第153話
秋代と尾瀬の対戦が終わったところで、
「尾瀬選手VS秋代選手は、期せずして創造主化した者同士の対決となったわけですが、寺林さん、今の対戦について1言」
常盤は寺林に意見を求めた。
「そうですね。決着の仕方もそうですが、これだけ戦いが長引いたのは、ひとえに尾瀬君の誤算と油断によるところが大きいと思われます」
「と言うと?」
「まあ、早い話が尾瀬君は、秋代君をナメていたということです」
「なるほど。確かに、尾瀬選手は最後の自爆技を秋代選手に止められるとは思っていなかったようですから、その辺の見込みが甘かったとは言えますね」
「はい。加えて、尾瀬君は同じ創造主化した状態でも、秋代君なら軽く撃退できるとタカをくくっていたのではないでしょうか」
「条件は同じなのに、ですか?」
「はい。おそらく尾瀬君は、自分に付与した創造主の力を強化系のクオリティで底上げすることで、秋代君を軽く撃退できると考えていたのだと思います」
自分と永遠長が戦ったときの経験則から。
「ですが私の見た限り、2人の力は拮抗していたようでしたが?」
「はい。そこが尾瀬君の誤算です。おそらく秋代君は復活した直後に、尾瀬君と同じように強化系の力を自分に付与していたのではないでしょうか。ですが、尾瀬君は秋代君にそんな頭があるとは微塵も思っていなかった。そこが尾瀬君の第1の誤算であり油断です」
「それですが、どうして秋代選手は無事だったのでしょうか? 私には、完全に粉々になったように見えたのですが?」
「それが尾瀬君の第2の誤算です。調べていなかったのか、忘れていたのかはともかく、トドメを刺した時点の尾瀬君の頭にはなかったのでしょう。秋代君のクラスアップ前のジョブが、フェニックスウォーリアーだということを」
「ああ、そういえばフェニックスウォーリアーには、1日に1度復活できる蘇生能力があるのでしたね。なるほど、それで秋代選手は粉々にされても無傷だったわけですね」
「そういうことです。そして、そのことを尾瀬君が失念せず、復活直後を叩いていれば、その時点で決着がついていたわけです」
「なるほど」
「要するに、尾瀬君が秋代君を軽視し過ぎていたことが、この結果を招いたということです。が、尾瀬君の名誉のために申し上げておくと、この結果が必ずしも尾瀬君の自力が秋代君に劣っていることを示すものではない、というです」
「確かに、数秒違いとはいえ、ほぼ両者ノックダウンのようなものでしたからね」
「それもありますが、今回の場合、両者の立場の違い、背負っているものの差が勝敗を分けたということです」
「背負っているものですか?」
「はい。ただ目の前の敵を倒すことだけを考えていればよかった秋代君に対して、このギルド戦の発起人である尾瀬君は、全体の状況も考えて行動しなければならなった。なので、もしこれが個人戦で、尾瀬君が秋代君を倒すことのみに専念して戦うことができていれば、尾瀬君の取り得る選択肢にも幅ができ、あるいは結果も変わっていたかもしれないわけです」
自爆という手段も引き分け再試合を狙ってのものであり、その力を秋代を倒すことのみに使っていれば、尾瀬が勝っていた可能性は十分あるのだった。
「ですが、今はそんなことよりも両者の健闘を讃えたいと思います。創造主化は肉体に大きな負荷を与え、その激痛は常人であれば数秒で身動きができなくなるほどです。その激痛に耐え、あれだけの死闘を演じた2人は、まさに称賛に値します」
寺林が秋代たちの奮戦に拍手を送る。が、当の本人たちはと言うと、清々しさとは対極の状態にあった。
あんなウドに足元をすくわれるとは。
尾瀬は屈辱からリベンジを誓い、
「次は絶対あたしの手でブッ殺す!」
秋代も尾瀬への闘志を新たにしていた。
他方、その秋代たちによって尾瀬から解放された永遠長は、連合チームを次々と撃破していた。
永遠長は、まずインドチームを火炎付与で葬り去ると、続くイギリスチームをリフレクトドライバーにより撃破。さらに巨大化して迫りくるロシアチームは、
