第149話
地球の異変に関する報告は、その後も続々ともたらされた。
そして、そのすべてに共通しているのは、今地球では世界規模の大地震か何かが発生して、その被害は今も広がり続けている、ということだった。
「大地震? て、地震て、世界規模で起きるもんなの?」
秋代に限らず、それが居合わせたプレイヤー全員の思いだった。そして、その答えは間もなく放送席に届けられた。
「ただいま緊急速報が入りましたので、お知らせします」
常盤は新たに送られてきた報告書の内容を、かいつまんで説明した。
「日本時間、午前10時58分、地球が異世界よりの襲撃を受けたもようです」
常盤の発表に、観客たちも間からどよめきが起きる。
「襲撃したのはラーグニーと推定され、彼らは各国主要都市及び軍事施設に重力兵器を使用。その攻撃は現在も続いているとのことです。この攻撃による推定死者数は、現時点で30億人を超えるとのことです」
想像以上の死者数に、観客席から音が消える。
そして常盤がプレイヤーに冷静な対応を呼びかけるなか、永遠長と天国がギルド戦のフィールドから引き上げてきた。
「永遠、大変じゃ!」
「もう知っている」
永遠長は言い捨てた。
「そんなことよりも、だ」
永遠長は秋代を見た。
「これで、おまえもわかっただろう。俺の言葉の正しさが」
「なんの話よ?」
「俺がチートじゃないという話だ」
「言ってる場合か!」
秋代は怒鳴りつけたが、
「俺にとっては最重要事項だ。地球の命運などより、遥かにな」
永遠長は大真面目だった。
「俺の力を封印したのは、藤田という奴の「同調」のクオリティによるものだ。そして、おまえも知っているように、クオリティは本人の生活環境が大きく作用する。その点から言っても同調圧力の強い日本では、今後も同様のクオリティ持ちが増える可能性が高い。つまり、他人の力を使える人間は、今でこそ希少価値があるが、そのうち珍しくもなんともなくなるということだ。それこそ、そのうち「なんだ。おまえも「同調」かよ。他人の力が使えるだけの寄生虫は間に合ってんだよ。俺たちが欲しいのは猿真似野郎じゃなく、自力で強力な力が使える奴なんだよ」と言われる日が来る。少なくとも、他人の力が使えるだけのクオリティがチート扱いされることはなくなるということだ」
「何言ってんのよ。確かに「同調」は、そのうちゴミ能力化するかもしんないけど「同調」と「連結」は、まったく別物でしょうが」
秋代はフンと鼻を鳴らした。
「わかりやすく言えば、あんたの「連結」はパソコンで、「同調」はラジオみたいなもんでしょうが。いったんネットに繋げば、どんな情報でも検索し放題のネットと、その都度その都度いちいち周波数切り替えなきゃなんないラジオとじゃ、同じ情報収集能力でも天と地ほどの差があるっての」
秋代の言い分を聞きながら、
酷いな。
小鳥遊は心の中でツッコんでいた。しかも何が酷いって、秋代は永遠長の主張を否定しているつもりでいるが、その実藤田のことをディスっていて、その自覚が秋代自身にはまったくない、ということだった。無意識に踏みつけられて、返り見られることのない雑草のように。
「て、だから今はそんなこと、どうでもいいってのよ!」
秋代は話を戻した。
「とにかく、こうなったら、もうアレしかないわ」
「ほう、この状況で何か手があるのか」
永遠長は素直に感心した。
「アレよ、アレ。あんたがモスで使ったリセット」
「ない」
永遠長は即答した。
「言ったはずだ。あれはバカな前任者の後始末のために、やむなく行った緊急措置であり、2度とやるつもりはないと」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょうが。地球の、全人類の命運がかかってんのよ」
「知らんし興味ない」
「あんたねえ」
「早合点するな。俺はリセットする気はないと言ったが、このまま放置するとは言っていない」
「え?」
