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第137話

 翌日、普段通り登校した永遠長は、


「補習が終わったら屋上に来い」


 秋代、木葉、小鳥遊、加山の4人を屋上に呼び出した。その中に朝霞が含まれていないのは、無視して帰ってしまったからだった。

 そして4人が集まったところで、永遠長は今回の件のあらましを説明した。


 沢渡の自殺未遂や小鳥遊たちが急に辞めると言い出した原因が、天国にあると聞かされた秋代たちは驚いた。が、何より驚いたのは、永遠長に名前で呼び合うような女子がいたことだった。これも天国がタイムリープしたことにより起きた現象だったが、面倒なので永遠長は黙っていた。


「永遠に、名前で呼ぶような女子がおったとはのう」


 木葉が口火を切ると、


「てか、急に来なくなったら、何かあったんじゃないかって普通は心配すんだろ」


 加山がやんわり非難し、


「わかっちゃいたけど、ホント血も涙もないわね」


 秋代が容赦なく切り捨てた。


 今、気にするところは、そこじゃないと思うんだけど。


 小鳥遊はそう思ったが、口に出したのは別のことだった。


「それで、あの永遠長君、昨日言ったことなんだけど……」


 小鳥遊は口ごもった。


「異世界ギルドのことなんだけど、やっぱり続けさせて欲しいんだけど、ダメ、かな?」

「そう思っていたら、わざわざ呼び出しはしない」


 永遠長は言い捨てた。


「それに言ったはずだ。どうするも、おまえの自由だと」


 小鳥遊は、ホッと胸をなでおろした。


「にしても、あんたの周りに集まる女ってロクなのがいないわね」


 しみじみ言う秋代に、


「おまえ、それ思いっきりブーメランじゃぞ」


 木葉が珍しく真っ当なツッコミを入れたが、


「いいのよ、あたしは」


 秋代は動じなかった。


「あたしは永遠長の彼女でもなければ、仲間でもないから」

「じゃあ、なんなんじゃ?」

「同僚よ」


 秋代はキッパリ言い切った。


「同僚?」

「そう、同じ異世界ギルドで働くね」

「どう違うんじゃ?」


 木葉は小首を傾げた。


「仲間ってのは、前に永遠長が言ってたみたいに、どんな困難があろうとも、助け合いながら一緒に立ち向かっていくもんでしょうが」

「同僚は違うんか?」

「違うわよ。同僚ってのは、たとえばサラリーマンの場合で言えば、その会社に入ることは選んだけど、そこで一緒に働く人間まで選んだわけじゃないでしょ」

「まあ、そうじゃな」

「一緒に仕事はしてるけど、それは会社のため、ひいては自分が業績をあげて出世するためであって、相手のためじゃない。それどころか、自分の出世の妨げになりそうなら蹴落とすことだってあるし、会社の不利益になりそうなら排除することだってある。仲間なら病気になったり、急に姿を見せなくなったら探したりもするけど、同僚の場合、そんなことしないでしょうが」


 それこそ、仮に同僚が会社を欠勤したら「仕事が増えた」「はた迷惑な奴だ」と怒りを覚えこそすれ、様子を見に行く者などいない。もし行くとすれば、無断欠勤が続いて、上司に様子を見てきてくれと頼まれて、渋々訪ねて行くぐらいだろう。


