第145話
翌日、異世界ギルドの面々は、集合時間の8時を待たずに集結していた。
しかし、それも無理なかった。なにしろ、この日のために冬休みを返上してディサース中を奔走してきたのだから。
集合後、秋代たちはクラスアップに必要なアイテムを再確認した後、各々シークレットジョブへとクラスアップしていった。
そして全員のクラスアップが終わったところで、いったん街を離れた。
これは約1名、加減を知らないバカがいるため、あらかじめ新ジョブの力を試しておく必要がある。という、秋代の提案によるものだった。
そして王都を北に3キロほど離れたところで、
「ここら辺なら大丈夫そうね」
秋代は足を止めた。
周辺は見渡す限りの荒野で、ここでなら試し打ちしても問題なさそうだった。
「よっしゃ! なら、まずわしが」
木葉は、さっそく必殺技を試そうとしたが、
「ドアホ!」
秋代に頭を張り倒されてしまった。
「何するんじゃ、春夏!?」
「そっちは街道があるでしょうが! どんだけ威力があるかわかんないんだから、人が通るかもしれないほうに撃つんじゃないわよ!」
「おお、そういえばそうじゃな」
木葉は納得すると、街道と反対側に向きを変えた。いきなり殴られたことは、気にしてない様子だった。
少し見ない間に、手が早くなったなあ、秋代さん。
と小鳥遊は思ったが、口には出さなかった。
そして攻撃方向に誰もいないことを確認した後、
「トゥルーエンド!」
木葉がトゥルードラゴンの必殺技を放ったのを皮切りに、
「オメガバースト!」
秋代はフェニックスウォーリアーからの継承技を、
「グラビティーキャノン!」
小鳥遊はアストラル(土)ウォーリアーからの継承技を、
「マジックセイバー!」
加山はマジックナイトの必殺技である魔法刃を、
「アクセルショット!」
土門はアクセルウォーリアーの必殺技を、
「ルミナスブラスター!」
禿はヒールウォーリアーからの継承技を、それぞれ試し撃った。すると、レベル1であるにも関わらず、これまでの2倍近くまで威力がアップしていた。
「すごいわね、シークレットって。レベル1で、この威力って」
秋代は改めて感心した。
「ただし、その分デメリットもあるけど」
天国が言った。
「デメリット?」
「そう。レベルを上げるための経験値が、今までと比較にならないぐらい多いの」
「多いって、どれぐらい?」
「だいたいレベル1上げるのに、ノーマルの150から151に上げるぐらい? で、次からは必要な経験値が倍々に増えていく」
「マジで?」
露骨に眉をしかめる秋代に、
「マジで」
天国は力強くうなずいた。
「だから、連中のレベルは軒並み低かったのね」
秋代は、天国のメールにあった連合チームのレベルを思い出していた。
「そういうこと。それもチケット効果込みでね」
「チケット効果?」
「忘れちゃった? あなたたちが最初に異世界転移したとき、強くなるためにって、流輝君がチケットを色々使ってくれたでしょ」
「そういえば……」
「あれは基本、ギルドごとに効果があるから、もしギルドメンバーが50人以上いれば、ほぼ毎日経験値が10倍入ることになる。でも逆に言えば、入ってないと入っている人の10倍稼がないと追いつけない。だから、普通は少しでも人の多いギルドに入ろうとするってわけ」
「永遠長みたいな、ひねくれ者以外は?」
皮肉る天国に、
「そういうこと」
天国はウインクしてみせた。
嫌味さえも惚気けの材料にしてしまう天国に、
「……じゃ、帰りましょうか」
秋代の顔から毒気を抜ける。今日は午後から、海道たち「ワールドナイツ」とロゼたち「スリーピングビューティ」を交えて作戦会議を開くことになっているのだった。
「あ、待って。その前にやることがあるから」
「やること?」
「ええ。明後日のギルド戦に向けて、ちょっとしたアドバイスが」
「アドバイス?」
「ええ、クオリティに関して。と言っても、元々の発案者は流輝君なんだけど」
「永遠長?」
「ええ、まず禿さんだけど……」
天国は「リフレクトカッター」「リフレクトソード」「リフレクトドライバー」「リフレクトアーマー」と、永遠長が今までの戦いで使ってきた「反射」の応用法を禿に伝えた。
「おお! 知っとるぞ! リフレクトドライバー!」
