第146話
ブラナダ平原。
アムサロ王国の南に広がるこの平原は、数日前まで何もない平野だった。
しかし、この数日で平原の東西には砦がそびえ立ち、2つの居城の間には無数の建物が乱立していた。
これらの建造物は寺林の手で建てられたものだったが、発起人は永遠長だった。
ギルド戦においては、通常フィールド上には森や林、川や谷など、戦いに利用できる自然環境が組み入れられる。だが、下手に森や林を設置すると、邪魔と判断した脳筋どもが吹っ飛ばしかねない。
くだらない人間同士の戦いのために、自然を壊すなど論外。だが、何もない荒野で戦うのは、それはそれで興がない。
そこで永遠長は、森の代わりに廃墟を設置することを寺林に伝えた。そして寺林も、これはこれで一興と大乗り気でフィールドを作成し、ブラナダ平原は市街地へと様相を一変することになったのだった。
そしてフィールドの外周には、1台のメインスクリーンと6台のサブスクリーンを設置。その周囲に観客席を用意することで、最大10万人のプレイヤーが、ギルド戦を観戦できるよう配慮した。実際、ギルド戦が行われるブラナダ平原には、朝からプレイヤーたちが押し寄せ、日本時間で10時開戦であるにも関わらず、9時の段階で観客数は5万人を超えていた。ちなみに10時開催としたのは、参加国の割合から、それが1番時差の影響が少ないと判断したからだった。
そして社長肝いりの放送席を、メインスクリーン正面の最上段に設置。音響機器も手配した。
このように、裏方として奔走した寺林の苦労など、どこ吹く風。異世界ギルドの創設者である常盤総は、今や遅しと開戦、ではなく、自らが決めた放送開始時刻である9時30分を待ちわびていた。
そして、放送席の真下の観客席には「最古の5人」である「マジカリオン」の面々も陣取っていた。
「まったく、けしくりからんのです」
マジカルレッドにして「魔法少女」の沙門真理は、完全にイベントと化しているギルド戦に憤慨していた。
「地球と異世界の命運を賭けた一戦を、こんな見世物にするなど不埒千万なのです。本当なら関係者を問い詰めて、小1時間説教してやるところなのです」
「仕方ないわよ、マリーちゃん。私だって、永遠長君率いる異世界ギルドチームと、尾瀬さん率いる連合チームのどちらが勝つか。正直、ワクワクしてるもの」
花宮がなだめた。
「ま、大方の予想は連合チームの圧勝だけどな」
しかし、それではつまらない。
九重としては、ぜひ永遠長たちに勝ってもらい、自分たちの勝利を確信している連中の鼻を明かしてほしいところだった。特に、調子に乗っている外国勢を。
「でも、このメンバーを見る限り、それも無理ないと思うよ」
十六夜は、ギルド戦に参加している連合チームのメンバー表を見た。
「ホント、よく集めたわね、尾瀬さん」
実際のところ、花宮たち「マジカリオン」にも尾瀬から誘いの声がかかったのだが、丁重に辞退したのだった。
数を頼みに、集団でボコろうとするような卑怯者どもに加担する気なし。
というのが最大の理由だったが、尾瀬たちが異世界ギルドの運営権を手に入れたら、それはそれで面倒なことになる、というのも大きかった。
事実、日本の強豪ギルドや外国勢のギルドマスターは、政治家や1流企業の子息が雁首を並べている。そのため連合チームが勝利した場合、異世界ギルドの運営権が政治利用される可能性が高いのだった。
かと言って、異世界ギルド側に肩入れする気にもなれない。そこで、こうして1観客として成り行きを見守ることにしたのだった。
そんな傍観者達の思惑をよそに、当事者である異世界ギルドと連合チームは、それぞれスタート地点である砦で、最後の打ち合わせをしていた。
そして異世界ギルドの打ち合わせが終了した頃合いを見計らい、
「やあ、久しぶりだね。元気だったかい?」
寺林が声をかけてきた。
「な!? どうして、あんたがここに!?」
気色ばむ秋代たちの反応を堪能した後、
「永遠長君、これだよ、これ」
寺林は秋代たちを指さした。
「これが私を見た、普通の人間の反応だからね。君も少しは見習ったほうがいいよ」
寺林はしみじみ言ったが、
「いらんし興味ない」
永遠長に一蹴されてしまった。
「……相変わらず、フザけた奴ね」
秋代は憎々しげに吐き捨てた。これまでの経緯から、この男には言いたいことが腐る程ある。しかし、それを秋代が口にする前に、
「そんなことはどうでもええ」
木葉に押しのけられてしまった。
「そんなことより、今度おんしに会ったら、頼もうと思っとったことがあるんじゃ」
