第14話
降り注ぐ陽光は、容赦なく地上を焼き焦がしていた。
長年に渡る、その苛烈な洗礼は大地から潤いを奪い取り、人々はわずかなオアシスを命綱として営みを重ねる。
乾いた砂と岩石が広がる砂漠地帯。それが魔銃世界ラ-グニ-だった。
「あっついわね。なんなのよ、ここは?」
ラ-グニ-に降り立った秋代は、過酷な環境に早々と不平を鳴らした。
「なんで、こんなに暑いわけ? おまけに回り中、砂だらけだし。てか、砂しかないし」
「当然だ。ラ-グニ-は砂漠の世界だからな」
永遠長は淡々と答えた。その永遠長は日除け用に帽子とマントをまとい、左右の腰には銃を装備していた。
「この世界で魔銃が特化したのも、この環境が理由だ」
魔法を使うには、呪文を唱える必要がある。
だが、この暑く乾いた砂漠では、常に喉の渇きと戦うことになる。
必然的に魔術師は呪文を唱えるのに苦労し、その分ただでさえ貴重な水の消費量も増えてしまう。それを避けるために、ラーグニーでは魔銃が主流になったのだった。
「それと、この世界で魔銃を使うのには、もうひとつ大きな理由がある」
「それは?」
小鳥遊が聞き返したとき、彼女たちの背後の砂が盛り上がった。
振り返ると、20メ-トルを超える巨大なミミズが砂漠から顔を出していた。
「ギャアアア! 虫いいいい!」
秋代は総毛立った。あのイモ虫の一件以来、秋代はすっかり虫嫌いになっていたのだった。
「理由は」
永遠長は銃を引き抜くと、ミミズの頭に狙いを定めた。
「こいつらだ」
永遠長は銃の引き金を引いた。すると銃口から閃光が放たれ、ミミズを吹き飛ばした。
「こいつらはサンドワ-ムといって、砂漠ならどこにでも生息している。そして地中から不意に現れる。そんな奴ら相手に長々と呪文を唱えていたら、その間にやられてしまう。だから、この世界では銃がメインになったんだ。銃ならば呪文の詠唱は必要ないし、魔法銃なら特定の効果を持った魔法、たとえば炎や氷の魔法を弾に込めておけるからな」
「じゃあ、今のは光の魔法を込めておいたの?」
「違う。今のは、俺の魔力を弾丸に変えて撃ち出したんだ。この魔動銃でな」
「魔動銃? 魔法銃じゃなくて?」
「そうだ。魔法銃が、あらかじめ魔術師が封じ込めた魔法を撃ち出す銃なら、魔動銃は使用者の魔力を弾丸に変えて敵を破壊する銃だ。この銃の長所は、弾に呪文をチャ-ジする必要がなく、使用者の魔力が続く限り使用できることだ」
「て、いうか」
秋代は肩を震わせると、
「そんなことは、どうでもいいのよ!」
怒りを爆発させた。
「それより、今のは何よ!」
「だからサンドワ-ムだ」
「そういうこっちゃなくて、あんなのがいるなんて聞いてないって言ってんのよ!」
秋代は目を吊り上げた。
「言ったはずだ。モンスターがいると」
「あんなミミズの化け物だなんて、聞いてないって言ってんのよ!」
秋代は髪を逆立てた。
「帰るわよ! こんな世界、もう1秒だっていられるもんですか! 暑いし、まぶしいし、喉は乾くし、おまけにあんなミミズは出るし! まったくもって、ロクなもんじゃないわ!」
「嫌じゃ。わしは、あの銃を思いっきりブッ放つんじゃ。それまでは絶対に帰らん」
木葉は頑として動かなかった。
「こんのバカ正宗がああ。そうそう、いつもいつも、あんたのわがままが通ると思ったら大間違いだってえの」
「あ、あの、秋代さん」
怒りに燃える秋代に、小鳥遊は遠慮がちに声をかけた。
「小鳥遊さん、あんたからも、このバカに言ってあげてよ」
「うん、でも、その前に、ここから離れたほうがいいかなって。でないと、ほら」
小鳥遊に促され、秋代は後ろを振り返った。すると、
「はい?」
新たな砂ミミズが、地中から顔を出していたのだった。それも3匹。
