第129話
半身を隠した蒼月が、おぼろげに地上を照らすなか、刺客たちは夜陰に乗じて城内に忍び込んでいた。そして刺客たちがバルコニーから国王の寝室に侵入しようとしたとき、突然背後に何者かが現れた。
「!?」
その気配を察知した刺客たちは、速やかな排除を実行しようとしたが、
「石化付与」
中空に浮かぶ永遠長の1言で、全員石像と化してしまった。さらに、
「転移付与」
永遠長は「付与」のクオリティで刺客たちと、その主である王弟を1番近い谷底に転移させると、王宮を振り返った。
その視線の先には、かつて永遠長に助けられたシルベーヌの部屋があり、今は幸せな夢を見ているはずだった。
永遠長は城内に刺客が残っていないことを確認すると、自分も谷底へと転移した。
後は、石化した王弟と刺客をモンスターに変えて、女神の大迷宮に放逐するだけ、のハズだったのだが……。
永遠長が谷底に転移すると、誰もいないはずの谷底に1人の男が立っていた。そして男は転移してきた永遠長に、
「はじめまして」
笑顔で挨拶してきた。
「僕の名前は水澄光明。土門君たちと同じ異世界ツアーの参加者って言えば、話が早いかな?」
「それで? そのツアー参加者が、なぜここにいる?」
眉1つ動かさず、永遠長は水澄に尋ねた。
「僕には予知能力があってね。今夜、君がここに来ることがわかったんで、待ってたんだよ」
「おまえのクオリティなど聞いていない。なんの用があるのかと聞いている」
「ご挨拶だね。こっちは君のせいで、大損害を被ったっていうのに」
水澄は肩をすくめた。
「大損害?」
「そうさ。あのツアーに参加した僕たちは、あの後地球には帰らず、商人として活動してたんだ。そして、ようやく商売の土台作りができて「さあ、これからだ」ってところで、君がすべてを台無しにしてくれたんだ」
「それで? その愚痴を言うために、わざわざここまで来たのか?」
「まさか。そんなに暇じゃないし、あの場合それが最善の方法だってことも理解してる。まあ、いきなり地球に戻されたときには驚いたけどね」
あのまま事が深刻化していれば、それこそ水澄たちも、いつ迫害対象となっていたかわからないのだから。
「だからリセットされたことはいい。ただ、できれば僕たちを前と同じ条件で、モスに残してほしいんだよ」
かつて水澄たちは寺林の思惑によって、決められたポイントを稼ぐまで地球に戻れなくされてしまった。だが、それは裏を返せば、ポイントを貯めなければ永久に戻らなくていい、ということなのだった。
「そして僕たちは自分の意思で、この世界に留まることを選んだ」
それなのに、ある日突然地球に戻されたと思ったら、再びモスに行くためには、異世界チケットを購入しなければならなくなってしまった。
「つまり、チケット代が惜しいから、前と同じ条件でモスに戻せ。そういうことか?」
ミもフタもない永遠長の言いように、
「ま、そういうことだね」
水澄は苦笑を返した。
「ケチと思われるかもしれないけど、こっちも商売人だからね。無駄な出費は、ないにこしたことはないのさ。それに、居残るために毎日チケットを買わされると、この世界に根付いたって感じがしないしね」
水澄は真顔に戻った。
「むろん、タダでとは言わない。今証明して見せたように、僕には予知能力がある。そこで交換条件として、この力で君にこれから起こるトラブルを教えてあげるというのはどうだい? そうすれば問題を未然に」
「いらん」
永遠長は一蹴した。
「え?」
「未来を事前に知って、何が楽しい。たとえ、それがどんなことであれ、何が起こるかわからないからこそ、人生は面白いんだろうが。結果のわかっている人生など、なんの価値もない」
「それが、たとえどんなに不幸な結末でも、かい?」
水澄は、不穏な空気を匂わして譲歩を引き出そうとしたが、
「何が幸せで、何が不幸か。それは本人が決めることであって、他人が口を差し挟むことではない」
やはり永遠長の意志は揺るがなかった。
「なるほどね。じゃあ、取引材料がない以上、僕はあきらめ」
「誰が、そんなことを言った?」
「え?」
