第134話
永遠長の周りで頻発する自殺。
だが、それに永遠長が関与したという証拠はなく、あの日以降、警察が永遠長に接近してくることもなかった。
一見、取り戻したかに見えた平穏。
しかし、それは上辺だけのことであり、あの事件以降、周囲の永遠長を見る目は悪化の一途を辿っていた。
そして、それが目に見える形で現れたのは、期末テストが終わった12月中旬のことだった。
本来であれば、すでに冬休みに入っている時期。しかし1年2組の生徒だけは、未だ登校していた。これは1ヵ月間行方不明だった事情を考慮した、学校側の特例措置によるものだった。
変化は、その補習2日目に起きた。
「永遠長、この指輪外して」
登校した永遠長に、朝霞が左手を差し出したのだった。
「安心して。この指輪を外しても、もうあんたに危害を加える気はないから」
朝霞は感情のこもらない声で断言した。
「て、いうか、もう金輪際関わる気がないってほうが正しいわね。なにしろ、これ以上あんたと関わってたら、わたしまでどんな目に遭わされるか知れたもんじゃないから。あんたのせいで、なんでわたしまで犯罪者扱いされなきゃなんないのよ。冗談じゃないわ。死にたきゃ1人で死ねっての」
朝霞は吐き捨てた。
「……いいだろう」
永遠長は朝霞の薬指から聖婚の指輪を外した。
「それじゃあね。2度とわたしに話しかけないでね」
朝霞は素っ気なく言うと、永遠長から離れていった。そして補習が終わったところで、
「あの永遠長君、話があるんだけど」
今度は小鳥遊が動いた。
「異世界ギルドのことなんだけど、私たち辞めさせてほしいの」
突然過ぎる小鳥遊の申し出に、
「え!?」
驚いたのは永遠長よりも秋代だった。
「本気なの、小鳥遊さん?」
「うん。2年になって常盤学園に編入したら、もっと勉強をがんばらなくちゃならないだろし、そうなったら、もう異世界ギルドの活動をしてる余裕はなくなると思うの」
小鳥遊は言いにくそうに続けた。
「中途半端に籍だけ置いて、迷惑かけるぐらいなら、ここでキッパリ辞めたほうが、私にとっても永遠長君たちにとっても、いいと思うから」
そう言われると、秋代には返す言葉がなかった。
「いいだろう」
永遠長の答えは、それだけだった。
「それじゃ、私たちは行くね」
そう言い残して加山とともに下校する小鳥遊を、秋代たちは黙って見送るしかなかった。
将来に関わることである以上、他人がどうこう言えることではない。
だが、元はと言えば、永遠長を説得して異世界ギルドに参加する道筋を作ったのは、他でもない小鳥遊であり、
「朝霞はともかく、小鳥遊さんまでが離脱するとは思わなかったわ」
秋代としては信じられない思いだった。
「おまえたちは、そんな気にならんのか?」
永遠長にそう問われた秋代は、
「え? あたしたち?」
木葉と顔を見合わせた。
「ないわよ。確かに、ときどき不意に辞めたほうがいいかもって気になることもあるけど、そのたんびに、あの糞チビの勝ち誇った顔が目に浮かんできて、そんな気吹っ飛んじゃうのよね」
「わしは、まったくないのう」
「……そうか」
「てゆーか、さっき小鳥遊さんが言ってて思い出したんだけど、あんたどうするわけ?」
「なんの話だ?」
「常盤学園に編入する話よ。あんた、この前は行くかどうか宙ぶらりんだったじゃない。まだ答え出てないわけ?」
永遠長の動向が決まらないと、秋代としても動けないのだった。
「それならば、もう決まっている」
永遠長は迷わず答えた。
「どうするわけ?」
「どっちにも行かん。俺は学校を辞める」
それが永遠長の答えだった。
「は? 学校辞めるって、中退するってこと?」
またまた予期せぬ永遠長の決断に、秋代と木葉は顔を見合わせた。
「そうだ。そもそも俺が高校に入ったのは、高校卒業時なら誰の記憶にも残らず、記録の上でも完全に消えることができると考えたからだ」
そして、その目論見は成功していたのだった。この夏までは。
「だが、ここへきて状況が変わった。このままでは、俺は今のクラスはおろか、この学校、下手をすれば街中の人間の記憶にまで残ってしまう」