木葉は鼻息を荒げた。
「あれじゃろ! リフレクトドライバああああ! ギュルルルルル! ズギャギャギャギャギャ! ズバーン! てやつじゃろ!」
右手を突き出し、脳内でリフレクトドライバーを再現する木葉に、
「何言ってんの、あんた?」
秋代が白眼を向ける。
「だからじゃな」
「あー、もういいから、勝手にズギャでもズバンでもやってなさいな」
秋代は軽く木葉をあしらうと、天国に続きを促した。
「それと、これは私の思いつきなんだけど、反射板を作った上で、その一部に穴を空けるとか、反射板から刃を伸ばすみたいなことできない? それができれば、こちらの安全は確保したまま攻撃ができるんだけど」
「盾の機能をそのままに、反射板の一部を武器に変えて攻撃するってことですね」
禿は天国の意図を汲んだ。
「ええ、明日のギルド戦は、きっと攻城戦になる。そのとき禿さんには反射で城を守りながら攻撃しつつ、必要なときには味方が城を行き来するための出入り口を作ってもらいたいの」
「……わかりました。やってみます」
禿は、さっそく練習に入った。天国が示した活用法など、これまで禿は考えたこともなかった。しかし、それが実現できれば、確かに大幅な戦力アップになりそうだった。
「次は加山君」
天国は加山を見た。
「私の見たところ、あなたは自分の可能性を狭めてる」
「せ、狭めてる?」
「ええ、以前流輝君に漫画のキャラを引き合いに出されたからだろうけど、特に攻撃の仕方が漫画のソレに引っ張られ過ぎてる」
これまで加山は、永遠長のアドバイスを受けて以降、地面を腕の形に変えて殴りかかる以外の攻撃はしていないのだった。
「けど、あなたの「改変」には、それ以外にも無限の可能性がある。例えば、自分の体をダイヤモンド化すれば鉄壁の防御力を得られるし、透明化すれば敵の目を欺ける。また、逆にダイヤモンドソルジャーみたいな強固な敵を生身の体に戻すことだってできるし、ブレイドソルジャーみたいに腕を武器化したり、超能力者に自分を改変することだってできるかもしれない。つまり、あなたはその気になれば、ジョブシステムにあるすべてのジョブの力を自由自在に使うことができるってこと。もっとも相手を倒すだけなら、モスでしたみたいに石化するほうが手っ取り早いだろうけど」
「…………」
「それ以外にも、前に流輝君が寺林さんと戦ったときに、鎧を槍に変えたみたいに、剣をピストルやマシンガンに変えるとか、それこそ大岩を戦車や戦闘機に変えることだってできるかもしれない。もっとも、それをディサースやモスでやったら、流輝君が殺しに来るかもしれないけど」
笑えない冗談だった。
「次に土門君」
天国は土門を見た。
「あなたが、まずすべきことは、自分に回帰がかけられるようにすること」
「え? でも、それは……」
「ええ、わかってる。だから全体にかけるんじゃなくて、かけるのはあくまでも部分的」
「部分的?」
「そう。たとえば、怪我をした腕とか足に。あなたはモスでの1件以来、自分で自分に回帰はかけられないと決めつけてしまってるようだけど、極論すれば頭、それも思考を司る脳以外の場所になら、回帰をかけても問題ないはずなの。局所的な怪我、それも怪我をした直後なら、血液の逆流で血管が破れる心配もなくね」
「怪我をした場所だけに……」
自分で自分に回帰はかけられない。
モスで皇帝の話を聞いて以後、そう決めつけていた土門にとって、天国の話は目からウロコだった。
「じゃあ、次はわしじゃな」
木葉が言った。
「あんたにアドバイスなんて、あるわけないでしょうが。やっとこさ、増幅のコントロールが少しできるようになった程度だってのに」
秋代は容赦なく切り捨てた。
「大丈夫。それも考えに入れた上で、今の木葉君にできる、お手軽な技があるから」
「おお! どうするんじゃ?」
「大声を出すの」
「大声?」
「そう、大声。わ! でも、あ! でもいいから、力いっぱい肺活量限界でね」
「それだけでええんか?」
「ええ、普通の人であれば、ただの大声。けど、増幅の力がある木葉君が全力で叫べば、それは1種の衝撃波になるはずだから。しかも衝撃波は普通の防御では防げない上、たとえ倒せなくても耳にダメージを与えるから戦力が低下するし、連携も取れなくなるから戦いやすくなる。魔法じゃないから、体力がある限り、何回でも使えるのもメリットね」