「頼み?」
「そうじゃ。もう1回、獣人の世界に行けるようにしてほしいんじゃ」
「獣人の世界? ああ、ハーリオンのことか」
「そうじゃ。あの世界は閉鎖になったそうじゃが、もう1回行けるようにできんかの。わしはどうしても獣人の世界に行って、わしがどんな獣に変身するか、確かめたいんじゃ」
往生際の悪い木葉を、
「まだ、そんなこと言っとんのか、このクソたわけが!」
秋代は怒鳴りつけた。
「何を怒っとるんじゃ? おまえだって気になるじゃろうが。もし、そこに自分が行ったら、どんな獣人に変身するか」
「ならんわ! てか、死んでも行かんと言っとろうが!」
秋代は目を吊り上げて怒鳴りつけたが、
「なあ、神様のおんしなら、もう1回行けるようにするぐらいわけないじゃろ」
もう木葉は聞いていなかった。
「あー、残念だけど、それは無理だね」
「なんでじゃ? 人気がなかったからか? じゃが、今ならわからんじゃろ」
「誤解があるようだけど、ハーリオンが閉鎖になったのは、別に人気がなかったからじゃないんだよ」
「じゃあ、なんでじゃ?」
「1言でいうと、あのまま放っておくとパワーバランスが崩れてしまったからなんだよ」
「パワーバランス?」
「そう。ハーリオンに行けば、誰でも獣人に変身できる。望んだ動物かは別にしてね。だけど、その結果として、誰もディサースで変身系のジョブを選ばなくなってしまったんだよ。まあ、ハーリオンに行きさえすれば誰でも獣人になれるんだから、当然と言えば当然なんだけどね」
普通に考えればわかりそうなものなのだが、そこに頭が回らないのが寺林の上司なのだった。
「で、それを憂いた社長が、ハーリオンを閉鎖しちゃったんだよ。せっかく、色々考えた変身系ジョブを、誰も選んでくれないのが寂しかったんだろうね。それに」
寺林は永遠長を横目に見た。
「誰とは言わないけど、獣人化の力を想定外のことに使う子が現れた」
火を吐くのはともかくとして、分身や巨大化はジョブシステムの根底を揺るがしかねない。
「そこで、こりゃイカンってことになって、急遽閉鎖が決定したんだよ。で、まだ開設して1年ちょっとだったのと、その後で古参連中を永遠長君が追い出しちゃったから、影響は最小限で抑えられたんだけど、もし今さらハーリオンを復活させたら苦情が殺到することになる。特に変身系のジョブを選んだ子たちからね」
寺林は肩をすくめた。
「ま、そういうわけだから、ハーリオンの復活はないんだよ」
「じゃあ、わしらだけでも行かせてくれ。運営特権ってことで」
「いらんわ! そんな特権! てか、そんな特権ないって、永遠長も言ってたでしょうが!」
言い争う木葉と秋代をよそに、
「あの、今言ってたのって、前に永遠君が言ってた3大ギルドのことですよね?」
小鳥遊が尋ねた。
「ああ、そうだよ。簡単に言うと、それぞれヨーロッパ人とアメリカ人と中国人で結成されたギルドなんだけど、その連中が地球の因縁を異世界に持ち込んで反発しあってたんだよ。で、縄張り争いをしたあげく、現地の人間にまで横暴な真似を働くようになっちゃったんだよね」
「で、そこに永遠長が現れて、そいつらを壊滅させたわけね」
秋代には、その光景が目に見えるようだった。
「そういうこと。復活チケットがあるから、無敵だ最強だと調子こいてた連中が、永遠長君に拷問されて「2度と異世界には来ないから許してくれえ」と泣き叫びながら命乞いする姿は、見ていて実に心が洗われたもんだよ」
寺林にとっては、今思い出しても胸のスク、古き良き思い出だった。
「てーか、そういう連中を取り締まるのが、あんたの仕事だったんでしょうが」
秋代が鋭く切り込むと、
「あ、そろそろ時間のようだ」
寺林はわざとらしく腕時計を見た後、
「じゃあ、がんばってくれたまえ。解説席から応援しているからね」
スタコラサッサとトンズラしてしまった。
他方、連合チーム陣営でも、最後の打ち合わせが行われていた。もっとも、打ち合わせに参加しているのは「ノブレス・オブリージュ」のメンバーだけで、他のギルドのメンバーの姿は1人もなかった。
これは連合チームに参加しているギルドが自己中揃いだからではなく、尾瀬の事前交渉の賜物だった。
現状から、異世界ギルド側は永遠長が先行してくる可能性が高い。
そう判断した尾瀬は、各ギルドに特攻してくる永遠長は自分たちが抑えると、事前に通告していたのだった。
そして、これを他のギルドも容認。先陣は「ノブレス・オブリージュ」が切ることになったのだった。