「切断」
全員まとめて一刀の下に葬り去っていた。その獅子奮迅の活躍ぶりに、
「強ーい! 永遠長選手、これで連合チームは3つのギルドが、永遠長選手によってリタイアとなったあ!」
放送席にいる常盤の実況にも熱が帯びる。
「巨人はその巨体故に、なまじの刃物は効きませんが、空間ごと切り裂ける永遠長君の前では、いい的でしかなかったということですね」
寺林が状況を冷静に分析する。
「まさに無人の野を行くがごとく! この永遠長選手の快進撃を止められる者は、果たして連合チームにいるのでしょうか!?」
常盤の言葉通り、その後も快進撃を続ける永遠長を、砦にいる天国も認識していた。そして永遠長が壊滅させたギルドの数が7を数えたところで、
「2人とも、後は好きに動いて。私もそうするから」
天国は土門と禿に言った。
「どういうことですか?」
「もう、ここの守りを固めてなくても勝てそうだってこと」
「それって……」
土門と禿の頭に、永遠長の顔が浮かんだ。
「そういうこと。で、勝ち確なら、私は私でやることがあるから」
天国は肩をほぐした。
「あなたたちもそうでしょ?」
「え?」
「個人的に、ケジメというか落とし前つけたい相手がいるんじゃない? 戦う前から、負け犬扱いしてくれた連中が。まだムカついてるんでしょ? 特に禿さんは」
天国に指摘され、禿の眉間に忘れていた怒りが凝縮する。
「もう生き残りとか作戦とか気にせず、思いっきりやっちゃっていいから」
「わかりました」
禿の感情のこもらない返事に、土門は不穏な空気を感じたが、
「ミッちゃん、冷静にね」
それ以上のことは言えなかった。
「と言っても「ダイバーシティ」と「大和」は、まっすぐここに向かって来てるから、少し待ってれば向こうから姿を見せてくれるでしょうけど」
「じゃあ、そうします」
禿にとっては好都合だった。
「というわけで、私はこれより「ゲートキーパーズ」殲滅に向かうので、後はよろしく」
天国は、城門付近で待機していた海道たちにも自分の見解を伝えると、連合チームの砦へと転移していった。そして、それから5分と経たないうちに、天国の言う通り「ダイバーシティ」と「大和」を含めた1000人以上の連合部隊が砦に押し寄せてきた。
「ウジャウジャ来たわね」
禿は城壁の上から、砦を取り囲む連合チームを見回した。その声には、まるで危機感がなく、むしろ弾んでいると思うのは気のせいだろう。と、土門は自分に言い聞かせた。
「じゃあ」
禿が、その内に溜め込んでいたものを吐き出そうとしたとき、
「ん?」
連合チームの先頭にいる明峰が矢を番えた。そして弦から撃ち放たれた矢は、ワープゲートを通して禿たちの側へと打ち込まれた。
「宣戦布告ってこと?」
「違うよ、ミッちゃん。矢に紙がついてる」
土門は矢に巻き付いていた紙を解いた。見ると、それは明峰から異世界ギルドに宛てた降伏勧告だった。
「無駄な戦いはしたくない。今すぐ降伏するなら悪いようにはしない」
その書面に目を通した禿は、
「…………」
反射板で滑り台を形成した。その意図を察し、
「ま、待って、ミッちゃん!」
土門も後を追おうとしたが、
「リッ君は、そこで待ってて。邪、危ないから」
禿はそう言うと、1人で反射板を滑り降りていった。その間も連合チームの攻撃は続いていたが、すべて反射板に跳ね返されてしまっていた。そして「ダイバーシティ」の正面に降り立った禿を、
「わかってくれて嬉しいよ」
明峰が笑顔で迎えた。
「何か勘違いしてるみたいだけど」
禿は冷ややかな声で言った。
「私は降参しに来たわけじゃないわ」
「え?」
「私は、あなたたちに降伏勧告に来たのよ。あなたの流儀に習ってね」
禿は皮肉交じりに言った。
「今ここでリタイアすれば良し。さもなければ、こっちも容赦しない。どっちでも好きなほうを選べってね」
不敵に言い放つ禿に、連合軍から失笑が漏れる。この軍勢に囲まれた異世界ギルドチームに、もはや勝ち目はない。