それは、永遠長の本意ではないのだった。
「街はともかくとして、クラスメイトはもう手遅れなんじゃない? あんたがここで退学したところで、このクラスの連中は死ぬまであんたのこと忘れないと思うわよ、悪い意味で」
秋代は哀れみを込めて、しみじみ言った。
「だがここで辞めれば、少なくともこれ以上傷は広がらずに済む」
実際、これ以上学校にいると、どこまで被害が広がるか見当がつかない。それぐらいなら今の段階で辞めたほうが、傷は浅くて済むというものだった。
「そうして活動の場を完全に異世界に移せば、異世界を狙う連中も簡単には手を出せなくなるだろうしな」
「それは、確かにそうね」
「だから俺のことは関係なく、おまえたちはおまえたちの考えで選べばいい」
永遠長はそう言い捨てると、教室を後にした。
そして帰宅した永遠長は、モスへと直行。異世界ギルドの運営としての活動を再開しようとした。そのとき、
「……流輝君」
横から少女の声がした。
見ると、それは天国調だった。そして、
「会いたかった!」
天国は永遠長に抱きつくと、感情の赴くままに永遠長と唇を重ねた。しかし、喜びに感極まっている天国に対して、永遠長の反応は希薄だった。そして、
「…………」
永遠長は天国の唇が離れると、そのまま彼女の横を通り過ぎてしまった。
「待って、流輝君!」
天国は、あわてて永遠長を呼び止めた。
「わたしよ。天国調。忘れちゃったの!?」
必死に訴える天国に、
「そんなことは見ればわかる」
永遠長はぶっきらぼうに答えた。
「……もしかして、あのときのこと、まだ怒ってる?」
天国は目を伏せた。
「当然か。突然音信不通になっちゃったんだもんね」
天国自身、後悔してもしきれなかった。あんなくだらないことのために、永遠長との貴重な時間を2年も無駄にしてしまったのだから。
「でも、聞いて。あれは子供を助けようとして車に轢かれて、意識不明になっちゃったからで」
「おまえの事情など聞いていない」
永遠長は冷たく突き放した。
「怒られて当然よね。どんな事情があっても、流輝君を傷つけたことに変わりはないんだから」
天国は悲しげに目を伏せた。
「誰も傷ついてなどいない。そして怒ってもいない」
永遠長は不本意そうに言い返し、
「怒ってないって、怒ってるじゃない」
天国も負けじと言い返す。
「怒っていない。その証拠に、おまえの異世界ナビは、まだ使えている」
「じゃあ、どうして無視するの? それ以外で、わたし何か流輝君の気に障るようなことした?」
「それは、おまえが1番よくわかっているだろう」
「そ、それって、どういう……。わ、わたしはただ、昔みたいに、また流輝君と冒険したいと思ってるだけで……」
惚ける天国に、
「クオリティの地球での仕様は、基本的に禁止されている。ましてや、それを殺人の手段に使うことは完全な規約違反だ」
永遠長は素っ気なく言い捨てた。
「え? な、なんのこと?」
あくまで惚ける天国だったが、
「おまえは、その程度のことに俺が気づかないほどバカだと、本気で思っているのか?」
永遠長にもう1段押し込まれ、
「……だって、許せなかったんだもん」
ついに観念した。
「あの沢渡って娘は、流輝君に助けられておきながら、感謝するどころか未だに奴隷感覚でいて。人捜しだって、口では人助けみたいなこと言ってたけど、実際は流輝君の力を利用すれば、いくらでも儲けられると思ってただけなんだから」
失踪者の家族は、当然ながら失踪者の行方を探しているし、中には探偵を雇って行方を探している者もいる。ならば、失踪者の家族に「必ず失踪者を見つける」と話を持ちかければ、いい商売になる。
沢渡は、そう考えたのだった。
「そんなことだろうと思っていた」
永遠長に驚きの色はなかった。
「あの刑事だって、そう。これまでも何度も冤罪を作って、なのに全然反省してなくて!」
天国は感情を爆発させた。
「だいたい! それを言うなら、流輝君だって同罪じゃない! 知ってるんだから! 流輝君が、あの朝霞って娘の義父親を、クオリティを使って殺したこと!」
