」
改めて宇宙船を見た。
「そういうこと」
天国が答えた。
ラーグニー人は太陽の膨張により、滅亡の危機にある。そして、この問題を解決する方法は、大きく分けて2つしかない。すなわち、太陽を元に戻すか。それとも住んでいる星を離れるか。
しかし、太陽を元に戻すためには莫大なエネルギーを必要とするし、太陽に接近する必要がある。しかも、仮にこの2つの条件を満たした上で「回帰」を施したとしても、完全な形で復元するとは限らない。ならば、
ラーグニー人すべてを収容できるだけの宇宙船を建造して、新天地を目指す。
それが永遠長の出した答えであり、グラン・エスカージャが天国から提示された「ラーグニー人を救う方法」だった。
しかし、その達成は口でいうほど簡単ではない。
とはいえ、すでに退路を断たれたエスカージャに、他の選択肢は残されていなかった。加えて、それを夢物語で終わらせないだけの手札を永遠長は持っていた。惑星間航行が可能な宇宙船の設計図を。
もっとも、その設計図の設計者は永遠長ではなく、本人曰く、元からラーグニーに存在したものを発見したに過ぎなかった。
そして、それは事実だったが、その発見自体は偶然ではなかった。
ラーグニーを訪れ、その環境と文化に触れた永遠長は、宇宙船、もしくはその設計図が、ラーグニーのどこかにあると確信していたのだった。
これだけの文明を有している者たちであれば、星の終わりが近づいていることにも必ず気づいていたはず。ならば母星を捨て、新天地に望みを繋ごうとする者が必ず現れたはずだと。
しかし、いくら各地のオアシスを探索しても、宇宙船は元より、それに関連する文献すら発見できなかった。
そんなときに現れたのが真境だった。
真境の「境界」は、地下にも効果を発揮する。
そこで永遠長はラーグニー全土を「境界」で探索。程なく、北西部の地下に研究所らしき施設と、その施設内に宇宙船の設計図を発見したのだった。
そのことを天国から説明された秋代は、
「てゆーか、そんな宇宙船を作れたなら、ラーグニー人は全員いなくなってるはずなんじゃないの?」
素朴な疑問をぶつけた。
「流輝君が見つけた文献によると、宇宙船を建造できたのは、地球で言うところの先進国だけだったみたいで、後進国の人たちの救助は後回しにされたみたいなの。地球でもそうでしょ。自国で戦争があった場合、逃げられるのは逃亡資金のある人間のみ。資金も逃亡先もない人たちは、いつも取り残される」
「……いつの時代も、どこの世界も、人間のやることは同じってことね」
「あと、それとは別に、自分の意思で残った人たちも結構いたみたい。別の星への移住なんて言う、いつ終わるともわからない夢物語に賭けるより、生まれ育った土地で生きていくほうがいいって。それと宗教的な理由もあったみたい。神から与えられた聖地を捨てて、別の星へ移り住むなどけしからん。天罰が下るぞって感じで。まあ、今みたいに切迫した環境じゃなかったから言えたことかもしれないけど」
そして宇宙に出るという思想は抹消され、施設は封鎖、もしくは放置された。
「じゃ、後は永遠長が見つけた設計図で、これと同じ宇宙船を大量生産できれば問題解決。地球がラーグニーに狙われることもなくなって、めでたしめでたしってわけね」
「そうなんだけど……」
天国は言葉を濁した。
「何か問題あるわけ?」
「宇宙船を建造するためには、そのための素材が必要なんだけど、それが今のラーグニーでは手に入りにくいの」
「そうなの?」
「ええ、宇宙船の素材にはアルミニウムとリチウムが必要なんだけど、魔力を主な動力源として活用しているラーグニーには、リチウム電池や石油は必要ないものになってたみたいで。あ、もちろん、水爆もね」
リチウムは1817年に発見されたが、当初需要は少なかった。それが急激に増加したのは、水素爆弾の製造に必要とされてからなのだった。
「昔のスペースシャトルなんかは、アルミニウムとシリカ、あ、ガラス繊維ね、それと動物の毛をシート状にしたもので耐熱タイルを作ってたんだけど、すぐに剥がれちゃったみたいで」
そこで、次に耐熱タイルの原料として考案されたのが、炭素繊維強化プラスチックなどの複合材料だった。
「で、現在使われてるのは、アルミ、リチウム合金。つまり、アルミニウムにリチウムを加えたものなの。現状、リチウムより軽い金属は地球上には存在しないし、それはここでも同じだから」
「そうなの?」
「ええ。で、そこで問題になるのが、アルミニウムとリチウムをどうやって入手するかってことなんだけど」
