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第130話

 その日、異世界ギルド宛に、一通のメールが届いた。


 もっとも異世界ギルドには、毎日何百何千という苦情や要望のメールが届くため、そのこと自体は珍しくない。

 しかし、そのメールの差出人が尾瀬明理で、その用件が異世界ギルドの運営権に関する会談の申し入れとなると、話は違ってくる。

 そして、この会談を永遠長も了承。時間は翌日の午後5時。場所はディサースにある異世界ギルド本部とする旨を尾瀬に返信し、尾瀬からも了承のメールが返ってきた。


 そして翌日の夕方、永遠長たちは尾瀬を始めとする「ノブレス・オブリージュ」の幹部連をギルド本部に迎え入れることになった。


「まずは、会談のテーブルに着いていただいたことに感謝いたしますわ」


 会議室に通された尾瀬は、永遠長に深々と頭を下げた。


「で? 運営権に関する話って、具体的にはなんなわけ?」


 尾瀬を見る秋代の目は、猜疑心に満ちていた。


「そうですわね。あなたの頭でもわかるよう簡潔に申しますと、異世界ギルドの運営権を賭けて、あなたがたにギルド戦を申し込む、ということですわ」


 いきなりの上、身勝手な尾瀬からの挑戦状に、


「はあ!?」


 秋代は思わず間の抜けた声を上げてしまった。


「なに言ってんの、あんた? 頭、大丈夫?」


 秋代は本気で心配したが、


「むろん正気ですし、本気ですわ」


 尾瀬は涼しい顔で受け流した。


「そっちの都合で、勝手に運営権を賭けて勝負しろって言われて、はいそうですかって応じると思ってるわけ?」


 だとすれば、やはり頭がおかしいと言わざるを得なかった。


「確かに、普通であればそうですわね。ですが、あなたがたの場合、話が少し異なりますから」

「は? どこがよ?」

「それは、あなたがたも異世界ギルドの運営権を、前任者から力ずくで奪い取ったからですわ」


 尾瀬の指摘に、秋代は鼻白んだ。


「力によって奪ったものである以上、力によって奪われても文句を言う資格はない。そうではありませんか? 「背徳のボッチート」さん」


 尾瀬は、ことさらにチートを強調したが、むろん嫌がらせ以外の何物でもなかった。

 そして反論に窮する秋代たちに対して、さらなる追い打ちをかけた。


「しかも、あのときあなたがたは、最終的にはそこにいるボッチートさんと寺林さんとの一騎打ちになったとはいえ、当初は集団で戦っていたはず。であれば、今回わたくしどもがギルド戦を挑んだとしても、文句を言えた筋ではないでしょう。そうではありませんか? ボッチートさん」


 尾瀬は再びチートを強調した。


「それに、あなた異世界選手権のとき、仰ってましたわよね。文句があるなら腕ずくで来い。かかってくるなら受けて立ってやると。まさか今になって、あれは嘘だったとは申されませんわよね」


 畳み掛けてくる尾瀬に、


「いいだろう。その勝負、受けてやる」


 永遠長も応じた。


「そう言ってくださると思っておりましたわ」


 想定通りの展開に、尾瀬はほくそ笑んだ。


「それで、勝負のルールですが、通常のギルド戦の場合、ギルドマスターの死、もしくは旗などギルドを象徴するアイテムを相手に奪われた場合に敗北となりますけれども、今回はあなたがたと寺林さんとの戦いを踏襲し、どちらか一方の全滅をもって勝敗が決するということで、いかがでしょうか?」


 尾瀬の提案に、


「ちょっと待ちなさいよ!」


 秋代が異を唱えた。


「それだと、数の多いあんたたちが圧倒的に有利ってことになるじゃないの!」

「それが何か?」


 尾瀬は、すまし顔で答えた。


「ギルド戦が、人数の多いほうが有利なのは当たり前のこと。だからこそ、どこのギルドも強力なメンバーを増やそうと、勧誘に勤しんでいるのですわ」


 尾瀬の正論に、秋代は返す言葉がなかった。


「それに、先程も申し上げましたように、これも条件はあのときと同じでしょう。あのときも、あなたがたはたった2人に対して、10人近い数で挑んだのですから。今さら、数の有利不利を言えた義理ではないと思うのですけれども」