「いやああああ!」
秋代は総毛立ち、全速力で逃げ出した。
その後、秋代は泣く泣く木葉に同意した。なまじ言い争いを続けるよりも、木葉の望みを叶えてやるほうが早く帰れそうだという、苦渋の決断だった。
「いっつも、こうよ。いつもいつもいつもいつも、結局あたしが折れることになんのよ」
魔銃店の店先で、秋代は1人理不尽さを噛み締めていた。
「なんで、あたしばっかり、こんな目に……」
残る3人は、いまだ店内で魔銃と装填する魔法弾を吟味している。秋代だけ外にいるのは、砂ミミズがどうたらこうたらいう永遠長の話を聞きたくなかったからだった。
「結局、世の中ダダこねたもん勝ちなのよ。で、優しくて他人のことを思いやる、あたしのような真面目な人間が、結局バカを見るようにできてんのよ。自分の高潔な魂が憎いわ」
秋代は心のなかで涙を呑んだ。そのとき、誰かが彼女にぶつかった。
「気をつけろ!」
間髪入れず飛んできた罵倒に、元々我慢の限界だった秋代はキレた。
「ふざけんじゃないわよ! ぶつかってきたのは、そっちでしょうが!」
「そんなとこに、ボ-ッと突っ立ってるほうが悪いんだろうが!」
売り言葉に買い言葉。
秋代の怒りは、さらに加速した。
「立ってるのがわかってんなら、おまえが避けろ、ボケ! 世の中おまえ中心に回ってるわけじゃねえんだよ! 死ね、クソが!」
秋代は怒りに任せて怒鳴り散らした。
相手は若い3人組の男だったが、そんなことは関係なかった。そこへ、
「なに騒いどるんじゃ、春夏?」
春夏の大声を聞きつけ、木葉たちが店から出てきた。
「こいつらが、ぶつかって来といて文句垂れやがったから、礼儀ってもんを教えてやってたのよ!」
秋代は鼻息を荒げた。
「なんだと!」
「悪いのは、そっちだろうが!」
「オレたちを誰だと思ってんだ!」
男たちは気色ばんだ。
両者、一触即発の状況のなか、小鳥遊は相手のなかに見知った顔があることに気づいた。
「加山君?」
小鳥遊は呼びかけた。すると、相手も小鳥遊に気づいた。
「た、小鳥遊?」
加山の顔から、一気に毒気が抜けた。
「やっぱり加山君だったんだ。加山君も、この世界に来てたんだね」
「何? 知り合い?」
秋代は小鳥遊に尋ねた。
「うん。中学の時のクラスメイト」
「ふうん。つまり、同じクラスにいただけの奴ってことね」
秋代は、永遠長の「クラスメイト論」を引用して、加山を皮肉った。
「この!?」
痛いところを突かれた加山は、秋代に殴りかろうとした。だが、その後ろにいた永遠長を見て、動きが止まった。
「何よ? やるんじゃなかったの? さっさとかかってらっしゃいよ。こっちゃあ、だてに剣道やってたわけじゃないのよ。誰が、あんたみたいな姑息なゴミクソチビに負けるかっての。それともビビッちゃったの? まあ、あんな魔女1人にビビッて、何もできないヘタレじゃ、無理ないわね。ごめんね。カスに、できもしないこと言っちゃって」
秋代は声高に笑った。
「このアマ、調子に乗りやがって」
「オレたち「ワ-ルドナイツ」にケンカを売ったこと、後悔させてやるぜ」
加山の連れ2人が、魔銃に手をかけた。
「おう、やるなら相手になるぞ。かかってこいや」
木葉が不敵に笑った。その自信に満ちた態度に、連れの2人も二の足を踏む。
「……もういい。行こうぜ」
加山は仲間を制すと、その場を離れた。しかし、その顔は屈辱に満ちていた。
その一方で、秋代の表情は晴れ晴れとしていた。
「あ-スッキリした。さ、行きましょ。言いたいこと言ってスッキリしたから、少しぐらいなら付き合ったげるわ」
秋代は爽やかに笑った。だが1時間も経たないうちに、彼女は自分の発言を、心の底から後悔することになったのだった。
 