「なるほどの」
木葉は納得すると、
「それじゃ」
さっそく試してみようと大きく息を吸い込んだ。
「ドアホ!」
秋代は木葉の腹にボディーブローを食らわせた。
「何すんじゃ、春夏?」
「ここでやったら、こっちまで被害が及ぶでしょうが!」
「おお、そう言えばそうじゃな」
木葉はあっけらかんと言うと、秋代たちから離れていった。
「最後に秋代さんだけど」
「いいわよ、あたしは。どうせ永遠長みたいに、もっとうまい付与の使い方を考えろとか、そんなとこでしょ」
そんなことは言われるまでもなく、とうに承知しているのだった。
「それなら一応考えてることもあるし」
何よりも、尾瀬には自分の力で勝つ。でなければ、秋代の気が済まないのだった。
秋代がそう続けようとしたとき、
「わ!!!」
木葉の大声が飛び込んできた。それどころか、木葉の大声によって生じた衝撃によって、危うく吹き飛ばされるところだった。木葉は100メートル以上離れているというのに、だ。
「確かに、武器になりそうね」
秋代は人差し指で耳を塞ぎながら言った。もっとも、それは使い所を間違えなければの話であり、その肝心な判断力という点において、誰よりも信頼性に乏しいのが秋代の幼馴染なのだった。
ともあれ、天国のアドバイスを受けた一同は、ギルド本部に引き返した。
そして早めの昼食を済ませ、本部で待つこと15分。約束の時間を10分残して、海道たちがやってきた。
「おう! 久しぶりだな、加山! 元気でやっとるか!?」
海道は笑顔で加山の背中を叩いた。
「か、海道さんも、お元気そうで何よりです」
加山は咳き込みながら挨拶を返した。
「おう! 絶好調よ! シークレットにクラスアップもしたしな」
「海道さんもシークレットに?」
「おうよ。これまでは「これだ!」というジョブが見つからなかったから「ロード」に甘んじとったが、ようやくと吾輩に相応しいシークレットジョブに巡り合ったんでな」
「そ、そうなんですか?」
「おう! その名も「ホーリーランサー」だ。パラディンの能力に加え、ランスを装備している場合には、攻撃力がアップするのだ。どうだ? まさに吾輩に相応しいジョブだろう」
豪快に笑う海道に、
「そ、そうですね」
加山は圧倒されっぱなしだった。そして海道たちに数分遅れ、ロセたち「スリーピング・ビューティー」の4人も本部にやってきた。
「リク!」
ロセは土門を見つけると、すっ飛んできた。
「もうシークレットになったの?」
「う、うん。アクセルウォーリアーに」
「おめでとう。これで晴れて同じシークレットね」
「そ、そうだね」
「同じシークレットの魔法戦士同士、末永く、共に歩んでいきましょう」
「何、勝手なこと言ってんのよ、あんたは」
禿は、ロセの顔を土門から引き離した。
「あら、いたの、カムロさん」
「いたわよ。てか、ずっと一緒にいたわよ、リッ君とね」
正妻面でマウントを取ろうとする禿だったが、
「気をつけてね、リク。あなた、優しいから、私心配で。ストーカーって、どんどんエスカレートするって言うから」
「誰がストーカーよ!」
という、いつも通りの挨拶の後、改めて新生「異世界ギルド」「ワールドナイツ」「スリーピング・ビューティー」のメンバーが、ジョブを含めて紹介された。
ギルド名
「ロード・リベリオン」
秋代春夏
レベル1
属性「火」
クオリティ「付与」
ジョブ「レジェンドウォーリアー」
ジョブ能力「不死鳥、青龍といった四聖獣の他、伝説とされる霊獣の力を使うことができる。1日に使用できる回数はレベルによる。現在は1日3回。ただし継承したフェニックスウォーリアーの力は、この限りではない」
必殺技「オメガバースト&レジェンドチェンジした霊獣能力による攻撃」
必殺技概要「両手の間に生み出した爆風により敵を吹き飛ばす。レジェンドチェンジによる攻撃力は、選択した霊獣による」
木葉正宗
レベル1
属性「風」
クオリティ「増幅」
ジョブ「トゥルードラゴンウォーリアー」
ジョブ能力「善と悪。2つの属性のドラゴンの能力を併せ持つ。地水火風光闇の精霊攻撃の他、飛行能力、毒攻撃、毒耐性、超再生能力を有する」