「この、クソチビ……」


 秋代の肩が怒りに震える。尾瀬の言っていることが、なまじ正論なだけに、余計腹が立つのだった。


「そして、これも言わずもがなですけれども、同じ条件で戦う以上、戦いの場はディサースにしていただきますわ」

「それ以外だと、勝ち目ないものね」


 秋代は皮肉ったが、スルーされてしまった。そして、


「いいだろう」


 永遠長は尾瀬の出した条件を承諾した。


「ただし、こちらからも事前に認識しておいてもらうことがある」

「なんでしょうか?」

「もし、その戦いでおまえたちが負けた場合、参加者全員の復活チケットを没収した上で2度と発行しない、ということをだ」


 永遠長の出した条件に、


「な!?」


 今度は「ノブレス・オブリージュ」の面々が色を失った。


「卑怯だぞ! 運営の権限を利用して脅しをかけるとは!」


 スカイソルジャーの高峰洋二たかみねようじが、真っ先に声を上げた。

 根が生真面目な高峰は、曲がったことが大嫌いなのだった。しかし、


「どこがだ?」


 永遠長は微動だにしなかった。


「あのときと同じ条件での戦いを望んだのは、おまえたちのほうだろう」


 永遠長の圧に、高峰は息を呑んだ。


「あのとき、あそこにいた奴らは、負ければすべてを失う覚悟で戦っていた。それを考慮すれば、このぐらいのリスクは負って当然のものだろう。ましてや、あのまま寺林を見逃せば死人が出るかもしれないことを知った上で、なお高みの見物を決め込んでいた、おまえたちが相手となればなおさらだ」


 寺林との戦いの折、尾瀬たちは永遠長たちとの戦いを拒否して姿を消した。しかし、その後も地球には帰還せず、離れた場所から永遠長たちの戦いを見ていたのだった。


「それとも、人の言葉尻を取り上げて口車に乗せさせすれば、後はノーリスクのまま、いいように掌の上で踊らせられると、本気で思っていたのか?」


 永遠長の言葉に、今度は「ノブレス・オブリージュ」の面々が言葉を詰まらせる。


「自分は常に立場が上で、他人は自分たちの言うことを聞くのが当たり前。そんな思い上がった考えでいるから、そんな甘ったれたセリフが出てくることになる」


 永遠長に一刀両断され、高峰は気色ばんだ顔で硬直した。


「戦うべきときに戦わず、事が済んだ後に湧いて出てきて、獲物だけかすめ取ろうとしているハイエナの分際で、無駄にプライドだけ膨らませおって。ノブレス・オブリージュが聞いて呆れる」