「だからこそ、おまえのナビの使用権は奪わないでおいている。しかし、それとこれから先も俺がおまえと共に行動するかどうかは別の話だ」
それ以前に、そもそも異世界ギルドの規約は利用者に対するものであり、運営である永遠長が使用したとしても非難される筋合いはない。だが、それを声高に主張したところで、利用者は納得しないだろうことも永遠長は理解していた。
そして馴れ合いは妥協を招き、妥協は歪みを生むことを我が身で再確認した。
「だが、それもこれで終わりだ」
朝霞への借りは返済し、その繋がりも切れた。
小鳥遊たちも異世界ギルドを去り、高校も退学したことで、永遠長を絡みとっていた柵は、あらかた取り払われた。面倒くさいのが、後いくつか残っていることは残っているが。
「そして、すべてを過去のものとした俺は、これ以後誰と馴れ合うこともなければ、そのつもりもない。ゆえに、いかなる妥協を強いられることもなく、異世界ギルドの運営に歪みが生じることもない」
今にして思えば、1億円を天国のところに持っていったことが、そもそも間違っていたのだった。
借りを返すだけならば、それこそ入院していた父親に金を渡すか、弁護士を通して父親の借金を返済するよう、取り計らえば済んだ話なのだから。
なのに、考えなしに天国本人に金を渡しに行ってしまった。そんな真似をすれば、生真面目な天国がどんな態度に出るか、わかりそうなものだったというのに。
極論すれば、天国がこんな真似をしてしまったのも、永遠長のせいなのだった。
だが、その誤りから生じた負の連鎖も、ここで断ち切る。
これから先、異世界ギルドのトップとして、厳正な運営を行うために。
「おまえが、もし本当に俺ともう1度冒険したいと思ったんだったら、つまらん小細工などせず、まっすぐ俺のところへ来るべきだった。そうすれば、俺は問題なくOKした。7人も8人も変わらんからな」
だが天国は、しなかった。それどころか、共感の力で永遠長の周りから人を遠ざけ、あまつさえ沢渡たちを自殺に見せかけて殺すことで、永遠長を社会的に抹殺しようとさえした。
「たとえ、その理由がなんであれ、そんな真似をする人間を笑って迎え入れてやるほど、俺はバカでもお人好しでもない」
永遠長は容赦なく切り捨てると、
「わかったら、さっさと失せろ」
天国を返り見ることなく歩き出した。
「ま、待って、流輝君! 話を聞いて!」
天国は必死に呼び止めたが、永遠長の足が止まることはなかった。それを見て、
「……なによ」
天国は吐き捨てるようにつぶやいた。そして、そのつぶやきは、
「なによ。なによ! なによ!!」
徐々に大きくなっていった。
「流輝君なんて、わたしが事故で大変な目に遭ってた間、なんにもしてくれなかったくせに!」
天国は怒りに身を震わせると、
「しかも、わたしがいないのをいいことに、いろんな女に手を出して! 流輝君の浮気者! 女たらし! ドスケベの変質者!」
激情のままに溜まっていた鬱憤を吐き出した。すると、永遠長の足が止まった。
「何を当たり前のことを言っている。事故に遭ったこと自体知らなかったんだから、当然の話だろうが」
永遠長の口から、反論がついて出た。他人に、なんと思われようが構わない。だが、著しく正当性を欠く内容を、さも正論のように主張をされると、さすがに修正の必要性を感じるのだった。
「どこが!? また明日ねって別れたんだから、もし来なかったら何かあったって考えるのが普通じゃない!」
「普通など俺の知ったことか」
永遠長は天国に向き直った。
「今、当たり前の話って言ったじゃない!」
天国の容赦ないツッコミに、形勢不利となった永遠長は、
「言ったはずだ。ついてくるのは、おまえの自由だと。それは裏を返せば、ついて来なければ来ないで俺の知ったことじゃない、ということだ」
微妙に論点をズラした。
「そして、おまえは来なくなった。だから放置した。ただ、それだけの話だ」
「もしかしたら、何かあったって考えなかったの!? 実際、わたしは事故に遭ってたんだし!」
「離れて行った奴を、未練がましく追いかけろと?」
永遠長の声に不快さが滲む。