必殺技「トゥルーエンド」
必殺技概要「トゥルードラゴンのエネルギーを結集して放つ、すべてに終焉をもたらす破壊砲」
小鳥遊広美
レベル1
属性「土」
クオリティ「封印」
ジョブ「ドリームウォーリアー」
ジョブ能力「ジョブに関係なく、蘇生を含めた全ての魔法を使用することができる。使用できる回数はレベルによる。現在1日5回」
必殺技「グラヴィティーキャノン」
必殺技概要「アストラルウォーリアーからの継承技。強力な重力弾により、敵を押し潰す。レベルアップすれば、ブラックホール化して敵を吸い込むことも可能」
土門陸
レベル1
属性「水」
クオリティ「回帰」
ジョブ「アクセルウォーリアー」
ジョブ能力「音速から光速までの高速移動を可能とする。ただし、移動できる速さと時間はレベルによる。現在の最高速度はマッハ1。時間は1分。1度使用すると、次に使用するまで5分のインターバルが必要」
必殺技「アクセルショット」
必殺技概要「剣もしくは肉体の超音速攻撃によるソニックブーム」
禿水穂
レベル1
属性「火」
クオリティ「反射」
ジョブ「リバイバルウォーリアー」
ジョブ能力「タイムリープすることができる。タイムリープできる時間と回数はレベルによる。現在は1日1回30秒」
必殺技「ルミナスブラスター」
必殺技概要「ヒールウォーリアーからの継承技。剣もしくは自身から放つ閃光」
黒洲唯
レベル15
属性「光」
クオリティ「学習」
ジョブ「クリエイションウォーリアー」(ただし、すでにシークレットジョブであるゲートウォーリアーの情報はスキャン済)
ジョブ能力「マジックウォーリアーの第2階級。通常、ノーマルクラスは最初がファースト。以後セカンド、サード、フォース、ラストと呼ばれている。この段階においては、これといった特殊能力はない」
必殺技「なし」
黒洲命
レベル17
属性「闇」
クオリティ「魔法」
ジョブ「マインドウォーリアー」(姉同様、すでにサイキックウォーリアーの情報はスキャン済)
ジョブ能力「マジックウォーリアーのセカンド」
必殺技「なし」
ギルド名
「ワールドナイツ」
ギルドマスター
海道正義
レベル3
属性「土」
クオリティ「突貫」
ジョブ「ホーリーランサー」
ジョブ能力「パラディンの能力に加えて、ランスを装備している場合には攻撃力が上がる。ランス装備時の攻撃力上昇値はレベルによる。現在は1.7倍」
必殺技「ホーリーランス」
必殺技概要「ランスに聖なる光を帯びさせた上での一撃」
加山明徳
レベル1
属性「風」
クオリティ「改変」
ジョブ「マジックナイト」
ジョブ能力「騎士の能力に加えて、全ての魔法を使うことができるが、威力は魔術師、ヒーラーの5割減。ただしレベルにより威力は上がる。上昇値は、レベルが10上がるごとに5パーセント」
必殺技「マジックセイバー」
必殺技概要「魔力の刃で敵を攻撃する」
岩佐健
レベル17
属性「水」
クオリティ「鉄壁」
ジョブ「ルーンナイト」
ジョブ能力「騎士の能力に加えてルーン文字による魔法が使える」
乾進
レベル13
属性「火」
クオリティ「強靭」
ジョブ「ドリームナイト」
ジョブ能力「ペガサス、ドラゴンなど、モンスターを召喚して騎乗することができる。召喚できるモンスターはレベルによる」
安田久
レベル10
属性「光」
クオリティ「強化」
ジョブ「サイレントナイト」
ジョブ能力「周囲の音を奪うことで魔法を封じることができる」
ギルド名
「スリーピング・ビューティー」
ギルドマスター
レア・ジュノー
レベル18
属性「光」
クオリティ「守護」
ジョブ「ゴールドパラディン」
ジョブ能力「パラディンの上位互換。能力値はレベルによる。現在はパラディンの約2倍」
必殺技「ゴールドセイバー」
必殺技概要「聖なる光を帯びさせた武器での一撃」
ロセ・ウルスラ
レベル17
属性「土」
クオリティ「幻影」
ジョブ「サイキックウォーリアー」
ジョブ能力「魔法戦士の能力に加えて超能力を使うことができる」
必殺技「サイキックウェイブ」
必殺技概要「超能力による波動攻撃」
ルカ・クラトール
レベル20
属性「風」
クオリティ「貯蓄」