 永遠長は尾瀬を射すくめた。


「そもそもギルドマスターからして、足りないものだらけだからな。メンバーも推して知るべしというところか」


 永遠長が言い捨て、尾瀬の眉がかすかに揺れた。


「い、言わせておけば!」


 轟が腰の剣に手をかけた。


「おやめなさい、轟さん」


 尾瀬は轟を諌めた。


「確かに、あなたのおっしゃる通りですわね」


 尾瀬は軽く目を閉じた。


「よろしいですわ。その条件、お受けいたしますわ」

「よ、よろしいのですか、明理様?」


 轟は尾瀬にささやいた。


「もちろんですわ。わたくしとて、軽い気持ちでこの勝負を挑んでいるわけではないのですから」


 尾瀬と永遠長の視線が交錯し、互いの意地と矜持が両者の中央で激突する。


「ならば受けよう。ただし、今俺は忙しい。冬休みイベントの仕込みもあるしな」

「そう言えば、冬休みイベントって何やるわけ?」


 そのことを秋代はスッカリ忘れていたが、それは木葉や土門たちも同じだった。


「昨日までは、ラーグニーでの大陸横断ラリーを考えていた」

「大陸横断ラリー?」


 秋代と木葉は顔を見合わせた。


「ラーグニーは魔銃が存在していることからもわかるように、科学文明も発達している。特に移動手段は、地球にはない砂漠横断用のホバークラフトがある」

「そうなんか!?」


 木葉の目が好奇心に輝く。以前、ラーグニーに行ったときには、その手の乗り物にはお目にかかれなかったのだった。


「そうだ。だから冬休み期間を利用して、ラリー戦を考えていたんだが、まあいい」

「まあいいって、どうする気なわけ?」

「とりあえず、ラリー戦は春休みまで延期して、今回はアイテム探しでお茶を濁す。アイテムは、あのチーム戦で寺林が用意した魔石を再利用すれば事足りるしな。普通なら、またマンネリなイベントかとウンザリするところだが、冬休みの最後に異世界ギルドの運営権を賭けたギルド戦が控えているとなれば、一般ユーザーもある程度納得するだろう。おまえたちにとっても、そのほうが都合がいいだろうしな、色々な意味で」


 永遠長は含みのある目で尾瀬を見た。


「それに学生も、冬休みはクリスマス、大晦日、正月とイベントが立て続けに控えている。冬休みに家族や友人と旅行に行く奴もいるだろうし、どうせラリー戦をやるなら、なんのイベントもない春休みのほうがいいだろう」


 それらを考慮した上で、永遠長は尾瀬に最終案を提示した。


「勝負は来年の1月5日でどうだ? 三賀日を過ぎれば時間に余裕ができるだろうし、冬休み中なら時差も問題ないだろう」

「それで結構ですわ」


 尾瀬は立ち上がると、


「では、わたくしたちはこれで失礼致しますわ」


 とりあえず満足の行く成果を得て、異世界ギルド本部を後にしたのだった。


「見た? あいつらの顔? ざまーみろっての!」


 秋代は胸のスク思いだった。復活チケットの話を切り出されたときの取り巻きたちの顔を思い出すと、笑いが込み上げてくる。

 そして、ひとしきり尾瀬たちをコキ下ろした後、


「今度の戦いは絶対負けれられないわ」


 秋代は気を引き締め直した。秋代にとっては、ある意味寺林戦よりも重要な一戦だった。万が一にも負けて、あのクソチビに我が世の春を謳歌させるようなことにでもなれば、それこそ死んでも死にきれなかった。


「そのためにも、まずやるべきことは敵の戦力分析ね」

「敵を知り己を知れば百戦殆うからず、というやつじゃな」


 木葉が得意げに言った。


「あんた、ホント歴史に関してだけは頭が回るわね」


 木葉は理数系の成績は壊滅的だが、歴史、特に日本史の成績だけはトップクラスなのだった。


「そう言えば、あのクソチビのクオリティってなんなわけ? あんた知ってる?」


 秋代は永遠長を見た。


「あいつのクオリティは「継承」だ」

「継承?」

「て、どういう意味じゃ?」


 木葉は小首を傾げた。


「何かを受け継ぐって意味よ。漫画なんかでもよくあるでしょ。なんかの力の継承者って。アレよ」

「おお、アレか」


 木葉はポンと手を叩いた。


「で、実際のところは、どんな能力なわけ?」

「基本的には「模倣」と同じだ。違うところは「模倣」が自分の意思で他人の能力が使えるようになるのに対して、「継承」は使いたい能力を持つ者が、その能力を使うことを認めた場合にのみ、使えるようになるということだ」