「要するに、あたしと永遠長は、そういうドライな関係だってことよ」


 秋代はクールに切り捨てたが、


「誰が同僚だ。おこがましい」


 切って返した永遠長の一刀によって、


「おまえたちなど使用人でしかない」


 返り討ちに遭ってしまった。


「……あんたね。それを言うなら、せめて従業員って言いなさいよ。あんたに使用人って言われたら、自分がボロ雑巾になった気分になんのよ」


 使用人は上司に待遇改革を求めたが、


「うぬぼれるな」


 上司の反応はつれなかった。


「おまえたちが、いつボロ雑巾になるほど働いた? おまえが自分をボロ雑巾と重ね合わせるなど、ボロ雑巾への冒涜以外の何物でもない」

「こんにゃろう」

「そんなことより、今回の謝罪とギルド戦の対策を兼ねて、調がおまえたちに話があるそうだ。その気があるなら、この後ギルド本部に来い」


 永遠長としては、そんな必要性をまったく感じていなかったのだが、天国に「流輝君が言わないなら、私が流輝君の口を借りて言う」と言われたため、渋々伝えたのだった。


 そして、これを秋代たちも了承し、今度は土門と禿、黒洲姉妹を含めて本部に集まることになった。黒洲姉妹が同席しているのは、妹の命は目を離すと何をしでかすかわからないから。姉の唯は、やはり妹1人だと心配だからだった。

 そして全員が本部に集まったところで、


「迷惑かけて、ごめんなさい」


 天国は改めて秋代たちに謝罪した。


「もう、いいわよ。別に実害受けたわけじゃないし。話を聞く限りじゃ、本当の悪は他にいるみたいだし」


 本当に責められるべきは、天国の精神をイジった悪魔と、彼女に課題を課したマジックアカデミーの学園長なのだった。


「ありがとう、秋代さん」


 天国はそう言うと、


「さて、それじゃ」


 上座に座っている永遠長の上に腰を下ろした。


「……なぜ、俺の上に座る?」


 いぶかしむ永遠長に、


「流輝君の上だからだけど?」


 天国はあっけらかんと答えた。


「だって私たちは2人で「ウィズ」なんだから」

「それと、俺の上に座ることに、なんの関係がある?」


 正論を吐く永遠長に、


「もっとも」


 天国はいたずらっぽく笑うと、


「本当なら、ここは流輝君の子供である楽楽ちゃんの特等席なんだけど」


 永遠長の胸に手を当てた。すると、永遠長の眉がピクリと動いた。


「いいんだよねー。楽楽ちゃんはパパの膝の上にいるより、パパの中にいるほうがいいんだもんねー」


 天国は永遠長の胸に頬ずりした。すると、再び永遠長の眉がピクピクと動いた。


「…………」


 その光景を見ながら、秋代たちは口を挟めずにいた。


 楽楽のことは、秋代たちも永遠長から聞いていた。しかし、ただ聞き流しただけで、誰も心を閉ざした楽楽を救おうとはしなかった。そんな自分たちが、天国の言動に口出しする資格などない。その思いが、秋代たちの口を重くしていたのだった。

 もっとも、空気を読まない木葉は例外で、


「ちゅうか、本当に永遠と名前で呼び合っとるんじゃな」


 お構いなしに話題を転じた。


「名前で呼んでいるのは、調の誕生日プレゼントとしてねだられたからであって、深い意味はない。そもそも誰をなんと呼び、なんと呼ばれようと、その本質が変わるわけじゃない」