ジョブ「マジックアーチャー」
ジョブ能力「矢に魔法を付与して放つことができる」
必殺技「マジックアロー」
必殺技概要「魔法を付与して放つ矢」
エマ・ミュラー
レベル16
属性「闇」
クオリティ「慎重」
ジョブ「ワイズマン」
ジョブ能力「すべての魔法を使うことができる。ただし威力は2割減。レベルが10アップするごとに、1パーセント魔法の威力がアップする」
ギルド名
「ウィズ」
ギルドマスター
天国調
レベル161
クオリティ「共感」
ジョブ「セイクリッドガーディアン」
ジョブ能力「ヒーラーの能力に加えて、騎士の攻撃力と防御力を持つ」
必殺技「セイクリッドブレイザー」
必殺技概要「剣から放つ光の刃」
最後の天国の紹介が終わったところで、
「天国、あんたって、まだノーマルだったのね」
秋代が意外そうに言った。自分を含めて、あれだけの数のシークレットジョブを集められる天国なら、とっくに自分もシークレットにクラスアップしていると思っていたのだった。
「ええ。私がシークレットにクラスアップするときは、流輝君と一緒にって決めてるから。だって私たちは2人で「ウィズ」なんだから」
天国は笑顔で答え、
「あっそう」
秋代のげんなり顔を引き出すことになった。
ともあれ、全員の現状確認が済んだ後、本格的に作戦会議が始まった。が、やはり永遠長が姿を見せることはなかった。
「で、永遠長はやっぱ来ないわけ?」
秋代は天国に尋ねた。今や永遠長の動向は、天国を介して確認するのが当たり前になっていた。
「ええ、流輝君は忙しいから」
「つーか、ここ最近、何かってーと永遠長の奴は「忙しい」「忙しい」連発してるけど、何がそんなに忙しいわけ? イベントにしたって今やってんのは、ただのアイテム集めなんだから、別に手間かかんないでしょうに」
最初から期待してないから腹も立たないが、永遠長がなぜそんなに忙しいのか。秋代としては、純粋に疑問なのだった。
「いろいろあるけど、1番はモスの後始末ね」
「モスの後始末?」
「ええ、モスは流輝君が2年間時間を戻したでしょ? それに伴い、発生した諸々の問題の後始末をして回ってるの」
「諸々の問題?」
「あなたたち、初めてモスに行ったとき、流輝君の村に行ったでしょ」
「え、ええ」
「そのとき、大勢の子供がいたの、覚えてる?」
「え? ええ」
秋代がうなずいた直後、
「あ!」
小鳥遊と土門が声を上げた。それでも、
「何? 何か気づいたの?」
秋代以下、他のメンバーは未だわからない様子だった。
「あそこにいた子供たちは、この2年間に流輝君が奴隷商人たちのところから助けた子供たちだってことは、秋代さんたちも聞いたと思うけど」
「え、ええ」
「時間を戻したことで、あの子たちも、それぞれ奴隷商人に襲われる前の生活へと戻った」
「でしょうね」
「まではいいんだけど、そのまま放っておいたら、また奴隷商人たちに村が襲われることになる」
「あ……」
事ここに至って、秋代もようやく天国の言わんとすることを理解した。
「気がついた? それを避けるためには、奴隷商人たちが村を襲うことを未然に防がなければならない。でも、2年間時間を戻したとはいえ、地球人という外的要因も関与してくる以上、以前とまったく同じことが起こるとは限らない。だから流輝君は、あそこにいた子供たちを見守りつつ、奴隷商人たちの動きも監視しているの。連中が少しでもおかしな動きを見せたら、いつでも叩き潰せるように、ね」
「…………」
「それに、2年前の段階では、すでに捕まってる子供たちもいるから、その子たちを助けるために、自分がその子たちを助けることになった状況を忠実に再現したりもしてる。自分が奴隷商人たちに襲われた日時に同じ行動を取ることで、相手も同じ行動を取るようにね」
子供たちを助ける大義名分を得るために。
「とはいえ、さっきも言ったように、現地にいる地球人が2年前と同じ行動を取る可能性はほとんどないから、同じ展開になる保証はないし、その場合は別の対処法を取る必要があるから、余計に手間がかかる。つまり、時間はいくらあっても足りないってこと」
奴隷商人たちの襲撃を未然に防げば、それだけでも以後の歴史が変わってしまう可能性があるのだった。