「それで、もしおまえが本当に俺と関わる気をなくしていたら、そのときはどうなっていた? 地元まで追いかけてきた俺を、おまえはストーカー呼ばわりしたんじゃないのか? そんな不快な思いをしてまで、なぜ俺がおまえの本心を確認しなければならんのだ。そんな理由など、俺にはない」
「そんなの、行ってみなきゃわかんないじゃない! だいたい、それでもし本当にストーカー呼ばわりされたとしても、それはそれとして割り切ればよかっただけの話じゃない!」
「他人事だと思って、勝手なことを言うんじゃない」
永遠長の語気が、わずかに高まった。
「で、わたしから、あの娘に乗り換えたってわけ!」
「そんな覚えはない」
「他にも王女様と婚約したり、昨日は昨日で、会ったばかりの人のパンツを脱がそうとして! このドスケベ! 変態! ケダモノ! 異常性欲者!」
「あれのドコをどう見れば、そういうことになる?」
完全に永遠長の自業自得なのだが、本人にその自覚はないのだった。もっとも、だからこそ余計にタチが悪いのだが。
「それに、おまえに浮気者呼ばわりされる筋合いはない。あのとき、俺とおまえは行動こそ共にしていたが、別に付き合っていたわけじゃないんだからな」
「酷い! わたしのセカンドキスまで奪っておいて!」
「ふざけるな。どっちもしてきたのは、おまえだろうが。奪われたというなら、奪われたのは俺のほうだろうが」
「乙女の純情を踏みにじっておいて、よくそんなこと! もういい! もう知らない! こうなったら流輝君を殺して、わたしも死んでやるんだからあ!」
天国は涙目でわめき散らし、
「なぜ、そうなる?」
永遠長の困惑を深めることになった。
「だが、戦るというのなら相手になってやる」
永遠長は剣を引き抜いた。それは人器ですらない普通の武器だったが、永遠長の顔に不安の色はなかった。
「酷い! 男のくせに、女の子に手を上げようっていうのね! この人でなし!」
「どの口で」
「そういえば、神器はディサースに呼んだままになってるんだっけ? なんだったら、ディサースで仕切り直してあげてもいいけど?」
天国の挑発じみた申し出を、
「いらん」
永遠長はニベもなく拒絶した。
「もしかして、病み上がりのわたしなんか、それで十分だと思ってる?」
天国は右手を水平に伸ばした。すると、右手の中に金色に光る杖が出現した。そして、天国が杖を一振りすると、初期状態だった天国の衣服が魔法少女のソレに変化した。
「どう? これでも、まだそんな顔していられる?」
白のとんがり帽子に白マント。そして白いスカートに白ブーツと、白一色で身を包んだ天国は、不敵な笑みを浮かべた。
「流輝君もやれば、召喚武装? 待っててあげるから。わたしとしても、戰うからには正々堂々。全力を出した流輝君と、言い訳のできないところで戦いたいから」
「いいだろう」
永遠長は暗黒竜を召喚すると、自分の体に装着した。
「それじゃ、後は」
天国は陽下闘印を発動させると、続けて白虎に変身した。それに応じて、
「変現、人獣白狐」
永遠長も獣人化した。
「流輝君には極印がなくて、わたしには召喚武装がない。条件的には、五分五分ってことで異論ない?」
「ない」
「じゃあ、始めってことで」
天国は杖の先から、自身の身長ほどある光球を撃ち放った。これを、
「カオスブレイド!」
永遠長が混沌の刃で両断する。そして混沌の刃は、そのまま天国に襲いかかる。
「こっちだって」
天国は杖の先に光の刃を形成すると、薙刀と化した杖で混沌の刃を切り払った。その上で、
「これなら、どう!?」
天国は杖から無数の光球を撃ち放った。これに対し、
「顕現、疾風迅雷」
永遠長は全身に雷を帯びると、その場を飛び離れた。
「そうか。たとえ別の世界にあっても、連結の力さえあれば、この世界でも神器の能力を。さすがね、流輝君。舐めてたのは、どうやらわたしのほうだったみたい」
天国は苦笑すると、
「でも、こっちだって」
魔法少女の力を発動させた。
天国の選んだ魔法少女は、光を自在に操る「魔光少女」。そして、その魔光少女の力を持ってすれば、
「ライト コーティング!」
全身に光をまとい、永遠長同様、光の速さで動けるのだった。