 永遠長は不本意そうに反論した。すると、


「あ、あの」


 珍しく小鳥遊が声を上げた。


「じゃ、じゃあ、私も永遠長君のこと、永遠君て呼んでいい、かな?」


 小鳥遊は遠慮がちに言った。


「深い意味はなくて、ただ永遠長君よりも永遠君のほうが呼びやすいってだけなんだけど」

「別にかまわん。そう呼びたければ呼べばいい。4文字のほうが呼びやすいのは事実だからな」

「ありがとう、永遠、君」


 小鳥遊は嬉しそうに、はにかんだ。


「じゃあ、永遠は春夏のことも、秋代じゃのうて春夏って呼んでも抵抗ないんか?」


 木葉に何気なく聞かれた永遠長は、


「…………」


 頭の中でシミュレーションしてみた。結果は、


「気持ち悪い」


 だった。


「その言葉、ソックリそのまま返してやるわ」


 秋代は不愉快そうに言ったが、


「……なるほど」


 永遠長の耳には届いていなかった。


「……確かに木葉の言う通り、名前呼びには意味があるようだな」


 永遠長にとっては新発見だった。


「誰をなんと呼び、なんと呼ばれようと、その本質が変わらない以上、なんの関係もないと思っていたが、対象によっては、これほどまでに違和感と不快感を催すものだとは」


 口元を押さえて真顔で分析する永遠長を、


 永遠君にとって、今までは誰のことも等しく無価値だったから気づかなかったのね。


 小鳥遊も冷静に分析したが、口に出したのは別のことだった。


「それはそれとして、さっき「2人でウィズ」って言ってたけど、アレって?」

「ああ、アレ? ウィズっていうのは、私と流輝君のパーティー、今はギルド名に変更されてるけど、それのこと。私たちは小6から中2まで、ずっと一緒にパーティー組んでたから。ね、流輝君」


 天国は永遠長の顔を見上げた。


「正確には、中1の夏までだ」


 永遠長は1部捏造を修正した。


「てことは、なに? あんた、自分のギルドあったってこと? 前は、そんなもんないみたいなこと言ってたくせに、隠してたわけ?」


 ロード・リベリオンのギルド名を決めるとき、永遠長は「ウィズ」の名前など、1言も言わなかったのだった。


「言う必要がなかった。ただ、それだけの話だ」


 永遠長は言い捨てた。


「それに、言ったところで意味がなかった、ということもある」

「どういうことよ?」

「あのとき言っていたように、ギルド名は早い者勝ちとなっていて、同じ名前は登録できないようになっている。そして調が異世界に来なくなったときに、俺はギルドマスターを調に移し、ギルドを抜ける形でフリーに戻った。だから現在も「ウィズ」は調をギルドマスターとして存在し続けている。そして存在し続けている以上、誰もその名称を使うことはできない。そして使えない以上、言ったところで意味がない。だから言わなかった。ただ、それだけの話だ」

「ふーん。で、連れが出戻ったから、その「ウィズ」ってのに戻るわけ?」

「今は、まだ戻らん。ギルド戦が控えているからな。それに、どうせお前たちが「ロード・リベリオン」だなんだと言っているのも、せいぜい高3までだろう。その後は自然消滅するだろうから、移籍はそれからで十分だ」

「あっそ」


 秋代は、あえてそれ以上は追求せず、


「それで? 今度のギルド戦に向けての対策って?」


 天国に本題に入るよう促した。


「そうね。じゃあ、流輝君で遊ぶのはこれぐらいにして」


 天国は秋代たちに向き直った。


「今、永遠で遊ぶ言うたぞ」


 木葉は思わず秋代にささやき、


「今は、そんなことどうでもいいっての」


 秋代も木葉を軽くあしらいながら、内心では「こういうのを、尻に敷かれるっていうのね」と、しみじみ感じ入っていた。


「結論から言うと、今のあなたたちじゃ勝ち目はない。というか、役に立たない。また例によって例のごとく、流輝君が戦ってるのを、ただ後ろで眺めてる、いつものパターンになるのがオチ」


 天国の歯に衣着せぬ物言いに、


「悪かったわね。役立たずで」

 

 秋代の口元が引くつく。


「だから、それを回避するために、あなたたちにはシークレットにクラスアップしてもらおうと思ってるんだけど」

「クラスアップ?」

「そう。でも、それにはまず何にクラスアップするか。それを決めてもらう必要がある」


 天国は異世界ナビを取り出すと、その場にいる全員にメールを送った。

 見ると、そこには天国が調べ上げた、騎士と魔法戦士のシークレットジョブに関する情報が書いてあった。


「それが、現在私が知る限りの騎士と魔法戦士のシークレット。なんだけど、自分のジョブは自力で見つけたいって人や、しっくりくるジョブがないって人もいるだろうから、どうするかは自分で決めて」