「なるほど。本当の継承と同じってわけね」

「そういうことだ。それもあって、あいつはリクルートに力を入れている。使えそうな奴を仲間に入れて、自分に力を継承させるためにな」

「確かに、仲間になったんだから、ギルマスのパワーアップに強力しろって言われたら断りにくいもんね」

「そういうことだ」

「じゃあ、ジョブのほうは? なんか、やたら長ったらしい名前だったけど、シークレットって言うからには、何か特別な力があるんでしょ?」

「エンシェント・マジックルーラーか? あれは1言でいうなら、無詠唱で魔法が使えるジョブだ」

「無詠唱って、あのラノベとかによくある、あれ?」

「そうだ」

「で、他は?」

「知らん」


 永遠長は素っ気なく言い捨てた。


「元々、クオリティなんてものは、他人に話すものではないからな。尾瀬に関しては「最古の11人」の1人が尾瀬グループの令嬢ということで、人の噂に上がりやすいから知っていたに過ぎん」

「まあ、確かにそうね」

「だが、あいつ自身がシークレットジョブであることからもわかるように、あいつのギルドが強いことは間違いない。あの轟や高峰を始めとする初期メンバーも、全員シークレットジョブだという話だし、イベントでのギルド戦でも、いつも上位に入っていたからな」

「だとしたら、こっちもシークレットジョブが欲しいところだけど、そうポンポン手に入るもんでもないでしょうし」

「運営特権で手に入らんのか、永遠?」

「そんな特権はない」


 永遠長は容赦なく切り捨てた。


「じゃあ、差し当たって、あたしたちがやるべきことは、自分にあったシークレットジョブを見つけることってわけね」


 秋代が今後の方針を打ち出したが、


「ん?」


 いつもはすぐ乗り気になる木葉が顔をしかめた。


「じゃあ、モスの大迷宮はどうなるんじゃ?」

「そりゃ、後回しよ」

「なんじゃと! もし、その間に誰かに攻略されたらどうするんじゃ!?」

「そりゃ、運が悪かったと思ってあきらめるしかないわね」

「嫌じゃ! あの迷宮は、今度こそわしが攻略するんじゃ!」


 断固拒否の構えを崩さない木葉を無視して、


「そう言えば、前から思ってたんだけど、あんたのジョブってなんなわけ?」


 秋代は永遠長の隣りに座っている朝霞を見た。


「あのときも思ったんだけど、あんたって、どう見ても魔法使いじゃない」


 朝霞のディサースでの装備は、白いローブに杖と完全に魔法使いスタイルだった。


「だったら、なんだってのよ?」


 朝霞は憮然と答えた。


「なのに、あの魔女と戦ったとき、あんた剣使ってたでしょ? 普通、魔法使いが使える武器って杖か、使えても短剣がいいいとこなんじゃなかったっけ?」


 このディサースのジョブシステムにおいて、魔法使いは剣を使えないはずなのだった。


「あれは、本物の剣じゃないわよ。わたしが魔力で作り出したのよ」

「あんたの魔力で?」

「それが、わたしのジョブ能力なのよ。わたしは「ソードマジシャン」だから」

「ソードマジシャン?」

「あの寺林って奴が言ってきたのよ。永遠長に対抗するためには、わたしもそれなりの力を持ったジョブにならないと駄目だって。で、特別だって言って、わたしをシークレットジョブである「ソードマジシャン」にしてくれたのよ」

「て、それって、あんたに魔力がある限り、剣を作り放題ってこと?」

「そういうことなんでしょ、きっと。て、よく考えたら、なんであんたに手の内明かさなきゃなんないのよ」


 朝霞、一生の不覚だった。


「何言ってんのよ。あんたも運営の一員である以上、ギルド戦に出る義務があるんだから、戦力を確認しとくのは当然でしょ。それによって、戦略が変わって来るかもしれないんだから」

「何が戦略よ。そんな頭もないくせに」


 朝霞は鼻で笑った。


「本当に性根の底から腐ってるわね」


 秋代は、しみじみ言った。ここまで来ると、もはや見事と言うしかなく、怒る気にもなれなかった。


 ともあれ、朝霞の疑問も解け、当面の活動目的もシークレットジョブの情報収集と決まった。


 だが、この計画は、ある噂話をきっかけに修正を余儀なくされることとなる。


 そして、それは地球とラーグニー。2つの世界の命運に関わる事件の始まりでもあった。



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