もっとも、これは連合チームが「ノブレス・オブリージュ」の顔を立てたというよりも、打算によるところが大きかった。
特に外国勢にとっては、日本人同士が潰し合うのは望むところ。もし、それで「ノブレス・オブリージュ」が破れた場合には、自分たちが生意気な日本人に身の程を教えてやる、という認識だった。
かつてあったという、永遠長による3大ギルドの壊滅と、エルギアのギルド殲滅。
これらの事件を噂でしか聞いたことがなく、異世界選手権で柏川たちに勝てたのも不意打ちだったからに過ぎない。
アーリア帝国瓦解の真相や寺林戦に関して知る由もない外国勢にとって、永遠長は「ちょっと強いだけの日本人」「噂が1人歩きしてるだけのハッタリ野郎」という認識が定着していたのだった。
そんな奴に、まかり間違っても自分たちが負けるはずがない。
今日のギルド戦は前哨戦でしかなく、本番は近々行われることになる運営権争奪戦。
それが外国勢の考えだった。そして、その運営権争奪戦の発端を作った「グランドマスターズ」の面々が、尾瀬のいる本陣へと顔を出したのは、試合が始まる30分前のことだった。
「よう、相変わらずキュートだな、リトルレディ」
アポも取らず、静止の声にも耳を貸すことなく会議場に踏み込んで来た白人たちに、
「なんの用ですか、ミスターホワイト?」
尾瀬は表情を殺したまま淡々と尋ねた。
「あなたとの話し合いは、すでに済んでいるはずですが?」
「なに、試合が始まる前に、約束を再確認しておこうと思ってね」
グランドマスターズのギルドマスターは、2メートルの体躯を揺さぶりながら尾瀬に歩み寄った。
「そのことでしたら、ご懸念には及びません。連合チームの勝利後、改めてギルド戦を行い、勝ったギルドに異世界ギルドの運営権を譲渡します」
「そうかい。ならいいんだが、何せユーは、最初俺たちとユーたちとの一騎打ちと言ってたものを、いつの間にか参加している全ギルドでの争奪戦に変えてしまった前科があるんでね。よくよく確かめておかないと、またどんな風に約束を変えられるか、分かったもんじゃない。と、仲間が心配するもので、念のため、こうしてまかりこしたという次第さ」
ホワイトホープの異名を持つグランドマスターズのギルドマスターは、皮肉交じりに訪問理由を告げた。
「それに関しては、申し訳ないと思っておりますわ。わたくしどもとしても、早計だったと反省しております。あのような要求があった場合には即答せず、1度持ち帰りって連合内で話し合ってから結論を出すべきでした」
反省の意を示す尾瀬に、
「ジャップの感想なんて、聞いてねーんだよ」
ホワイトの左にいたアルフレッド・ビンセントが言った。ホワイトより細身ではあるが、それはあくまでもホワイトと比べての話。身長190センチ、体重85キロという体格は、一般的には十分に大柄の部類だった。
「では結論だけ申します。連合チーム内で行われるギルド戦に勝利したギルドが、異世界ギルドの運営権を手に入れる。この約定が変更されることは絶対にありません」
尾瀬は断言した。
「そうか。それを聞いて安心した。邪魔したね」
退室しようとするホワイトに、
「確認、ということであれば、こちらも今1度確認しておきたいことがあるのですが」
尾瀬が言った。
「ああ!? ジャップごときが、確認だと? 何様のつもりだ、ああ!?」
ビンセントは尾瀬を睨みつけたが、
「まあ、聞くだけ聞こうじゃないか」
ホワイトに制された。
「確認とは?」
「はい。以前、わたくしが申し上げた忠告を忘れていないかどうかの」
「リトルレディが?」
「はい。この先たとえ、仮に連合チームがどんなに劣勢に追い込まれても、地球の権威を持ち出して「背徳のボッチート」を屈服させようとは考えない。ということをです。少なくとも、連合チームに席を置いている間は。絶対に」
「ああ、そういえば、そんなことを言っていたな」
ホワイトは鼻で笑った。
「だが、そんな心配は無用というものだ。そもそも、この兵力差で劣勢に追い込まれることなどありえないだろ」
そんなものは最終手段。それこそ他に方法がなくなった場合の奥の手として使う代物であり、今回においては考慮する必要もないことだった。
「ならば結構ですが、このことは連合チームは元より、最悪の場合、あなたがたの本国、いえ地球の命運に関わることですので、夢々お忘れなきよう」
尾瀬は再度念を押した。
「……覚えておこう」
ホワイトはそう言うと、仲間とともに会議場を後にした。
取り澄ました日本人の小娘の顔を、運営権争奪戦で、どうやって泣きっ面に変えてやろうかと考えながら。