あくまでも地球においてだが、アルミニウムは主に地殻を構成する岩石中に存在し、鉱石のボーキサイトを原料としてホール・ニルー法により生産される。
この方法は、ボーキサイトを水酸化ナトリウムで処理し、酸化アルミニウムを取り出した後で、水晶石とともに溶融し電気分解を行うものなのだが、
「早い話がアルミニウムを作るには、大量の電力が必要なわけ」
そのためアルミニウムは「電気の缶詰」とも呼ばれているのだった。
「そしてリチウムは、地球だと火成岩や塩湖鹹水、つまり海の中に多く含まれてるんだけど」
ラーグニーには、その海がほとんどないうえ、本来ならば塩原として残っているはずのリチウムも砂に埋没してしまっている。
そのためリチウムの発掘には、かなりの時間を有すると考えられるのだった。
「後、リチウムは腐食性を有しているから、高濃度のリチウム化合物と混ぜ合わさると、肺水腫が引き起こされる危険性があるし、水と激しく反応するから禁水性の物質……要するに、取り扱いが難しい物質だってこと」
天国は、最後は大雑把にまとめた。秋代たちの顔を見ていて、これ以上の説明は不要、というか無駄という合理的判断からの帰結だった。
「つまり、宇宙船を建造するための材料作りから始めなきゃなんないから、大変ってことね」
秋代は天国の説明を、さらに簡略化して納得した。
「そういうこと」
「てーか、そんなに大変なら、いっそのこと永遠長が造ればいいんじゃない? 加山の「改変」を使えば、宇宙船でも簡単に造れるんじゃない? この宇宙船も、あいつが「改変」で作ったんでしょ」
秋代は宇宙船を見上げた。
「それは無理。今回は、一時的な間に合せでいいから「改変」で作ったけど「改変」で作ったものは、大本の力の持ち主である加山君が死ぬか力を失うかした場合、元に戻っちゃうから」
加山の生存中に新天地が見つかれば問題ない。しかし、もし見つからなければ宇宙船は消失。搭乗しているラーグニー人たちは、生身のまま宇宙に投げ出されてしまうのだった。
「なるほど。確かに、そうね」
「だから、削岩機とか建設用機材とかは「改変」で造れても、宇宙船自体は自分たちの手で造り上げなきゃならないってわけ。幸い、ラーグニーは魔法を併用した磁気シールド発生装置があるみたいだから、宇宙線の心配はいらないようだし」
宇宙放射線の主要な成分は荷電粒子(電荷を帯びた粒子)であり、この粒子は地球にも様々な影響を及ぼしている。それでも人類が、とりあえず普通に生活できるのは、地球の磁場に守られているからなのだった。
しかし、ひとたび宇宙に出れば、その恩恵には預かれない。事実、アポロ計画では数週間で地球の30年分の被爆があったと考えられている。
そのため長期間の宇宙航行では、船体に宇宙線を遮断する機能が必須となるのだが、現時点において、宇宙線から宇宙船を完全にガードできる材質は発見されていないのだった。
あるいは遠い未来においては、宇宙線を完全遮断する新物質が発見され、SFに見られるような宇宙船が、普通に飛び交うことになるかもしれない。しかし、少なくとも現時点においては、そんな都合のいい素材は地球にもラーグニーにも存在しない。
そこで、地球では長期間の宇宙生活を可能とするために、宇宙線を遮断できる電磁シールドの開発が進められているのだが、その磁気シールドがラーグニーではすでに実用化されているのだった。
「つまり、後は時間との勝負ってわけね」
秋代は、またしても天国の説明を簡略化した。
「最悪の場合、流輝君はラーグニーの人たちを、一時的に地球に移住させようと思ってるみたい。この先、どうせアメリカ、ロシア、中国といった大国は、異世界の利権目当てで自分を狙ってくるだろうから、そうしたら皆殺しにして、そこに移住させようって」
「……あのギルド戦のことは、地球の権力者連中にも伝わるでしょ。あれを見て、まだ永遠長にチョッカイ出そうとするなんて奴は、いないんじゃないの?」
いたら、マジで首をくくったほうがいいレベルで、指導者失格と言わざるを得なかった。
秋代たちがラーグニーの未来を模索する横で、
「ロボットじゃー」
「ロボットぜよー」
木葉と巫剣は肩を並べてロボットを見上げていた。そして、その2人が見つめるロボットの足元では、製造者である永遠長が、これ以上不審者どもが近づかないように牽制していた。
今回の展示は、あくまでも「ラーグニー人が2度と地球に侵攻しない証拠」を提示することを目的としている。そのため永遠長としては、当初はロボットまで展示する気はなかったのだが、天国に「ロボットも一緒に展示したほうが人が集まる」と、強引に引っ張り出されてしまったのだった。