この場に居合わせた連合チームのメンバーは、皆そう思っていたのだった。
禿の「反射」は確かに面倒だが、それもいずれ限界が来る。自分たちは、その時を待っていればいい。もう禿にできることは、虚勢を張って強がることだけなのだと。
「この人数を相手に、本気で勝てると思ってるのかい?」
周囲の意見を集約する形で、明峰は改めて禿に尋ねた。
「それは、つまりノーということね」
「そういうことになるね」
「そう、よくわかったわ。じゃあ」
禿は足元に反射板を作ると、大きく跳ね上がった。そして、
「戦闘開始ってことで」
禿は右腕を振り下ろした。すると「反射」の力で形成された無数の針が、雨のように連合チームへと降り注いだ。
「ギャアアア!」
不可視の針は容赦なく連合チームに突き刺さり、大地を鮮血に染めていく。
「調子に乗るな!」
南部は禿に飛びかかった。その間も、無数の反射針が南部を襲うが、すべて重厚な鎧が跳ね返していた。
「それは、あなたたちでしょ」
禿は「反射」で無数の刃を形成すると、
「何が勝てると思ってるのかい? よ。1度負けてるくせに、偉そうに!」
まず肉迫していた南部を八つ裂きにした。次いで、禿は無数の刃を自分を中心に回転させると、容赦なく連合チームを切り裂いていく。そして「反射」の嵐を朱に染め上げた後、
「勝てる勝負しかできないヘタレどもが、数だけ集めて調子に乗って!」
今度は「反射」で作り上げた巨大な足で、
「待……」
まず散々に明峰を蹴りつけてリタイアさせると、
「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」
残った連合チームメンバーを手当たり次第に踏み潰していった。
その容赦ない攻撃に、
「うわあああ!」
連合チームメンバーは逃走する者が相次いだ。それを見て、
「逃がすと思ってるの?」
禿は連合チームの周囲を巨大な反射板で囲うと、反射板の内側に無数の棘を形成した。そして連合チームを囲う反射板を、急速に回転させながら範囲を徐々に狭めていく。
「やめろお!」
禿の意図に気づいた連合チームの顔からは血の気が引き、
「ひいい!」
急いで異世界ナビを取り出しリタイアしようとするが、
「逃さないって言ったでしょ」
禿は連合メンバーの体に無数の針を突き刺し、その動きを封じ込める。
「この暇人どもが」
禿は怒りに肩を震わせた。
「大事な高1の冬休みを、くだらないことで無駄に使わせて。本当なら、リッ君とクリスマスを一緒に過ごして、お正月には晴れ着姿で参拝して、冬休みを満喫するはずだったのに……」
禿は「反射」で形成した壁を、すり鉢状に変形させると、中央の土台部分に数枚の刃を形成した。
「死ね」
禿が自家製ミキサーのスイッチを入れようとしたとき、
「ダメだ、ミッちゃん!」
土門が禿の手を止めた。
「離して、リッ君。こいつらは、これぐらいしないとわからないのよ」
禿の目は完全に座っていた。あ、完全にキレてる。
土門が、そう悟った。
こうなったら、もう普通に止めてもダメだ。
そう痛感した土門は、魔法を使うことにした。禿を止めることのできる、最強にして唯一の呪文を。
「ダメだよ、ミッちゃん」
土門は禿の耳元でささやいた。
「これ以上やったら、後でみんなから「女永遠長」って呼ばれることになっちゃうよ」
土門の言葉は何気なかったが、
「ーーーー!」
効果は抜群だった。
直後、連合チームを拘束していた「反射」はすべて解除され、
「ひ、引けえ!」
連合チームは大慌てて退却、もしくはリタイアしていった。
そして人気がなくなった正門前で、
「戻ろう」
土門はうなだれている禿の肩に手を置くと、
「違うもん。私は、あそこまで酷くないもん」
涙ぐむ禿を連れて砦に引き返したのだった。
なお、この戦いの後、その発言と戦いぶりから、禿には「アンタッチャブル」の二つ名が。
以前から「モスの勇者」にして、禿と付き合っていることも周知の事実だった土門には、別の意味で「勇者」の称号が与えられることになったのだった。