「とにかく、そういうわけだから、流輝君は当分忙しいの。少なくとも子どもたちが成長して、自分の人生を自分の力で生きていけるようになるまではね」
もっとも永遠長に言わせれば、それは善行でも人助けでもない。自分の都合でモスをリセットした以上、自分にはその子たちの人生に責任がある。少なくとも、あの村での暮らし以下の生活を送ることになったら、自分のせいみたいで不愉快だから守る。ただ、それだけの話だ。と言うだろうが。
「だけど、作戦に支障はないから安心して。ここでの話は私を通じて、ちゃんと流輝君に伝わってるから。だって私たちは」
「2人で「ウィズ」だからってんでしょ」
秋代は天国のセリフを先取りした。
「そういうこと」
天国はニッコリ微笑んだ。
「で、その作戦のほうだけど、こうして招集かけたってことは、何か具体策があるのよね?」
「そういうこと言うとるから」
他力本願、と木葉が口にする前に、
「やかましい」
秋代の手刀が木葉の喉に炸裂した。
「で、どうなわけ?」
秋代は、横でのたうってる木葉を無視して話を続けた。
「そもそも、作戦と言えるほどのものはないんだけれど。この条件下で、私たちに取れる策なんて知れてるから」
天国はそう前置きすると、テーブルにA4の紙を広げた。見ると、そこには長方形と、その両端に丸が描かれていた。
「もう知ってると思うけど、今度のギルド戦のフィールドは、縦15キロ、横20キロで、スタート地点は、それぞれ両サイドに用意された城になる」
天国は長方形のなかに描かれた丸を指さした。
「そして敵は、おそらくスタートと同時に、こっちの城へと一気に押し寄せてくる可能性が高い、と私は思ってる。数を頼みにね」
当然の戦略だった。
「かと言って、こちらもただ撃って出たんじゃ多勢に無勢。数で押しつぶされるのが目に見えてる。そこで、これに対抗するため、こちらは遊撃隊を編成することを考えてるんだけど」
「遊撃隊?」
「そう。少数精鋭で編成された部隊のことなんだけど、簡単な例で言えば、転移を使える秋代さんと攻撃力のある木葉君、それに封印が使える小鳥遊さんで部隊を編成して、まず秋代さんが転移で敵の側まで移動。次に小鳥遊さんが相手の力を封印。敵の反撃能力を封じたところで木葉君が大技で攻撃。相手に大ダメージを与えた後、また秋代さんの転移によって、その場を離脱するって感じね」
「つまり転移しながら攻撃することで、相手を一方的にフルボッコにしようってわけ? 1種のゲリラ戦ね」
「そういうこと。ただし、これは敵がこちらの砦に到着してしまったら、効果が薄くなる。その場合、前衛は城攻めをしながら、後方部隊は守りを固めて、周囲からの攻撃に対処すればいいだけだから」
「こっちの城に攻め込んで来るまでに、どれだけ数を減らせるかが鍵になるってわけね」
「後、可能であれば、すぐに転移するんじゃなくて、敵の1部なりを引き付ける事ができれば、なお良しってところね。そうすれば分断して各個撃破することもできる。通常のギルド戦と違って、今回の場合は全滅が勝利条件だから、敵としても相手が少数だからと放置しておくわけにはいかない。嫌でも倒しにかかるしかないから、そこを利用する」
しかし、そんな戦い方をしていれば、すぐに消耗してしまう。
「そこで土門君の出番となる。ある程度消耗したところで、秋代さんたちには城に戻ってもらって、そこで土門君に回帰をかけてもらう。そうして体力と魔力を回復できれば、スタミナ切れの心配なく思い切り戦うことができる」
「なるほどね」
「あ、待って」
不意に天国が右手で話を制した。
「今流輝君からツッコミが入ったから」
「永遠長から?」
「ええ。流輝君が言うには、回帰で戻せるのは怪我だけで、体力や魔力を回復させることはできないって」
「そうなの?」
「ええ。流輝君の話を要約すると、最初に魔力が10あるとして、仮に火魔法に2を使えば8に目減りする。そして、この場合目減りした魔力は火魔法として体外に放出してしまったものなんだから、その後でいくら回帰をかけても、減った分の魔力が戻ることはないってことみたい」
もし、この場合に魔力を回復させようと思えば、魔法や攻撃として体外に放出されたエネルギーごと戻さなければならないのだった。