「なーなー永遠、これ、もう完成しとるのか?」
雄々しくそびえ立つ黒鉄の巨人を見上げ、木葉は永遠長に尋ねた。
「まだだ。今回の展示で形にするために外装は「改変」で取り繕ったが、完成には程遠い」
このロボットは宇宙船と違い、永遠長が独自に設計したものであり、現時点での完成度は5割ほどでしかない。だが、それだと公開する上で格好がつかないので、外装も「改変」によって、それらしく見せているのだった。
「どのくらいで完成するんじゃ?」
「そうだな。製造器具が「改変」で調達できるようになったから、順調にいけば、あと半年で完成する」
永遠長は憮然と答えた。
「じゃあ、後半年経ったら乗れるんじゃな」
「楽しみぜよー」
木葉と巫剣は嬉々とした顔を見合わせた。
「なぜ、おまえたちが乗ることを前提に話を進めている。この「フルフェルム」は、あくまでも趣味で造ったものであって、他人を乗せるために造ったわけではない」
永遠長は最大限の威圧感をもって牽制したが、
「楽しみじゃのー」
「楽しみぜよー」
木葉も巫剣も聞いていなかった。そして、それは他の者たちも同じで、
「オレ的には、もっとゴツいほうが好みだな」
立浪が自分のロボット美学を口にすると、
「それがしは鎧武者がいい。これでは西洋風により過ぎている」
南武も自分の美学を主張し、
「いやあ、ここはやっぱり西洋の騎士をモデルにしたほうがスマートで、エレガントだと思うね」
明峰も譲らなかった。そんな男衆を横目に、
「ふうん。名前「フルフェルム」に決めたんだ」
天国が永遠長に言った。
「ああ。やはり有名どころが使っているフルアーマーやメタル、メサイヤ、バスター、マシンのつく名称は手垢が付きすぎているからな。二番煎じは興が削がれる。その点、フルフェルムは誰も使っていないうえ響きがいいし、フェルムはラテン語で鉄を意味し、英語で似た発音のウェルムには「圧倒する」これにオーバーをつけると「~を超える」という意味がある。以上の点から、ロボットの名称はフルフェルムに決定した」
永遠長の説明が終わったところで、
「ちょっと待て。何勝手に決めてんだ」
立浪が異を唱えた。
「ロボットの名前といやあ「ギガンテス」これしかねえだろ」
そう立浪が口火を切ると、
「何を言うか! ロボットと言えば「鋼」か「黒鉄」に決まってるだろうが!」
南武が反論し、
「やはり、ここはスマートに「メタルナイト」じゃないかな」
明峰も便乗すると、
「いーや「武神」ぜよ!」
巫剣も己が最高と確信するロボット名を上げた。すると、
「なんだか賑やかだね」
そこにグラン・エスカージャとイスファーンがやってきた。
「放っといていいわよ。バカどもがバカなこと言ってるだけだから」
秋代は一刀両断した。
「ハハッ、それはそれとして、これが宇宙船か。こうして実物を見ると、凄いものだな」
エスカージャは宇宙船を見上げた。
「そして、改めて礼を言う。君たちの助力に心から感謝する」
エスカージャは頭を下げた。
「そして恥じ入る限りだ。そんな君たちの世界を侵攻しようなどと考えた、自分自身を」
エスカージャは小鳥遊を見た。
「タカナシ君だったね。君の言う通りだ。侵略の前に、まずは話し合うべきだった」
天国に勧められ、エスカージャは先のギルド戦をイスファーンとともに観戦していたのだった。ちなみに、永遠長が石化したエスカージャの部下たちは、すでにラーグニーに戻されている。もちろん、異世界召喚に関する記憶を「改変」によって消された後で。
「それと、こう言うと言い訳に聞こえるかもしれないが聞いてくれ。私も、最初から地球を侵略しようと思っていたわけじゃないんだ。そう思うようになったのは、ある人物に出会ったことがきっかけなんだ」
エスカージャはそう前置きすると、彼の言う「ある人物」と出会った経緯を語った。
その人物は、ある夜、突然エスカージャの寝室に現れ「マグドラ・イスラハム」と名乗ったこと。
そしてエスカージャに異世界の存在と、その移動法を教えた後で7つの異世界ナビを渡したこと。
そして地球という世界に住む人間が、いかに凶悪で、他の世界すべての脅威かということを。
「そして、その話を聞いているうちに、私自身もそう思うようになっていったんだ。今にして思えば、あれは暗示か洗脳魔法だったのかもしれない」
「どんな奴だったわけ?」
秋代が尋ねた。
「わからない。フードを深く被っていて、話もテレパシーのようだった。ただ、自分もこの世界のことを憂う人間の1人だと言って。だが、あの雰囲気、もしかしたら人間じゃなかったのかも。すまない。あのときのことは、おぼろげでよく覚えていないんだ」