そして開戦10分前になったところで、
「さあ、いよいよ始まります。異世界ギルドの運営権を賭けた世紀の一戦。果たして勝利の女神が微笑むのは、どちらの陣営なのでありましょうか」
常盤の実況中継が始まった。もっとも、それまでもマイクのテスト中と称して、実況する自分の存在を散々アピールしていたのだが。
「さっそくですが、寺林さん。元異世界ストアの運営として、この一戦、寺林さんはどちらが勝つと予想されますか?」
「そうですね。数の上では連合チームの勝利は約束されている、と言っていいでしょう。ですが、それはあくまでも数の上での話です」
「それは、運営チームにも勝算はあると言うことでしょうか?」
「はい。まず海道君率いる「ワールドナイツ」は統率の取れた、いいギルドです。特に海道君の「突貫」のクオリティを活かした突破力は、全ギルドの中でも群を抜いています。多勢に無勢と連合チームが侮れば、痛い目を見ることになるでしょう」
「なるほど」
「そして「スリーピング・ビューティー」も、数こそ4人ですが、バランスの取れたパーティー編成となっており、あらゆる状況に対応できる柔軟性を持っています」
「確かに、騎士、アーチャー、魔術師、魔法戦士と、オーソドックスながら堅実なパーティー編成となってますね」
「はい。そして「ロード・リベリオン」ですが、こちらは何かと永遠長君だけが注目されがちですが、木葉君の爆発力は侮れないものがありますし、秋代君のクオリティは状況を一変させる可能性を秘めています」
自分を倒した創造主化も、元を辿れば秋代の力なのだった。
「そして防御においては、禿君が絶対防御、土門君が回復と「ロード・リベリオン」は少人数ながら、戦いにおいて必須と言える力の持ち主が揃っている。この牙城を崩すのは、連合チームと言えども骨が折れると思います」
「なるほど。全員が魔法戦士ですが、先程の「スリーピング・ビューティー」同様、バランスの取れたパーティー編成になっているというわけですね」
「はい。ですが、やはり今回の一戦におけるキーマンは永遠長君でしょう。彼にとって、敵の数はさほど問題ではない。逆に言えば、連合チームはいかに永遠長君を抑え込むかが、勝利のポイントとなるというわけです」
「なるほど」
「そして、この場合その鍵を握るのは、やはり今回の勝負の仕掛け人である尾瀬君になると思われます。彼女は十分に永遠長君の力を承知している。にも関わらず、このギルド戦を仕掛けたということは、永遠長君に勝つ何らかの勝算がある、ということでしょうから」
「なるほど。さすが元異世界ストアの運営。見るべきポイントが的確です」
乗り乗りで実況を続ける常盤のいる放送席を見上げながら、
「常盤さんが実況やるって言いだしたときは、どうなることかと思ったけど」
けっこう上手くこなせていて、十六夜としては一安心だった。
「常盤さん、楽しそう」
六堂がボソリと言い、
「ああ、活き活きしてやがるな、常盤のおっさん」
九重は放送席に半眼を向けた。
「あれぐらい本業にも精を出せば、メイド長にも怒られねえだろうによ」
「確かにね」
花宮は苦笑した。
「それは無理と言うものなのです」
沙門は、おもむろに言った。
「総司令が気合いを入れるのは、いつでも無駄なことだけなのです」
身も蓋もなく断言する沙門に、
確かに。
メンバー全員がうなずいたところで、開始時刻の10時となった。すると、運営チームからは永遠長が単独で飛び出し、わずかに遅れて連合チームから「ノブレス・オブリージュ」が出陣した。
とはいえ、フィールドは直径20キロ。両者が接触するには、魔法でも使わない限り30分以上かかる。そこで常盤は、その時間を利用して、今度は連合チーム側の戦力分析で場を繋いだ。
そして開戦から35分、永遠長と「ノブレス・オブリージュ」は、互いの姿を視界に捉えた。
それでも無言のまま突き進んでくる永遠長に「ノブレス・オブリージュ」も戦闘態勢に入る。これに対して、永遠長がクオリティを発動しようとしたとき、
「しゃ、遮断!」
尾瀬の隣に控えていた魔術師が叫ぶと、
「封印!」
続けて尾瀬もクオリティを発動させた。
直後、永遠長はクオリティを発動させたが、
「…………」
何も起こらなかった。
そして目的を達した尾瀬は、
「後は任せましたよ」
「遮断」を使った魔術師だけを伴い、自陣砦へと転移した。
よかったですわね。背徳のボッチート、いいえ永遠長さん。
尾瀬は、ほくそ笑んだ。
これで、あなたはお望み通り、ただのボッチになったのですから。