「1度受けた依頼は、必ず完遂する。それが俺の冒険者としての信条だからな」
永遠長は寺林を一瞥した。
「なんの話よ?」
「おまえには関係ない話だ」
「……まあいいわ。けどリセットせずに、どうやってこの状況を打開するってのよ?」
見当もつかない秋代に、
「おま」
えには関係ない、と永遠長が答えるより早く、
「あるでしょ。忘れちゃった? 私がどうやって助かったか」
天国が言った。
「え? あ! タイムリープ!」
秋代の口から出た言葉に、観客席がどよめく。
「そう。地球を戻すんじゃなくて、私達が過去に戻ってラーグニーの侵略を阻止する」
「そうか! その手があったわね!」
秋代は永遠長を見た。
「じゃあ、さっそく行きましょ」
「誰が、そんなことを言った?」
「え?」
「行くのは、あくまでも俺と調だけだ」
「は?」
「連れて行くわけじゃない。俺に「共感」している調は、結果的に一緒に戻ることになる。ただ、それだけの話だ」
不本意そうに言う永遠長の頭を、
「違うでしょ、流輝君」
天国が両手で鷲掴みにした。
「俺と調、じゃなく、俺たち、でしょ。はい、もう1度やり直し」
「……俺と調」
「やり直し」
「俺と調」
「やり直し」
このやり取りを10回ほど繰り返したところで、
「もう、本当に強情なんだから」
天国は永遠長の頭から手を離した。根負けしたというよりも、周りに配慮した結果だった。
「私も2年間の空白を、そう簡単に埋められるとは思ってないし」
天国は永遠長に人差し指を突きつけた。
「でも、そのうち絶対「俺たち」って言わせてみせるから」
「寝言を言うな。その言い草だと、まるで俺が以前は俺たちと言っていたようだろうが。言っておくが、俺は生まれてこの方1度として、二人称を使ったことなどない」
永遠長は敢然と言い切った。
「て、そういう問題じゃないでしょうが!」
秋代が一刀両断した。
「これは、あたしたちの問題でもあるのよ。あんたたちだけに任せておけるかってのよ」
「そうじゃぞ、永遠! そんな面白いこと、おんしらだけでやろうなんてズッコいぞ!」
木葉も抗議の声を上げた。すると、
「そうぜよ! オイも混ぜるぜよ!」
巫剣、
「そうだ、これはもうお主等だけの問題ではない」
南部、
「そういうことだね。地球をムザムザ異世界人に蹂躙させるわけにがいかないからね」
明峰も参戦の意思を示した。それに対して、
おまえたちの意思に興味はない。
永遠長がそう言い捨てようとしたところで、
「ピンポンパンポーン」
天国が口を開いた。
「ここで異世界ギルド運営から、プレイヤーの皆さんに緊急ミッションイベント開催のお知らせです」
突然のイベント告知に、観客たちの間にざわめきが起きる。
「これより、ここにいる全員を2日前にタイムリープいたします。そして日本時間で1月4日の正午より、1日限定イベントとして緊急ミッションイベントを開催します。なおイベント内容は、地球侵略を企んでいるラーグニーの作戦阻止及び主犯格の捕獲です」
天国の説明に、再び観客がざわめく。
「ですが、ご安心ください。もし仮に、皆さんが緊急ミッションイベントに参加しない、もしくはミッションに失敗したとしても、ラーグニーの地球への侵攻は、異世界ギルドが責任を持って阻止いたします」
天国は笑顔で断言した。
「もっとも、その場合、別の問題が発生することになりますが」
天国の発言の真意がわからず、また会場がざわめく。
「おわかりになりませんか? 今回の事件の解決を当方に委ねるということは、その気になれば当方が、ひいては永遠長流輝の意思1つで、いつでも今の状況に戻せるということなのです」
天国の言葉に、観客は息を呑んだ。
「そして、それは取りも直さず全人類の生殺与奪の権限を、永遠長流輝が握るということであり、もっと言えば今回のギルド戦の最中に、もし永遠長が異世界にいる全員を地球に強制送還すれば、あなたたちも殺すことができるということなのです」