表情を曇らせるエスカージャを見て、
「あ、あの」
黒洲唯が口を開いた。
「ご迷惑でなければ、今回のこと、私にも手伝わせてもらえませんか?」
「君に? いや、そりゃ、人手は多いに越したことはないけど、どうして異世界人の君が?」
「この1ヵ月、この世界のことを色々と調べたんです。それで、少しでも助けになればと思って。それに、あなたには助けてもらった恩があるから。その恩返しの意味もあって」
「助けた? 私が君を?」
エスカージャには覚えがなかった。
「はい。街で人さらいにさらわれそうになったときに」
黒洲唯にそう言われて、
「君は、あのときの!?」
ようやくエスカージャも思い出した。
「はい。その節は、ありがとうございました。ちゃんとお礼も言えないまま逃げ出してしまったんで、ずっと気になってたんです」
唯は改めて深々と頭を下げた。
「あ、頭を上げてくれ。そんなにかしこまられると、こっちが困ってしまう」
エスカージャはそう言ってから、
「それと手伝いの件だけど、助けた礼というなら本当に気にする必要はないから」
そんなことを傘に来て、他人を使役するはエスカージャの本意ではないのだった。
「いえ、それはついでで。本音を言うと、なんだか危なっかしくて、黙って見ていられないというか」
「うっ!」
「あ、ご、ごめんなさい。悪い意味じゃないんです。ただ、世間知らずで夢見がちな王子様って感じで、理想ばかりで現実が見えてないっていうか。ダメじゃないんだけど、頼りないというか」
「うう……」
「あ、ご、ごめんなさい。つい」
「い、いや、いいんだ。私が情けないのが事実だからね」
エスカージャは嘆息した。
「わかった。そういうことなら手伝ってもらおう」
「ありがとうございます」
「礼を言うのは、こっちのほうだよ。これからよろしく」
エスカージャが右手を差し出し、
「よろしくお願いします」
唯も右手を差し出した。
「なら、自分も手伝うのであります!」
黒洲命が名乗りを上げた。
「姉上だけに苦労させるわけにはいかないのであります。微力ながら、自分もお手伝いするのであります」
「ありがとう、命」
唯は笑顔でうなずいた。
「いいだろう。そういうことなら、おまえたち2人をラーグニー方面の担当者に任命する」
永遠長が言った。
「人材、経費、その他必要なものがあれば、言ってくるがいい。可能な限り対処する」
「ありがとうございます」
黒洲唯はペコリと頭を下げ、
「了解であります!」
命は敬礼した。
そして翌1月6日。
ラーグニーでは「ラーグニー人が2度と地球を侵略しない証拠」が、異世界ナビを通じて、全プレイヤーに通知された。
宇宙船の内部を見学できることと巨大ロボットは、特に男子の興味を引くこととなり、イベントは大盛況の内に終了した。
そして迎えた新学期。常盤学園の学び舎には、すでに二学期末に転校していた土門と禿に加え、新たに転校手続きを終えた秋代たちの姿があった。
校庭に集まった生徒たちを前に、校長が始業式の挨拶を行った後、
「では、今日から新しく赴任する講師を紹介する」
朝礼台に上がったのは、永遠長だった。
ざわめく生徒たちを前に、
「今度、講師となった永遠長流輝だ」
永遠長は臆面もなく言った後、
「だが、おまえたちの中には同年代の俺が講師であることに、納得がいかない奴もいるだろう」
全校生徒に視線を走らせた。
「だからチャンスをくれてやる。毎週末の金曜日の放課後、戦う舞台を用意する。そこで、もしおまえたちの1人でも俺に勝つことができれば、その時点で俺は学校を去ってやる。それと、相手は何人がかりでも構わないし、この戦闘において俺は他人の力を使わない。加えて命の保証もしてやるし、仮にこの勝負において、おまえたちが俺を殺すことになっても、事故で処理することを約束してやる。自分たちの安住の地は、自分たちの力で勝ち取るがいい」
永遠長は傲然と言い放つと、
「話は以上だ」
朝礼台から下りた。すると、
「あ、私からも1言」
今度は天国が朝礼台に上った。
「みなさん、おはようございます。私は天国調と言って、流輝、永遠長の助手兼婚約者です」
天国が自己紹介すると、生徒間に再びざわめきが起きた。
「あ、でも言っておきたいのは、そのことじゃなくて、今流輝君が言った勝負で、もし戦う相手が2人以上だった場合、私も参戦することになるので、あらかじめご了承を。とりあえず、私からは以上です。ご清聴、ありがとうございました」
天国は一礼すると、朝礼台から下りた。
こうして、永遠長の常盤学園での講師としての活動がスタートしたのだった。