「その条件、飲んでやろう」
「いいのかい?」
「おまえの言っていることには正当性がある。当然の処置だ」
異世界ストアの運営として行われたものである以上、1度提示された条件は遵守されてしかるべきだった。たとえ、それが前任者の愚行によるものであったとしても。
「ありがたいね。これで僕も仲間たちに面目が立つ。大見得きって出てきた手前、交渉に失敗してたら、合わせる顔がなかったところだ」
水澄は苦笑しつつ、胸をなでおろした。
「それと、これとは別件、と言えなくもないけど、もう1つ危惧してることがあるんだけど、いいかな?」
「話すのは、おまえの自由だ」
「今回のことは、確かにあのアメリカ人たちが原因だけど、正直な話、今回のようなことは地球人がモスを訪れる限り、これからも起こり得ることだと思うんだよね」
だからといって、そのたびにリセットされたのでは、それこそ商売あがったりとなってしまう。
「そして僕の見るところ、その要因は大きく分けて2つある。1つは、この世界に来る地球人は異世界の存在を認知しているけれど、モス人は地球の存在を認識していないこと。そしてもう1つは、復活チケットの存在だ」
今、地球人がモスで横暴な真似をしているのは、復活チケットの存在が大きい。
たとえ何をしても自分は死なない。ノーリスクで済む。
その甘ったれた考えが、地球人の軽挙を引き起こす元凶となっている。
であれば、復活チケットを廃止して、それでもなおモスに来る意志を示した者にだけ、この世界に来ることを認める。
そうすれば、モスでの地球人による被害を大幅に減らすことができるはずなのだった。
「君のさっきの言い草じゃないけど、人生はやり直しができないからこそ価値があるんだ。それを、なまじリセットできるようにしてるもんだから危機感が薄れ、結果としてゲーム気分が蔓延して、人の命がドンドン軽くなっていく」
水澄は、まっすぐ永遠長を見据えた。
「と、まあ、これは理由の半分で、もう半分はモス人が地球の存在を認知して、対等な条件で地球とモスの間で交易が行なわれることになれば、地球生まれのモス商人ということで、僕たちは今より儲けられるっていう算盤勘定なんだけどね」
水澄がペロリと舌を出した。
「まあ、どうやら君は地球と異世界の交流には反対のようだから、これ以上は言わないけど、たとえ君が反対しようと、いずれ誰かの手によって異世界との扉は開かれるかもしれない。そして、そのとき君が生きてるとは限らないし、結果として今よりもっと不幸な結末が待ってるかもしれない。だとすれば君が生きてるうちに、最適解とは言えなくとも、よりマシな形で交流を開始したほうが、どちらにとっても幸せなんじゃないかと僕は思うんだけどね。そして、それを可能にする力が君にはある。そうだろう?」
「確かに、おまえの意見には一理ある」
「それはどうも」
「だが、それはあくまでも、これから先も地球人が生存し続ければ、の話だ」
「それは」
水澄は眉をひそめた。
「近いうちに、人類が滅びかねない何事かが起きるってことかい?」
「聞いてどうする? おまえはモスで生きることを選んだんだろう。それとも、もし仮に地球人に危機が迫っているのだとすれば、モスを捨てて地球に戻るとでも言うのか?」
永遠長の問いかけに、
「確かに、君の言う通りだね……」
水澄は自虐的な笑みを浮かべた。
「故郷を捨てた僕には、今さら関係ない話だった」
「それに、そんなに気になるのなら、自分で確かめればいいだろう。本当に、おまえのクオリティが「予知」であるならば、たやすいことのはずだ」
「生憎と、僕の予知能力はまだ弱くてね。わかるのは、せいぜい半年先ぐらいまでなのさ」
水澄は肩をすくめた。
「じゃあ、用も済んだことだし、僕はこれで失礼するけど、復活チケットの件は、できれば前向きに考えてもらえるとありがたいな。僕としても、今回の二の舞いはごめんだからね」
水澄は笑顔で手を振ると、永遠長の前から姿を消した。
そして永遠長は、水澄の予知したトラブルの全容を、間もなく、その身をもって知ることになるのだった。