 天国の話を聞きながら、永遠長と加山以外の目は魔法戦士の項目に直行していた。

 秋代たちは言うに及ばず、黒洲姉妹もなんだかんだ言いながら、最終的に魔法戦士を選んだからだった。


 そして、それから小一時間ほど検討した結果、


 秋代は、フェニックスに限らず、どの聖獣の力でも使える「レジェンドウォーリアー」を。


 木葉は、核に匹敵する破壊力と隕石落としが使える「プラチナムドラゴンウォーリアー」を。


 小鳥遊は、ジョブに関係なく、どんな魔法でも使える「ドリームウォーリアー」を。


 加山は、回復を含めた魔法を使える「マジックナイト」を。


 土門は、光速までの加速を可能とする「アクセルウォーリアー」を。


 禿は、蘇生を含めた復元を可能とする「リバイバルウォーリアー」を。


 黒洲唯は、特定の場所へと自由に移動できる「ゲートウォーリアー」を。


 黒洲命は、超能力と魔法を兼ね備えた「サイキックウォーリアー」を。


 それぞれ選んだのだった。


 そして全員のシークレットジョブが決まったところで、


「わかってる人は、もうわかってると思うけど」


 天国が言った。


「シークレットジョブはノーマルジョブと違って、ただ必要なアイテムを集めればクラスアップできるわけじゃない」

「そうなんか?」


 案の定な反応を示す木葉を、


「黙って聞いてなさい」


 すかさず秋代がたしなめる。


「ええ、シークレットジョブにクラスアップするためには、まずクラスアップする対象であるシークレットジョブの情報を、異世界ナビで読み取る必要があるんだけど」

「そうなんか?」

「ええ、そしてシークレットジョブの情報は、通常石板の形で世界中に点在しているんだけど」

「そうなんか?」


 いちいち話の腰を折る木葉を、


「だから! 黙って聞けって言ってんでしょ、あんたは!」


 秋代は怒鳴りつけた。


「そして強力なジョブほど、人の手が届かない場所に置かれているの。たとえばダンジョンの最下層とか。そして1番厄介なのは、1度誰かがジョブの情報をスキャンすると、石板は別の場所に転移してしまうってこと。まあ、石板が同じ場所にあり続けたら、いいジョブに皆殺到しちゃうだろうし、そうなったらシークレットの価値はダダ下がりだから、当然の措置と言えば当然の措置なんだけど」

「つまり、早いもの勝ちってことじゃな」


 木葉は、天国の言わんとするところを自分なりに理解した。


「そういうこと。そして今私は、みんなに提示したシークレットジョブの現在地を把握してるし、流輝君にマーキングもしてもらったから、どこに転移しようと場所はわかる。けど、早く行かないと、行く先々で誰かに先を越されて、骨折り損を続けることになってしまうの」

「むう、それは嫌じゃな」

「そして、シークレットジョブの情報を石板からスキャンした後は、クラスアップに必要なアイテムを集めるのはノーマルと同じなんだけど、その数は強いジョブほど多い仕様になっていて」


 シークレットジョブにクラスアップするためには、最低でも1000単位のアイテムを集める必要があるのだった。


「だから、後はあなたたちの頑張り次第ってこと。というより、あなたたち自身の手で成し遂げなきゃ意味がない。それとも今度は、私におんぶに抱っこしてもらう?」


 天国の挑発を、


「冗談じゃないわね」


 秋代は鼻で笑い飛ばした。真境戦のときのような屈辱は2度とゴメンだし、何より「あの糞チビだけは、自分の実力で叩き潰さないと気が済まない」のだった。


「で? あんたたちは、これからどうするわけ?」


 秋代は天国に尋ねた。


「流輝君は通常勤務で大忙し。で、私は彼女たちさえよければ、レベルアップのお手伝いをさせてもらうつもりでいるんだけど」


 天国は黒洲姉妹を見た。


「自分たちでありますか?」

「ええ、言ってはなんだけど、あなたたちの場合、まだシークレットジョブ云々以前の問題だから。あなたたちさえ良ければ、の話だけど」 


 天国はそう黒洲姉妹に提案し、姉妹もこの申し出を受け入れた。


 こうして異世界ギルドの面々は、ギルド戦に向けてクラスアップ組とレベルアップ組に別れて、それぞれ活動を開始することになったのだった。







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