光と雷。2つの輝きが、大地で、空で、幾度となく激突を繰り返す。
それは、いつ終わるともしれない苛烈な戦いに見えた。しかし、その実は、
「そもそも、あの日おまえが来なかったことが、すべての原因だろうが」
「仕方ないじゃない! ずっと入院してたんだから!」
「それも、おまえの自業自得だろうが」
「じゃあ、車に轢かれそうになってる子を見捨てればよかったって言うの!?」
「当然だ。前から何度もそう言っている」
「だから、あの朝霞って女に乗り換えたっていうの!」
「だから乗り換えてなどいないと言っている」
「しかも、モスの女王様とまで! この三股男!」
「誰が三股だ」
「昨日だって、会ったばかりの女の子のパンツ脱がそうとして!」
「だから、誤解を招く言い方をするなと言っている。まるで、俺が変態のようだろうが」
「変態じゃない!」
「違う。ただ、あの女の尻を確認したかっただけだ」
「十分変態じゃない」
「違う。真理の追求だ」
という感じで、戦いは二の次三の次。延々と口喧嘩を繰り広げていたのだった。
しかし、そんな2人の戦いも徐々に終わりが見えてきた。
永遠長の動きが精細を欠いてきたのだった。
同じ獣人化でも、天国は虎で永遠長は狐。召喚武装も装備し続ける程に、装着者の体力を奪っていく。
スピードこそ神器の力で互角を保っていたが、総して見ると永遠長の劣勢は明らかだった。
「本当なら、ここで流輝君お得意のトンデモ発想からデタラメチートが発動して、流れが変わるところなんだろうけれど」
天国は微笑した。
「今回、それはありえない。だって流輝君の考えは、すべてお見通しなんだから」
どんな奇抜な作戦も、あらかじめわかっていれば対処できる。
「俺はチートじゃないと言っている」
「今は、そんなこと気にしてる場合じゃないと思うんだけど?」
呆れる天国の心の中で、
うん、知ってる。これまで流輝君が、強くなるためにどれだけ頑張ってきたか。
別の声が上がる。
「今なら、まだ間に合う。つまらない意地は捨てて、また一緒に」
そんなこと、流輝君は絶対にしない。
「すべては、流輝君のためだったの。力を使ったのだって、そう。流輝君が後腐れなく、異世界に旅立てるようにって」
嘘つき。流輝君の周りに、自分以外の人間がいることが許せなかっただけのくせに。
再び心の声が上がる。そして、
「おまえの「よかれと思って」に興味はない」
永遠長も天国の偽善を、一刀の下に切り捨てた。
「本当にそれでいいの、流輝君? 通常、異世界で死んだ者は、復活チケットがあれば無傷で復活できる。でも流輝君は違う。だって流輝君、自分の復活チケット、キャンセルしちゃってるんだもの」
天国は口の片端を上げた。
「だから、もしここで死んでしまったら、今までの努力は水の泡。何もかも忘れて、地球での退屈な日々に逆戻りすることになる」
だとしても、流輝君が考えを変えることは絶対にない。
天国の心の声に続き、
「おまえが何を言おうと、俺がおまえと行動を共にすることは2度とない。それが、おまえが招いた代償だ」
永遠長も天国の脅しを一蹴する。
「……そう。わかった。じゃあ、もういい! 本当に、もういいんだから!」
天国は空に浮かび上がると、杖の先に光を収束させていく。
「でも、安心して。たとえ流輝君が力を失って、何もかも忘れちゃったとしても、わたしだけは、ずっと流輝君の側にいるから」
「いらん」
永遠長は天国を追って地を蹴り、
「これで元通り!」
同時に天国も極大の光球を完成させる。
違う! そんなの、もう「ウィズ」じゃない!
心の声に全否定されても、
「流輝君は、わたしだけのものになる!」
天国の手が止まることはなかった。
そして、天国の光球が永遠長に撃ち放たれようとしたとき、
「だめえええ!」
天国の口から絶叫が上がり、光球が消失する。
流輝君。
白刃を手に突き進んでくる永遠長を見て、天国の口元に笑みが浮かぶ。
会えてよかった。
天国は目を閉じた。
そして永遠長の剣先が天国の胸を貫こうとしたとき、
「め! なのおおおおお!」
永遠長の口から、お叱りの言葉が飛び出したのだった。