天国の言葉に、観客たちは凍りついた。
「ですが、もし今回の緊急ミッションイベントに成功した場合には、その危険は当方が責任を持って排除いたします。そして今後、いかなる形であれ、この件で皆様に害が及ばないことを異世界ギルドの運営としてお約束いたします。ですので自分や家族、友人の生殺与奪を永遠長に握られたくない方は、今回のイベントに奮って御参加ください。以上、異世界ギルドよりのお知らせでした」
天国は笑顔でそう締めくくった後、
「あ、そうそう、それともう1つ。特典として、もしこの緊急ミッションイベントを無事クリアした暁には、その後でもう1度行われることになると思われるギルド戦において、敗戦時のデメリットである復活チケットの販売停止を撤回いたします。ただし、まったくのデメリットなしだと、それはそれで甘すぎるので、代わりとして復活チケットの販売価格を10倍とさせていただきます」
そう付け加えた。
そして静まり返る観客をよそに、
「余計なことを」
永遠長が言い捨てる。
「だって、流輝君たら、今私が言ったこと本気で考えてるんだもの」
これで、その気になったら、いつでも地球人を全滅させられる、と。
「でも、こうやって異世界ギルドとして公式発表しちゃったら、発表内容を反故にできないでしょ。異世界ギルドの責任者としては」
不敵な笑みを浮かべる天国に、
「だから、余計なことをと言っている」
永遠長は忌々しそうに言い捨てた。
「言ったでしょ。これ以上、流輝君に人殺しはさせないって」
「ふざけるな。殺すのは、あくまでもラーグニー人であって俺じゃない。ラーグニー人が地球人を殺すのを黙って見ていたからといって、なぜ俺が殺人犯扱いされねばならんのだ」
永遠長の非難を帯びた眼光が、天国を射すくめる。
「それとも何か? どこかの世界に、他人を見殺しにしたら罰せられる法律でもあるとでもいうのか? あるなら言ってみろ」
「あるけど?」
「だから、どこにあるのかと聞いている」
「私が作った法律」
天国は悪びれることもなく言い切り、
「ふざけるな」
案の定、永遠長からは反発の声が返ってきた。
「大真面目だけど? だって、そもそも法律なんてものは、結局のところ、どれもどこかの誰かが勝手に考えたものでしかないんだもの。だったら私が作っても、なんの問題もない。でしょ?」
「……その理屈で言えば、それを守る義理もないということになる」
「それって論点のすり替え」
天国のツッコミに、
「なに?」
永遠長の目が鋭さを増した。
「だって流輝君が言ったんでしょ。そんな法がどこにある? あるなら言ってみろって。それってつまり、そんな法律があれば従うってことでしょ? でなければ、わざわざ口に出す必要なんてないはずだもの。違う?」
天国の強引だが、1部筋の通った理屈に永遠長の口から息だけが漏れる。
そんな永遠長を見ながら、
永遠君と付き合うには、あれぐらい豪胆じゃないとダメなのね。
小鳥遊は心のなかでそう思っていた。
「てゆーか、これってもしかして、天国がいなかったら、どっちにしろ地球終わってたってことなんじゃないの?」
「そうじゃのう。天国を蘇らせてくれた魔王に感謝せんとのう」
そんな秋代と木葉の会話を聞きながら、
それは、魔王に対する最高の皮肉だね。
寺林は内心でほくそ笑むと同時に、魔王に称賛を送っていた。グッジョブと。
「たとえ、それがどこの誰が作った法律だろうと法は法。そして男なら、ううん、人は自分の言ったことには責任を持たなければならないんでしょ?」
天国のダメ押しに、
「……いいだろう。今回だけは、おまえの屁理屈を認めてやる。だが、あくまでも今回だけだ。次はない。絶対にだ。よく覚えておけ」
念を押しに押す永遠長を、
「はいはい」
天国は軽く受け流した。そして、
「では、行くぞ」
永遠長は、まず「境界」で観客を含めた全員を包み込むと、
「回帰」
2日前にタイムリープしたのだった。