「なるほど。言われてみれば、確かにその通りね」
「もっとも、怪我や破壊された城壁を修復することは可能だから、そのための要因として城にとどめておけばいいって」
攻撃部隊に参加したところで、どうせ足しにならんしな。と、永遠長は続けたが、天国はあえて伝えなかった。
「そして城の守りは禿さんの反射を要に、小鳥遊さんに封印を展開してもらって、クオリティやスキルを封じたところで、加山君の大砲や地雷で攻撃する。そうすれば、連合チームといえども烏合の衆でしかなくなる」
天国はニッコリ笑った。
「もっとも、相手も何か手を考えてるでしょうから、そううまくはいかないかもしれないけど、とりあえず現状では、これが最善の方法だと思うんだけど、どう?」
天国の作戦は、確かに現状での最善の策と思われた。そして一同の賛同を得たところで、作戦の主力となる遊撃部隊の編成へと話は移行していった。
だが、その中に黒洲唯の姿はなかった。理由は塾であり、受験生である以上、学業を優先するのは致し方のないことだった。
そして冬期講習が終わった8時すぎ。
黒洲が塾を出たところで、
「あの、ちょっといいですか?」
男が声をかけてきた。直後、
「え!?」
黒洲は思わず声を上げてしまった。ナンパにせよ、道を尋ねられるにせよ、声をかけられたこと自体は、黒洲にとって驚くようなことではなかった。なのに、思わず声を上げてしまったのは、相手の顔に見覚えがあったからだった。それも、この世界に絶対にいないはずの顔が。
この人って。
黒髪に同色の瞳。そして褐色の肌。服装こそ変わっているものの、それは間違いなくラーグニーであったグラン・エスカージャだった。
「す、すまない。驚かせるつもりはなかったんだ。ちょっと道を聞きたかっただけで」
エスカージャは謝罪した。
「い、いえ、こちらこそ失礼しました」
黒洲も謝罪した直後、
「こんなところにいたんですか」
お付きのイスファーンが駆け寄ってきた。
「まったく、ちょっと目を離すと」
エスカージャの目が、そこで黒洲に止まった。
「またナンパですか? まったく、あなたという人は」
「ち、違う! ちょっと道を聞いていただけだ」
「どうだか」
「ほ、本当だ! 彼女に聞いてもらえればわかる」
エスカージャは改めて黒洲を見た。
「あれ? 君、前にどこかで会ったことがないか?」
「え?」
「前に、どこかで見たような。どこだったかな?」
エスカージャは小首を傾げた。
「い、いえ、ありません! 人違いです!」
黒洲はあわてて否定した。
「そうかな? 確かに、どこかで……」
マジマジと覗き込むエスカージャの視線に耐えられず、
「し、失礼します!」
黒洲はその場を逃げ出した。
「ああ、行ってしまった」
エスカージャは名残惜しげにつぶやいた。
「当たり前ですよ。見るからに人種の違う人間に、いきなりあんなこと言われたら誰でも警戒しますよ。まったく、ナンパするにしても時と場所を選んでください」
「ち、違う! そんなんじゃない! 本当に、前に会ったような気がしたんだ」
「なら、もういいですよ。それと、地図はそこの本屋で手に入れましたから」
「そ、そうか」
「なんです? なんだか残念そうですね。もしかして女性に声をかける材料がなくなってしまったんで、ガックリきてるんですか?」
「そ、そんなことはない!」
「どーだか」
「本当だ」
「まったく、あなたがどうしてもというから、仕方なく来たというのに、ナンパが目的だったとは。呆れてものも言えませんよ」
「だから、違うと」
「もういいです。ただ、少しはご自分の立場を自覚なさっていただきたいものです」
「わかっている」
「なら、いいんですがね」
イスファーンはそう言うと、主とともに夜の街へと姿を消したのだった。
その後、自宅に帰り着いた黒洲唯は、エスカージャたちのことを天国たちに知らせようとした。が、寸前で思いとどまった。
もしかしたら人違いかもしれないし、本当にあの2人だとしても、ただ2人のラーグニー人が地球にいたというだけのこと。取り立てて大騒ぎすることでもないし、ギルド戦を控えている天国たちを煩わせては悪い。そう考えたのだった。
このことが、後に起こる大いなる災厄の先触れであるとも知らずに。




